Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第15話 瞳の奥

 唐突に目の前に現れた魔女は、言い知れぬどす黒い感情を遥たちにぶつけてきていた。

 まるで人が一生に抱く憎悪と憤怒をかき集めて人形に詰め込み、生命を吹き込んだかのような。そんな思いを抱くほどまでに純粋な負の想念の塊が、彼らの前には立っていた。

 纏う雰囲気はどこかアルトリア・オルタに似ている。本物のジャンヌ・ダルクとは関係がないという遥の予想に反して――何か妙だが――ジャンヌ・ダルクの反転存在(オルタナティブ)であるらしかった。だが、今はそんなことは問題ではない。

 ジャンヌが引き連れている4騎のサーヴァント。遥はそれらを一瞥すると、その外見と気配から真名の予想を開始した。

 レイピアを携えているのはまずセイバーと見て間違いはないだろう。外見は完全に女性だが、その引き締まった表情にあどけなさの気配はない。その外見や服装から中世ヨーロッパの人物であることは分かるものの、真名までは推定できない。

 杖を持ち、仮面を着けた真紅のドレスの女性はアサシンだろうか。これはその隣にいる槍を構えた男――ランサーと同じく遥がこれまで遭遇してきた化生、それも死徒に近い気配を纏っている。吸血鬼伝説の逸話を背負う男女と言えば、エリザベート・バートリー或いはそれをモデルにした血の伯爵夫人カーミラ、そして男性はワラキア公国の英雄ヴラド・ツェペシュ。

 最後。十字架の形をした杖を携え、露出が覆い服を着ているのは聖女の類だろう。見た目や雰囲気だけでは情報が少なすぎて真名を特定することはできない。クラスも不明だが、少なくとも三騎士のどれかではあるまい。

 遥が真名を推理し、沖田たちが警戒をする中で、ジャンヌ・ダルク――もといジャンヌ・ダルクの反転英霊(オルタナティブ)たるジャンヌ・オルタとその従者たちが大地に降り立った。

 

「どうもどうも、お初にお目にかかる。麗しの聖女……いや? 麗しの魔女さん?」

「気に入らないわ。気持ち悪いわね、マスターさん?」

 

 わざと慇懃無礼に礼の仕草を取って見せた遥に、ジャンヌ・オルタがこれ以上ないほどの敵意が籠った悪罵をぶつけた。慣れていない者が浴びせられれば一瞬にして気絶するほどの敵意だが、遥は冷や汗ひとつ流さない。サーヴァントからの敵意には冬木の時点で慣れた。

 どちらかが得物を構えればその瞬間には戦闘が始まってしまいそうなほどの緊張感が、空気を張り詰めさせている。しかし、数という点で見れば明らかに不利であるのは遥たちの方であった。ジャンヌ・オルタ側は彼女を含めて5騎。対して遥側は3騎のみである。

 遥もサーヴァントと戦えない訳ではない。宝具〝八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)〟を発動すれば多少劣化した大英雄に匹敵する力を得ることができる。一瞬で暴走に陥ることを覚悟して封印を外せば、大英雄を超える力を発揮することもできるだろう。

 だが、ここで決着を付けることができる訳ではないのに手の内を全て明かすのは戦略的に考えて避けた方がいい。ここでできるのは真名解放までだ。叢雲の真名解放は以ての外だ。現状、攻撃手段として最大級の手札(カード)をすぐに切る訳にはいかない。可能だとしても、威力を抑えた限定展開まで。

 そこまで戦力分析をすると、遥はジャンヌ・オルタに向けて飄々とした、しかし内に言いようのない怒りを込めた低い声で問うた。

 

「なぁ、魔女さんよ。アンタ、なんでこの村を襲った? 俺たちがいたから……ではないだろ?」

「何故、と……おかしなことを訊きますね。貴方、もうとっくに分かっているのでしょう?」

 

 似合わない敬語でそう言うジャンヌ・オルタの声には、遥を嘲笑するかのような色合いがあった。それは断じてジャンヌ・オルタが遥を自らの理解者だとしたのではない。しかし、ある意味ではそれに近いところがあった。

