「ここは何処だ?」
いつものように自室で寝て、暑苦しさに起きたのは見知らぬ電車の中だ。
「どうなっているんだ、これは」
先ず違和感を感じたのは視線の高さだ。そして手の大きさがいつもより細かった。いや、それだけではなかった。
「誰も居ないのか?」
駅に停まっているらしいが、人の気配がまるでないことに首を傾げる。
ともかく座っていても仕方がない為、情報収集を兼ねて駅を出ることにした。
「日本か。しかし関東全域に特別非常事態宣言とはどう言うことだ?」
日本列島の本州は人類軍の核攻撃で消滅している筈だ。
それなのに指定のシェルターに避難しろと言っている。人っ子1人見当たらないのもその為か。
「いや、居たな」
公衆電話を何処かに掛けている人影があった。
「君、すまないが少し良いか?」
「あ、はい。なんでしょうか」
近づけばその人影が少年だとわかると言えども中学生くらいだ。そんな彼と目線がそんなに変わらないと言うことはそういうことなのだろう。だが今は、その事を議論している時ではないだろう。
「この非常事態宣言とやらはなんなんだ? 知っていることがあれば教えてくれ」
「あ、えっと、ぼ、僕にもわからなくて。それで今待ち合わせの人に電話したんだけど、非常事態宣言で電話も繋がらなくて」
「そうか。ならばシェルターへ避難しろと言うのだからそうするしかないか。場所はわかるか?」
「ご、ごめんなさい。僕もこの辺りの人間じゃないからわからなくて」
「そうか。なら駅に引き返して地図でも見つけるか」
「え、駅員さんに訊いてみるとか?」
「僕が見た時は受け付けも無人だった。おそらく避難したあとなのだろう」
「そ、そうなんだ」
「ああ。とりあえず自己紹介といこう。皆城総士だ」
「い、碇シンジ、です」
自己紹介を兼ねて手を伸ばしたのだが、彼の手はぎこちなく伸びてきて固かった。内向的な性格なのだろう。強いて言えば羽佐間に似ていなくもないか。
「歳もそう変わらないだろう。遠慮はしなくて良い」
「そ、そうかな。良くわからないや」
頬を掻くシンジのぎこちない顔からあまり人とも関わるのは苦手なのだろうと分析する。何処と無く以前の一騎を思い出した。
「うわっ」
「なっ、なんだ!」
いきなり耳を苛む爆音に2人して耳を塞ぐ。それは頭上をミサイルが飛んでいく音だった。
そのミサイルが向かった先は、黒い人型の物体だった。
「フェストゥム…、ではないか。しかし」
首の無い人型は仮面状の顔を持ち、その仮面の下に紅く光る光球を有していた。そして直感的に察する。あの紅い光球がヤツの
そしてまた頭上をミサイルが過ぎ去っていく。人気の無い街が一瞬で戦場と化した。
しかしミサイルを何発食らっても効果がない様に見える。何らかの防御手段を持っているのか、はたまた純粋に生物としての外皮が分厚いのか。
返礼とも言わんばかりに黒い人型はその手を空中のVTOLに向けると、光の槍を突き出して片翼のエンジンを吹き飛ばした。そして撃墜された機体はなんと此方に向かって墜ちてきた。
「不味い…!」
「うわあああ!!」
しかもご丁寧に黒い人型は何らかの力で浮遊すると、その脚で撃墜したVTOLを踏み潰した。
シンジの身を庇って伏せたのだが、そんな僕たちの前に一台の車が滑り込んで爆風から庇ってくれた。
「ごっめ~ん、お待たせ♡」
こんな非常時に軽い人だと思いながら、どうやらシンジの待ち合わせ人らしい。
「とにかく逃げるわ。早く乗って!」
「乗るぞシンジ!」
「あ、待ってよ!」
助手席側、座椅子を倒して自分は先に乗り込み、シンジに前の席を譲る。
下に生きている人間がいるのにお構いなしに攻撃を続けるVTOLの編隊に思うことはあるが、避難指示が出ているのに従わなかった此方も悪かったという事でおあいこか。
