Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第10話 汝、王の寵愛を失ったが故に

 堕ちた聖剣より放たれた闇の奔流。全てを呑み込む星の息吹。凄まじい熱量を内包した星の咆哮を、マシュは真っ向から受け止めていた。いや、受け止めざるを得なかった。

 本来は星の外敵に向けて振るわれるべきその力の一端を解放した聖剣の一撃は、呑み込んだものを須らく融解せしめる。それは人間であろうがサーヴァントであろうが変わらない。この闇の前では万物に区別など存在しない。

 ここでマシュが諦めてしまえば、極光に呑まれてしまうのはマシュだけではない。その後ろにいる立香とキャスターまでも呑み込まれてしまう。それは断じて許容できない。

 しかし――――盾を支える手が震えている。大地を踏みしめる足もマシュの恐怖を表すかのように小刻みに震えていた。立香によって払拭された筈の恐怖は、しかしこの極光の前で再び顔を出していた。

 やはり、未熟な半英雄(デミ・サーヴァント)では駄目なのか。こんな臆病な少女は、この盾の担い手として相応しくなかったのか――とマシュの胸中に諦観が生まれかけた時、不意に盾を支える手に温もりを感じた。

 見れば、マシュの手にそれよりも一回り大きな手が重ねられていた。マシュの大切な、最も守りたい先輩(マスター)の手。

 何故、と問うマシュの視線を受け止めて、立香は前を見据えて言う。

 

「オレは弱いけど……でも、一緒に支えることはできる」

 

 立香は弱い。肉体的にはデミ・サーヴァントであるマシュは勿論、同じただの人間である遥にも劣るだろう。かと言って精神的に屈強であるのかと問われれば、それも否だ。立香は死線を潜ってきた魔術師ではない。これまで普通極まる生活を送ってきただけの青年だ。

 けれど、それでも立香は諦めていなかった。強いから弱いからと理由を付けて諦めるのではなく、最後まで足掻く。どれだけ生き汚くとも全てが終わる前に勝手な理由を付けて諦めるよりは何倍も良い、と。

 それはある種、藤丸立香という人間の性質めいたものであった。純真と言い換えてもいい。最も人間らしい『生きたい』という願いを己が力で掴み取ろうと足掻いている。

 立香の思いが魔力と共に流れ込んでくるような感覚。その中で、マシュは立香と重ねた手と逆の手を誰かに支えられた感覚を覚えた。そちらにいたのは、見覚えがない無い筈の、だが既視感を覚える青年。

 どこか立香と似た雰囲気の、白髪で片目を隠した騎士。纏う鎧はどこかマシュと似ている。それは消え去った筈の、マシュに霊基を託した英雄の影法師であった。

 

『大丈夫。彼を信じて』

 

 マシュを労わるような、そして鼓舞するかのような強い意思の籠った言葉。それだけ言って騎士の影法師は最初からそこにいなかったかのように消え去った。事実、そこに彼の英雄はいなかったのだろう。それはマシュの内側から湧いて出た幻影であった。

 けれど、それは妄想ではない。影法師が口にした言葉はマシュの内側から湧いたものではなく、その騎士の言葉であった。マシュに託した霊基に宿った騎士の残滓がマシュを鼓舞するために一時のみの具現化を成したのだ。

 一度瞑目し、歯を噛み締めて目を見開く。恐怖が消えた訳ではない。きっと、これからもこの感情はマシュの中から消えることはないだろう。それは人間の根底にある原始的な感情だ。それを払拭するなど、端から不可能だったのだ。

 けれど。そう。何を疑うことがあったのだろうか。恐怖を払拭することはできなくとも、この人となら乗り越えていけると確信したばかりではないか。ならどうして迷うことがあろうか。

 

「……はい! どうか指示を、先輩(マスター)!!!」

 

 決意を秘めたマシュの言葉が放たれたと同時、闇の奔流を受け止める盾が光を帯びる。

 

「ああ! あの攻撃を防ごう、マシュ!!!」

 

 宣誓めいた立香の言葉。それと共に、立香の手に刻まれた令呪の一画が弾けた。マスターに対して与えられる特権である令呪の行使。けれど、立香はそれを絶対命令権として行使したのではなかった。

 弾けた令呪に秘められた魔力が解放され、それら全てがマシュへと流れ込む。流れ込んだ魔力はマシュの身体に力を与えると同時、その心へと作用した。魔力の経路(パス)を通して立香の心と直結したかのような感覚に、マシュの決心が更に強まる。

 そう。諦める訳にはいかない。マスターがまだ諦めていないというのに、サーヴァントが勝手に諦めることなどできない。できるものか――!

