Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
「……ふむ」
カルデアに備えられたシミュレーションルーム。西暦が始まった頃のローマ式建築によるものと思しき闘技場が再現されたそこで、遥は尻もちを突いた立香の喉元に叢雲の刃を突きつけながらそう唸った。
神造兵装の刃を立香に突き付けているとはいえ、遥に立香を殺す気は全くない。これは立香とそのサーヴァントのチームと、遥とそのサーヴァントたちのチームによる模擬戦の結果であった。つまり、遥たちの勝利である。
立香のサーヴァントであるシールダーのマシュ、ランサーのクー・フーリンとセイバーのアルトリア・オルタが弱い訳ではない。むしろ英霊としての格だけで言えば遥のサーヴァントの沖田、エミヤ、タマモよりも上だろう。完全に無名のエミヤは言わずもがな、沖田とタマモはあくまで日本だけで有名であるに過ぎない。
だが、サーヴァント同士の戦闘においては英霊の強さや格が勝利への絶対条件ではない。特に、それが集団戦であれば尚更だ。サーヴァントの相性や組み合わせ、マスターの技量などによって勝敗は左右される。
戦闘中は真顔で殺気すら放っていた遥であるが、自分たち側の勝利を確認したシステムが停止すると立香から刃を離して叢雲を鞘に戻した。
「今回は俺たちの勝ちだな」
「あぁ、そうだな。……でも、次は負けないぞ」
挑発的な遥の言葉に立香はそう言葉を返すと、遥が差し伸べた手を握って立ち上がった。周囲で戦っていたサーヴァントたちも戦闘を止め、それぞれの戦い方について評価し合っている。エミヤとクー・フーリンはあまり友好的とは言いがたい雰囲気だが、それでも喧嘩になることがないのは腐れ縁の為せる技だろうか。
今回の模擬戦において勝敗を決したのはマスターの能力差ということもあろうが、最大の要因はそれぞれのチームを構成するサーヴァントの特性だろう。立香はアルトリア・オルタとクー・フーリンという前衛とマシュという盾役はいるが、後衛や
対して、遥のチームは前衛を沖田、後衛と前衛どちらでも立ち回ることができるエミヤ、全員に支援を掛けることができる呪術師のタマモとそれぞれの特性が上手く噛み合っており、さらにマスターの遥も前衛として行動しつつも的確な指示を出すことができる。
だが、指示においては遥と立香では大した違いはない。実戦経験を多く積んできた魔術師である遥と元一般人の立香の指示の巧さが同等であるのは決して遥にそういった才能がないからではなく、むしろ立香が元一般人にしては巧過ぎるのだ。条件さえ整えば、真っ当なマスターとしての指揮能力は立香の方が高いだろう。
しかし、言うまでもなく魔術師としての能力は遥の方が高い。カルデアの魔力供給はサーヴァントに直接送られるのではなく、マスターを通して行われる。そのため三騎士のような魔力燃費の悪いクラスを割り当てるなら、本当なら遥の方が向いていると言えるだろう。
戦闘を終えたことでアルトリア・オルタが魔力によって編まれた鎧を除装してゴシックロリータ調の服へと変わった。その姿を見て、クー・フーリンがあからさまに驚愕を見せる。
「なんだセイバー、その服?」
「む。なんだ、何かおかしいか?」
「いんや。アンタがそういう趣味とは思わなくてね」
揶揄うようなクー・フーリンの態度に、アルトリア・オルタは不満そうな目をして睨む。だが実際、アルトリア・オルタの冷酷かつ厳格なイメージにその服は意外と言わざるを得なかった。
しかし、アルトリア・オルタとしては記憶はないがこの服は他の服と比べてどこか着慣れているような感覚があった。恐らく、この反転した状態で召喚されたどこかの世界でこれと似た服を着ていたことがあるのだろう。
