Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
第24話 第四次聖杯戦争、開幕
「さて、今一度今回の任務について確認しておこうか」
特異点Fより10年前の冬木市、第四次聖杯戦争を原因とすると見られる変異特異点αへのレイシフト当日、遥がマスター兼チームリーダーを務める特異点α攻略班、通称〝α班〟は遥の自室へと集っていた。
ブリーフィングの口火を切ったのはエミヤ。今のところ、冬木での聖杯戦争について最も既知しているのは彼だ。遥も冬木市出身ではあるが、そもそもこの世界の正史であれば聖杯戦争は1度しか行われていない。
だが全く知らないかと問われれば、それは否だ。こうして英霊たちと共に過ごしてようやく分かった。遥の両親が死んだ日、夜桜の邸宅に残っていたのはサーヴァントの残り香だった。遥の両親は間違いなく聖杯戦争に関わり、そして英霊に殺された。
だからといって英霊全てを憎むほど遥は分別のない男ではない。それに、元より魔術師であれば死を覚悟しているものだ。殺し殺されなどというのは日常茶飯事。憎むほどのことでもない。――果たして、殺した相手を目の前にしてそう言えるかは不明だが。
ただ、両親が死んだ原因ともなった聖杯戦争という大魔術儀式に自分が介入するというのは些か気負ってしまう。遥の両親と遥では比較にならないほど遥の方が優れているが、それでも思うところはある。
しかしそんなことはおくびにも出さず、遥は自宅から運ばせたゲーミングチェアに腰かけてエミヤを見ている。女性3人もまた、それぞれベッドに座ってエミヤの言葉を待っていた。
「今回のミッションにおける我々の最終目標は聖杯戦争の根幹を成す願望器〝大聖杯〟の破壊だ。その方法として、聖杯戦争に介入するのが最も確実で手っ取り早いのだが、ここでひとつ問題が発生する。それが……」
「サーヴァントとの契約数、だな」
エミヤの話に割り込むようにして遥が放った一言に、エミヤは無言で首肯した。
立香と遥はカルデアの召喚システムでサーヴァントと契約をしているため、カルデアに限界が来ないうちは契約数に限界はない。現にふたりはそれぞれ4騎と契約を結んでいるのだから。
だが、聖杯戦争においてはそうではない。聖杯戦争は7組のマスターとサーヴァントによる殺し合いであるが故に、ひとりの魔術師に対して契約可能であるのは1騎だけだ。聖杯戦争に介入するというのなら、遥もこれを守らねばならない。
だからといって4騎のうちから1騎を選び、3騎をカルデアに置いておくのではない。霊体化さえしていれば気配遮断など遥の魔術でどうにでもなる。余程直感の強い英霊がいるか透視能力でもなければ見破られることはまずない。
しかし、だ、とエミヤが続ける。
「絶対に隠しきれるという訳ではない。聖堂教会から派遣される監督役が持つ霊器盤はどのクラスのサーヴァントが召喚されたか、そして脱落したかを詳らかにする機能がある。
加えて、アインツベルンが鋳造する小聖杯の担い手もまた何騎の英霊が脱落したかを把握することができる。こちらはクラスを特定するまでの機能はないがね」
「つまり聖堂教会の連中に遭遇せず、アインツベルンにはバレないように立ち回る必要があるってコトか。……なぁ、その聖杯の担い手とやらを殺したら、どうなる?」
遥は事前にエミヤから冬木式の聖杯戦争のシステムを聞き及んでいた。曰く、脱落したサーヴァントの魂は直接座に還ったり大聖杯にくべられるのではなく、まずは小聖杯という端末に蓄えられるらしい。
ならば事前に小聖杯を保有する聖杯の担い手を殺しておけばサーヴァントの魂は現世に留まらず、座に還るのではないか。その疑問をぶつけられたエミヤが表情を曇らせる。
「分からん。確実性がない方法は避けるべきだ。……それに、個人的な感情として、殺してほしくはない」
「? ……まぁお前がそう言うなら。俺としてもあまり殺生はしたくないからな」
いつも冷静で自分の感情から主張することがないエミヤが個人的な感情で物を言うことに遥は何か引っかかるものがあったが、遥としても無用に敵マスターを殺すのはさすがに避けたかった。無論、誰かに頼まれなければ致し方ない時は割り切ってしまうが。