バックで急発進し、そのままターンしてアクセル全開で黒い人型のもとを放れた。しかしバックしてるときに黒い人型の足が迫ってきた時は冷や汗を掻いた。
難を逃れて道端に車を停めて、双眼鏡であの黒い人型を観察する女性。
「ちょっとまさかっ、N2地雷を使うワケ!? 伏せて!!」
彼女のただならない様子に伏せると直ぐ様衝撃波が車を襲って、車体はくるくると回転していく。先程地雷と言ったが、生半可な威力じゃない。戦略核にも匹敵し得る破壊力だろう。
「大丈夫だった?」
「ええ。口の中がしゃりしゃりしますけど」
「そいつは結構。そっちの君は? ケガはない?」
「ええ。何ヵ所か打ちましたけど、許容範囲内です」
「オッケー。んじゃ、車起こしましょっか」
爆発の衝撃波で転がされた車を3人で協力して車体を起こす。
「ありがとう、助かったわ」
「いえ、僕の方こそ。葛城さん」
「ミサト、で良いわよ? 改めてよろしくね。碇シンジ君」
「はい」
僕の時よりも好感触で自己紹介が進んだのは隠せない明るさを持つ葛城さんの人柄だろう。
「そっちの君は、お名前聞かせてくれる?」
「皆城総士です。改めて、危ないところを助けていただきありがとうございます」
「あらやだ、丁寧に畏まらなくったって良いのよ。それよりこれから私たちは行かなければならないところがあるんだけど、基本関係者以外入れられない場所でね。とはいえさっきのN2地雷で付近のシェルターは使い物にならないだろうし。特務機関NERVの権限であなたを保護します。だから悪いんだけど、付き合って貰うわよ?」
「構いません。ここで放り出されても困ってしまいますから」
特務機関ネルフという組織の一員らしい葛城さんの言葉に今は従うのが得策だろう。
とりあえず車を動かせるように修理する為に他の車からバッテリーを拝借するとかしたのだが、葛城さん曰く国際公務員だから万事OKらしい。
そこから車はゲートを潜ってカートレインとやらに乗り込んだ。
「特務機関NERV?」
「そ。国連直属の非公開組織」
「父の居るところですね」
「まっねー。お父さんの仕事ってなんだか知ってる?」
「人類を守る大切な仕事だって、先生からは聞いてます」
「なるほどね。あ、そう言えばお父さんからID貰ってない?」
「あ、はい。どうぞ」
シンジが葛城さんに手渡したのは殴り書きで「来い」とだけ書かれたくしゃくしゃで1度は破かれたがテープで復元した手紙とも言えない物だった。
「ありがと。じゃあ、これ、読んどいてね」
その手紙を見て、葛城さんはようこそNERV江と書かれた冊子をシンジに手渡した。
「ネルフ? 何かするんですか?僕が」
「…………」
「そうですよね。用もないのに父さんが手紙をくれる筈、ないですもんね」
「そっか…。苦手なのねお父さんが。私と同じね」
「え?」
葛城さんの言葉に興味を持ったらしいシンジだが、次に真っ暗だった景色が変わってそちらへ気を取られた。
「スゴい! ホントにジオフロントだ!」
「あれが私たちの秘密基地、NERV本部。世界再建の要、人類の砦となるところよ」
◇◇◇◇◇
本部施設にたどり着いたまでは良かったが、その先の途中から葛城さんは迷子になったらしい。
開いたエレベーターの先から金髪に白衣という出で立ちの女性が現れた。
「あ、あら、リツコ」
「到着予定時刻を17分もオーバー。ミサト、人手も無ければ時間もないのよ? それに部外者を中に入れるなんて処罰物よ?」
「ゴミン。それにN2で周りのシェルターも使えなくて仕方なかったのよ」
「はぁ。それで、彼が例の男の子ね」
「そ」
「技術開発局、E計画担当責任者、赤木リツコよ。よろしくね」
「あ、はい」
「もう1人の彼は保安部に任せたかったところだけど、今は時間が惜しいわ。このままケイジに向かうわ」
そう音頭を取った赤木さんの案内で僕らは暗闇の支配する部屋へと案内された。
