年末に見たROLはとても衝撃的だった。そして泣いた。絶対に戻らないものだからこそ、失うときの刹那さと悲しさがROLにはあった。
だからEXOで島が沈んでいくときも涙が出た。だからいつかきっと、必ず竜宮島に帰りたい。
ここ数日。総士は毎日の様にキールブロックに通っていた。
「一騎…」
まるで棺のように横たわる結晶の中で眠る一騎に、総士の心は穏やかではなかった。
人でなくなるのは自分だけで良かったはずだ。上手く立ち回れれば、甲洋も、翔子も、芹も、一騎も、余計な物を背負わせることなどなかった。
「すまない。一騎」
一騎にこの道を選ばせてしまった。自身の不甲斐なさと無力さを突きつけられている様に感じた。
未来を変えるために出来る事をしてきた。だがそれの所為で変わりはじめた現実は、こんなはずじゃなかった。
誰もがここにいることをただ望んだだけだった。
だが、それが。却ってさらなる困難を引き寄せ、その結果さらなる犠牲を払うのではないか。
未来を生きるためには今ある命を使うしかない。
もう動き出してしまった運命を止める術を、総士は知らない。
「一騎…」
すべて自分で片付けたかった。未来を変えることで生じる不具合が自身に降りかかるのならば望むところだった。どの様な犠牲も支払う覚悟もある。
しかし。それが他人に降りかかる事は許容できない。その為に力を求めた。だが、次々と現れる新たな敵に、総士は自らの歩む道が果たしてこのまま歩き続けて、それで良いものかと考えてしまう。
「僕だけで良いはずだ。なのに、何故…お前が」
来主のお陰で同化現象に対する治療も、拮抗薬も生まれた。
命のタイムリミットも大分引き伸ばされた。
なのに、未来を良くしたいと思えば思う程に、なにかを失っている。
果林を助ければ父は救えなかった。
翔子を救えても甲洋を救えなかった。
力を求めれば敵も強くなる。
そして今もまた、一騎に人としての時間を失わせて、自分が得たものはなんだったのか。
「教えてくれ。僕はどうすればいい」
皆城総士であれば、この痛みも心の内に閉まって耐え続けられるのだろう。
だが総士は皆城総士であって皆城総士ではない。
皆城総士ならば出来た事が、自分には出来ない。
痛みを耐える事が出来ない。皆城総士として欠けてしまっているから。
だが、フェストゥムの側の自分を肯定する気はない。あれは自分の弱さだ。
「そこに居ても、一騎は目覚めないよ? 総士」
「織姫」
声のする方を振り向けば、そこには皆城織姫が居た。
「…一騎が居ないと、総士はダメだね。それは総士も総士だから仕方がないけど、ちょっと悔しいかな」
総士に歩み寄った織姫は、そう言いながら総士の腰に腕を回して身を寄せた。
「総士を想ってくれる人はたくさんいるよ。総士はひとりじゃない。私や芹ちゃん、皆城乙姫も居る。確かにとても大変で、辛い道かもしれない。けど、信じて良い未来だよ。総士」
「織姫…」
織姫の能力を、総士は詳しくはしらない。ただ、未来を見る力に関係している事だろうという推察はついている。
その織姫の零した辛い道という言葉。
どの様な未来を選ぼうとも、犠牲を払わなければ辿り着けない。それが未来。
希望を信じて歩もうとも、人は長く険しい道の中で、何故歩き出したのかさえ忘れてしまう事もある。何故自分は歩いているのだろうと。
「運命に抗う事で見出だされる希望。それが僕たちを犠牲へと駆り立てるというのなら」
希望の為に戦っているのに、皆を犠牲にせず、誰一人として居なくならない未来を欲しがって、その為には犠牲を払わなければ辿り着けない。
戦わなければ守れない。だが戦えば犠牲を払わなければならない。希望を目指すのにさえ犠牲を払わなければならない。その犠牲を無くしたいと思っても、世界は更なる犠牲を強要してくる。結果として更なる犠牲を払わなければならない。
後戻りは出来ない。だがこのまま進めば更なる犠牲を払う事になる。立ち止まればすべてを失う。
弓子が零した、失うために戦っているのか。そう思う気持ちを総士は実感していた。
だが自分よりも辛い姪を前にして、これ以上弱音は言えなかった。
「……すまない。織姫」
「え?」
腰を落とし、織姫の背に腕を回す。
総士が知る未来はひとつの可能性だ。
