Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第22話 復讐者、ふたり

 オルレアンの城。その玉座の間に剣戟の音が響く。数多くの英霊が戦う中にあって、最も激しい戦いを繰り広げているのは竜の魔女たるジャンヌ・オルタと英霊ではない筈の遥だった。

 目にも留まらぬ速度で漆黒の長剣と槍、黄金の神刀が振るわれ、ぶつかり合う度に膨大な魔力が噴き出す。時折両者が放つのは恩讐の炎と煉獄の焔。それらは相殺し合うことはなく、ふたりの身体に降りかかる。

 遥とジャンヌ・オルタの戦闘はどちらが一方的に押すということはなく、完全な拮抗状態を呈していた。ジャンヌ・オルタが以前のままであれば既に勝負が付いていただろうが、明らかに剣術の腕があがっている。聖杯の願望器としての力を使えばそんなことは容易いことであろう。

 以前交戦した時に斃せなかった敵が強くなっている。戦場においてそれは最も忌避すべきことのひとつだろうが、遥の表情に暗澹たる色はなかった。むしろ歓喜のように見えるのは、遥に宿る分霊の影響か。

 だがそう昂ってだけいられない状況であるのも確かだ。今の遥は八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)を使わずともある程度サーヴァントと戦えるようにはなっているが、それでも使用状態よりは身体能力で劣る。真正面からジャンヌ・オルタと殴り合えばまず間違いなく腕の骨が砕け散るだろう。故に使えるのは叢雲と魔術のみ。徒手空拳による格闘戦は自爆に等しい。

 対するジャンヌ・オルタは右手に長剣を、左手に旗もとい槍を握り、手数の多さで遥を圧倒しようとしている。いくら聖杯の後押しを受けてはいても剣術において上手であるのは遥だ。一瞬でも隙を作ればその瞬間に遥の剣はジャンヌ・オルタの霊核を貫くだろう。剣術だけではなく、剣速もまた遥に分がある。だがいくら剣で勝ろうと、力で劣れば負ける可能性もある。

 ジャンヌ・オルタの動きに呼吸を合わせ、繰り出される連撃を叢雲でいなす。タイミングさえ合わせることができるのなら、攻撃を避けるのは容易い。サーヴァントは超常の存在であるが、今の遥もまた超常に近い存在。土俵はほとんど同じだ。

 人血の多少の封印と自身に憑依、否、正確には()()している霊魂の限定開放。それが遥が行使した魔術の正体である。完全開放もできなくはないが、遥自身の肉体に負担をかけないようにするには限定開放が限度なのだ、この時代では。それに完全開放をすればその霊魂の正体が何であるか全員に気付かれる。タマモには気づかれている節があるが、彼女なら問題はない。

 

「フッ――!」

 

 短い気合を吐き出し、遥が叢雲を大上段に構える。素人でも太刀筋が読めるような、達人以上の域にいる遥であれば絶対に取らないであろう構え。ジャンヌ・オルタはその構えに何か違和感を覚えたものの、その隙に一太刀を浴びせんを長剣を振るった。

 しかしその刀身が遥に直撃する寸前、ジャンヌ・オルタの脇腹を強い衝撃が襲った。そのまま吹っ飛ばされるジャンヌ・オルタ。だがすぐに体勢を戻し、ジャンヌ・オルタは己の失策を悟った。

 わざと太刀筋が見える構えを取ったのは、ジャンヌ・オルタがその隙に攻撃を入れるのを誘うため。本命は横からジャンヌ・オルタを打ち付けた蹴撃だ。ジャンヌ・オルタはまんまとそれに乗っかってしまった形である。

 顔を上げ、ジャンヌ・オルタは怨敵の顔を見る。刀を振り上げたからといって素直斬撃が来ると思うな莫迦め、とでも言いたげな顔であった。揶揄うようなその態度に覚えのない類の怒りを覚えながら、ジャンヌ・オルタが長剣の刀身に魔力を集中する。

 そうしてジャンヌ・オルタの周囲に発生したのは黒い魔力槍。ジャンヌ・オルタは黒剣を遥へと向け、暗く激しい恩讐の魔力によって構成されたそれらを打ち出した。

 

「往けっ!!」

 

