Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第19話 決戦の幕を開けよ

「……そうか。ジャンヌ・オルタは立香たちの方に出たか」

 

 悪竜ファヴニールを討った翌日。遥はカルデアにいるロマニと通信しながらそう呟いた。その視線の先では沖田やエミヤ、タマモ、ジークフリートといった遥と契約しているサーヴァントたちが犇めくワイバーンや海魔と戦っている。

 昨日決定した通り、遥たちは夜明けを迎えると同時にオルレアンへと進撃を開始した。だが――予想していたとはいえ――オルレアンの周辺は化生が跋扈する混沌地帯と化しており、容易には進撃できない状態であった。

 そもそもカルデアから進撃以外の選択肢を奪ったのは相手側なのだ。なら根拠地であるオルレアン周辺に全ての戦力を集結させていることは猿でも分かるというものだった。だが遥たちは一か所に戦力を集中することはせず、マスターごとに二分して別方向からオルレアンへと侵攻している。

 それは何も深い考えがあってのことではない。作戦遂行時間と生存確率を考えればむしろ二分割ではなく一点突破が良いのだろうが、それでは相手がアルトリアの聖剣や遥の神剣のような広範囲を焦土を化すことができる宝具を以ていた場合に対応できない。

 薄情な奴だ、と遥が苦笑する。遥が立てた作戦、というよりも方針は〝遥ができないのなら立香が、立香ができないのなら遥が〟である。要は仮に片方が死んでももう一方が作戦を完遂できればそれでいい、というものであった。

 無論、立香やマシュを死んでもいいと思っている訳ではない。彼らは遥にとっては大事な仲間だ。ふたりが死ぬような目に遭うくらいなら自分が身代わりになってもいいとさえ思う。だが、それではいけない。そもそもの話、遥は立香を信じているからこそ別行動を取ったのだ。

 立香は魔術的な才能で目を見張るものなど魔眼程度しかなく、それ以外は一般人と同程度と言っていい。だが彼が持つサーヴァントとの信頼と指揮能力、そして度胸は本物だ。どんな敵が立ちふさがろうと立香たちならば乗り越える。それは半ば確定事項として遥の中にあった。

 

「俺と立香の周囲の探知は常に最大範囲で頼む。レオナルドもいるんだ、できるだろ?」

『勿論。君たちが頑張ってるんだから、僕たちも死ぬ気で頑張らなきゃ失礼ってものだろう? ……その代わり。絶対に死ぬんじゃないぞ、遥君』

「ハッ。誰に物言ってやがる。絶対にケリつけて帰るさ。戦争は数じゃなく質だってことを、奴らに教えてやる」

 

 獰猛な笑みを浮かべつつ遥が吐いた言葉にロマニは強気だね君は、と苦笑するとそれきり遥に話しかけることはなくなった。代わりに通信機から聞こえてくるのはロマニがスタッフに指示を出す声と、次々とスタッフから飛ぶ報告。それらを意識から締め出し、遥は深呼吸をした。

 意識を向けるのは己の外ではなく内。宝具を使うまでもない。より速く。より強く。より鋭く。自己に暗示をかけることで己が肉体を組み換え、一時的に自身の身体能力を英雄に匹敵する程にまで上昇させる。

 それは日本の剣豪であればまず間違いなく習得している技であった。自己暗示による肉体変性。遥もまた刀を得物とする者のひとりであるならば、それを習得しているのも道理というものであった。尤も、遥のそれは他の剣豪のそれとは訳が違うのだが。

 いくらサーヴァントたちが万夫不当であっても、波濤の如き化生を前にしては取りこぼしは発生する。沖田たちもそれは例外ではなく、10匹程度の黒いワイバーン――ワイバーンエビルたちが木の枝に乗っている遥を見付けた。彼らは遥をサーヴァント達のマスターと判別する力はないが、隙だらけの獲物を見付けたことに歓喜して咆哮をあげる。しかし。

 

「――ふッ!!」

 

 短い気合。それがワイバーンエビルたちの耳朶を叩いた時には既に、彼らの視界から遥の姿は消え去っていた。斬られた。それを認識する暇すらも与えられずワイバーンたちの首から鮮血が迸り、首が根本から断ち切られる。

 死を認識することさえなく堕ちていくワイバーンの身体を蹴り、遥が化け物たちが犇めく地上へと突貫する。その刹那の間に叢雲を納刀すると、着地と同時に抜き放ち敵を切り裂いた。神速の抜刀術。まさに剣の極致にある技のひとつであった。

