Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第31話 第二夜の始まり

 陽が陰り始めた空に浮かぶ月が太陽の代わりに森を照らし、吹きそよぐ風が木々を揺らす。風になびいたロングコートの裾とひとつ結びにした長い襟足が遥を叩くが、遥はまるでそれを気にしていないようにベランダから森を見下ろしていた。

 冬木ハイアットホテルにてセイバー陣営との同盟関係を締結してから数時間後、遥たちはセイバー陣営の本拠地である冬木市郊外の森の奥、アインツベルンが聖杯戦争のためだけに移築した城にいた。

 遥としては別に冬木ハイアットにいたままセイバー陣営との話し合いをしても良かったのだが、アイリスフィール、もといアイリが遥たちに要求した情報の中には他の陣営も欲しているものがある。念には念を入れよ、ということだ。

 アインツベルン本家が聖杯戦争のために用意したのはこの城だけではない。書類上は実体のない外資系企業の持ち物になっているこの森もまた、アインツベルンの持ち物である。これだけでもこの家系がどれだけの財力を持っているのかが窺い知れるだろう。

 森の外延部には様々な術式が織り込まれた強力な結界が張られ、結界などの類の突破力に関しては他の追随を許さないアサシンでさえ探知されないまま城まで到達することはできない。城ではあるが、その防御の規模を見れば要塞と言っても過言ではないだろう。

 この場で遥が開示した情報は大まかに言えばふたつ。遥たちの正体と他の陣営のサーヴァントたちについてだ。冬木ハイアットでの話し合いで知りたいことは全て答えると言った遥であるが、さすがにカルデアについて全てを教える訳にもいかなかったため、僅かに情報を伏せて伝えていた。

 アイリたちには遥たちはこの時間軸の住人ではなく、本来は聖杯戦争を外側から監視する立場にいる人間であると説明していた。正しく聖杯戦争が行われていれば介入しなくてよかったものの、大聖杯の汚染という異常事態が起きてしまったがために直接的な介入をせざるを得なくなったのだと。

 だが、平行世界の観測や時間軸の遡行はそれぞれ第二魔法と第五魔法の領域にある所業だ。そう簡単に納得できないもの道理で、事実遥もアイリとセイバーを納得させるのは苦労した。遥はあまりこじつけが上手くないために説明には苦労したが、その甲斐あってふたりは遥への疑念を晴らしてくれたようであった。

 サーヴァントについては流石に口頭で説明しているだけでは相当な時間がかかってしまうため、遥が知り得る限りの情報をエミヤと共に纏めた書類をアイリに渡していた。中にはランサーやライダーのようにエミヤでもよく知らないようなサーヴァントもいるが、遥たちとて全てを把握している訳ではないのは彼女らも承知してくれているだろう。

 そうして会談が終わった後、遥たちはそれまで拠点としていたホテルから少ない荷物をこの城へと移していた。遥たちアヴェンジャー陣営とセイバー陣営は一応は同盟関係ではあるが、それはどこかの陣営を斃すまでの有限的なものではなく大聖杯を壊すまで続くものだ。ならば拠点防衛や連絡の点から見ても同じ場所を拠点とする方が良いだろうという遥の判断である。

 この城は他の古くからある魔術師の根城と同じように電気が通っていないため相当に不便ではあるが、発電機ならカルデアから補給物資として送ってもらうこともできるし、何なら電気が無くとも魔術で代用が効く。廊下は暗いが、他に不便なことは特になかった。

 同盟を結んでから行うべきことを全て済ませ、道中で買ってきた炭酸飲料を片手に無心で黄昏ていた遥であったが、不意に足音が聞こえてきたことでそちらを振り向いた。見れば、そこにいたのは沖田であった。

 

「ハルさん、ここにいたんですか」

「沖田か。どうした?」

 

 相変わらずの現代風装束の沖田は遥の問いには答えず、遥の隣まで来るとその手に握っていたものを遥の目前に差し出した。そこにあったものを見た遥が一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべ、すぐに不機嫌な雰囲気を漂わせる。

 果たして、沖田が持っていたものは一羽の鳥であった。但しそれは普通の鳥でなければ、そもそも生物ですらなかった。全身が緑色の光沢を放ち、内部には魔力が充填されている。それは正確には鳥を模した翡翠の傀儡であった。

 初めて見るタイプの使い魔ではあったが、遥はそれが誰によって放たれたものであるかを知っていた。この聖杯戦争において宝石魔術とそれを使用するための転換魔術を専門としている家系は遠坂家だけである。故にそれは遠坂時臣が放ったものであるのは疑うまでもなかった。