だが織姫はあらゆる未来を知っているはずだ。総士自身が変えた事で変わった未来さえ。
それを見据えて、自分の背を押してくれる織姫の事を強い娘だと思いながら感謝と謝罪を表して抱き締めた。
「私は総士が居るから大丈夫。芹ちゃんも居てくれる。だから大丈夫」
それでも織姫は総士の背中に腕を回す。その言葉が自分に言い聞かせているように総士は感じていた。
◇◇◇◇◇
皆城家の朝食はそれなりに大所帯だ。
総士と皆城乙姫、そして皆城織姫という皆城三兄妹に、総士からしてひとつ上の姉のような存在の蔵前果林。兄の様に慕う将陵僚。そして来主操と、皆城姉妹の親友である立上芹。
島が平和だった時の倍以上の人数。だが基本的に食事は静かに食べるもの。さらには積極的に話すような性格の人間が皆無なので、真壁家にお邪魔している来主が居なければ静かなものなのだが、最近は来主も皆城家で食事をしているので毎日が騒がしい。
ボレアリオスのコアとして生まれた来主操とは違い、スフィンクス型だった来主は、コアの来主操が子供っぽいのに対して比較的大人しめだ。
だが無知なのには変わりがない。子供っぽい訳とは異なるが、やはりあれこれ新しい料理が出てくる度にあれやこれやを根掘り葉掘り聞いて味に感動して舌鼓を打つ。
しかしそれでも朝は静かに食べたい織姫からすれば騒がしいと思う。だから来主の分のおかずに箸を伸ばして横取りをして、それに来主が喚いてケンカになる。
それを仲裁して果林が来主におかずを分ける。だから最近来主が来るときの、小分けのおかずの量が多いのは総士も知っている。
だがそれでも織姫を咎めない。咎めるのは果林がしているからだ。むしろ食事でケンカをする来主を見て良い傾向だと観察する。憎しみと怒りの違いがわからないという来主だったが、本質はもう理解している様に思える。なにより意地悪で他人を傷つける様な事を織姫はしないだろうと思っている。そして総士は織姫を否定する事だけはしてはならないと思っている。それが彼女の存在を望んだ自身のただひとつの罪だ。
食事を終えたあと、総士は食器を洗っていた。
「大丈夫か?」
「なにが、ですか?」
そんな総士のもとに新しく食器を僚が運んできた。
「一騎が倒れてから元気がなかったからな」
「……今は、もう大丈夫です。ご心配を掛けました」
「ちっとも大丈夫な様に見えねぇぞ? 」
洗い終わった皿を持ちながら手を止めた総士から、僚は皿を取り上げてタオルで水分を拭く。
「何でもそうだ。ひとりじゃ出来ることだって限られてる」
「先輩…」
「ホラ、次がまだまだあるぞ」
「…はい」
そのまま総士が洗った皿を僚が拭いて重ねていく。
「先輩は、何故最後まで戦えたんですか?」
不躾だが、総士は聞きたかったのだ。いくら想像できても、やはり当人の言葉で直接聞きたかった。
L計画という絶望の中で、生存という希望を信じて、犠牲を払いながら戦い抜いたその強さを。
「……。ひとりじゃ、ダメだったろうな」
「ひとりじゃ…」
「色んな人に助けられた。お前は強いから一人で敵を倒せる。でも、それだけじゃないだろ? 怖いし辛いし。挫けそうになった。でも、支えてくれる誰かが居たから戦えた。みんなで島に帰るんだって、明確な目的もあったからな」
総士の頭をくしゃくしゃと僚は撫でる。
「お前も頼れる仲間は居るし、目標もあるんだ。あとはみんなで頑張るだけさ」
「それで誰かがいなくなっても、ですか…?」
「……そいつの分も、目的を果たすしかない。でなかったらいなくなったやつの想いも戦いも無駄になる。俺はそうやって誤魔化したよ」
そう思う事を悪いとは思わない。でなければ心が磨り減って、戦いどころではなくなってしまうだろう。
「それより。盆祭りは誰と行くんだ?」
「いきなり唐突ですね」
「話さなくっても、お前はもう答えを持ってるからな」
急な話題の切り替え。答えを持っていると言うよりは、立ち止まれないからただ前に歩いていくしかない自分を不甲斐ないだけだった。
「乙姫と織姫。立上と来主、蔵前も連れて行く事になると思います」
「違うって。好きな女の子とか居ないのかって話だ」
「居ませんよ」
「……悪い。訊いた俺がバカだった」
「それはなんとなく腹に据えかねる言葉ですね」
