Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第21話 魔女は玉座の間にありて

 竜の魔女とその眷属の本拠地であるオルレアンの城。残念ながらと言うべきか、或いはやはりと言うべきか、その城内は海魔と小竜族(ワイバーン)、アンデッドの巣窟であった。

 本拠地であるだけあって、敵性体(エネミー)の数と密度は先の平原での比ではない。まるで肉の壁ででもあるかのように敵が犇めき、その全てが竜の魔女に盾突く人理の守護者を屠らんと迫ってくる。

 無数の触手が、鉤爪が、武具が迫ってくるのはまさに圧巻の光景だった。相手が只人であれば恐怖で腰を抜かすよりも早くに挽肉へと変わり果て、エネミーの餌となっていただろう。だが今回ばかりは相手が悪い。

 次々に侵入者たちを屠らんと突進していったエネミーたちは成果らしい成果を生み出すことさえもできずに絶命せしめられる。敵性体から噴き出した血煙が既に人の血で染まっていた城を新たな血で塗り潰していく。

 アタランテたちを下した遥たちはそのままオルレアンへと進撃し、その中心にある城へと侵入を果たしていた。狩人たちと遭遇して以降はバーサーク・サーヴァントやシャドウ・サーヴァントとの遭遇はなく、雑魚ばかりが配置されていたために損害は軽微である。ただ多いばかりの敵に遅れを取るほど英雄、そして魔術師は甘くはない。

 だが、だからといって安心はできるものではない。初めて遥たちがジャンヌ・オルタと遭遇した際に彼女が連れていたサーヴァントのうち、ランサー〝ヴラド三世〟とアサシン〝カーミラ〟或いは〝エリザベート・バートリー〟、そして聖女の消滅は確認していないのだ。立香たちの方に遣わされたということも考えられるが、自分の目で確認していない以上は消えていないものと考える方が良いだろう。

 さらに相手が聖杯を所有している以上、追加でサーヴァントを召喚することもできるだろう。下手なことをすれば無尽蔵に増えることも考えられる。雑魚敵の掃討に時間を掛けていられるだけの余裕はない。

 叢雲の一振りで無数の雑魚敵を屠りつつ、遥が黙考する。逐一考えたことを言葉に出さずとも、同じ戦士であるが故に遥のサーヴァントたちは遥の考えることをある程度は汲み取ってくれるのである。

 

(さすがにジャンヌ単騎で突っ込んでくる……なんてことはないか)

 

 オルレアン進撃前夜、ジャンヌは遥がジャンヌ・オルタと戦うことを認めたうえで彼女自身もそれに同行するとした。だが最初から同行させなかったのは契約の問題と戦力の一極集中を避けるためである。

 魔術師(マスター)と契約し、魔力供給を受けたサーヴァントたちはできる限り契約者たるマスターと近づいていた方が魔力の供給効率が良い。全力で戦わせようと思うなら、契約者と共に戦わせるのが最も良い。

 だからといって、ジャンヌが来るまで待つ気は遥にはなかった。それは何も、決してジャンヌと共に戦いたくない訳ではない。ただ待っているだけの時間がないというだけだ。待っているうちに相手の戦力が増えてしまっては元も子もない。

 ジャンヌがジャンヌ・オルタに言いたいことは分かっている。確認はしていないが、恐らくジャンヌが遥と同じようにジャンヌ・オルタの正体に気付いているだろうことは容易に想像が着く。なにせ本人――否、()()なのだから。

 故に、この特異点の元凶はあの魔女ではない。ジャンヌ・オルタはあくまでも真の首魁が生み出した偶像。首魁が夢見たもの。要は都合の良い絵画や人形のようなものだ。それでも、遥はジャンヌ・オルタに抱く印象と好感は変わらないのだが。

 奇妙な感慨に浸りながら、遥は叢雲を振るう。黄金の軌跡が虚空を切り裂く度、鮮血が舞う。切り裂いた敵の数は既に千を超えているだろう。或いは二千か、三千か。最早数えることすらも億劫だった。

