Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
第13話 その祈りは
「あっ――ははははっ! ははははは! あはははははっ!」
赤く染まった街。逃げ惑う人々の悲鳴に沈んだ街に、ひと際強く女の哄笑が響き渡る。その地獄とでも形容すべき光景を前に、それを齎した魔女は可笑しくて仕方がないとでも言うかのように高らかに笑声をあげていた。
魔女が従えるのは無数の竜と、数人の
時折立ち向かおうと刃物を構える者もいたが、竜や英霊に敵う筈もなく一瞬にして殺されてしまう。死した人々はまともに成仏することすらも許されず、この歪んだ世界の影響で
妻子を守ろうとした夫、家財を守ろうとした富豪、信者を守ろうと真っ先に出てきて祈りを捧げた司祭。彼らの思いは全て魔女の憎悪によって灰も残さず焼き尽くされ、死体は手駒として再利用される。まるで、その思いを嘲笑うかのように。
何故あの方が。逃げ惑う人間たちはその驚愕を抱きながら走る。街の外周は既に竜によって防がれ、逃げられる場所などないのにそれでも生き残ろうと走っている。だが、そんな生への執着も、次の瞬間には死という終着点に至って泣き叫ぶ声と共に霧散する。
あの方ならば仕方ない。誰もが疑念の下にその思いを抱く。生前がどれだけ高潔な人であろうと、あんな最期を迎えれば仕方がない、と。けれど、だからといって自分が死んでいい理由にはならない。だから逃げる。そして、そんな決意も虚しく凡て死ぬ。
彼女は全てを救い、救った筈のもの全てに裏切られた。彼女が行った救済は否定されたのだ。ならば、その救いを否定したことと同じ。邪魔な救済者だけを殺して、残った救済だけを甘受するなど到底許せることではない。
だからこそ、魔女は殺すのだ。彼女が救ったこの国の悉くを、彼女の行った救済を甘受する者たちを。その果てにこの国が滅び、敵国であったイングランドに取り込まれようと知ったことではない。
この街を襲ったのはただそこにあったからだ。いずれはこの国全てを滅ぼすのだから、どこから蹂躙しようが何も変わらない。何人かは邪悪な竜たちから逃げ延びて街から出てしまったようだが、それはそれで良い。いずれ消える命だ。
それよりも重要なのは――ここに最後に残った命を終わらせること。魔女に追い詰められた女性は、両手にロザリオを握りしめて祈りを捧げている。
「ハン、くだらない。くだらないわ」
「ああっ!」
跪いて祈りを捧げる女性のロザリオを、魔女は女性の手を蹴って取り落とさせる。ロザリオは煉瓦によって舗装された道の上を滑って女性からかなり離れたところで止まった。
女性は反射的にそれを取りに行こうとするも、魔女を前にしていることを思い出して思いとどまった。魔女を見上げるその眼に宿るのは、疑念と困惑。それらを塗り潰すほどの絶望と僅かな憎悪。
ハ――、と魔女の口の端が歪む。自らが齎した絶望を目の前にするというのは思いのほか心地が良い。だが、それでも気に入らないのは温い憎悪だ。自分の内で燃え上がる憎悪に比べれば塵のようなものである。
さて、どうやって殺してやろうか。魔女が答えを出すよりも先に、女性が口を開いた。
「貴女は……」
「何よ?」
「貴女は、どうしてこのようなことをするのですか……! こんなことをしても」
僅かに怒気を孕んだ女性の言葉が唐突に途切れる。代わりに女性の口から迸ったのは、全身を灼熱に焼かれる悲鳴だった。恩讐の焔に焼かれて火達磨になった元人間を冷徹な目で見降ろしながら、魔女は黙考する。
視界に入ったのは、全てを焼き尽くされて最早燃えるものがなくなった炭の街。そこを徘徊するは魔女が召喚したワイバーンたちと、魔女とその配下によって殺された死体が変じた
ハァ、と魔女が溜息を吐く。身の内で燃え上がり続ける憤怒と憎悪に身を任せて復讐をしても、それは刹那の間に終わる。虚しいと言えば虚しいが、だからといって止まる気はない。
「どうしてこんなことを、ですって? フフッ……」
何をつまらないことを、と魔女が嗤った。そんなことはもう分かっているだろうに。
これは復讐だ。救いを求めて、彼女に救われておきながら救われた途端に邪魔になった彼女だけを切り捨てて幸福を甘受している者たちへの。彼女を利用し、裏切った者たちへの。
だから精々良い声で啼くがいい。それがこの復讐者を駆動させる憎悪に薪をくべる。憎悪と憤怒、快楽のままに五体を駆動させる魔女は身体の内で燃え盛る焔に自ら薪を投げ込み、その焔で全てを焼き尽くす。
