Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第26話 狂気の連続殺人鬼(シリアルキラー)

『成程。そっちも大変だね……』

 

 遥の報告を聞いたロマニが立体映像の中で嘆息する。

 遥とオルタが戦場である港を離れてから数時間後。ふたりは新都にある拠点、最低限の設備とサービスだけが揃っている安ホテルの一室に戻っていた。時刻は既に22時を過ぎ、外の人通りは殆どなくなっている。

 報告をしている遥は饒舌にこれまでの事の顛末を語ってはいるが、その顔にはかなりの憔悴の色が浮かんでいる。いくら土地勘があるとはいえ自分が知るものとは異なる街を歩き、あまつさえ英霊との剣戟を演じたのだからそれも無理からぬことであろう。

 対するロマニも何とか誤魔化そうとはしているが、表情には明らかな疲労が浮かんでいた。恐らくは今日だけでなくここ数日休んでいないのだろう。うまく隠しているようだが遥やレオナルドほどの観察眼があれば見抜くのは容易い。

 だが、ロマニがそれで良いと思っているのなら遥が口出しするようなことではない。何より、今ロマニに休まれてはカルデアの職務が回らなくなるということもある。今の遥がしてやれることは、一秒でも早くこの特異点を攻略することだけだ。

 

『確認できただけで騎士王に征服王、英雄王と湖の騎士に輝く貌……トップクラスばかりだ。苦労しそうだね』

「全くだ」

 

 港を離れた後も、遥はエミヤを監視に付けておくことで離れた後に起きた戦闘を観察していた。遥自身も忘れてしまいそうになる時があるが、サーヴァントは使い魔の一種。故にマスター側に心得さえあれば感覚共有を行うこともできる。

 そのため遥はこの場にいながらにして戦場を見ていることができたのだ。今でもエミヤは乱戦の様子を監視し、他にはタマモに冬木教会を監視させている。同時に複数個所を監視できるのは、サーヴァントを複数騎使役している利点であろう。

 遥たちが離脱した後にイスカンダルが放った挑発に応じて現れたサーヴァントは2騎。うち1騎はオルレアンでも目撃した『狂戦士(バーサーカー)』、湖の騎士たるランスロット。そしてもう1騎の真名はエミヤによれば〝英雄王〟ギルガメッシュ。

 ギルガメッシュといえば人類最古の叙事詩〝ギルガメッシュ叙事詩〟に語られるウルク第三王朝の王だ。記録に残っている限りでは人類史において最初に現れた王でもあろう。半神半人ということもあり、英霊としては最高位に位置する英雄であろう。

 『槍兵(ランサー)』ディルムッド・オディナは日本では殆ど知られていない英雄であるためステータスは低いだろうが、それ以外は日本でもよく知られた英雄だ。考えるまでもなくステータス補正も多大なものであることは分かる。

 特異点としての規模はオルレアンよりも小さいが、その中身は以前のものよりも過酷だ。生き延びるという一点だけに拘るのだとしても生半な覚悟だけでは成し得ない。遥は改めてこの任務が立香ではなく自分に割り当てられたことを感謝した。立香は生き延びるという意思は遥よりも強いが、未だそれに力が伴っていない。ロマニの判断は適格だったと言えるだろう。

 それを口には出さずひとつ溜息を吐くと、遥は話を続けた。

 

「これで特異点化の原因がハッキリしてれば幾分かやりやすいんだけどな……」

『仕方ないよ。人理定礎ならともかく、ボクたちの世界では起きてすらいない出来事だからね』

「そうだな。これでエミヤがいてくれなかったらどうなってたことか」

 

 遥たちカルデアの持つ第四次聖杯戦争についての情報は全てエミヤから齎されたものだ。彼が知り得る限りのものはほとんど知っているが、逆に言えば彼が知らないものは遥は現場で推理する他ない。

 だが、特異点化の原因として確定ではないにせよ関わりがあると見られる変化はあった。エミヤの言によれば彼の知る第四次聖杯戦争におけるセイバーのマスターはかの〝魔術師殺し〟であり、彼の養父でもある〝衛宮切嗣〟であったらしい。

