Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

18 / 92
第18話 侵攻の狼煙

 ズ、という音を立てて重なり合った巨剣がズレる。それは二振りの巨剣に押しつぶされたファヴニールが未だ健在であり、抵抗するだけの余力があることを遥たちへと知らしめた。

 無銘の執行者(エミヤ)を構成する一要素が固有結界内に貯蔵したという神造兵装〝虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)〟と〝絶・万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)〟。その連続攻撃の直撃を受けてなお、ファヴニールは弱るだけで死んではいなかった。

 分かってはいたが、流石の耐久力である。恐らくはふたつで数百トンにはなろうかという重さのものを易々とズラし、ファヴニールは遥たちを睨み付けていた。それは最初に立香たちを見ていたような余裕のあるものではなく、強烈な憤怒を孕んだ眼。嘗て自分を殺したジークフリートを前にして畏怖を忘れるほど、その怒りは強いものであるらしい。

 ちらと傍らを見れば、非常に判りにくいがジークフリートが複雑そうな表情を浮かべていた。彼自身、自分が生前に討った怪物を再び相手にするというのは思うところがあるのだろう。或いは別の世界線では異なる形で出会ったのかも知れないが、少なくとも今は敵同士である。

 ふん、とため息にも似た息を吐き、視線をジークフリートから邪竜へと戻す。半ばから折れた巨剣を押しのけて今にも襲い掛かってきそうな気迫を放つファヴニール。だが遥の気に留まったのはそれではなかった。

 

(ジャンヌ・オルタがいない……?)

 

 この特異点の歴史を歪めている首魁であり、ファヴニールを召喚して操っている張本人だと思われるジャンヌ・オルタ。先程からかなり上空の方で地上を睥睨していたその姿が、この数分の内に消えている。

 元々立香たちの救援に向かっていた間に敵性サーヴァントからの妨害がなかった時点で怪しいとは思っていたが、ここにきてその行動がより怪しくなってきた。だが彼女の思惑が何であれ、ここでファヴニールを討たないことには追うこともできない。

 しかしあれだけの巨体である。解体すれば何人分のドラゴンステーキができるのだろう、と思ってしまうのは致し方ないことであろう。邪竜を食すというのは何か悪影響がありそうだが、量だけを見ればカルデアの食糧事情を一挙解決できるに違いない。何より、ワイバーンと違ってゲテモノ肉でなさそうなのが良い。

 遥の本心を言えば不意打ちで幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)を打ち込ませても良かったのだが、騎士であるジークフリートに不意打ちは似合わない。真っ向から挑み、最後に大技で打ち倒すのが騎士の華というものであろう。遥は別に武士でも騎士でもないから不意打ち上等なのだが、嫌がる英霊を無理矢理令呪で従わせる趣味はない。

 立香に視線を移すと、立香はどこか安心したような面持ちで口を開いた。

 

「来てくれたんだな、遥」

「無駄口は後だ。今はアイツを斃すぞ。いいな、立香?」

「ああ、分かってる」

 

 迷いなくそう答えた立香に、遥は感心したかのような視線を向けた。立香の瞳の奥には不安と恐怖の光があるが、それを決意の膜が覆っている。戦士の表情とはまではいかないが、戦うことを決意した人間の表情ではあった。

 強いな、と思う。恐らくあの邪竜を前にしては魔術師といえど大半が腰を抜かすか、サーヴァントだけに戦わせて自分は安全圏から見ていようとするだろう。だが立香はどちらをすることもなく、サーヴァントたちと共に戦う道を選んだ。

 立香本人としては虚勢を張っているだけなのだろうが、幻想種の頂点を前にして虚勢を張れるだけの気力を持っているとも言える。これは良い相棒を持ったかも知れない、と遥が密かに笑んだ。

 その瞬間に響く重低音。見れば、ファヴニールがイガリマとシュルシャガナを押しのけて立ち上がっていた。全身を血に塗れさせてもなお衰えぬ鋭い眼光と気炎が揺らめくようなその姿はまさしく地獄から這い出た悪鬼が如く。

