Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
第1話 カルデアへの招き
イギリスの首都である倫敦。その象徴的な建物である時計塔。一般人から見ればそれはただの歴史ある時計塔でしかないが、一部の人間たちにとって、そこはある種聖地のような場所であった。
条理の外にある法である魔術を扱い、『根源』と呼ばれる全ての源流に至らんとする者、魔術師。時計塔は彼らを統括する機関である〝魔術協会〟の総本山であると同時に、多くの魔術師にとっての学び舎でもあった。
多くの魔術師が跋扈するその建物の中を、ひとりの魔術師が歩いていた。黒いTシャツの上に黒いフード付きパーカーを着込み、同じ色のジーンズを穿いている。その黒づくめをより黒々しく見せているのは、闇のように暗い色をした髪であった。
背中の半ばほどにまで伸ばした長い黒髪を、項の辺りで纏めている。歩く度に頭頂の辺りでぴこぴこ動いているのは特徴的なアホ毛。19という齢の割に顔の造作は童顔かつまるで少女のようだが、182cmもある身長が女性と見紛うことを防いでいた。
そんな魔術師が時計塔のとある一室の前で足を止める。いつもは授業が終わった時刻でもこの周辺は生徒でごった返しているのだが、誰もいないところを見ると彼を呼び出したのはかなり重要な機密があるかららしかった。ひとつため息を落とし、青年が扉をノックする。
「入りなさい」
そういらえが返ってくると、青年は躊躇うことなくドアを開け放った。本棚には整然と数多の古い魔導書が陳列され、棚に魔導具と思しき物体が所狭しと並べられている。
そんな部屋の奥。雑務をこなすための木製の事務机にひとりの女性が座っていた。その横に侍っているのは何らかの拘りがありそうな緑色のスーツを着た柔和な笑みを浮かべた男と、女性のメイドと立っている。
ふたりは青年と目が合ったことに気付いたのか、それぞれに反応を見せた。メイドは恭しく目礼し、スーツの男は部屋に満ちる雰囲気に慣れているように平然と微笑んだ。その反応を見て青年の中で勝手に危険信号が燈るが、それを無視して案内されるままに来客用のソファに座った。
青年の机を挟んで反対側に白髪の女性が座る。青年はその女性の名を知っていた。天体科の前
オルガマリーは緑色のスーツの男に出された紅茶を一口啜ってから口を開く。
「とりあえず、今日は私の招きに応じてくれたことに礼を言っておくわ。日本の
「それはどうも」
そう短く言葉を返すと、青年――魔術師、夜桜遥もまた紅茶を一口啜った。表面上は平静を装っている遥であるが、この緊張感に支配された場にあって口腔内がひどく乾いていた。
一口だけにするつもりでつい飲み干してしまったティーカップをソーサーに叩き付けるようにして置く。よく見ればティーカップとソーサーはセットで、かなり高そうだったがそんなことは遥の知ったことではない。
遥の緊張を知って知らずか、オルガマリーの瞳に剣呑な光が宿る。それに反応して遥が背筋を正し、メイドが新しく紅茶を注いだ。琥珀色の液面に、遥の顔が映る。
「それで……俺に何の用です? こんな『はぐれ』の魔術師を
純粋に疑問に思ったように遥が問う。遥の一族である夜桜家は日本屈指の名家ではあるものの、時計塔に所属していない所謂『はぐれ』の魔術師だった。遥は時計塔と個人的な繋がりがあるためこうして来ているが、前の代まではそれすらなかった始末である。
はぐれの魔術家系の人間にロードの家系が命令ではなく、頼みという形で呼び出しをしたのはひとえに夜桜家の歴史が他の魔術家系よりも圧倒的に古いからだった。血の歴史を尊ぶ魔術社会において、遥を一方的に見下せる人間はそう多くはない。
遥が問いを投げかけた直後、オルガマリーが指示するよりも早くメイドが遥の前に紙の束を置いた。どうやら何かしらの資料のようだ。
「先ずはそれを読んでくれるかしら。そうすれば、私が貴方を呼び出した理由が分かる筈よ」
「はぁ……それじゃ、遠慮なく」
資料を手に取り、表紙に目を通す。魔術師が出してくるものだから手書きのものだとばかり思っていたが、インクジェットプリンターで印刷されているようだった。遥自身が機械に全く抵抗がないどころか日常的に使っている魔術師であることを棚に上げ、僅かに驚愕を抱く。
