Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
そよ風に草木が揺れ、獣の咆哮が響く真夜中の森。中世故に遠くを見ても街灯の明かりはなく、月明りのみが降り注ぐ世界を、遥は木の上から眺めていた。
ジャンヌ・オルタたちによる村の襲撃に遭遇してから数時間。遥たちは人里から少し離れた場所にある森の中でキャンプを張り、夜を越す準備を完了させていた。それにあたって必要になったものは全てエミヤによる投影品である。
魔女の襲撃を退けてから今に至るまで、遥たちはひと時も休まる暇などなかった。キャスターたるジル・ド・レェが放った海魔を駆逐し、ジャンヌ・オルタたちの撤退と追撃がないことを確認した後は逃げていった村人たちを別な村に避難するまで護衛。それが終われば可能な限り多くの村を回って情報収集などにあたった。
しかし情報収集とは言うものの、村と村の間がそれなりに離れているうえに見付けた村が既にジャンヌ・オルタの襲撃を受けてワイバーンや
ハァ、と遥がため息を吐く。一日中動き回ることは世界を旅している間に何度もあったが、行く先々で戦闘になったのはこれが初めてである。一戦一戦の疲労は死徒と戦うに遠く及ばないものの、何度も続けば疲れるものは疲れる。改めてサーヴァントの有難みを感じさせられた。
思えば、遥はこれほど多くの味方と共に戦ったのは初めてのことであった。旅をしている間に封印指定執行者や第八秘跡会、埋葬機関と協力することはあったものの、彼らを味方と言えるかは怪しい。もしも遥が全力を出していればすぐに敵に変じていた相手であるのだから、味方というよりは協力者に近いだろう。
遥が腰かけている枝が生えているのは、この森の中で最も背の高い木である。その高さは相当なもので、遥がいる場所は一番上ではないのにかなり先まで見渡すことができた。さらに上に遮るものもほとんどないため、美しく輝く月を見上げることもできる。特に脅威も感じないために少し気を抜いて月を見つめていると、不意に頬を突かれた。
「ハルさんっ」
「沖田? どうしたんだ? 交代の時間はまだだったと思うが」
遥がそう問うと、沖田は少し早く目が覚めてしまいまして、と笑いながら言い、遥が強化魔術を掛けて補強した枝に登った。
遥たちがキャンプを張った場所は遥が空間に封印をかけたうえにタマモの呪術による結界を張っているとはいえ、強力なサーヴァントに攻撃された場合に防ぐほどの力はない。夜中にジャンヌ・オルタの攻撃がないとも限らない以上、見張りは必要だった。
その順番を決める際に沖田たちはサーヴァントたちだけで順番を決定しようとしたのだが、遥は半ば我儘を通すようにして持ちまわりを決定したのだ。いくらサーヴァントに睡眠が必要ないとはいえ、彼らが睡眠をとることに意味がない訳ではない。利益がある以上、遥としてはなるべく休息を取って欲しかったのである。
休息の重要性という意味では遥もそう変わらないが、意識解体の魔術を使えば短時間の睡眠である程度は回復できる。当番の時間が終わった後に普通に眠れば、身体の疲労も取り除くことができるだろう。ならマスターだからといって優遇されるというのは、遥の性格上あり得なかった。サーヴァントはマスターからの魔力供給なしでは現界できないが、マスターはサーヴァントなしでは戦えない。互いに互いへの恩があるなら、遥にとってこの両者は対等だ。
遥は自然にポケットから袋を取り出すと、その中に入れていたものを2枚取り出した。
「沖田。これ食べるか? ワイバーンの干し肉だけど」
「いただきます。……いつ作ったんです?」
「夕飯の後だよ。少し肉が余ってたからさ」
通常は干し肉を作るにはそれなりの時間がかかるが、魔術を使って細工すればかなり時間を短縮できる。これは何も気まぐれで作ったものではなく、食糧難のカルデアである程度食料を温存できるように考えてのことであった。
