Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第28話 同盟交渉/月下美人

「……どこよ、ここ」

 

 周囲を見渡してオルタがひとり呟く。しかしその問いに答える声はなく、代わりに聞こえてくるのは焔が燃え盛る音や地面に奔った亀裂からマグマが噴き出す音だけであった。

 火種もないのにいつまでも焔が燃え続け、大地からは際限なくマグマが噴き出している。本来蒼い筈の空はどこからか噴き出した黒い煙の包まれて、地上を照らすのは焔が発する明かりばかりだ。周りには誰もおらず、ここで息をしているのはオルタだけである。

 否。その様相は〝誰もいない〟というよりも〝皆を拒絶し、否定する〟という方が正しいようにも思える。生命あるもの、心あるものの悉くを否定する世界にオルタは何の因果かひとりで紛れ込んでしまったのだ。

 オルタ自身、どうしてこの場にいるのかすぐには分からなかった。教会から戻ってきた後にすぐに眠り、気付いた時にはここにいたのである。まるで煉獄のようでありながら、それよりもなお酷いこの世界に。

 一瞬これはただの夢かとも思ったが、オルタはすぐにその可能性を否定した。サーヴァントは基本的に眠る必要性がなく、故に記憶整理の副産物としての夢も見ない。或いは確認されていないだけであり得るのかも知れないが、それならそれでもっと現実的な夢である筈だ。

 普通の夢ではないのならば、これは一体何なのか。考えるまでもなかった。すぐに合点がいったオルタはもう一度この世界を見渡し、そうして無意識のうちに言葉を漏らした。

 

「そっか。ここは(アイツ)心象(なか)ってワケね」

 

 契約で繋がっているマスターとサーヴァントは稀に契約の経路(パス)を通じて互いの記憶を覗き見るということがあるということは、サーヴァントであるオルタにとっては既知の事実であった。

 だがこうして実際に体験してみると、知識として知り得ていたことでも新鮮なものである。加えてこれはただの記憶ではなく遥が内包する心象そのものだ。特殊であるのは当然のことであろう。

 これが遥の心象であるということは、いわばこの世界は『夜桜遥』という男の精神が具現化した世界であるということだ。空虚でありながら明確に何らかの感情で満たされたこの煉獄が、オルタのマスターたる魔術師を象徴するもの。

 或いはオルタがこの煉獄に入ってくることができたのは、彼女がこれに極めて近い心象であるからなのかも知れない。他のサーヴァントであれば、いかな記憶の覗き見とはいえ煉獄に呑まれて無理矢理外に出されていただろう。

 この世界が内包する感情が如何なるものであるのかは、この光景が物語っている。これは遥が抱く負の感情が堆積した結果だ。否定と絶望。憤怒と憎悪。煉獄の焔が火種としているのは、要はそういった感情だ。

 だがそれらを火種にしてはいても、決してその感情は尽きることがない。人の感情とはそういうものだ。普通は一過性のものである感情でも、ある一線を越えれば際限なく湧き出してくる。故に煉獄は枯れることなく焔を吐き出す。

 遥はそれらと折り合いをつける訳でも、これを受け入れて生きている訳でもない。それは同じ『復讐者』であるオルタだからこそ分かる。これだけの感情を人間は無視できない。できるとすれば、それは相当な聖人か狂人だけだ。

 オルタはそれを歪んでいるとは思うが、否定する気はなかった。他に遥と契約している英霊たちは遥が抱えた歪みをオルタほど認識している訳ではないが、気付けば正そうとするだろう。故に今の遥を是認肯定してやれるのは自分だけだという確信がオルタにはあった。

 

「それにしても……なんともまぁ、殺風景な世界だこと」

 

 オルタの周囲にあるのは焔やマグマ、黒煙ばかりで後は草木の1本すらも生えていない。まさしく煉獄と呼称するに相応しいひどく孤独な世界だ。

 だが鬱屈した感情や激しく暴れまわる感情の堆積が具現化した世界であるというのに無差別に全てを焼き払うものではなく、人の『罪』を祓う煉獄として具現したのは、ひどく遥らしいとオルタは感じた。

 遥が無差別に激情を撒き散らすような悪漢であればこの世界はより醜悪なものとなっていただろう。遥自身も人理修復などには協力せず、むしろそれを妨害する側となっていただろう。かつての竜の魔女(オルタ)がそうであったように。

 遥とオルタは同じ『復讐者』という在り方ではあっても、その中身は大きく異なっている。ただ恩讐のままに殺戮を繰り広げたオルタのように激情のままに命を奪うのではない、別な復讐。

