Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第30話 在りし日の城は未だ遠く

「ジャンヌ―――!!!」

 

 終焉の丘に響く、血を吐くような少年の叫び。だが仲間を思うその叫びも虚しく、神造兵装の一閃により溢れた閃光が収まった時には跡形もなく救国の聖女の姿は消え去っていた。それを認識すると全く同時に立香は自らに繋がった魔力経路のひとつが消滅したことを感じ取る。

 それが示すところはつまり、ジャンヌの消滅である。サーヴァントは立香たち生者とは異なり生の肉体を持たないが故に死体は残らず、ただ無意味なエーテルと化して消滅するだけに過ぎない。けれど仲間の消滅という事実は刃のように、立香の心へと突き刺さった。

 サーヴァントとは過去の英雄、つまるところ死者でありその消滅は死とは違う。特にカルデアで召喚されたサーヴァントは仮に消滅したところで霊基の再構築をすることができる。だが立香にとってはそんなことは些末なことであった。彼にとって重要なことは仲間が斃された、というその一点のみだ。

 しかし、後悔している暇などない。ジャンヌが敗北してもなお、サーヴァントたちは未だ諦めてはいなかった。後悔などというものはいつでもできる。サーヴァントたちが戦っていて、マスターだけが後悔に呑まれていては示しが付かない。

 立香は魔術師の精神を持っている訳でも、英雄の心を持っている訳でもない。立香はどこまでいっても一般人であり、普通の人間だ。だが立香は心の強靭さという点においては現代の人間には珍しいほどに頑強であった。それは皮肉にも、今の立香がこうして意識を保っていられることが証明している。

 長時間に及ぶ連続戦闘は立香の魔術回路から限界以上に魔力を吸い上げ、最早立香の内には一片の魔力すらも残されていなかった。カルデアから供給された魔力はすぐにサーヴァントたちに吸い上げられる。立香が意識を失わずにいられているのは、ひとえに彼の精神力故であった。

 だが精神は耐えることができていても、身体には確実に影響が出始めていた。魔力枯渇からくる眩暈は絶え間なく立香を襲っている。身体の末端の感覚は消え去り、所々が跳ねた黒髪は一部が白く変色を始めていた。枯渇状態で無理に魔術回路を駆動させている反動である。

 しかし、今はそれを頓着していられるような状況ではなかった。限界状態であっても戦うことを止めればその時点で月下美人の殺される。この戦いを生き抜こうと思うのなら、ここで足を止めてしまう訳にはいなかかった。死んでしまえばその時点で終わりだ。どれだけ辛くとも、生きてさえいれば先は見える。

 故に立香は一片の諦観を抱くことすらもなく、ジャンヌを切り裂いた月下美人を睨み付けていた。その視線の先で月下美人は血に濡れた長剣――〝無毀なる湖光(アロンダイト)〟を返還した。その途端に無毀なる湖光(アロンダイト)は魔力の光となって実体を失う。何故、とでも言いたげなアルトリアの眼を見て、月下美人が薄い笑みを浮かべた。

 月下美人がアロンダイトを振るうことができたのは、何も彼女の宝具にそれ自体があったからではない。だというのに、月下美人がアロンダイトを自在に操ってみせたのは彼女がマルミアドワーズやエクスカリバーと同等に恃みとする宝具〝騎士王の栄光の下に集え(ナイツ・オブ・ラウンド)〟の力によるものであった。

 月下美人の固有結界〝騎士の国、終焉の丘(キング・アーサー)〟展開状況下でのみ使用可能となるこの宝具は、円卓の騎士が有する宝具を本来のランクからひとつランクを下げるという制約の下で召喚し、借り受けるという効果があった。この宝具により月下美人は咄嗟にアロンダイトを召喚し、ジャンヌを切り裂いたのである。

 月下美人はその宝具の存在を明かすような愚を犯すことはないが、アロンダイトを振るった時点でアルトリアはその存在に気付いたのだろう、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。月下美人が使えるのはアロンダイトだけではない。その気になればガウェインの転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)やトリスタンの痛哭の幻奏(フェイルノート)も使えるということなのだ。

 アーサー王が所有した武具の多くを纏い、更にはこのカムランの丘では円卓の騎士の宝具までも振るう。アーサー王伝説、ひいては円卓の騎士という群体を相手にしていると言っても過言ではない。月下美人はそれを誇るような様子もなく、睥睨するような視線で敵を見る。

 