 表向きアイリスフィールがマスターを演じてはいたが、実のところ彼女はセイバーとの魔力的な繋がりはなかった。しかし、この特異点における聖杯戦争においては間違いなくアイリスフィールはセイバーのマスターだった。令呪の確認をした訳ではないが、彼女らは魔力的な経路(パス)で繋がっていた。それは感覚的に分かる。

 本来マスターであった者がおらず、マスターを演じていただけの者が正式なマスターになっている。些細な変化ではあるが、どんな違いであれ遥たちは見逃す訳にはいかないのだ。或いはそれが特異点となった要因であるのかも知れないのだから。

 実のところ、遥の中では既に推理は終了している。エミヤから齎された歴代聖杯戦争の顛末とこの特異点での違いを比較すればさして難しい推理でもない。だが推理を補強する事実が分かっていない以上、下手に明かせば混乱させるだけだろう。

 

「俺からの報告はこのくらいでいいだろう。それで、立香たちの方はどうなってる?」

『そっちも色々と分かってるよ。結構な情報量になるけど、構わないかい?』

 

 ロマニの言葉に遥が無言で頷く。それに頷きを返すと、ロマニは立香から齎された情報が記録されていると思しき書類を取り出して話し始めた。

 立香たちがレイシフトした変異特異点βの年代は1993年。丁度第四次聖杯戦争から1年前だ。特異点の大きさは中心にある建物〝オガワハイム〟とその周辺程度でさして大きくはないが、状況はかなり面倒なことになっているらしい。

 レイシフト直後に立香たちは現地の召喚されていたはぐれサーヴァント『暗殺者(アサシン)』両儀式、『弓兵(アーチャー)』浅上藤乃らと誤解から接敵してしまうが、立香の説得により和解して協力体制を敷くことになった。彼女らによれば特異点の原因はオガワハイム、もとい〝奉納殿六十四層〟の主〝荒耶宗蓮〟が聖杯を有していること。

 オガワハイムは元は普通のマンションという名目で建築されたために人間の入居者がいたが、今のオガワハイムに人間の住人はいない。代わりに聖杯によって歪められてから召喚されたサーヴァントが全ての部屋に入居しているという状態になっている。

 通常は戦わせるために召喚するサーヴァントをただ部屋に押し込めているだけ。それだけでも十分に異常と言えるが、この特異点における異常はそれだけではない。

 

『簡単に言うとね、この特異点は一日で完結する世界なんだ』

「一日で完結……? どういうことだ?」

『これは式たちからの情報なんだけど……ここでは英霊たちが夜に死に、朝になると復活するというのを繰り返しているらしいんだ。式はそれを〝死の蒐集〟と言っていた』

 

 一日で完結する世界。死を繰り返し、死を蒐集するマンション。思わず、なんじゃそりゃ、と遥が言葉を漏らした。

 元々オガワハイムは入居した人間たちが殺し合うように仕向けるため精神に負担をかける構造になっており、荒耶はその死んだ人間の脳髄を取り出し、人形を使いその死の再演と蒐集を延々と繰り返していた。要はその仕掛けを聖杯に置き換え、入居者たちを英霊にしただけの話だ。

 それも元々の死の蒐集から変わらず、死因を再現して繰り返すというのだから驚きだ。立香たちが遭遇したサーヴァントから例を挙げるとコノートの女王〝メイヴ〟は頭にチーズをぶつけられて死に、ギリシャの英雄〝オリオン〟であれば月女神アルテミスに射殺されるといった具合だ。

 しかし、荒耶の目的であるという根源への到達を達成するには最低で7騎の英霊の魂があれば事足りる筈なのだ。それは聖杯戦争のシステムが証明している。だというのに死を蒐集し続けている荒耶は何のためにそれを行っているのか。

 思考に耽りかけた意識を、遥は深く息を吐いて切り替えた。それは遥ではなく立香が解明すべきことだ。そもそも現場にいない遥ではそれを正しく推理することはできまい。立香に対して遥ができることは、こういった場合での心構えを伝える程度だろう。