可笑しさを堪え切れず、竜の魔女――ジャンヌ・ダルクが高らかに哄笑をあげる。彼女の復讐はまだ、終わらない。
特異点Fに続く新たな特異点、つまりは第一特異点の座標が特定されたという報告が入ったのは立香が遥を教師として魔術の勉強をしている時のことであった。
教室代わりに使っていた遥の部屋に散乱した魔導書をカルデアに所蔵されていたものと遥が持ち込んだものに手早く仕分けして纏めると、ふたりは駆け足で管制室に向かっていく。しかし途中で遥は忘れ物をしたと言って部屋に戻っていく。
特異点Fを修正してカルデアに戻ってきてから5日の時が経っていた。その間、遥に師事した立香はある程度魔力を扱えるまでに成長していた。ひとえにサーヴァントを従えたことで否応なく魔術回路の存在を意識するようになったからだろう。
未だ自力で魔術を行使するには至っていないが、カルデア製礼装は魔力を流すだけでも多少の魔術を行使できるようになっている。魔術刻印や宝石魔術と似て非なる技術によるものだが、それの原理は新米魔術師である立香の理解が及ぶ範囲ではない。遥は理解しているようだが。
誰もいない廊下を管制室に向けて走る。その途中、立香は曲がり角で不意に出てきたマシュとぶつかりそうになり、一旦足を止めた。
「先輩!」
「マシュ。マシュも管制室に?」
「はい」
マシュの返事を受けた立香がじゃあ一緒に行こう、と言う。この時間、立香は魔術の勉強をしていると知っているマシュは遥がいないことを訝しんだようだが、立香が事情を話すと納得したようだった。
カルデアの管制室。カルデアが備えるアトラス院製のスパコン〝トリスメギストス〟を利用してレイシフト中のマスターたちの意味消失を防ぎ、さらにカルデア中の状況をこの部屋で全て確認できる、いわばカルデアの中枢である。
そこに足を踏み入れた立香は、そこを支配する異様な雰囲気に一瞬たじろいだ。当然と言えば当然のことだが、人理を守るための最後の砦であるその場所は、現場に出向く
その所長席で画面と向き合っていたロマニであるが、立香とマシュの来訪に気付くと振り返って椅子から腰をあげた。その顔には、隠し切れない疲労の色が浮かんでいる。
「ドクター。大丈夫ですか? どこか体調が優れないようにも見えますが……」
「問題ないよ、ちょっと徹夜しただけだからね。それより、遥君はまだかい?」
マシュの問いに問題ないと返したロマニであるが、その眼の下には隈が浮かんでいた。徹夜など高校のテスト前日にもしたことが無い立香にとって、何日も連続した徹夜などは想像もつかない領域だ。心配する気持ちはマシュと同じであったが、何を言ってもロマニは聞かないだろうとも理解できた。
忘れ物をした、と言って自室に戻った遥であるが、それにしては来るのが遅い。立香が困惑を露わにして管制室の入口を振り返ると同時、自動ドアが開いて遥が入ってきた。恰好はいつもの黒づくめだが、その手に衣類らしき何かを持っている。
「悪い、遅れた」
「問題ないよ。これからブリーフィングを始めるところだったからね。……それより、その黒いのは何だい?」
「あぁ、これ?」
ロマニに問われて、遥が手に持ったものを広げる。遥が持ってきたそれは、その場にいた者たちが思っていた通りに衣服であった。一見どこにでもありそうなフード付きの黒いパーカーであるが、遥がそんなものを持ってくる筈もない。そのパーカーは遥とレオナルドによって立香のために造られた魔術礼装の一種であった。
カルデア製の魔術礼装の流れを汲むその礼装は、他の礼装と同様に魔力を流すことで予め組み込まれた魔術を行使することができ、さらには使用者の魔術回路と接続することでカルデアからの魔力供給を受けることを可能としていた。
それだけならばカルデアの制服と同じだが、そのパーカーは遥による魔術的加工の結果、高い対魔力を備えることができていた。超が付くほど平凡な、ほぼ一般人と変わらない魔術師見習いである立香は驚くほど対魔力が低い。それを補うための礼装が必要だと考えた遥の発案であった。
遥がブリーフィングに遅れたのは、レオナルドの工房にそれを取りに行っていたからであった。完成すると連絡されていた時刻に丁度呼び出された形となっていたのである。
「というワケだ。良かったら使ってくれ」
「ありがとう。なんだかゴメンね、何から何まで……」
「いいっていいって。マスターは助け合いだろ?」