幻想種の肉を調理するなど現代の生まれである遥には初めてのことであったが、肉の特徴さえ分かってしまえば調理は簡単であった。恐らくワイバーンはジャンヌ・オルタによって召喚されたものであろうが、奇しくも敵が生み出したものが自分たちに益を齎した形になったのである。
だが、持ち運びが可能であるのはあくまで遥たちが手に持っていける量までだ。エミヤに何か入れ物になるものを投影してもらえば十分な量を運ぶこともできるかも知れないが、あまり多くの投影は魔力の無駄になる。
何であれ、現状で最大の問題は敵戦力の把握よりも食料や水の安定的な供給であろう。腹が減っては戦はできぬという。折角敵の全容を掴めたとしても、その時に戦えなくなっているのでは意味がない。
他愛のない会話を沖田をしながら形だけの見張りを続けていると、不意に沖田の表情が曇った。
「なんだ、急にそんな顔して。どうかしたのか?」
「……ハルさんは、優しいですよね。こんな、人斬りの私とも気安く接してくれて」
沖田のその言葉は遥の問いへの答えではなく、独白めいた響きを以て遥の耳に届いた。遥がを召喚してからずっと明るく振舞っていた沖田が初めて見せた暗く沈鬱な表情。それが、遥の意識を夜の世界から沖田に向けさせて放さない。
平時は明朗快活な性格をしている沖田だが、一度戦闘になれば冷徹な人斬りになることは遥も知っている。だがだからといってそれを完全に沖田が受け入れているのかと言えば、それは否だろう。
恐らく沖田は自分が人斬りとして人生を終えたことを後悔はしないだろうし、それ以外に人生があったのではないかと自分の人生を否定することもない。しかし彼女は人斬りとしての感性があると同時に一般的な感性も持ち合わせているが故に、人斬りがどのようなものであるかを知っているのだ。
確かに人斬りというのは何も知らない人々にとっては忌避の対象となるものだろう。人斬りとはすなわち人を斬ることを生業とする者、要は殺し屋に近い存在だ。けれど、そんなことは遥にとって軽蔑や忌避の要因とは成り得ない。
フン、と遥は鼻を鳴らすと咎めるように、俯く沖田の額を小突いた。
「別に俺は人斬りだからって軽蔑するようなことはしねぇよ。考えようによっては俺も似たようなモンだしな」
「似たようなもの……?」
「あぁ。今まで俺は結構な数の魔術師やら死徒やらを斬ってきたからさ。数は沖田には及ばないケド」
おどけるような調子でそう言う遥であるが、その眼にはふざけた色合いはなかった。
程度の違いはあれど、遥もまた人間を斬っている。例えそれが無辜の人々を食い物にする悪鬼外道の明白なる悪だったとしても、その事実だけは変わらない。そもそもその悪を決めたのは遥であり、彼らにとっては正義を執行していたに過ぎない。
別に遥は『正義の味方』に憧れた訳ではない。ただ遥が人々を食い物にするような奴が嫌いで、彼に関わってきた魔術師にそういう魔術師が多かったに過ぎない。『正義の味方』というよりは『悪の敵』という方が近いだろう。
それでもまだ納得のいかなそうな沖田に遥は苦笑を零すと、桜色がかった白髪を優しく何度か叩いた。
「ま、それ以前にお前はこんな俺の召喚に応えてくれた。好意的に接する理由なんてそれで十分だろ」
そう言って、遥は自嘲的に笑う。頭を撫でられるという、全く慣れないことに頬を紅潮させていた沖田であるが、遥のその表情を見て頬の朱は退き、遥の顔をおずおずと覗き込む。
『こんな俺』などと自らを卑下する遥であるが、沖田にとって遥は不満という不満を感じないマスターであった。英霊とはいえ所詮は使い魔でしかないサーヴァントと対等に接し、英霊だから反英霊だからと区別することはない。頑固すぎるのが玉に瑕だが、どんな人間にも短所はある。
だが沖田には、遥が自分自身を卑下する理由に心当たりがあった。遥の漆黒の瞳の奥に宿る得体の知れないどす黒い何か。恐らくそれは、同じものを抱いているものでしか正体に気付くことはできまい。遥の内から湧き出たものなのであろうそれは、彼の精神の底に堆積してそれを歪める原因になっている。
