Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第29話 月下の死闘

「これが……遥が言ってた、固有結界……!?」

 

 月下美人(アルトリア・ペンドラゴン)が召喚されると同時、突如として塗り替わった周囲の空間を見回しながら立香がその凄まじさに驚愕の言葉を漏らす。

 固有結界(リアリティ・マーブル)。魔術理論〝世界卵〟によって自らの心象で現実の世界を浸食し、心象世界を現に具現化する魔術の最奥。元は悪魔の持つ異界常識にして最も魔法に近い魔術であり、魔術世界においては最大の禁呪とされるものだ。

 立香は魔術の基礎知識としてその存在自体は遥から叩き込まれていたが、現物を見るのは初めてだった。自らの心の在り様を具現化し、世界を作り上げる。言葉にしてしまえば簡単だが実際に体験してみると言葉にはできない衝撃がある。

 この世界はブリテンが終焉を迎えた丘、すなわちアルトリアとその嫡子たる円卓の騎士モードレッドが最後に戦った場所だ。伝承においてはアルトリアはここでモードレッドと相打ちとなり、聖剣を湖の妖精に返還して果てたという。それくらいは歴史や伝承に疎い立香でも知っている。

 故にこの世界に転がっている無数の武具はここで散った騎士たちの骸であり、墓標でもあるのだ。敵味方を問わず、ブリテンという国に仕えた全ての騎士たちがここに眠っている。この月夜の丘はアルトリアという王が抱く後悔の具現にして、彼女のブリテンを思う心の結晶。

 だというのに、丘の上で大剣を大地に突き立てて立つ月下美人の眼には全く感情というものがなかった。荒耶によって変異特異点βに召喚されたサーヴァントたちは皆霊基を歪曲されて召喚されていたが、月下美人はそれが顕著であるらしい。

 だがだからといって決して侮れる相手ではない。月光を受けて立つその姿からは立香でも肌で感じるほどに濃密な魔力が放射されている。マスターに与えられるステータス透視能力で見える能力値は全てがAランクを上回っていた。恐らく実際ははカタログスペックよりも脅威なのだろうが。

 脅威であるのは能力値だけではない。見る限りでは月下美人が纏う鎧やそれの左腕に装着された盾、携えた大剣と腰に帯びた短剣は全てが宝具であった。立香は未熟な魔術師だが、元々持っていた観察眼と多くのサーヴァントを見た経験故に一目で宝具を見抜くことができるようになっていた。

 大剣の両手での操作を阻害しないように鎧に装着された盾の裏からはエクスカリバーの柄が見えている。さらに大剣と鎧に刻まれた精霊文字は、それが人ならざるものに鍛えられた武具――すなわち、神造兵装であることを示していた。まさしくアーサー王伝説そのものを象徴する存在である。

 

「まだいけるか、マスター?」

「……うん。まだ、大丈夫」

 

 別世界とはいえ自らの反転前(オリジナル)が出現したことによる忘我から復帰したアルトリアからの問いに、立香が自分に言い聞かせるような声音でそう答えた。

 立香の言葉に嘘はない。負荷が蓄積しているとはいえ、カルデアからの魔力バックアップさえあれば立香の魔術回路はまだ十全に駆動する。サーヴァントたちが戦う分なら問題なく戦うことができる。

 だが、その回路への負担の蓄積が問題であった。月下美人はこれまでに遭遇したサーヴァントたちとは違う。ともすれば立香が契約している6騎のサーヴァントたちの力を纏めても及ばないかも知れない。大量の魔力を消費するのは想像に難くない。

 有り体に言ってしまえば、立香の魔術回路は既に焼き切れる寸前であった。元より立香の回路量は一般人とさしたる違いはなく、鍛えてはいても未熟なのだ。それが長時間の連続戦闘による魔力供与に晒されていれば、ショート寸前でも何も不思議はない。

 それが分かっていながら大丈夫と言う立香にマシュとジャンヌが何かを言おうとするが、クー・フーリンが向けた無言の視線で口を噤む。立香が相応の覚悟を決めての答えであるなら、それは誰が口出しをしても覆しようもないことだ。見た目は優男じみているが、妙に頑固なところがあるのが藤丸立香という男であった。