 その時点になってようやくワイバーンたちは遥への認識を簡単に狩れる獲物から英霊たちと同位の脅威へと引き上げた。咆哮をあげ、集団を成して遥を食い殺さんと襲い掛かってくる。あるものは足の鉤爪を遥に向け、また別の個体は翼をはためかせて空気の刃を放つ。

 だが、それらが遥へと届くことはない。遥は真っ先に突っ込んできた個体の鉤爪を難なく回避すると、一息でその首を撥ね飛ばした。すかさず力を失って崩れ落ちたワイバーンの身体を掴むと、目の前のワイバーンに向けて投げつける。そうして怯んだところに叢雲を突き入れ、数匹を絶命せしめる。

 生命力の強い神代の魔獣であるワイバーンは急所以外を攻撃されてもそう簡単に死ぬことはない。だが遥は調理のためにワイバーンを解体した際、その体内構造を全て把握していた。故に一息で心臓を穿ち、絶命させることができる。

 遥の背後に築かれる死屍の海。積み上がった死体から噴き出た血が霧のように広がる。その霧が体内へと侵入した時、遥は驚愕と困惑に同時に見舞われた。

 

(これは……毒か。だが……)

 

 遥が気付いた通り、海魔の血液は人間にとっては毒だ。いかな混血とはいえ、多量に吸い込んでしまっては致命と成り得る強力な毒。サーヴァント相手に効くほどではないだろうが、それなりに強力な類のものであった。

 だが、それを吸い込んでしまった遥の身体に変調はない。対毒や解毒の魔術を自身に掛けている訳でもない以上、それは説明のつかない状態であった。

 遥は知らない。遥とマシュ、正確に言えばマシュに内在する霊基との間に結ばれた因果線は彼にマシュの聖盾の恩恵を与え、その身体に強力な対毒の加護を与えていることを。

 しかし、原理は分からなくとも効果がないのなら問題にはならない。これは重畳、と遥が片頬を吊り上げたのとほぼ同時、前方に他の個体よりも体躯が一回りか二回り巨大な海魔が現れた。

 中型海魔の全身を隙間なく覆う眼球が、躊躇う様子もなく突っ込んでくる遥を捉え、その眼が愉悦と食欲に光る。オォォォォン、と海魔は巨大な咆哮をあげると他の海魔やワイバーンごと薙ぎ払うように触手を繰り出した。

 常人には到底対応できず、仮に視認できたとしても捌き切れない触手による攻撃。だが、それが遥相手であれば話は別だ。半ば無意識に祝詞を紡ぎ、体内に固有結界を展開する。

 

加速開始(イグニッション)

 

 続けて唱えた祝詞によって体内の固有結界の速度が倍化し、世界の速度が鈍化する。のろまめ、と嘲るような呟きと共に叢雲を縦横に振るうと、一瞬にして海魔の触手が細切れになった。

 数秒前までは余裕に満ちていた海魔の眼が一転、驚愕に染まる。アメーバにも似た単純な構造をしている海魔は放っておけば簡単に組織が再生するが、それを加味しても決定的な隙が生まれる。それは致命的な隙であった。

 遥の左手に生まれる赤い輝き。遥の煉獄より這い出た焔は一瞬にして大きく膨れ上がり、化生に覆われた大地を紅蓮に染め上げた。遥と相対する海魔はそれが自身を屠り得るものであると察知し、逃げようとする。けれどそもそもが鈍足で異形が犇めく状態では逃げることすらもままならない。

 轟、と雄叫びをあげて焔が大地を駆ける。聖剣の解放が如き暴威を伴って放たれた煉獄の焔は逃げようとする海魔とワイバーンを呑み込み、広い範囲を焼野原と化さしめた。

 エミヤの投影と同じく、遥が持って生まれた固有結界という異能めいた魔術。魔力が続く限り無限に生み出される焔が宿す神秘は宝具のそれに匹敵する。自身らが宿す神秘を凌駕するそれに耐えきれる筈もなく、巻き込まれた怪物たちは一瞬にして血液の一滴も残さずに蒸発した。

 だがそうして生まれた間隙も、瞬く間に次々と発生する化生たちによって埋め尽くされ、元の姿を取り戻してしまう。まさに暖簾に腕押しという言葉通りの光景に遥が舌打ちを漏らそうとした時、背後で膨大な魔力が収束するのを感じた。それを無言の合図と取り、遥が横に跳ぶ。

 

投影開始(トレース・オン)――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!!!」

 

 その声が背後から飛ぶや、元々遥がいた場所を宝具が馳せた。真名を解き放たれた宝具は周囲の空間を巻き込み、崩壊させながら突き進む。その射線上にいた海魔やワイバーンは圧搾され、挽肉へと変わる。

