Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
遥とオルタがホテル前でキャスターと問答した数分後。冬木教会の地下では僧衣姿のふたりの男が神妙な面持ちで蓄音機に向かっていた。
そのうちひとりは顔に無数の深い皺が刻まれ、白く染まり切った髪を後ろに撫でつけている老齢の男性。その顔を見るに相当な年齢のようであるが、しかし僧衣の上からでも分かるほどの筋肉がその老神父が潜ってきた修羅場の数を伺わせる。この老神父の名前は〝言峰璃正〟という。
もうひとりは二十代前半ほどだろうか。短く切った髪の下には感情の読めない鉄面皮がある。老神父と同じように僧衣で包まれた屈強な体躯は、彼がこれまで積み上げてきた尋常ならざる修練の賜物であった。第八秘跡会の元代行者、人型の修羅とも言われる者たちのひとり〝言峰綺礼〟。
彼らが蓄音機に向かっているのは、何も自分たちの声を録音しておくためではない。彼らの眼の前に設置されている蓄音機には本来あるべき針がなく、代わりに宝石が組み込まれていた。その宝石は魔術により対になっている宝石と共振し、音声を伝える仕組みになっている。要は一種の通信機のようなものであった。
その通信機に使われているのは遠坂家伝来の宝石魔術――すなわち、対となる宝石が組み込まれた通信機は遠坂邸に存在する。そしてその通信機の前では綺礼らと同じように、現遠坂家当主〝遠坂時臣〟が優雅な姿勢ながらも顔に煩悶を浮かべて立っていた。彼らが頭を悩ませているのは他でもない。突如として現れた8騎目を名乗るサーヴァントとそのマスターの存在である。
通常、聖杯戦争は7騎のサーヴァントと7人の魔術師たちの7組が聖杯を巡って相争う魔術儀式である。そのため8騎目のサーヴァントなど、普通は存在しない筈なのだ。霊器盤も7騎のサーヴァントのみに対応しているため、8騎目が召喚されたとしてもクラスすら分からない。そもそも、過去の聖杯戦争を顧みても8騎目などというイレギュラーは存在しない。せいぜい三騎士以外のクラスのひとつがエクストラクラスになる程度だ。
しかし、どれだけ過去を鑑みて否定しようが真に重要なのは現実だ。実際に召喚されている以上、どんな材料を用いてもその存在を否定することはできない。長い沈黙の後、通信機の向こう側で時臣が口を開いた。
『……それで、あの男について何か分かりましたか、神父?』
「現在、教会の情報網の全てを駆使して情報収集を行っています。……しかし、申し訳ない。現状であの男について言えるのは〝全く不明である〟程度ですな」
璃正の言葉に時臣が困った、とでも言うように唸った。しかし時臣に璃正を責める気はなく、またその権利もなかった。魔術協会に通じ、魔術世界について多くを知己している時臣ですらその男〝夜桜遥〟については全く何も知らないのだから。
港の倉庫街で行われた戦闘において遥が持ち出した武具を見れば、どれだけ未熟な魔術師であろうと彼が
せめてアサシンによる諜報活動で何か分かれば良かったのだが遥は聖杯戦争における情報の意味をよく理解しているらしく、拠点以外の場所においては徹底して名前以外を口にしなかった。加えて拠点には超が付くほど強力な結界が張られており、アサシンたちは侵入すらも不可能な状態となっている。
間諜として放ったアサシンに情報を集めさせ、そうして集めた情報を元にしてアーチャーによる必勝戦略を用意する。彼らの戦術が通用しない唯一の相手であった。だが、分かったこともある。
『しかし、業腹だがあのキャスターは良いことをしてくれた。まさかああも包み隠さず真名を露呈させてくれるとは』
「全くその通り。オルレアンの聖処女〝ジャンヌ・ダルク〟……まさかかの聖女が『復讐者』の
『復讐者』の座、すなわちエクストラクラス〝アヴェンジャー〟。璃正がそのクラスの存在を知り得ているのは、ひとえに第三次聖杯戦争時の経験があるが故だった。前回はアインツベルンがルール違反で召喚した青年が据えられていた。