「そちらから来ないのであれば、こちらからいかせてもらうぞ?」

 

 余裕を取り戻した声でそう言い、月下美人が黄金に輝く大剣を両手で構える。残り少ない魔力で動いているアルトリアたちとは違い、聖杯から直接バックアップを受けている月下美人の魔力に限界はない。聖剣としての側面を持つ大剣は力を誇るようにその刀身を煌々と輝かせ、言い知れぬ圧を放射していた。

 ジャンヌが消滅したことで、戦闘可能なサーヴァントは4騎となった。式は消滅してこそいないものの、未だ気絶したまま目覚めない。カルデアの礼装に記録されている治癒魔術はそれなりに強力なものではあるが、今の立香では満足に行使することができないのだ。精々がサーヴァントたちに回している魔力の一割にも満たない量で少しずつ式の負傷を治癒する程度である。

 さらにアーチャーである藤乃は後衛として立香の近くにいる。前衛はマシュとアルトリア、クー・フーリンの3人だけだ。だが、彼ら3騎だけでは心許ないというのが現状であった。彼らを信頼していないのではない。ただその信頼を加味しても月下美人が脅威であるだけだ。

 轟、と月下美人から放出された魔力が唸りをあげる。大地へと向けられた刀身を中心にして風の槌が打ち出され、月下美人の身体が砲弾の如き速度で飛び出した。アルトリアの卑王鉄槌(ヴォ―ティガーン)の威力を上回る風の一撃。その真名()風王鉄槌(ストライク・エア)という。

 英霊の動体視力ですらも輪郭が霞んで見えるほどの凄まじい速度で月下美人が肉迫したのはアルトリアであった。月下美人が放った運動エネルギーの全てを載せた一撃をアルトリアは直感的に身体を逸らして回避する。空を切った大剣の切っ先が大地へと叩きつけられ、衝撃に耐えきれなかった地面が大きく陥没した。

 持ち前の直感で躱すことはできたが、仮に喰らっていればアルトリアの身体は鎧ごと大剣の一刀の下に切り裂かれていたであろう一撃に、アルトリアが冷や汗を流す。だが月下美人の攻撃はそこで止むことはなかった。

 地面に叩きつけた大剣を返し、そのまま足元を狙って斬り払う。アルトリアは咄嗟に跳びあがることで回避するが、月下美人は続けて大剣から左手を離して盾を突き出した。それにエクスカリバーを振り降ろし、拮抗するアルトリア。

 そこに流れるような動作で大剣による突きを放とうとした月下美人であるが、そこにクー・フーリンの朱槍が空中から振り落とされた。月下美人は後方に跳ぶことでそれを回避。間髪入れず、着地したクー・フーリンにセクエンスを投擲する。

 飛来する短剣をクー・フーリンが槍で弾く。弾かれた短剣の刀身が月光を受けて輝き、放物線を描いた。月下美人は軽く跳躍して空中で短剣を掴み、続けて魔力放出で無理矢理に加速。落下の勢いを載せてクー・フーリンに向けて大剣を振り下ろす。

 そこへ割り込むマシュ。マルミアドワーズと大盾がぶつかり合い、火花が散った。さらに魔力放出を伴う連撃が盾に向けて何度も振り下ろされ、周囲に魔力の暴風が吹き荒れる。聖杯から齎される魔力を一撃一撃全てに纏わせた、月下美人の全力攻撃。

 

「くう、ぅっ……ッ!」

「どうした、盾騎士(シールダー)! 貴様の力はその程度か……!?」

 

 静かな言葉の裏に激情を押し殺した声でそう言い、月下美人は更なる連撃をマシュへと撃ち込む。アルトリアとクー・フーリンはどうにかマシュから月下美人を引きはがそうとするが、しかし月下美人はふたりの攻撃を完璧に相殺してのける。

 何度も撃ち込まれる凄まじい威力の斬撃に、マシュが何歩か後退った。その原因はマシュが自身に宿った霊基の真名を知らないが故に全力を出すことができないことだけではない。マシュの盾に振り下ろされた大剣が内包する威力そのものが、先程よりも強くなっていた。

 月下美人を含むアルトリア・ペンドラゴンという英霊が魔力放出を行えるのは大魔術師マーリンの計略によって与えられた竜種の心臓を持つためだが、月下美人はさらにそこに風王結界(インビジブル・エア)を精妙に操ることで剣速を加速させていた。ひとえに他のアルトリア・ペンドラゴンにはない武錬故である。

