新型ファフナーのお披露目はコアギュラ回になるかも。
非常警戒体制が解除されて久し振りの平和な登校。と言ってもまた日曜日を挟んで次に学校があるのは火曜日だけどな。
「学校かぁ。どんなところなんだろう」
最近はうちに住み着くようになった来主も俺の隣を歩いている。なんでかわからないけど、来主も学校に行く俺に着いてくる。でもなんでアルヴィスの制服なんだ?
「総士の服だからかな? もっと彼を理解できれば、君たちのことも理解出来ると思うから」
答えになりそうで答えになっていない答えが帰って来た。
総士を理解したいのはわかる。でも総士を理解することがどうして俺たちを理解することに繋がるんだ?
「わからないな。でも総士はわからないことを伝えてくれる。おれの疑問にもわかるように答えてくれる。わからないことも多いけど、総士は教えてくれる」
来主との会話はこうして意味がわからないことも多い。でもそれもまた勉強だと父さんは言っていた。最近は父さんも妙に器を作るのが上手くなってきたし、なにか父さんも変わってきた感じだ。
「皆城乙姫が言ったんだ。人を理解するなら人と触れ合うことも大切だって」
「……大丈夫なのか?」
来主は島中にフェストゥムであることを知られている。フェストゥムとの戦いで家族を亡くしたやつも学校に少なからずいるのに。イジメられたりしないか少し心配だ。
「君たちがおれに憎しみを感じるのは仕方がない。でも安心して。おれは君たちを同化するのはイヤなんだ」
フェストゥムが同化したくない。来主は本当に変わったフェストゥムだ。フェストゥムじゃなかったら、来主とだってもっとわかりあえるのだろうか。
「ならもっと話そう。きみと話せるのは嬉しい!」
「あぁ。そうだな」
心を読むなとは言っても、来主が言う事を纏めれば心を読むのは無意識のクセみたいな物らしい。だから来主との過ごし方は心が読まれるのを許容できるやつじゃないと少し難しいかも知れない。
「なにかあったら、隠さず言えよ?」
「一騎はおれの事を心配してくれるの?」
「当たり前だろ。一応、一緒に住んでるんだし」
来主と総士は似てないのに、でも何処か似ているからか、最近は料理するのも楽しく思ってる。俺も父さんも話す方じゃないから食事の時は静かな食卓にマシンガンの様に言葉を発する来主が居て、その言葉に俺か父さんも答えるから、前よりか夕食も賑やかになった。
だからもし来主がイジメとか受けたら心配だし、助けたいって思う。
「あ、一騎くん、来主くん、おはよう」
「おはよう、真矢!」
「おはよう、遠見」
自転車を押しながら歩いている遠見に声を掛けられて、俺と来主も返事を返す。
「おはようございます。マカベ」
「ミツヒロ?」
ただいつもと違うのは遠見と一緒にミツヒロも居た事だ。確かミツヒロも遠見の家に住んでるんだったっけ? 男一人で女所帯の家に住むのも大変そうだな。
「自分も今日から学校に通うことになりました。よろしくお願いします」
「あ、あぁ。よろしく、ミツヒロ」
なんでかわからないけど、ミツヒロは俺に対してかなり畏まった態度を取る。モルドヴァで一緒に戦った時からそうだけど、ミツヒロにとって俺はどう見えているんだ?
「ミツヒロも居るなら今日は俺が翔子を迎えに行こうか?」
翔子が学校に通えるようになってからいつの間にか始まった翔子の朝の迎えは俺か遠見がやっていた。元気になっても体力まではそうは行かず、体育の授業も最後まではやれていないらしい事を遠見から聞く。その辺りの事を翔子は教えてくれないから。
「あ、それなんだけどね」
「おはよー、一騎くんっ」
遠見がなにかを言おうとした時。丁度話していた翔子の声が聞こえた。
でもなんで声が上から聞こえるんだ?
「一騎くーん、真矢ー!」
「しょ、翔子!?」
「……この島はなんでもアリだな」
「うわぁ、楽しそう!」
ファフナーの手に乗って手を振っている翔子が居る。いやなんでだよ。
『あまり身を乗り出すな。落ちるぞ』
ファフナーからはカノンの声が聞こえた。このファフナーに乗っているのはカノンなのか?