 一目互いを見た時から、遥とジャンヌ・オルタの間にはある種共通理解のようなものが生まれていた。互いを見る瞳の奥に、ふたりは自分自身が内に秘める感情と同じものを見出したのである。遥にとっては、それだけでジャンヌ・オルタがこの村を襲った理由を確信するのに十分であった。

 要は、ジャンヌ・オルタは『救済』というものが、それを甘受している者たちが憎くて憎くてたまらないのだ。その感情は遥にも大いに理解できる。それは遥が嘗て抱き、今も残滓が魂にこびりついている感情だった。

 だが、理解はできても納得はしない。共感はしても同情はしない。そんなものをジャンヌ・オルタは欲していないし、何より遥自身の信条として敵にそんなものを抱くことはない。

 

「あぁ、この国が憎いのは分かった。けどさぁ、それじゃ困るんだよ。アンタの復讐に、関係ねぇ奴らまで巻き込むんじゃねぇ」

「関係のない者がどうなろうと、私の知ったことではありません。……これは私の復讐だ! 何も知らない者が、口を挟むな!」

 

 言葉の途中でジャンヌ・オルタが平静の仮面を外し、憤怒を露わにする。灼熱の焔が如き赫怒に晒されながら、しかし遥は平静そのもので、とても憤怒の化身を前にしている者の表情ではなかった。

 どれだけの熱量の怒りを以てしても、遥の前では冷や水も同然であった。如何なる憤怒を内包した怒りであろうが、遥を焼き殺すことは叶わない。遥が生まれもって内包している煉獄の方がずっと熱い。

 遥が溜息を吐く。これから先はどうなるかなど知らないが、少なくとも現時点で遥とジャンヌ・オルタの両者の在り様は絶対に相容れない。片や憤怒と憎悪のままに復讐を成す魔女。片や憎悪と憤怒を抱きながら復讐を成さぬ者。根本は似ていても、人格は決定的に異なっている。

 何にせよ、相容れないのなら――戦って、(ころ)すまで。

 

「こんな愚者たちに救う価値なんてない。……最後に訊きます。何故、貴方は私の邪魔をするのです?」

「何故、と……おかしなことを訊くな。そんなの、自分で考えろ」

 

 今度嘲笑をぶつけるのは遥の番であった。そんなことも分からないのか? と。

 あからさまな嘲笑はやはり癇に障ったようで、黄金色の瞳が更なる憤怒に歪んだ。遥の漆黒の瞳とジャンヌ・オルタの黄鉛色の瞳が再び交錯する。それはまさしく、凍結されていた戦端が開かれた合図であった。

 行け! バーサーク・サーヴァントたち! ジャンヌ・オルタの号令が飛び、それに応えたサーヴァントたちが馳せる。それとほぼ同時、遥もまた指示を飛ばした。

 

「今だ、エミヤ」

「了解した。――停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)

 

 遥の指示によって、エミヤが背後の空間に展開させていた全ての投影宝具に魔力を通した。顕現する間際で工程を凍結されていた宝具たちが一瞬にして全て顕現する。その数は百を下らないだろう。遥がジャンヌ・オルタと話している間にひっそりと準備していたのである。

 突如として顕現した無数の宝具を視認し、咄嗟にバーサーク・サーヴァントたちが後退しようとする。だがその判断は一足遅く、エミヤが手を振り落とすと同時に地面に切っ先を向けた宝具たちが空中を馳せた。

 綺羅星が如き宝具の刀身が空中を貫き、バーサーク・サーヴァントたちに殺到する。真っ先に対応したバーサーク・ランサーが大地から杭を壁のように生やして防御しようとするが、しかしバーサーク・サーヴァントたちは狂化によって思考が鈍っているために正常な思考ができていなかった。