 これだけの敵を召喚するとなると、やはりジルは召喚魔術師(サモナー)なのだろう。とはいえ、前回の遭遇でのことを考えると宝具で召喚しているだけで本人は魔術師ですらない可能性が高い。もしも魔術師であれば、ただ雑魚を召喚してぶつけるという無駄極まる戦法をとる筈がない。

 沖田の刃が敵を穿ち、ジークフリートの剣が敵を切り裂き、タマモの呪術が敵を轢き潰し、エミヤの矢が敵を吹き飛ばす。ただ多いだけの敵は彼らに傷を付けることもできず、屍と化す。そうして敵地に侵入してしばらく経った頃、不意に通信機からロマニの声が響いた。

 

『遥君! 気を付けて、前方に強力な魔力反応がある! サーヴァントだ!』

「――!!!」

 

 ロマニが飛ばした警告に、全員に緊張が奔る。ようやく来たか、と。ここは敵の本拠地であるのだから、その防衛のためにサーヴァントが配置されているのは当然のことだ。

 「投影開始(トレース・オン)」と小さく詠唱を唱えたエミヤの手に膨大な魔力が収束する。ケルト神話に名高い英雄フェルグスの愛剣を改造し尽くしたそれに崩壊寸前まで魔力を充填し、放つ。敵性体を空間ごと捻じ切る一射。

 偽・螺旋剣によって生じた空間の捻れに吞まれた海魔の体液が飛び散り、挽肉と化したワイバーンの鮮血が噴き出す。あわよくば敵性サーヴァントすらも屠ってしまおうとした一射はしかし、エミヤが望む結果は齎さなかった。千切れ、積み重なった肉の壁の奥。そこにいたサーヴァントが空中で掴み取ったのだ。あまりの握力に、偽・螺旋剣の刀身が砕け折れる。

 敵性体から噴き出した血霧が虚空に霧散し、その奥にいた敵の姿が露わとなる。確認されたサーヴァントは4騎。ジル・ド・レェとヴラド三世、カーミラ、そして初めて見る黒騎士。手に執るのは人ならざる者によって鍛えられたことを示す精霊文字が刻印された魔剣。どうやらこの黒騎士がエミヤの宝具を掴み取り、破壊してのけた張本人のようだった。

 ただの貴族であるカーミラはともかく、地域が地域であれば大英雄であるヴラドと敵性体を大量召喚することができるジル、神造兵装と思しき宝剣を携えた黒騎士は十分に脅威と成り得る。叢雲を構えたまま遥が出方を伺っていると、狂信者が慇懃に礼の仕草を執った。

 

「これはこれは。随分とお早いご到着のようで、愚かにも聖女に刃向かう叛逆者諸君。えぇ。正直に言うとこのジル・ド・レェ、感服致しました。よもや獣へ堕した純潔の狩人を下すとは」

 

 しかし――、そこで一旦言葉を区切るジル・ド・レェ。だが次の瞬間にはその出目金のような目を激情に充血させつつ、最大限に見開いた。

 

「しかし、何故だ!? 何故私の世界を穢す!? あまつさえ竜の魔女(私の理想)を殺そうとするなど!?

 あぁ――全く! 全くCoolでない!」

 

 乱れた髪を掻きむしりながら、魂に刻まれた言葉を混ぜてそう怨嗟の雄叫びをあげるジルの姿はまさしく、激情や本能に突き動かされる芸術家の姿そのものであった。だがその眼に宿る狂気はそれよりもなお深く、淀んでいる。

 相対する怨敵に向けて憎悪の猛りを露わにするジルを、遥はそれとは対照的な冷めた瞳で見つめていた。その眼にあるのは徹底的な無関心ではなく、かといって堕ちたる元帥への憐れみの念でもない。そもそも、遥は敵に憐れみを抱けるほど出来た人間ではない。

 ジルを見つめる遥の眼にあるのは、ひとえに敵対心であった。どれだけこの元帥の憎悪が正しかろうが、今は敵として遥の目の前にいる。それ以前にこの男は自身の憎悪を理由に数多の少年を凌辱し、惨殺した者だ。遥にとってジルを相いれない敵と認めるにはそれで十分だった。