 それでも復讐である限り、果てにあるものは変わりがない。復讐者自身の破滅だ。だがその過程が虐殺などよりも美しいものであるのなら、それは虐殺などよりも余程価値がある筈だ。そしてそれを遥の隣で見届けられたのならどれだけ良いことか――それがオルタが遥の召喚に応じた理由だった。絶対に本人には言わないが。

 仮に言ってしまえばどんな反応をされるか。考えて渋面を浮かべるオルタ。そんな彼女の身体を唐突に小さな揺れが襲った。足元を見れば、そこに奔った亀裂が紅く光っていた。

 

「……そろそろ終わりね」

 

 何処か惜しむような声音でオルタがそう言った直後、彼女の身体は大地から吹きあがったマグマに呑み込まれた。夢の終焉である。マグマに吞まれたオルタの視界は一瞬で赤熱し、すぐに暗転する。

 そのまま霊体化したかのように一瞬だけ全身の感覚が消失し、すぐに現の感覚へと切り替わった。すぐに感じたのは全身を覆う掛布団とベッドの熱感。続けて僅かに開いた瞼から日差しが差し込み、思わず頭から布団を被る。

 この特異点の冬木市は冬だ。一応はエアコンも点いてはいるが1994年のモデルでは性能もたかが知れている。ベッドと布団の間から入ってくる少しだけ温度の低い空気のせいかすぐにでも二度寝したい衝動に駆られるが、それを我慢して起き上がった。

 寝ぼけた意識のまま眼を擦るオルタ。ふわと無防備な欠伸を漏らすオルタの耳朶を、彼女の主の声が打った。

 

「おっ、起きたか。おはよう、オルタ」

「うん……おはよ」

 

 平時ならば普通に挨拶を返すことがなさそうなオルタであるが、寝ぼけている時はそうではないようで素直に挨拶を返した。或いはこれがオルタの素なのかも知れないが、遥はそれを揶揄うことはしなかった。素直ではないことに関しては遥も人のことは言えない。

 オルタは今起きたが、時刻は既に9時を過ぎていた。だが決してオルタが寝坊をしたという訳ではない。アサシン陣営を打倒した後にホテルに戻って眠ったのが午前3時ほどなのだ。いかなサーヴァントとはいえ一度眠れば熟睡してしまうのは無理からぬことである。遥も意識解体の魔術を利用しての短期睡眠を使っていなければ今でも眠っていただろう。

 聖杯戦争は基本的に夜間に行われるため昼間は眠っていても問題はないのだが、遥がそうしなかったのはアサシン陣営――もとい監督役の動向を監視するためだ。いくら相手がルール違反を犯していたとはいえ、監督役の権限でもみ消される場合もある。それに備えて彼らの通信内容は全て傍受して録音しているのだが。

 しかし、今まで監督役からの動きはない。遥の予想では懐柔策を用意してくるか、或いは改竄及び偽装した情報で他陣営を扇動してけしかけてくることも考えられたのだが、流石にそのような安直な策に出てくることはなかったらしい。遥たちを警戒しているのだろう。その警戒は正しい。敗退したアサシン陣営を除けば、情報戦という点では遥たちが最も優れている。

 他陣営の情報はあまり掴めてはいないが、遥はこの特異点においては別世界の人間である。時臣たちはいくら調べての遥の情報が出てこないことに焦っていたが、それも当然のことなのだ。()()()()()()()()()()()()()()。仮にあったとして、この年代では遥は生まれてすらいないのだ。情報があろう筈もない。

 加えて、サーヴァントを複数騎を使役している遥は戦いながらにして他陣営の情報を集めさせることもでき、いざとなれば総力で戦うこともできる。遥は長期的な戦略を立てるのは苦手だが、上手く立ち回ることさえできれば相当なアドバンテージになる筈だ。その立ち回りを如何に生かすことができるかは、遥の手腕に掛かっている。

 色々面倒だ、と遥が溜息を吐く。それとほぼ同時、遥の傍らで何者かが実体化した気配があった。見れば、黒いシャツと黒いズボンという私服姿のエミヤが立っていた。

 目覚めたオルタが遥特製のサンドイッチをもっきゅもっきゅと頬張る横で、遥はエミヤに真剣な面持ちで問う。

 

「戻ったか、エミヤ。それで、教会の様子はどうだった? 何か動きはあったか?」

「特に何もなかったな。目立った動きといえば、君達が内装を全焼させてしまったせいで職員の出入りが激しくなっている程度か」

 