 基本的に英霊の宝具とは多くともひとりの英霊に対して3つか4つほどしかないのが原則である。故に、彼らはエミヤが持つ〝固有結界から無限に投影宝具を生み出す〟などという魔術に気付かなかったのである。狂化がなければ瞬時に気付いたサーヴァントもいただろうが、狂化が仇となって対応が遅れてしまった。

 杭の防壁に突き刺さった無数の宝具。エミヤは躊躇いなくそれらが秘めた神秘を解放し、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を引き起こした。制御を失った神秘が爆炎として膨れ上がり、食らいついた杭の防壁を粉微塵に破壊する。領土ではない土地で出せる限界量まで防御に回していたために直撃は免れたが、それでも被害は免れ得ない。

 何しろ投影とはいえひとつひとつが超常の神秘を宿す宝具である。爆発と化した神秘の波濤はバーサーク・サーヴァントたちを呑み込み、その身体に傷を負わせた。さらに壊れた幻想の爆発によって大地が捲れ上がり、分厚い土煙が巻き上がる。

 だが、この程度ではジャンヌ・オルタの行動を阻害する要因とは成り得ない。例え視界を塞がれようと、ルーラーにはサーヴァント探知能力があるのだ。このまま攻撃のため迫ってこようと、ジャンヌ・オルタには対応してみせる自信があった。――次の瞬間までは。

 突如としてジャンヌ・オルタの視界に入ってきた土煙を裂いて奔る銀閃。あまりに唐突で気配すら感じなかったその攻撃を彼女は避けきることができず、飛来した刃が魔女の太腿の肉を抉り、質量に似合わぬ強い衝撃がジャンヌ・オルタを吹き飛ばした。そのまま何メートルか転がり、旗を地面に突いて停止する。

 そうして太腿に刺さったものを引き抜く。その武装に、ジャンヌ・オルタは覚えがあった。

 

「ぐっ……! これは、黒鍵!?」

 

 聖堂教会に所属する代行者たちの標準兵装である〝黒鍵〟。それがジャンヌ・オルタを襲った刃の正体であった。魔力で編まれた刃が消失し、残った柄をジャンヌ・オルタが握り潰す。だが、襲撃者の奇襲はそれでは終わらなかった。

 瞬間移動もかくやといった異常な速度で接近してきた敵がジャンヌ・オルタに対して回し蹴りを放つ。ジャンヌ・オルタはそれを旗を使って受け止めるが、衝撃を完全に相殺することができずに何歩か後退した。

 そうしてようやく視認して敵を見て、ジャンヌ・オルタが瞠目する。その様子を見て、襲撃者――遥が嫌な笑みを浮かべる。その姿は通常のそれではなく、宝具〝八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)〟を発動して龍神と同化した状態にあった。

 ジャンヌ・オルタにはその原理は分からなかったが、先の攻撃がただの目晦ましではないことは分かった。遥はエミヤに指示して発生させた壊れた幻想の神秘に紛れて宝具を使用することで、ジャンヌ・オルタたちに宝具使用を悟らせなかったのである。

 しかし、黒鍵でジャンヌ・オルタを吹っ飛ばしたのはその膂力によるものではない。ジャンヌ・オルタを吹き飛ばしたのは〝鉄甲作用〟と呼ばれる、埋葬機関に伝わる特殊な投法を見様見真似で模倣したものによるものであった。

 

「私にあんな武器を使うなんて……皮肉かしら?」

「ああ。皮肉さ!」

 

 嘲笑するかのような笑みを浮かべるジャンヌ・オルタに遥はそう言葉を返すと、左手で拳を放った。ジャンヌ・オルタはそれに対応して真正面から拳を受け止めるが、衝撃が骨を震わせる。

 なんだ、こいつは!? ジャンヌ・オルタが驚愕する。マスターである筈が自分が前線に立って戦い、あまつさえサーヴァントと対等に渡り合うなど。いや、筋力に関して言えば対等ではない。ジャンヌ・オルタの筋力ステータスはAだが、遥のそれはA+に匹敵するだろう。彼女が受け止められないのも道理であった。