遥は人の命を無用に消していく人間や殺人に快楽を見出す人間、今まで出会った者であれば狂った後のジル・ド・レェのような人間が心底嫌いだ。故に遥は魔術師だが一般人に犠牲を求めるようなことはしない。この点だけで言えば、遥は比較的一般人に近い正常な倫理観を持つと言えるだろう。
だが、それとは逆に相手が魔術師や死徒、兵士といった〝死を観念している者〟であれば遥は容赦なく命を奪うという一面もあった。いくらまともな感性を持っているとはいえ、遥は魔術師だ。その心構えをしておくのは当然のことである。
しかし仲間の頼みを無視してまで誰かを殺すような趣味は遥にはなかった。遥としても相手を皆殺しにしてでも勝利するというのは信条に反することである。敵対魔術師の虐殺など、遥が嫌う魔術師と同じになってしまうではないか。
遥が疑問を差し挟んだことで、議論が一端停滞する。どこから話を再開すべきは考えあぐねたエミヤであったが、それはひとりが手を挙げたことで解決された。オルタだ。
「質問なんだけど。そもそもその大聖杯ってのはなんでそんな物騒な代物になってるのよ」
「確かに。万能の願望器って触れ込みで魔術師に知られてるなら、元はそうだったんだろ?」
いくら第四次聖杯戦争の時点では全人類を呪い殺す呪殺兵器と化しているとはいえ、元からそんなものなのである筈がない。さもなくば何者かにばれて対策が取られているだろう。そもそもそんな大掛かりな仕組みを作ってまで人類抹殺を計る輩がいる筈もない。それがオルタと遥の意見であった。
実際、ふたりの考えは的を射ていた。いかな大聖杯とて、最初から人を殺すという過程を経ることでしか願いを叶えられないというものであった訳ではない。エミヤは「確定情報ではないが」と前置きを入れてからふたりの問いに答える。
大聖杯が歪んでしまったのは第三次聖杯戦争の折、アインツベルンがルール違反により特殊な英霊、もとい神霊を召喚しようとしたことに端を発する。その名は『
当然そんなものが聖杯戦争を勝ち抜くことができる筈もなく、アインツベルンは早期に敗退した。だが、そうして聖杯にくべられたこの世全ての悪は在り方自体が非常に聖杯と相性が良く、そのまま大聖杯は汚染されてしまったという話である。無論エミヤが経験した話ではなく聞いた話だ。エミヤの記録にあるのは神霊クラスにまで肥大化し、呪殺兵器として完全な容を成した後のこの世全ての悪だけである。
エミヤの答えを聞いた遥は顎に手を遣ってしばらく思案すると、ゲーミングチェアから立ち上がった。
「成程。じゃあやっぱり立香じゃなくて俺が適任だったな。大丈夫だ。仮にこの世全ての悪が完全覚醒したとしても、叢雲さえあれば俺は勝てる」
「随分な自信だな。何か策があるのか?」
エミヤが遥に問いを投げるも、遥は何か企んだような笑みをするだけであった。そうして遥が開けたクローゼットの中から出てきたものは部屋の照明を受けて黒光りする多くの銃器。全て遥のものだ。
ただのハンドガンから短機関銃、普通の狙撃銃から対物ライフルまで多くの種類が揃っている。その全てが対神秘・対霊体加工を施されている。つまりは魔術師との戦闘における礼装であった。
遥はそのうちから携行しやすい短機関銃を一挺取り出し、ベルトに取り付けたホルスターへと突っ込んだ。これから臨むのは聖杯戦争。であれば魔術師と戦闘することもあるだろうが、相手が英霊ならともかく魔術師相手においそれと宝具を使う訳にもいかないだろう。
加えて、魔術師というものは近代兵器を蔑む傾向にある。近代兵器の有用性を認識せず、魔術こそ至高と尊ぶのだ。故に彼らは近代兵器への対策などしておらず、そこに付け入る隙がある。遥自身は意識していないがそれは彼の〝魔術師殺し〟の理論と同じであった。
魔術師であるのに魔術だけに頼るのではなく、彼らの隙と慢心に付け入るために兵器を使用する。時計塔の
