Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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特異点F 炎上汚染都市冬木
第3話 燃える故郷


「――う……あ?」

 

 呻き声めいた息を漏らし、遥が目を覚ます。頭を強く打ったのか視界がひどく朦朧としていて、頭部の傷口から流れてきた血液が視界の右半分を紅く染め上げる。ロングコート越しに感じる灼熱感からして、火災が起きているようだった。

 火災が始まって間もないのか、深呼吸をするとまだ十分な量の酸素を取り込むことができた。次第に脳がダウンしていた機能を取り戻していくにつれて視界が明瞭になり、音を掻き消すほどの耳鳴りが収まっていく。

 そうしてすぐにでも脱出すべしと叫んでいた生存本能を冷えてきた理性で押し殺し、簡単に状況を整理する。状況を把握せずに闇雲に動いたところで、冷静な行動ができずに死ぬだけだ。

 どうしてこうなったのか。思い出そうとすれば、すぐに思い出すことができた。最後に部屋に到着した遥がコフィンに入り、レイシフトをしようとした直後に爆発が起きたのである。衝撃でコフィンが吹き飛ばされ、遥は頭を打って気絶した。

 意識を失っていたのがどれほどの時間なのかは分からないが、遥のコフィンにまで火の手が回ってきていないのは僥倖だ。身体の方もカルデア戦闘服ではなく自前の礼装を着ていたためか魔術で治療すればすぐに治るレベルだ。遥のロングコートは防御力においては右に出る物は無いほどの性能を誇る。

 怪我をしている部位に治癒魔術を施して傷口を塞ぐと、爆発で歪んで開かなくなったドアを蹴り飛ばした。強化された脚力は簡単に鋼鉄製のドアを大きく吹き飛ばし、燃え盛る部屋の中をドアが舞う。

 開けた視界。その中に人の姿があった。

 

「えっ……生存者!?」

「お前は48人目の……〝藤丸立香〟だったか」

 

 以前見せられた資料にあった顔を思い出してそう問うと、目の前の青年――立香は切羽詰まった表情で頷きを返した。その様子と言葉からして生存者を探しているようだが、結果は芳しくないらしい。遥にまで沈鬱な感情が伝播する。

 この爆発の原因は事故ではない。事故にしては爆発した場所とタイミングが出来すぎている。これは明らかにマスター候補生とオルガマリーを一斉に抹殺するために仕組まれた爆破テロだ。以前からカルデアは内部の守りが脆弱だとは思っていたが、思いのほか早く弱点が露呈してしまった。

 一体誰が、と考えた時に遥の脳裏を過ったのはレフの顔。だがそれはただの直感であり、証拠などない。そんな意味のないことを考えるよりも生存者を探す方が優先だ。

 コフィンから跳び起き、周囲を見渡す。爆発によって崩壊した瓦礫が積み重なり、全てが燃えるその光景はさながら地獄のようだった。足元を見れば、全身がバラバラになったうえに焼け焦げて炭化してしまった遺体がある。水分を失って縮み、半分が消し飛んだ頭部は頭髪が燃え尽きて最早誰かも分からない。

 そんな遺体を見ても、遥の平常心は些かも揺らがない。この程度の遺体は()()()()()()()。遥がなおも生存者を探そうとしていると、別な方を見ていた立香が声をあげた。

 

「! マシュッ!!」

 

 マシュを見付けた。慌てた様子で瓦礫を飛び越えた立香の後に続いて遥も瓦礫を飛び越え、そうして、ソレを見た。

 

「あ……せん、ぱい……、ハ、ルさん……」

「ッ……!」

 

 視界に入った光景に遥が息を呑む。視界がブレて、それがいつかの光景と重なった。マシュは生きている。死んでいない。けれど、〝あの時〟もそうだった。

 立香と遥が見つけたマシュは、生死が不確かな他の候補生たちとは違って確かに生きていた。けれど、だからと言って安心できるものではない。そこに倒れ伏したマシュの下半身は、巨大な瓦礫によって押し潰されていた。

 瓦礫の下から流れてきた血が血溜まりを作っている。絶え間なく血が流れ続けるマシュの顔色は見る間に青ざめていき、命の灯が消え始めていることを如実に物語っていた。立香はなんとかそれをどかそうとするも、重量のある瓦礫をどかすことはできない。