 揶揄うようなエミヤの言葉に、遥が苦笑いする。深夜に行われた戦闘で、遥とオルタは冬木教会を全焼させてしまったのである。外装は木ではないため黒い煤で汚れる程度で済んでいるが、木でできた内装はそうではない。実質、冬木教会の機能はほぼ失われたも同然だった。

 だがそれを申し訳なく思う気持ちなど、遥の中には微塵もなかった。頻繁に教会を利用している人間には悪いが、たった一棟だけの教会の破壊など聖堂教会が行っている破壊行為に比べれば児戯も同然だ。それに魔術師であるなら建物のひとつやふたつを破壊する程度、躊躇うことはない。

 遥にとって関係の無い人々を巻き込むことは悪だが、逆に言えば関係のある人間を巻き込むことは悪ではない。監督役と綺礼は聖杯戦争を出来レース化しようとしていた。傲慢かも知れないが、多少の被害は受けて然るべきだろう。不正には相応の代償があるべきだ。

 何であれ、これで監督役の機能はほぼなくなったと見ていい。アーチャー陣営に情報を流していたアサシンたちもいなくなった。聖杯戦争を都合良く動かす権限を失った遠坂は今頃大慌てだろう。或いは、すぐにでも不穏分子である遥を潰しにかかってくるかも知れない。それにアーチャーが従うかはまた別の話だが。

 今のところ、聖杯戦争は遥たちが有利に進めることができている。真っ先に仕掛けて来そうなケイネスを圧倒し、続けて遥が持つ宝具を晒したことは結果的に良い結果を招いたと言えるだろう。あくまでも、今のところは。

 アサシンという諜報・情報戦における最大のアドバンテージを失った遠坂は代わりの戦力を確保しようとするだろう。その対象として考えられるのはセイバー陣営か遥たちアヴェンジャー陣営である。現遠坂の当主は保守派であるというから確率的にはセイバー陣営の方が高いが、総合的な戦力を鑑みればアヴェンジャー陣営の方が高い。

 そうなると、セイバー陣営に同盟を申し込むのは急いだ方が良くなってくる。遠坂がアインツベルンと結んだ場合、真っ先に狙ってくるのは間違いなく遥だ。遠坂の聖杯戦争への必勝戦略を潰した遥たちは遠坂にとっては最大の障害であるのだから、打倒か懐柔かどちらかを選んでくる筈だ。

 遥がすべきことはアサシンたちを殲滅した後始末だけではない。色々と考えるのが面倒臭くなってひとつ溜息を吐くと、遥は椅子に座って難しい顔で腕を組んでいるエミヤに問うた。

 

「それで、エミヤ。間桐桜だったか、お前が助けたいって言ってた子は。何か策はあるのか?」

 

 遥の問いにエミヤは一瞬だけ何かを答えようとしたが、すぐにより渋面を深くして黙り込んだ。いつも冷静なエミヤには珍しく悩んでいるが、それも無理からぬことではあろう。

 今回の聖杯戦争に間桐家が出してきたマスターの名前は〝間桐雁夜〟。遭遇も目撃もしていないため能力の程は分からないが、エミヤが知らないということは少なくともこの時間軸で死んでいるということなのだろう。彼は考慮する必要はない。問題はサーヴァントの方だ。

 第四次聖杯戦争において『狂戦士(バーサーカー)』で召喚された英霊、湖の騎士〝ランスロット〟。遥は直接戦ったことはないが、立香たちからその話は聞いていた。オルレアンでの決戦においてはマシュとアルトリアの前に敗れ去ったらしいが、その脅威度は極めて高い。

 狂化されてもなお衰えない武錬。さらに手にした武具全てに自らの宝具属性を付与するという能力系の宝具〝騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)〟。これにより、エミヤはランスロットに対しては絶対的に相性が悪い。無限に宝具を造り出す投影魔術は湖の騎士の前ではただ宝具を与える結果しか齎さない。

 或いは〝八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)〟使用状態の遥であれば敵うかも知れないが、彼としても正面からぶつかりあうのは避けたい相手である。雁夜がいる間に間桐邸に侵入するのは下策中の下策であった。ならやはり不在を狙うか、などと考えていた遥の耳朶をエミヤの声が打った。

 

「……すまない、遥。桜を助けたいというのはオレの我儘でしかないんだ。そもそも、特異点で誰かを助けたからとて実際の世界線で助かる訳ではない。これは完全な自己満足、ただの自己欺瞞だ。

 それに無理に付き合う必要はないんだぞ?」

 

 特異点とは歪んだ歴史である。カルデアがそれを正しい形に修正した後は余程のことがない限り彼らの存在はなかったことになる。どれだけ人を助けたところで戻ってしまえば〝なかったこと〟になってしまうのだ。