沖田がそれを探るように遥を見ていると、それが気恥ずかしかったのか遥が視線を逸らした。自分のマスターがとことん女性に対して耐性のないマスターであることは沖田も承知していたが、無意識の行動であったため仕方がなかろう。
「召喚と言えば……沖田が呼びかけたら応えてくれそうな奴っているか?」
「新撰組の隊士なら大抵は応えてくれると思いますよ。あとは……ノッブくらいですかねぇ」
「ノッブ? ……まさか、織田信長?」
まさかと思いながら遥が問うと、何事でもないかのように沖田が首を縦に振った。どうして江戸時代を生きた沖田と安土桃山時代を生きた信長に縁があるのかと一瞬疑問に思った遥であったが、すぐに平行世界の聖杯戦争で出会ったのだろうと結論付ける。
沖田曰く、信長は極めて強力なサーヴァントであるらしい。神秘を多く内包する相手に対しては絶対的な優位を取ることができ、沖田のような相性の悪い近代のサーヴァントに対しても互角以上に立ち回ることができる。クラスはアーチャーで、大量の火縄銃による物量戦法を得意とするらしい。
弓兵を意味する筈のアーチャーが火縄銃を使うことには、遥はあえて突っ込まないでおいた。遥のサーヴァントのひとりであるエミヤは弓を使うが、その本質は無限に剣を内包した固有結界である。そんなアーチャーもいるのだから、今更火縄銃を使うと言われても遥は驚かなかった。
加えて、実は女性であると言われても最早突っ込む気すら起きない。アーサー王と沖田総司が女性であったのだから、もう誰が女性として現れても驚かないという謎の自信が遥にはあった。遥が気になったのはそこではなく、むしろ沖田の様子だった。敵対した筈の者を語るにしては、沖田の様子はあまりに楽しげであった。
「仲、良かったのか?」
「え!? まぁ、悪くはないと思いますが……」
でも、帝都では酷いめに遭わされたんですよね、と沖田が微笑する。それでも悪いイメージがそれほど口から出てこないところを見ると、その聖杯戦争では協力関係にあったのだろう。
或いは新撰組の隊士を召喚すれば沖田と併せて連携を期待することもできよう。基本的に新撰組は連携ではなく隊別の役割を個人で果たすようなイメージが強いが、それでも新撰組以外のサーヴァントと組ませるよりは容易だ。この場合カルデアが屯所になる未来しか見えないが、それも一興である。
何であれ、戦力の増強は良いことである。
そうして勝手に遥が新しいサーヴァントの召喚候補を脳内でリストアップしていると、不意にロングコートの袖口を沖田が掴んだ。
「ハルさん。……これから先、どんなサーヴァントを召喚したとしても、私を見捨てないでいてくれますか……?」
遥を見つめる沖田の瞳が不安に揺らぐ。それを見て、遥が息を呑んだ。
伝承に曰く、沖田総司は結核の悪化により最期は刀が振れないほどにまで衰弱していたのだという。それ故に沖田は最後まで新撰組の仲間たちと共に戦うことができず、近藤が戦死したことも知らされないまま死んだという。
つまり、沖田は恐れているのだ。自分の『病弱』が悪化するか、或いは自分よりも強いサーヴァントが何人も召喚されるか、要因はいくらでも考えられるが最後まで戦えないままに終わってしまうことを。
沖田自身、自分がお世辞にも強力なサーヴァントとは言えないサーヴァントだという自覚があるのだろう。彼女が『最強無敵』であるのはあくまで剣術の範囲内であって、ステータスで言えばとても最強無敵などとは言えない。それは紛れもない事実だ。
加えて『病弱』である。沖田自身ですら発動が抑制できないこのスキルは、戦闘においてこの上なく邪魔になるスキルだ。発動のメリットなど存在せず、むしろデメリットしか存在しない。数多のサーヴァントを従えるマスターにとっては、それだけで沖田を切り捨てる要因に成り得る。
しかし、それでは筋が通らない。遥は袖口を掴む沖田の手を取ると、その手を見つめたまま答えを返す。
