いや、世界が祝福に追いついた。あるいは世界が私の祝福を邪魔しに来たか。文才の神がいなくならないよう、みんなの祝福で世界を照らしてくれ。祝福が世界に溢れるように、私も世界を祝福し続けよう。
気持ちのいい空。なにもない空は何処までも広がっていて、海と地平線の彼方で混ざり合う。
「また。痛みが増えた……」
人を殺す存在に、人類は神様に与えられた火を使った。
人の火は嫌いだ。痛みを広げていくばかりだ。
人も、おれたちも関係なく、大きな炎はすべてを焼いていく。
そして人を殺す存在は憎しみを集めていく。器を造る為か、あるいは新たな存在を生む為か。
「皆城総士も、きっとこんな気持ちだったのかな」
仲間だけを戦わせなければならない痛み。人は苦痛って呼ぶ痛み。おれにはまだわからない痛み。でも痛みは感じる。
「だから総士は力を産み出した。みんなと一緒にいるために」
無の力を真似て産まれた虚無の力。それが総士の器。
「新しい力が、芽生えようとしてる」
痛みを増やすために、痛みを生み出さないために。
「……憎しみを強くしても、痛みは増えるだけだよ」
それを憎しみのコアにもわかって欲しい。でもその憎しみを抱く理由もわかる。島を奪われたコアが憎しみを抱いたことも人類のやったことだ。
どうして人はこの島の人みたいになれないのだろうか。人が人の為に戦っているのに、何故この島だけは違うの。
同じ生命なのに、どうしてここまで感情が違うの。
「わかりあえないなんて、悲しいよ…」
◇◇◇◇◇
ファフナー部隊の修理が完了した。徹夜に近いスケジュールで働いてくれた整備部の人たちに感謝だ。
「…さすがですね」
『んま。ちょいーと訓練が要るのは仕方ねぇけどな』
通信で溝口さんとのやり取り。
マークレゾンを完成させた僕は平行して進めていた計画を一気に最終段階へと押し上げた。
様子を伺っていた整備部の大人たちも皆安堵の息を溢していた。
僕が提出したファフナー開発計画。
ワンオフ機であるザルヴァートル・モデルの建造と量産型ファフナーの開発計画だった。
現状、フェストゥムに対抗出来るのはファフナー以外は先ず無理だと言っていい。小型種などは戦闘機や戦車でも相手は出来るが、フェストゥムは小型種よりもファフナーと同程度か、ファフナーよりも巨体な種が多い。
ノートゥング・モデルやザルヴァートル・モデルならば正面から相手にできるものの、パイロットの負担を極力減らす事は至上課題だった。
トルーパー・モデルはその第一弾だ。コアを内蔵出来たことで5年後のトルーパーと同程度の性能を獲得するに至った。
だがその統轄をするスレイプニール・システムにもコアが使われている。その統轄者にもファフナー搭乗と同じ負担。つまり同化現象の負担がかかってしまう。
ファフナーに乗るよりも負担は軽いが、それでも負担は掛かるのだ。
そこで注目したのがグノーシス・モデルだ。
この時期の人類軍製ファフナーはコアを内蔵されていない。そして擬似シナジェティック・コードによって大人でも訓練すればファフナーに乗ることが出来る。
人類軍がプレアデス型との戦闘で破壊され、放棄されたグノーシス・モデルを回収。元人類軍の整備士の力を借りてレストアした機体を今、溝口さんが操縦していた。
ただグノーシス・モデルと違うのは腕にマニュピレーターが着いている事だ。ニーベルング・システムによる体感操作はかわらないが、ノートゥング・モデルに比べて反応伝達はかなり鈍い。しかし戦車や戦闘機に乗るよりも敵を倒せる人類でも貴重な量産型ファフナーだ。
腕が武器のままなら溝口さんも直ぐに乗り回せたが、指を動かすのにはやはりそれ相応の訓練が要る。
「あとは実戦で使い物になるかどうかだな」
保さんの言葉が皆の不安を代弁していた。
部品規格は出来るだけトルーパーと共通にした為、実戦でも通用することになれば剛瑠島にも配備されるだろう。
今は全領域対応型の設計を始めている。島という限られた陸地にアルヴィスの戦闘領域は大部分が海だ。
空も飛べなければ戦場に急行できない。