聖堂教会の一員としては聖人に列せられるに至った人間が『
英霊としての聖女の能力を計るなら、知名度は間違いなく最高クラスだ。何しろ聖人のひとりであるのだから。知名度補正は他のどの英霊とも比較すら烏滸がましいほどのものであろう。
だが、ジャンヌ・ダルクの全盛期の能力は他の英霊たちには及ばない。ジャンヌは戦士ではなく、戦士たちを鼓舞する存在であり彼女自身が戦った訳ではないのだから。――と考えるのは早計だ。
何しろ、倉庫街での戦闘でアヴェンジャーは武人であるランサーと渡り合ってみせたのだ。アサシンの視界を借りて見た限りでは互角のようであったが、しかし綺礼にはアヴェンジャーにはまだ余裕があったようにも見えた。恐らくまだ隠し玉があるのだろう。
あのジャンヌ・ダルクは何かがおかしいという疑問は3人全員が漠然とした認識として持ってはいるが、それを解決する手段がない。しばらくして時臣は何処か納得したかのような声音で言葉を漏らした。
『なんにせよ、アヴェンジャーはアーチャーに敵うものではあるまい。問題は……』
「そのマスター……夜桜遥の方ですか」
綺礼の言葉に顔の見えない時臣が頷く。
普通ならサーヴァントよりもマスターの方を危険視するなどあり得ない事態だ。だが何事にも例外は付き物。聖杯戦争において、遥はまさしくその例外に類する魔術師であった。
異常な量の神秘を内包する宝具を持つことだけではない。如何なる手段を以てしてか綺礼たちは全く知れないが、最優のサーヴァントと呼ばれるセイバーと互角以上に渡り合うことも異常だ。
綺礼は埋葬機関の足元にも及ばないが、それでも人間の尺度で測れば最強クラスではあるのだ。それでも三騎士たちには遠く及ばないというのに、遥はそれと渡り合い、あまつさえ圧倒しているのだ。
あまり認めたくはない事実だが、少なくともこの第四次聖杯戦争において遥に勝利し得るマスターは存在しない。アインツベルンのホムンクルスはそもそも戦闘を苦手としているし、戦闘の心得がある時臣やケイネスでも勝つことはできまい。
或いは勝利する可能性があるとすれば、それは綺礼だけだろう。サーヴァントとすら拮抗し得る相手と直接戦闘になれば敗北は免れ得ないが、不意打ちの一撃で沈めれば不可能な話ではない。
冷静にそう分析する綺礼の耳朶を、僅かな怒りを押し込めた時臣の声が打つ。
『綺礼。私はね、こういう手合いがあまり好きではない。仮にも魔術を修めた身でありながら魔術師の誇りを蔑ろにし、あまつさえ近代兵器にまで手を染めるなど……。
まだ剣士の誇りを持っているだけマシ、といったところか』
時臣の言葉に綺礼は何も返さなかった。
時臣の思いは分かる。現代の魔術師には珍しいほどの保守派である時臣からしてみれば、魔術を修めた者は魔術師然としているべきというのが当然なのだろう。それは時臣自身がそうあることが何よりの証左だ。
だが分かることと理解できることは違う。数多の封印指定の魔術師を狩ってきた綺礼からしれみれば、遥の戦術は感心しこそすれ蔑むことはない。とかく魔術師とは近代兵器を蔑み、それへの対策を怠るきらいがある。若いながら、遥は相当な実戦を経験していると見えた。
ただ、それだけだ。この男もまた綺礼の関心を引く対象ではない。夜桜遥という男は最大の危険分子ではあるが、現在とっている作戦を捻じ曲げてまで綺礼が相手をするような人間ではない。どれだけ強かろうが、アーチャーの前では木偶人形も同然だ。
言峰綺礼というのは空虚な人間だ。普通の人が美しいと思えるものを美しいとは思えず、しかしいずれ信仰の道が自らの魂の在り様を教えてくれると信じて今まで生きてきた。だが、未だ答えらしきものは見えない。
或いは綺礼と同じように無意味な徒労を繰り返し、その果てに答えを得た者がいれば綺礼は自らの役目すらもかなぐり捨ててその者へと戦いを挑んだことだろう。だがこの戦場にそのような者はいない。皆自らに誇りを持ち、ひとりで