「見捨てねぇよ。助けを求めたのは俺の方なんだ、勝手に切り捨てるなんて筋が通らねぇ。……だから、その、なんだ。最後まで着いてきてくれると嬉しい」
「ご安心ください! ハルさんの行く所、たとえ地の果て水の果て、冥府の果てまでお供しますとも!」
胸を張ってそう言う沖田に、そいつはありがてぇな、と遥が微笑する。
遥はあまり良い対人関係を構築するのは得意ではないが、それでも誰かを信頼できない男ではない。自分の信頼が一方通行ではなく相手からも信頼されていると分かるのは、純粋に嬉しさを感じていた。
何故か急におかしさがこみ上げてきてふたりが笑みを漏らす。その時不意に遥が通信機に眼を遣ると、現代時間は既に見張りを交代する時間になっていた。それを認識した途端に遥の意識を眠気が襲い、欠伸が漏れる。
後は頼むと言ってから木の枝から跳び下りる遥。その遥を、沖田が呼び止めた。
「おやすみなさい、ハルさん」
「……! あぁ。おやすみ、沖田」
翌日。ワイバーンの肉と野草、森から採ってきたキノコだけの朝食を終えた遥たちは一路、リヨンという街を目指して街道を歩いていた。本来ならば早急に立香たちと合流して戦力の増強を図るのが得策なのであろうが、そうしなかったのには理由がある。
無論合流してないとはいえ、遥が立香たちの状況を把握していない訳ではない。彼らが今どういった状態でどうしているのかは全て、昨夜のうちにロマニから聞いて委細承知済みである。
立香と遥。ふたりのレイシフト予定位置はほぼ同じ座標に設定されていたのだが、実際レイシフトして現出した地点は互いに視認できないほどに離れていた。それでも合流できない位置ではなかったらしいのだが、そうならなかったのは単純に遥が連絡を待たずして動いてしまったためである。
立香たちも最初は合流しようとしたらしいのだが、遥たちと同じように情報収集を優先しているうちに竜の魔女――ジャンヌ・オルタが使役する敵性体に襲われているフランス軍の砦を発見。さらに応戦中、偶然にもサーヴァントとして召喚されていたジャンヌ・ダルクと遭遇した。
だがそのジャンヌはサーヴァント、クラス『ルーラー』としての権限と能力の大半を損失しているうえに何の原因によるものか〝サーヴァントの新人〟のような状態であるらしい。なんとも奇妙な話だが、遥が気になったのはそこではなかった。
本来マスターを必要とする筈のサーヴァントがマスターなしで顕現している。これの原因をジャンヌは聖杯を手にしているサーヴァントへのカウンターとして、聖杯そのものが召喚したと推測したそうだ。遥が気に留めたのはそれである。ジャンヌの推論が正しいものだとするなら、召喚されたのがジャンヌだけとは限らない。そして、遥はそれに心当たりがあった。
昨日情報収集をしていた際に聞いた、『リヨンという街に魔女の軍勢から人々を守る、大剣使いの騎士がいた』という噂。それが本当ならばその騎士は間違いなくサーヴァント、それもジャンヌ・オルタに対抗するサーヴァントであろうと考えたのだ。立香たちに行ってもらっても良かったのだが、遥たちの方がリヨンに近い。
敵襲に遭っても対応できるように最大限の注意を払いながら街道を進む。そのうちに、傍らを歩いていたエミヤが前方を指した。
「見えてきたぞ、遥」
「あぁ。……全員、注意を最大限にしろよ。最悪、入った瞬間に蜂の巣ってこともあるかも知れねぇ」
遥の言葉に、全員が頷きを返した。遥が再確認せずとも、既に全員がその可能性を考慮している。件の騎士とやらは確実に生存しているとは言い難く、街はもう壊滅していることは確定しているのだ。残存戦力がいないとも限らない。
奇襲にも対応できるようにそれぞれが得物を構え、街を囲うように建設された城壁の入口から街へと侵入する。そうして視界に入った光景に、全員が表情を陰らせるも最早慣れたと瞬時に平静を取り戻す。