立香の弱点まで把握して支えようとしている遥。立香はそんな遥に何も返せていないことから申し訳なさそうな表情をするが、遥は何でもないことであるかのように笑った。実際、この程度のことは遥にとって負担ではない。自分にできる最低限のことをしているつもりだった。
遥と立香は仲間なのだ。ならば、その仲間の弱点を支えるのもまた仲間の役目である。遥は立香の弱点を正確に捉えてはいたが、それを邪魔だとは思っていなかった。自分が何とかすればカバーできることを鬱陶しいと感じるのは、遥の主義に反する。
遥から礼装パーカーを受け取り、立香がロマニの方に向き直る。遥もまたロマニの方を向き、ロマニが疲弊していることに気付いたがそれを指摘するより早くにロマニが話を始めた。
「さて、じゃあ本題を始めようか。今回発見された特異点の座標は1431年のフランス……〝百年戦争〟の真っただ中だね」
「そして、かの聖女〝ジャンヌ・ダルク〟が火刑に処された年でもある。……今回の特異点はソレ絡みか?」
百年戦争。元は1337年にイングランド王エドワード3世がフィリップ6世が即位したヴァロワ朝に対してフランスの正当な王位継承権を主張して侵攻を開始したことに端を発して散発したいくつかの戦争の総称である。
一見すると王位継承権を巡った国同士の争いのようだが、その裏側にはイングランドの羊毛の主たる輸出先であるフランドル地方にフランスが進出することを阻む思惑だったり、フランス内にあるプランタジネット朝領地を鬱陶しがるフランスの思惑があったという。様々な思惑が絡み合った、実に戦争らしい戦争と言えるだろう。
しかし捕虜は殺さずに身代金を払えば見逃されたという。とはいえ、イングランドが用いた長弓を恐れたフランスは捕虜の人差し指と中指を切り落としたというが。生還したイングランド兵が指が残っているのを示すために凱旋する際それらの指を立てていたことがVサインの興りとも言うが、それは特異点には関係のない話である。
初め、優勢だったのはイングランド側であった。そのイングランドの優勢を覆したのが、百年戦争で最も有名と言っても過言ではない聖女ジャンヌ・ダルク。彼女を含めたフランス軍がイングランド軍に包囲されたオルレアンを救ったことを発端にフランス側が優勢となり、ジャンヌの処刑後もそれは続いて遂にはフランスが勝利した、という話だ。
実際ジャンヌの処刑や彼女の出生には諸説あり、どれが正解か正確なことは分かっていない。火刑に処されたのは本当はジャンヌ・ダルクではなかったという話もあるくらいだ。
遥の漏らした呟きに、ロマニが頷きを返す。
「この特異点がどういった原因で発生しているかは現地に行ってみないと分からないけど、時代からして遥君の言う通りジャンヌ・ダルクが関わっているのは確かだろうね」
「だよなぁ。ハッ、聖女サマね……」
不意に遥が冷笑を漏らす。いつも飄々としている遥らしからぬその冷笑が意外だったのか、遥を見る立香たちの眼に驚愕が宿った。しかし彼らが遥へ視線を移した時には既に遥から嘲弄の色は消え去り、代わりにそこにあったのはかつて抱いていたのであろう憤怒の残滓だった。
『聖女サマ』とジャンヌ・ダルクを嘲笑しているとも取られかねない遥の言葉。しかし遥には決して、ジャンヌ・ダルク本人を莫迦にする気などはなかった。遥の言葉に嘲笑が混ざったのは、彼の意識にあるとある感情に起因するものであった。
遥の脳裏を過ったのは世界を旅している間に見てきた様々な人たちの『死』。助けようとして、けれど助けられなかった人々。今わの際に『死にたくない』と神へ祈りを捧げ、けれど決して救われることはなかった人々。信じて祈りを捧げた筈の神に裏切られた彼らの祈りは、一体何処へ向かえば良かったのだろうか。
以前から抱いている思いが胸中を支配しかけた時、遥は3人が不思議そうな表情で自分の顔を覗き込んでいることに気が付いた。何度か咳払いをして、その空気を変える。
「他愛のないことを思い出しただけさ。忘れてくれ。……それで、ロマン、レイシフトはいつだ。明日か?」
「え、あ、あぁ。そうだね。レイシフトは明日の午前10時。それまでに準備を整えておいて欲しい。……何か不明な点はあるかい?」
そのロマニの確認に、手を挙げる者はいなかった。それを了解ととったロマニはひとつ頷くと、ブリーフィングを締めくくる。
「じゃあこれで解散だ。今日はちゃんと寝るんだよ? 睡眠不足は集中の妨げになるからね」
「それはこっちの台詞だ、ロマン。きちんと寝ないと強引に眠らせるぞ」