 故に何を言われようと心に響かない。なおも何事か怨嗟を吐き出し続ける狂信者の言葉を無視して遮り、遥が言葉を投げた。

 

「御託は結構。元帥さんよ、自分にとって都合の良い絵を見続けるのも飽きただろう? お片付けの時間だぜ」

「――なんですと?」

 

 極めて安い挑発だった。仮に挑発を放った相手が冷静な相手であれば心にもないことを、と一笑に伏されていただろう。遥の挑発はそれほどまでに彼の本心とはかけ離れたものであった。ジルにとって都合の良い絵は、ある部分においては遥にとって都合の良い絵でもあるのだから。

 だが、いくら冷や水を浴びせられたことで多少冷静になっているとはいえ少なからず狂化の熱にうかされた英霊にとって、それは最大限の重みを持つ挑発として魂に響いた。ジルは遥の言葉に呆気に取られ、だが直後に獣の如き咆哮をあげた。

 ヴアァァァァァッ!! と最早言語としても聞き取れない、それは魂からの咆哮だった。身体を駆け巡る憤怒と憎悪のあまりに海老反りになり乱れた髪を更に掻きむしる。そうして視線を遥の方に戻した時、そこにあったのは先程までの余裕に満ちた表情ではなかった。

 飛び出た眼球は限界まで充血し、今にも血管が切れて出血しそうだ。先程まで蒼白だった顔面は赤く染まっている。それはまさしく憤怒に塗れた悪鬼の形相であった。その表情を見て、遥が嫌な笑みを漏らす。いいぜ、かかってこいよ、と極限まで強がった虚栄の笑みだ。

 怒りのあまりに殆ど冷静さを失っているジルではあるが、しかし状況を見極めるだけの冷静さは残されているようで、臨戦態勢に入っている傍らのサーヴァントたちに戦闘開始の指示は出さない。互いに互いの出方を伺っている硬直状態。

 

――だが、そこに不意に声が響いた。

 

「ほう。ようやく敵の居城かと思い乗り込んでみれば……まさか貴卿がいるとはな、湖の騎士(サー・ランスロット)。だが随分堕ちたようだ。私が言えたことではないがな」

「アルトリア……!」

「Aa……? ――!?」

 

 アルトリア。聞こえてきたその名前と覚えのある声に、黒騎士――もとい、ランスロットが顔をあげた。だがランスロットは積年の妄執の相手を目前にして狂乱のままに跳びかかることをせず、驚愕に吞まれたようにアルトリアを見つめる。

 或いはそこにいたのが反転していない騎士王であればランスロットはこの場にアルトリアが来るよりも早くにその存在に気付いて襲い掛かっていただろう。最後までランスロットがアルトリアに気付かなかったのは、彼女の魂の在り様があまりに変わり果てていたからだった。

 なんたる邪悪、とランスロットの中に残る正常な部分が驚愕する。だが、その思いは狂化によって彼自身が自覚するより早くに霧散してしまった。代わりにその口から迸ったのは獣の咆哮。闘争心も露わに、手に執る魔剣に光が宿る。

 どれだけ堕ちていようが、目の前にいるのは間違いなくアーサー王。であればそこに区別などなく、ランスロットにとってはその違いなどは些末な問題であった。まるで壊れた自動機械のように動き出し、遥たちの頭上を越えて跳躍する。手に執る宝剣を振り上げ、アルトリアを叩き切らんとする。

 だがその刃がアルトリアを捉える直前、何者かが割り込んだことでそれは防がれた。小柄な人ひとりの身長を軽く超すほどの大きさを誇る盾。マシュの盾である。さらにそこへ飛び込んできた蒼い槍兵。閃光の如きその刺突を、だがランスロットは難なく躱すとそのまま距離を取った。

 さしものランスロットといえど、3騎のサーヴァントを前にしては見境なく突進する訳にもいかない。だが隙を見せれば即座に斬りかかれる体勢で睨み付けている。再びひと時の膠着状態に入ったそこへ飛び込んできた足音は立香とジャンヌのものであった。