「週明けにはテスト機として候補生を乗せて、連動試験に入る予定です」
「グノーシス・モデルを練習機として使うのか。同化現象の心配もないから、実機訓練もしやすくなるな」
保さんの言葉に大人たちも喜んでいる。
グノーシス・モデルの最大の特徴は、性能が低くコアも内蔵されていない代わりに同化現象のリスクが全くない点にある。ファフナーのパイロットとして一番ネックである生命の時間を無駄に浪費させなくて済むのは大きいところだ。
グノーシス・モデルが本格的に使えるようになれば、グノーシス・モデルとトルーパー・モデルの技術を合わせて新たなファフナーを造る計画も進行中だ。20mという35mから50mが平均のファフナーよりも小柄なグノーシス・モデルならば従来の戦い方とは別の方法での運用も可能だろう。
戦車に対する随伴歩兵の様な位置付けも期待できる。さらには小柄と軽さを活かした機動防御戦。トルーパーのマニュピレータに換装すればイージス装備での緊急防御も可能だ。可能性が広がると開発者としての血が騒ぐ。運用コストが安いのはいい事だ。
武装に関してはトルーパーと共用に出来るため、新規製造も合わせて開発中だが当分はガンドレイクと本来の装備を流用したレールガンになるだろう。
◇◇◇◇◇
「召集? 広登たちをですか?」
総士先輩にお風呂に入りながらそんなことを言われた。
「候補者の機体が組上がったからな。練習機のテストを兼ねて召集が決まった。明日にでも正式通達が行くだろう」
でもそんな大事な話をあたしが聞いちゃってもいいのだろうか。
「問題ない。候補者は立上のクラスメイトだ。先輩として彼らを助けてやってくれ」
「先輩って。あたしなんてまだまだで」
ファフナーに乗ってまだ2ヶ月も経っていないのに先輩だなんて言えない。それを言ったら一騎先輩や将陵先輩の方が大先輩だよ。
「当日は僕もティターン・モデルで出る。ツヴォルフで万が一に備えて現場待機を頼みたい」
「万が一って、フェストゥムですよね?」
竜宮島は平和だけど、敵が来ないだなんて事はない。確かに万が一に備えておくことは大切だよね。
「そうだ。最悪の場合は候補者を連れて島に撤退させて欲しい」
「総士先輩はどうするんですか?」
「その場合は留まって可能な限り敵を迎撃する」
「そんな、あたしも残ります!」
背中に居る総士先輩に振り返って反論を口にする。確かに総士先輩はあたしが足元にも及ばない程強いけど、でもひとりで敵を相手にするなんて万が一のことがあったら。
「心配は要らない。……心配は、立上たちが無事に島に撤退出来るかどうかの方だ」
「自分の心配をしてくださいよ」
総士先輩はいつもそうだ。みんなの心配ばかりして、自分のことは二の次にして。そんなだから乙姫ちゃんもあたしも総士先輩が心配で心配で、堪らなく心配で。
「た、立上…?」
湯船の背凭れに身体を預けて逃げ場はない総士先輩に身体を凭れ掛けて、総士先輩の胸に身体を預ける。
「総士先輩がみんなの心配ばかりするのは変えられないですから我慢します。でもちゃんと帰ってきてください。乙姫ちゃんも織姫ちゃんも、待っていますから」
「……あぁ」
乙姫ちゃんも織姫ちゃんも、……あたしも、総士先輩が無事に帰ってくるのを願っている。
誰よりも優しい人だとあたしは知っている。総士先輩だからあたしはなにもかも預けることが出来てしまう。まるで一騎先輩の様に、あたしは総士先輩になにもかも委ねてしまう。
だからあたしも頼って欲しい。頼りないかもしれないけど、でも一騎先輩には出来ないこともきっとあたしにはあるかもしれない。あたしに出来ることをするだけのことだ。
「今夜のおかずはなんですか?」
「サバが売っていたから、サバの切り身の塩焼きかな…?」
「味噌煮にはしないんですか?」
骨まで食べれるから結構好きなんだよなぁ。総士先輩の作るサバの味噌煮は味噌が濃いからご飯も結構進んじゃう。……総士先輩と暮らしはじめて体重が2キロ増えたのは絶対総士先輩の食事が美味しい所為だ。でも悔しい、やめられないよ…!