 何だかんだとはいえ結局は無力な自分に遥が顔を顰める。丁度それと同時、部屋のドアが決まったリズムでノックされた。一端席を外すことをロマニに伝え、遥がドアを開ける。そこにいたのはコンビニのレジ袋と見覚えのある紙袋を抱えたオルタだった。

 

「おかえり、オルタ。サーヴァントに遭遇してねえだろうな?」

「問題ないわよ。アサシンには付けられてたけど、それはアンタが何とかできるんでしょ?」

 

 そう言ってからオルタが部屋に入った直後、遥の魔術回路には霊体が結界に反応したのを捉えた。十中八九、アサシンであろう。だがいかな英霊とはいえ遥が張った結界の前では無力だ。

 一般的なホテルの一室など魔術的な防備で言えば無防備に等しいが、遥はこの部屋に入ってすぐに最低限の結界を張っていた。最低限とはいえど、その術式は一級品。仲間たちを除けばどんなサーヴァントであろうと霊体である限り侵入は不可能だ。

 加えて、結界の術式を把握しているのはこの世で遥ひとりだけ。相手がキャスターでも生半な英霊であれば解除など不可能であるし、高位の魔術師であろうと解除にはまず術式の把握から始めなければならない。これが乗っ取り不可であるのはフラット相手で試験済みだ。

 それに思わぬ収穫もあった。この結界に反応したのは先程のアサシンだけではない。既に何度か複数体のアサシンが結界に反応している。それはつまり、アサシンは単体ではなく群体で1騎の英霊として存在しているということに他ならない。さらにそのマスターは素知らぬ顔で教会に保護されているのだから恐ろしい。

 アサシンのマスターの名は〝言峰綺礼〟。元〝第八秘跡会〟の代行者で第四次聖杯戦争の監督である〝言峰璃正〟の息子。間違いなく綺礼と璃正はグルだ。それどころか、エミヤから聞かされた綺礼の経歴からしてアーチャーのマスターである現遠坂家当主〝遠坂時臣〟もグルである可能性が高い。とはいえ、問題となるのはアーチャーだけで時臣と綺礼は遥ひとりで倒してしまえる。あくまでも魔術師然としている時臣は遥が最も得意とする手合いであるし、綺礼もよもや埋葬機関には及ぶことはあるまい。

 段々と分かってきたぞ、と薄い笑みを浮かべる遥の前でオルタはベッドに寝転がり、レジ袋からは炭酸飲料を、紙袋からは大判焼きを取り出した。そうして大判焼きを頬張りながら点けたテレビから流れてきたのは最近の冬木市を騒がせているという事件のニュースであった。通信を通して聞こえていたのは、ロマニが渋面を浮かべた。

 

『児童の集団誘拐に数件の一家惨殺……随分と物騒な事件が起きてるものだね。おまけに同一犯なんて……。これって、まさか』

「恐らく残りのサーヴァント……キャスターとそのマスターの仕業だろうな」

 

 最近の冬木市で話題となっている児童の集団誘拐事件とそれに伴う一家惨殺事件。遥がそれをキャスターとそのマスターの所業であろうとしたのは、一家惨殺の初期の被害に遭った家の壁に血で魔法陣が描かれていたという情報からだ。

 サーヴァントの召喚とは魔力の籠った媒体か生贄の血を必要とする。人間の血ともなれば魔術師ではなくとも魔力量としては他の動物の比ではない。それもこの時期にとなれば、聖杯戦争に関係した事件であると断定するには十分だ。

 警察が証拠を掴むことができないのも魔術で痕跡を隠蔽しているからだろう。だが現場に魔術の痕跡を残すということは魔術を行使する能力を有するだけで正式な魔術師ではない可能性が高い。神秘の秘匿など魔術師としては異端極まる遥ですら徹底することだ。

 遥が端整な顔を怒りに歪め、舌打ちを漏らす。魔術を行使することができるが魔術師ではなく、しかしキャスターの適正を持つ反英雄。遥はそれに該当する英霊をひとりだけ知っていた。オルレアンでも自儘極まる振舞いをしていた狂人――ジル・ド・レェ。