心配なのか脅しなのか分からない言葉を吐いてから離れていこうとする遥。それを、ロマニは慌てて呼び止めた。一体これ以上何の用があるか分からなかった遥は首をかしげるも、立香とマシュに先に行っててくれ、とアイコンタクトを送る。
ひとり管制室に残された遥に、ロマニがホチキスで留められた紙の束を投げ渡す。それは先日、ロマニがレオナルドに見せた立香のメディカルチェック結果であった。目線だけで読むように促された遥が最初から最後まで目を通し、そして、驚愕を露わにする。
魔術回路は確かに凡人程度だ。魔術属性も単一で、さして気にするほどのことでもない。だが、それらを含めてもそれには驚愕に足るものがあった。
「……驚いたな。全く気付かなかった。これ、本人は気づいてるのか?」
「一応気付いてるんじゃないかな。『それ』だとは知らないかもだけど」
曖昧なロマニの返答に、遥がふぅん、と呟きを漏らした。立香に直接言うよりも先に遥に話したのは、恐らく立香が有していると思しき『それ』が非常に扱いが難しいものだからだろう。遥はソレはないが、魔術師でない立香よりは構造について理解がある。
それを魔術師が持っているのはさして珍しいことではない。それなりの力量がある魔術師であれば、ある程度のものであれば人工的にそれを造り出すことも可能だからだ。だが一般人からそれを保有するものが出たとなると、それは魔術というより異能に近いものと言えるだろう。
どうして根っこから純粋で、魔術師らしさの欠片もない立香がそれを持ってしまったのかは分からない。けれど、ある意味では立香が人理焼却事件に関わることになってしまったのは必然とも言えるのかも知れなかった。
これを遥に見せることで、ロマニは言外に立香にそれの使い方を教えろと言っているのだろう。納得して、遥は書類をロマニに返して管制室から出ていこうとした。その直前、ロマニが口を開く。
「こんなことを言うのは君に全てを任せているようで酷だけど……立香君のこと、頼んだよ」
「言われなくても。あいつは俺の……友人なんだ。友達を支えるのは当然のことだろ?」
そう言って遥は不敵な笑みを浮かべてみせてから管制室から出ていった。遥の言葉はその内容だけを見ればただ当然のことを言っているだけのようでもあったが、ロマニはその裏に込められた意図に気付いた。
遥が友人だと思っているのは何も、立香だけではない。遥はロマニのことを友人だと思っているし、ロマニもまたそれを自認していた。つまり、遥はロマニに対してもきちんとサポートしてくれと、きちんとサポートするために寝てくれと言っているのだ。
それに気付いたロマニが何か言おうとしたが、それよりも先に自動ドアが閉まったことでその言葉が遥に届くことはなかった。
ブリーフィングが行われた翌日、定刻通りにマスターたる立香と遥、そしてそのサーヴァントたちは管制室に集っていた。マシュを除くサーヴァントたちは〝修練場〟で手に入れた素材を使って〝霊基再臨〟を行ったことで一段階霊基が強化されている。
立香はミーティングの際に遥から渡された礼装であるパーカーをカルデアの制服の上から羽織り、きちんと魔術回路と接続されたかを確かめている。遥もまた、更なる改造を加えたロングコートが機能しているかを改めて確認していた。
各々が特異点での戦いのために調子を整えているなか、ロマニが手を叩いて全員の注意を集めた。
「それじゃあこれからレイシフトする訳だけど、くれぐれも注意してほしい。レイシフト先の座標は同じ位置にしたけど、誤差が出るだろうからね。だからレイシフトが完了したらできるだけ早く合流するんだ。いいね?」
「了解した」
「分かりました、ドクター」
ロマニの言葉は何もレイシフトを目前にして弱気になっている訳ではなく、半ば当然の考慮であった。前回のレイシフトはいわば事故であり、まともなレイシフトはこれが初めてなのだ。勝手が分からないのも無理からぬことであろう。
振り返り、ふたりは自分のサーヴァントたちと視線を合わせる。言葉を交わすこともなくサーヴァントたちは己がマスターの意思を察し、力強く頷いた。そこに含まれた英霊と反英霊、通常と反転の区別はない。
コフィンが開き、マスターがそこに身を収める。人を収容したことを感知した装置が自動でハッチを閉めて施錠する。その直後、アナウンスの音声が響いた。
――アンサモンプログラム、スタート。
霊子変換を開始します。
レイシフト開始まで、あと3、2、1……
全行程
グランドオーダー、実証を開始します。
邪竜百年戦争オルレアン、開幕。