3年の月日を費やしたこの任務も、結局は綺礼に答えを示してくれそうにない。この任務を終えた後も綺礼は自らの空虚に答えを出せないままに聖堂教会へと舞い戻り、異端狩りに明け暮れる日々を過ごすことだろう。
その未来がありありと想像できて、綺礼は表情に出さず内心だけで落胆の溜息を吐いた。結局のところ、綺礼の懊悩と煩悶に答えを出してくれる存在はいない。このまま一生という長すぎる時間を徒労の内に沈めてしまうことも考えられた。
しかしそんな綺礼の思いとは裏腹に、周囲は綺礼を敬虔な殉教者だと勘違いする。彼が抱える苦悩に気付くこともないまま、茨の道を進み続ける綺礼を高尚な人間と誤解するのだ。時臣だけではなく、璃正や死んだ妻もまたそのひとりだ。
それを嘆くでもなく、綺礼はただ事実としてそれを受け入れている。そうして綺礼が瞑目した時、彼は傍らに何者かが現れたことを感じ取った。見れば、綺礼が契約したアサシン――『百貌』のハサンのうち1人が跪いていた。
「どうした、アサシン。何か報告か?」
「は。恐れながら。
……キャスターめの居所が掴めました」
アサシンからの報告に綺礼がほう、と言葉を漏らす。それを続けて報告しろという命令と取ったのか、アサシンはさらに続ける。
遥たちとキャスターの遭遇を確認した後、遥たちに付いていたアサシンはこれ以上遥たちの監視をしているのは無意味と判断して未だ居所が掴めていなかったキャスターの追跡へと入ったのだが、思いのほか簡単にキャスターの居所は掴むことができた。
冬木市の中央に奔る未遠川の中流域に繋がる巨大貯水槽。キャスターとそのマスターである連続殺人鬼〝雨竜龍之介〟はそこに誘拐してきた子供たちを閉じ込め、あまつさえその身体を使って造り上げた珍妙かつ陰惨、醜悪なモノを〝アート〟と称している。要は
加えてキャスターたちは子供の誘拐に際して何の躊躇いもなく魔術を行使しておきながらその痕跡を消さず、あまつさえ気付かれた場合は一家全員を惨殺するという凶行に及んでいる。最早魔術師どころか〝魔術使い〟と呼ぶことすらも烏滸がましい。魔術使いたちですらもっと神秘の秘匿には慎重になるだろう。
『青髭』という呼び方からして真名が〝ジル・ド・レェ〟であることは間違いない。百年戦争時はフランスの元帥であったが、ジャンヌ・ダルクの死後に堕落して黒魔術と錬金術に耽溺し、さらには無数の少年少女を凌辱及び殺害した男。成程彼であれば児童の連続誘拐事件と結びつけるのも容易だ。
他にもアサシンからの報告内容はあったが、最も重要であるのはキャスターたちが連続児童誘拐・殺害事件の下手人であることだろう。彼らは聖杯戦争など眼中になく、自らの底なしの欲求を満たすことだけしか頭にない。間違いなく聖杯戦争の進行どころか魔術世界と一般社会のどちらにも害しか齎さない。
聖杯戦争は魔術師同様条理の外にある存在であるが故、倫理で物を語ることはない。だが、条理の外にあるからこそ守らなければならない法をキャスターと龍之介は平気で破っている。断じて見逃す訳にはいかない蛮行であった。
最早、8騎目のサーヴァントだとかセイバーと渡り合えるマスターだとか言っている場合ではなかった。彼らは確かに例外的な存在ではあるが、聖杯戦争のルールに則っているのなら参入を拒む理由はない。だが、キャスターらはその最低限のルールすらも守っていない始末だ。
「これは放任できんでしょう、時臣君。……時臣君?」
いつもならばすぐに返事が返ってくる筈のいらえがない。それを怪しんだ璃正が名前を呼びかけるも、時臣からの返事はなかった。代わりに通信機から聞こえてくるのは通信が狂ったことを示すノイズばかりである。
時臣が通信を切ったのならその時点で教会側にある通信機も機能を停止し、ノイズも鳴らない筈だ。そもそも時臣は挨拶もなしに無言で一方的に通信を切るような男ではないことをふたりは知っていた。そんなことをしては〝常に余裕を持って優雅たれ〟という家訓に反してしまう。