 確定情報という訳ではない。だがそのニュースが繰り返し報道される度にジルの顔が脳裏をちらつく。復讐の瞑目で怠惰のうちに殺害欲求と淫欲に溺れた殺人鬼。遥はそれが心底嫌いだった。

 

「居場所さえ分かればすぐにでも……ロマン?」

『え? あ、あぁ。ごめん、ちょっと考え事してた』

「……?」

 

 ロマニの言葉に遥が首を傾げる。通信の画面越しにテレビの画面を見つめるロマニの顔は、考え事をしているというよりはまるで過去を見つめているようであった。

 過去とはいえ、それは殺された子供の方に同情しているのではない。ロマニの眼はむしろ事件を起こしている犯人の方に向いているようにも見える。ロマニほど人畜無害な男が何故そんな眼をするのか。遥が推し量るより早く、ロマニの眼からその色は消える。

 だが思えば、遥はロマニの過去について何も知らないのだ。他の職員については誰が一般人、或いは魔術師であるのかくらいは分かっている。しかしロマニだけはそれすらも分からない。特に何も思わず友人と感じていたから気にしなかったが、改めて考えてみれば不思議な人間だ。

 とはいえ、それで遥がロマニに感じている友誼が変わる訳ではない。そもそも人理焼却という大事件の前では過去などどうでも良い話だ。そう割り切って遥は通信に意識を戻した。

 

『それで、今後はどうするつもりなんだい? 君のことだ、ある程度方針は決めてるんだろ?』

「一応は。キャスターの野郎を消すのは勿論として……できるならどれかの陣営と同盟を組もうかと思ってる」

 

 遥が漏らした言葉にオルタが若干不満そうな顔をする。それはそうだろう。取り方によっては遥の言葉はオルタひとりでは勝ち抜けないと言っているようにも取ることができる。

 だが、遥は何もそういうつもりで言っているのではなかった。ただ聖杯戦争を勝ち抜くだけならオルタひとりで十分事足りるし、いざとなればエミヤや沖田、タマモもいる。

 しかしこの聖杯戦争は遥が勝ち抜くのも、誰かが勝ち抜くのも駄目なのだ。『この世全ての悪(アンリマユ)』が完全覚醒したとしても、星の抑止力に属する遥の天叢雲剣であれば屠ることもできようが、それまでにどれだけの被害が出るか分からない。

 今のうちに同盟を組んでおけば『この世全ての悪(アンリマユ)』の起動まで持ち込むための戦力を確保できるうえ、真相を話しておけば他の陣営全てを潰すという愚行に出ることもない。その相手として遥が第一候補に挙げているのはセイバー陣営であった。

 アーチャーやバーサーカー、アサシン、キャスターの陣営は言うまでもなく不可能だ。ランサーも彼自身は承諾するのだろうが、マスターが許すまい。遥としても魔術師らしい魔術師との同盟とは願い下げだ。となれば残るはセイバーとライダーの陣営だ。

 仮に遥が同盟を持ち掛ければどちらも承諾してくれるだろうが、遥がそのうちからセイバー陣営を選んだのはライダーのような手合いが苦手ということ、そしてアイリスフィールが最優先監視対象であることがある。更に個人的な事情を加えれば、遥がアイリスフィールに対して同族意識を感じているということもあった。

 何気なく遥が漏らした言葉に、ロマニは何か訊きたそうな視線を遥へと向けるが遥はあえてそれを無視した。遥自身はその仲間意識の根源を理解しているが、ロマニに言うようなことでもない。むしろあまり他人には教えたくないことであった。

 背後で遥とロマニの会話を聞いているオルタは「え、あの騎士王サマと?」と呟いて嫌そうな顔をするが、反対意見を口にすることはなかった。彼女は遥が考えもなしの行動はしないことを知っている。それを理解している以上、無理矢理捻じ曲げることはしなかった。