 さらに月下美人が纏う風の魔力は彼女を覆う防御結界の代わりにもなっている。膨大な魔力で束ね上げられた風はアルトリアとクー・フーリンの攻撃を妨害し、さらに月下美人の反撃を容易くする役割を果たしているのだ。

 まさしく無謬の武錬と言うに相応しい剣である。先程まで掌握しかけていたイニシアチブは完全に月下美人に奪い返されてしまった形であった。戦況は月下美人対して全く攻撃を加えられなかった頃へと戻り、逆に月下美人の攻撃はマシュたちに猛威を振るっている。

 月下美人が執拗に狙っているのはマシュだが、マシュは立香と契約しているサーヴァントの中では最も戦闘に不慣れだ。同化している英霊の戦闘経験を継いでいるとはいえ、それは彼女自身のものではない。個人の戦闘経験で言えば、マシュよりもジャンヌの方が上手だろう。

 故にマシュは未だその力を単身で十全に振るえるには至っていない。それが分かっているが故、アルトリアとクー・フーリンはマシュよりも前に出て極力彼女の負担を減らそうとしている。だが、月下美人はふたりを同時に前にしても怖気づくことはない。

 大地を蹴ると同時に、月下美人が大剣を左脇に挟むようにして構える。さらに膨大な魔力が刀身を中心に大気を巻き込みながら収束し、刀身が不可視となった。

 

「邪魔だ、諸共に散れ。――風王鉄槌(ストライク・エア)ッ!!!」

 

 月下美人がマルミアドワーズを切り上げ、その瞬間に真名を唱えた。主の意思に応えた宝具が風を束ね上げていた魔力を一気に指向性を持たせて解放した。元は只の大気である筈の風たちは超常の力の後押しを受け、その威力は名前の通りに鉄槌と呼ぶべきものとなっていた。

 圧縮空気がぶつけられた大地が捲れ上がり、さらにはその先にいた3人までもが耐えきれずに吹き飛ばされる。彼らはサーヴァントであるが故に四肢のひとつも欠損しないが、ただの人間であれば一瞬にして挽肉へと変えられてしまうだけの威力である。どう考えてもランクCの対人宝具の域に収まるものではない。

 これが聖杯の後押しを受けたサーヴァントか、とアルトリアが舌打ちを漏らす。アルトリアが剣技において月下美人に劣るのは言うまでもないが、本来であれば魔力出力量はほぼ同等の筈なのだ。それどころか自分の力を律することをしないだけアルトリアの方が高いかも知れない。だが聖杯のバックアップと召喚時の特級改造により月下美人はポテンシャルを最大限に引き出されている。

 マルミアドワーズから解放された圧縮空気は正に嵐が如き暴威を以て周囲に破壊を齎す。月下美人はさらにマルミアドワーズを一閃し、空気塊を撃ち放った。だが今度は3人全員がそのタイミングを見計り、射線から退避する。放出された空気槌はマシュたちに損害こそ齎さなかったものの、騎士たちの墓標は見るも無残なまでに破壊されていく。

 仮に月下美人が本来の在り様であれば、そんなことはしない筈だ。この固有結界はブリテンの終焉を象徴するものだが、転じて彼女の中にあるブリテンへの愛が結実したものでもある。その滅びが必定のものであるなら、せめて王だけは魂に焼き付けて覚えていよう、という月下美人の思いが世界を成すほどに昇華された宝具なのだから。

 だが、この騎士は在り方を歪められたが故にその思いを破壊の内に沈めていく。その存在は最早反転ということすら烏滸がましい。それはまさしく、ただアーサー王の記憶を持つだけの殺戮機械とでも言うべきものであった。

 その光景を見て言い知れぬ複雑な思いに駆られてしまうのは、マシュの内に憑依した英霊が円卓の騎士であるからなのだろうか。思えば今までも何度かマシュはアルトリアの言葉に強く影響を受けてきた。考えてみればすぐに分かったことだ。真名は知れないまでも、マシュに憑依した英霊が円卓の騎士であることは。

 なればこそ、マシュには月下美人を止める義務がある。マシュはそれを強く感じていた。どれだけ歪んでいようが、どんな世界の存在であろうが、月下美人はアーサー王なのだ。道を踏み外した主君を正すのはその臣下の役目。この場においてそれができるのはマシュしかいない。