 一斉掃射ではない。時間差をつけて躱しにくく打ち出された槍。だが遥は慌てず、過つことなくそれへの対処を実行した。

 漆黒の外套に手を突っ込んで取り出したのは黒鍵。それを鉄甲作用ではない至って普通の投法で投げつける。そんなもので防げるわけがないだろう、と嘲ったジャンヌ・オルタであったが、彼女はその認識をすぐに改めることとなった。

 遥が投擲した黒鍵がジャンヌ・オルタの魔力槍と衝突した瞬間に爆発し、魔力槍の全てを消滅せしめたのである。それを齎したのは黒鍵そのものではなく、その内部に刻まれたルーン文字。遥は所有している黒鍵のうちいくつかを数種類の改造黒鍵としていたのだ。教会の人間が聞けば憤死しかねないが、遥は信徒ではないし彼に黒鍵を提供した代行者も敬虔な信徒という訳では無いから不問であろう。

 原理は知らないものの、黒鍵で魔力槍を防がれたジャンヌ・オルタが舌打ちを漏らす。叢雲と鞘ばかりに気を取られがちだが、遥の武装は何も宝具だけではない。黒鍵や魔銃、さらには魔術加工を施した爆弾など。用途を問わず、多くの武具を扱うのがこの魔術師だ。伊達に死徒や悪魔との交戦をしてきた訳ではない。

 黒鍵が爆発したことで発生した煙を突っ切るようにして遥が突っ込む。繰り出されるは神速の刺突。沖田のそれのような魔法の域に足を踏み入れたものではないが、生半な戦士では視認することさえ叶わない剣技だ。

 しかしそれを警戒していなかったジャンヌ・オルタではない。煙幕から遥が現れた瞬間、ジャンヌ・オルタは恩讐の炎を放出した。超高温の炎が壁のようにジャンヌ・オルタの目前に展開される。

 

「チイッ……!」

 

 さしもの遥といえど、英霊が放った超常の炎を突破できる筈もない。だが遥は咄嗟に対応してみせた。無理矢理地面に足を突いて停止し、慣性を利用するようにして叢雲を虚空に一閃した。叢雲そのものが持つ魔力放出によって形成された黄金の魔力斬撃が魔女目掛けて飛翔する。

 ただの魔力放出とはいえ、神造兵装によるものであるそれは宝具の断片展開にも匹敵する。ジャンヌ・オルタはそれを正面から迎え撃つようなことはせず、身を低くして走り出すことで回避した。虚空を薙いだ金の魔力が城の壁を粉砕する。

 ジャンヌ・オルタが構えた黒剣に炎が宿る。それは彼女が抱く憎悪によって極限にまで研ぎ澄まされた鏖殺の炎。それらが剣の切っ先が指示した怨敵を焼き払わんと奔る。だが遥は一度見た攻撃を再度喰らうような愚は犯さない。

 

「我が躰は焔」

 

 紡いだ詠唱で体内に固有結界を展開する。魔術の最奥たる秘術であるが、これまで幾度となく繰り返した動作であるが故にその展開までの時間は極端に短縮されていた。一呼吸を挟む間すらもなく遥の手に焔が生まれる。

 それは遥の身体を永遠に苛み続ける煉獄の焔。罪人を裁き、罪を浄化する筈の焔は復讐者の手の中にあってもその性質を失わない。真正面からジャンヌ・オルタの炎を迎え撃った遥の焔は恩讐に塗れた炎を浄化し、消滅せしめる。

 遥が放つ煉獄の焔に、ジャンヌ・オルタが憎々しげに顔を歪める。火刑に処されたという記憶の強いジャンヌ・オルタにとって、断罪の焔はただ憎いものでしかないらしい。火刑の炎と煉獄の焔はその原理こそ全く違えど、断罪の意味としては同義だ。

 だが、断罪の焔が憎いのは遥とて同じだ。遥はこの焔を自在に操ることはできるが、だからといってその焔に焼かれない訳ではない。生まれてから今まで、遥は絶え間なくこの焔に焼かれている。

 

加速開始(イグニッション)

 

 たった1節の呪言で体内の固有結界の時間流が加速する。外界の時間と体内時間が完全に切り離され、あり得ない速度で身体が動く苦痛が遥の意識を白ませる。だがそんなものは慣れたものだ。今更になって遥の動きを阻むものではない。