有り体に言えば、リヨンの街は壊滅状態にあった。情報収集中に赴いた他の街や村と同じように完膚なきまでに破壊しつくされ、そこかしこにリビング・デッドやワイバーン、骸骨兵が蔓延っている。
獲物を発見して襲ってくる化生たちを、サーヴァントたちと遥は苦も無く屠る。リビング・デッドは元々はこの街に住んでいた人間ではあるが、こうなってしまってはもう救いようがない。躊躇わず、過つことなく、一息でその首を斬り落とす。
酷いことを、とは思う。けれど、どうしてこんなことを、とは思わない。これはジャンヌ・オルタが内包する憎悪のままに行っている復讐だ。その復讐の相手がフランスそのものである以上、フランス国民を鏖殺にするのは当然のことである。
考え事をしていながらも、遥の剣技の冴えは些かも曇ることはない。そうして敵性体の掃討が完了しようかという時、遥たちの頭上から声が飛んできた。
「ああ……君たちは〝
「!? ――サーヴァント!?」
今の今まで気配に全く気付かなかったということは、相手はアサシンだろうか。身長は遥やエミヤと同じ程度。顔の半分を仮面で覆っており、その手は人間のものとは思えないほどの異形と化した鉤爪が生えている。
真名は不明。その視線はエミヤたちを従えるマスターである遥に向けてのみ注がれ、肌で感じるほどの殺意を放射している。けれど必死に自分を律しているのか、立ち居振る舞いから殺意は感じられない。
だが、この場にいるということはまず確実にジャンヌ・オルタが召喚したバーサーク・サーヴァントの類であろう。遥が叢雲を構えたままでいると、アサシンが口を開いた。
「然様。人は私を―――なッ!?」
遥が漏らした警戒の言葉に対して名乗りをあげようとしたアサシン。しかし、アサシンの言葉が最後まで放たれることはなく、故にアサシンの真名は遥たちに知られるより先に虚空へと溶けた。
踏み込みの音が鳴らず、殺気すらも完全に押し殺した襲撃者――沖田が瞬きする暇もなくアサシンの眼前に現れる。沖田の姿を視認したアサシンは咄嗟に胸の前で腕を交差させて防御しようとするも、既に勝敗は決していた。
無防備なアサシンに対して放たれた銀閃はまさに、獲物を狩る肉食獣の牙が如く。仙術の領域に迫る縮地から続けて放たれた刺突はアサシンの腕を斬り飛ばし、鳩尾に一撃を叩き込む。
だがアサシンの防御は完全な無意味ではなかったようで、乞食清光の切っ先はアサシンの心臓を抉るには至らなかった。刺突の衝撃を受け止めきれなかったアサシンが仰向けに倒れる。
「この……! 私が名乗る前に」
沖田の奇襲に、抗議の声をあげようとしたアサシン。しかし、沖田はそれを待たなかった。沖田は両腕を失って仰向けに倒れたままのアサシンの胸を踏みつけて固定すると、一息でその首に刀を振り落とした。
乞食清光の刃はアサシンの首へと吸い込まれるようにして振り落とされ、一瞬にしてその首と胴体を切り離した。宙を舞うアサシンの頭部と脱力した胴体から鮮血が迸り、沖田に降り注ぐ。
袖無しの着物から露出した腕をアサシンの鮮血が滴り、健康的な朱を帯びた頬を生々しい赤が上塗りする。まさしく〝人斬り〟を体現したかのような、その姿。それを、遥は――〝美しい〟と思ってしまった。
忘我のままに沖田を見つめていた遥だが、しかし沖田と視線がぶつかった途端に意識を取り戻し、平静を取り繕った。
「突然敵が現れた時は驚きましたが、立ち合いの最中に名乗るような莫迦で助かりましたね」
「あ、ああ。そうだな」
沖田の言葉に遥は一瞬だけ戸惑った様子を見せたが、沖田が屋根から降りてくるとポケットから出したハンカチで顔にかかった血を拭った。沖田の攻撃にタマモは「うわ、沖田さん容赦ねぇ」と呟き、エミヤは実に合理的だとばかりに頷いている。
実際、戦いの最中に名乗りをあげるのは相手に攻撃の隙を与える行為に等しい。相手が騎士や武士であれば互いに名乗りをあげてから立ち合いに臨むのだろうが、生憎と遥たちはどちらでもない。一撃で殺せる隙があるのなら、相手が名乗りをあげている最中であろうと攻撃する。今回はただ沖田の行動が最も早かっただけで、仮に彼女がやらずともタマモかエミヤが行動に出ていただろう。