 遥の視線の先で宝具が炸裂し、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)が起きる。撒き散らされた神秘は爆炎にも似た衝撃を引き起こし、その周囲から敵性体を一掃した。

 投影宝具を炸裂させることで化生どもを消し飛ばしたエミヤ。だが彼らの攻撃はそれでは終わらない。自身の宝具が狙った通りの効果を引き起こしたことを確認したエミヤは達成感に浸ることもせず、遥と同じように横に跳躍した。

 直後にエミヤの後方で立ち昇る蒼い光。それはジークフリートの魔剣が解放されようとしていることを示す光であった。だがその真名解放が解放されるより早く、ロマニの警告が飛ぶ。

 

『前方から魔力反応!! これは……宝具だッ!!!』

 

 ロマニの声に、弾かれるように遥が上空を仰ぎ見る。これだけの異形が犇めく野原には似つかわしくない雲一つない蒼穹。だがその蒼穹はそれを切り裂くように無数に奔る緑色の光条に埋め尽くされていた。

 エミヤ! タマモ! と名前を呼ぶとそれだけで英霊たちは遥の意思を汲み取り、名前を呼ばれたふたりの元へ集結した。エミヤとタマモはそれぞれに遥の指示に応え、防壁と成り得る術を行使する。〝呪層・黒天洞〟と〝熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)〟。

 直後に降り注いだ緑色の光条はまさに絨毯爆撃が如く。容赦という言葉を知らないかのような絶え間のない致命の雨。それは壊れた幻想や煉獄の焔など比較にならない規模を以て大地を焼き払う。防御手段を持たない海魔やワイバーンは断末魔の悲鳴を撒き散らしながら肉片へと変わる。

 投影した盾を支えるエミヤ。弓兵たる彼は騒音が響くこの戦場の只中にあっても矢の豪雨の直前に敵が解放した真名を聞き取っていた。――訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)、と。

 しばらくして、ようやく光の矢の掃射が止む。残った4枚の花弁をエミヤが消し、周囲を警戒したまま遥が立ち込める土煙の向こう側に言葉を投げた。

 

「自分から雑魚共片付けてくれるたぁ……随分親切なことだな、弓兵さんよ」

「――フン。不遜な物言いだな、敵のマスターよ」

 

 土煙の向こう側から投げかけられた声は凛としていながら、ひどく殺意と憤怒の色合いに塗れていた。土煙に紛れた奇襲を警戒したタマモが〝呪相・密天〟を行使する。

 呪符を起点として発生した逆巻く突風が、遥たちを覆う土煙を払う。その先にいたのは5騎のサーヴァント――正確に言えば3騎のバーサーク・サーヴァントと2騎のシャドウ・サーヴァントであった。その姿を視認すると同時に、以前出会ったセイバー以外の真名を遥が推測する。

 まずは先程の宝具の主であるアーチャー。声と同じくその立ち姿は凛としていながら、それを引き立たせる絶妙な可憐さを備えている。頭に生えた獅子耳と臀部の尻尾は人によっては性癖を擽るものなのであろうが、生憎遥はそういう属性はタマモで十分だった。

 獅子耳の弓兵といえば該当するのはギリシャ神話に登場する英雄〝アタランテ〟だろうか。彼女は獅子の耳を持っていたという逸話はないが、女神アルテミスへの純潔の誓いを破ったことで獅子に変えられたという逸話はある。それがサーヴァントとしての見た目に影響したということだろう。

 次に大剣を携えた黒い外套の男。一見セイバーのようでもあるが、遥の直感がそうではないと告げていた。他に剣を主武装とするクラスとして考えられるのはアサシンやライダーだろうか。何か騎乗するものがないなら、恐らくは前者だろう。ライダーであるのは共に現れたシャドウ・サーヴァントのうち1騎、馬に跨った方だ。

 最後にライダーと同じくシャドウ・サーヴァントらしき和服の少女。しかし和服を纏った英霊などいくらでもいるだろう。あまりにも手掛かりが少ないために遥が真名の推測を放棄しようとした時、タマモが呟いた。

 

「清姫さん……貴女……」

「清姫? 清姫って、あの?」

 

 遥がタマモに問うと、タマモが無言で頷きを返した。如何なる経緯でかは不明だが、タマモは清姫と知り合いであるらしかった。

 清姫。近畿地方に伝わる〝安珍清姫伝説〟に登場する貴族の少女である。遥もあまりその伝承には詳しくないが、最終的に執念だけで蛇へと変じたという恐るべき逸話を持つ。ここで言う蛇が竜種であろうことは想像に難くない。だがシャドウ化している以上、その転身能力は失っているとみていい。