それが示すところはつまり、通信が何者かに妨害されているということだ。それは転じて監督役と遠坂の間に結ばれている極秘裏にしてルール無視の同盟関係を看破しているということに他ならない。加えて時臣が造り出した魔術通信を妨害できるということは、彼よりも高位の魔術師であるということである。
璃正と綺礼がほとんど同時にその結論に達した時、マスターたる綺礼の意思を汲んだのか、或いは報告があったのか新たに1人のアサシンが実体化した。そのアサシンに向け、綺礼が間髪入れずに問いを投げる。
「ここに近づいてきているのは何者だ、アサシン?」
「それが……アヴェンジャーのマスターに御座います。しかし、どうにもサーヴァントの気配がなく……」
アサシンのその報告に、綺礼は僅かに疑問を覚えた。今は聖杯戦争中であるというのに、サーヴァントを従えるマスターがサーヴァントを連れずに外を出歩いている。魔術で隠しているのではとも考えたが、よもや気配遮断と察知に優れるアサシンの眼を誤魔化すなどあろう筈もない。
昼間ならともかく夜間にサーヴァントも連れずに出歩くというのは余程自分の実力に自信があるか、愚鈍であるのかどちらかだ。だが戦闘時の遥は綺礼の眼にはどちらの人物像にも当てはまらないように見えた。ならば何故そんな愚行をするのか。考えても答えは出ない。
すぐに綺礼が璃正に目配せをすると、璃正も全く同じことを考えていたのか無言で息子の意思に同調して首を縦に振った。綺礼もまた頷きを返して礼拝堂へと出ていく父親の姿を見送ると、すぐにでもアサシンによる攻撃を仕掛けられるように全てのアサシンに対して念話を飛ばした。
対して礼拝堂へと出た璃正を出迎えたのは、既に教会の中へと足を踏み入れたアヴェンジャーのマスター――遥であった。遥は璃正の姿を認めると、相手に感情を読ませない薄い笑みを浮かべる。
「こんな夜分に失礼。アンタが第四次聖杯戦争の監督役……言峰璃正神父で間違いはないな?」
「如何にも。して、何用ですかな? よもや聖杯戦争に参加するなどとは言いますまい? 既に聖杯戦争には7騎の英霊が出揃っているのですぞ?」
アサシンたちから齎された情報は伏せ、あくまでも公正な監督役として振舞う璃正。その態度に思わず遥は笑い出しそうになってしまったが、寸でのところでそれを抑えた。代わりに遥の口から洩れたのは嘲りとも友好とも取れない、奇妙な笑声であった。
璃正たちは聖杯戦争の初日、アサシンのうち1騎を遠坂邸に放ちそれをアーチャーに斃させることでアサシンの敗退を演じたが、そもそもその時点ではこの冬木にいなかった遥たちがそれを知る由もない。だが監視の結果からアサシンのマスターたる言峰綺礼がこの場にいるというのにアサシンが敗退していないことは分かっていた。
アサシンが未だ敗退していないことは璃正も知っているだろう。だというのに綺礼が教会にいるのを看過しているのは、彼らがグルである証拠だ。だが遥はすぐにその事実を叩きつけることはせず、しかし人の良い笑みを消して責めるような視線を璃正へと向けた。
「アサシンに聞いてるんだろ? 俺がアヴェンジャーを従えてることくらい」
「! ……はて、何のことですかな? アサシンは既に敗退している。仮にアサシンが生きていたとして、私が知る由もないでしょう」
あくまでもしらばっくれるつもりか、と遥が怒りを隠すこともなく舌打ちを漏らした。
遥はこの世界の聖杯戦争についてはほとんど知らないが、本来監督役とはどの陣営にも属さず与しない公平な役職であると聞いていた。しかしエミヤが参加していた第五次聖杯戦争では綺礼が監督役であったというが、第五次でも監督役は己の職務を逸脱した行動をとっていたという。
そして、その父親である璃正もまた監督役としての権限を乱用し、あまつさえアサシン陣営とアーチャー陣営に与している。血は争えないということだろうか。なんであれ、遥はアサシンやルールを無視する監督役が邪魔だった。
本来教会は不可侵にして非戦闘地帯であるが、相手がルール違反を犯しているのであれば話は別だ。目には目を、歯には歯を。ルール違反にはルール違反を。ルール違反を犯した相手を斃すには、多少のルール違反を犯す他ない。