特殊な場合を除けば、サーヴァントというものはその召喚以外の記憶を持ち合わせない。時空を超越した領域にある『座』の記録を全て記憶として有していては色々と不都合があるからである。強烈な記憶は引き継がれるようだが。
だが、カルデアの召喚システムはサーヴァントの召喚システムとしては欠点が多い。タマモの別世界でのことのように明確な記憶としては存在していなくとも、曖昧な残滓としてなら存在していても可笑しくはないだろう。きっとこれはその残滓のひとつによるものだ。
アルトリア・オルタの私服を揶揄ったクー・フーリンであるが、そう言う彼の私服もアロハシャツと変わっている。立香たちの会話を時折笑いながら聞いていると、不意に遥の肩を誰かが叩いた。タマモだ。
「どうした、タマモ?」
「マスター。その、マスターの宝具って〝天叢雲剣〟……ですよね?」
「あれ、まだ言ってなかったっけ。タマモの言う通り、俺の宝具は天叢雲剣だけど……どうかしたのか?」
思いもよらぬタマモの質問を純粋に疑問に思っている様子の遥に対し、タマモは「いえ、別に……」と苦笑しながらはぐらかす。その態度に遥は小首を傾げたものの、タマモが言いたくないならそれでいいかと深く詮索することはしなかった。
遥に懐かしい気配を感じて召喚に応じたというタマモであるが、彼女はまだ『玉藻の前』という女怪の真実を遥に教えていなかった。それは遥を信頼していないだとかそういう理由ではなく――むしろ遥のことをタマモは〝イケ魂〟であると思っている――単純に教える機会を逸しているのと、教える意味がないからだ。
玉藻の前の真実。すなわちタマモは日本神話の主神と言っても過言ではない〝天照大神〟の分け御魂。いわば天照の一人格であるということだ。
遥の宝具である天叢雲剣は本来、天照の弟である建早須佐之男命によって彼女に献上され、後に日本武尊の手に渡り、その形代は壇ノ浦の戦いで安徳天皇の入水により失われて終ぞ見つからなかったという。
けれど、天叢雲剣は確かにここに存在している。しかし、遥の持つ天叢雲剣は、
(あの愚弟め、謀りやがりましたね……いえ、あの男に限ってそれはないですか。しかし……)
「タマモ?」
「! ……何でもありません、マスター。少し考え事をしていただけですので」
考えても答えが出るものでもない。後に草薙剣と名を変えた神造兵装を本物の天叢雲剣と謀った弟の真意を棚上げした時、タマモはさらに別な違和感を覚えた。
もしもスサノオが天照に献上したものが本物の天叢雲剣ではないのが真実だったとして、どうしてその現物をこの魔術師が持っているのか。遥は
或いは、『天叢雲剣』としての名前と
遥自身に訊けば答えてくれるのかも知れないが、タマモにとってこれはそれほど重要な問題ではなかった。それよりも重要なことは、遥がマスターであるということだ。誰がマスターであれ、喚ばれた限りは全力で仕えるのがタマモの
タマモが思案する間の様子は平時と何ら変わりのないものであったが、それを傍から見ていた遥はタマモが何かを考えていることが何となく分かっていた。コミュニケーション能力は低くとも、人の変化を感じ取る能力はある。
だが気づいてはいても、それを口に出すかどうかはまた別な話である。さして気にすることでもないかと遥がひとりごちた時、ロングコートの袖を小さく引っ張られた。
「むー……」
「沖田? どうしたんだ?」
ロングコートが引っ張られた方を見れば、沖田が何故か少々不機嫌そうに頬を膨らませながら遥を見ていた。しかし遥としては何も沖田を不機嫌にする言動をした覚えがなく、首を傾げる他ない。
模擬戦で病弱発動を恐れて後ろに下げていた訳ではない。むしろ前衛としてタマモの呪術により身体強化をかけてメインで戦ってもらっていた。沖田ばかりを使っていた訳ではなし、逆に使わなかった訳でもない。