 相手は5騎。此方も遥を戦力として含めれば5騎だ。今の遥は八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)発動状態ではないが、自己暗示を掛けた状態であればある程度のサーヴァントと渡り合うだけの力を持つ。並みのシャドウ・サーヴァント程度であれば難なく対応することができるだろう。そうして遥が指示を飛ばそうとした時、不意に咽び泣くような咆哮が轟いた。

 

「ア……アァ……安珍様ぁぁぁぁッ!!!」

「はぁっ!?」

 

 突如として何の前触れもなく奇声をあげながら遥に突貫してくる清姫。彼女はバーサーカーであり、それに加えてシャドウ化によって知性の殆どを奪われている。遥を安珍と誤認するのもあり得ぬ話ではなかった。しかしその突進も、遥に届くことはなかった。

 

「タマモ!」

「マスター、清姫さんは私にお任せください。メル友として、彼女には私が引導を渡します」

 

 一瞬メル友……? とは思いはしたものの、すぐにその疑問を打ち消して遥が頷きを返した。それが開戦の号砲となり、戦闘が開始される。

 どんなサーヴァントであれ、マスターなしでは現界を維持することはできない。アタランテがまず狙ったのは敵のマスターである遥であった。引き絞るほどに威力を増す弓〝天穹の弓(タウロポロス)〟から放たれる矢。だがそれは遥を貫くことはなく、空中で弾かれる。

 なんという精密な射撃か、とアタランテがエミヤを睨む。神秘の薄いただの弓兵だと侮ってはいたが、アタランテはその評価を格上げした。あの弓兵はともすれば自分に匹敵する弓の腕前を持っている、と。加えて、狂化されていながらも彼女はエミヤが放った矢が宝具であることを見抜いていた。

 牽制として適当に投影した矢を放ちながら、エミヤが周囲の地形を確認する。周囲の敵はある程度一掃されたとはいえ、全滅した訳ではない。徐々に海魔たちは距離を詰めてくるだろう。行動できるのは精々、アタランテの宝具で焦土となった範囲だけだろう。その範囲に高台はない。平野であるのだから当然だ。高所からの射撃は不可能だが、それは相手も同じだ。アタランテもまた援護射撃がしにくい場所から矢を射るしかない。

 次に遥たちが戦っている相手だ。沖田はデオンと、ジークフリートはシャドウ・ライダーと、遥はアサシンとの戦闘に入った。遥は宝具を使っている訳ではないが、自己暗示を掛けた遥は歴史に名を刻んだ剣豪と同等の領域に達している。暗殺者程度に遅れを取るとは思えない。

 そこまでを瞬時に確認すると、エミヤはアタランテを睨んだ。仲間たちがそれぞれに敵と戦っているのなら、自分が戦うべきはあの純潔の狩人だ。そう定め、エミヤが祝詞を紡ぐ。投影するは血に飢えた魔剣。それを番え、真名を唱える。

 

「往け、赤原猟犬(フルンディング)!!!」

 

 解放された魔力が大気を叩き、爆音めいた音を鳴らす。超常の威力と速度を以て放たれた矢は常人には視認することさえも難しいが、神代の弓兵であるアタランテにはそれを相殺するなど造作もないことだった。

 照準を赤原猟犬に合わせ、アタランテが矢を放つ。天穹の弓を限界にまで引き絞った最大威力の矢は赤原猟犬に寸分たがわずに衝突し、軌道を変える。そうして次弾を番えようとしたアタランテだが、次の瞬間には驚愕に見舞われた。

 狙い通り、とエミヤが内心で言葉を漏らす。エミヤが放った宝具、英雄ベオウルフの持つ魔剣たる〝赤原猟犬(フルンディング)〟は真名解放して解き放つことで対象に着弾するまで追い続けるという特性を持つ。それを解除するには赤原猟犬そのものを破壊するか、エミヤを殺すしかない。

 アタランテはその真名こそ知らなかったが、軌道を変えて襲い掛かってきた時点でその特性に気が付いていた。強制的に狂化されていてもなお、英雄としての勘は損なわれていなかったのである。しかし彼女は、その宝具を相殺し得るだけの攻撃手段を彼女が持っていないことにも気づいていた。

 アタランテが持つ最大威力の宝具である訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)であれば或いは破壊もできるだろうが、たかが矢の一撃のために使用するのは憚られた。加えてこの宝具は広範囲を薙ぎ払うのに特化している。使ってしまえば味方ごと消し飛ばしてしまうだろう。それはそれで良いのかも知れないが、彼女にそれはできない。聖杯によって召喚された時に埋め込まれた命題に逆らってしまう。