「なにやってるんだ?」
『皆城総士に言われただけだ。グノーシス・モデルの実働データを取るためだ』
「カノンも今日から学校に通うことになったの!」
そうなのか。カノンは翔子の家に住んでるんだったっけ。それにしても総士はまた俺たちに黙って色々してるのか。
もう少し俺たちに相談してくれたって良いのに。
◇◇◇◇◇
カノンとミツヒロ、来主と乙姫。1日に四人もの転入生が来ればイヤでも学校は騒がしいだろう。
だが僕はそんな騒がしくなるだろう日常とは無縁の場所にいる。本来なら僕もその場所にいるのだが、カノンには羽佐間が、ミツヒロには遠見と一騎も居る。来主には乙姫と立上も居るから心配はしていない。乙姫を受け入れられたクラスなら来主も受け入れられるだろう。
そんな平和を守る為に僕は僕に出来る戦いに全力を振り向けるだけだ。……少々頭痛が痛いが、許容範囲だ。
新型のファフナーに関してはザルヴァートル・モデルの研究データを含めて進めていたエインヘリアル・モデルの現時点での開発成果を転用させる事で進むことになった。
外と違ってファフナーの生産ラインも多くはないため、新しいファフナーを造るとしても供給できるパーツはノートゥング・モデルの物が大半だ。
パーツが限られているなら、機体の性能を上げるのは設計思想の見直しからだ。
1体でも多くの敵を倒す。マークニヒトやティターンモデル、人類軍製のファフナーの設計思想は此方だ。
1人でも多くの兵士を救う。マークザインやノートゥング・モデルの設計思想は此方だ。
そこに新しい設計思想をカノンは生んだ。1分でも長くファフナーに乗せる機体がエインヘリアル・モデルだ。
僕の設計思想は1分でも多くの時間を残すことだ。その為に可能な限りの同化現象対策を施しながら、発現するSDPをザルヴァートル・モデル並みに高め、敵を早期に倒し、ひとりでも多くの仲間を守る機体だ。
アルゴノート・モデル――。
英雄たちという意味を持ち、その名の由来の如く、苦難を乗り越えても必ず帰ってくる事を願いに込めた機体だ。
1号機と2号機は既に組み上げが完了しつつある。これはマークノインとマークツェーンからパーツを持ってきた為の早さだ。里奈たちには悪いが、3人をまだ正式パイロットとしてファフナーに乗せられない以上、機体を遊ばせておくくらいなら新たな戦力を用意するのが島にとって急務であるからだ。
1号機は羽佐間の、2号機は立上の機体にする予定だ。
ベースはノートゥング・モデルだが、メガセリオンやベイバロン、ザルヴァートル・モデルの機体設計も盛り込まれた機体であるため、見掛けは人類軍がこれから造るだろうトローンズ・モデルやドミニオンズ・モデルに近い物がある。
特に羽佐間の1号機はスラスター兼用スカートアーマーと推力偏向ノズルを備えた羽根状のスラスターユニット、大出力のスーパーバーニアを備えた新型飛行ユニットを装備している為、トローンズ・モデルよりも変化する前のザルヴァートル・モデルの様なシルエットになっている。
立上の2号機はマークツヴォルフから装備を引き継ぐ為に陸戦型の色が強いが、それでも空は飛べるようにとバーニアの強化が施されている。見た目はマークドライツェンに近くなりながらトローンズ・モデルの面影がある機体に仕上がっている。シールド兼用のクローユニットを備え、直線での突進力は全ファフナー随一を誇っている。
だからといってシールドに杭打ち機を仕込むか仕込まないかという議論に発展しないでください。ただでさえショットガン・ホーンやバスターソード・ライフルでクセの強い武器を使っているんですから、ここは安全対策を第一に考えてくださいよ保さん。