 半ば無意識に遥の手が動き、長刀の柄を握る。それに施された封印を解こうとして、寸でのところで踏みとどまった。遥の礼装たるこの宝具ならば瓦礫を切り裂くことも可能だが、破壊したところで潰れた下半身を一瞬で復元するほどの規模の魔術など使えない。

 

――システム、レイシフト最終段階に移行します。座標、西暦2004年1月30日、日本:冬木

 

 遥の故郷の名前が機械的なアナウンスによって読み上げられている。カルデアスが真紅に染まっている。けれどそんなものは遥の意識に留まることはなく、遥の視点は目の前の現実と過去の記憶に焦点を合わせていた。

 いつだってそうだ。遥は死体を見てもなんとも思わないのに、これから死に逝く、死にかけの人間を見るとひどく動揺する。トラウマなどというものではない。それ以上の、これはある種『夜桜遥』の本能のようなものだった。

 記憶に埋没していく遥の意識を、機械的な音が現実に引き戻す。音のした方を見遣れば、通路へと続く扉の隔壁が閉まっていた。火災の延焼を防ぐためだろう。カルデアのことを考えるなら、これで外には出られなくなった。

 このまま火災の延焼に呑まれるか。或いは延焼覚悟で隔壁を吹き飛ばし、せめてマシュと立香だけでもここから脱出させるか。遥がその二択の間で彷徨っていると、先に立香が動いた。押し潰されたマシュの隣に座る。

 

「せんぱい……?」

 

 顔に疑問符を浮かべるマシュの手を無言で立香が握る。マシュが今にも死んでしまいそうなことが分かっていながら、それでも安心させるように優しくその掌を両手で覆う。

 立香のその行動を見て、遥の中で何かスイッチが切り替わった。そうだ。何を諦めているのか。目の前で誰かが死ぬことが分かっていて、けれどまだそれを回避できる手段があると言うのなら、間に合わなかったとしても講じるべきだ。

 目の前で誰かが死ぬ怖さが分かっているなら、どうして助けようとしない。助けられるかも知れない手段を持つのが魔術師だろう。弱気な自分を叱咤すると、遥はホルスターから礼装のひとつ、リボルバー〝S&W(スミス・アンド・ウェストン)M500・カスタム〟を抜き放つと、徐にマシュを押し潰す瓦礫へと打ち放った。

 魔術によって強化された弾丸が瓦礫に罅を穿ち、さらに鉛玉が内包していた魔力を封入した宝石が炸裂してマシュの上に圧し掛かっている部分を分断した。それを退かす。

 

「……ッ!」

「無理です……もう、間に合いません……!」

「うるせぇ! 簡単に諦めきれるか……もう、あの時みてぇなのは御免なんだよ……!」

 

 それは既に死を観念しているマシュを叱咤する言葉であり、先程までは諦めかけていた自分自身への叱責だった。確かにマシュの足は潰れてしまっている。だが、それでももう簡単に諦めてしまうのは嫌だった。

 

――コフィン内マスターのバイタル基準値に達していません。

 

 辛うじて残っている部分に手を当て、治癒魔術を起動させる。生暖かい粘性の液体が手に付着するが、気にしている余裕など遥にはない。

 遥の施している治癒魔術は確かに傷を治すには十分すぎる、かなり高位の魔術だ。それを詠唱もなしに一瞬で起動できた遥の能力は驚嘆に値するものだろう。だが、それでは間に合わない。マシュを治療するなら、瞬時に下半身全てを修復するだけの奇跡が必要だ。

 そんな魔術、遥は知らない。そもそもの問題として、遥、もとい夜桜家の専門は〝封印〟の魔術である。それにおいては魔法に手を掛けた奇跡は起こせても、それ以外は専門外の領域だった。

 

――レイシフト、定員に達していません。該当マスターを検索中……発見しました。

――適応番号2『夜桜遥』、適応番号48『藤丸立香』両名をマスターとして再設定。アンサモンプログラム始動。霊子変換を開始します。

 

 この時点になってようやく、遥の意識がアナウンスの音声を捉える。はっとして自分たちを見てみれば、少しずつ身体が霊子に変換されているのが分かった。

 考えてみれば当然の話である。ここはレイシフトルーム。マスターたちを特異点に送り出すために作られた部屋であり、メインシステムはまだ生きている。アナウンスがされているのがその証拠だ。

 なら、この部屋から出られない遥たちはこのままレイシフトの時を待つ他ない。いくら立香と遥のレイシフト適性率は100%だとはいえ、コフィンなしでのレイシフトなどどのような危険性があるかも分からない。それに、マシュはどうなる。

