そんな完成度の高い回をいじり回せる力量が私にはなかったのでこんな感じになりました。
「こうしてると、祐未と海に来たの思い出すなぁ」
はしゃぐ後輩たちの声を聞きながら日陰でその様子を見守る。
「将陵先輩は泳がないんですか?」
それは俺の隣に座る羽佐間にも言える台詞だけど、羽佐間も俺も同じ病気だっただけに、互いに体力のなさは共感出来る事柄だ。でも今の羽佐間は少し泳いできたところだった。カノンに支えて貰いながら日焼けしない日陰に避難してきたところってやつだな。
「お前の泳ぎ見てたら、自信なくしたよ」
短い距離でも流れのある海でちゃんと羽佐間は泳いでたからなぁ。俺も泳げるけど、やっぱりそんなには泳いでいられない。
病気は取り除かれても体力だけはどうにもならなかったのがこの身体だからな。
「泳ぐのが上手いんだな、羽佐間は」
「この間の戦いからまた身体の調子が良くって。今日も泳げると思ったら泳げて。少し自分でもびっくりで」
「翔子は泳げなかったのか?」
「うん。今まで殆ど泳いだこともなかったから」
綺麗な泳ぎっぷりに泳いだこともなかったなんて知らなかったカノンが疑問を口にする。
うん。まぁ、昔の羽佐間を知らないカノンからしたらそう思うよな。
これも羽佐間の特質か。自分は泳げると、泳げる自分を自分の中に作ってあとはそこに自分を落とし込めば良いだけだからな。
ファフナーに乗る上でかなり重要な素質だが、これもかなり危ない力だ。自分は出来ると思い込んでしまえば、自分の限界を自分で取っ払える。それこそ肉体の限界すら容易に。それに本人が気付いていないのも怖い話だが、かといって教えると逆に危ないのは総士も言っていたな。だから敢えて教えていないとも。
「あそこ。皆城総士が溺れていないか?」
「皆城くん運動神経抜群だからそんなこと――」
「いや――」
カノンが指を指す方向。あの総士が溺れるなんて有り得ない事だが確かに普通に泳ぐのとは違う水飛沫が上がっている。
「総士!!」
それに気付いた一騎が猛スピードで上がったばかりの海に引き返した。
直ぐに一騎が助けに行ったこともあって総士は溺れずに済んだが。
「総士! 大丈夫なのか!? 総士!」
「大丈夫だ。心配し過ぎだ。脚を吊って驚いただけだ」
一騎が物凄い形相で総士の身体を隅から隅までペタペタ触って異常がないか確かめていた。
「立てますか? 総士先輩」
「ああ。…っ」
立上に促され手を引かれながら立ち上がった総士。でも足の痛みでバランスを崩したところを立上が支えた。
「無理しないでください。私が支えますから」
「あ、あぁ。済まない」
「俺も支えるよ。総士」
「いや、流石に両方から支えてもらわなくても」
「良いから任せろって」
一騎と立上に支えられながら日陰までやって来る総士。ちゃんと人に頼ることもこれから学んでいかないとな。
◇◇◇◇◇
不覚を取った。まさか足の痛みで溺れかけるとはな。
「まだ痛むか?」
「いや。大分楽になってきた」
浜に上がってから一騎が甲斐甲斐しく面倒を診てくれる。今も足をマッサージしてくれる。
「飲み物持ってきましたよ」
「すまないな。立上」
「いいんですよ。あたしがしたいだけですから」
立上も一騎と同じくらい僕の面倒を見てくれる。さっきまではミツヒロと来主と乙姫も居たが、人数が多いと却って邪魔になると、ミツヒロが二人を連れて今はバーベキューに勤しんでいる。溺れかけただけでこんなにも周りから心配される。不謹慎だが良い気分だ。僕にも居場所がある事を実感できる。
でもまさか立上にも支えられるとは思わなかった。
「どうかしましたか?」
「いや。逞しくなったなと」
「…逞しいだけじゃないですよ?」
「失言だった。綺麗にもなったな」
「はい。赦してあげます」