SDPの強化に関しても問題はないだろう。ただ機体のコアの他にもSDPを強化する為にコアを乗せる為、パイロットへの負担も懸念されたが、それは遠見先生の研究の成果と、島のミールがパイロットの生命を守る特性を利用した同化現象への対抗によって負担も最小限に抑えられている。
しかしコアの二重同期という未知の機構がパイロットにどの様な影響を及ぼして行くのかは僕にも未知数だ。SDPを使えばコアの増殖も有り得る。既にアルゴノート・モデルの2機は永劫伝導回路を構築しつつある。元々はザルヴァートル・モデルの量産検討機として開発を進めていたともあったとはいえ、難儀な兵器だ。
だがそんな難儀な武器を使ってでも、僕たちは戦わなければならない。新たな島の巨人が、島の戦士を無事に守ってくれることを祈るしかない。
◇◇◇◇◇
今日は土曜日で本当なら学校に行かなくちゃダメなのに、そんな気分じゃなかった。
「ダメなのね。もう」
シナジェティック・コードの形成数値の低下。ファフナーに乗るために産まれてきたのに、私はその産まれてきた理由であるファフナーにすら乗れなくなってきてしまった。訓練用のシミュレーターの中で肩を落とす。
ティターンモデルよりも要求されるシナジェティック・コードの形成数値のボーダーラインが低いはずのノートゥング・モデルにすら、もう私は乗る事が出来ない。
終わるときは呆気ないものだと思いながら、心の何処かでは覚悟していたから思ったよりもショックは少なくて済んだ。
だから私に出来る戦いは先輩の背中を守ることなのに。
「よ、蔵前。どうしたんだ? 今日はまだ学校だろ」
「将陵先輩」
将陵先輩こそ学校はと思ったものの、将陵先輩はもう卒業していて学校は関係ないんだった。
「優等生の蔵前でもサボるんだな」
「今日はなんだか、行く気がしなくて」
自分の居場所がなくなった様な気がして、でも世界はそんなこと気にせずにいつも通りで、私がいなくなったくらいじゃなにもかわらずに日常は過ぎるんだろうなって、そう思い始めたらなんだか全部どうでもよくなっちゃって。
「そっか。まぁ、そういう時もあるさ」
先輩はいつもと変わらない様子で、ちょっと軽い感じて私にそう返した。そんな先輩の軽い明るさが、私は羨ましかった。
「……先輩なら、もし自分の居場所がなくなってしまったら、どうしますか?」
だから私は先輩にそんな事を聞いた。先輩なら、私の悩みなんて軽く吹き飛ばしてくれると思ったから。
「そうだな。その時は自分に出来ることで自分の居場所を探すかもな」
「自分の出来ることで……」
当たり前の様に先輩は言った。でも先輩は少し悲しそうな顔だった。
「島のみんなは誰かが居た事を忘れないから、居場所がなくなることなんてないさ」
「でも、私はもうファフナーに乗れません……」
ファフナーに乗るために産まれてきたのに、ファフナーに乗せられないなら生きている意味なんて。島を守れないなら私に存在する価値なんて…。
「ファフナーに乗れない私なんか……」
「総士が蔵前にそう言ったか?」
「いいえ…」
皆城くんはなにも言わない。ファフナーに乗せられない私にはもう興味もないのかもしれない。
「ファフナーに乗れる乗れないでそいつの価値が決まるのなら、島の子達の大半が無価値になっちまう」
「私は、そんなつもりじゃ…」
下を見ればキリがない。そんな言い方は卑怯ですよ。
「ファフナーに乗るだけじゃないと思うぜ? 蔵前は家庭を守ってるだろ」
「家庭を守るって…」
結婚したつもりはないけど、確かに最近朝昼晩、炊事は私がやっている。皆城くんが忙しいからいつの間にか炊事は私がやっている。皆城くんの代わりに芹ちゃんもたまに作ってくれるけど、芹ちゃんはあまり皆城くんから離れられないから頻度は少ない。乙姫ちゃんも芹ちゃんと一緒に作ってくれるけど、やっぱり私が作るときは皆城くんと一緒にいるから私がひとりで作っている。