 悪い、遅くなった。遥の傍らまで来た立香が言う。さらにその横ではジャンヌが憐憫の籠った眼でジルを見つめていた。

 

「ジル。貴方は……」

「ジャンヌ……あぁ、よもや貴女までも彼女を否定するというのですか……自らが齎した救済の果てに裏切られ、凌辱され、火刑に処された貴女が!! 他でもない、貴女自身の怒りとでも言うべき彼女を!!!」

 

 そう叫ぶジルの声はこれまでのような怨嗟や憤怒ではなく、むしろ懇願や執着の色合いがあった。それはそうだろう。ジルにとってジャンヌ・オルタは〝理想のジャンヌ・ダルク〟であって、そうでないジャンヌ・ダルクは理解の埒外でしかない。

 その点において、遥はジャンヌよりもむしろジルに近い感性を持っていた。仮に遥がジャンヌと同じ立場に立たされ、同じ結末を迎えたとしたらジャンヌ・オルタのようにフランスを恨むだろう。それは間違いない。

 だが、だからといってジャンヌ・オルタのようにフランス全土を死の国にするような復讐を成すかと問われれば、それは否だ。遥にとって、虐殺による復讐とは()()()()()()()()。故に遥はジルとは相いれない。

 自らが慕う聖女が自分の望む形とは全く違うという事実にジルが悲嘆に暮れる。だが一瞬にしてその表情を悲嘆から憤怒へと変えると、ジルはジャンヌたちへと憎悪の言葉を吐き出した。

 

「貴女が赦しても、私が赦さない。我が道を阻むというのなら、貴女とて敵だ、ジャンヌ・ダルクッ!!!

 行くのです、狂乱の英霊たちよ! ランスロット卿に続けェッ!!!」

 

 戦闘の火蓋を切って落とすジルの声に応え、ヴラドとカーミラが狂喜的な笑みを深くした。続けてヴラドが霊体化させていた槍を具現化させ、突貫してくる。しかしその槍の一撃は遥たちに届くことはなく、その一撃は阻まれるどころか立て続けに反撃を喰らいかけたことでヴラドが飛び退く。

 果たして遥たちとヴラドの間に割って入り、その攻撃を防いで見せたのはクランの猛犬たるクー・フーリンであった。後退したヴラドは領土とした城の床面から無数の杭を生み出して遥たちごとクー・フーリンを屠らんとするも、それはクー・フーリンやエミヤたちによって全て撃ち落とされる。

 自らの逸話が昇華された宝具が全く効果を成さないことに苛立ったのは、ヴラドが表情を屈辱に歪める。だがクー・フーリンはそれを一切意に介さず、杭を弾きながら背後にいる遥に向けて言葉を投げる。

 

「早く行け、坊主! あの女とナシつけるって言ったのはテメェだろ?!」

「それはそうだが……!」

 

 クー・フーリンの言葉に対し、遥が躊躇いの反応を見せる。敵に襲われているこの状況で立香たちに戦いを任せるというのは、まるで立香を見捨てているかのようで遥にはすぐに承諾できるものではなかった。

 反射的に遥がランスロットとジルが放った海魔と戦うアルトリアとマシュに指示を出している立香の方を一瞥する。その瞬間、ほぼ同時に立香もまた遥の方を振り返った。ふたりの視線が交錯し、その一瞬で遥は立香の意図を完全に汲み取った。そして、遥が口の端に笑みを浮かべる。

 ここはオレたちに任せて先に行け。遥がよく見ているアニメなどで使い古された言葉。まさかそれを実際に言われる日が来るとは思わなかったのだ。だが――仲間から向けられる全力の信任のなんと頼もしいことか。見捨てるなどととんでもない。信じて託すのは放棄ではない。

 続けて視線を合わせたジャンヌと頷き合い、さらにエミヤともアイコンタクトを取る。錬鉄の英霊はその一瞬だけで主の思いを全て察知し、ニヒルな笑みを浮かべた。そうして投影したのは黒塗りの大弓と選定の剣。