 何度か深呼吸を漏らして盾を握りなおすと、マシュは真っ向から月下美人を睨み付けた。恐怖がマシュの胸中から消え去ることはないが、今はそれを上回るだけの闘志があり、守るべき先輩(マスター)がいる。屈することは許されない。そもそも、屈する気などマシュにはない。例え傷つこうと、マスターたる立香が諦めないのならマシュは立ち上がり続ける。

 その決意が籠った目でマシュは月下美人を睨み付ける。対して月下美人は徐にマルミアドワーズを大地に突き立てた。その瞬間、月下美人を中心として凄まじい熱波が迸る。その手に握られた長剣を見て、アルトリアが眼を瞠った。

 

「あれは……!!」

 

 それは無毀なる湖光(アロンダイト)と同じく、月下美人の切り札のひとつたる〝騎士王の栄光の下に集え(ナイツ・オブ・ラウンド)〟によって召喚された宝具であった。

 月光を浴びてその身を蒼く輝かせるその姿はまさしく聖剣と言うに相応しい。放射する法外な魔力はその剣が聖剣としてかなり高位の存在であることを如実に物語っている。格だけで言えば約束された勝利の剣(エクスカリバー)にも匹敵するだろう。

 それは円卓の騎士のひとりが湖の妖精より託された聖剣。即ちエクスカリバーやアロンダイトとは姉妹剣にあたる武具であった。その剣を見てたちどころに真名を悟ったマシュたちの前で月下美人はそれを上空へと放り投げた。

 瞬間、解放されたのは聖剣に内包された太陽の現身。魔力によって構成されたそれは本物の太陽にすら並ぶと錯覚するほどの驚異的な熱気を放っていた。それを平然と直下で浴びながら、月下美人が祝詞を唱える。

 

「シールダー。貴様の覚悟、試してやろう。

 この剣は太陽の現身。あらゆる不浄を清める焔の陽炎……!!!」

 

 疑似太陽を解放し、落ちてきた剣を月下美人が掴む。そうして脇に抱えるようにして構えを取った瞬間、月下美人の足元に魔法陣が展開した。空に浮かぶ疑似太陽は更なる熱量の高まりを見せ、月夜は真昼の如く変わり果てた。

 言わずもがな、月下美人が召喚したのは円卓の騎士のひとり、太陽の騎士の異名を取るガウェインの愛剣たるガラティーンであった。エクスカリバーと対を成す聖剣であるこの剣は内部に疑似太陽が封入され、真名解放の際にそれを放出する。まさしく太陽の騎士たるガウェインに相応しい剣であった。

 当然、ただマシュが盾を構えているだけで守り切れるものではない。皆を守り切るには宝具を解放する必要がある。しかし、今の状態で宝具の真名解放を行うのはただでさえ限界の近い立香にさらに負担をかけることになりかねない。

 盾を使うべきか否か。逡巡していたマシュの耳朶を、先に決断を下した立香の声が打った。

 

「令呪起動。宝具を解放し、皆を守ってくれ、マシュ!」

 

 立香の右手に刻まれた令呪の一角が弾ける。立香によって行使された膨大な魔力の塊は経路(パス)を通じてマシュへと流れ込み、宝具を解放するに十分な魔力を充填した。

 月下美人が構えた聖剣から放射される熱量は刻一刻と高まり、あまりの熱量に足元の大地が赤熱する。揺らめく陽炎が月下美人の姿を隠し、その聖剣がどれだけ強大なものであるのかを誇示する。

 その剣は太陽の現身。内包する超常の灼熱はこの世に存在する一切の不浄を許さず、その全てを清める。熱波が大地を赤く染め上げ、月下美人の足元は赤熱するところを超えて融解するところまで至っていた。

 宝具を解放せんとするふたりの魔力が肌を焼くほどに高まり、まるで気炎が揺らめくが如き様相を呈している。相対するふたりの騎士が動いたのは、全くの同時であった。

 

 

「―――転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!!!」

「宝具、展開します! ―――人理の礎(ロード・カルデアス)!!!」

 

 

 真名解放。秘めたる太陽を解放した聖剣を月下美人が横薙ぎに一閃するや、その刀身が月下美人の視界の限りにまで伸長した。対軍宝具に属する聖剣は太陽にすら並ぶほどの熱量で大地を薙ぎ払い、騎士たちの墓標を無へと還していく。

 まるで太陽に呑み込まれたかの如き想像を絶する熱量放射。真正面から受ければ焼け落ちることもなく一瞬で蒸発してしまうのではという感覚は、その中にあっては錯覚ではなかった。マシュの宝具解放が一瞬でも遅れていれば、立香たちは抵抗することすらできずに灰と化していただろう。