最初に視界に入ってきたのは表紙に印刷された〝人理継続保障機関フィニス・カルデア〟の文字だった。高度6000mの山の山頂にアニムスフィア家が所有する、魔術と科学が交錯した機関。近未来観測レンズ〝シバ〟と地球の魂を複写した〝カルデアス〟を用いて人類の継続を保証するためのものだ。
その後の内容を要約すれば、突如としてそれまで観測できていた2016年以降の未来領域が消失し、同時に過去の歴史にそれまでは観測できなかった領域〝特異点〟が現れた。カルデアはこれを人類滅亡の原因と断定し、〝レイシフト〟によって過去に飛び、特異点を破壊する、というものだった。
なんとも途方もない話である。人類の滅亡というのはさして驚くことでもないが、過去に飛ぶだの未来を観測するだのと頭の固い魔術師が見れば卒倒しそうな文言な並んでいる。
本来時間跳躍は第五魔法の領域だが、カルデアではそれをカルデアス等の技術を用いて可能にしているということだろうか。だが、最も驚くべきはそこではない。
特異点の原因を調査及び破壊するうえにおいて、カルデアは英霊召喚を行うらしい。英霊といえば、魔術世界では最も高位の使い魔であり生半可な召喚システムでは降霊すら不可能なものだ。
資料を読み終えた遥が表紙を弾きながら言葉を漏らす。
「成程ね……つまり、アンタたちは俺にこのマスター候補生になれ、と。そういうことで?」
「そうよ。我々は貴方をカルデアのマスター候補生……そのA班に招きたい」
オルガマリーの解答を聞き、遥がふん、と鼻を鳴らす。A班というのは48人いるマスター候補生の中でも魔術師的な能力の高いメンバーが配属される班であるという。確かに、それに文句はない。遥の魔術的な能力は客観的に見て〝常軌を逸している〟と言っても過言ではない。
招くだけならば家に郵送で書類でも送ってくればよかっただろうが、そうしなかったのはひとえに歴史の問題だろう。世界中を探してもきちんと神代から続く家系、それも
だが、それでも遥は不満だった。そもそも、遥にとって魔術での名誉などはどうでも良いことなのである。名誉など邪魔なだけで、持っていたところで明日の食事が保証されるものでもない。
「別に応じるのは吝かではないっつーか、人類の危機なんで断る理由もないですけど……これ、俺に旨味ありませんよね?」
「人類の危機を救ったという栄誉。これで不満かしら?」
「えぇ。不満ですね。それならアンタらも一緒……というか、マスター候補生を統括してるのはアンタらなんだからその栄誉はアンタらも一緒でしょ。それに、俺は栄誉だの名誉だのには毛ほども興味がないモンでね。
魔術の基本は等価交換……なら、俺の要求もひとつくらい呑んでくれてもいいと思うんですけど……どう?」
一気にまくし立てた遥の言葉にオルガマリーが言葉を窮した。マリスビリーが死んでから、いや、それ以前から時計塔の利権争いに身を置いてきたオルガマリーであるが、相手を譲歩させても名誉栄誉に興味が無いという人間と交渉した覚えがなかったのである。
魔術師というものは自分がどれだけ他人よりも優れているかをひどく気にするきらいがある。そういう性質のある社会において、遥のような者は異端と言っても差し支えあるまい。
遥の言葉に、どうしたものかとオルガマリーが思案顔になる。しかしすぐに馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな表情になると、ヒステリック混じりの声で反論した。
「今は人類の危機なのよ? そんな個人の希望が易々と通るものでは――」
「まあいいじゃないか、オルガ。私たちは一応頼み事をする立場なんだ。聞くだけ聞こうじゃないか」
「……アンタは?」
遥の提案を一蹴しようとしたオルガマリーを押しとどめたのは、先程から横に侍っていたスーツの男だった。遥が名前を問うと、そちらに向き直って帽子を取る。
「名乗るのが遅れてしまったね。私はレフ・ライノール。カルデアに勤める技師だ」
そう言って、スーツの男、もといレフは遥に向かって手を差し伸べる。それが握手を求めるサインであることはすぐに判ったが、遥はそれを握り返すのではなくレフの眼を睨み付けることで返した。