 選定の剣を大弓に番え、内部から圧壊する寸前まで魔力を充填。狙うのはヴラドが敵の動きを阻むためにその背後に生み出した杭の壁。エミヤの動きでヴラドは彼が何をしようとしているのかを察し、刺し殺そうとするが既に遅い。

 弓に番えた剣を真名を解放して解き放ち、真名解放された選定の剣は星の聖剣にも匹敵する極光を纏いながら杭壁に突き刺さる。ヴラドの宝具〝極刑王(カズィクル・ベイ)〟によって生み出された杭たちはしかし、極光に()かれて一部が砕け散る。

 

「突っ込むぞ! ――ここは任せたぞ、立香(あいぼう)!!!」

 

 その言葉だけ残し、遥が駆け出す。それに追随するのは沖田とタマモ、ジークフリート、そしてジャンヌだ。ヴラドをカーミラは行かせるまいと阻もうとするが、ヴラドはジークフリートが幻想大剣(バルムンク)を限定的に解放して黄昏の波を放ったことで近づけず、カーミラは沖田に蹴り飛ばされたうえに踏みつけられる。

 さらに殿を勤めるタマモとジャンヌが追撃として放った杭と魔力弾を弾く。立香が次に振り返ってそちらを見た時には遥たちの姿は既になく、その直後にエミヤの宝具によって生み出された孔が新たに生み出された杭によって埋まる。

 ハッ、と立香が口の端に笑みを覗かせる。いくらこんな状況とはいえ、まさか自分があんな使い古された台詞を本心から吐くとは思わなかったのだ。だが、悪くない気分だった。誰かに無条件の信任を置けるというのは、悪いことではない。

 立香の周りで戦うのは立香のサーヴァントであるマシュとアルトリア、クー・フーリン。そして遥が残していったエミヤだ。

 ハァ、と息を吐いて感情を落ち着ける。相も変わらず恐怖で膝は笑い出しそうだが、それを無理矢理に押し殺して気丈に振舞う。それが義務だからではない。ただ仲間たちと共に歩むために、今ここで膝を折る訳にはいかないのだ。

 

「やるぞ、皆! オレたちは負ける訳にはいかない、それに遥にも任されたからな!」

 

 精一杯の勇気を振り絞って吐き出した立香の言葉。よく言った、と呟いて獰猛な笑みを浮かべたのはクー・フーリンだ。彼は槍を構えたまま傍らに立つ腐れ縁の弓兵と言葉を交わす。

 

「まさかテメェが残るとはな」

「マスターの指示だ。何、心配することはない。マスターから離れようと、無理に狂った英霊如きに遅れはとらないさ」

 

 そう言ってエミヤは双剣を投影しつつ、挑発めいた視線をヴラドとカーミラへと向ける。自分たちへ向けて放たれた挑発を、彼らはジルの例に漏れずそのままに受け取った。

 自分が率いているサーヴァントの中からこの場に残すサーヴァントにエミヤを選んだ遥の指示は正しい。エミヤは弓兵ではあるが、剣を扱うこともできる。戦闘での汎用性という点においてエミヤに勝る英霊はそういないだろう。

 加えて、未熟な人間の面倒を見るのが大の得意ときている。遥とエミヤの付き合いはまだ数日程度でしかないが、遥はエミヤの性格を正しく把握していた。まったく妙な魔術師である。極めて優秀な魔術師であるのに変な部分で人間臭いというのは、エミヤが仕えた別なマスターに共通しているところがあった。それでこそこの紅い外套を纏っている甲斐があるというものだ、とエミヤが嗤った。

 エミヤの横でクー・フーリンがゲイ・ボルクを回転させる。思えばエミヤとクー・フーリンはこれまで幾度となく刃を交えてきたが、共に戦うのはこれが初めてではなかろうか。それでもうまく戦えるという妙な自身が両者にあるのは、何度も戦ってきたが故に互いの戦闘スタイルを熟知しているという自負があるからか。

 視線を交わさぬまま、ふたりは言葉だけを交わす。

 