質問した僚は、総士の返答に訊いた自分が愚かだったと発言をするまでもなかったという顔で返した。
総士自身、恋愛などわからないし、する暇もない。興味もない。そもそも戦い抜いた先で、自分に未来があるのかさえわからないのだ。
それでも想いを向けられているのは理解している。ただ返しかたがわからない。
芹の場合は事情が特殊すぎる。
織姫の場合は血筋的には姪である。社会的に抹殺される。
乙姫は妹だ。それにこれは兄妹愛だからまた違う。
果林はそもそも僚の事が好きなので考慮外。
真矢は皆城総士が好きだったのであって、総士からすればクラスメイトで菓子つくりを教えた女子の友人だ。
パッと自身の身の回りの女子を思い出してみるが、僚の言う意味で好いている相手は、皆無だった。
「一騎…」
「一騎がどうかしたのか?」
「…いえ」
僚に答えながら、悟られないように、しかし一騎から盆祭りの時間を奪ってしまった事に総士は気を落とす。
自分も祭りなどに現を抜かす場合ではないのだが、両親の燈籠を流す役目がある。
「ま、心配しなくても一騎の代わりに戦って島を守るくらいなら俺だって出来るさ」
「あまり無茶をしないでください」
ティターン・モデルも改良を加えられ、同化現象も極力抑制しているものの、やはりノートゥング・モデルより負担が掛かっているのは変わらない。
だがノートゥング・モデルよりパワーが上である為に戦力になっているのも確かだった。
ザルヴァートル・モデルもアルゴノート・モデルも乗る人間を選んでしまう機体だ。強力である分量産が出来ない。
エインヘリアル・モデルはSDPがあるが故の強力さがある。SDPがなければ現状の改良型ノートゥング・モデルのマイナー・チェンジ程度の差でしかないだろう。
だがエインヘリアル・モデルなくしてSDPに目覚めてしまえば、パイロットは新同化現象にも襲われ、更なる犠牲を払う事になる。
なにかを得る為にはなにかを対価にしなければならないのは世の常だ。しかしその犠牲を許容出来ないのが現状だ。悩みの種は尽きることがなく、時間だけが過ぎる毎日だった。
◇◇◇◇◇
今日も敵はやって来た。相手はスフィンクス型のA型種やC型種が面な構成だった。
4日に1度は攻めてくる敵。
あのコアを警戒して総士は連日、マークニヒトで出撃していたが、それ以外のメンバーはローテーションを組んでの出撃体制になっていた。
一騎とマークザインが出撃出来なくとも、残った特化戦力であるザルヴァートル・モデルとアルゴノート・モデルの戦闘力であれば余程のトラブルがなければ対処は可能だった。
トルーパーも数が増えてきた為、有人機を必要以上に出撃させてパイロットを無闇に消耗させるという事も極力抑える事が出来はじめた。
だがそれでも無人機だけで戦線を構築するのはまだ程遠い。あくまでも有人機の補助。或いは遅延戦闘が限界だった。スレイプニール・システムを搭載した指揮機が居なければ真価を発揮出来ないのもネックだった。現状スレイプニール・システムを搭載したファフナーはティターンモデルの他にはない。搭載機を増やそうにも現時点でトルーパーを指揮しながら戦えるパイロットは総士以外にはいない。
そして敵もまたそんなトルーパーに対処する為、アルヘノテルス型やウーシア型の様に群れを生む存在を編成に加えはじめた。
増える群れへの対処にトルーパーを割けば、島の防衛網に穴が開く。結果としてノートゥング・モデルを出さなければならない。
パイロットが消耗して倒れたりする前に現状を脱しなければならない。だが良い案も特には思いつかない。
さすがの総士もお手上げ状態で、結局はマークニヒトやマークレゾンの殲滅力で押しきり、戦闘時間を可能な限り短縮する事しか出来なかった。
そんなあるときだった。敵の編成ががらりと変わったのは。
ソロモンが敵と認定しない敵。コアギュラ型がやって来た。
今までローテーション体制で出撃していたのが全機出撃体制となり、島の各地にファフナーが展開する。
コアギュラ型は5体。数は変わってはいない。
ならば充分対処は可能だ。
『総士君。マークジーベンを例の装備で島の中央に位置させる』
「マークジーベンをですか? しかし遠見はまだ」