腰回りに装備しているのは〝デザートイーグル・カスタム〟と〝S&W M500・カスタム〟、そして〝キャレコM950・カスタム〟。それとその弾倉。身に帯びていける装備が全てあることを確認すると、遥はサーヴァントたちの方に向き直った。その視線の先にいるのはオルタだ。
「今回のミッションではオルタ、主にお前に戦ってほしい」
「私? いいわよ。やってやろうじゃないの」
遥から直接指名されたオルタが好戦的な笑みを浮かべ、隣に座っていた沖田は遥に向けて多少不満そうな視線を向けた。確かに説明がなければ何故遥がオルタを指名したのか分かるまい。それに、オルタは元々敵だ。納得できないのも無理からぬことであろう。
だが、遥の判断にも理由がある。エミヤ曰く大聖杯は元々西洋で作られたものであるために、ルール違反を犯さない限り日本の英霊は召喚できないらしい。この時点で沖田とタマモは表立って運用することはできない。
残っているのはエミヤとオルタだが、第四次聖杯戦争のアーチャーは成り替わるにしても容易には打倒することはできないらしい。相性的にはエミヤが上手だが、本気を出した第四次のアーチャーには勝てない。それどころか全員が纏まって戦ったとして、勝てるかどうかも怪しい。
よって遥が表立って使役できるのはオルタだけだ。オルタは一応は西洋の英霊であることに加え、
遥がそれを説明すると、何故かオルタは沖田に向けて勝ち誇るような笑みを向け、沖田は悔しそうな表情を浮かべた。そんなふたりを一瞥してから全員に言う。
「そろそろレイシフト予定時間だ。行こうか」
「了解した。……その、なんだろうな。兎に角、君は私のようにはなるなよ?」
「? ……何の話だ?」
何のことか分からずに遥が問い返すも、エミヤは言葉を濁してはっきり言おうとしない。エミヤの過去について遥はあまり知らないが、何か共通するところがあるのだろうか、と遥は首を傾げた。
思えば、英霊エミヤというのは少々特殊な英霊だ。他のサーヴァントたちのように何らかの功績を遺したことで英雄視されサーヴァントになった訳ではなくアラヤと契約し、守護者という形で英霊になったことがその最たるものだ。
しかし彼が何であれ、近代の生まれであるエミヤは他のサーヴァントたちより感性が比較的近いが故、遥にとっては最も付き合い易い英霊であった。遥はサーヴァントのことを下僕ではなく仲間と捉えているが、エミヤはそれだけでなく友人と言ってもいいかも知れない。
特に何の感慨を抱くでもなくそんなことを思いながら管制室へと繋がる廊下を歩いていると、立香たち変異特異点βへのレイシフトメンバー、通称〝β班〟のレイシフトが完了したことを告げるアナウンスが流れた。その直後に遥もまた管制室へと足を踏み入れる。
立香の変異特異点βへのレイシフトを見送ったロマニとレオナルドが遥たちの存在に気付いて振り返った。ロマニはいつものようになんとか疲労を誤魔化しているようだが、今回は何故かレオナルドまでも明らかに憔悴しているようだった。
「やあ、遥君。おはよう。その様子だと、もうレイシフトの準備はできてるみたいだね?」
「当然。……ところで、レオナルド。頼んでおいたものはできてるか?」
「勿論だよ。遥君も人使い……いや、サーヴァント使いが荒いよね。いくら君も手伝ったとはいえ、まさかあんなものを3日で仕上げろなんて言うとは思わなかったよ」
疲労の色を隠そうともせずそう言うレオナルドに、遥は謝罪と感謝の言葉を口にしながら苦笑した。しかしレオナルド自身、遥の注文したものは嬉々として製作していたのだから、本気で文句を言っていた訳ではないのだろう。
今まで攻略したふたつの特異点とは異なり、今回の特異点は現代の都市だ。場所は深山町と新都だけとはいえ、このふたつの街の面積を合計するとそれなりの広さになる。これを徒歩で移動していたのでは時間がかかりすぎる。オルタに抱えられたリ、魔術で速力を強化するのは論外だ。
そのため、遥はレオナルドに街中での移動手段となる乗り物の作成、もとい改造を依頼していた。幸い、素体となるバイクについては遥が使っていたものをカルデアに運ばせていたため、たった3日で一から建造する必要性はなかった。