 悪竜咆哮。大気だけでなくマナまでも震わせるその咆哮を受け、遥が嗤う。神代を生きた悪竜の存在に呼応するかのように遥に流れる人外の血が沸騰し、全身の魔術回路が人間の限界を遥かに超越して駆動する。強大な怪異を、より巨大な怪異が打ち消そうとしているのだ。

 猛る血に影響されて沸騰しそうになった理性を、深呼吸をして抑えつける。下手に人外の血に行動を委ねてしまえば完全に『反転』してしまう。遥は鬼種との混血ではないが、反転の危険性は鬼種と同様だ。むしろ鬼種よりも高位の存在であるだけに、小我に吞まれた場合の危険性は計り知れない部分がある。

 遥が叢雲を抜刀すると、それを合図にしてサーヴァントたちが各々の武装を構えた。対してファヴニールは敵が増えたことで相手を完全に脅威だと認めたようで、敵意と殺意を込めた眼で遥たちを睨んでいる。その顎に収束するは膨大な魔力。初めに立香たちが浴びせられた一撃よりも巨大な、ファヴニール全力のブレス解放の合図であった。

 

「マシュ、ジャンヌ! もう一度頼む!」

「はい、マスター!」

「分かりました!」

 

 立香の指示にマシュととジャンヌが呼応し、それぞれに宝具を発動した。白亜の城壁の一端と清廉な聖女の防壁が重なり合うように展開され、ファヴニールのブレスを迎え撃つ。

 解放された魔力の暴威がラ・シャリテの街を覆いつくす。先の戦いにおいて辛うじて残っていた家々がその咆哮に呑まれ、瓦礫が彼方に流れていく。そこに住んでいた人々の営みの残滓が、圧倒的な力の前に壊れていく。

 それを悲しいとは思えど、残念だとは思わない。何度もそういう光景を見てきてしまったからか、こういう類の光景に慣れてしまっているのだ。死徒や魔術師が破壊するのなら憎悪も抱くが、竜種は自然現象のようなものだ。自然現象が人を殺すのは当然のことである。

 盾と結界に覆われてもなお感じる咆哮の余波。腕にかかる星の聖剣を受けた時にも等しい負荷に、マシュが苦悶の表情を浮かべた。マシュとジャンヌは同時に宝具を発動してはいるが、結界型宝具を全く同一の箇所に配置することはできない。竜の咆哮の負荷をより強く受けているのはマシュであった。

 受け止めきれない。そう半ば諦めかけた瞬間、マシュは自分の肩に誰かが触れる感触を覚えた。反射的に振り返ろうとしたマシュを、その手の主は制する。

 

「そのままでいい。聞け、マシュ・キリエライト」

「アルトリアさん……?」

「貴様の(ソレ)は外からの攻撃を受け止めるものではない。内にあるものを護るものだ。諦めるな。貴様の心が綻びなければその盾は必ず応える。

 それにな、マシュ。私の聖剣を受け止めた時の気概はどうした? ()()覚悟はそんなものか?」

 

 挑発するかのようなアルトリアの言葉。それはまるでマシュの内側に直接働きかけるような響きを以てマシュに届いた。その挑発に応えなければ、という思いがマシュの感情や理性を追い越して生まれ出でる。

 その思いがマシュの心に生まれた諦観を吹き飛ばし、マシュの腕に力が籠った。まるで盾の使い方を知っているかのように身体が動いて咆哮を受け止める。真の宝具を解放するには至らないものの、アルトリアの言葉はマシュを鼓舞するに十分な威力があった。

 そう。マシュが護り切らなければこの負担は全てジャンヌへと掛かる。もしもそれでジャンヌの宝具が打ち破られれば、立香と遥、他のサーヴァントたちが死んでしまう。そんなことをさせる訳にはいかない――!