 2倍、3倍――否。それ以上の速度で遥の身体が躍動する。1歩を踏み込む度に全身の骨が砕け、遥の起源『不朽』の性質によって修正される。修復ではなく、修正だ。だがどちらにせよ元に戻るなら同じだ。遥の加速上限は身体の負担を無視すれば10倍速といったところか。さすがにそれだけ加速することはないが。

 肉迫してきたジャンヌ・オルタの一閃を叢雲で受け止める。そのまま鍔迫り合いに移ることはせず、ジャンヌ・オルタは何度も遥に向けて剣を振るうが遥はそれを引き伸ばされ、遅延した時間の中で完璧に見切った。黄金の神刀と漆黒の長剣がぶつかり合い、火花と魔力を散らす。

 剣技以外では劣っていながら、聖杯のバックアップを受けているサーヴァントと互角に渡り合う人間。ジャンヌ・オルタの胸中には自身の前に立ちはだかるこの敵を恨めしく思うと共に、言い知れぬ奇妙な感覚を覚えてもいた。だがそれがこれまで恩讐だけで動いていたジャンヌ・オルタにはなかった感情であったが故に、彼女がそれを自覚することはなかった。

 だが同時に、ジャンヌ・オルタは不可解に思ってもいた。遥の眼の奥にある憎悪と憤怒の色は間違いないというのに、遥の在り方はジャンヌ・オルタとは対局にある。即ち人類を滅ぼそうとする者と、人類を守る者。心にこびりついたものは同じ筈なのに、積み上げたものが両者を明らかに分かつものになっていた。

 剣戟の音がジャンヌ・オルタの耳朶を打ち続ける。いくら聖杯の後押しによって達人並みの剣技を身に付けたとはいえ、相手は類稀な天賦の才のうえに気の遠くなるほどの努力を積み上げた紛れもない剣客だ。付け焼刃の剣技で敵う相手ではなく、事実ステータスでは勝るジャンヌ・オルタは遥を瞬殺できていない。

 

「やっぱり、アンタ異常ね」

 

 刃と刃がぶつかり合い奏でられる甲高い金属音の中でも、その声は遥の耳に届いた。遥の沈黙をどう捉えたのか、剣戟を続けたままジャンヌ・オルタが言葉を続ける。

 

「アンタは私と同じ。人間が憎い、世界が憎い。それなのに人類を救おうとするなんて、どうかしてるわ」

 

 途中から鍔迫り合いへと移り、遥はジャンヌ・オルタに下から覗き込まれる形になる。その金色の瞳は遥の内にあるものを探っているようで、遥は妙な気持ちの悪さを覚えた。だが不思議と不快ではなく、嘲弄するようなジャンヌ・オルタの声音に応えて口元に歪んだ笑みを覗かせる。

 遥のことを異常だ、どうかしていると言うジャンヌ・オルタ。言葉に出してはいないが、要は彼女はこう問うているのだ。『自分と同じなのに、どうして復讐に走らないのか』と。

 とんでもない、と遥は内心で嗤う。それだけ全てを憎悪しておいて復讐に走らない筈がない。それは遥とて例外ではなく、故に遥もまた復讐者のひとりであるのだろう。ただ、その復讐の形において両者に絶対的な乖離があるというだけである。

 そうして次の行動に移ろうとした遥であったが、それよりも先にジャンヌ・オルタが動いた。長剣を唐突に叢雲から離すと間髪入れずに遥の脇腹へ蹴りを放つ。それを咄嗟に叢雲で受け止めるが、衝撃を受けきれずに吹っ飛んで壁に叩きつけられた。身体と壁に挟まれた左腕から嫌な音が鳴る。

 

「ッ――ア――!」

 

 痛みには慣れているとはいえ、骨が折れるのは流石に堪える。左腕から奔った激痛に遥が顔を顰め、呻いた。その様子から何が起きたのかを察したジャンヌ・オルタは更なる追撃を浴びせんと剣と槍を振るう。

 それを右手に握った叢雲1本で捌きながら、遥は折れた左腕に意識を集中させる。口には出さずに脳内だけで治癒術式を汲み上げ、骨折部に施す。魔術師であれば誰でも使える程度の低位の治癒魔術。だがそれは遥に限っては異様な効果を示し、折れた骨が一瞬にして縫合した。