 その後いくつかの報告をしてから、遥はカルデアとの通信を切った。時刻は既に午後11時を回り、外から聞こえてくる音は風などの自然音ばかりとなった。平時であれば宵っ張りの人々が闊歩する街中も、連続殺人事件の発生中では皆警戒しているため人影はほとんどない。

 聖杯戦争の参加者たちもこの時間になればほとんど外に出てはいるまい。出ているとすれば、それは連続殺人事件の犯人とその相棒であるキャスターだろう。恐らく今のところは連続殺人事件の犯人とキャスターを関連付けた推理をしているのは遥だけだ。だがそれも時間の問題だろう。

 動くなら今夜中か。そう判断してから遥は席を立つと、冷蔵庫から一升瓶をひとつ取り出して中身をコップに注いだ。

 

「なにそれ、酒?」

「そんなワケあるか。生憎、俺は酒と煙草はやらねぇ主義だ。これは霊薬だよ」

 

 そう言ってから、遥はコップに注いだ分を一気に呷った。清涼飲料水とフルーツジュースの間のような奇妙な味が口の中に広がり、すぐに身体から疲労が綺麗に消失する。補給物資として持ち込んだこの霊薬の効果は肉体の回復程度の弱い効果しかないが、日夜休みなく動かなくてはならない聖杯戦争中には最も重宝するものでもあった。

 霊薬の効果がきちんと出てからほう、と息を吐いて机にコップを置く。そこから遥の意図を察したのか、オルタが大判焼きを一気に口の中に放り込んだ。オルタの頬がリスの頬袋のように膨らんだ姿に遥は吹き出しそうになるが、何とか耐えた。吹き出せば焼かれてしまいそうだ。だが直後、和んでいる暇すらも与えぬとでも言うかのように遥の魔術回路が巨大な魔力の集積を感知する。

 

「ッ! サーヴァント……!」

 

 反射的にオルタと目配せすると、オルタも感知したらしく真面目な面持ちで頷きを返した。一般人が寝泊りするホテルの前で実体化するなど正気の沙汰とは思えないが、どうやら遥の感覚に狂いはなかったらしい。

 遥のサーヴァントとして振舞っているオルタはこの場にいるが、他の3騎はそうではない。タマモは引き続き冬木教会を監視。乱戦の監視を終えたエミヤは間桐邸へと移動し、沖田は遠坂邸を見張っている。つまり今ここに現れたサーヴァントとは遥とオルタのふたりで戦うしかない。

 だが、こんな時刻とはいえ一般人が密集している場所の前だ。派手に魔術や宝具を使えば秘匿云々以前に彼らを危険に晒す羽目になる。だからといって無視すれば、それはそれでどんな被害が齎されるか分からない。あくまでの遥の推理が当たっていればの話だが。

 何にせよ、迷っているだけの暇はない。カーテンを開けて窓を開け放つと、下に人がいないことを確認してそこから身を躍らせた。着地の瞬間に全身に強化魔術を付与し、落下の衝撃を相殺する。そうして振り返った先、今にもホテルの自動ドアを破壊せんとしていた襲撃者の姿を認め、遥が舌打ちを漏らす。

 そこにあったのは遥にも見覚えのある姿だった。身長は遥よりも高く、恐らくは190㎝以上ある。後ろ姿からだけではローブしか見えないため体躯を見計ることはできないが、身に纏う圧倒的なまでの魔力はこの男がサーヴァントであることを如実に表していた。

 遥がまだ確認していなかった残り1騎のサーヴァント、『魔術師(キャスター)』。その正体は遥の考えていた通りの存在であった。まさか、ここまで傍若無人で思慮に欠けた行動をするとは思っていなかったが。

 着地時の轟音から背後に何者かが現れたことに気付いたキャスターが振り返り、そして大仰な態度で礼を取った。

 

「ごきげんよう、ジャンヌのマスター。生憎、ゆるりと挨拶をしている暇もありません。早速我が麗しの聖処女をこちらに引き渡していただきたい」

「こんな時間に押しかけてきて言うことがそれか。もう少し常識ってモンをわきまえたらどうだ、キャスター」

 