 ああぁぁぁぁっ!!! とマシュが吼え、その声に応えて聖盾が光を強める。やがてその光が弾けるようにして解放され、邪竜の咆哮(ドラゴン・ブレス)を弾き返す。大空洞での戦闘においてアルトリアの聖剣を弾き返した時と同じだ。ドラゴン・ブレスはファヴニールへと返り、その巨大へと降りかかる。

 まさか返されるとは思わなかったのか、心なしかファヴニールの鳴き声には驚愕が混じっているようにも思える。ファヴニールに生まれた明らかな隙を好機と見て取り、遥が号令を出した。

 

「いくぞ、皆! タマモは後方支援、エミヤは状況に応じて行動、マシュとジャンヌは立香を守れ!」

 

 遥の号令と指令に、全員が応!!! と返事を返す。そうして騎士たちが飛び出していき、マシュとジャンヌ、タマモが遥の指示通りに行動したのを確認する。遥のことをよく知らないジャンヌは立香と同じくマスターである遥を守護しなくて良いのかと心配の視線を向けていたが、遥はそれに反応せず瞑目して深呼吸をした。

 続けて宝具である鞘〝八岐大蛇〟の帯刀を解き、鞘の先に付いた刃を自身の胸へと突き立てる。吹き出した血が重力を無視して鞘――龍神八岐大蛇の皮に流れ、召喚術式と呪術術式が起動。遥の真名解放によってそれが完全起動し、遥の肉体へ八岐大蛇が憑依する。

 遥のこの宝具が降霊させる八岐大蛇が降霊させる八岐大蛇の魂はサーヴァントのような分霊ではなく、高次領域に存在する魂本体を降霊させている。つまり、弱体化故に抑止力に目を付けられることこそないが、遥が使役しているのは紛れもない本物なのである。

 その魂が、平時よりも遥の中で躍動する。同族であるファヴニールの存在に呼応して滅ぼそうとしているのであろう。遥の身体にもそれが反映され、最初から全身が変化している。いつも以上に理性を強く保っていなければ身体を乗っ取られて暴走してしまいそうだ。

 だが、今はその危機感が頼もしい。理性を保っている限り、遥はその能力を掌握していられるのだ。魔術回路を駆動させるよりもなお酷い、一般人であれば即座に発狂しているような激痛が遥の頭蓋を苛むが、遥の表情は獰猛な笑みから変わらない。

 前方ではエミヤがファヴニールの爪による一撃を跳躍し、黒弓を投影した。左手に投影したのは鋭利極まる刃を有する宝具。〝絶世の名剣(デュランダル)〟という銘を有する投影宝具は弓から解き放たれると易々とファヴニールの鱗を貫き、その肉を抉って体内に侵入を果たす。

 だが、エミヤの攻撃はそれでは終わらない。絶世の名剣がファヴニールの体内に侵入した瞬間、経路を通じて指令を飛ばした。

 

「弾けろ」

 

 主であるエミヤの号令に応え、絶世の名剣が内部に秘めた神秘を解放する。ファヴニールの翼の付け根辺りで発生した壊れた幻想は胴体から翼へと繋がる骨格を破壊し、邪竜から飛行能力を奪った。

 ハッ、と笑って、遥は自らの意識に埋没する。集中するのは自分の魔術回路と叢雲の間に結ばれたパスだ。遥から叢雲に向けて流れていく魔力を辿り、その内部に侵入していく。

 剣に宿る記憶の解析と継承。担い手の記憶が宝具に宿るのは自然なことだが、この叢雲は訳が違う。最果ての塔に近い性質を持つこの宝具の中には、前使用者の分霊が宿っている。その記憶を解析できるのは、ひとえに()()()()()()()()()()()()()()()』あってこそのものである。

 憑依経験ともエミヤの投影とも似て非なる魔術。遥のみに許された限定的な記憶の継承。ほう、と息を吐いてそれを完了させると遥は目を開けた。その眼は平時の漆黒ではなく、虹彩が仄かな真紅に変わっていた。獰猛な笑みは消え、ただ冷徹な視線でファヴニールを睨み付けている。

 

「――容赦はしない。相手が竜種であろうと、殺す」

 

 いつもの飄々とした雰囲気の遥とは全く異なる冷酷な声音。そうして地を蹴って駆け出した瞬間、刹那の間だけ遥の姿が掻き消えた。次に遥の姿が現れたのはファヴニールの足元。叢雲の刃は既にファヴニールの肉を深々と抉っていた。ファヴニールは足元に現れた新たな襲撃者を打ちのめすべく脚を振り上げて遥を踏みつぶさんとするが、その攻撃を受けるような愚を遥が犯す筈もない。