一秒でも隙を見せれば、その間には殺されている。遥は改めて、自分が置かれている戦場がいかに過酷なものであるかを認識した。同時に、一般人である立香にどれほどの重荷を背負わせてしまったのかも。
できれば立香にはあまり戦場の血臭は感じてほしくはないが、それではいけない。どれだけ遥が無理をしようと、彼も同じ戦場にいるのならいつか同じものを体験する。遥はある種戦う覚悟よりも辛い〝戦わせる覚悟〟を再度決めると、左腕に巻き付けた通信機を指で何度か叩いた。
数度のコール音の後、通信が繋がった音がする。
『こちらカルデア。どうしたんだい、遥君?』
「ロマン。この街の中にサーヴァントの反応はないか? どれだけ微弱でも構わないんだ」
遥がそう要請するとロマニはちょっと待ってね、と言ってすぐにサーヴァントの探知機能を起動させた。すると非常に弱いが、街の中にある城の内部からサーヴァント反応が検出される。
微弱なサーヴァント反応。それは英霊として非常に格の低い英霊が召喚されたというよりも、死にかけで何とか踏みとどまっていると考える方が適切だろう。遥はロマニに一言礼を言って通信を切ると、サーヴァントたちに急ぐぞと呼びかける。
道中に蔓延る怪物たちを退けながら、街の端にある城へと走る。その城もまたワイバーンによる襲撃を受けたと見えて、至るところが崩壊して完全な廃墟と化していた。遥たちは正面の入口から城内へ侵入すると、瓦礫を退けながらさらに奥へと進んでいく。
そうして、件のサーヴァントは遥が思っていたよりも早くに見つかった。城の最奥、明かりとなる蝋燭がない状態では暗視の魔術を使わなければ先が見えないほどの暗闇に、ひとりの男が壁を背にして立っている。纏う銀色の鎧は火炎の煤に汚れて黒く霞み、露出した身体には痛々しい傷が刻まれている。
しかし英雄であるだけあって手負いであってもその眼光は鋭く、近づいてくるもの全てを叩き切らんという戦意を放射して遥たちを睨んでいる。
「まったく次から次へと……!」
「待て、落ち着いて欲しい。俺たちは別にアンタを害そうとは思っていない」
「なに……?」
こちらに敵意がないことを示すために両手を挙げてそう言う遥を、セイバーはしばらく何も言わないまま睨みつけていたがしばらくして本当に遥たちに敵意がないことが分かったのか、大剣の構えを解いた。
信頼されてはいないまでも、どうやら敵ではないとは分かってくれたらしい、と緊張が解かれた遥が溜息を吐く。もしもセイバーが話を聞かずに襲い掛かってきたとしても手負いのサーヴァント1騎に負ける道理はないが、できれば戦闘は避けた方が良いものだ。
取り敢えずはエミヤに皿を投影してもらい、そこらに転がっている木屑に魔術で火を点けて即席の照明にすると、遥はセイバーを座らせた。セイバー自身、相当な傷を負っているために立っているのも辛かったと見えて、脱力したまま壁を背もたれにして座り込む。
まずは自己紹介からと遥が話の口火を切ると、思いのほかセイバー――ジークフリートは容易に口を開いた。曰く、彼はジャンヌと同じくマスターもなしに召喚されて彷徨っていたところこの村が襲撃されているのを目撃し、居ても立っても居られず防衛。しかし複数人のサーヴァントに襲われては対抗できず敗北を待つばかりであったところ、そのうち1騎が匿ってくれたのだという。
「事情は大体分かった。……だが、その助けてくれたサーヴァントとやらは治療はしてくれなかったのか? 正直、生きてるのが不思議なレベルの傷だぞ、これ」
「しなかったのではなく、できなかったんだ。俺に掛かっているのは不治の類の呪いでな。相当に高位のサーヴァントでなくては解呪もままならない」
ジークフリートの言葉を聞き、遥がふむと唸る。試しに遥が解析してみれば、確かにジークフリートには複数の呪いが複雑に絡み合っていた。これではたとえ聖人のサーヴァントがいたとしても、ひとりだけでは解呪できまい。