 威嚇として帯刀していた叢雲の柄に手を掛けながら、殺意と敵意を最大限に込めた声で遥が言う。だがキャスター――ジル・ド・レェは遥の声が聞こえていないかのように無反応だった。それに苛立ちながらも冷静に、遥はその様子を見分する。

 近くにマスターらしき人物の姿はない。この場にいるのはキャスターと遥、そして念のため霊体化してから降りてきたオルタだけだ。遥の意思を汲んでのことかオルタは実体化するつもりはないらしく、この場にいることがキャスターに露見している様子はない。

 この距離であればキャスターが海魔を召喚するより先に攻撃を仕掛けることもできる。だがその場合、周囲への被害は免れ得ない。監視カメラには遥の姿も映っているだろうから、後々面倒なことになってしまう。今ここに誘拐された子供がいれば手段を選んではいられないところだったが、そうなってはいないのがせめてもの救いか。

 この場所にオルタがいると分かったのは恐らく乱戦を遠見の魔術か何かで覗き見していたからだろう。そのまま続けて撤退した遥たちを追っていたらここに辿り着いた、という訳だ。さしもの遥といえど経路(パス)に気付いていない状態で工房以外で遠見の魔術を無効化する術はない。

 

「残念ながら答えはノーだ。アヴェンジャーは俺のサーヴァントだ、誰がテメェなんぞに渡すかよ。

 それにな、キャスター。聖杯戦争中に無防備のままで敵に姿を晒すとか……殺してくれって言ってるのと同じだぜ?」

 

 言外に挑発の意思を滲ませ、キャスターを睨み付ける遥。しかしキャスターはその挑発に乗るのでも鼻で笑うのでもなく、心底可笑しいとでも言うかのように腹のそこから哄笑を迸らせた。

 その行動を訝る遥に対し、キャスターは笑声を漏らし続けながら言う。聖杯戦争は既に決着した。誰と戦うまでもなく聖杯は自分を選んだのだ。彼の唯一の願望であるジャンヌ・ダルクの復活が果たされているのがその証拠、と。

 キャスターの言は全てが間違っているという訳ではない。確かにオルタはキャスターが聖杯を手にして願望を叶えたことで生まれた存在だ。しかしそれは第一特異点での話であって、変異特異点αでの話ではない。そんなことを言ったところで無意味だろうが。

 このキャスターはスキル〝精神汚染〟の影響でまともな意思疎通を図ることはできない。キャスターに対して何を言おうとも、彼の中では全て自分に都合の良いように置き換えられてしまう。何を言っても無駄だ。

 

「分かりましたか? 彼女は細胞のひとつから血の一滴、その魂に至るまで私のものなのです。断じて貴方のものなどではない!」

「勝手なことをッ……!」

 

 キャスターの身勝手な物言いに遥の苛立ちが募る。いますぐにでも斬ってしまいたい衝動に駆られるが、遥はそれを強靭な理性で抑えた。海魔召喚の媒介となる血や水はこの場にないため海魔を召喚されることはない。キャスターがすぐに仕掛けてこないのはそのためだ。

 だが、キャスターの宝具である魔導書は何も海魔召喚だけに特化しているのではない。加えて神秘の秘匿など頭にないキャスターはここで魔術を行使するのに何の躊躇いもないだろう。そうなれば、遥も魔術行使と宝具使用を躊躇わないつもりではいる。

 ―――そもそも、連続誘拐殺人事件の犯人に間違いないキャスターを生かしておく必要などあるのか。ここで殺しておかなければ今後の多くの子供たちが犠牲になってしまうのではないか。無辜の人々の命と神秘の秘匿のどちらが重いかと言えば、考えるまでもなく前者だ。

 ならばどれだけの被害を出そうがここで殺してしまえるなら殺してしまおう。そう考えた遥であったが、彼が動くよりも早くにふたりの間を凄まじい熱量の炎が駆けた。見れば、オルタが実体化している。その姿を見てキャスターが歓喜の笑みを満面に浮かべた。