 何であれ、ここで立香たちは戦うしかない。戦わなければ、月下美人に殺されてこの場で果ててしまうだろう。ならば回路が焼き切れる寸前になっても耐えきってみせよう。その立香の覚悟を汲み取り、サーヴァントたちがそれぞれの得物を構えた。それと同時、丘の上で佇んでいた月下美人が動く。

 

「くるぞ! 頼む、ランサー!」

「応! 任せなァ!!!」

 

 大剣を構えた月下美人が地を蹴ると同時、立香の指示を受けたクー・フーリンが動いた。立香が従えるサーヴァントのうちで最も速力と武勇に優れた彼を一番槍とする彼の判断は正しい。一瞬にして月下美人へと肉迫したクー・フーリンは先手を打つべく、朱槍を連続で突き出す。

 只人の動体視力では動きを捉えることすらも難しいほどに凄まじい剣戟。かつて無数の金属音が轟いていた丘に鳴り響く、大剣と槍がぶつかり合う音。ふたりの剣戟は一見すると互角であるようにも見えるが、実態はそうではなかった。

 聖杯戦争の根幹を成す召喚術式ではなくカルデアの召喚システムで召喚された今の彼には、嘗てどこかの世界でセイバーたるアルトリアと戦った記憶があった。月下美人と打ち合う槍から伝わる手ごたえはその時と明らかに違っていた。

 この打ち合いだけで言えば、押されているのはむしろクー・フーリンの方であった。彼にとっては認めたくもない事実だが、今のクー・フーリンだけでは月下美人には勝てない。戦士としては同格であろうが、如何せん霊基や魔力に差がありすぎる。

 優秀極まる戦士であるだけに、クー・フーリンは彼我の間に横たわる総合的な実力差がはっきりと分かってしまう。思わず舌打ちを漏らすクー・フーリン。その耳朶を耳慣れた声が打った。

 

「退け、ランサー!」

 

 後方から飛んでくるアルトリアの声。クー・フーリンは一瞥もすることなくその言葉に込められた意思を悟り、咄嗟に横に飛び退いた。その刹那、クー・フーリンがいた場所を黒い魔力の奔流が駆ける。アルトリアが執るエクスカリバーから放たれた魔力斬撃である。

 今現在の状態でアルトリアが放つことができる最大威力の一撃はしかし、月下美人が纏う鎧を抉ることはなかった。唯一露出している顔も盾によって守られ、月光の如く流麗な金色の髪に堕ちた魔力が降りかかることはない。

 いくら立香に過剰な負荷をかけないように威力を調整してあるとはいえ、神造兵装の一撃を受けて傷ひとつ付かないとは。その鎧と盾のことをよく知っているアルトリアですら、その堅牢な防御力には舌を巻くだけであった。

 しかし、本命の攻撃はその魔力斬撃ではない。エクスカリバーの一撃が通らなかったと分かるや、アルトリアとクー・フーリンは全く同時に月下美人へと両側から攻撃を仕掛けた。示し合わせた訳ではない、しかしほぼ同時の一撃である。

 だが月下美人はまるで最初からその攻撃を知っていたかのように、一切狼狽を表情に出さずに対応してのけた。大剣から左手を離して一切の無駄がない動作で腰の短剣を抜剣。そして大剣でエクスカリバーを、短剣でゲイ・ボルクをいなす。

 2騎の英霊を相手にしてもなお、全く隙を見せないどころか圧倒してのける。まさしく月下美人は規格外の存在であった。それと鍔迫り合いながら、アルトリアが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 

「貴様のソレは……やはり〝万神捻じ伏せる常勝の剣(マルミアドワーズ)〟と〝勝利を招く誓願の剣(セクエンス)〟か……ッ!」

 

 憎々し気な声音でアルトリアが言う。だが月下美人は自らの反転存在を見ても何も思っていないかのように、全くの無表情であった。

 万神捻じ伏せる常勝の剣(マルミアドワーズ)勝利を招く誓願の剣(セクエンス)。どちらも生前のアルトリアも所持していた剣である。前者は元はかの大英雄ヘラクレスの愛剣でもあり、ローマの鍛冶神ウォルカヌスが鍛えた紛れもない神造兵装のひとつだ。