だが、この場でその呪いを解呪できるサーヴァントに遥は心当たりがあった。
「タマモ。ジークフリートに掛かってる呪い、解呪できるか?」
「呪いですか? どれどれ。……はい! コンな呪いを解除する程度、朝飯前ですとも♪」
「本当か!」
思った通り、と遥が笑みを見せる。タマモは聖人の類ではないが、呪術の
タマモが呪符を取り出してジークフリートに翳し、その唇が詠唱を紡ぎ出す。遥もとある事情から呪術には相当精通してはいるが、その遥でも理解が追いつかない神代の呪術。まさに神代を生きた化生のみが可能とする神域の具現であった。
しばらくしてジークフリートを犯していた呪いのほとんどが解呪できたのか、並行して遥が施していた治癒魔術によって少しずつ傷が塞がり始めた。そして、タマモが全ての呪いを解き終えた直後に治癒も完了し、ジークフリートが万全の状態へと戻る。
治療を望んだジークフリートであるが、本当にたったひとりで幾重にもかけられた呪いを簡単に解いてしまうのは流石に意外であったようで立ち上がって軽く大剣の素振りをすると驚愕とも安心ともつかない表情を浮かべた。
「すまない……迷惑をかけてしまって本当にすまない……。
だが、力になることはできるだろう。君達は竜の魔女と戦っているのだろう? なら、俺も同行させてはくれないだろうか」
「そいつぁ、願ってもない提案だ。こちらからも頼む。俺たちに協力してくれ、ジークフリート」
遥がそう言うと、ジークフリートが無言で頷いた。友好の証明として遥が手を差し出してジークフリートがその手を握り返し、接触によって仮契約が結ばれる。遥から通じる魔力
竜殺しの逸話を持つサーヴァントであるジークフリートは、竜種の対して絶対的な優位を取ることができる英霊だ。おそらく彼の宝具たる〝
しかし、これではまだ足りない。いくらジークフリートが強力極まる
いっそこのままフランス中のはぐれサーヴァントに協力を申し入れてみるのもありかも知れない、と遥が今後の方針を決めようとしていると、通信機からコール音が鳴り響いた。
「どうした、ロマン。何かあったのか?」
『遥君! すぐに立香君の救援に向かってくれ!』
遥に対して有無を言わせない、焦燥がありありと感じ取れるロマニの声音。遥はロマニを落ち着けさせようとも考えたが、しかしその声音からただならぬものを感じてそれを躊躇った。そんな遥の様子を知って知らずか、ロマニはさらに言葉を続ける。
『
ロマニのその報告に、その場にいた一同に緊張が走り、揃って瞠目する。ファヴニール。ニーベルンゲンの歌において、ジークフリートによって討たれた邪竜。恐らく竜種というカテゴリにおいて、かの悪竜を凌駕するものなど数えるほどしかおるまい。
反射的に遥がジークフリートに視線を遣る。その視線を、ジークフリートは確かな闘志と使命感を内包した眼で受け止めた。
「どうやら、早速俺の出番のようだな」
ジークフリートの言葉に、遥が頷きを返した。
前回、遥の宝具使用時のステータスを出したので今回は遥の能力をサーヴァントのスキル風に。
天賦の見識:B 直感:B
調理:EX 料理の上手さを示すスキル。遥は相当に料理が上手いが、未だに発展途上であるためランクEXになっている。
無空:D 遥は天叢雲剣に刻まれた記憶を自己に投射することで英霊に匹敵する剣技を振るう。その前使用者が空位に達しているため、大幅に劣化してはいるが遥もその技術の一端を使うことができる。なお、このスキルのために遥は空位の何たるかを知っており、遥はいずれ剣の記録に頼らずとも空位に達する。
先祖帰り:EX 神代を生きた者との混血の末裔である遥は時代を遡るほどに人間の要素を失い、人外の血を強くしていく。神秘の薄い現代にまで神代の血を存続させた方法については、彼の家系の秘密である。『混血:EX』との複合スキルでもある。