 

「う……あぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 未だ震えそうな己を鼓舞するマシュの咆哮。それに応え、盾が一際強い魔力と閃光を放った。一見無秩序に放たれたとも見えるそれはしかし、次の瞬間にはその魔力はまるで城塞のような偉容を成す。

 それはその宝具の本来の姿ではない。それでも、それはマシュの覚悟が覚醒させたその盾の力の一端であった。人理を守るための礎であり、立香とマシュの思いが形となって現れた護り。それは押し寄せる波濤の如き闇を祓い、それを全てセイバーへと弾き返した。

 自らが放った極光に呑まれたセイバー。盾に弾かれたことで秩序を失い、散逸した極光の残滓ではあるがそれはセイバーの護りを貫通するに十分だったようでセイバーの漆黒の鎧とバイザーが砕け、金色の双眸が露わとなっていた。鎧に覆われていなかった箇所のドレスは赤黒く染まり、かなりのダメージであったことを物語っている。

 だが、その傷も聖杯からのバックアップを受けているのか見る間に回復していく。この機を逃せば次はないと直感的に悟り、立香は後方で立香の指示を待っていた魔術師へと指令を飛ばした。

 

「今だ、キャスタァァァ!!!」

「応!!! 我が師スカサハより授かりしルーン。その真髄を味わいなァ!!! ――大神刻印(オホド・デウグ・オーディン)!!!」

 

 キャスター――ケルト神話はアルスター物語群の大英雄〝クー・フーリン〟が真名を解き放ち、18の原初のルーンが一斉に起動する。Aランクの対城宝具に分類される苛烈極まりない魔力の激流がセイバーに炸裂する。

 いかなセイバーの対魔力といえどそれを防ぐことはできず、さらに避けることもできずにセイバーは魔力の奔流の直撃を受ける。魔力の爆発によって巻き上げられた土煙が膨れ上がり、立香たちの視界を覆った。

 発生した土煙は一瞬のうちに端までを駆け抜け、すぐに霧散する。ようやく訪れた静寂の中、立香の視線の先にいたのは、肩で息をしながら聖剣を支えにして立つセイバーであった。

 今の攻撃を叩き込んでも駄目だったのか、と驚愕を抱く立香。しかし一拍の間を置いて、セイバーの姿が端から消え始めた。何かを悟ったようにセイバーが口の端に笑みを覗かせる。

 

「私が敗れる……いや、今の私は、その盾の前に敗れるのは道理だったな……」

「? どういう……」

 

 まるでマシュに宿った英霊の真名を知っているかのような口ぶりであった。それに立香が疑問の呟きを漏らすも、セイバーはそれに反応することなく強い意志の籠った眼差しで立香たちを見据える。

 

「だが、(ゆめ)忘れるな、漂流者よ。聖杯をめぐる戦い……グランドオーダーは、まだ始まったばかりなのだと」

「オイ、待て、一体そりゃどういう……って、おぉ!?」

 

 セイバーの言葉に何か聞き捨てならないものがあったのか問い質そうとするキャスターはしかし、それを言い切る前にセイバーと同じようにして消滅を始めた。聖杯戦争が終了したことにより、強制的に消滅が始まったのだ。

 それを認識するや、立香の胸中に再び疑念が生まれ出でる。記録上では、2004年の聖杯戦争はセイバーの勝利で幕を閉じた。だが、この特異点においては立香たちの活躍により、キャスターの勝利で幕を閉じた。

 果たして、この齟齬の正体は何なのか。それに答えを出すより早く、キャスターが立香に向けて言う。

 

「口惜しいが、これで終わりだ、坊主。短い間だったがそれなりに楽しかったぜ。……それと、あの坊主にも言っときな! 次に契約する時はランサーで()んでくれってな!」

「キャスター……ありがとう」

 

 この特異点でもしもキャスターと出会わなければ、立香とマシュはライダーと交戦した時点で殺されてしまっていただろう。それがここまで生き残り、特異点を修正できたのはキャスターのお蔭だ。

 立香の感謝の言葉にキャスターは一瞬だけ驚いたような表情を見せ、次いで笑顔を浮かべたかと思うと次の瞬間にはキャスターとセイバーの身体は魔力の残滓となって消滅した。

 ふたりのサーヴァントが消滅した大空洞に、再び静寂が訪れる。立香とマシュは互いに顔を見合わせて笑い合うと、大空洞の端の方で蹲っているオルガマリーの許へと足を向けた。

 戦闘の途中までは泣きじゃくっていたオルガマリーであるが、彼女とて魔術師である。何か気になることがあったのか、顎に手を遣って何事か呟いている。

 