 後者の勝利を招く誓願の剣(セクエンス)は宝具としてのランクはかなり低いものの、所有者の幸運値を上昇させるという特性がある。アルトリアが死闘の場にのみこれを携えたというのは、要はそういうことだ。剣というよりも魔道具のようなものだが、月下美人はそれを使って朱槍を防いでみせている。

 攻撃が全く通らない。それは何もアルトリアとクー・フーリンの連携が拙いだとか、そういうことではない。ふたりは互いの力量や癖を知っているが故に、その連携はほぼ完璧であった。攻撃が通らないのは、単純に月下美人の強さがふたりの連携を上回っているからに過ぎない。

 そこへ走り込む足音。それにいち早く反応したのは、アルトリアとクー・フーリンであった。気配遮断スキルを用いて極限まで接近してから攻撃態勢に移った式の眼は蒼く輝き、彼女の異能〝直死の魔眼〟が効力を発揮していることを示していた。携えたナイフの切っ先が月下美人へと振り下ろされる。しかし。

 

「――甘い」

 

 そう短く呟くや、月下美人は力任せにマルミアドワーズを一閃した。反射的にアルトリアとクー・フーリンがそれを回避すべく、月下美人から距離を取る。だが月下美人の攻撃はそこでは終わらない。

 常人では回避不可能な位置と速度で振り下ろされた式のナイフを、月下美人はセクエンスで受け流した。さしもの式といえどすぐに狙った〝死の線〟を変えることはできず、セクエンスを殺すことはできなかった。さらに得物を抑えられたことで、式に致命的な隙が生まれる。

 月下美人がそんな隙を見逃す筈はなく、がら空きとなった式の胴体へと盾――〝祝福されし黄昏の楯(ウィネブ・グルスヴッヘル)〟によるシールドバッシュの一撃が叩き込まれる。いくらサーヴァントと化しているとはいえ英雄でもない人間にその一撃を耐えきれる筈もなく、吹き飛んだ式が動かなくなった。

 動かなくなったとはいえ、立香に繋がった経路(パス)が消えていないということは死んでいないということなのだろう。それは月下美人も分かっているのか、なおも攻撃を仕掛けんとする。そうはさせまいと真っ先に動いたのは藤乃であった。

 藤乃の眼が紅い輝きを帯びる。その瞬間に彼女の視界は立体感を失い、一枚の絵画のような二次元世界へと変わった。それを押し潰すかのように、掻き消すように、藤乃が唱える。

 

(まが)れ」

 

 それは彼女の持つ特殊な魔眼にして唯一の宝具〝唯式・歪曲の魔眼〟を発動するための祝詞であった。評価規格外の対界宝具に属するその眼より解放された力は赤と緑の螺旋を描き、月下美人の胴体を捻じ切る――筈だった。

 月下美人はまるで視界に入っていなかった筈の藤乃が発動した力の軌道を見切っていたかのように、その場から飛び退いて魔眼の効果範囲より脱してのけた。藤乃の魔眼は対象の物体に働きかけるものではなく空間に働きかけるものであるために原理上は不可能な話ではないが、それでも攻撃にほとんどタイムラグはない。すなわち月下美人は直感だけで藤乃の攻撃を避けたということになる。

 藤乃の攻撃を避けて飛び退いた月下美人に盾を構えたマシュが突貫していく。マシュの身長を優に超す大きさを誇る大盾の全質量を載せた突貫攻撃(シールドバッシュ)。さらにそれに合わせ、アルトリアとクー・フーリン、さらにジャンヌが攻撃を仕掛ける。

 4騎のサーヴァントによる流れるような連続攻撃が月下美人へと向けられる。その攻撃の凄まじさは普通の英霊であれば防戦に徹したところで1秒とて()たないようなものであった。だというのに、月下美人はまるで脅威でもないかのようにマルミアドワーズと盾でいなしてみせる。