 確率に掛けるのは遥は嫌いだった。しかし生存の確率に掛けるしかない以上、その確率を上げる。レイシフトが成功したとしてもそこで失血死しては元も子もない。遥は治癒魔術を行使しながら、並行して別な詠唱を紡ぐ。魔術を出力している手が治癒とは別な輝きを放った。

 

――レイシフト開始まで、3……2……

 

 カウントダウンが進む。時間跳躍(タイムスリップ)の真似事という、魔法にすら見える魔術と科学の融合が起動しようとしている。遥が魔術の行使を止め、ため息をひとつ漏らした。

 とりあえず、止血はした。潰れた箇所の傷口は塞がっていないが、()()()()()()()()()()()。簡単にではあるが、傷口だけを封印したのである。後はこの後の経過に掛けるしかない。

 マシュが何かを言っている。けれど、その言葉は最早聞き取ることはできず、遥はマシュの近くにしゃがむと勝手に立香の手の上から握った。そして。

 

――1……ファーストオーダー、実証開始。

 

 意識が暗転した。

 

 

 

 最初に感じたのは、ひどい熱気だった。爆発の後に気絶していた時とは違い、まるで五感そのものが身体から抜け落ちているかのような違和感の中、遥は目を覚ました。瞼を開いた途端に全ての感覚が戻ってくる。

 燃えている。それだけならば先程までのカルデアと同じだが、仰向けに倒れている視線の先には空が見える。澄み渡った蒼穹ではなく、まるで噴火の後のような黒い雲に覆われている。

 起き上がって周りを見れば、そこらに落ちている瓦礫はカルデアのものではなく何処かの建物のようだった。立香とマシュの姿は無く、遥は無人の街にただひとり立ち尽くしている。

 考えるまでもなく、ここが何処であるかは分かった。〝特異点F〟。特異点の発生座標は2004年1月30日の冬木市。冬木市は遥の出身地でもあるが、同日にこのようになっていた記憶はない。確かに間違った歴史、異常な歴史であった。

 異常であるのはそれだけではない。大気に満ちる魔力(マナ)濃度が現代ではあり得ないほどに高い。神代、とはいかなくとも古代の地球に匹敵する。遥はある事情から平気で耐えられるが、普通の魔術師では何らかの変調をきたしていただろう。

 

「この状況で孤立するのは危険か……ん?」

 

 なるべく早くに立香とマシュを探し出し、合流する。そう遥が決定した時、奇妙な感覚を覚えた。まるでどこかから何かが狙っているような、項の辺りが焼けるような感覚。敵意と殺意、そして侮蔑めいたものによって構成された〝異物〟の視線だ。

 反射的にホルスターからM500・カスタムを抜き放ち、その視線の方向、すぐ横に聳えるビルの屋上に向けて引き金を引いた。そちらを見ずに直感によってのみ撃ちだされた弾丸はそれでも寸分たがわずに、屋上から跳び下りてきたソレに着弾。粉砕する。

 空中で弾丸に打ち抜かれた敵性体はその瞬間に動力が停止し、繋ぎとめていた魔力が霧散してバラバラになる。落ちてきたものを見れば、そこにあったのは人骨らしき骨であった。

 

「骸骨……まさか!?」

 

 弾かれるように上方を見れば、そこにいたのはどういう訳か人の形を保ったままの人骨の集団だった。それも只の人骨の集合ではなく、それぞれが曲刀や槍、弓などの古典的な武具を装備している。言うなれば〝骸骨兵〟といったところか。

 骸骨兵たちの武具は寸分たがわずに遥を狙い、露骨に遥に対して敵意を放っている。どういう訳か、あの骸骨兵たちは遥を狙っているらしい。それをすぐに察知すると、遥はホルスターからさらにもう1挺の魔銃を抜き放った。

 〝デザートイーグル・カスタム〟。M500・カスタムと同じく遥が対霊体・対魔獣用に魔術的な改造を施した魔銃のひとつである。どちらも無改造では反動が強すぎて片手ではとても撃てたものではないが、遥の改造によって素体を大きく凌駕する威力を得ていながら片手撃ちが可能になっていた。

 連続で射出された.500S&Wマグナム弾と.50AE弾が一瞬で虚空を駆け、屋上から遥を狙っていた弓持ち骸骨兵の頭蓋骨、その位置にある霊核を打ち抜く。霊核を貫かれた骸骨兵は一瞬でただの人骨へと戻る。