「戦闘、終了しました。所長」

「え? あ、そうよね。……ご苦労様、マシュ、藤丸」

 

 そう言って笑みを覗かせるオルガマリー。それに意外そうな視線を向けたのは立香だけではなくマシュも同じであった。初めは立香を数合わせの一般枠と罵って憚りなかったオルガマリーが、まさか立香を認めるとは思わなかったのだ。

 オルガマリーはそれにすぐには気づかなかったようだが、しばらくして気付いたのか恥ずかしそうに頬を赤らめて咳払いをする。いくら一般的な魔術師としての感性を旨としていても、オルガマリーは一般人の功績を認めないことはしない。

 だがそれを立香とマシュの前で言うのも多少恥ずかしいのか、それを言うことはせずに強引に話題を変えた。

 

「それより、マシュの宝具……名前もなくては使いづらいでしょ? ……〝人理の礎(ロード・カルデアス)〟はどうかしら?」

「ロード・カルデアス……はい! ありがとうございます、所長!」

 

 自らが発現させた宝具に名を付けられたことが嬉しいのか、華のような笑顔を咲かせるマシュ。立香とオルガマリーはその様子を見てようやく緊張が解け、安心感が滲む微笑を浮かべた。

 あとはセイバーが所持していた聖杯を回収し、遥たちと合流してカルデアに戻るだけだ。セイバーと戦っている間に合流してくることはなかったが、最強クラスの魔術師である遥と日本でも有数の剣豪である沖田が負けることはあるまい。きっとすぐに合流してくれると彼らは確信していた。

 しかし――事態はまだ終わっていなかった。立香たちの見えないところで消滅したセイバーから落ちた結晶体、即ち聖杯が見えざる糸に引かれたかのように飛翔し、大聖杯の頂上にいた男の手に収まる。

 そして、洞窟の中に響く拍手の音。一体誰が、と立香たちが振り返った先にいた男。そこにいたのは、高い背丈にモスグリーンのスーツを纏い、同じ色のシルクハットを被った既知の魔術師であった。

 

「――いやはや、まさか君達がここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」

 

 そう言って、カルデアの技師であるレフ・ライノールは陰惨にすら見える笑みを浮かべた。

 

 

 

 刹那の間に、遥が放った極光はその場に鮮烈極まる爪痕を残して消え去った。高熱に晒された大地は至るところで石や土が融解し、硝子化しているところまである。そこには遥たちを襲った大英雄の姿は無く、静寂は遥たちの勝利を告げていた。

 自分たちの作戦が成功したことに沖田は喜びを露わにする。だが、その喜びも数秒の後に沖田の胸中から残らず消し飛んでしまった。勝利の美酒ともいえるその感慨を共有すべき彼女のマスターである遥が、その場で頭を抱えたまま蹲っていたのである。

 

「ハルさん!? どうしたんですか!?」

 

 慌てた沖田が駆け寄って呼びかけるも、遥からの返事はなく、ただ蹲って苦悶の呻きを漏らすだけだ。その眼は見開かれていながら焦点が合っておらず、時折真紅に明滅している。

 考えるまでもなく、沖田にはそれが遥が所持する宝具の真名解放の反動であると分かった。いくら遥が混血の存在だとはいえ、遥はあくまで人間。星が人ではなく神霊のために造り上げた神刀の真名解放に何の代償もない筈はない。

 それを認識し、沖田が歯噛みする。もっと自分が強ければ。もっと自分が強力な英霊であれば。自らを必要としてくれたマスターに報いることができたのではないか、と。不甲斐なさが沖田の胸中を支配する。

 だが、同時に沖田はそれでも遥が自分を棄てるようなことはないと確信していた。きっとこの青年は他の魔術師のようにサーヴァントを使い魔と同列として見ることはない。英霊であれ、反英霊であれ、ただひとりの存在として接するに違いない。

 

「……」

 

 蹲る遥を抱き寄せる。沖田には遥の苦しみを共有することも、和らげてやることもできない。故にこれはただの自己満足だと、沖田自身も分かっていた。それでも遥のサーヴァントとして、それくらいは許されるだろう。

 一方で、沖田に抱き寄せられてもなお遥の苦悶の表情は消えることはなく、頭蓋を砕き割るような激痛も消えることはなかった。その眼に映っているのは沖田の着物ではない。宝玉のような紅色に明滅する遥の眼が映しているのは、現在の光景ではなかった。