 時折藤乃が援護射撃として歪曲の魔眼による一撃を叩き込もうとするが、その全てを月下美人は初めから知っていたとでも言うように躱して見せる。異常なほどに鋭敏な直感、そして反応速度であった。

 月下美人へと攻撃を放ちながら、アルトリアが歯噛みする。アルトリアと月下美人は同一人物ではあるが、間違いなく騎士としての練度は月下美人の方が上であった。或いはランスロットにも届こうかという武錬は、仮にアルトリアがひとりで戦っていればまず間違いなく勝てないことを確信させるほどであった。

 月下美人が回転するようにマルミアドワーズを振るい、4人が後方に跳んで回避する。そのまま様子を見るように睨み付けるアルトリアたちを睥睨するような目で見まわして月下美人が言う。

 

「弱いな。その程度で私に敵うとでも思われていたというのなら、見込み違いも甚だしい。

 ……特に貴様だ、盾の娘。その盾を任されていながらこの体たらく。それでは盾が泣こう、聖騎士よ」

 

 聖騎士。月下美人の口からその単語が放たれた瞬間、マシュの視界に僅かにノイズがかかった。ひどく心臓が跳ね、呼吸が乱れる。それはマシュ自身の身体が原因ではなく、彼女の内に内在する霊基に由来するものであった。

 円卓の騎士に属し、聖騎士と呼ばれるに足る騎士。――それを推察しようとして、マシュは何故かそれがひどく不義理な真似であるような気がして思考を止めた。或いはそれは、他のことが脳内を占めていたからかも知れない。

 マシュはマシュ自身にできることを精一杯しているつもりであった。だが、それでも内在する霊基を託してくれた英霊には及ばないのだという。デミ・サーヴァントは元となった英霊よりも格落ちするのは否めないが、真正面から言われてしまえば少なからず気落ちするのは避けられない。

 だが、今のマシュがどうであれ彼女は立香(マスター)を護る盾なのだ。誰と比較することもできない、唯一の盾。その自負があればこそ、マシュは恐怖を感じていてもこうして戦うことができる。その覚悟を知ってか知らずか、月下美人が眉根をあげる。

 

「ほう。力は伴っていなくとも、覚悟は良いようだ。面白い。ならばその覚悟の程、試してやろう」

 

 今まで極めて無感動であった月下美人の声に、僅かに感情が混じる。だがその感情が何であるか認識するよりも早く、その場に大地を踏みしめる轟音が鳴り響いた。魔力放出と風王結界(インビジブル・エア)を合わせた速力強化によって弾丸の如き速度で月下美人が駆ける。

 その速度の全てを載せた一撃がマシュの盾へと叩き付ける。マシュの膂力を圧倒的に上回る威力を伴った一撃に、無意識にマシュが1歩後退る。だがそれを認識したマシュの心に沸き立ってきたのは、恐怖だけではなかった。決して恐怖を感じない訳ではないが、しかし盾を握る手により力が籠る。

 英霊の力を得ているマシュですら軌道を視界に捉えられないほどの剣速でマルミアドワーズが叩きつけられる。その度に盾を支える手が痺れ、骨の芯が振るえる。アルトリアとクー・フーリン、ジャンヌや藤乃がマシュから月下美人を引きはがそうとするが、月下美人はそれを物ともせず返り討ちにする。流石の無双ぶりである。

 月下美人は間違いなく聖杯のバックアップを受けている、というより聖杯そのものをその霊基の内に有している。竜種の心臓だけでは説明の付かない異様な魔力出力量はそれによるものだ。だが月下美人の強さはそれだけによるものではなく、むしろ聖杯は補助的要素でしかない。その強さを支えているのは彼女が身に付けた武錬そのものであった。

 荒耶が用意した召喚術式で彼にとって都合よく動くように霊基を歪曲して召喚されてもなお、全く衰えることを知らない武錬。まさしく〝無謬の武錬〟とでも言うべき超抜級の練度であった。

 エクスカリバーの切っ先が、ゲイ・ボルクと旗の穂先が、マルミアドワーズとセクエンスによって防がれる。さらにその攻撃の僅かな間隙を縫って月下美人はそれぞれに対して的確極まる攻撃を叩き込んでいく。