 振り下ろされた脚を軽々と回避し、再びファヴニールの足に叢雲を突き刺した。いかな竜種とはいえ、それが神秘を内包するものであればその原則から逃れられない。神秘はより強大な神秘に打ち消される。ファヴニールの鱗はより強い神秘を持つサーヴァントの武具に穿たれ、全身から鮮血が噴き出る。

 その鮮血を全身に張った防壁越しに浴びながら、遥が口元に笑みを見せる。それは血を浴びて歓喜する獣の歓喜とこの状況に興奮する遥の感情がない交ぜになった、何とも形容し難い異様な笑みであった。言うなれば人と獣の不完全な融合。手綱を操り切れていない騎兵のようだった。

 時空の彼方から呼び招かれた英雄たちが時代や国を越えて結集し、竜という強大極まる敵を打倒する。まさしく人々が思い描く英雄の姿そのものであり、数多ある英雄譚の極致である。その英雄たちと、自分が肩を並べて戦っている。なんとも心躍るではないか――!

 今更ながらにまるで夢のような体験をしていることに気付いた興奮。感激に身を震わせていながらも、遥は注意深くファヴニールの様子を観察していた。顎に収束する火炎の渦。狙いは足元。自傷覚悟の攻撃に、遥が防御姿勢を指示しようとした時、先にマシュがそれに反応した。

 

「いけない……!」

 

 そう呟き、マシュがスキル〝今は脆き雪花の壁〟を発動させる。マシュの精神力を防御力へと変換した盾の加護が遥を含む味方全体に付与され、全員の防御力が上昇した。

 そこに放たれる火炎。自傷を覚悟したファヴニールの吐息が大地に紅い華を咲かせ、一瞬にして大気が過熱されたことで巨大な爆音が鳴り響き、その余波が街をさらに破壊する。

 その火炎によって巻き上げられた土煙がファヴニールの視界を覆う。だが、邪竜が自身の火炎が目論見を果たせなかったことに気付くのにそう時間は掛からなかった。竜種の感覚は敏感であるが故に、視界を塞がれていたとしても他者の存在を感知することができる。

 ファヴニールの火炎を受けてもなお、足元にいた者たち――遥とエミヤなどはひとりも欠けることなく生存していた。マシュによって防御力を強化されているうえ、彼らはほとんどがそれぞれに高位の防御手段を持つ。それによって、彼らは火炎弾を防ぎ切ってみせたのだ。

 自身の攻撃が通用しなかったことを悟ったファヴニールが今度は火炎よりも強力な、マシュですらも容易には防御しきれなかったブレスを吐こうとする。だが遥とエミヤはそれが放たれるよりも先に跳躍した。さらにエミヤは夫婦剣を消し、再び黒弓と、偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)を投影する。

 ファヴニールは逃した遥とエミヤを打ち落とすべく尾を蠢かせるが、それはアルトリアの聖剣によって尾が半ばから断ち切られたことで叶わなかった。エミヤは弓に偽・螺旋剣を番え、真名解放と同時に撃ち放つ。周囲の空間ごと削り取る宝具の一撃が先に破壊していた翼とは反対の翼の付け根に命中し、完全に飛行能力を奪い去った。

 

「これは……」

 

 フッ、を無意識に笑みを漏らしながらジークフリートがファヴニールの胴を切り裂く。

 死後に再び見えた悪竜。生前戦った時は勝利こそしたものの、その勝利は無数の敗北からひとつだけ存在した勝利を拾い上げるような戦いであった。生前でさえそうなのだからサーヴァントになった後に勝てるかどうかは万が一の確率でしかなかった。

 だが、こうして他の英雄たちと肩を並べて戦うという奇跡に出会えたことで最強の悪竜と圧倒するだけの力を得た。彼自身は生前は孤独に戦っていた訳ではないが、同じ英雄と共に戦うというのは感慨深いものがある。