 ならば肉を斬らせて骨を断つ。多少の傷は負おうとも掴んで折ってしまおう、とアタランテが行動を決定する。しかしその直後、アタランテの眼前で矢が炸裂した。平時ならば回避できたのだろうが狂化していたがために回避することができなかった。

 

「くっ……このっ……ッ!?」

 

 防御することもままならず、真正面から爆撃を喰らったアタランテ。四肢の欠損こそなかったものの、全身に熱傷を負ったうえに皮膚の至る所が裂けて全身が血濡れとなっていた。

 さらにアタランテは直感的に危機を感じ取り、咄嗟にその方向に弓を向けて迎え撃った。鳴り響いたのは金属音。爆炎に紛れて突っ込んだエミヤが振るった夫婦剣がアタランテの弓を叩いた音であった。

 アタランテ自身、接近戦ができない訳ではない。だがこの状態で無傷の相手に接近戦を挑むのは不味いと判断して距離を取ろうとするも、エミヤはそれを許さない。

 

「弓兵が白兵戦などッ……!!」

 

 憎々し気にアタランテが言葉を漏らすも、エミヤはそれに答えない。返答の代わりででもあるかのように双剣をアタランテに向けて振るう。アタランテはそれを弓で弾いて反撃の機会を伺うも、エミヤは付け入る隙を与えないように剣戟を繰り広げていた。

 無限の剣を持ってはいても、エミヤという英霊は剣術に関しては極めて凡庸であった。沖田や遥のような天才的な剣術の才を持つ訳でもなく、魔術師としても天才とは言い難い。だが彼はそれを補って余りあるだけの研鑽を重ねてきたのである。

 たかがアラヤの走狗と、神秘の薄い英霊と侮ること勿れ。彼は極めて凡人ではあったが、ほぼ全ての事柄において凡人が到達し得る極限にまで至った紛れもない英雄だ。その研鑽と修練の結果は、神代の英雄と拮抗するに十分過ぎる。

 エミヤの剣戟の間隙で無理矢理矢を放つアタランテ。エミヤはそれを右手の莫耶を犠牲にすることで受け流し、すかさず再び投影してアタランテに叩きつけた。身長差ににより頭上から向かってきた一撃を弓で受け止め、続けて放たれた足払いを短く跳躍して回避。そのままアタランテはエミヤの胴に蹴りを入れる。

 アタランテの筋力ステータスはエミヤと同じDランク。だが狂化によって理性を代償にして強化された筋力はエミヤの肉体を覆うアーマーを砕き、ダメージを与えるに余りある威力を発揮した。そのまま吹っ飛ばされるエミヤ。アタランテはその隙に距離を取ろうとするが、エミヤはそれを許さない。空中で体勢を整えて弓と剣の矢を投影。アタランテに照準を合わせて撃ち放つ。

 降り注ぐ剣の雨。アタランテはそれを弓を振るって弾いた。だがそれらは本命ではない。エミヤは最後に投影した剣に最大限に魔力を充填すると、真名を解放して撃った。――勝利すべき黄金の剣(カリバーン)、と。

 虚空を切り裂く黄金の剣。真名を解き放たれた聖剣は極光を纏いながら赤原猟犬の最大速度であるマッハ4を軽々と越え、純潔の狩人へと迫る。だが、狂化されてはいてもアタランテが学習しない訳ではない。当たらなければ宝具を爆発させてくると知っているアタランテは咄嗟に後方に飛び退いて爆発の範囲から逃れた。

 カリバーンに続けてエミヤが放った無銘の剣にアタランテが矢をぶつけて相殺する。そして訪れた静寂。その時、アタランテがエミヤに言葉を投げた。

 

「……成程。弓兵が剣士の真似事などとは思ったが、汝は相当に出来るようだな」

「これはこれは。かの高名な純潔の狩人に認められるとはな。私も鼻が高いよ」

「心にもないことを。……あぁ、口惜しいな。汝のような英雄と出会ったのが、よもやこのような下らん戦場とは」

 

 狂化されているが故に、アタランテはエミヤだけでなく敵全てを憎悪し、激憤していた。だがそれでもこうして理性的な思考を保ち、行動していられるのは彼女を縛っている力の大半が狂化ではなく聖杯と令呪によるものだからだ。最初、竜の魔女は完全にアタランテから理性を奪ってしまおうとしたのだが、まともな戦闘もできないのは危険であると判断して方針を切り替えたのだ。

 だからこそ、アタランテは歓喜すると共に落胆していた。時の果てで出会ったこの弓兵とは純粋に技を比べてみたかった。それはいかな冷静なアタランテとはいえ例外なく持っている英雄の本能による感情であった。