とはいえバイクのような巨大なものまで一度にレイシフトできる訳はない。改造バイクは他の補給物資と共に受け取ることになる。勿論、免許証についてはレオナルドに偽物とはばれない本物に近いものを作ってもらっている。遥が持っている免許証では年代が合わないのだ。
尚、オルレアンではカルデアから補給物資を受け取るための召喚サークルとしてマシュの盾を使用していたが、今回マシュはいない。そのため安定はしないが一応はカルデアと繋がる召喚陣を自分で敷設しなければならないのだが、それについては心配なかろう。
だが遥がそのようなことを言うと、ロマニが不安そうな言葉を漏らした。
「でも、冬木の地脈はトオサカの管轄なんだよね? 大丈夫なのかい?」
「俺を舐めるなよ、ロマン? 故郷の地脈を保護する術式くらい把握してる。介入くらい造作もねぇ」
その気になれば要石から術式を操作し、一時的に乗っ取ることもできる。ひとつの街の保護術式を乗っ取るというと大層なことにも聞こえるが、遥や時計塔の問題児〝フラット・エスカルドス〟ほどの技量があれば不可能な話ではない。
彼らがそんな話をしている間にスタッフたちはレイシフトの座標を変異特異点βから変異特異点αに設定し直したようで、レイシフト準備が完了した旨のアナウンスが流れた。一時の別れの挨拶をロマニとレオナルドに告げ、遥がコフィンに乗り込む。
特異点へのレイシフトもこれで3度目となる。そろそろこのレイシフト前の感覚やコフィン内部の狭苦しい空間にも慣れてきていたが、それでも肌に感じる高揚感にも似た緊張感は拭えなかった。或いはそれは2度目の冬木へのレイシフトであるからなのかも知れない。
目を瞑る。コフィンの中で存在があやふやになっているからか、まるで暗闇の中に浮いているかのような感覚が遥を包む。その直後、聞き覚えのある音声が流れた。
――アンサモンプログラム、スタート。
霊子変換を開始します。
レイシフト開始まで、あと3、2、1……
全行程
グランドオーダー、実証を開始します。
一瞬の浮遊感。それに続いて襲ってきたのは全身がひどくかきまぜられるような感覚だった。言うなればそれ自体が回転している遠心分離機の中に突っ込まれたかのような、ひどく酔いを誘う感覚。
だがそれも一瞬のことで、すぐに閉じた瞼の向こう側からカルデア感じない類の柔らかな光が差し込んでくる。僅かなまぶしさを感じてゆっくりと瞼をあげれば、そこには遥が見慣れた街並み、その少し昔の景色があった。
遥が現れたのは冬木大橋の袂、その深山町側だった。時間帯はカルデアでレイシフトした際とそう変わらないようで、冬の午前中特有の冷たい風が遥の頬を撫でる。だが礼装の耐寒機能によるものか、さして寒さは感じなかった。
1994年の冬木市。年代的に自分が生まれるより前であるためか、不思議と戻ってきたという感覚はなかった。だが真冬であるというのに雪とは無縁な光景も、冬木大橋の直下を流れる未遠川の様子も、遥の記憶にあるものとさしたる違いはない。
奇妙な感覚だった。久しぶりに見た自分の故郷だというのに、まるでそれと似た別な街を眺めているような、それでいて望郷の念だけが満たされていく。だが遥は矛盾の塊のようなその感覚を早々に切り捨てると、思考を切り替えた。
先だってすべきことは召喚サークルの確立と拠点の確保だ。特に前者は現地での物資調達でもどうにかなるが、後者はそうではない。ホテルなどを確保しておかなければアサシンによる奇襲の危険がある屋外で野宿ということになってしまう。いくら数のうえでは相手の4倍の戦力があるとはいえ、できる限り此方の戦力の露呈は避けたかった。
傍らに現れた霊体化したサーヴァントたちに一息で気配遮断、正確には気配封印の魔術を掛ける。いかなサーヴァントの気配とはいえ霊体化して抑えているうえから封印しておけばある程度は隠しておくことができる。そうして旨く掛かったことを確認すると、遥は念話を送った。
『エミヤ。周囲にサーヴァントの気配は?』
『今のところ感じられないな。だがアサシンが潜んでいるのでは私たちでは分からない。昼時に襲撃を仕掛けてくることはないと思うが、十分に気をつけろ』