 或いはそれは、八つの首と八つの尾を持つ巨大な邪竜を狩った時の記憶。或いは、伴侶を得、邸宅を建てた際に後に和歌と呼ばれることになる歌を詠んだ時の記憶。或いは、冥府にまで連れてきた自分の娘が遠い子孫の人間と駆け落ちする記憶。

 どれも遥の記憶ではなかった。世界中を回った遥でも八つ首の邪竜などとは戦ったこともなければ、どこかで伴侶を得たことも、娘を得たこともない。故に、それは別人の、けれど遥にとっては彼自身にすら等しい者の記憶であった。

 まるで魂そのものにそれらが焼きつけられていくような激烈な不快感。人間よりも高位の存在と接続するというのは本来であれば脳障害などが起きても不思議ではないのだが、それが起きないのはひとえに遥の起源『不朽』の影響であった。この起源により、遥には概念的な劣化も身体的な劣化も起こり得ない。

 しばらくすると、ようやく魂に直接入ってくる記憶の流れが停止した。それにともない頭痛も止み、眼の明滅も停止して視界が戻ってくる。そうして遥の視界には、沖田の桃色の着物がいっぱいに映し出された。

 

「えーと……沖田? 何やってんの?」

「ハルさん! 意識が戻ったんですね! よかった……」

 

 安心したのかより腕の力を強める沖田。その腕の中で遥はもぞもぞと動くと、なんとか脱出して乱れたロングコートの襟を直した。その頬はこれ以上ないほどに赤らんでいて、明らかに恥ずかしがっていることを伺わせる。

 沖田としては純粋に遥を心配してそういう行動をとったのだろうが、何分遥は女性慣れをしていなかった。学生時代も女性との接点はほとんどなく、まともに会話できるかどうかすら怪しかったほどである。

 女性に触れられただけで恥ずかしがるなど、まるで小学生のような初心さ度合いだ。自らの一番の弱点を恥じる気持ちも、だが次の瞬間には遥の中から消え去っていた。沖田もまた遥と同じものを感じ取ったのか、大空洞への入口の方を見ている。

 それは人ならざる化生の気配であった。死徒や悪魔と類似していながら、それらよりも圧倒的に強大な化生の気配。

 

「……沖田」

「はい!」

 

 半ばアイコンタクトだけで意思疎通を行い、遥と沖田が駆け出す。遥は沖田と並走することはできないまでも、固有時制御の倍率を限界にまで上昇させることでその後ろを追随する。

 周囲の光景が凄まじい速度で流れていき、大空洞の中心部に近づくのに比例するようにして瘴気めいた魔力と異様な気配が強まっていく。遥の血に宿る人外の血が騒ぎ、早く行け、と遥に訴えかける。

 気づけば遥は、並走は望めないと思っていた沖田と同じ速度で走っていた。固有時制御を発動しているとはいえ、敏捷値がA+であるサーヴァントとの並走など人間としては異常な速さだ。

 だがそれを気にする間もなく、大空洞の先から叫び声が響いてくる。それはふたりが気付いた時には、既に完全に聞き取れるほどにまでなっていた。

 

「あ……あ……いや……! 誰か、誰か助けて! こんなところで……まだ、死にたくない!」

 

「所長!?」

 

 大空洞の奥から響いてきたのは、助けを請うオルガマリーの悲鳴であった。一体何が起きてそうなっているかなど遥たちには与り知れない。しかし、そこでオルガマリーが死の淵に立たされていることだけは事実であった。

 死にたくない。心の奥底から出てきたその思いが、遥の記憶を刺激する。これまで遥は何人、そういう人を見てきたか。何人、そういう人を救えなかったか。何人、そういう人を殺してしまったか。

 固有時制御の倍率をさらに高める。人間の身体の限界を越えて酷使される全身が悲鳴をあげ、全身の骨に罅が入っていく激痛が遥を襲うが、遥はそれを治癒魔術を平行して行使することで治していく。

 オルガマリーの悲鳴はまだ続いている。まだ誰にも褒められていない。皆自分を嫌っていた、と。生まれてからただの一度も、誰にも認められてこなかった、と。

 並走する沖田と遥が目くばせする。それだけで沖田は遥の指示を悟ったようで、無言で頷いた。大空洞の最奥に突入すると同時、沖田が腕を伸ばして手を組み合わせると、遥はそれを足場として飛び上がる。

 限界まで強化を付与したうえに沖田に半ば持ち上げられた遥の身体が空中を滑空する。その中で遥が見たのは、最早オルガマリーに届かない位置にいる立香とマシュ、大空洞直上に繋げられたカルデア管制室と紅く染まったカルデアス。そして、そこに送り込まれそうなオルガマリー。邪悪な笑みを浮かべるレフ。