 4騎のサーヴァントを巻き込んで吹き荒れる剣風。マルミアドワーズが一閃される度に宝具同士がぶつかり合い、魔力の暴風が吹き荒れる。常人では決して踏み込むことができない超常の戦闘。同じくサーヴァントとなっている藤乃ですら、魔眼発動の機会(タイミング)が掴めずにいた。

 このままではいけない。月下美人の攻撃を受け止めながら、マシュは立香の方を一瞥した。吹っ飛ばされた式に対して礼装に組み込まれた治癒魔術を使っている立香の顔はいつものマスターとしての覚悟が現れた表情ではあったが、しかし魔術回路の損耗は隠しきれるものではなく、額には脂汗が浮いていた。

 それも当然であろう。元々限界に近い状態になっていた魔術回路を意地だけで無理矢理駆動させているのだから。今、立香の身体を襲っているのは供給された魔力が強引に引きずり出されていく激痛だけではない。魔力枯渇からくる意識混濁や、或いは皮膚の壊死すらも始まっているかも知れない。

 視線を再び盾越しに大剣を振るう月下美人へと戻した。このままただ防御だけに徹していては、ただの置物も同然だ。絶え間なく流れ落ちる汗を拭い、何度か深呼吸をすると、マシュが吼えた。

 

「はあぁぁぁぁぁッ!!!」

「――ッ!」

 

 突如として防戦から攻撃へと転じたマシュに、一瞬だけ月下美人が狼狽の表情を見せる。盾の質量とマシュが持てる膂力の全てを以て放たれた突撃。それは今まで全ての攻撃をいなしてきた月下美人の身体を捉えた。

 だが月下美人はすぐにマシュの攻撃を受け止めて反撃に転じようとする。マシュはさせじと盾を振り上げ、月下美人の脳天に向けて振り下ろした。しかしそれだけの大ぶりな攻撃が簡単に通用する筈もなく、月下美人は僅かに身体を逸らすだけでそれを回避する。

 盾の振り下ろしを避けた月下美人の視線が、マシュを射抜く。それから攻撃の意思を感じ取ったマシュは反射的に盾で防御しようとするが、しかし振り下ろした盾を持ち上げるよりも月下美人がマシュを切り裂く方が早い。

 万事休すか。半ば諦観と共にマシュの胸中にその思いが生まれる。だが強く目を瞑ってもマシュは己の切り裂かれる感覚がなく、代わりに彼女の耳朶を轟音が打った。見れば、攻撃態勢に入っていた月下美人を横から割って入ったアルトリアとクー・フーリンが蹴り飛ばしていた。

 交戦開始してから初めて加えられた攻撃。それに今まで余裕の表情を保っていた月下美人がようやくその表情から余裕を消した。だがそれで怯むようなことはなく、月下美人はすかさず反撃に出ようとするが、そこへ藤乃の魔眼の力が飛ぶ。咄嗟に避けようとした月下美人であるが完全に避け切ることはできず、脛当て(グリーブ)の一部が砕け散る。いかな神造兵装とはいえ、対界宝具の一撃を防ぎ切ることはできない。

 藤乃が連続して祝詞を唱え、次々と世界が歪曲する。月下美人はそれを全て直感に従って回避するが、それでも紙一重といった様子である。その表情はとても余裕のあるものではなく、さりとて冷や汗ひとつもかいていないという異様な雰囲気を孕んでいた。そこへ飛ぶクー・フーリンの気合。

 

「でェやァッ!」

「ちいッ……!」

 

 朱槍を支点にして跳びあがり、さらに落下の勢いを利用してクー・フーリンが槍を叩きつける。月下美人はマルミアドワーズを水平に掲げてそれを受け止めるが、クー・フーリンの攻撃はそこでは終わらない。身体を捻り、さらに槍を叩きつける。