 その異常なレベルの治癒力は、ひとえに遥自身の起源によるものだ。『不朽』の起源を持ち、それが強く出ている遥は素でも常人より遥かに傷の治りが速い。それは再生というよりも修正に近い現象だった。流石に骨折ともなれば普通の切り傷などよりは治りが遅いが、治癒魔術を併用すれば一瞬で治る。

 治った左腕で叢雲を掴み、縦横に振るう。たった数秒で折れていた筈の左腕が治癒したことには驚いたようだが、しかしジャンヌ・オルタはそれで動きを止めるようなことはなく、捌き切れないと判断して後方に飛び退く。だが遥が逃がす筈もなく、黒鍵を取り出して投擲した。埋葬機関に伝わる鉄甲作用、その模倣である。

 飛翔する黒鍵。だが既にそれが秘めた威力を痛感しているジャンヌ・オルタは黒鍵を払うようなことはせず、身体を無理矢理に曲げて回避した。遥はすかさず内部に仕込んだ術式で方向を変えるも、それは鉄甲作用の効果外であるために斬り払われる。

 黒鍵を全て防がれた遥であったが、元より一度見せた手がそう容易に通用する相手だとは思っていない。黒鍵を投擲すると同時に走り出していた遥が叢雲を振るう。一刀の許に敵の首を落とす神速の剣。咄嗟にジャンヌ・オルタは長剣で首元を守るがしかし、遥の連撃は止まない。

 絶え間なく振るわれる叢雲の刃は一見無造作に振るわれているようであるが、その実一刀一刀全てがジャンヌ・オルタの首を狙った正確無比な一撃である。故に彼女は両手の剣と槍で防ぐことができているのだが、愚直なほどに真っ直ぐな軌道はジャンヌ・オルタに違和感を感じていた。遥ほどの技量を持つ剣士であれば、無理矢理虚空で軌道を曲げることも可能であろうに。

 

「この……ッ!」

 

 一旦距離を取るため炎を放出しようとしたジャンヌ・オルタであるが、剣撃の合間に差し込まれた蹴りを正面から受けたことで僅かに吹き飛ばされた。ジャンヌ・オルタは地面に踏ん張って身体を停止させるも、そこへ遥が突っ込んでいく。

 流れるような動作で遥は鞘を外し、叢雲をその中へ納める。そうして左腰の辺りに剣を構えた。居合切り、抜刀術における基本の構えだ。遥の神速に迫る剣腕から来る抜刀術。逃げきれないと判断したジャンヌ・オルタは反射的に眼前にワイバーンを召喚することで即席の盾とした。

 唐突に目の前に現れたワイバーン。距離故に遥はそれを飛び越えることができず、そのまま叢雲を抜刀し、その身体を切り裂いた。胴体が半ばから断ち切られ、鮮血が噴き出る。そして次の瞬間、視界に入ってきた銀閃に息を呑んだ。ワイバーンの身体を貫いた槍の穂先が遥の左脇腹に突き刺さる。

 グ、と遥が呻き声を漏らした。激痛に意識が白熱する。激痛には慣れているために痛みを無視することはできるが、傷は無視する訳にもいかない。しかし今回に限って遥はすぐに直すことをしなかった。脇腹に突き刺さった旗の柄を掴み、血飛沫の向こう側から覗くジャンヌ・オルタに嘲弄するかの如き笑みを向ける。

 

「捕まえた……ッ!!!」

「こいつ……!」

 

 遥が何をしようとしているのか悟ったジャンヌ・オルタは旗から手を離そうとするが、遥の動きはそれよりも早く、速かった。脇腹に突き刺さった槍がさらに深く刺さるのも構わずジャンヌ・オルタへと旗を押し返す。石突がジャンヌ・オルタの鎧を叩いた。さらに遥は旗を掴んだままジャンヌ・オルタを振り回そうとするが、先にジャンヌ・オルタが遥から槍を離す。

 噴き出す血潮。生暖かい血が足元を濡らし、鉄分の金属臭さが鼻腔を突く。既にシャドウ・サーヴァントを下していた沖田たちが割って入ろうとするのを、遥は視線だけで押し留めた。とても怪我人がする眼ではない。勝利への執念と闘争心に塗れた、それは剣客の眼であった。