 マシュの執る盾は物理的な守りであるだけではない。まだ盾の真価を発揮するには至らないものの、その護りはマシュの心そのものであった。盾の担い手であるマシュが諦めない限り、その護りは物理的限界を超えてありとあらゆるものを弾く。外からの脅威を弾くものではなく、内にあるものを護るものであるが故の特性である。

 だが、それは盾とそれに護られた者たちだけの話だ。盾を支える担い手であるマシュにはその護りをしてなお貫通してきた熱量の全てが降りかかってきていた。霊基の覚醒が不十分であるが故に露出した白い腹や腕が熱に晒され、熱傷に犯されていく。並みの精神の持ち主では少しずつ身体を蝕まれる感覚に発狂していても可笑しくはない。

 かつての彼女であれば発狂はしないまでも途中で生存を放棄して諦観のままに盾を放り出していたかも知れない。しかし、今の彼女は違う。ただ無菌室に籠り、無機質で無彩色の日々を送っていた時間は遠く過ぎ去った。今はその盾の後ろに護るべき者がいる。倒れる訳には、盾を手放す訳にはいかない。マシュがその精神の根幹に抱く思いは、確実に盾の真の力を引き出しつつあった。

 故に、それは必然であったのか。盾より弾けた光が太陽を弾くその刹那、アルトリアは背後に在りし日の理想の城を幻視した。

 

「今のは……」

 

 アルトリアが無意識のうちに口元に笑みを見る。それは遠い過去に置き去りにしたままの城を幻視したことによるものか、或いはある意味妹分のような存在が力を発揮しつつあることによるものか。そのどちらでもあるのかも知れない。

 しかし、ガラティーンを防いだだけで状況が好転するほど月下美人は容易に攻略できるような手合いではない。召喚した宝具は1度真名解放をすると消えてしまうのか、月下美人の手からガラティーンが消滅する。そうして傍らのマルミアドワーズをもう1度執ると、月下美人は感情の読みにくい表情でマシュを見た。

 ほんの刹那の間であるが、マシュの盾が浮かび上がらせた理想の城。それは聖杯によって歪まされた月下美人の精神にさえ僅かに作用するほどであった。だが中途半端極まる宝具解放だったためか、その精神の奥底にまで到達するほどではなかったようであった。むしろこのアーサー王の前でキャメロットを出現させるのは悪手であったかも知れない。

 通常のアルトリアとは異なり、アーサー王伝説におけるほぼ全ての武具を取り出して使用できるうえ、スキル〝騎士王の誉れ〟により円卓の騎士たちが持つスキルを扱える月下美人はある種アーサー王伝説そのものと言っても過言ではない。その彼女ですら手を出すことができない領域にあるのがマシュに宿る聖騎士なのである。

 それを目の前で半端な形で使われる。平時の彼女であればその真の在り様へと導こうとするのかも知れないが、歪んだ状態ではそうでなかった。マシュの宝具が琴線に触れたのか、月下美人の胸中は何とも言い知れぬ複雑な思いで満たされていた。マシュの盾はまだ完全な姿ではないが、円卓の騎士の総体とも言える月下美人に相対したことで急速に完成形に近づきつつあった。

 しかしマシュ自身はそれを自覚するような暇もなく、地を蹴って月下美人へと肉迫する。アルトリアとクー・フーリンもまた己の得物を構えて月下美人を屠らんと攻撃を仕掛けるが、月下美人はたったひとりでその攻撃の全てをいなす。アルトリアが振るったエクスカリバーを盾で防ぎ、クー・フーリンのゲイ・ボルクを大剣で弾き、マシュの突貫攻撃(シールドバッシュ)を片手で受け止めた。

 

「クッ……!」

「――フン」

 

 鼻で笑うような短い笑声の直後、マシュの盾を強い衝撃が襲った。魔力放出と風王結界の加速の全てを載せたマルミアドワーズによる刺突の一撃。その一撃は以前のように限定的なものではなく、風の魔力の全てを一点に収束させた最大威力の攻撃であった。

 マシュは何度かそれを盾で受けるが、しかし月下美人の膂力は未熟な盾兵に全てを受け止めきれるほど甘いものではなかった。繰り返し攻撃が打ち付けられる度にマシュの腕は痺れ、骨にまで衝撃が響く。