見慣れていた後輩としての姿から、今の立上は島を守る戦士として成長していた。見下ろしていた身長が追いつかれるとはな。
だがその姿になる為に人としての存在をどれほど代償にしたのかは、僕にはわからない。
「大丈夫ですよ。あたしの命は島が守ってくれますから」
だが守られるのは命だけだ。人としての存在を守るわけじゃない。
「乙姫ちゃんも織姫ちゃんも居ますから。それに総士先輩も」
「立上…」
口ではそういうが。それでも恐いものは恐いのだろう。人目があるのに甘えるように僕の肩に身を寄せるのはその証拠だろう。
「させはしないさ。そうならないように僕が居る」
「ひとりで抱え込まないでください。その為にあたしが居ますから」
互いに気づかいあうからこそ、そんな言葉が交差する。だが立上が本来なら背負うべきではないことまでも僕は彼女に背負わせてしまっている。今の姿もそうだ。時間をかけて人は成長するものを、彼女はその理から外れても戦おうとしている。そういう役割は僕だけで充分だというのに。
「あたしじゃダメですか? あたしじゃ、総士先輩の支えにはなれませんか?」
「そんなことは……」
僕は立上になんと答えるべきか。確かに立上の戦闘力は祝福を受けた一騎並みのものがあるだろう。
それが今の島にとってどれほど頼もしいものか。
だが立上が欲しい答えはそうじゃないだろう。しかしそれに答えてしまった時、僕は立上にも一騎と同じ様に甘えてしまうだろう。無意識のうちに、一騎や乙姫に甘えている僕が言えた言葉じゃないが、そんな役割までも立上に背負わせるべきではないだろう。
「今でも充分支えてもらっているさ」
だから僕は彼女の問いから逃げるような言葉を紡いだ。
「そうですか…」
幾分肩を落とした様な立上の声に申し訳なく思いつつも、立上の手が浜に手を着く僕の手に重なる。
「あたし、もっと強くなりますから。強くなって、総士先輩も守りますから」
「いや。立上…」
返答を間違えたらしい。引き下がると思ったが、逆に彼女のなにかを後押ししてしまったらしい。
横目で見た立上の表情はまるで乙姫の様に見えたのは髪型だけの所為じゃない。すべてを包み込んで抱き締めるような包容力を感じる大人びた綺麗な表情だった。
「総士。肉と野菜、どっちから食べる?」
焼けた肉と野菜を紙皿に乗せた一騎の声で現実に意識が戻ってくる。再度見た立上の表情はいつも通りの顔だった。
そして平和な時間というものはあっという間に過ぎてしまうもので、解散となった帰りに僕はミツヒロの肩を借りて帰ることになった。一騎も送ると言ってきたが、帰る方向が正反対の為遠慮した。なら何故ミツヒロは連れてきたのかと言えば。
「真矢から聞いたが。まさかこの島に居たとはな。ジョナサン」
ミツヒロ・バートランドと僕の知らないところで鉢合わせないようにするためだ。
「父さん……」
「まだ私を父と呼ぶか。人形風情が」
「くっ…」
バートランドは明らかにミツヒロを見下している。いや。パペットなのだから父親とすら思っていないだろう。
「なんの用ですか。あなたは島を出ていった身でしょう」
「父親が子供に会いに来る理由が要るのかな?」
「ミツヒロを人とも思っていないあなたが言う言葉ではありませんね」
ミツヒロの肩から腕を外して、彼を庇う様に前に出る。
島を捨てた人間に、島を守る人間になったミツヒロは渡さない。
「ミナシロ……」
「フッ、随分と溶け込めて居るようだが。君はソイツがスパイであることを知っているのか?」
「承知の上で僕は彼を信じています。彼の人としての心を」
僕の返しが予想外だったのか、僅かにバートランドの目元が動くが、直ぐに余裕のある顔に戻った。
「くだらん。所詮用済みになれば記憶も人格も消される人形に過ぎん。何故そうも庇う」