「公正を謳う監督役でさえこれか。これじゃ聖堂教会の品位も程度が知れるってモンだな。ま、今更だろうが」
「これはまた随分と手厳しい。嫌いなのですかな、我々が?」
璃正の問いに対して遥は何も答えないが、しかしその表情は言葉よりもなお雄弁にその内心を物語っていた。聖堂教会における最高位の権威を持つ埋葬機関とも協力したことがある遥であったが、彼はあまり聖堂教会が好きではない。むしろ嫌いだった。
基本的に聖堂教会というのは狂信者の集団だ。彼らの信じる神の教えを絶対に遵守し、それに従わない者は殺しても構わないという過激派なのである。魔術協会とは表向きは和解しているが、水面下ではいつまでも殺し合いを続けている。
遥は今まで何度か魔術協会と聖堂教会の戦闘現場に出くわしたことがあった。それは単なる抗争であったり、異端魔術師の排除でぶつかりあったりと状況は様々だが、それら全てで何も関係がない筈の無辜の人々が巻き込まれていたことは事実だ。
立場がどうであれ、自らの信念を第一として無関係の人々を殺している時点で遥にとっては聖堂教会もそこらの悪徳魔術師と変わらない。だがその嫌悪感を押し隠したまま、遥は低い声で言う。
「なんだっていいだろ、そんなコトは。……これで最後だ。アサシンのマスターを出せ、神父」
「いかなる理由があるのであれ、敗残マスターを生き残りの前に出す訳にはいきませんな。そもそも、ここは不可侵地帯だ。戦闘行為は許されない」
全く悪びれることなく、璃正は遥に対してそう宣言した。その言葉は聞き方によっては妄言を吐き散らす狂人に対して真実を告げる聖職者のようにも聞こえるが、その実態はそうではない。互いにルールを無視したやり取りは、聖杯戦争の堕落を象徴するものであろう。
どれだけ問うても璃正は遥に対する態度を変えない。まさに暖簾に腕押しであった。だが遥は今度は舌打ちを漏らすことはなく、それどころか嘲るような薄い笑みを浮かべたまま立っている。
「あくまでも白を切り通すつもりか。ならいいさ。ここからは――――」
瞬間、黄金の軌跡が虚空を切り裂いた。続けて宙を舞ったのは、まるで黒い染料で染め上げたかのような黒い肌に髑髏の仮面を付けた生首。それは輪切りにされた首から血飛沫を吹き出しながら放物線を描き、静寂の中で床へと落ちた。
遥が落とした首が誰のものであるかは最早疑うまでもない。深い青の髪と髑髏の面のサーヴァントなどアサシン以外にはあり得ない。遥の一刀の許に首を刎ねられたアサシンは自らが死んだことを認識する暇すらもなく、その存在を無意味な魔力光へと還す。
抜刀から斬撃までが完璧なまでの動作の内に納められた神速の一撃。それは最早達人だとか天才だとか、そういう域にあるものではなかった。その剣技は正に剣神の領域に片足を踏み込んでいるといっても過言ではない。だが遥はそれを誇る様子すらも見せず、黄金に輝く叢雲の切っ先を璃正に向けて突きつけた。
「―――実力行使でいかせてもらう」
全身から放射される殺気は正に抜き身の刃が如く。周囲の者へと向けられた
功を焦った1人が殺されたことで存在の露見したアサシンたちが礼拝堂の中で次々と実体化する。10人、20人程度では済まない。ある者は壁に張り付き、またある者は椅子の背もたれに乗り、一瞬のうちに礼拝堂はアサシンたちに埋め尽くされた。
これこそが言峰綺礼が召喚したアサシン、『百貌』のハサンの真髄。宝具〝
それは正に質より量を体現した宝具だ。どれだけ強い相手であろうと圧倒的な物量を以て押し潰せば良い、という。原理こそ分からないもののこの場にアサシンが集結した理由に気付いた遥が嗤う。
恐らくアサシンたちはサーヴァントも連れずに出てきた莫迦なマスターであれば総力を以て押し潰すのは簡単だと思っているのだろう。それどころか、全てのアサシンが集結させられたことを不思議に思っているのかも知れない。