「オレと共に戦うのはいいが……ヘマすんじゃねぇぞ、アーチャー?」

「誰に物を言っている。君こそ、敵に遅れを取っても助けてやらんぞ、私は」

「ハッ。言ってくれんじゃねぇか!!!」

 

 そう叫ぶや、クー・フーリンが槍を構えて地を蹴る。あまりの速さに押し出された大気が爆音めいた音を鳴らした。常ならば急な突貫を咎めるエミヤだが、彼もまた双剣を構えて敵へと斬りかかる。

 ヴラドとカーミラもまた得物を構え、そしてぶつかり合った武具が火花を散らした。

 

 

 

 

 

 ぶつかり合う英霊たち。彼らが生み出す魔力の波動を背後に感じながら、遥は城を駆けていた。未だ衛兵として配置されている海魔とワイバーンは残っているが、それらは遥にとって相手にもならない。

 現状確認されていたサーヴァントで残っていた英霊たちは全て立香たちと戦っている。敵が聖杯を保有している以上は新しくサーヴァントを召喚される可能性はあるが、沖田たちさえいれば対応できる。

 走りながら、遥はちらと横にいる沖田の様子を伺った。沖田はセイバーとしては非常に強力な部類の英霊だが、長時間休みなく戦闘を続けると病弱スキルが発動しやすくなるという弱点がある。一応は突入前に休みを入れたが、それで十分とは思えない。さりとてこの場で休憩を入れる訳にもいかない。

 顔色と足取りには特に問題がないようにも見えるが、不調は見た目に現れるものだけではない。

 

「沖田、大丈夫か。まだいけるか?」

「ええ。まだなんとか」

 

 そう答えを返す声に、不調の色合いはない。どうやら現時点ではまだ問題はないようだが、なにせ雑魚敵と戦い続け、サーヴァント2騎とも戦闘を繰り広げた後だ。休みなしで戦闘できるのは後1度が限度といったところだろう。

 他の遥に付いてきているタマモとジークフリート、ジャンヌには目立った外傷はない。魔力が続く限りサーヴァントは疲労とは無縁であるから、彼らは特に問題あるまい。問題があるとすれば、遥の方だ。接近してきたワイバーンの眼球を魔銃を発砲するとで潰し、視界を奪った後に心臓をひと突きで屠ると思考を続ける。

 確かにサーヴァントたちは疲労とは無縁だ。唯一例外が沖田であるが、現時点では問題は発生していない。だが遥はそうではない。いくら強力な魔術師で純粋な人間よりも頑強な身体をしているとはいえ、遥は生者だ。疲労と無縁ではいられない。八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)使用による疲労は確実に遥に蓄積していた。

 自分の身体のことを考えれば、ジャンヌ・オルタでの戦闘では変身は避けるのが賢明だ。無理な変身は自爆を招く。短期決着ではなくともより盤石な勝利を求めるなら、遥は別の自己強化手段に頼る他ない。

 

(あるにはある……けど)

 

 それは八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)とは別の方面で遥に負担をかけるものだ。疲労という訳ではない。むしろその手段を執れば疲労などとは無縁になる。遥がその手段を執るのを躊躇うのは遥自身の個人的な感傷である。

 しかし、そんな感傷はジャンヌ・オルタと決着を付けるという意思と比べればちっぽけなものだ。目的を達成するために手段を行使することを、遥は躊躇わない。

 その時、遥の思いが表情に出ていたからか、或いはただ察しただけかタマモが声をかけてきた。

 

「安心してください、マスター。貴方がどうなろうと、何であろうと、私たちが支えますから」

 

 そう言うタマモの表情に嘘偽りはない。それ故か遥はこの場にそぐわない、けれどずっと内心で思っていたことを言葉にして漏らした。

 

「ああ、そうだな。……なんだかタマモって良妻っていうより、姉っぽいな」

「みこっ? 何を仰るのですか、マスター? 私は紛れもない良妻英霊ですよ。

 ですけど、貴方なら……()()()()()()()()()()、姉というのもいいかも知れませんね」

 