 ジークフリートがそんなことを考えていると、不意にファヴニールが崩れ落ちた。見れば、名も知れぬ刀使いの英霊(沖田総司)がファヴニールの足の腱を切り裂いていた。既に遥によって歩行能力を殆ど奪われていたファヴニールであるが、今度こそ自分の体重を支えきれなくなり崩れ落ちる。

 直後、サーヴァントたちがファヴニールの身体から離れた。続けて飛ぶのはジークフリートの(マスター)の言葉。

 

「令呪起動。宝具を以てこの悪竜に止めを刺せ、ジーク!!!」

「承知した。我が魔剣の輝きを此処に示そう……!」

 

 遥が行使した令呪の莫大な魔力に後押しされ、ジークフリートの魔剣が強い輝きを放つ。彼を中心にして溢れ出た魔力が暴風となって吹き荒れ、結界の如く竜殺しを覆う。

 魔剣から昇る蒼い輝きが自身を屠ったものであることを察知したのか、ファヴニールが唯一残った攻撃手段である火炎弾と魔力咆哮を以てジークフリートを吹き飛ばそうとするが、それは防衛に入ったマシュの盾とタマモの黒天洞によって阻まれる。

 全身に充溢する魔力。心強いその力に後押しされ、ジークフリートが口上を述べる。

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今、洛陽に至る。

 討ち堕とすッ!!! 

 ――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!!」

 

 解放される黄昏の波。聖剣の極光にも似た魔力の輝きが魔剣から放たれ、大地を焼き焦がす。ファヴニールは最後の足掻きとして魔力の咆哮を放つが、断末魔めいたその一撃では黄昏の波は防げない。

 黄昏の波と邪竜の咆哮が鬩ぎ合ったのは刹那の間。邪竜の吐息は黄昏の波に呑まれ、その魔力を虚空へと霧散させた。吐息を打ち消した黄昏の波はそれで威力を減衰されることはなく、邪竜へと突き刺さった。

 真正面から邪竜に直撃した黄昏の波は徐々にその規模を増し、遂にはその身体の全てを呑み込んだ。断末魔の咆哮は黄昏に呑まれてもなお轟いていたが次第にその存在を減じさせ、遂には完全に消え去った。

 次いで訪れた静寂。黄昏に吞まれた邪竜の跡形は既に完全に消滅し、どこにもその存在の名残を残してはいなかった。宝具を解放して膨大な魔力を消費したことで肩で息をするジークフリートに近づくと、遥が口を開く。

 

「やったな、ジーク」

「ああ。……ところでマスター。その呼び方はなんだ?」

「え、渾名だけど……駄目だったか? ジークフリートって長いし」

 

 遥としては寡黙なジークフリートと少しでも近づこうとしてのことだったのだが、まさか気に食わなかっただろうかと不安に思っているとジークフリートが構わない、と答えた。

 ジークフリートとしてはジークと呼ばれると、確かに自分に向けて言われている筈なのにまるで違う誰かと間違って呼んでいるかのような異様な感覚を覚えるのだが、折角マスターが友好の証として付けた渾名を拒否する理由もない。

 妙なマスターだ、とジークフリートは思う。魔術師にとってはサーヴァントなどは所詮使い魔でしかない筈なのに、そのサーヴァントと対等に接し、あまつさえ渾名とは。彼自身、自分はただの使い魔だと受け入れるだけの認識はあったがそれでもひとりの人間として扱われることに不満はない。

 遥が突き出した拳に、ジークフリートが拳を突き合わせる。ここに、邪竜との勝負は決した。

 

 

 

 篝火の切っ先が暗闇を撫で、炎の撫でられた空気が揺らめく。邪竜との決戦から数時間後、一行は篝火を囲んで夕食を摂っていた。本来食事の時間とはどんな状況であれ多少は安心するものであろうが、黙々と食事をする一同の表情は固い。

 ファヴニールを打倒してからこれまで、一行はいくつかのグループに分かれ、可能な限りフランスを回ってはぐれのサーヴァントを探していた。だが結果は芳しくなく、はぐれサーヴァントはひとりも見つからなかった。それどころか町人から不吉極まりない情報まで入手してしまった。