 今度はそれを盾で受け止めた月下美人は大剣をクー・フーリンに突き込もうと右腕を引き絞る。だがその突きが放たれるより先に、接近してきたアルトリアとジャンヌがそれぞれの得物を月下美人に向けて突き出した。月下美人は突きを放とうとしていた大剣の軌道を強引に変え、それらを打ち払う。

 相も変わらず攻撃はなかなか通らない。しかし、攻撃の勢いが変わってきている。勝負の趨勢は少しずつマシュたちの方に傾いてきていた。ひとえにマシュが月下美人が形作っていたペースを乱したことによるものだ。

 このままいけば或いは、とマシュの胸中に微かな希望が生まれる。月下美人に握られていたイニシアチブは少しずつではあるが、こちら側へと向いてきている。しかしだからといって油断することなく、マシュたちは確実に月下美人にダメージを与えるべく攻撃を加えていく。

 月下美人の目にも留まらぬ連撃をマシュが盾で受け止め、その間隙を縫ってアルトリアたちが攻撃を放つ。完全に主導権(イニシアチブ)を月下美人が握っていた時では通じなかった攻撃が、一旦主導権を握ったことで通り始めていた。神造兵装の鎧――〝永劫なる無辺の鎧(ウィガール)〟の前ではダメージも微々たるものだが、それでも積み重ねれば無視できないものとなる。

 着実に攻め立てられていく月下美人の顔に明確な焦燥の色が浮かぶ。マシュの覚悟を試してやろうと言った月下美人に慢心や油断はなかった。それはそうだろう。マシュの内に宿る霊基が〝至高の騎士〟だと分かって、どうして油断などできようか。かの騎士は、今は月下美人と称される王を正面から打倒し得る者のひとりであるのだから。だが、マシュはまだ内在霊基の真名を知らない。

 故に勝負の趨勢を覆したのはかの騎士の気高さではなく、たったひとりの少女の蛮勇だ。本来の彼女であればそれを賞賛こそすれ屈辱を感じることはない。だが聖杯によって歪められた彼女は、趨勢が覆されたことにたまらない焦りを感じていた。――故に、彼女は〝虎の子〟の解放を躊躇うことなく決定した。

 月下美人が振り下ろした大剣がマシュによって受け止められ、そのまま月下美人ごと押し返される。続けて振り上げられた盾によって大剣を握った右手が弾かれ、月下美人の胴が露わとなる。左手には何も握られていない。急所を曝け出した、これ以上ないほどの隙。そこへ飛び込んだのはジャンヌであった。

 

「やあぁぁぁッ!!!」

「この――舐めるなッ!!!」

 

 その時、ジャンヌは初めて月下美人が感情を顕わにした声を聞いた。直後、彼女の視界に映ったのは身体を切り裂かれたことで噴き出した鮮血。―――但し、その血は月下美人のものではなくジャンヌ自身のものであったが。

 何故、とジャンヌが瞠目する。月下美人はマシュによって大剣を後ろへ弾かれた筈だった。確かに手放してはいなかったため反撃される可能性はあったが、それでもジャンヌの旗はそれよりも早くに鎧に覆われていない月下美人の喉元へと付き込まれる筈であったのだ。

 意識が遠のき、視界がスローモーションになる。そこにいたのは左手で剣を振りぬいた格好のままで止まっている月下美人。その左手に握られている剣はそれまで月下美人が持っていた剣ではなく、それどころか()()()()()()()()()()()()()()

 更なる驚愕に見舞われるジャンヌの耳朶を、月下美人の静かな声が打つ。

 

 

「―――〝縛鎖全断(アロンダイト)過重湖光(オーバーロード)〟」

 

 

 蒼い光が、ジャンヌの視界を埋め尽くした。




ここで月下美人のステータスをば。

月下美人
真名:アルトリア・ペンドラゴン
クラス:セイバー
属性:秩序・善
身長:163㎝ 体重:50㎏

筋力:A+ 耐久:A 敏捷:A 魔力:A++ 幸運:C(A) 宝具:EX

スキル
対魔力:A 騎乗:A カリスマ:B 直感:A 魔力放出:A+ 無謬の武錬:A
騎士王の誉れ:EX

当然、立香に召喚された場合は全力を出すことができません。
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