 だが、ここではそれが叶わない。この戦場においてはアタランテは竜の魔女の眷属、紛れもない悪であり正義に斃される運命。下らない寸劇に付き合わされて彼女は辟易していた。

 それでもこれが戦場であるなら自死することはできない。竜の魔女に縛られていることもあるが、それが今のアタランテに守ることができる最低限の〝英雄の矜持〟だった。

 エミヤとしては英雄の誇りなどは自身が持ち得ていないものであり、そこらの狗にでも食わせておけというのが正直な感想ではあった。しかし、英雄というものがそういう生き物であるのは熟知している。ハァ、とひとつため息を漏らすと、エミヤは再び意識を戦闘状態へと移行した。

 アタランテの頭上に一息で投影したのは無数の剣。その全てが超常の魔力を内包した宝具だ。それらをアタランテに向けて落下させるも、アタランテはその全てを回避する。この世の誰よりも速いとされたアタランテ。その全開の速力。剣雨を掻い潜ったアタランテはエミヤへと肉迫し、その懐へ潜り込む。

 エミヤは咄嗟に双剣を投影して対応しようとするが、それを交差させた点をアタランテの靴が強かに打ち付け、その衝撃を相殺しきれずに吹っ飛ぶ。さらにアタランテはそれに追いつき、エミヤの腕を掴んで地面に叩きつけた。間髪入れずに矢を番え、至近距離から撃ち放つ。だがエミヤがそう簡単に射貫かれる筈もなく、間一髪で回避した。

 

「弓兵が白兵など……ではなかったのか?」

「できないとは言っていないだろう?」

 

 そう言って獣のような笑みを浮かべ、アタランテがエミヤを蹴り飛ばした。

 アタランテは弓兵であるが、しかし近接戦ができない訳ではない。実際、神話においてはあの大英雄アキレウスの父であるペーレウスに格闘技で勝利したともある。彼女にはそれなりに接近戦の心得があるのだ。

 吹っ飛ばされたエミヤはすぐに体勢を立て直して弓を投影。牽制として適当に投影した矢を連続で射る。アタランテはすぐにそれに対応し、エミヤと同数の矢を撃ち放って全てを撃ち落とした。

 攻撃を全て防がれても、エミヤは全く動じずに次の行動に移った。弓を消し、代わりに夫婦剣を2対投影する。両手で精妙に操ることができる限界数。それらを全てアタランテに投げつける。アタランテはそれを弓を振るって弾き、双剣は後方に飛んでいく。

 続けてアタランテが放った矢を再度投影した双剣で弾き、さらにアタランテに向けて投げつける。同じ剣を無数に投影し続ける力。再び双剣を弾いたアタランテが珍妙な術だ、と呟き、直後、その獅子の耳に予想もしていなかった音を捉えた。

 何か複数のものが風を切る音。それが剣だと悟ったアタランテは回避しようとするが、その時には既にまたもや剣を投影したエミヤが接近していた。彼が唱えるのは絶技の祝詞。彼が持つ数少ない無二の技(オリジナル)、回避不能の剣技を繰り出す口上。

 

「――鶴翼(しんぎ)欠落ヲ不ラズ(むけつにしてばんじゃく)

   心技(ちから)泰山ニ至リ(やまをぬき)

   心技(つるぎ)黄河ヲ渡ル(みずをわかつ)

   唯名(せいめい)別天ニ納メ(りきゅうにとどき)

   両雄(われら)共ニ命を別ツ(ともにてんをいだかず)――!!!」

 

 エミヤがその能力を以て編み出した絶技〝鶴翼三連〟。本来は3対の干将・莫耶を投影して繰り出すその技を、さらに1対増やした鶴翼四連とでも言うべき絶技が純潔の狩人を襲う。アタランテは飛来する剣を弾き落とそうとするが、しかしそれではエミヤの斬撃を喰らってしまう。反対にエミヤを射殺せば、その隙に飛来する双剣がアタランテを切り裂くだろう。

 それは正に剣の檻。一度捕えたものを逃がさない必殺の牢獄。まさしく無限の剣を内包する英雄だからこそ編み出すことができた無二の絶技であった。最早回避不能である、とアタランテは悟るも、その顔に憤怒の色はない。

 そして見事、と狩人が呟いた次の瞬間、その身体を4対の剣が切り裂いた。

 

 

 

 

 ――マリー・アントワネットを知っているかい?