 沖田から受け取ったそれを手で弄びつつ、時臣と繋がった魔力パスに介入してその繋がりを断ち切った。そうしてさらに見分しつつ、遥が沖田に問う。

 

「これ、どこで見付けた?」

「以前の拠点の周辺に浮いていました。それと、こんな書状を携えてましたよ」

 

 そう言って沖田が取り出したのは明らかに高級な紙で作られている封筒であった。たかが敵に送る書状であるというのに優雅さを匂わせるその配慮は成程、〝常に余裕を持って優雅たれ〟を家訓としている遠坂家らしい。

 沖田の話やこれまでの聖杯戦争の状況を鑑みれば、遠坂家から送られてきた書状は見るまでもなく内容は分かる。だが折角送りつけてきたものをすぐに破り捨てるというのも失礼かと考え、遥は封筒から便箋を取り出して目を通した。だがすぐに呆れたように溜息を吐く。

 やはりその内容は遥たちアヴェンジャー陣営への同盟の提案であった。アーチャー陣営が必勝を期するために必要な駒であったアサシンを失った時臣はすぐに代わりの戦力を確保しようとする――まさしく遥の予想通りであった。

 だが遥にはその提案を呑む気は全くなかった。遥たちは既にセイバー陣営と組んでいることもあるが、それ以前に遥は時臣のような魔術師然とした魔術師が嫌いだった。あのような手合いは外面は協力的でも腹の底では姦計を巡らせていると相場が決まっている。遥はそこにあるものが人よりもはっきりと見ることができるが故、魔術師という人種を基本的に信用しない。

 遥は高級便箋の端にアンサズのルーンを刻むと、そのまま便箋と封筒を焼却した。さらに翡翠製の使い魔を単純な握力のみで砕き割り、もう一度溜息を洩らす。

 

「ヤツらの不正の証拠を俺たちが掴んでると知ってるのに同盟の提案とは、舐められたものだな。俺たちなんていつでも斃せるってか?」

「強力なサーヴァントを召喚したことによる驕り、慢心……サーヴァントは強くても、マスターは大したことはないようですね」

 

 容赦のない沖田の言葉に遥は苦笑いするも、何も言うことはなかった。実際、遥も内心では沖田と全く同じことを考えているのである。

 魔術師とは常人が生きる世界とは全く異なる世界に生きる存在ではあるが、それ故かとかく油断や慢心を抱きやすい生物である。それは強力なサーヴァントを従えただけでアーチャー陣営が勝利を確信していたことからも明らかだ。

 聖杯戦争とは基本的に魔術師同士ではなくサーヴァントたちが雌雄を決するものだ。強力なサーヴァントを従えることができ、情報戦に特化した陣営と協力すれば勝ったも同然と考えるのは無理からぬことではある。

 だが、それで安心してしまったがために時臣は今こうしてその場しのぎの対応をせざるを得ない状況にまで追い込まれている。沖田が時臣を大したことはないと判断したのは決して間違いではないのだろう。エミヤ曰く遠坂家は〝うっかり〟が特徴であるらしいから、仕方のないことではあるのだろう。

 遥が時臣よりも優れているのは戦略家としての点だけではない。魔術師や武人としての才覚と技量においても遥は時臣よりも何枚も上手であった。時臣も相当な努力をしてきたのだろうが、積んできた努力の総量で遥に勝る魔術師はそういるまい。所謂天才が気の遠くなるような努力を積んだ結果が今の遥であった。

 しかし、だからといって遥は時臣を卑下している訳ではなかった。時臣の例からも分かる通り、魔術師にとって最大の敵であるのは同じ魔術師や自分ではなく何よりも驕慢と油断である。遥までそれを抱いていては、二の舞を踏んでしまうというものだろう。そもそもアーチャー――ギルガメッシュを従えているという時点で侮れる相手ではないのだが。

 軽くひとつ息を吐き、時臣のことを頭から追い遣る。未だ攻略法が見えないアーチャーのことよりも先に考えるべきことがある。キャスターの居城を突き留め、マスターも含めて蛮行を止めさせることが第一だ。だが遥はすぐにそれについて考えることをせず、沖田の髪に手を遣った。

 何も言わずに沖田の髪を撫でる遥。沖田は戸惑ったように顔を赤くすると、上目遣いで遥を見る。

 

「……何してるんです、ハルさん?」

「いや、沖田の髪って綺麗だよなと思って」

 

 沖田の問いへの答えになっているようで全く答えになっていない遥の言葉。しかし沖田はそれ以上遥に問うようなことはしなかった。

 遥は沖田の髪を綺麗だと言うが、沖田自身はあまり自分の髪が好きではなかった。黒髪や茶髪の多い日本人でありながら白髪である沖田のそれは生まれた時からそうであった訳ではない。沖田の髪が白く変わったのは病気の所為であった。