 マシュを呵責なく攻め立てる月下美人。少しずつマシュの腕から力が抜けていくなか、月下美人の苛烈さは減衰することはなく更に強まっていく。

 

「先の護り、見事だったぞ、シールダー。だが……」

 

 そこで月下美人は一旦言葉を切り、そうして脇に抱えるように構えた大剣を振り上げた。月下美人が渾身の力を込めて放った切り上げはダメージが蓄積したマシュの腕には重過ぎる威力を以てその盾を叩き、マシュが体勢を崩す。

 月下美人の斬撃によって盾は弾かれ、マシュが無防備な胴を晒した。まさしく絶体絶命。アルトリアとクー・フーリンは次に予想される行動を防ごうと仕掛けるが、しかし月下美人の前ではそんな攻撃は無意味であった。直感的に攻撃を悟った月下美人が大剣を振るい、ふたりの得物を弾く。藤乃も魔眼を起動しようとするが、あまりに月下美人とマシュの距離が近すぎるが故に使うことができない。

 どれだけマシュが成長しようと、未だ月下美人に追いつくことはない。仮にここに立っているのがマシュではなく彼女に宿る騎士そのものであれば、また結果は違ったのかも知れない。マシュが役不足なのではない。ただ今の彼女では力が及ばないというだけの、単純にして明快な事実がそこにはあった。

 既に大剣の刃はマシュへと向けられ、弾かれた盾ではそれを防ぐこともできない。万事休すか。その場にいる誰もがその先に訪れる未来を予見し、マシュ自身もそれに抵抗しながらも反射的に目を瞑る。―――だが、聖剣の刀身はマシュへと刺さらず、その直前で何者かが割り込んだ。

 あり得ない現象だった。マルミアドワーズとマシュの距離はほぼ零に等しく、割り込む余地などなかった筈なのだ。それに最も驚いたのは、マシュではなく立香であった。何しろ、その人物は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 マシュと月下美人の間に割り込んだ闖入者はマルミアドワーズを受け止めるだけではなく、月下美人にすら視認できないほどの剣速で手にした刀を振るった。そうして最後に放った突きで月下美人を吹き飛ばし、たおやかな動作でマシュの方を振り返った。

 

「え……式、さん……?」

「邪魔立てして御免なさいね。本当は出てくる気はなかったのだけど……居ても立っても居られずに出てきてしまったわ」

 

 そう言って式であった筈の女性は優しく微笑んだ。よく見ればその恰好も単衣の着物の上に赤い革ジャンという姿から花の模様があしらわれた長い着物へと変わり、雑に短く切り揃えられた髪は足元まで届くほどまで伸びていた。

 だが、驚くべきところはそこではない。式も疑似ではあるとはいえサーヴァントなのだ。その恰好が変わることは何も不思議なことではない。立香が驚いたのは、式の空間転移と未だ治療ができていないというのに動き出したということだった。

 立香も一応は式に治癒の魔術を施していたのだ。だが彼に供給される魔力は殆どがサーヴァントたちの維持と活動に回され、治療は殆どできていなかったのである。精々できていたのは式の消滅を遅らせることくらいだったのだ。だというのに、マシュを護った式に傷ついている様子はない。

 加えて言うなら、そこにいる式はクラスが変わっていた。マスターとしてサーヴァントのステータスを見ることができる立香にしか分からないことだが、目覚めた直後から式のクラスは『暗殺者(アサシン)』から『剣士(セイバー)』となっていたのである。

 あり得ない現象が立て続けに起きたためか、立香とマシュは式の口調が男性的なそれから女性的なものへと変わっていたことや、いつの間にか刀を握っていることなど全く気にならないようであった。

 呆然とするマシュの前で再び式は視線を月下美人に移す。式に吹っ飛ばされた月下美人はすぐに体勢を直して大剣を構えるが、仕掛けてくる様子はない。その場にいる式がただ者ではないと直感的に悟ったのだろう。

 立香たちは知る由もないことだが、目覚めた後の式は式であって式ではない。彼女は式と彼女の第二人格であった識の間にある存在。肉体そのものの人格。『 』、或いは『両儀式』と称される全能――根源接続者であった。

 その全能の力を以て現出させた愛刀〝九字兼定〟の切っ先を月下美人へと向ける式。たおやかな笑みを浮かべたまま、式は月下美人に第二ラウンドの開幕を告げる。

 

「さて。貴女、斃してしまうけれど……覚悟はよろしくて?」




取り敢えずは式と『 』はどちらも式と表記させていただきます。
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