「最近は魚の収穫があまりよろしくないらしい。一部はアルヴィスでの緊急用の養殖魚を卸している」
「そうなんですか。お魚さんがこの辺りは少ないんですか?」
「まだわからないが、酷いようならまた島を動かすことになるだろうな」
島を動かせばまた魚の居るところで漁をすればいい。でもなにかが引っ掛かる。まるで魚の骨が喉に刺さっているような、そんな引っ掛かり。
だって総士先輩の目が言っている。なにかがあるんじゃないかって。
◇◇◇◇◇
今日は来主も居ない。どうやら一騎の家で泊まるらしい。一騎のカレーを食べさせた辺りから、一騎の家に泊まることをしはじめた。
ものを食べて、その居場所に定着する。普通に人間の様だ。フェストゥムであることを忘れそうになるほど、来主は自然的に人の生活に溶け込めている。そろそろ例の計画も実行に移せるだろう。
「……何事も、なければ良いのだがな」
漁が不作であることは決して悪いことではない。そういう日もある。だが前回のディアブロ型との戦闘から徐々に不作である日が増えていた。
可能性を考えたくはないが、否定出来る材料もない。楽観視は決して出来ないのが今のこの世界だ。
可能性を求めているのは僕たちだけではないということか。
「…すぅ……すぅ…すぅ……」
寝息を立てて眠っている立上に視線を移す。幸せそうな寝顔だ。夢でも見ているのか、顔も嬉しそうだ。
「……すき…、です…」
「立上……」
僕が乙姫を変えたことで生じた僕の罪。広登に想いを寄せていた立上に、その可能性を奪うようなことをしてしまっているし、させてしまっている。
「…そう、し……せんぱ、い…」
有り得てはならない。だがそんな有り得ない可能性を選ばなければ未来を変えることなど出来ないのだろう。
世界が未来を祝福しないのならば、僕が世界を祝福しよう。
皆が生きる未来を僕が祝福しよう。それが僕がここにいる理由だ。
「…ごはん……おか、わ…り……」
「次から少し献立の修正が必要だな」
立上が体重が増えて悲鳴をあげたのは記憶に新しい。だが見る限りウェストに変化はない。むしろファフナーに乗り始めてから引き締まり始めている。ヒップも変わっていない。言葉を飾らないなら、増えたのはバストだ。胸筋が増えた所為だろう。体脂肪率もあまり上下している様子は見受けられない。ブラジャーが少しキツくなったとも溢していたな。遠見先生に相談しよう。こういうことは男の僕よりも、女性である遠見先生が適任だ。
しかし胸筋だけで2センチも増えるものなのだろうか? 揉めば増えるとは聞くが、別段そのような処置をしているわけはない。風呂に入る時に洗う時くらいしか触れていない。……原因は僕か。
「すまない、立上」
詫びにはならないが、頭を撫でてやる。立上の髪も乙姫に似て触り心地が良い。
立上に布団をかけ直して僕も就寝態勢に入る。この時間が唯一頭を休められる時間だ。しっかり頭を休ませなければ。
失いたくないものがある。それを奪われないよう戦うのが僕の戦いだった。それが皆の安らぎになるのならと、僕は進むしかなかった。
君は知るだろう。たとえ正しいと進んだ道であっても、あるいは正しくなかった道でもあることを。
to be continued…
総士()「グノーシス・モデルのテスト中に訪れる敵襲。奔る閃光の先に彼女の見たものとは。次回、蒼穹のファフナー第3746話。覚醒、聖戦士。憎しみの空を切り裂け、ゼクスバイン!」
ショウ=コハ「ひっさつ、ハイパーオーラ斬りぃぃぃ!!」