先程レフを一目見た時から、遥の中で危険信号が燈っていた。どういう訳か、そもそも遥はレフとは初対面であり警戒する理由などない筈なのだが、いわば〝本能的な嫌悪感〟とも言えるものが拭えない。
こうしてレフと相対しているだけで、今すぐにでも礼装のひとつである銃を抜き放って頭部を打ち抜いてしまいたくなる。遥はそれを魔術師らしい魔術師と対面しているからだと勝手に結論付け、勝手に納得した。
レフはそんな遥の内心を知って知らずか、困ったような笑みを浮かべた。オルガマリーは不服そうな表情を消し、もじもじする。
「……レフがそう言うなら……」
「だ、そうだ」
「なら遠慮なく。……俺の希望はひとつだけっすよ。カルデアへの私物の持ち込みを許可して欲しいんです。礼装だけじゃなくて、漫画とか、小説とか」
遥がそう言うと、オルガマリーとレフ、さらには先程から黙ったまま立っていたメイドまでもが拍子抜けしたような表情を浮かべた。まさか人理の危機を救う任務への参加への対価として求めるのが私物の持ち込みだとは思わなかったのだろう。
だが、遥にとってそれは由々しい問題だった。カルデアは標高6000mの場所にあるのだから、登れば最後そう簡単には降りることができないだろう。加えて、いくら科学を用いているとはいえ魔術の機関に日本の漫画があろう筈もない。
一応、資料によるとカルデアには図書室もあるらしいが、そこに遥が読んでいる漫画や小説があるという確証はない。であれば、自分自ら持ってくるのが最も確実だ。
「う、うむ。そのくらいなら確かに許可さえ取れば問題ないが……本当にそれでいいのかね? 何かが欲しいとか、そういうものは……」
「ありませんよ。自分が欲しいものくらい自分で手に入れますから。それにね、どっかのヒーローじゃありませんけど人間は最悪、ちょっとのお金と明日のパンツさえあれば生きていけるんですよ」
遥の言葉に嘘はない。遥は今まで基本的に誰かから必要以上の施しをされたことはなかった。それは両親を幼い頃に亡くしていることに起因する部分もあろうが、生来の性格がそういうものだった。
そもそも、遥はあまりこのふたりを信用していなかった。本能的に嫌悪感を抱いているレフは勿論、オルガマリーもだ。遥は基本的に、同郷の数人を除いて魔術師を信用していない。
例外的にひとりふたり同郷でなくても信用している魔術師はいるが、その例外にレフとオルガマリーが入ることはないだろう。そもそも、遥から信用されたところで何にもならないのだが。
交渉にもならない交渉。しかしそれはある意味、内容はともかくオルガマリーに対する交渉術としては最適に近いものだった。狐と狸の化かし合いによって相手から利権を引き出すのではなく、完全なギブアンドテイク。化かすのではなく正直に要求をぶつけるだけ。
「では、私たちがその条件を呑めば参加するのね?」
「まぁ、聞いてくれるならそれに越したことはないですけど。呑まなくても協力はしますよ。俺だって……絶対に死にたくないんでね」
絶対に死にたくない。そう言う遥の声はそれまでの飄々とした感情の読みにくいものではなく、言葉の裏にある感情を完全に晒したものだった。ただ一時的な感情で出てきた言葉ではなく、何か明確な根拠があっての言葉。
魔術師の心構えとは、まず死を観念するところから始まるという。それを考えれば、死にたくないという遥の言葉は魔術師として半端な覚悟と詰られるのも無理はないことだった。その裏にある記憶を知らなければ。
死にたくないと言う時に必ず遥の脳裏を過るのは、嘗て見た地獄。自宅の玄関に広がる血と体液の混合液による池と、そこに倒れ伏す両親。そして、今わの際に両親から託された言葉。
それを後見人からは「
「結局どっちなのよ……! 取り敢えず、応じるってことでいいのよね!?」
「さっきからそう言ってるでしょ」
真っ向から神経を逆なでするような遥の態度に、明らかにオルガマリーの怒りと面倒臭さのボルテージが上がっていく。だが事実、遥は『要求を呑まなければ応じない』とは一言も言ってない。