 『竜の魔女の眷属たちがこれまでのような虐殺を行わず、奇妙な出で立ちをした人だけを襲い、攫っていった』という情報。何が起きたのか察するにはそれだけで十分だった。つまりジャンヌ・オルタたちはこれ以上カルデアの戦力が増えないようにはぐれサーヴァントを駆逐したか、彼らをシャドウ・サーヴァント化させたのだ。

 前者であればさして問題はないが、後者であるなら考慮しなければならない問題だ。冬木で戦ったシャドウ・サーヴァントたちは泥によって反転した存在であり、通常のそれとは少し違う。ただのシャドウ・サーヴァントは単体では大した戦力には成り得ない。せいぜいワイバーン10匹分程度が関の山だろう。

 だが塵も積もれば山となるという言葉があるように、木っ端な戦力と言えど大量に集まれば脅威となる。加えて、冬木のバーサーカーのようにシャドウ化しても強力な英霊もいる。シャドウだから、と簡単に切り捨てる訳にはいかない。

 カルデアから送られてきた補給物資で作った味噌汁を半ば機械的に口に運びつつそんなことを遥が考えていると、反対側から立香が問いかけてきた。

 

「これからどうする、遥? はぐれサーヴァントたちもいないんじゃ、これ以上フランスを歩き回っても……」

「そうだな……立香、聖晶石持ってるか?」

 

 遥がそう問い返すと、立香はベルトに装着したポーチに手を突っ込みながら1個だけ、と答えた。その答えを聞き、遥が味噌汁を飲み干してふむ、と唸る。

 実のところ、遥は聖晶石をふたつ持っている。聖晶石とはつまるところサーヴァントの霊基を構成するための霊基と魔力の結晶体である。それ故、敵性サーヴァントを斃した際に稀に発生することがあるのだ。遥のそれはシャドウ化したエミヤと沖田に一瞬で斃されたアサシンの残留霊基からできたものである。

 ふたりで持っている分を合わせて3つ。丁度サーヴァントを1騎召喚できるだけの聖晶石はあるということだ。すぐにでも戦力を確保しようと思うなら迷わず召喚するべきだろう。

 だが、ただ徒に戦力を増やしすぎても良いことはない。遥と立香は魔術師としての能力は雲泥の差はあるが、マスターとしてはどちらも新米に等しい。無闇やたらとサーヴァントを増やしてキャパシティオーバーになってしまっては元も子もなかろう。

 しかし、召喚するサーヴァントによっては相手の意表を突く結果にも成り得る。その場合はどちらが契約するのか先に決めなければならないが、それはじゃんけんで決めても構わないだろう。マスターとしての能力に大差はないのだ。

 ほう、と息を吐いて思考を切り替える。優先的に考えるべきことはまだある。サーヴァントの召喚については後で考えるとして、先に考えるべきは今後の方針だ。それが決まらないことには召喚するか否かも決められない。――とはいえ、遥たちにできることなどひとつしかないのだが。

 

「明日にでもオルレアンに進撃するか……?」

 

 方針もなにも、遥たちにできることなどこれしかない。はぐれサーヴァントたちは駆逐され、最早追加戦力として期待することはできない。これ以上フランスを探し回ったとしても見つかる保証がないのでは時間の無駄だ。

 この地で怪物たちと戦っているであろうフランス軍に接触し、協力体制を敷くというのも可能ではあるが、果たしてジャンヌとジャンヌ・オルタが別人であると判別できる人間が何人いるか。はぐれ探しでジャンヌが遭遇はしたらしいのだが、その時点で判別できたと確認できたのはこの時代のジル・ド・レェだけだったという。フランス軍については元帥ジルの動きに任せる他ない。

 そもそも、敵陣営にサーヴァントがどれだけいるかも分かっていない。現時点で判明しているのは沖田に斃されたアサシンとそれ以前に遭遇したジャンヌ・オルタ本人と彼女が連れていた4人、晩年のジルの計7人。これが全てかも知れないし、或いは2、3倍の数がいるかも知れない。聖杯を有しているならそれも不可能な話ではないのだ。