 それに、桜の存在はこの特異点とは何の関係性もないのだ。最短でこの特異点を修正しようと思うなら、桜は放っておいて他陣営をどのように出し抜くかを考えた方が余程建設的ではある。それは疑うまでもない事実だ。

 それだけではない。せめてこの時代の桜だけでも助けたいという思いとは裏腹に、エミヤの中にはそれを止める思いもあった。今まで守護者として数多くの人間の命を奪ってきたクセに今更自分の大切だった人だけを特別扱いするのか、と。冷徹な心が桜を思う気持ちを指して嗤う。

 だが思い悩み、思索に沈むエミヤの額を弱い衝撃が襲った。遥がエミヤにデコピンをかましたのである。そうして不満気な視線を向けるエミヤに、遥は笑いながら言う。

 

「下らねぇコトで悩んでんじゃねぇよ、エミヤ。いいだろうが、自己満足でもさ。どんな理由があれ人助けが正義でないワケがねぇ。そもそも人助けなんてどこまでいっても自己満足だろうが。

 助けた後のことは助けてから考えればいい。例えそれが過去に置いてきたものを拾った気になっているだけだとしても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――!」

 

 遥の言葉にエミヤが息を呑んでから、思わず笑んだ。エミヤは遥に過去のことを話したことはない。遥であれば手掛かりさえあれば推理してしまいそうだが、手掛かりになることも話していない筈だ。故に遥が〝正義の味方〟と口にしたのは全くの偶然か気まぐれであったのだろう。

 後に残るか残らないか、繋がるか繋がらないかということで是非を問うのではない。ただ助けたいのなら助ければいい。遥はそう言っているのだ。とても魔術師らしからぬ論理ではあるが、それこそが『夜桜遥』という男であろう。

 この人理修復という任務は他にアラヤから遣わされた現場とは違う。ただ大衆に仇名す片一方を虐殺すればそれで済む話ではない。これまでとは全く異なる任務であり、これまでで最も過酷な任務だ。

 そもそもエミヤは既に答えを得ているというのに、今更何を悩む必要があるというのか。〝正義の味方〟でいるということは決して人々が思い描くようなものではないというのは、遥自身もよく知っているのだろう。だがそれを承知の上で、遥はエミヤに正義の味方たれと言っているのだ。

 キャスターを斃すことも、桜を助けることも、遥は自らの正義を貫いているだけに過ぎない。それに付き合うことにエミヤは異論はなかった。遥風に言えば「上等じゃねぇか」といったところである。言葉にせずとも遥はエミヤの思いを悟ったようで、薄い笑みを浮かべた。

 そうして男ふたりが互いの意思を確認したと同時、部屋の入口にほど近いところにある洗面所に繋がる扉が勢いよく開いた。そこから出てきたのは沖田とタマモである。但し、いつもとは違っているが。

 

「じゃーん!!! どうですか、ハルさん! 沖田さんのこの服! どうです? 似合ってますか?」

「落ち着いて下さい、沖田さん。……とはいえ、新しい服にはしゃぐ気持ちも分からないではありませんが」

 

 洗面所から出てきたふたりの姿はいつもの和服姿ではなく、この時代に合わせた現代風の服装となっていた。ここは日本であるのだから和服でいても可笑しくはないのだが、この時代で私服として和服を選んでいる人間はそう多くない。変に目立つのを避けようと思うなら、時代に合わせた服装に変えるべきである。

 沖田は桃色を基調とし、若干肩の辺りが露出しているセーターとホットパンツ、オルタと似た厚手のハイソックスを着用している。タマモは彼女自身の髪色と同じ春色のパーカーとミニスカート。耳と尻尾は呪術で隠している。まさしく玉のような肌と言うべき長い足は大きく露出しているが、本人に寒そうな様子はない。

 ふたりの服はオルタの服を買う際に買っておいたものだ。さすがに店員から不審者を見る眼を向けられはしたが、背に腹は代えられないということで用意したのだ。かなりの金額にはなったが、金は全てカルデアのツケということにしてある。人理修復さえ終わればカルデアから支払われる筈だ。

 いつもの服装ではなく現代風の服を着ているふたりを見てみると、一目ではとても人間を越えた存在であるようには思えない。それは遥が封印魔術でマスターに与えられたステータス透視能力を無効化しているということもあるのだが、仮に見えていても違和感を感じるほとであった。

 オルタの時にこういう時は何を言えば良いのか学習していた遥は、素直に感想を口にすることにして口を開いた。

 