なら戦闘以外だろうか。だが考えてみても、沖田を不機嫌にする要素は見えない。それは単純に遥が乙女心を分かっていないだけなのかも知れないが、どちらにせよ遥にはどうして不機嫌なのか分からないことに変わりはない。
故に考えることをせずに問うてみても、沖田は何も言わずにふいっと顔を背けるだけだ。余計に分からず遥の脳裏にいくつもの疑問符が浮かんだ時、遥はエミヤがどこか懐古めいた視線で遥を見ていることに気付いた。
「なんだよ、エミヤ」
「いやなに、私も似たようなことをされたことがあるのでね。なんだか懐かしくなってしまっただけだよ、遥」
懐かしくなった、という懐古の言葉は何も間違っていないのだろうが、遥はそこに僅かな同情の念を見出した。似たようなことをされた、とは言うが一体どのような目に遭ったのだろうか。
他愛のない会話をしながら、全員がシミュレーションルームから出る。その時、何か質量の小さいものが床を蹴る音がした。反射的にそちらを向けば、視界いっぱいに広がったのは白いモフモフとした毛皮。
避けることもできず、遥はそのモフモフを顔面で受け止めた。
「ぶほっ!?」
「ハルさん!?」
「遥!?」
飛び込んできたものの勢いを相殺しきれず、遥は頭から廊下に倒れ込んだ。そんな遥を心配して皆が声をあげるも、遥に飛び込んできたモフモフ――フォウはそんなことは気にしないとばかりに遥の顔面をてしてしと叩く。
「大丈夫?」と遥に声をかけつつ、フォウを掴み上げて遥の顔からどかす立香。フォウはすぐに立香の手から逃れると、器用に彼の肩に乗った。初めてフォウを見たサーヴァントたちが興味ありげな視線を向けるなかで、遥が勢いよく立ち上がる。
フォウに顔面にぶつかられたことで遥の顔にはフォウの毛が何本か付着していた。それを1本ずつ摘まんで取りながら、遥がフォウに詰め寄っていく。
「いきなりどうした、フォウ?」
「フォウ、キャーウ」
一見何を言っているか分からないフォウの鳴き声だが、遥にはなんとなくフォウが何を言っているか分かっていた。それは遥だけでなく立香やマシュも同様で、フォウの言葉に耳を傾けている。
フォウの言葉を受けて、遥が左腕に装着している端末の時計機能を呼び出す。魔術と科学の融合によって造られた装置のひとつであるそれは容易く空中にホログラムを展開し、現在時刻を表示する。
時刻は午前11時30分。お腹空いた、と言っていたフォウだがそれも不思議なことではなく、そろそろ昼食時であった。それに気づいて空腹を認識したのか、立香とマシュ、さらにはアルトリア・オルタまで腹の虫が鳴く。
正直すぎる腹の虫に遥は微笑を浮かべると、傍らに立つエミヤとタマモに声をかけた。
「そろそろ昼食の準備をしようか。タマモ、エミヤ」
「分かりました」
「了解した」
このふたりが料理を得意としていることは昨日のうちに確認してあった。タマモは初め、料理の『さしすせそ』も知らなかったらしいが、天細女の料理教室に通って身に付けたらしい。一体タマモと天細女の間にどのような関係があるのか、遥は知らない。
さらに、エミヤは魔術よりも料理に自信のある遥ですらも感嘆を禁じ得ないほどの腕前を誇る。恐らく総合的な腕前では遥が勝るだろうが、和食に限定すればエミヤに軍配が上がるだろう。実質、カルデア食堂の『料理長』であった。
3人が昼食の準備のために食堂へと向かい、他のメンバーは他愛のない会話をしながら自室へと戻っていく。その中で、沖田だけが複雑そうな表情で去っていく遥を見ていた。
「――不味い。リツカから貴様の作る料理は美味いと聞いていたのだがな。見当違いだったか、ハルカ」
「ごはっ!?」
模擬戦を終えてから数十分後。丁度遥たちが昼食の準備を終えた頃に一番乗りで食堂に足を運んだアルトリア・オルタは、遥が作った海鮮釜揚げ丼を全て平らげてからそう言い放った。