「顔!? 巨大ロボット!?」
「探しても見つからないわ」
「え?」
電気が点き、部屋ではなく格納庫であった場所で鎮座する紫色の厳つい顔のロボットの顔を見て、シンジは冊子から情報を探すが、無意味だと赤木さんは言う。
「人の造り出した、究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン、その初号機。開発は極秘裏に行われた。我々人類、最後の切り札よ」
「これが父の仕事ですか?」
「そうだ…。久しぶりだな」
「父さん…」
「出撃」
「出撃!? 零号機は凍結中でしょ!? まさか、初号機を使うつもりなの!?」
「他に方法はないわ。碇シンジ君」
「は、はい」
「あなたが乗るのよ」
「え?」
本人が知らぬところでパイロットとしての召集が決まる。見覚えのある光景だ。
メモリージングや事前に訓練を受けているのならばまだしも、本当に初見のロボットを動かし戦うのなど、漫画やアニメだけの特権だそれは。
出来るわけない。乗れるわけない。戦うのなんて無理だ。
シンジの悲痛な訴えを聞くと、かつての僕は一騎に甘えていたのだと自覚させられる。
「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!」
初号機の頭上の部屋から此方を見下ろすシンジの父親のその言葉には、息子を心配する温かみは感じられなかった。
「シンジ」
「ッ、君まで、僕に乗れって言うの! あんな怪物と戦えっていうの!?」
「事実を並べ立てるならそうだ。今出来るのが君しかいないんだ。だから乗ってくれとしか僕には言えない。だが、1人にはしないとだけは言える」
そう言って僕はこの場でもっともこのロボットの事に詳しそうな赤木さんを向く。
「この機体、2人乗りは可能ですか?」
「インテリアに余裕はあるけれど、ダブルエントリーなんて前代未聞よ。起動確率を低くする要因はあまり入れたくないし、何よりあなたは部外者でしょ」
「ええ。ですが何とかしてシンジに乗って貰う他道はないのなら、その道を共にする覚悟が僕にはあります。だからシンジ、僕たち2人なら出来ると信じるんだ」
「皆城、君…」
全てを拒絶して揺れていた瞳に光が戻った。僕の言葉が少しでもシンジに届いたと思いたい。
「……わかったよ。皆城君の言葉、信じてみるよ。乗ります。僕がやります…!」
◇◇◇◇◇
シンジが乗ると言ったら簡単な操縦方法だけを教わり、エントリープラグというコックピットに乗せられた。
しかし取り込めば直接血液に酸素を送る謎の液体か、興味深い。操縦形式もファフナーと同じ思考制御がメインだと言う。ならば引き出しはいくらでもある。
「シンジ、エヴァンゲリオンが自分の身体だと受け入れてみろ」
「僕が、このロボット?」
「そうだ。両腕、両足、両手、そして両目までありとあらゆる感覚を感じろ。一体化するんだ」
「僕がロボットで、ロボットが僕……」
◇◇◇◇◇
「シンクロ率、37.4%から64.7%へ上昇! スゴいですね彼ら」
後輩の伊吹マヤからの報告にリツコは有り得ない物でも見ている気分だった。
「部外者の彼のお陰? そんなまさか。ならあのアドバイスはいったい」
エヴァの秘密を探るスパイだと思っていた少年、皆城総士。シンジも今日偶々出会って行動を共にしたと、簡単なレクチャーをしていた時に話してくれた。
エヴァに乗るのを拒絶していたシンジをその気にさせた手腕も去ることながら、まるでエヴァに乗ったことがあるかのようにシステムについて確信に迫るアドバイスを言ってみせたりもして、いったい何処の組織の一員なのか見当もつかないが、今はエヴァが動くのを有難いと思うしかない。
◇◇◇◇◇
射出されたのは敵の真ん前となって、いささかシンジの表情が固くなった。