私、いつの間に専業主婦みたいになってたんだろう。
「今は総士も忙しいからな。だから蔵前が支えてやんないとな」
私の価値がまだあるのかな。料理を作るくらい、未だに皆城くんの方が美味いのに。
「蔵前がいなくなったら相当ショック起こすぞ。あいつ、自分の周りから誰かがいなくなるのとことん嫌うタイプだから」
それは私にもわかる。先輩たちがいなくなった時、1日システムに籠ったまま出てこなかったもの。
春日井くんの時も、自分を責めてとんでもないファフナーを作っちゃうくらいだし。
「だから蔵前も無理しないで、そこにいるだけでも意味があるんだよ」
「そうですかね…」
そうであったとしても、やっぱり戦えないのは辛いですよ。だって私は先輩の分も島を守る為に戦いたかったんですから。
◇◇◇◇◇
もう鏡の前で何回も自分の格好が変じゃないか確かめる。髪型も大丈夫。服もお母さんに新調して貰ったし。窮屈だった下着も変えたし。うん、きっと大丈夫……な、はず。うん。
『何度確認してももう変えようがないわよ。芹』
「うっ。で、でも、急にこんな身体になったら変に思われないかな?」
あたしが未来を作るために選んだ道。その力を使うために選んだ姿。でもこれはちょっと変わりすぎな様な気がする。髪型は前の総士先輩の面影があるし、身体なんか色々大きくなっちゃうしで。もう昨日も今日も成長痛であちこち痛くて地獄を見たし。
『力を使うために、ミールがあなたを守った結果よ。でなかったら今頃結晶化していなくなってた』
「恐いこといわないでよぉ、織姫ちゃん」
身体はまだ目覚めていないけど、意識だけは目覚めている織姫ちゃんとクロッシングすることで、こうして会話することは出来る。はやくちゃんと織姫ちゃんともお話したいなぁ。
『これ以上は時間の無駄よ。行くならはやくしなさい』
「……うん。わかった」
鎮静剤も効いてきたし、織姫ちゃんも居るから身体の震えは殆どない。でも久し振りの自分の家で、自分の部屋で寝たのに殆ど寝つけなかった。
いつもなら感じる総士先輩の暖かさがないだけでこんなに落ち着かなくなるなんて、あたしも思わなかった。
総士先輩が好きかどうか、里奈に聞かれたけど。
あたしはもうそんなこと、感じる間も無く通り過ぎていて。あたしが総士先輩を好きだと思える時はもう乙姫ちゃんと織姫ちゃんのクロッシングで感じる間も無く過ぎていて、もう総士先輩の隣に居ることが当たり前で、総士先輩がいない生活が逆に違和感どころか早く会いたくて仕方がなくて。
好きとかもうわからない程、総士先輩が居ることが当たり前すぎて、それがあたしの気持ちに当て嵌めるなら。
好きを通り越した先にある感情。ひとつになりたいほどに、あたしは総士先輩と一緒にいたい。
「っ……」
自分を抑えていないと、総士先輩への同化欲求を抑えられない程、あたしは総士先輩とひとつになりたいんだ。
手のなかに生えた結晶を握り潰す。パラパラと落ちる結晶の破片は、もうあたしが普通の人間じゃないことを物語っていて、でもそれが乙姫ちゃんと織姫ちゃんを守るための力で、総士先輩と一緒にいられる力なら、あたしは恐くない。もっと力が欲しい。もっと総士先輩と一緒にいるために。乙姫ちゃんの島を守る為に力が欲しい。
「はぁぁ……ふぅ……。平常心平常心。自分を抑えなくちゃ」
足元にも結晶が広がりそうだった。力を上手く扱わないと総士先輩とも一緒に居られなくなる。それだけは絶対にイヤだ。
「今、行きますから。総士先輩」
逸る気持ちを抑えながら、あたしは玄関から脚を踏み出した。
「んっ……気持ちの良い風」
風に靡く髪を抑えながら、綺麗な蒼い空を見上げる。
この空も、島も、海も、あたしが守るから。
だから安心して織姫ちゃん。あたしがいつも傍にいるから。
to be continued…