遥の料理の腕はかなりのものだ。それはカルデア職員たちだけでなく、エミヤやタマモも疑いの余地なく認めている事実だ。中には遥の魔術師としての才能を熟知していながら、魔術師ではなく料理人になった方が大成できたのではと思う者がいるほどである。
だが、そんな中で唯一アルトリア・オルタだけが遥の料理に否と唱えた。それには同じテーブルで食事をしていた立香やクー・フーリンも目を丸くしてアルトリア・オルタの方を見ている。彼らにとっては、遥の料理は満足の一言だったのだが。
アルトリア・オルタの言葉を受け、遥がその場に崩れ落ちる。にべもなく不味いと切って捨てられたことが相当にショックなようであった。
「……後学のために聞いておくが。それの何がそんなに気に入らなかったんだ、騎士王様?」
「そうだな……具体的に言えば、刺激が足りない。アーチャー。貴様なら私の求めるものが分かるだろう」
「え、そうなの?」
ここまでの短い遣り取りではアルトリア・オルタの求めるものが分からなかった遥は、驚愕の表情で隣でこれからなだれ込んでくるであろう職員のために調理を続けるエミヤを見た。エミヤは渋面を作ってアルトリア・オルタを一瞥し、ため息を吐きながら今作っている味噌汁を遥に任せる。
逆らっても無駄、或いはアルトリア・オルタには逆らえないといった諦観が見え隠れするエミヤが迷わず冷蔵庫から取り出したのは冷凍豚挽肉とレタス、チーズ、トマト、マスタード、ケチャップ。そしてパンなどが収納されている所から半円型のパンを取り出した。
遥やタマモのような料理に熟練した者でなくとも、その材料を見ればエミヤが何を作ろうとしているか分かるだろう。まさかあの騎士王とも呼ばれた少女が、と器用にも調理を続けながら驚愕するふたりの前でエミヤはテキパキとそれらを調理し、組み合わせてアルトリア・オルタが求めるものを作り上げた。
そうして出来上がったのは現代の消費文明の具現とも言える料理。片手間にカロリーを補給できるからと遥も戦場では好んで口にする高カロリーの代名詞。ハンバーガーであった。
「お待たせした。ご所望のものはこれかな? セイバー」
そう言ってエミヤが出したハンバーガーを手に取り、アルトリア・オルタはもっきゅもっきゅと食べ始めた。一見平時と様子は違っていないようにも見えるが、ない筈のアホ毛が荒ぶっている幻影が見えた。
ゴスロリ風の服を着て満足そうにハンバーガーを頬張るその姿は、一見すれば世界に名だたる騎士王のイメージとは程遠い。イメージと言うなら女性である時点で崩壊しているも同然だが、それでも意外なものは意外だろう。
ハァ、とため息を吐いて厨房に戻ってきたエミヤに、遥が疑問を投げかける。
「もしかして、エミヤとアルトリアって知り合いだったのか? 時間軸が合わないが……まさか、エミヤってどこかの世界の聖杯戦争に参加してた……とか?」
「! ……さて、どうだったかな。忘れてしまったよ、そんなことは。少なくとも、彼女は私のことは知らないだろうさ」
召喚された後に、エミヤは明かせる範囲での生前の情報を遥に話していた。とはいえ自分はガイアではなくアラヤの英霊であるとか、遥とは同郷であることぐらいの情報だが、まさかこれだけ少ない情報からまだ話していないことを言い当てられるとは思っていなかった。
自らのマスターの推理力の高さに感嘆しつつも、エミヤは適当に真実と嘘を混ぜてその話題を受け流した。遥は少々不満そうだったが、エミヤが話す気がないことを無理に聞き出すつもりもなくすぐに作業に戻った。
正確に言えば、エミヤはあの反転したアルトリアのことはよく知らない。だが、生前共に聖杯戦争を駆け抜けたアルトリアの反転であるというなら『雑』な味を好むだろうと思っただけだ。大半の記憶は摩耗しても、