アサシンクラスのクラススキル〝気配遮断〟がどれだけ脅威であるのかはオルレアンのリヨンの街で身を以て体感している。あの時は敵のアサシンがわざわざ出てきたために対処できたが、何度もそう上手くいくとは思えない。
仮にアサシンが見張っていたとしても遥がサーヴァントを従えるマスターであるとは見抜かれていない筈だが、レイシフトという目立つことこの上ない手段で突入してきたのだから見つかっていてもおかしくはない。夜になれば襲撃を仕掛けてくることは十分に考えられた。
だがその時のために気配を消して複数騎のサーヴァントを連れているのである。加えて遥の直感の強さと反応速度であれば瞬時に首を刎ねられるということはない筈だ。姿さえ見えてしまえば近接戦闘に不得手なアサシンは消すこともできる。
現状、遥がマスターであることが露呈していない状況下では最大の脅威であるのはアサシンだろう。夜になれば遥もまたマスターのひとりとして動くことになろう。そうなれば趨勢も変わってくる。
『取り敢えず、今夜の宿を確保しなきゃな。新都に移動しよう』
それに異論を唱える者はいない。周囲への警戒をサーヴァントたちに任せ、遥は新都へ向けて歩き出した。
遥が生きている時代から20年以上前の新都は、当然ながら遥が記憶している新都の状態とは些か異なっていた。遥の記憶にある新都は十分に開発計画が進み、地方中枢都市もさながらの状態であるがこの時代はまだ開発計画の途中だった。
とはいえ、他の都市に比べれば発展しているのも事実である。新都駅前の商店街には駅前ということもあって多くの人が行き交い、大いに活気づいている。当然のことだが、遥が知っている店もあった。
今一度見てみると、こんな都市で魔術師同士の殺し合いが行われるとはすぐには信じられない。大概の魔術師が騒動を起こすのは活気のない街や過疎地帯、離島など魔術協会や聖堂教会の手が及びにくい場所が定石なのだが、この街はそうではない。
改めて、魔術師という存在の異常性を認識する。いくら魔術協会と聖堂教会という二大組織が隠蔽しているとはいえ、このような市街の中を戦略兵器級の武装を持つ超人たちが闊歩しているのだから。他ならぬ遥もまたそのひとりなのだが。
駅前の商店街。その途中にあるベンチに座って好物の大判焼きを頬張りながら遥はそう思案する。変わっていく街並みと今夜起きる戦争を思うと、この大判焼きだけが安心を齎してくれた。やはり食事こそ至高の文明、と遥がひとりごちる。
既に日は沈み、商店街には駅から来たのであろう仕事帰りのサラリーマンや学校帰りの学生たちが行き交っている。その中でひとり買い食いをしている遥は断じて特異点攻略を放棄している訳ではなく、何か手がかりになるものがないかとホテルから出歩いている最中であった。
この特異点にレイシフトしてからの最優先事項であった拠点となる宿の確保は既に済ませた。後は状況が動き出すのを待つばかりである。この時代と戦争にとって異分子である遥たちは、基本的に後手に回ることしかできない。手掛かりとは事象の後に発生するものだ。
どうにもならない状況に遥が溜息を吐く。その時、傍らで誰かが足を止めた。そして放たれた鈴を転がすような声は念話ではなく、確かな実体を持った音として遥の耳に届く。
「なに溜息なんて吐いてるのよ。辛気臭いわね」
「ああ、オルタ。戻ったか」
遥の傍らで足を止めたのは実体化したオルタであった。但しその姿はいつもの漆黒の鎧姿ではなく、黒づくめだがどこか制服のような雰囲気のある現代風の服装である。
黒いシャツの上にブレザー風の上着を羽織っている。冬であるのにホットパンツではあるが、それが厚手のハイソックスを相まってオルタの血色が悪くも健康的な脚を不思議と引き立てていた。
露出は少なめだがその分露出している部分がほどほどに扇情的にも見える。実際、先程オルタがブティックから出てきた後から男女の区別なくそれなりに多くの視線が向けられていた。
この現代風の服装はオルタが聖杯戦争に参加するうえにおいて昼間も活動することを考えて遥が選んだものだ。身長182cmもある男が女性の服を選んでいるのには不審なものを見る眼で見られたが、贈り物ということで無理矢理押し通した。