 カルデアスへと引き込まれていくオルガマリーに向けて、遥が突っ込んでいく。速度は十分。オルガマリーもまた腕を伸ばし、遥の手を掴もうとする。しかし。

 

「やらせると思ったのか?」

 

 冷酷な声でレフが宣言するや、空中を跳んでいた遥の身体が物理法則を無視して急停止し、地面に叩きつけられた。強化を掛けていたために骨折することはなかったが、強い衝撃に遥が苦悶の声を漏らした。

 なおも遥は抵抗しようとするも、見えざる手に押さえつけられたかのように地面に張り付いたまま動けない。それはレフが回収した聖杯を用いて遥を押さえつけているからであった。オルガマリーが死ぬまで、遥は動けない。

 それでもなお、遥は諦めずに手を伸ばす。だが伸ばされた手は虚しく、空を切り――オルガマリーは絶望と慟哭の悲鳴をあげたまま、紅く染まった地獄の具現(カルデアス)へと呑み込まれた。

 

「あぁ……ああぁ……ああぁぁぁッ!!!」

 

 助けられなかった。救えなかった。その思いが遥の胸中を支配し、遥は獣の咆哮にも似た叫び声をあげた。遥の脳裏をよぎるのは、これまでに遥の目の前で、遥の力が及ばずに死んでいった人々の姿。

 「またなのか」とその人々が遥を指して笑う。「また救えなかったのか」とその人々が遥に怨嗟の声をぶつける。いくら遥の力ではどうにもできない、不可抗力の領域にあることといえど、助けられなかったのならそれは遥が殺してしまったも同義だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その手を掴めればなんとかできたかも知れないのに。その可能性すらも模索することも許されないまま、オルガマリーは絶望の中で死んでいった。

 大聖杯の頂上で事の行く末を見届けたレフはしかし、自らが行った所業に何の関心もないかのように鼻を鳴らして口を開く。

 

「さて、残骸の処理も終わったことだ、改めて名乗らせてもらおう。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様ら人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ」

「人類の、処理……?」

「そう。未来が観測できなくなった? ああ、そうだろう。そうだろうとも! 既に人類史は焼却された! 結末は確定したのだよ、カルデアの諸君!」

 

 人類史全ての焼却。いわば〝人理焼却〟とも言うべきことが起きたのだと言って、レフは笑う。人類のその積み上げてきたものごと悉くを焼却するなど、魔術師の遥をして途方もないと言わざるを得なかった。

 だが、事実としてそれは起きてしまっている。100年先の地球の姿を映し出すカルデアスは紅く染まり、その時代に人類が存続していないことを遥たちに訴えかけている。

 呆然とする遥たち。その中で、立香の通信機を通してレフの演説を聞いていたロマニが確信した。外の様子を見に行かせた職員が戻ってきていないのは、その焼却とやらに巻き込まれたからなのだと。

 人類史全てを焼却したレフの主であるが、カルデアはカルデアスの特殊な磁場によってその焼却を免れたらしい。しかしそれも2016年を過ぎるまでの間だけだとレフは言う。

 

「最早誰にもこの結末は変えられない。夜桜遥! 君が何故か私が人間ではないと本能的に察知していたことも、今は水に流そう! なぜなら今日の私は気分がいい!

 貴様らは進化の果てに衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない! 自らの無意味さ、無能さ故に! 我らの王の寵愛を失ったが故に! 過去も、現在も、未来も! 悉くがゴミのように燃え尽きるのさァ!!!」

 

 興奮、可笑しさここに極まれりといった様子でレフが哄笑を迸らせる。遥はレフを憎悪を込めた眼で睨みながら、しかし攻撃には出なかった。今仕掛けたところで、聖杯を持っていると思しきレフには届くまい。

 そのうちに、大空洞が強い揺れに襲われた。この場限定で起きている地震ではない。聖杯を保有してこの時代を維持していたセイバーが消え去ったことで特異点の崩壊が始まったのだ。

 空間そのものが崩れて大空洞が崩落していく中、レフの背後に空間が歪められた孔が開いた。さらにレフは手に握っていたものを遥に向けて放り投げると、なおも哄笑をあげながら言う。

 

「それは私からの餞別だとでも思え。もう私たちにはいらないものだからね。

 では、さらばだ、哀れな人類最後の生き残り諸君! 生きたいのならばせいぜい足掻くがいいさ。もっとも、結末は変わらないがなァ!」

 

 自らが開けた孔にレフが消えていく。それでもなお、その哄笑は遥の耳に張り付いて離れなかった。

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