そんな会話をしているうち、ハンバーガーを平らげたアルトリア・オルタからおかわりだ、と指令が飛んでくる。苦笑したエミヤと視線だけを交わすと、エミヤに代わって今度は遥がハンバーガーを作ることにした。今度は照り焼きバーガーだ。
今度は絶対に美味いと言わせてやる、といつも以上に張り切って照り焼きバーガーを10個ほど作る遥。その途中で、エミヤの方から話しかけてきた。
「遥。聞いた話では、君は高校を卒業してから世界を回っていたらしいが……君は何のためにそんなことをしていたんだ?」
「なんだ突然」
「いや、私も生前似たようなことをしていたものでね。気になっただけだ」
そう言うエミヤの言葉に何か言い知れぬものを感じたものの、遥はそれを深く詮索することはなく調理を進めながら淡々と語り始めた。
遥は確かに世界を回っていたが、それの理由は何かと問われると何と言えば良いのか分からなくなる。というのも、遥が旅を始めた時も、旅をしている間も、何故自分はこうしているのかと考えたことはなかったからだ。
世界各地を巡っているうちに遥は魔術師上がりの死徒や、無辜の人々を食い物にする外道魔術師を殺したことがあったが、それは被害を受けていた人々を救うためではなく、ただ自分に火の粉が降りかかりそうだったからだ。
自らが宿す怪異の大きさ故に頻繁に厄介事に遭遇してはそれを解決してきた。けれどそれで旅を止めることも、人々を助けるために旅を続けようとも思わなかった。奇妙なものだが、遥の旅は意味はあっても最後まで目的はなかったのだ。
ある意味では、その旅の最大の意味は人の『死』を無駄にするような輩、つまりは人理焼却の犯人のような者を遥が許容できなくなったことだったのかも知れない。
「ま、俺の旅の話なんてこんなつまんまいモノさ。エミヤが気にするようなものでもねぇよ」
「……そうか」
遥の話に何か思ったような、それでいて安心したような表情を浮かべるエミヤ。もしもここで遥が『正義の味方』になりたかった、など言おうものならどうしようかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。今回召喚されたエミヤは既に答えを得ているためそれを否定することはしないが、説教するくらいはしていただろう。
だが何となく、このマスターとはうまくやっていけるだろうと、エミヤは漠然とそんなことを思った。
「やぁ、ロマニ。君が私を呼ぶなんて、珍しいじゃないか。一体どうしたのかな?」
ノックのひとつもなしに勝手にロマニのドアを開けて入ってきたのは左手に無骨なガントレットを装着し、長い杖を持ち中世風の服を着ている美女であった。いや、彼女、或いは彼を美女というのは些か語弊があろう。
彼女は身体こそ女性のそれであり、容姿も美女と言って差し支えない。だが、彼女の真名を知れば誰もが首を傾げるであろう。
レオナルドが女性として現界しているのは何もアルトリア・オルタのように実は女性でした、ということではない。この自他共に認める万能の天才は、現界に際して自らの身体を彼が心酔していたモナ・リザと同一にしてしまっただけのことである。流石は星の開拓者といったところだろうか。
レオナルドを呼びつけた本人であるロマニは、机の上にあるパソコンと書類に向き合って難しい顔をしている。しかしレオナルドの来訪に気付くと、疲れを滲ませた苦笑を浮かべた。
「随分疲れているようじゃないか。昨日はちゃんと寝たのかい?」
「生憎と、一睡もしてないよ。……それより、レオナルド、これを見てくれるかい?」
一睡もしてない、と言うロマニにレオナルドは小言を言おうとしたが、ロマニの真剣な様子に口を噤んだ。ロマニが『ダ・ヴィンチちゃん』ではなく『レオナルド』というのは真面目な話をする時だと決まっている。