「彼が島の為に戦う仲間だからです」
僕は信じると決めた。だから何があっても信じる事を貫き通す。父親以上に僕はミツヒロの事を知っている自負もある。人形としてしか見ていなかった人間に、ミツヒロの何がわかるというのだ。
「仲間などと。所詮は偽りの馴れ合いに過ぎん。欲しいのならばくれてやる。代わりはいくらでも居るのだからな」
そう言い残して去っていくバートランドの背を睨み付けながら見送る。その背が見えなくなったところでミツヒロに振り向けば、硬く拳を握り、俯くミツヒロの姿があった。
「ミツヒロ…」
「いいんです。覚悟はしていましたから」
とはいえ、心のどこかでは父親に対しての期待があったからこそそんな顔をするのだろう。
だから僕は敢えてなにも言わずにミツヒロが落ち着くのを待つことにした。
その日の夜に、僕は乙姫から呼び出された。
リクライニング・ルームで話すのは態々その話題に関する事である暗喩なのだろう。
「もし本当はファフナーに乗れるのに、その事を隠している人がいたら。総士はどうする?」
「データ隠蔽は、重大な裏切り行為だ。だが、罪に問うかは場合による」
だから僕もわかっていてその言葉を返した。僕の中では既にこのことに関しては問題足り得ない。弓子さんがしなくとも僕がしていただろう。
遠見の能力は必要だ。人を撃たせる痛みを背負わせない為に早期にファフナーのパイロットとして戦ってもらうことも考えたが。後の影響を考えて僕は敢えて遠見のことは未来にある通りに進めようと思った。
「だと思った。良いよ。だから」
乙姫がなにかを言おうとした時、リクライニング・ルームのドアが開いた。
「私たちも、お手伝いするわ。皆城くん」
「羽佐間? ミツヒロまで」
開いたドアの向こうに居たのは羽佐間とミツヒロだった。
「ショウコから聞きました。マヤはおれの家族です。おれにも手伝わせてください、ミナシロ」
既に吹っ切った様な覚悟のあるミツヒロに、僕はなにも聞かずに頷く。ミツヒロの中で整理が着いているのならば僕からなにも言うことはない。
◇◇◇◇◇
父がユミコさんとチヅルさんを査問委員会に告発した。狙いはマヤと、チヅルさんの技術か。
マヤは島に必要だ。チヅルさんも居なければ島のパイロットが同化現象に襲われてしまう。ユミコさんが居なければミワも産まれない。この査問委員会を成立させるわけにはいかない。
ミナシロや島のコアだけじゃない。ショウコやマカベ、マヤの仲間がみんな自分の意思でマヤのパイロット適正データを改竄したと査問委員会で答弁した。
もちろんおれもそのひとりだ。
マヤがファフナーに乗れば、何れ人を撃たせてしまうだろう。だからその意味も込めておれはマヤには戦って欲しくなかった事を答弁した。家族には安全な場所に居て欲しいという理由にして。
「人形が。毒されたか」
「おれは自分の意思で、ここにいることを選びます」
輸送機に乗り込む父の背に、おれは最後の言葉を送った。おそらくもう話すこともないだろう父親との会話は恐ろしく冷めたものだった。
「あなたはどこにいるんですか」
「敵を倒せればなにも要らん。お前も何れ知ることになるだろう」
知っているとも。憎しみはなにも生まないことも。だからこそ、おれはここにいる。今度こそ間違わないために。憎しみに囚われず、憎しみに打ち勝つために。
父親との決別。憎しみの道を行くというのならば、おれは別の道を行くと決めた。存在する理由があるのならば、おれはここに居続ける。それがおれの戦いだ。
「さようなら、父さん」
ミツヒロ・バートランドの息子から、おれはただのジョナサン・ミツヒロ・バートランドとなった日。家族がひとり、戦う覚悟を決めた日でもあった。
to be continued…