舐められたものだ、と遥が内心で呟く。どれだけ数が多かろうと弱体化したアサシン如き何人いようが敵ではない。そもそも、気配がしないからといってサーヴァントを連れていないなどと何故言いきれるのだろうか。まるで睥睨するかのように周囲を見回した直後、遥が口を開いた。
「やれ、アヴェンジャー」
直後、アサシンたちの頭上に黒い魔力の槍が現出した。すぐにそれに気付いたアサシンたちは避けようとするが、そのうち何人かは降り注いだ魔力の槍に霊核を貫かれて消滅する。
そして、避けられなかったアサシンたちを愚鈍と言う高笑いが礼拝堂に響く。見れば、いつの間にか遥のサーヴァントたるアヴェンジャー――ジャンヌ・ダルク・オルタが実体化していた。オルタがいないと思っていたアサシンたちが明らかに狼狽する。
7つの通常クラスのサーヴァントのうちで最も霊感に優れたアサシンの目を誤魔化すことなど普通は不可能だ。アサシンたちはそれが分かっているからこそ、それを潜り抜けられたことが信じられないのである。
だが、遥からしてみればその驕りこそがあり得ないものであった。何事にも例外は付き物。要は遥が継いだ魔術がアサシンたちの霊感すらも働かない例外に属するものであったに過ぎない。気配そのものを封印できる魔術があるとはアサシンたちは思わなかったのだろう。
オルタは遥と背中合わせに立ち、右手に旗を、左手に長剣を握る。そうして顔に邪悪さが滲む笑みを浮かべたまま、遥に悪態を吐いた。
「まったく、いつまで待たせんのよ」
「悪い。でも作戦通りだっただろ?」
遥が立てた作戦とはオルタの気配を魔術で隠蔽することだけではない。璃正の話に乗っていたのも、アサシンが集結するまでの時間を稼がせるためだ。この場にいるアサシンだけを斃すのでは足りない。それではより監視の目が強まるだけになってしまう。
遥があれだけ目の仇のしていたキャスターの討伐よりもアサシンたちの掃討を優先したのは、単純に彼らが邪魔だったからだ。沖田たちを動かそうにもアサシンたちがいては最も警戒すべきアーチャー陣営に全て露見してしまう。アサシン陣営の殲滅は急務であったのだ。
不可侵地帯である教会で戦闘をするのは本来はルール違反であるが、そんなことを言っていたのではいつまでもアサシンを斃すことができない。だが監督役がルール違反をしている証拠さえ掴んでしまえば、相手も容易にこちらをルール違反で断罪することはできまい。
遥ひとりであればアサシンたちはすぐにでも仕掛けてきていたのであろうが、オルタまで現れたのでは話が別だ。元来低い能力が分割によってさらに低下しているアサシンたちでは、真正面から戦えば遥とオルタには勝てない。それが分かっているからこそ、彼らは不用意に仕掛けてこないのだ。
対する遥は魔術回路に己が全力を以て魔力を流し、続けて「
いつの間にかどこからか現れた炎が礼拝堂を満たし、遥とオルタを中心にして全てを燃やす。それは遥の煉獄から漏れ出した焔とオルタが内包する恩讐の炎が溶け合い生み出した、現世の灼熱地獄とでも言うべき光景であった。
一瞬にして膨張した空気が扉を押し開け、そこから璃正と綺礼をを抱えたアサシンが離脱する。だがその直後、どこからか放たれた矢が2人のアサシンの眉間を打ち抜いた。エミヤによる狙撃である。離脱しようとして教会から出てくるアサシンの悉くがエミヤに打ち抜かれ、一瞬にして10人以上が絶命した。
離脱すれば一方的に撃ち殺される。故にアサシンたちに残された選択肢は遥たちと戦うことだけだ。だが、果たして勝てるのか。半ば戦意を喪失したアサシンたちの前で、現世に現出した無間地獄のふたりの主はそこに落ちてきた暗殺者たちに宣戦布告の言葉を投げた。
「いざ―――参る!!!」
「さぁ、フィナーレのお時間よ!!!」
今のアサシンたちにとって、その言葉は地獄の判決にすら等しい。
そして遥たちが造り出す灼熱地獄に呑み込まれた彼らに、生き残る術など一片たりとて残されてはいなかった。
アサシン・言峰綺礼陣営敗退。残り6+1騎。
ただ邪魔だったから、という理由で真っ先にアサシンを斃した遥君。これには時臣も大慌ての模様。
次回辺り立香の視点が入る……かも。