 感極まった様子で「おお、ジャンヌ……!!」と呟き、出目金のような目に涙すらも浮かべるキャスター。だがその笑みはすぐに凍り付くことになる。

 

「失せなさい、ジル。悪いけど、アンタに付いて行く気はないわ」

「な……何を言っているのですか、ジャンヌ!!! 私ではなくこの匹夫を選ぶと仰せかッ!」

 

 狂乱のままにそう叫ぶキャスター。出張った眼はひどく血走り、それがキャスターにとってどれだけの意味を持つ言葉であったのかを伺わせる。肌で感じるほどの強烈な感情を、しかしオルタは鼻で笑って一蹴した。

 オルタがキャスターに向けて放った決別の言葉。それに驚いたのはキャスターだけではなく、遥も同じであった。キャスターはオルタにとっては生みの親も同然の存在だ。故に決定的な拒絶だけはしないと思っていたのだが、オルタの言葉に嘘の色合いはない。

 激憤と絶望に金切り声をあげるキャスターであるが、その感情のままに仕掛けてこないのは自分が不利であることを悟っているからか。いかな狂った英霊とはいえ、元々持っていた戦術眼は健在であるらしい。

 頭を掻き毟りながら、キャスターが遥とオルタから距離を取る。やがて一際巨大な咆哮をあげると、キャスターは激しい殺意を遥へと向けた。

 

「許さぬ……許さぬぞ、この匹夫めがッ! いずれ必ず貴様を殺し、ジャンヌを取り戻す! 覚悟して待っているがいいッ!!!」

 

 怒りに任せたその咆哮の直後、キャスターの姿が微小な魔力光を伴って消失した。少しでも手傷を負わせようと遥が黒鍵を投擲するも、それは霊体化したキャスターを掠めただけで空を切る結果となった。

 霊体化したキャスターの気配が遠ざかっていく。先程のキャスターの咆哮が聞こえて起きてしまったのか、いくつかの部屋に明かりがついているが遥たちを見ている様子はない。緊張が解け、遥が深いため息を吐いた。同時にこれでよかったのかという迷いが胸中に生まれる。

 遥の推理が当たっているのなら、キャスターは連続誘拐殺人事件の犯人だ。いくらここで戦えば周囲への被害が大きくなってしまうとはいえ、それを逃がしてしまってよかったのか。遥は彼らの拠点の位置を知らないのだから、遥たちから仕掛けることはできない。拠点を見付けない限り、キャスターに対して彼らは常に受け身でいるしかない。

 そう考え込む遥を見て、オルタが呆れた表情を浮かべる。

 

「景気悪い顔してんじゃないわよ。こっちまで気分悪くなってくるじゃない」

「ああ、すまない。……なぁ、オルタ。オルタは何でキャスターにああ言えたんだ? 俺はてっきり、少しは迷うモンだと思ってたが」

 

 遥の問いに対し、オルタは鼻で笑ってから答えを返す。

 

「私の出自がどうであれ、今の私はアンタのサーヴァント。アンタの敵を追い払うのは当然でしょ? それに、ジルに付くのはアンタの召喚に応じた理由に反するから」

「俺の召喚に応じた理由? なんだそれ、聞いたことないぞ?」

 

 遥の言葉にオルタは何処か含みのある笑みを浮かべながら「言う訳ないじゃない」と返すとひとりでホテルの中に戻っていった。遥はまだ問おうとするが、オルタに言うつもりがないのならどれだけ問うても答えてはくれないだろう。

 空を見上げる。レイシフトしてから今まで、思えば色々なことに巻き込まれている。ケイネスとの魔術戦やセイバーとの戦闘、そしてキャスターからの襲撃。改めて意識してみると、肉体面ではない精神面での疲れがひどく蓄積しているような気がする。

 月は既に天頂近くまで昇り、この日が残り少ないことを示していた。あまりに濃密な時間だったため忘れそうになるが、レイシフトしてからまだ十数時間しか経っていない。改めて聖杯戦争の過酷さを実感しながらも、欠伸を漏らしながら遥もオルタを追ってホテルに戻った。

 

 こうして、一日目の夜は過ぎていく。

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