「あぁ。ふたりとも似合ってると思うぞ」

「そうでしょう? 沖田さんと逢引(デート)したくなりましたか、ハルさん?」

 

 胸を張りながら冗談めかしてそう言う沖田。その姿を見て、遥は顔を赤くして反射的に視線を外した。遥は今まで沖田が普段はサラシを着用しているのを知らなかったため、少々驚いてしまったのである。

 しかし、だからといってどうということでもない。遥はそう考えて自分を落ち着けると、視線を戻した。普段とのギャップに動揺してしまいはしたが、大きさだけで言えばタマモやオルタとそう変わらない。意識するほどのことでもあるまい。

 普通は遥ほどの年齢ともなればそういうことんは幾分か耐性があるのが普通なのであろうが、遥は必要以上に初心であった。だが持ち前の理性ですぐに感情を落ち着けると、遥は仲間たちに問いを投げる。

 

「デート、ね。皆、ケーキ食べたくないか?」

 

 些か唐突にも思えるその問いに、サーヴァントたちが首を傾げた。

 

 

 

 オルタの目が覚めてから1時間ほど経ち、遥たちは冬木市新都に建つ最も巨大なホテル〝冬木ハイアット〟のレストランにいた。しかし全員が同じテーブルという訳ではなく、遥とオルタ、そして沖田たち3人に分かれて少々離れた位置に座っている。

 それは何もこの1時間の間に仲間割れをしただとかそういうことではなく、とある事情によるものである。実際、彼らの間には常に感覚共有の経路(パス)が繋がれ、リアルタイムで遥の感覚が3人と共有できるようになっていた。

 遥とオルタが座っているテーブルの対面には誰も座っていない。さらにテーブルの上には遥がレストランに来たついでに注文したケーキバイキングで持ってきたケーキがウェディングケーキもかくやといった量で積まれているというのに、奇異の視線はひとつも向けられていなかった。ひとえに遥が行使している魔術によるものである。

 一般人に対する認識阻害の魔術は魔術師にとっては基礎中の基礎だが、遥のそれは練度が他の魔術師たちよりも高い。だが低級の魔術であるために、それなりの抗魔力を有する相手には効果を発揮しない。――例えば、人造生命(ホムンクルス)やサーヴァントのような。

 故に、しばらくしてレストランに現れて周囲の視線を一瞬にして奪った二人組にはその魔術は一切効果を発揮しなかった。その場に現れた白銀の貴人と男装の麗人は周囲を見回してから視線を遥、というよりも遥が積み上げた大量のケーキに定めて一瞬だけ呆れ顔をしてから表情を引き締め、自分たちをこの場に呼びつけた男の席へと足を向けた。

 遥は食べかけだったケーキを急いで嚥下すると、席を立って軽く礼の仕草を取った。

 

「ごきげんよう、セイバーとそのマスター。数時間振りかな? まずは俺の話を聞く気になってくれたコト、感謝しておくよ」

「それはどうも。……それで、一体どういうつもりなのかしら。昨日戦った相手に、すぐに同盟の提案だなんて」

「言った通りの意味さ。……まぁ、座って座って。話はそれからだ」

 

 彼女らを出迎えた時の芝居がかった雰囲気から一転して急に柔らかい雰囲気へと遥の纏うそれが変わったことにアイリスフィールとセイバーは一瞬困惑するが、一応は遥の言葉に従って席に座った。遥は近くにいたウェイターに紅茶を2杯とケーキバイキングを新たにふたり分注文する。無論、代金は経費としてカルデア持ちだ。

 朝目覚めてからこれまで、遥は何も情報の整理と推理だけをしていたのではない。遥はエミヤに教会の監視を頼むついでにアインツベルンの城に書状を届けさせていた。遥としては来れば僥倖、といった程度で本当に来るとは思っていなかった。だが考えてみれば、書状に書いた文面はアインツベルンにとっては無視できないものであろう。

 アイリスフィール本人がどうかは知らないが、少なくともアインツベルン当主のユーブスタクハイトの目的は大聖杯の降臨、すなわち第三魔法の実現であると遥はエミヤから聞いていた。故にその障害と成り得るものがあると知らされれば聞き捨てならないのであろう。

 温くなり始めた紅茶を一口啜り、遥がひとつ溜息を吐く。そうして感情を切り替えて今まで演じていた仮面を外すと、またしても遥の纏う空気感が変わった。それに気付いたのか、アイリスフィールとセイバーの視線が遥の一点に集中する。警戒と不信感の込められたその眼に、遥が密かに息を呑んだ。