 

 遥が相対する大剣を携えたアサシンがそう遥に問いかけたのは、切り結んでいた両者が距離を取った時だった。

 マリー・アントワネットを知っているか。その問いの答えは最早言うまでもなかろう。本名〝マリー・アントワネット・ジョセフ・ジャンヌ・ド・アブスブール・ロレーヌ・ドートリシュ〟。フランス王権における最後の王妃だ。

 『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』という言葉に代表される強欲かつ悪辣な王妃――というのは当時の革命勢力や彼女を嫌う貴族、後世の人間たちによる『でっちあげ』であり、実際の彼女は国民を第一に考える王妃の鏡とも言える人物であったという。

 だが、その王妃が何だと言うのか。アサシンの真意が知れなかった遥は、まるで幽鬼のような立ち姿で俯くアサシンの言葉の続きを待った。エミヤと戦っているアタランテはさして強力な狂化は掛けられていないようだが、このアサシンは違う。加えて精神にもダメージがあると見える。まともな会話は望むべくもない。何なら論理的な筋の通った言葉さえ望めないほど、このアサシンは壊れてしまっている。言葉を投げたところで、それに対する反応を得られるとは思えない。

 

「僕はマリーを殺した。首を刎ねたその瞬間、最期の時に絶頂を迎えるような……あぁ。アレは紛れもなく僕の生涯最高の一振りだった。アレが僕から彼女へ贈ることができる最高の斬首(くちづけ)だったんだ。

 でも、それでは彼女は許してくれない。だから僕はあの時よりももっと巧くなった。もっと、もっと素晴らしい最高の瞬間を与えられる筈だったんだ! それが……!!!」

 

 そこでアサシン――もとい、処刑人〝シャルル=アンリ・サンソン〟は言葉を区切る。それは激情と感激の発露か。或いは憤怒と後悔の具現か。どちらにせよ、遥には想像も付かない感情であることだけは確かだった。

 シャルル=アンリ・サンソン。フランス革命期の処刑人にして、かの有名な処刑道具〝ギロチン〟の考案者。人類史上2番目に多くの人間の処刑を行ったのとは裏腹、彼自身は熱心な死刑廃止推進派だったという。さらに彼は医師でもあり、人間の何処をどのように傷つければ良いかを熟知していたらしい。

 俯いたままに敵将たる遥を睨み付けるサンソンの眼に理性の光はなく、代わりに矛先の知れない後悔や憤怒の光がある。それは或いは王妃を殺すことをさせず、あまつさえ彼女をシャドウ化させた竜の魔女に向けてのものだったのかも知れないが、今となってはそれを考えることすらも詮無きことであった。

 剣を持ち上げ、サンソンが1歩を踏み出す。罪人を処刑するための刃が陽光を受けて鈍色に煌めく。それはまるで、サンソンの心中に根付いた渇望の顕れであるようでもあった。貴方を殺せばもっと巧くなるのか。全員殺せばマリアをもう一度処刑することができるのか。そんなあり得ない希望を、狂った処刑人は抱いている。それだけは理解できて、遥がため息を吐いた。

 シュ、という小さな音を立ててサンソンに切り裂かれた頬の傷が()()()()()()()()。最後に流れた血を舐めとって感じたのは命の味。『不朽』の業を背負った命の味であった。そうして平突きの構えを取りながら、遥が言う。

 

「アンタが本当はどんな人間で、何を思いながら王妃サマを処刑したかなんて知らないし興味もない。なんであれ、アンタは俺たちを殺そうとするんだろ? なら――アンタは、俺が殺す」

 

 冷酷極まる声音でそう宣言するや、遥の姿が一瞬にして消え去った。予想もしていなかった動きにサンソンが眼を剥く。だがそうして驚愕の声を漏らす間さえもなく、彼の肩を神剣が貫いた。

 サンソンは激痛に悶絶し、手にした大剣を振るって遥を切り裂かんとする。しかし遥はすぐに神剣を引き抜いて大剣を回避すると、サンソンの脇腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。さらに間髪入れずに外套裏から黒鍵を引き抜いて鉄甲作用で投擲する。

 地面を転がっていたサンソンは獣じみた挙動で体勢を直し、飛来する黒鍵を弾こうと大剣を振るう。だが鉄甲作用によって投擲された黒鍵は容易くサンソンを吹っ飛ばした。続けて遥が空中に刻んだのはアンサズ。魔力を込められたルーン文字が起動し、火炎弾が虚空を奔る。

 サーヴァントでもないただの魔術師が何故こんな、と鈍った思考でサンソンが驚愕する。彼自身はさして格の高い英雄ではない。むしろただの処刑人である彼は、英霊という総体で見れば格の低い反英雄だ。それでもただの魔術師に遅れを取るような英雄ではない筈だった。