 そういう意味では、ある種沖田の髪は彼女の霊基に刻まれた病弱の呪いの最も分かり易い象徴でもあるのだ。そのため沖田は自分の髪に何の感慨もなければ、むしろ好感などなかった。だが遥が好きならば悪くはない、と沖田は内心でひとりごちる。

 沖田の桃色がかった白髪を撫で続ける遥であるが、対面する沖田の顔が赤くなっている意味には気づかない。半ば感情の赴くままに遥がそうしていると、不意に柔らかく温かい感触が遥の手を包んだ。驚いて見れば、沖田の手が遥のそれに重ねられるようにして添えられている。

 思いも寄らない沖田の行動に遥が狼狽する。今まで19年の人生を生きてきた遥であったが、少女に触れられた経験はこれが初めてだった。唐突なことに慌てる遥の前で、沖田はどこか複雑そうな表情を浮かべる。

 

「不思議ですね……ハルさんといると安心するというか、胸が高鳴るというか……」

 

 そう呟く沖田の声音が戸惑うような色合いを帯びているのは、その思いの源泉を知らないからか。生前にも抱いたことがない感覚の前に沖田が抱くのは期待ではなく声音に含まれる通りの戸惑いであった。

 英霊沖田総司の20と数年の人生において、他者への好意などは抱いている暇はなかった。新撰組は異性ばかりではあったが彼らは沖田にとっては身内のようなものであり、そういった感情の対象ではない。故に、沖田にとって遥は初めて好意的に相対した家族以外の男であるのだ。

 対する遥もまた沖田の様子から彼女が向けている感情を類推することはできなかった。それは何も遥自身が鈍いというのではない。遥はむしろ他人の感情の機敏には聡い類の男であった。

 けれど遥が沖田の思いに気付かないのは、遥もまたその感情を知らないからであった。どれだけ感情の機敏に聡くとも、知らないものに気付くことはできない。遥の中に常に存在しているのは憤怒や憎悪の類であって、そういった前向き(ポジティブ)な感情ではない。

 互いにどうしたら良いのか分からず、顔を赤くしたままま固まるふたり。少しして、そこに思わぬ声が割って入った。

 

「みこーん! なんだかピンク色の気配を感じますねぇ……おや、()()()に沖田さん。ほうほうほう……」

「タマモ!?」

「タマモさん!?」

 

 硬直していたふたりの前に現れたのは、果たして現代風の服を纏ったタマモであった。人気のある場所や敵地ではないため隠すこともなく露わにしている大きな耳と尻尾をぴこぴこと動かしながら、揶揄うような視線でふたりを見る。

 突然タマモが現れたことで反射的にふたりが距離を取る。しかしタマモの探るような眼はそれでも消えることはなく、何故か今になって遥は奇妙な恥ずかしさを覚えてタマモから視線を外した。

 だがタマモは少し笑うと、冗談ですよと言って遥の眼を覗き込むような体勢を解いた。それに遥は苦笑いをすると、話題を変えようとしてタマモに問う。

 

「そういえば、今まで俺のコト名前で呼んでたっけ? マスターだけで通してたような……」

「ええ、まぁ。しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 名前で呼ぶのも悪くはないかと」

 

 自分と遥は家族のようなもの。タマモの口からその言葉が出た途端、遥の表情が苦笑いから真面目なものへと立ち戻った。しかしタマモはその反応を予期していたのか、多少申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 タマモの言葉は何も、マスターとサーヴァントの関係性を家族のようなものと言っているのではない。遥は未だ気付いていないが、遥とタマモの間には確かな〝縁〟があった。それは出会ってもいないうちにタマモが遥に召喚されたことからも明らかである。単に遥はそれを知らず、タマモは気付いたというだけの話だ。

 しかしその縁には気づかないまでも、遥はタマモが遥が未だ仲間たちの誰にも隠している秘密の一端に気付いたことは分かっていた。別段、隠しているというだけで気付かれたからとて不味いことはないのだが、それでも警戒してしまうのは無理からぬことではあろう。

 何より遥が驚いたのは、今まで分かっていなかったタマモと遥の間にある縁だった。沖田のような性格の一致やエミヤとオルタのような出会いではない。それらよりもなお強く、しかし歴史を隔てているが故に目には見えない縁。それは〝血〟の縁だったのだ。

 しかし、それに最も困惑したのは遥であった。遥は確かに純然たるヒトではない。遥が受け継いだ夜桜の血にはヒトならざる者の血が混じっているが、その血はタマモには何の関係もない筈なのだ。或いは夜桜の血に遥の知らない要素やタマモに伝承には語られざる真実があるのかも知れない。