 考えすぎても良くないのは分かっているが、それでも一度思考を始めるとそうなってしまうのが遥の悪癖であった。それを自覚している遥はひとつため息を吐くと、立香に問いかけた。

 

「お前はどうしたい、立香。このまま様子を見るか、すぐにでも進撃するか」

「オレは……危険を冒してでもオルレアンに向かうべきだと思う。特異点の修正は早い方が良いだろうし……何より、また犠牲になる人々が出るかも知れない」

「ああ……そうか」

 

 立香に同意を示す遥の言葉。だが遥がその言葉が出た途端に立香が驚いた様子で遥を見たのは、まるで遥が『今気付いた』とでも言いたげな声音であったからだった。遥自身もそれが意外だったのか、呆けた表情をしている。

 いつ次の犠牲者が出るか分からない。立香に言われるまで遥は何故かその可能性を完全に考慮していなかった。それに驚愕すると同時、遥は自分がジャンヌ・オルタをどう思っているかを自覚した。遥はジャンヌ・オルタを憎みきれない。それどころか、多少好感を持ってすらいる。無辜の人々を虐殺している筈の彼女を、だ。

 要はジャンヌ・オルタの復讐は『正当』なのである。例え()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それがジャンヌ・ダルクが抱く筈だった憎悪を内包している存在であるなら、彼女の復讐は虐げられた者の当然の帰結だ。ジャンヌ・オルタは遥と同族なのである。ただ、遥の信条と彼女の行為が相いれないものであるだけで。

 味噌汁を飲み干してほう、と息を吐くと、遥は投影した鍋で先程から汁粉を作っているエミヤに声をかける。

 

「エミヤ。お前はどう思う?」

「言うまでもないだろう。私は立香に賛成だ。……そもそも既に方針を決しているというのに、人に訊くことがあるのか?」

 

 揶揄うような笑みを向けつつ、完成した汁粉を遥に差し出すエミヤ。遥はそれを受け取るとすぐに啜り、和食についてはエミヤには勝てないという僅かな敗北感を抱きながらも迷いが払拭された笑みを浮かべた。

 そう。迷って考えていたところで特異点が解決する訳ではないのだ。ただ考えて無為な時間を過ごすよりも、無策でも突っ込んで解決できれば万々歳、危なくなれば即敗走でリトライする方が何倍も意味がある。

 それでも多少の策は考える。そのうえで、遥は一同に言う。()()()()()()()()()()()()()()()()、と。それに真っ先に異を唱えようとしたのはジャンヌであった。

 

「待って下さい! いくら強くとも貴方はただの人間です! それに、彼女は……」

「分かってるよ、アンタの言いたいことは。……けどさ。勝負を半端にされたままじゃ納得いかねぇんだよ。それに、ヤツに引導を渡すのは同族の役目だ」

 

 確かな決意を以て、遥はジャンヌの眼を見つめ返す。そうして目が合った瞬間、ジャンヌは遥の瞳の奥にジャンヌ・オルタと共通するものを見出した。同時にジャンヌは遥の言葉の意味を理解し、その強靭な理性に驚嘆する。

 あれだけの憎悪を撒き散らしていたジャンヌ・オルタに引けを取らない憎悪と憤怒を内包していながら、遥はジャンヌ・オルタと同じ道を歩まずにその在り様を異としている。まさに〝理性の化け物〟とでも言うべき様相であった。ジャンヌ自身、その異常なまでの頑固さから〝人間要塞〟などと言われることがあるが、それに匹敵するものが遥にはあった。

 そして、この場において両者の頑固さには僅かながらの差が存在していた。どちらも譲らなければ永遠に終わりが来ないであろう沈黙の中、先に折れたのはジャンヌの方だった。

 

「……分かりました。しかし、その場には私も同行させてもらいますよ。彼女は私とは違う存在ですが、決着を付けなければならない相手ではありますから」

「了解。……じゃあ決まりだ。夜明けを迎え次第、俺たちはオルレアンへ侵攻する。異論がある者はいるか?」

 

 そう言ってから一同を見回す。遥の決定に異論を差し挟むものはおらず、全員が遥の視線を強い決意の籠った目で受け止めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。