 こうして呼びつけはしたものの、遥に誰かとの交渉を優位に進めるだけの話術はない。遥は器用ではあるがそれは手先の話であって、対人関係ではむしろ不器用なのだ。故に遥にできることは、下手に隠さずに自分が提示できるものを叩きつけていくことだけだ。

 

「第一に……俺がアンタらに声をかけたのは、アンタらが一番信頼でき、かつ最も話を聞いてくれると思ったからだ。決して利用しやすそうだとか、そういう姦計に基づくものでないことは信じて欲しい」

 

 前置きとして遥が口にした言葉。声音は嘘ではないがまだ遥を完全には信用していないアイリスフィールは視線だけでセイバーに信頼できるかを問うた。その問いに、セイバーは頷きを返す。明確な根拠はないが、セイバーは遥を一定の信頼が置ける相手だと認識していた。

 セイバーは歴戦の騎士であるが故に、相手の太刀筋からある程度その相手のことを推し量ることができる。遥が未だに彼女らに本性を見せず利用しようと考えているのなら、昨夜の戦闘でそうと知れた筈だ。だが遥の太刀筋にはそれらしいものはなく真っ直ぐであったが故、セイバーは邪悪な気配を纏うサーヴァントを従えていることを込みにしても遥を信頼はできる相手と認識しているのである。

 アイリスフィールはセイバーの返答を聞いて遥の話を聞く気になったのか、視線を遥へと戻す。遥は皿の上にあったケーキを一口で食べ、話を続けた。

 

「単刀直入に言おう。この聖杯戦争で願望は叶えられない。叶えてはならない」

「……それはどういうことだ、ハルカ?」

 

 ある意味この聖杯戦争に集った全ての英霊への侮辱とも取れる発言に、セイバーが鋭い視線を遥へと向ける。だが遥はそれに怖気づくことはなく、それと同じほどの鋭い視線で応じた。

 遥のことは信用できても遥の言葉をセイバーがすぐには信じられないのは無理からぬことであろう。セイバーとて自らの願望を叶えるために聖杯戦争へと馳せ参じたのだ。それをいきなり『叶えてはならない』と言われては信じたくなくもなる。

 しかし、遥の言っていることは真実だ。遥自身が大聖杯についてよく知っている訳ではないが、その情報源たるエミヤは主に嘘を吐くような人間ではない。カルデアとは違いきちんとした召喚システムであるにも関わらずジル・ド・レェのような怨霊が呼ばれるのが大聖杯の歪みの証左である。

 そもそも、遥がエミヤから聞いたその歪みの正体をアインツベルンは知っている筈なのである。遥がそれを問おうとした時、それより早くにアイリスフィールが問うた。

 

「もしも貴方の言う通り願望を叶えてはならないとして、それを知らずに叶えてしまった場合はどうなるの?」

「世界が滅ぶ。或いは大勢の人が死ぬ。まあ、どちらにしても意味合いは変わらねぇな」

 

 遥が口にした答えの衝撃的な内容に、ふたりが息を呑む。それはこれまで遥が言い放った言葉の中で最も現実離れしたものではあったが、不思議とふたりの中へと簡単に落ちていった。遥は嘘を吐いてはいないとすぐに判じられるほどに。

 だが、それは同時にセイバーの願いを真正面から押し潰すに足る事実であった。セイバーの願いは〝ブリテンの救済〟というものであるが、それを成すために今の人間を殺し尽くすべきかと言えば、それは否だ。自らのために多くの人を殺してしまえば、それは英雄たる自分を畜生に貶めてしまうのと同義である。

 自分自身でも奇妙に思う程冷静にその事実を受け入れたセイバー。対して、アイリスフィールはそれを受け入れながらもさらに問いを返した。

 

「ちょっと待って。どうしてそんなことになってるの? そんなコト、大お爺様は何も……」

「……本当に何も知らされていないと見える。こうなったのはアインツベルン……というか、アンタらの当主が原因なんだぞ?」

「大お爺様が……!?」

 

 第三次聖杯戦争においてアインツベルンが行ったルール違反。そしてそれによって召喚された『この世全ての悪(アンリマユ)』。次々に聞かされた事実に露骨に驚愕しているアイリスフィールの様子を見て、遥が溜息を吐いた。

 恐らくユーブスタクハイトは全てを知っていながら、それを知ってしまえばアイリスフィールは造反を図ると考えたのだろう。いかにも魔術師らしいが、全く以て度し難い。要は聖杯の顕現さえ実現してしまえば世界などどうでも良いと言っているのと同義なのだから。