 傷口に治癒魔術を施し、傷を塞ぐ。そうすれば一瞬で傷は塞がるが、肉体にダメージは蓄積している。槍で貫かれた部位は未だ鈍痛を放ち意識を苛んでいる。だがダメージが回復しているのなら憂慮する必要はない。痛みを強引に識域から追い出し、叢雲を構える。

 対するジャンヌ・オルタは目立った外傷こそないものの、遥の猛攻によって確実にダメージは負っていた。加えて、ジャンヌ・オルタの奥の手を使う隙がない。消費魔力の少ない対人宝具なら一瞬で発動することもできるが、ジャンヌ・オルタの宝具は対軍宝具。仮に発動したとして、発動待機中に殺されるという確信があった。

 故にジャンヌ・オルタは宝具を使うことができない。不用意に動いて殺されるくらいならば、確実に殺すことができる手段に出る方が確実だ。得物を握りなおし、遥を睨み据える。

 叢雲を納刀したまま居合の構えを取り、ジャンヌ・オルタと睨み合う。抜刀術は抜刀した状態から斬るよりも剣速は僅かに劣るが、剣筋を悟られにくいという利点がある。遥が唯一自分で編み出し、名を付けた剣技も抜刀術に類するものだ。そう考えれば、遥の奥の手のひとつと言っても差し支えないだろう。

 

「あぁ……そうだ、オルタ。お前、俺が復讐をしていないと言ったが……とんだ勘違いだ。復讐しているよ、俺は」

 

 突然遥が漏らした言葉。ジャンヌ・オルタがそれに意識を向けたその刹那、遥の姿が掻き消えた。納刀の状態から初動を悟らせないほどの動きに移る。あらゆる武道における歩法の極致たる〝縮地〟である。

 サーヴァントですらも完全に見切ることができないほどの縮地だが、それはあくまでジャンヌ・オルタが戦闘慣れしたサーヴァントではないためだ。格上の剣士である沖田とジークフリートには遥の動きが見えていた。それでも人間の域にある動きではないのは確かだが。サーヴァントのスキルにすればBランクに匹敵するだろう。

 仙術には至っていないものの、動きが見えない者からすればそれは瞬間移動にも等しいだろう。事実、ジャンヌ・オルタには遥の挙動は全く視認できていなかった。だが見えていなかったならそれはそれでやり様はある。遥を視認することは不可能だとすぐに割り切ったジャンヌ・オルタは、迷わずに自分を囲むように炎を放った。

 直後に遥が現れたのはジャンヌ・オルタの真後ろ。そうして振るわれた叢雲の刃はしかし、ジャンヌ・オルタに見切られていた。ジャンヌ・オルタが張った炎の壁は攻撃のためではなく、それを突っ切って現れる遥の位置を把握するためだったのだ。

 莫迦め、とジャンヌ・オルタがほくそ笑む。位置さえ分かれば防ぐのは容易い。いかな太刀筋の読みにくい抜刀術といえど、長物で軌道を塞げば止めることもできよう。ジャンヌ・オルタは予測した剣筋に旗を滑り込ませる。しかしその余裕の笑みは直後に驚愕へと変わる。

 叢雲の描く黄金の光と焔の軌跡がジャンヌ・オルタの槍を捉える。だがその剣はそこでは止まらず、ジャンヌ・オルタの旗を絡め取るように動いた。そうして旗があらぬ方向へと飛ばされた瞬間、ジャンヌ・オルタは遥の攻撃の真意を悟る。

 居合術による一撃目はあくまで相手の防御を崩すための一手。縮地とそこから放たれる神速の剣は一見本命の攻撃に見えるが、そうではない。遥は何らかの手でジャンヌ・オルタが自身の太刀筋を見切ることを見越したうえでそれを誘い、防御を崩すための一手を放ったのだ。

 故に、本命は二撃目。旗を強引に手放されたジャンヌ・オルタは体勢を崩すも、その姿勢のまま遥から距離を取ろうとして後方に跳ぶ。だが遥はそれを逃がさず、再び縮地で地を蹴った。逃げきれない。ジャンヌ・オルタが悟る。

 縮地による高速移動と防御崩しの一撃目。そうして相手が無防備になった間隙に放たれる本命の二撃目が敵を穿つ。誰が言ったか〝風浪双閃〟。切っ先が霞むほどの刺突の一撃。ジャンヌ・オルタはそれを防ぐことができず――――叢雲の刃が、彼女の鳩尾へと突き刺さった。