 遥の放つ拳と叢雲の連撃を何とか回避しながら、ジャンヌ・オルタはバーサーク・サーヴァントたちの方に視線を遣った。可能なら援護をさせようとしたのだが、彼らは遥のサーヴァントたちと戦っているためジャンヌ・オルタの援護は不可能であった。

 

「戦闘中に余所見か。随分余裕だなッ!!!」

 

 そう言い放つと同時に遥は一歩飛び退き、間髪入れずに平突きを放つ。セイバーのサーヴァントかと見紛うばかりに正確な、ジャンヌ・オルタの心臓を狙った一撃であった。

 正確無比なその一撃にジャンヌ・オルタは舌打ちを漏らすと、腰に帯びた剣を引き抜いて振るった。遥の剣術とは異なり、不慣れな剣術ではあったがその剣先は叢雲の刃を捉え、軌道を逸らすことに成功する。

 戦争を経験した人間にしては不慣れな剣の扱いに遥は疑問を覚えたが、すぐにその理由に気付いた。伝承に曰く、ジャンヌ・ダルクは生前一度も腰に帯びた聖カトリーヌの剣を使わなかったという。故に剣の扱いに慣れていないのだ。

 対して遥は彼自身に才能があるうえ、叢雲に宿る記録を継いでいるために歴戦の英雄にも引けを取らない練度を誇る。慢心さえしなければ、剣を使った戦いではジャンヌ・オルタに負けはしない。

 

「セアァッ!!!」

 

 裂帛の気合を吐き出すと共に頭蓋を叩く激痛を意識から締め出し、叢雲を縦横に振るう。英霊の身体能力を以てしても正確に捉えきることが難しい、神速に迫る剣技。だがジャンヌ・オルタそれを旗を自在に操って防いで見せた。

 剣の扱いには慣れていなくとも、反転しているとはいえジャンヌ・ダルクである以上は旗の扱いはそれなりに熟練しているのだろう。叢雲よりも重量のある旗を絶大な膂力によって振るい、防御しつつもいつでも反撃できるように遥の動きを注視している。

 ハハッ――、と遥が獣のように笑う。折角この特異点の黒幕と思しきサーヴァントと出会えたのだ。こうでなくては面白くない。互いに命を削るような戦い。一方的に弄るのでは駄目だ。死線を潜り、心躍る殺し合いを演じ、その果てに一撃で屠る。それこそが――。

 

「ぐぁっ……!」

 

 獣に呑まれかけていた意識が正常に戻った瞬間に生まれた隙。それをジャンヌ・オルタは見逃さず、遥の胴に槍を叩き込んだ。宝具ではない槍の穂先は鱗を貫くことはなかったが、それでも衝撃は内臓を叩き遥が血を吐く。

 とても槍術などとは呼べないお粗末な刺突であったが、単純な刺突であるが故にジャンヌ・オルタの筋力がそのまま威力へと転換されていた。だが、遥はそう簡単に怯むことはなく、一矢報いらんと旗を掴んでそのまま押し返した。旗が押し返され、石突がジャンヌ・オルタの腹を叩く。

 互いに攻撃を喰らわせ、睨み合う。瞬間、ジャンヌ・オルタはまるで遥の瞳の奥、先に見たより奥にあるものを覗いたかのような奇妙な感覚に襲われた。ジャンヌ・オルタの黄金の瞳とは全く異なる漆黒の瞳の奥に、自分と同じ色合いを見出したのである。

 同時に彼女の胸中に去来した感情は、これまでジャンヌ・オルタが感じたことがない感情であった。決して良い感情ではない。むしろ憎悪よりもなおどす黒い何か。だがそれに名前を付けるより早く、遥が斬撃を放った。

 本来魔力の斬撃を放つために込める魔力を強引に刀身に圧縮して叢雲を振るい、ジャンヌ・オルタを斬り裂かんとする。しかしジャンヌ・オルタはそれを辛うじて避け、叢雲の刃が地面を叩いた。その瞬間に刀身に込められていた魔力が解放されて巨大な爆発を起こす。