『数が必要だ。最悪の場合、島を放棄しなければならんだろう』
「…させませんよ。絶対」
脅威的な同化能力を持つコアギュラ型だからこそ、史彦の警戒に、総士もいつも以上に警戒してまだ訓練を終えていない真矢を戦闘に出す事を躊躇う。だが司令の命令であれば仕方がない。
「ミツヒロ、羽佐間」
『ミナシロ?』
『どうしたの? 皆城君』
ジークフリード・システムを通して、総士はミツヒロと翔子を呼び出した。
「遠見が出撃する。直掩に着いてくれ」
『了解しました!』
『…良いの? 皆城君』
どちらも真矢の強さを知るふたりだったが、返事は対照的だった。
いくら真矢でも、ルーキーではと、直掩要請を疑問を持たずに引き受けたミツヒロ。
翔子は真矢が最初から単独狙撃が出来る事を総士とのクロッシングで知っている。それなのにミツヒロのマークレゾンだけでも充分な護衛であるにも関わらず、自分まで下がって大丈夫なのかと心配しての事だった。
「一騎が居ない分、君が遠見を支えてやってくれ」
『…わかった』
戦いよりも真矢への気遣いをしてくれるのは翔子も嬉しかった。ただ代わりに総士が無理をしてはいないかも心配だった。
総士はマークニヒトの中から戦闘の様子を見守っていた。
ファーストエンゲージはノルンが担当していた。
学校の校庭に位置するマークニヒトの中から屋上に目を向ければ、そこには織姫と来主が居た。
ノルンを制御しているのは織姫だろう。
レーザーで打撃を与え、落下するコアギュラ型。
『総士…』
「ああ」
クロッシングする乙姫の声を聞きながら、落下した砂浜の砂と同化して人形を作ったコアギュラ型に攻撃を加えたノルンがコアギュラ型の触手に捕まり瞬時に同化されたのを見たあとで、ファフナー各機に接近戦厳禁を指示する。
マークドライはトリプルドッグを組んでいるから先行はしないだろうと思いながらシステムを介して様子を見守る。
乙姫と芹はSDPが使える。カノンと道生も戦闘経験は豊富。真矢はミツヒロと翔子に任せてある。
気にかけるのはひとりで相手をする僚と、3人で一人前の咲良と剣司と衛だった。
◇◇◇◇◇
「はあああああっ」
バスターソード・ライフルからエネルギーの刃を纏わせて、芹はコアギュラ型の作った人形を切り裂く。
接近戦は厳禁だと言われているが、マークレルネーアもマークツヴァイも近接型のファフナーだ。
だから攻撃するのにも近接戦闘になる。クロスドッグでも近接戦闘担当である芹は射撃よりも格闘戦の方が得意だった。そして自身のSDPを最大限に引き出してくれるアルゴノート・モデルで負ける様な事はないと確信していた。
降り下ろして屈んだ背後からルガーランスの刃が伸びてくる。
『芹ちゃん!』
クロッシングで乙姫の声を聞いた芹は返事よりも先に身体が動いていた。
両肩のイージスを展開。真っ二つに裂けても修復する砂の人形の再生を妨げ、抉じ開ける様に前に出る。
そしてコアギュラ型に突き刺さっているルガーランスの切り開いた傷口に合わせて、ショットガン・ホーンを突き刺す。
「うわあああああっっ」
コアギュラ型のコアに突き刺したショットガン・ホーンから結晶がコアギュラ型を包み、砕け散った。
「ごちそうさま…」
戦いながら存在を食べる。大分慣れてきたものの、フェストゥムを同化して満たされる。そんな自分が人間じゃない感覚に僅かながらの恐怖を感じながらも、それで変わるのならば乙姫や織姫、総士の様になるのならば構わないと芹は積極的にSDPを使っていた。
だがアザゼル型を同化した所為か、スフィンクス型では同化しても満たされる感覚が薄れてきていた。
今回のコアギュラ型は悪くない方だった。しかしやはりアザゼル型には程遠かった。
「もっと、欲しいなぁ……」
はっきりいって不完全燃焼な感覚がここのところの芹の心を陰らせていた。もっとたくさん同化したい。
だから芹は次の目標を定めた。同じ様に接近戦用の武器しか持たないティターン・モデルへの援護だった。
その背を、乙姫はただみつめて追い掛けた。
平和を願いながら戦い、だが平和の為の戦いは対価に僕たちからなにかを奪っていく。
君は知るだろう。
その平和の価値は、誰かがなにかを犠牲にしたことではじめて手に入れられたものだと。
to be continued…