 しかし、魔銃で屠り切れたのは弓持ちだけで、剣持ちと槍持ちは地上へと降りてきていた。真っ先に遥の方に迫ってきたのはシミターを持つ骸骨兵。並みの人間ならば避けきれずに首と動体が泣き別れしていたところだが、それを易々と避ける。

 空いた左手で握ったのは腰に帯びた長刀。さらに魔術回路に奔る魔力を魔術刻印へと通し、そこに記録されている解呪術式を呼び起こす。

 

「第一拘束、解除」

 

 刻印によって起動する魔術であるから別に詠唱する必要性などないのだが、気分で小さく詠唱を漏らす。長刀に掛けられた第一の封印が解かれ、鞘と鍔を繋いでいた紐が独りでに解けた。

 直後、虚空に奔る金色の軌跡。それは馬鹿なのか愚鈍なのか、真正面から斬りかかってきた剣持ちの首を曲刀ごと撥ね飛ばした。それだけでは終わらず、振り降ろして首から股下にかけてを一直線に切り裂く。

 その金色の長刀が放つ威圧感に気圧されたのか、理性なき骸骨兵たちが後退る。それほどまでにその長刀が放つ魔力と威圧感は強いものであった。それも当然である。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「■■■■■■ッ!!!」

 

 自らを鼓舞するかのように、内臓がない筈の骸骨兵のひとりが甲高い咆哮をあげる。初めに襲い掛かってきたのは遥の背後に立っていた槍持ちの骸骨兵だった。

 敵に背中を向ける、というある種戦闘においての法度を犯す遥を嘲笑うかのように鳴き声をあげながら、骸骨が槍を突き出す。遥はそれを、後方を一瞥することもなく回避すると、脇の下から現れた柄を掴んだ。そのまま長刀を逆手に持ち替え、骸骨を貫く。

 霊核を破壊され、骸骨兵が死ぬ。そのまま遥は槍を奪い、時間差で襲い掛かってきた槍持ちの骸骨に向けて投擲した。大きい動きで槍を振るって投槍を弾く骸骨。あまりに露骨すぎるその隙に長刀を振るい、両手首を斬り飛ばす。そのまま間髪入れずに左手で拳を見舞い、頭蓋骨を粉砕した。

 襲撃者たる骸骨たちの方が一方的に粉砕されている。1分もかからずに何体もの骸骨を倒したその偉容は、まさに嵐。圧倒的な暴虐を以て、奇襲を仕掛けてきた敵を殲滅する。

 残っているのは剣を持っている骸骨のみ。この時点で遥と骸骨の戦闘能力差は瞭然だが、手を抜く気はなかった。

 

「――我が躰は焔」

 

 短くそう詠唱するや、遥の体内に煉獄が生み出された。総身を浸食する煉獄から漏れ出す焔が遥を内部から焼き焦がす。だがそんな感覚には慣れたもので、遥は顔色ひとつ変えない。

 左手に煉獄から取り出した焔から生成した火炎弾を生み出し、連続して撃ち放つ。暴風めいた威力で打ち付ける火炎弾が着弾直後に爆発し、骸骨がひとり吹き飛んだ。その背後に立っていた骸骨は多少の被害を免れたものの、左腕が無くなっていた。

 体内の煉獄に意識を埋没させ、それの時間流の加速をイメージする。するとその通りに遥の体内時間が外界と切り離され、2倍に加速した。固有時制御。極めて高度なその魔術を、遥は感覚だけで起動させたのである。

 地を蹴って骸骨に肉薄し、その右手ごと剣を吹き飛ばす。さらに鳩尾の辺りに突き刺すと、刃を返して脳天までを一気に斬り飛ばした。

 

「……これで終わりか」

 

 長刀を振って刃に付着した骨粉を落とし、鞘に戻す。骸骨を切り裂いたというのにその刀身に一切の刃毀れがないのは、さすが神造兵装と言えるだろう。この長刀も遥と同じく『不朽』の属性を有する。

 自動で再度封印が施され、紐が鞘と鍔を結びつける。ひとつため息を零すと、意識のスイッチが戦闘時の状態から通常の状態へと戻った。しかし警戒は解かず、気配探知を厳にする。。

 弾切れになった魔銃に銃弾を装填しつつ、思考を巡らせる。恐らく、先程の骸骨はこの特異点の原因が造り出したか、或いは特異点が発生したことによって湧き出してきたものだろう。どちらにせよ、排除すべき対象であることに変わりはない。