 

(こいつっ……)

 

 もしも斬撃が当たっていれば、彼女の体内で今の爆発が起きていたということになる。そうなっていればジャンヌ・オルタの霊基(からだ)は跡形も残らず爆発四散していただろう。

 ぞわり、とジャンヌ・オルタの背筋を悪寒が撫でる。彼女が言えた話ではないが、確実に敵を殺しにきている。情けも容赦も、酌量の余地すらなく自分に敵対した相手を殺す冷徹な眼が、ジャンヌ・オルタを捉えていた。

 連続で放たれる斬撃を回避すべく後ろに後退するジャンヌ・オルタ。遥はすぐにロングコートの裏に装備した黒鍵の柄を抜き放つと魔力で刀身を編んで投げ放った。それを旗で弾こうとしたジャンヌ・オルタであるが、強い衝撃を受けて吹っ飛ばされる。またしても鉄甲作用。さらにその4連であった。

 

「このっ、代行者でもないクセに黒鍵なんて……!」

「悪いな。使えるモノは何でも使う主義でね……!」

 

 そう言って再び遥が投げ放った黒鍵を、今度は受けることはせずに避けた。遥の鉄甲作用は見様見真似の模倣であるが故に素のままでは埋葬機関のそれより威力が低いが、黒鍵に掛けた魔術によって衝突時の衝撃を数十倍に引き上げている。不意打ちであれば真祖すら吹き飛ばす攻撃を、サーヴァントが受けきれる筈もない。

 だが単純な投擲であるため、軌道さえ見切ってしまえば回避は容易い。事実、ジャンヌ・オルタはその軌道を見切って避けた。だが、次の瞬間に彼女は驚愕に見舞われる。

 

「――戻れ!」

「なっ!?」

 

 ジャンヌ・オルタが避けたことで地面に突き刺さる筈だった黒鍵はしかし、そのまま突き刺さることはなかった。遥の一小節(シングルアクション)の詠唱によって黒鍵に仕込まれた魔術が作動し、黒鍵が空中で向きを変えてジャンヌ・オルタの方に戻ってくる。

 今度は鉄甲作用による攻撃ではないため弾くのは容易かったが、黒鍵の飛来に合わせて遥は地を蹴り、叢雲の刃をジャンヌ・オルタに浴びせんとする。自在に操作できる遠隔攻撃との挟撃。だが、それを甘んじて受けるジャンヌ・オルタではない。

 舐めるな! ジャンヌ・オルタが咆哮し、旗を振るって黒鍵を弾くと同時に遥の方に向けた左手から恩讐の炎を放つ。まさかそんな攻撃をしてくるとは思わず、遥が咄嗟に踏みとどまって後退する。そこへ、ジャンヌ・オルタは追撃を放った。

 剣の刀身に魔力を込めると、それに呼応するようにして虚空に魔力が収束して漆黒の槍を作り上げた。突如頭上に現れた槍を遥は迎撃しようとするが、既に遅い。ジャンヌ・オルタの号令によって落下した槍が、鱗を越えて遥の身体を抉る。

 

「ちいぃっ!」

「アハハッ! まだよ! 私の炎で焼き殺してあげるわ!」

 

 ジャンヌ・オルタは高らかに笑い声をあげ、連続で遥に向けて炎を放つ。それもただ無造作に放つのではなく、遥が迫ってくるのを防ぐために炎を壁のように展開して放っていた。

 そのため遥は被弾を避けながらジャンヌ・オルタに接近することができず、ただジャンヌ・オルタが放つ炎を避けるだけの恰好になった。時折黒鍵を投擲したい叢雲から魔力斬撃を飛ばして攻撃するが、ジャンヌ・オルタはそれを魔力槍で迎撃してみせる。

 その状況に、遥が宿した龍神が怒りを募らせる。その怒りは努めて冷静でいようとする遥にまで作用し、遥の視界が次第に黒く染まっていく。ただその中で、敵であるジャンヌ・オルタだけが紅く染まって見えるのは、こいつを狙えという龍神の意思だろうか。