 

「――ガ、フ――」

 

 ジャンヌ・オルタを貫いてもなお遥の勢いは衰えず、神剣の切っ先が壁へと突き刺さる。壁へと叩きつけられたジャンヌ・オルタは、そこに至り身体が全く言う事を聞かないことに気付いた。力を失った手から黒剣が滑り落ちる。

 ()()()()()()()。ジャンヌ・オルタはその事実を諦観を共に受け入れた。不思議と怒りは湧かず、むしろ奇妙な可笑しさがこみ上げてきて、ジャンヌ・オルタが小さな笑声を漏らす。

 

「俺の勝ちだ。オルタ」

「――ええ、そうね。……私の負けよ」

 

 もしもジャンヌ・オルタを打倒した者が『正義の使者』めいた者であれば、彼女はこの結末を受け入れ切れなかっただろう。消滅した後でも何かに縋って報復に走った筈だ。例えば聖杯の欠片を手に入れればそれを使っただろう。

 だが遥は正義の味方でも、正義の使者でもない。その形はジャンヌ・オルタとは比べることさえもできないが、遥は彼女と同じ『復讐者(アヴェンジャー)』だ。在り様がどうであれ同じ類の者であるなら、ただ遥の執念が彼女のそれを上回ったに過ぎない。

 この時点になってようやく、ジャンヌ・オルタはどうしてああも遥のことが気に入らなかったのか気付いた。自分とは相容れない復讐の在り方、自分を上回る執念への怒り。それらは全て、関心を源泉とするものであったのだ。無関心であればあれだけ憤ることもなかったろうに。

 ジャンヌ・オルタの胸に刃を突き立てたまま動こうとしない遥。最後に残った力を動員してその髪を掴み、顔を向けさせる。ジャンヌ・オルタのそれと同じく憎悪と憤怒を内包しながら絶望せず、希望を湛えた眼。決して両立し得ないものが両立した、歪んだ眼だ。

 その眼を見てジャンヌ・オルタは確信する。復讐者と同義でありながら、その前提から外れたこの男はきっといつか破滅する。だがその歪みと結末を是認してやれるのは自分だけだ、と。

 身体の感覚が消え去っていく。意識が遠のいていく。敗北した竜の魔女の身体は彼女の意思とは無関係に端から魔力光へと変わっていく。ジャンヌ・オルタにとって、今この時だけは自分が贋作であることなどどうでもよくなっていた。

 ハ、と口の端を歪める。自分の身体が消え去っていく感覚につられて手放してしまいそうな意識を一瞬だけ繋ぎ止め、ジャンヌ・オルタは最期に自嘲的に笑った。

 

「フフッ……まさか私に、憎悪以外の感情があるなんてね……」

 

 その言葉を最後に、竜の魔女の身体は魔力の光と化して消滅した。後に残されたのは黄金に光り輝く結晶体――聖杯である。ジャンヌ・オルタの核の一部として機能していた聖杯は外装が剥がれたことでその機能を停止し、遥の手に収まった。

 聖杯の真の持ち主たるジルの許に戻らないところを見ると、ほぼ同時にジルも消滅していたのだろう。仮にジルが先に消滅していれば、所有者を失ったことで聖杯が機能を喪失し、竜の魔女も問答無用で消え去っていたに違いない。

 こうして遥の手元に聖杯が渡ったということは、この時代の異常も修正されるに違いない。カルデア側でもそれを観測しているのだろう。戦闘が終わり、疲労から朦朧とする頭でそうひとりごちた時、小さな衝撃が遥を襲った。見れば、沖田が遥に飛びついてきていた。

 

「ハルさんッ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫……ってのは通じねぇか。でも傷は全部戦いながら治療したし、問題はねぇよ」

 

 努めて平静の声音で遥はそう言うも、沖田は納得していないようで不満そうな表情を遥に向ける。その様子に遥は苦笑すると、安心させようとして沖田の桃色がかった白髪を撫でた。だが頭に手を載せた直後に沖田は俯き、表情を伺うことはできなかった。