 彼にとって計算違いであったのは、遥がただの魔術師ではなかったこと。この一点に尽きる。遥は魔術師としても優秀極まるが、剣士としての才能にも目を見張るものがある。加えて携える宝具の特性により、遥は自己暗示を掛けている時に限り空位に達した剣士として振舞うことができた。

 無造作に振るった剣の悉くを弾かれながら、サンソンが舌打ちを漏らす。本来、彼はスキル『人体研究』によって相手の弱点を把握し、最適の攻撃を繰り出すことができる。だが狂化が掛かった崩壊寸前の精神では、それを生かすことさえままならない。

 精密かつ神速の剣技に次第にサンソンを追い詰める遥。しかし追い詰められてもなお、サンソンはまだ抵抗を諦めていなかった。自身の首へと迫る叢雲の刃を、剣ではなく左手で受ける。神造兵装の刃を受けた左手は半ばまで断ち切られ、そこでその刃を掴み取った。

 

「なにっ……!?」

「刑を執行するッ!! ――死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)!!!」

 

 真名解放。ぞわり、と背筋を撫でた悪寒に従って遥が見上げた先にあったのは鋭利な刃。そこに顕現していたのは真の処刑道具たるギロチンであった。それを見た時、たちどころに遥はその宝具の効果を悟る。

 サンソンの宝具である〝死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)〟は真名解放によってギロチンを顕現させ、対象を処刑する宝具だ。死ぬ確率は呪いへの抵抗力や対魔力、幸運ではなく死する運命に耐えられるかどうかで決定される。故に英霊というカテゴリであればまず対抗することはできず、生きている人間であっても殆どが処刑される。

 ()った――サンソンが確信する。だがその確信は次の瞬間、驚愕へと変わる。

 

 ――ギロチンが、落ちない。

 

 遍く死する運命にあるものの悉くを処刑する刃が微動だにしない。それはすなわち、遥の精神力が宝具の効力を上回ったということの証左であった。断じて手を抜いた訳でもなく、サンソンが手心を加えた訳でもない。

 直後、サンソンの視界が上下反転する。そうして彼の視界に入ったのは、頭とは異なる方向に転がった彼自身の身体。頭だけの状態で転がったサンソンの頭上では、黒鍵を振りぬいた状態で停止し、鮮血に濡れる遥がいた。

 完全に首を断たれて絶命し、あとは消えるのを待つばかりのサンソン。その時になって、彼はようやく狂化の呪いから解放された。消えゆく意識の中、サンソンが自嘲的な笑みを漏らす。

 処刑人が首を断たれて絶命するとは、なんという皮肉だろうか。それも彼が理想として掲げた〝死ぬほどの快楽〟などとは程遠い殺し方で。だがこれも因果か――彼の思考はそこで途切れ、完全に消滅しようかという時、遥の声が耳朶を打った。

 

「……じゃあな、ムッシュ・ド・パリ。白々しいのは自覚しているが、俺はアンタの生き様に敬意を表しよう」

 

 ああ、本当、何て白々しい。でも、ありがとう。――その言葉を最後に、完全に処刑人は消滅した。

 サンソンの身体が魔力光の粒になって虚空に溶けて消えていく。それを感情の読みにくい表情で見届けると、遥は疲労を吐き出すように深く息を吐いた。

 宝具を使用せずとも英霊に匹敵する身体能力と剣技。前者は完全に遥だけの力であるが、後者はそうではない。叢雲から記憶を引き出して自分自身に投射するという魔術は。遥自身に多大な負荷をかけていた。

 何しろ英霊よりも高位の存在から記憶を引き出しているのである。本来なら引き出した記憶と経験の量に反比例するように遥の記憶が消えていてもおかしくはないのだ。『不朽』であるから記憶が消滅することはないが、それでも精神死間際になるほどの負荷はある。

 今にも千切れてしまいそうな緊張の糸を、強靭な精神力だけで繋ぎとめる。そうして仲間たちの援護に向かおうとした時、爆発的な魔力の昂ぶりを感じ取って遥はそちらを見遣り、驚愕の息を呑んだ。

 魔人。まさにそう形容するのが正しい立ち姿だ。全身に纏った黒い霧の影響かステータスを見ることはできず、ただその魔力の高まりだけがその強さを周囲に知らしめている。

 

 ――アタランテ・メタモローゼ。それが今の狩人の真名()であった。




アタランテに何があったのかはまた次回。当初から魔人アタランテは出す予定でしたが、丁度異聞帯(ロストベルト)で出てきたので名前を使わせてもらいました。
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