 しかし不幸中の幸いと言うべきか、ユーブスタクハイトに鋳造されたホムンクルスであるアイリスフィールはその歪んだ意思まで継いだ訳ではないらしい。仮に継いでいたとすれば、遥の話を聞いたとしても聖杯を降臨させようとしていたであろう。

 だがそれでもすぐには受け入れられないのも道理で、アイリスフィールは目に見えて動揺しているようであった。それを感情の読みにくい目で見つめる遥に今度はセイバーが声をかける。

 

「そもそも、何故貴方はそんなことを知っている。アイリスフィールですら知らないコトを部外者である貴方が知る由はない筈だ」

「それは最重要機密(トップ・シークレット)なんでな、本当に同盟を組んでくれるか分からない相手に話す義理はない。だが、協力してくれるなら……俺に対してアンタらが抱いている疑念の全てに答えると約束しよう」

 

 それは遥がアイリスフィールたちに向けることができる最大限の信任であった。本来はこの世界の住人でない遥たちにとって、最大の武器となるのは自らの情報の秘匿性だ。それを手放すのだから、これ以上遥たちにできることなどない。

 アイリスフィールたちは遥たちが抱えている情報については全く知らないが、しかし情報というのは普通の参加者にとっても重要なものであるが故に遥がどれだけ本気でこの交渉に臨んでいるのか分かったらしく、その視線から剣呑な空気感が消えた。

 無言でアイリスフィールとセイバーが視線を合わせる。彼女らは御三家のひとつとしてこの聖杯戦争に臨んでいるが、大聖杯に起きている異常については全く知らない。そのため何故遥が自分たちに協力を仰ぐのかも検討が付かない。

 だが、遥の言葉に嘘が無いことだけは彼女らも分かっている。それに、彼女らとしての世界が滅びるとまで言われてしまえばこれ以上尋常な聖杯戦争を続けてまで願いを叶える気もなかった。目を合わせるだけで互いの意思を確かめ合うと、遥に向けて頷きを返した。

 

「――わかりました。この聖杯戦争に起きている異常の原因がアインツベルンにあるというのなら、そのホムンクルスとしてその後始末をしない訳にはいきません。共に戦いましょう、夜桜遥」

「……! 恩に着る……!」

 

 アイリスフィールが差し伸べた手を、遥が握り返す。ここに、第四次聖杯戦争中最大の同盟が成された。

 

 

 

 結論から言えば、立香たちがレイシフトした変異特異点β〝太極具現死界ゲヘナ〟は同じく変異特異点である変異特異点α〝聖杯夢想都市冬木〟に比べれば非情に規模の小さいものであった。

 それは特異点自体の大きさが小さいということもあるが、何よりその原因となっているものの異様さや自体の複雑さが冬木に比べればあまり大したことないというのが理由であった。何せ変異特異点αにおける最大の敵が神霊級にまで膨れ上がった世界を滅ぼす呪いであるのに対し、変異特異点βの原因は〝強いだけのただの魔術師〟である荒耶宗蓮なのだから。

 加えて荒耶が起こした事件を熟知している式や藤乃の協力があった故に、立香たちは比較的容易に特異点の攻略を進めることができていた。だが決して容易すぎるという訳ではない。何せオガワハイムはその階層に召喚されたサーヴァントたち全てを斃さなければ次の階に進めないようになっていたのだ。

 時折休憩は入れていたが、連続した戦闘による魔力消費は未熟な魔術師である立香の魔術回路に確かな負荷を蓄積させていた。カルデアのバックアップがなければとうに魔力量が限界を迎えているであろう立香の魔術回路が悲鳴をあげ、彼の全身を責め苛む。だが、無理をしただけの成果はあった。

 立香たちの目の前にいるのは、黒いコートを羽織った強面の大男。全身を覆う服の上からでも分かるほどに鍛え抜かれた筋肉は、彼が本当に魔術師であるのかを疑うことであった。この特異点の元凶。聖杯の所有者たる魔術師。つまりは荒耶宗蓮。―――その心臓を、呪いの朱槍が貫いていた。

 

「――ガ――ハ―――」

 

 荒耶は彼単身でも非常に強力な魔術師だ。自身の周囲に移動する三重の結界を張る結界術はほとんど魔法の領域であり、格闘戦も現代を生きる人間の中では最強クラスである。ともすれば、英霊とすら渡り合えるほどだ。

 故に彼が尋常な聖杯戦争に参加していれば、この結界内であれば遥と同じようにサーヴァントと渡り合う異常なマスターとして認識されていただろう。だが今回ばかりは相手が悪かった。いくら単騎の英霊とは渡り合えるとしても、複数騎の英霊と戦うのは難しい。