オルタが戻ってきたためベンチから立ち上がり、大判焼きの入った紙袋を抱え、頬張りながらこれからの行動を思案する。自分の服装について全く無反応な遥に、オルタが不満そうな表情を浮かべた。
「ねぇ遥? 何か私に言うことない? ホラ、あるでしょ? 例えばこの服についてとか」
「服……? いやまぁ、似合ってるとは思うけど」
「そうでしょう、そうでしょう。まあ、私だし? 当然よね」
そう言いながら、遥に背を向けてどこかを見遣るオルタ。そのため遥からオルタの表情は見えなかったが、霊体化している他のサーヴァントたちからはしっかりと赤くなっているところを見られていた。
似合っている、というのは別に社交辞令などではなく遥の本心ではあった。恐らくジャンヌに着せても似合うだろうが、オルタが着るとまるで無理に着崩している女学生めいた雰囲気があった。
しかしだからといって本人に言うほどのことでもないと思っていたのだが、オルタとしてはそれを言われたかったらしかった。女性とまともに接した経験が少なすぎるが故の弊害と言えるだろう。
(この人、ちょろいですね)
(オルタさん、ちょろすぎですね……)
全く同じことを沖田とタマモが同時に内心で呟く。そうは言うが、ふたりともオルタの気持ちが理解できない訳ではなかった。誰だって服が似合っていると言われて悪い気はしないものであろう。
照れ隠しからオルタが無言で乱暴に遥の持つ紙袋から大判焼きをひとつ奪い取った。人理焼却中はなかなかありつけない好物がひとつ取られたことで遥が残念そうな表情を浮かべるが、まだあと10個は残っている。
陽は沈み、空では暗闇の中で月と星が浮かんでいた。商店街は多くの人がいるが、港やコンビナートはそうではあるまい。そろそろサーヴァント戦にはおあつらえ向きの場所ができあがっている頃だろう。
ずっとこの場所に留まっていても仕方がない。そう考えオルタに移動を提案しようとした時、遥たちはこの場所からそう遠くない場所で膨大な魔力を内包するものが自動車を越える速度で移動する気配を感じた。反射的に遥は商店街のうえで監視していたエミヤに念話を飛ばす。
『何か見えるか、エミヤ』
『私に訊かずとも分かるだろう? サーヴァントが1騎、港の方に向けて走っている。あれは……ランサーだな。どうする、遥。誘われているぞ?』
エミヤの言う通りだ。これだけあからさまに気配を放出して街中を駆けているというのは、見境なく戦闘の誘いをかけていると見て間違いない。恐らくクラスは直接戦闘を得意とするセイバーかランサー、ライダーのどれかだろう。
数時間歩き回ってようやく見つけることができた手掛かりである。簡単に逃す訳にはいかなかった。相手が直接戦闘向きのクラスであっても、ルーラーとして限界していた時に己に剣術の心得を刷り込み、正式なサーヴァントとしての霊基を得た今のオルタはそれらに引けを取らない力を有する。
加えて、本気を出せば遥も彼らと渡り合うことができる。これが現代であれば封印指定は逃れられないが、特異点では封印指定されたところで恐れるに足りない。とはいえ、虎の子を初戦で見せる訳にもいくまい。遥は敵マスターとの魔術戦になるだろう。
オルタに視線を遣れば、好戦的な笑みを浮かべたままに肩を竦めた。言葉には出していないが、それだけでオルタがいつ戦闘になってもいいように臨戦態勢に入っていることが分かる。
遥が片頬を吊り上げる。遥自身も戦闘態勢に入り、サーヴァントもまたいつ戦闘になってもいいようにしている。ならば戦いを忌避する理由はない。どうせいつかは戦うことになるのだ。ならばこの誘いに乗ってやるのも悪くはない。
遥は何も言わないがその表情と纏う空気感からその意思を察したのか、踵を返したオルタが邪悪な笑みを浮かべる。
「さあ、ブチ壊しにいきましょうか」
確実にオルタは人目を引く。主に可愛いという意味で。
多分遥も人目を引く。主にこいつ食いすぎだろという意味で。
遥が選んだオルタの私服はApoでのジャンヌの服の色違いと考えてくれれば。
尚、オルタで聖杯戦争に臨むということは……