 それでもそれ以外に遥にできることなどなく、遥は沖田の頭を撫で続けている。そうしたまま顔をあげて最初に目があったのはタマモだった。その瞬間に遥は言い知れぬ申し訳なさに襲われ、対するタマモは呆れ気味にため息を吐く。

 仕方のないマスターですねえ、と呟くタマモは半ば諦めたようでありながら、まるで変に出来の良い弟を咎める姉のような雰囲気があった。それに何故か懐かしさと違和感を覚えたが、遥はそれを無視して視線を移す。

 次に目が合ったのはジークフリート。彼とはあまり長い付き合いではないが、契約を結んだためか、或いは助けた恩義からか、それともただ彼が実直なだけなのか、ジークフリートは遥を主として扱ってくれた。何も言わず、ジークフリートが微笑む。

 そして最後にジャンヌ。

 

「悪いな、ジャンヌ。本当はアンタも決着を付けたかったんだろうが、俺の我儘に付き合わせちまって」

「いえ。私も、彼女を打ち倒したかったのは山々ですが……きっと私に斃されたのでは彼女はこの結末を納得しなかったでしょうから。貴方の思いは正しかったのだと私は思います」

「そっか。……その、なんだ、ありがとな」

 

 恥ずかしそうにそう言う遥に、ジャンヌは無言で笑みを向ける。素直に礼を言うというのは遥にとって照れくさいことだったが、真正面から肯定されるというのも中々に恥ずかしいことであった。

 何はともあれ、これでこの特異点での戦いは終わった。しばらく遥の外套の袖を掴んで離さなかった沖田が離れた直後、ロマニからの帰投命令が出る。同時に遥たちの身体が光に変わり始める。

 時代を歪めていた聖杯が取り除かれたことで、時代の修正が始まったのだ。これよりこの特異点は消滅し、元のあるべき姿へと戻るだろう。

 

「そろそろお別れの時間だ」

「そうですね。最後にリツカとも言葉を交わしたかったのですが……これでは間に合いそうにありません」

「何、心配するこたぁねぇ。アンタと俺らの間には縁がある。きっとすぐにお呼びがかかるさ。十中八九、()び出すのは立香だろうが」

 

 冗談めかした遥の言葉。だがジャンヌは「それはいい。また貴方たちの旅に同行できるかも知れないのですね!」と言って嬉しそうに笑った。その身体は殆どが消え去り、向こう側が透けて見えている。

 それは遥たちも同じで、少しずつ意識がこの世界から離れていくのが分かった。世界から自分を切り離すという点では固有時制御とはそう変わらないが、僅かに違う。どうにも気持ちの悪い感覚だった。

 ジークフリートは何も言わずに遥を見ているが、彼もまた再び遥たちと共に戦うことを望んでいた。彼だけではない。遥と、そして立香と見えた英霊たちは敵味方関わらず、少なからず彼らへと興味を抱いている。

 世界との接点が薄れ、全身の感覚が遠ざかっていく。そして、この世界からカルデアの面々が退去する寸前、ジャンヌが言った。

 

「別れの言葉は言いません。だって……きっとまた会えますから。私の勘は、よく当たるんですよ?」

 

 ハハッ、そりゃいい。そう口にしようとした遥であったがその言葉は遥の口から出ることはなく、代わりに遥を襲ったのは身体がかき回されるような感覚と気持ちの悪い酩酊感。

 それに僅かに遅れて欠けていた感覚が戻ってくる。目を開けてみれば、視界に飛び込んできたのはひどく狭苦しい装置の裏側。霊子筐体(コフィン)の内部だ。カルデアに帰ってきたのである。

 不意に身体から力が抜け、激しい眠気が襲ってくる。だがここで眠る暇さえもなく、遥の存在確立が完了したことでコフィンの扉が開いた。フランスで浴びていた自然光とは全く異なる、人工照明の光が遥を貫いた。

 視線の先ではロマニとレオナルド、そしてコフィン担当職員のムニエルが立っていた。しかし彼らより先に、隣のコフィンから出てきた立香と目配せもせずに拳を打ち付け合う。

 

任務完了(ミッション・コンプリート)だな、立香」

 

 所要時間、およそ二日と半日。人理守護指定(グランド・オーダー)初の任務は、ここに幕を閉じた。




第一特異点〝邪竜百年戦争オルレアン〟修復完了(Order Complete)
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