ロマニがノートパソコンの画面をレオナルドに向ける。どうやらカルデアのメインシステム、つまりはトリスメギストスに繋げられているらしいそのパソコンの画面に映っていたのは、特異点Fでの戦闘記録であった。
ロマニが再生していたのは丁度、遥が宝具〝天叢雲剣〟によってバーサーカーを消滅せしめた瞬間の映像であった。それを見て、レオナルドが感嘆の言葉を漏らす。
「恐ろしくなるほどの魔力出力量だねぇ。遥君はこれをひとりで?」
「宝具そのものに蓄積されていた魔力もあるとはいえ、カルデアからのバックアップに頼ってはいなかったよ。この真名解放でシバのレンズが数枚吹っ飛びかけた。
……でもボクが言いたいのは遥君の不可解な魔力出力量についでじゃなくて……これだ」
そう言うと、ロマニは一旦パソコンを自分に向けて操作し、別な映像を呼び出した。それを見たレオナルドの眼が今度こそ驚愕に見開かれる。
ロマニがレオナルドに見せたのは、先程レオナルドが見た真名解放の瞬間に観測された遥のデータであった。カルデアはレイシフトしている者の意味消失を防ぐため、常にシバとトリスメギストスによって対象を観測している。
故に一分一秒の空白もなくマスターたちの身体状況がトリスメギストスには記録されているのだが、それが不可解なデータを示していた。こんな状態は、現代の世界においてはあり得ない。
「……これ、本当に観測されたデータなのか? 悪戯じゃなくて?」
「悪戯でも酔狂でもないよ。最初に見た時は、ボクも驚いて遥君に連続コールしちゃったケド」
その時遥は宝具発動待機中だったのだから応じる訳はないのだが、それはロマニの驚愕を思うには十分な材料だろう。正真正銘の万能人たるレオナルドですら、いや、レオナルドだからこそその反応が異常であることがよく分かる。
特異点を観測するレンズたるシバで異常なデータが観測されるということは即ち、マスターの意味消失を意味する。故にロマニは慌ててコールしたのだ。だが、その異常な状態を示した遥は意味消失することなく、何事もなく戻ってきている。
それはつまり、シバが観測した事象は紛れもない事実であるということだ。でなければ、遥がこうして戻ってきていることに説明が付かない。
この世界の法則としてあり得てはならない事態を前に驚愕を示すレオナルドに畳みかけるように、さらにロマニはレオナルドに紙の束を渡した。
「……これは?」
「見ての通り、立香君のメディカルチェックの結果だよ。……遥君のデータほどじゃないけど、それも十分驚くと思う」
含みのあるロマニの言葉に首を傾げるも、ロマニは何も言わずにパソコンを使っての作業に戻った。異常なほどに忙しいこともあろうが、レオナルドがそれを読むまで何も言う気はないらしい。
メディカルチェックとは言うが、カルデアにおけるそれはただ身体状態を調べるだけではなく、魔術的な素養についても調べて書いてある。それを最後まで読んで、ほう、とレオナルドが溜息を漏らした。
カルデア48人目のマスター候補生、つまりは一般人枠のさらに数合わせである立香は、きっとカルデアに来るより前にまともな魔術適性の検査もされなかったのだろう。でなければ、この検査結果が今になって出てくる訳がない。
確かに、立香の魔術回路量は平凡極まるものだ。検査結果に示されていることも、魔術師の間ではさして珍しいものでもない。レオナルドが驚いているのは、それが一般人の中から出てきた、つまりは天然物だからということに他ならない。
しかし―――とレオナルドは内心で嘆息する。
「まぁ、だからといって私達の彼らへの扱いは変わらないさ」
「あぁ、そうだね、レオナルド。彼らはボクたちの大切な……仲間なんだから」
遥の好物はマウント深山は『紅州宴歳館・泰山』の麻婆豆腐である模様。なお、遥もアルトリア並に食べるのでカルデアの食料事情が密かにピンチになっている。