 食いしばった口の端から、獣の唸り声が漏れる。そうして動きが鈍ったことで飛来した槍の一撃を喰らった一瞬、獣の意思が遥の身体を乗っ取った。

 

「このっ……舐めるなァ!!!」

 

 獣の咆哮のような叫びを漏らして遥が大地を蹴ると、あまりの力で地面が陥没した。そのまま弾丸のような速度で飛び出す遥。その視界に映っているのは敵であるジャンヌ・オルタのみ。

 そのせいで、遥は直前までそれに気づかなかった。ワイバーンの大群を引き連れて空より現れた闖入者が召喚したのは超質量の何か。ジャンヌ・オルタを襲撃する匹夫を押し潰す勢いで解放されたそれに寸でのところで気付いた遥は咄嗟に飛び退き、何とかスクラップになるのを回避する。

 完全な奇襲によって冷や水を浴びせられたことで意識を取り戻した遥が落下してきたものを見上げる。優に遥の身長の10倍はあろうかという汚い青色をした烏賊のようにも見える怪物。海魔とでも言うべきものであった。それはどうやら沖田たちの方にも召喚されたらしく、驚愕の声が聞こえてくる。

 解放された海魔は遥を得物と見定めたのか、その巨大な触手で遥を絡め取らんと襲い掛かってくる。だがそれよりも遥の意識を引いたのは、頭上から飛んできた甲高い声であった。

 

「おお、ジャンヌゥ! 我が麗しの聖処女よぉ!」

「……なんだ、アイツ」

 

 襲ってくる海魔の触手を切り飛ばしながら遥が見上げた先にいたのは、奇妙な出で立ちをしたサーヴァントであった。遥や、下手をしたらエミヤよりも高い痩躯をローブで覆い、手には宝具、そして海魔を召喚・使役しているものと思しき魔導書を携えている。

 何よりも強烈なのはその顔だ。決して崩れてはいない、むしろ端整な顔立ちをしていたのだろうに、まるで出目金のように突き出した血走った眼球がひどく凶悪な印象を抱かせる。顔色は非常に青く、人の血が通っているのかさえ怪しいほどであった。カブトガニか何かか……? 遥が思わず呟く。

 だが彼もサーヴァントであるからには何の目的もなしにここに馳せ参じた訳ではないのだろう。恐らくはキャスターと思しき英霊は次々に僕たる海魔を召喚しつつ、ジャンヌ・オルタの前に降り立って騎士の礼を取った。

 

「何をしに来たの、ジル! 私はまだアイツを……」

「恐れながら、ジャンヌ。ここはお退き下さい」

「何を言っているの? 聖杯を所有する者に敗北はあり得ないのでしょう?!」

 

 そう言ってなおも遥と戦おうとするジャンヌ・オルタを、キャスター――ジル・ド・レェは視線だけで押し留めた。ジャンヌ・オルタは彼に一定の信頼を置いていると見えて、それ以上は何も言わない。

 今は滅ぼす側に回ってはいるが、キャスターとて生前はこの国の元帥にまで上り詰めた男である。サーヴァントのスキルとして保有する精神汚染と聖杯に付与された狂化に食われてなお、その戦術眼は曇ることはない。むしろジャンヌ・オルタが傷つけられたことで怒りを通り越した感情は、キャスターに常以上の冷静さを与えていた。

 この戦闘で長時間の劣勢に立たされていたのは、何もジャンヌ・オルタだけではない。ジャンヌ・オルタが召喚したバーサーク・サーヴァントたちもまた数で劣る遥のサーヴァントたちに対して劣勢に立たされていた。歴戦の英雄たちは、狂化に侵されて狂った英霊たちの攻撃など受け付けないのだろう。

 恐らくこのまま戦っていたのではいずれバーサーク・サーヴァントたちは殲滅され、ジャンヌ・オルタも獣と化した敵マスターに食われてしまう。キャスターにはそれを確定した結末と受け入れることができるほど冷静になっていた。