 あの程度の数であれば問題なく打倒できるが、集団で襲い掛かられた場合はどうなるか分からない。できれば自分自身以外の戦力が欲しいところだが、そう簡単に補充できるものでもない。

 銃弾を再装填した魔銃をホルスターに戻す。その時、何か慣れないものが手に当たった。

 

「あ、そっか。これがあった」

 

 そう言いながら遥がロングコートから取り出したのは、一枚の金色に輝く板だった。レイシフトに際してマスター候補生たちに与えられていたサーヴァント召喚用の道具である〝呼符〟というものだ。

 カルデアの英霊召喚システム〝フェイト〟でサーヴァントを召喚する場合に使われる道具には2種類ある。遥が持っていた〝呼符〟と〝聖晶石〟である。

 〝聖晶石〟はおよそ3個でサーヴァントひとりを召喚可能とする霊基と魔力の結晶体である。対して〝呼符〟とはそれ一枚でサーヴァントを召喚するための霊基と魔力、さらにはカルデアの召喚システムと勝手に繋いでくれるという機能までもある。

 当然後者は作るのが面倒であるため、普通に入手できる前者の方が使用頻度としては高い。だがファーストオーダーという場面においてはそんなことも言っていられないため、人数分用意されていたのだ。

 人数分用意されていたということは当然遥の分以外もある。一瞬だけ、遥は偶然他のマスターたちに与えられていた呼符を捜索しようかとも思ったが、そもそも転移していない可能性すらある。探すだけ時間の無駄だ。

 早速呼符を使って英霊を召喚しようとした時、遥はひとつの問題に気付いた。

 

「……これ、どうやって使うんだ?」

 

 呼符や聖晶石がどういったものかは事前に説明されてはいたものの、それの使用方法については何も言われていなかった。遥ほどの能力があれば一般的な術式なら探りを入れればすぐに使えるようになるが、なにしろ英霊召喚の術式である。慎重に扱わなければならない。

 とりあえずは手持ちの宝石をいくつか液状化させ、それで魔法陣を描く。消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む。カルデアの図書室に所蔵されていた、過去の聖杯戦争において使われた召喚陣だ。

 それの中心に呼符を設置し、魔法陣から魔力を流す。そうして適当に術式や魔力の経路(パス)を弄っていると、突如として魔法陣が輝きを放ち始めた。

 

「これは……!」

 

 驚愕する遥の前で、召喚は勝手に進んでいく。召喚術式を維持している魔力を賄うべく、全身に刻まれた夜桜の魔術刻印が魔術回路を限界に近い状態で駆動させ、全身を形容し難い痛みが循環する。

 魔法陣を中心として放射される法外な魔力はこの濃密なマナに満たされた空間の中にあっても、色褪せることなく召喚者たる遥にまで吹き付ける。嵐のような魔力がロングコートの裾をはためかせた。

 回転する魔力の閃光が輪の形を成し、魔法陣の上で三重の円環を造り出した。さらに魔力が高まり、漏れ出すエーテルが虹色の光の粒子を成して空間に消えていく。

 さらに際限なく魔法陣は地脈から魔力を吸い上げ、それを空間に向けて放射する。それが最高潮にまで高まり遥の視界を白い閃光が埋め尽くし――

 

――桜が舞った、と錯覚した。

 

 無論、この火の海に桜の花びらなどあろう筈もない。閃光が収まって遥の視界が色を取り戻した時、召喚陣に誰かが立っていることに気が付いた。

 桃色がかった白髪を後頭部で纏めている。着ているのは濃い桃色の袴と桜色の和服。その顔の造作は遥と瓜二つで、部外者がいれば血縁を疑うほどであった。身長は遥よりも25㎝ほどは低いだろう。それだけを見れば可憐な少女であるが、腰に帯びた長刀がその印象を完全に打ち消していた。

 閉じられていた少女の目が開き、銀色の双眸が遥を捉える。その瞬間、遥は言いようのない感覚に襲われた。初めて英霊を召喚した感激に震えているのではない。今まで感じたことがなかったからか、遥はそれを言い表すことができなかった。

 そして少女はそんな遥を見つめたまま、召喚において最後となる問いを投げた。

 

「新撰組一番隊隊長、沖田総司推参! あなたが私のマスターですか?」




遥君、なんと初召喚で虹演出。作者は一度も虹演出なんて自分のスマホで見たことはありません。
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