 その物言いに何か含みを感じた遥であったが、敢えて何も訊くことはしなかった。普段ならば気になったことは問い詰めようとするのだが、何故かタマモにばかりはそれでいいとなってしまうのである。

 タマモから遥に向けられる感情は友愛ではなく、また絶対に恋慕ではない。かといって嫌悪感のようなものでもない。タマモから向けられる感情を遥は知らなかった。或いは忘れている、というのが正しいか。

 だが何か覚えがあるような気がして、遥はそれを記憶から掘り起こそうとする。けれどそれよりも早く、遥たちの視線の先に天井まで届くほどに巨大な扉が現れた。城の最奥、玉座の間に通じる扉である。

 遥は思考を中断すると、サーヴァントたちに目配せをした。それだけで突入の意思確認をすると、全身に強化魔術を付与した。そのままの勢いで扉を殴りつけ、衝撃に耐えきれなかった扉が倒れる。

 

「……来たわね」

 

 敵の大将であるジャンヌ・オルタは玉座には座らず、部屋の中央に佇んでいた。まるで遥たちを待ち受けていたかのように。その傍らには3騎のシャドウ・サーヴァントがいる。

 その光景が遥の眼に飛び込んでくると同時に遥の鼻腔を刺激したのは人脂の焼けた匂いと人の血の匂いが混じった異様な匂いだった。恐らく、ここで城にいた人間たちが焼き殺されるか、ワイバーンに食い殺されるかしたのであろう。

 ロマニの言によれば、特異点で死んだ人々は歴史が修正されれば元に戻るという。そんなことがあるものか、と遥は思う。いくら歪んだ歴史の中とはいえ、死人がそう簡単に戻ってたまるものか、と。故に遥の中ではここで殺された人々は死んだも同然だ。

 しかし、だからといって同情する余地があるかと問われれば、それは否だろう。ここで人が死んだのはジャンヌ・オルタによる復讐の結果だ。それを否定する気はない。

 

「ジルは足止めされましたか、想定通りですね。……さぁ、ここまで来たのなら始めましょうか。最終決戦を」

「待ってください。その前に、貴女にひとつだけ訊きたいことがあります」

 

 ジルが足止めされたことを想定通りというジャンヌ・オルタの声音は相も変わらず憤怒と憎悪に彩られていたが、僅かに以前とは異なる雰囲気があった。言うなれば、それは歓喜だ。怨敵たる遥と一騎打ちできるという歓喜。

 しかしその歓喜はジャンヌの声がジャンヌ・オルタの耳朶を打った瞬間に彼女の表情から消え去った。ジャンヌを見るジャンヌ・オルタの表情は人間が鬱陶しい羽虫を見る時のそれに近い。ジャンヌ・オルタにとってジャンヌは彼女の残り滓でしかないのだから、それも当然だ。

 これからジャンヌ・オルタにぶつけられる真実を思えば、遥はため息を禁じえなかった。真実を知らない相手を討ち斃すというのはあまりしたくはないが、ジャンヌ・オルタの場合真実を知ることでどうなるか分からない。自己のアイデンティティが崩れ去ってしまうのだから。

 そんな遥の心中を察したのか、ジャンヌは遥の方を一瞥すると申し訳なさそうに微笑んだ。それに遥は仕方ないさとでも言うように肩を竦めてみせる。その直後、ジャンヌは己が闇の側面として立つ者に問いをぶつけた。

 

――貴女は、自分の家族のことを覚えていますか?