遥はあまり相手の感情を誘導することには長けていないが、何故か人の神経を逆なですることは得意だった。それがオルガマリーのようなヒステリック気味の人間であれば尚更である。
沸点に達しかけたボルテージを深呼吸をして落ち着けると、オルガマリーが依頼から命令に変わった言葉を紡ぐ。
「では、天体科の
「りょーかい。……じゃあ今日はもう用事ありませんよね? 帰っていいですか?」
一応許可を取る形の問いではあるが、遥の声音はもう帰りたいという意思がありありと感じ取ることができた。遥は頼まれたことはあまり断らないが、基本面倒くさがりなのである。
最後まで自分のペースを崩さない遥に遂にオルガマリーのボルテージが最高潮に達したが、メイドにおかわりを注がれていた紅茶を一気に呷ってそれを鎮めた。しかし注がれたばかりの紅茶は非常に熱く、不覚にも舌を火傷してしまう。
だがそれを悟られないように気丈に振舞いつつ、ティーカップをソーサーに叩きつける。
「えぇ、もう帰ってもらって結構よ」
「そうですか。では、俺はこれで」
それだけ言うと、遥は渡された資料を鞄に詰めて一礼し、すぐにオルガマリーの部屋を出ていった。話を始めてから最後まで終始自らのペースを崩さなかった遥だが、それでも緊張はしていたのである。できれば長居はしたくなかった。
カルデアについては機密事項が多すぎるために時計塔の中といえど不用意に資料を出して再度見ることはできないが、流し見しただけでも資料の内容は完璧に記憶してある。記憶するのは遥の起源にも関連する得意分野だ。
これまで観測していた歴史領域には観測されなかった歪んだ歴史である特異点。それの発生による人類の滅亡。歴史改変による人類総虐殺というのは物語ではよくある話だが、まさか現実に起きるとは全く思わなかった。
それに対抗する計画に誘われたというのは、遥にとってはこの上ない幸運だったと言えるだろう。何せ、その元凶を見付ければ直接殴ることも滅多斬りにすることもできるのである。あくまで、攻撃が通じる相手ならばという条件付きだが。
遥の表情が変わる。それは歓喜と決意、そして少しの恐怖と希望がない交ぜになった何とも形容しがたい表情であった。
「あぁ……やってやるさ。俺だって、死にたくないんでね」
そう言葉に出して自らの決意を再認する遥。しかし、同時に純粋に疑問を抱く遥もまた、彼の中には存在していた。
特異点――歪んだ歴史などというものが自然発生的に生み出される筈がない。ならば、これは人為的なものだ。何者かが、何らかの目的を以て人類を抹殺せんと企んでいる。それは恐らく、人類への憎しみからくるものではあるまい。
憎いなら憎いで、それに相応しい殺し方というものがある。歴史改変による人類総抹殺など、最も血が流れない抹殺だ。本当に憎いなら全人類を血祭にあげるという選択肢を取るだろう。
遥にはそれが分からない。遥にとって、殺意とは憎悪から来るものでしかないからだ。それは遥の過去が証明している。ひとりだけ例外的に殺意以外の感情で人を殺せる人間を知っているが、遥はそれが理解できない。
なら、殴るより前に問わねばなるまい。なぜ、人類を抹消しようと思ったのか。その感情の源泉はどこにあるのか。
その真意を。
「ホント、なんなのよアイツ……」
遥が出ていった後の執務室では、心底疲れた様子でオルガマリーがソファに身を沈めて新たに注がれた紅茶を啜っていた。彼女にとって遥のような人種は初めて相対する類のものであり、ヒステリックより先に疲れが来たのである。
そんなオルガマリーを宥めつつ、レフが執務机に積み上げられていた書類のうちから2枚を取り上げた。それは、現在見つかったレイシフト適性のある人物についての資料、そのうち遥を含めた日本人のものであった。
まさか「適性者が見つかる確率はほぼゼロ」とまで言われた極東の小国でレイシフト適性者がふたり、それもどちらも適性率100%などというまるでレイシフトのために生まれたかのような結果であることにはレフでも驚いたが、片方は一般人だ。考慮に入れる必要は薄い。
それよりも、警戒すべきは
だが、それだけの戦力を揃えたところで
(なら考慮に入れる必要はない……我らが王のお手を煩わせるまでもない、か)
内心でそうひとりごちて、レフは手に持っていた書類を机に放りだした。