 そして戦術眼においてキャスターに劣るジャンヌ・オルタは彼の進言に従う他なかった。舌打ちを漏らすと、バーサーク・サーヴァントたちに撤退の指示を出す。狂化した英霊たちもマスターの指示には従うと見えて、一瞬で戦闘を切り上げると霊体化して撤退する。

 

「逃がすか……!」

 

 エミヤは黒弓と矢の形に変えた剣を投影すると、ワイバーンに乗って空を飛ぶジャンヌ・オルタに向けて撃ち放った。正確無比かつ強力な一撃はしかし、途中で割って入ったワイバーンに阻まれる。

 遥たちが海魔を殲滅した時には既に空に魔女たちの姿はなく、村にはワイバーンと海魔の骸が転がるばかりであった。

 

 

 

「くっ……! あの男ッ……!」

 

 ジャンヌ・オルタたちが根城としているオルレアンの城。その廊下で、ジャンヌ・オルタは憤怒の籠った声でそう呟いた。

 フランスと人類史を滅ぼさんとするジャンヌ・オルタたちが襲撃をした先の村にいたあのマスター。サーヴァントに後ろで指示を出すのではなく、暴走の危険を冒してまで自ら戦う男。そして、初めてジャンヌ・オルタに敗走の屈辱を味あわせたあの怨敵。

 ジャンヌ・オルタは自分がどのような存在であるか自覚していないが、それでも彼女自身が戦闘慣れしていないことは自覚していた。剣は持ってこそいるものの剣術などからっきしであるし、旗による槍術も得手という訳ではない。それでも、人間如きに負けることはない。その筈だったのだ。

 あの男はただの人間でありながら無理を通してまでサーヴァントであるジャンヌ・オルタを圧倒するだけの力を有していた。思い返してジャンヌ・オルタは不意に、あの男に対する感情で憤怒以外のものがあることに気付いた。

 思い返せばそれはあの時に抱いたものだ。まるで相手の瞳の奥を覗いたかのような感覚に陥った時、彼女は確かに見た。彼女の根幹を成すものと同じ――()()()()()()()()を。それを自覚した瞬間、気付いたその感情の名前にジャンヌ・オルタが震える。

 

「これは……恐怖? 私は、あの男を恐れている?」

 

 その恐怖はサーヴァントに匹敵する力を持つことに端を発するものではない。それならば今更自覚するまでもなく戦闘中に気付いていた筈だ。故にその恐怖は遥の人外じみた強さではなく、その精神に由来する。

 駄目だ。考えてはいけない。ジャンヌ・オルタはそう自分に言い聞かせて自制しようとするも、時すでに遅し。答えは出ていた。要はジャンヌ・オルタが恐れているのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 ジャンヌ・オルタとあまりに酷似していながら、彼女には絶対にできない在り方。あれだけの憎悪を抱いていながら復讐に走らないのは、最早歪んでいるとしか思えない。そもそも、人類愛など皆無なのにどうして人類を守るために戦うのか。

 しかし、彼女はその感情を認めない。認めればその瞬間に何かが崩れ去ってしまうことを本能的に知っているのだ。

 

「……ッ、ふざけるな! 私は恐怖してなどいない! しているものかッ!」

 

 怒りのままにジャンヌ・オルタが城の壁を殴りつけ、壁が陥没する。それでもなお収まりきらないその憤怒は憎悪を呼び、彼女の復讐対象に遥の存在が追加される。

 そもそもその思考自体が、恐怖でも憎悪でもない感情を源泉とするものには気付きもしないまま。




不意打ちでアルクェイド吹っ飛ばせた鉄甲作用なら、当たればサーヴァントも吹っ飛ばせるんじゃないかなって。

八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)使用時の遥のステータスはこんな感じです。
筋力:A+ 耐久:B 敏捷:C 魔力:A++ 幸運:E 宝具:EX
(耐久、敏捷は時間経過と共に上昇)
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