 

「――は……?」

 

 ジャンヌの問いに、ジャンヌ・オルタが眼を丸くした。まるで、何を言っているのかと呆気に取られているかのような表情だ。だがすぐにその表情は驚愕、そして忘我へと至る。

 ジャンヌ・オルタが戦場に立つ以前のことを覚えているか否か。その問いに対する答えを遥はその様子を見ずとも知っていた。ジャンヌ・オルタに聖女として戦っていた以前の記憶はない。

 初めからジャンヌ・オルタに対して違和感を覚えていた遥だったが、その違和感の正体に気付いたのは本物のジャンヌ・ダルクと出会った時だった。彼女は正当なオルタナティブというにはあまりに大元のそれと乖離しすぎているのだ。

 ジャンヌは聖人だが、村娘であった時の記憶に重きを置いている。ジャンヌ・オルタは聖人ではないが、囚われて火刑に処された時の記憶に縛られている。しかし、後者は絶対にありえないのだ。()()()()()()()()()()()

 理由(カラクリ)は単純明快。つまりは聖杯によってジャンヌ・オルタを創造した者――ジル・ド・レェがそれ以前の彼女を知らないためだ。願望の主が知らないことは叶えられない。願望器の弱点である。

 真相が分かってしまえば何ということはない。つまらない三文芝居だ、と遥が溜息を吐いた。だが、遥はこのままで終わらせたりはしない。目的のためだけに造られ、しかしながら目的を見失った者がどうなるか。遥はよく知っている。

 しかし、遥が思っていた以上にジャンヌ・オルタは強かだった。自らの真相に気付いたジャンヌ・オルタだがすぐに絶望と忘我から復帰するとその視線を遥へ向ける。

 

「私が本物か、それとも偽物か……そんなコト、今はどうでもいい。それはソイツに引導を渡してから考えることにするわ。

 さぁ。剣を抜きなさい、我が怨敵! 決着を付けるわよ!」

 

 腰に帯びた聖カトリーヌの剣を抜き、その切っ先を遥へと向けてジャンヌ・オルタはそう叫んだ。その言葉に遥は一瞬だけ呆気に取られ、そして笑むと叢雲を抜刀した。黄金に輝く刀身が殺戮の色が染みついた玉座の間を照らし上げる。マスターたるジャンヌ・オルタと遥が臨戦態勢に入ったことで、それぞれのサーヴァントたちもまた戦闘態勢に入った。

 恐らく、ジャンヌ・オルタは本気でかかってくるだろう。その強さは遥を舐めてかかっていた以前のそれとは比較にならない筈だ。或いは聖杯の力によって達人に匹敵する剣術と槍術を身に付けているかも知れない。以前のままでは仮に本気でかかってきたとしても剣腕の差で遥が勝利する可能性が高い。

 相手が本気でかかってくるというのなら、遥も本気で戦わないというのは失礼に値するだろう。ほう、と深く息を吐き、覚悟を決め、瞑目して遥は短く詠唱を口ずさんだ。

 

魔術回路、封印解放(サーキット・オーバーフロー)憑依分霊接続(コネクト)

 

 たった数節の詠唱で遥の魔術回路に掛けられていた封印が解除され、全身に巡る魔力が数倍に増加する。普段は使われない魔術回路に急に魔力が奔ったことで全身が悲鳴をあげる。だがそれ以上に苦痛であったのは、身体が何かに侵されていくような異物感だった。

 それは(のろ)いだった。遥かな太古から続き、遥という完成形を得たことでようやく具現化したもの。魔術回路が解放された瞬間に遥の魂と憑依した分霊が直結され、激烈な苦痛が遥を襲う。まるで1秒が何倍にも引き伸ばされたかのような感覚の後、その苦痛が安心感へと塗り替わった。

 その瞬間、遥の変化を感じ取ったジャンヌ・オルタが嗤った。そうだ。それでいい、と。自分が本気で戦うのだから、相手もそうでなくては張り合いがない。全力の相手を打ち倒してこそ、この復讐は達成される。

 叢雲の刀身がより強い黄金色に輝き、噴き出す魔力が轟と唸りをあげる。神剣の切っ先をジャンヌ・オルタに向け、遥は高らかに叫んだ。

 

「いくぞ、オルタ。この特異点の戦いを、これで終わらせる!!」




今回の対戦カード
アルトリア&マシュVSランスロット&ジル
エミヤ&クー・フーリンVSヴラド&カーミラ
沖田&タマモ&ジークフリート&ジャンヌVSシャドウ・サーヴァント(マリー、アマデウス、エリザベート)
遥VSジャンヌ・オルタ
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