《最終安全装置解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!》
安全装置が解除された事で機体の重心に重みが乗るのを感じる。人造人間と言っていたから人工筋肉と機械の差があるのだろう。それでもファフナーの操縦技術は応用出来る筈だ。
《良いわね? シンジ君、先ずは歩く事から考えて》
「あ、歩く…」
口に出すのは無自覚だろう。それでも一歩を踏み出して発令所が沸き立った。一歩歩いてこれは行き先が不安になる。
「ゆっくりで良い。2歩目は下がって、ヤツと一定の距離を保て」
「う、うん」
もう一度、エヴァは踏み出した一歩を下げて、そのまま足を引き摺る様に後ろへと下がる。
「ケーブルに気をつけろ」
「わかった」
「葛城さん、武器はなにかないのか?」
《それなら肩のウェポンコンテナにナイフがあるからそれを使って!》
「了解。しかしナイフ1本とは。マインブレードか」
ファフナーと変わらない巨体のロボットをそう都合良く用意出来るとは思えない。ならばあの怪物──使徒と言うらしいものの襲来はある程度予想されていたのではないかと推測するが、武器がナイフ1本なのは如何なものだろうか。それとも急な敵の襲来で武器が間に合っていなかったのかと推察するが、考えても武器は増えないのだから今ある武器でどうにかするしかない。
「シンジ、落ち着いて聞け。敵の弱点はおそらく胸の紅い光球だ。そこを破壊できれば倒せるハズだ」
「わ、わかったよ。でもどうやって…」
「痛みに耐えるのは得意か?」
「痛いのは、嫌だな」
「僕もだ。だがやらなければならない」
「皆城君…」
このロボットの操縦方式なら最悪、ダメージがフィードバックする可能性がある。
「シンジ、前だ!」
「え? いっ、ぐああああっ」
「っぐ、やはり、そうかっ」
使徒の仮面の両目が光った瞬間、初号機の胸部が爆発し、ダメージが痛みとなって襲ってくる。
「痛い、なんで、なんで痛いんだよっ」
「それが戦うことの痛みだ。痛みから逃げるなシンジ」
「そんなむちゃくちゃな…!」
「その道理は男の無理で抉じ開けるまでさ」
痛みの中でも存在し続けるのが僕の祝福だが、それを伝えても何の事だかさっぱりだろう。しかし、戦いに対する姿勢を教えることは出来るだろう。
「余計なダメージは受けられない。一撃で仕留めることを考えるんだ」
「一撃で……」
「そうだ。先ずはヤツの動きを止めるんだ」
「やってやる。やってやるぞ…!」
引け腰だったシンジの声に張りが出た。このまま戦意を保てれば御の字だが、
「うおおおおッ!!」
初号機を使徒へと走らせるシンジ。無謀に見えるが、戦いを知らない新兵ならば仕方のない事か。
使徒へタックルを決めた初号機は、そのまま使徒を押し倒した。マウントポジションだ。
「こ、これでっ」
肩のウェポンコンテナからナイフを装備した初号機が、その刃を振り下ろすと、オレンジ色の防壁の様なものに受け止められた。
「なるほど、攻撃が効かないのはこの防壁の所為かっ」
「うわっ」
「不味いっ」
使徒が腕を振るって、ナイフを掴む手を弾かれてしまうと、ナイフを初号機は手放してしまった。
すると使徒は初号機の顔を掴むと、光の槍を初号機の顔に叩き込んだ。
「うっぐ、あぐっ、あああっ」
「ぐあっ、ぐぅぅっ」
フィードバックによる強烈な痛みに呻くのが精一杯だった。だが使徒は止まらず続けて顔面への攻撃を敢行。初号機は頭部を貫かれてしまう。
「ぎゃあああああ!!!!」
「ぐぅぅぅっ」
ただ便乗している自分と違って、メインパイロットのシンジには想像を絶する痛みが襲ったのだろう。
初号機はビルに叩き付けられて身動きを止めてしまう。パイロットのシンジが気絶したのだから当たり前だ。
絶対絶命の危機に、僕は──。
「来い、マークニヒト!!」
つづく