 だがそれでも特異点を維持し、聖杯を所有する荒耶を斃すには足りない。尋常な攻撃では深手を負わせたところでこのマンション内に満ちる繰り返し殺された英霊たちの魂と聖杯の魔力によって即時再生されてしまう。そのため、クー・フーリンは最後に朱槍の真名解放で荒耶の心臓を貫いたのだ。

 いかなる魔術を以てしても、真名を解き放たれた朱槍の呪いから逃れる術はない。故に、荒耶はここで死ぬ。しかし―――遅かった。周囲に満ちる魔力の高まりによって、それを全員が認識した。

 確かに荒耶はここで終わる。だが彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが今、起動しようとしている。怒りに満ちた表情で胸倉をつかみ上げるクー・フーリンに、荒耶は最期に勝ち誇った顔を向けた。

 

「テメェ……!」

「我が野望は……既に潰えた。我が生涯を掛けた探求も……成就は叶わぬ。

 だが……! ただでは死なぬ。これまで集めた魔力の全てを、()()()へと集中させた……最早、貴様らに勝ち目はない……!」

 

 途切れ途切れの声で勝利宣言めいた言葉を遺した直後、クー・フーリンは朱槍にかかる重みが増したのを感じた。荒耶が絶命し、身体を支えるだけの力が無くなったのである。クー・フーリンは舌打ちをひとつ漏らすと、荒耶の遺体を屋上の端へと放り捨てた。

 だが、荒耶が最期に行使した魔術は止まらない。むしろ周囲に満ちた魔力はより高まり、最早それが止めようもないことを如実に物語っていた。立香は反射的に式を見遣るが、しかし式は首を横に振るだけだ。さしもの式といえど、基点となっている聖杯が見えないのでは魔術を〝殺す〟こともできない。

 荒耶から槍を抜いたクー・フーリンは槍を振って付着した血を落とすと、申し訳なさそうな視線を立香へと向けた。

 

「マズった。すまねえ、マスター。オレがもっと早くに仕留めてりゃあ……!」

「いいんだ。ランサーが悪いんじゃない。それよりも、今は戦わなきゃ。……くるぞ!!!」

 

 立香がそう言ってサーヴァントたちに警戒を促すと同時、結界に蓄積されていた魔力の全てが一気に収集した。魔術師としては未熟極まる立香でさえ肌が焼けるほどに感じる、聖杯が一度に放出する限界を上回るほどの魔力。

 その瞬間、一瞬にして膨れ上がった光が立香たちの視界を奪った。それは荒耶が行使した最期の術が形を成した瞬間でもあり、そして荒耶が言う『彼の王』が顕現した瞬間でもあった。

 あまりの光に、反射的に立香が顔を腕で隠す。そして、光が収まり立香が目を開けた。そうして視界に飛び込んできた光景に彼が言葉を失う。それは仲間たちもまた共通であるらしく、皆驚愕の呟きを漏らした。中でもアルトリアはその光景から目が離せなかった。

 光が収まった時、そこにあったのは立香たちが先程までいたオガワハイムではなかった。空は黄色がかった雲に覆われ、吹きそよぐ風にはひどい血の匂いが混じっている。周囲に転がっているのは、この丘で戦っていた筈の武士(もののふ)たちの残骸たる鎧や兜、武具など。

 その中で、たったひとつの雲の隙間から落ちる月光に照らされてひとりの『騎士』が丘の上で佇んでいた。月光に照らされて青みがかった反射光を放つのは精霊文字が刻まれた鎧。薄暗い闇の中でひときわ輝くのは、とても武人とは思えないほどに流麗な金色の髪。凛とした姿で月下に立つその姿は、まさしく〝月下美人〟と呼ぶに相応しい。

 だが立香が息を呑んだのはそれが原因ではなかった。さもありなん。何故なら、そこにいたのは―――。

 

「アルトリア……?」

 

 立香が知る彼女とは少し異なる、『if(もしも)』の向こう側より来たる騎士王であったのだから。




遥たちが同盟を組んでいる間に、立香たちの方ではとんでもないことになっている模様。

立香たちの前に現れたアルトリアは便宜上、『月下美人』と表記させていただきます。空の境界コラボイベントで最後に出てくるあのアルトリアですね。召喚の仕組みは原作第四特異点でMがテスラを召喚したのと似た仕組みです。
一応、最後に出てきたやつの可能な限りの解説をば。

騎士の国、終焉の丘(キング・アーサー)
種別:対人宝具
ランク:A
レンジ:?
最大捕捉:?

このアルトリアの宝具のひとつ。月夜のカムランの丘を顕現させる固有結界。
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