 だが遥はそれを問うのではなく別な言葉を吐き出そうとして、唐突に感じた魔術回路の蠕動に表情を強張らせた。この場に拠点を移した時点で遥自身の魔術回路とパスを繋いでいた結界からのフィードバックであった。

 

「……敵襲ですか?」

「ああ。しかもこの魔力は……」

 

 この森に侵入してきた者が放つ魔力の波動を認識した遥の表情が驚愕から憎悪へと塗り替わる。魔力の波動から一瞬で侵入者を特定してみせたのは流石の魔術の才といったところか。咄嗟に遥は監視についている筈のエミヤとのパスから感覚共有を行い、その視界を覗き見た。

 すぐに脳内に展開されるエミヤの視界。どうやら遥が侵入者の存在に気付いたのとほぼ同時にエミヤもその存在を視界に捉えていたようで、そこには遥の予想した通りの男がいた。濃紺のローブを纏い、出目金のような眼をした長身の男――キャスターである。

 しかし今回はホテルに襲撃を仕掛けてきた時のようにキャスターひとりだけではなかった。さりとてキャスターが連れているのは彼のマスターではない。人数は約10人ほど。その全員が年端もいかない少年少女であった。年齢は最も高い者でさえ小学校3、4年程度であろう。皆目の焦点が合っておらず、まるで夢遊病者のような足取りでキャスターの後を付いてきている。確認するまでもなく暗示の支配下にあるのは明白だった。

 その光景だけで怒りのあまり赤熱しそうな思考回路を強靭な理性で無理矢理に抑え込み、遥は思考回路を巡らせる。キャスターが連れている子供たちは皆、この城に攻め込むにあたっての人質であろう。最早どのようにして遥、もといオルタの居場所を突き止めたのかは気にもならない。重要であるのはここで如何に犠牲を出さずにキャスターを斃せるかということである。

 既にエミヤが補足していることを知ってか知らずか、ジルは虚空に向けて礼の仕草を取っている。この状況下であれば、エミヤに狙撃させるだけで事足りよう。そう考えた遥がエミヤに指示を出そうとした時、傍らで新たなサーヴァントが実体化したのを遥は感じ取った。オルタである。

 遥が買った当世風の服ではなく漆黒の鎧と竜の旗を携え戦支度を整えていたオルタは言葉にせずとも遥の意図を悟ったのか、いつもとは違う低い声音で遥に言葉を投げた。

 

「……待ちなさい。ジルは私が斃すわ。アンタたちは手を出さないで」

「オルタ。だが……」

「いいから。自分の身内の失態くらい、自分でケリを付けるから」

 

 そう言って遥の方を見るオルタの眼には、ある種の覚悟の色合いがあった。それはオルレアンにおいてジルの傀儡として虐殺の限りを尽くしていた頃のオルタには決してなかったもの。確固たる自我が生み出す揺るぎない意思であった。

 ジル――キャスターの行為に自分がケリを付けるというオルタの言葉に含まれた意味は最早考えるまでもなかった。オルタは手ずからキャスターに止めを刺そうとしている。それはオルタにとっては生みの親を手に掛けるも同然の行為であり、過去のオルタでは考えもしなかったことであろう。過去との決別と言い換えても良いかも知れない。

 初めは迷っていた遥であったが、その覚悟に気付くやその迷いは一瞬にして霧散した。オルタが戦うと言っているのに無理矢理引き下がらせる必要はない。多少無理を通してサーヴァントの望みを叶えてやれずに、何がマスターか。

 そうして遥が頷くと、オルタは微小して頷きを返してベランダから飛び出していった。続けてエミヤの視界からジルの様子を見れば、暗示を解かれた子供たちがキャスターに怯えて逃げ惑っていた。その姿を見て、遥がエミヤに念話を飛ばす。

 

『エミヤ。聞いてたろ?』

『無論だ。要は、アヴェンジャーが到着するまでキャスターの足止めをしろと言うのだろう?』

 

 エミヤが念話でそう言った直後、城の屋根から奔った一筋の閃光が虚空を裂いた。口にはしていなくともエミヤもキャスターの狼藉には我慢ならないと見えて、彼が放った矢は音速すらも追い越してキャスターの足元に着弾する。逃げ惑う子供たちに一切の被害がない精妙なコントロールはさすがの腕前と言えるだろう。

 キャスターはエミヤのことは視認できないまでも自分が狩る立場だけではなく狩られる立場でもあることを悟り動きを悟られずに子供たちを追いかけようとするも、その程度で狙いを外すエミヤではない。次々と剣矢を投影し、キャスターの進路を妨害するように射る。

 自分の思い通りにならないのが腹立たしいのか、キャスターは巨大な目をさらに血走らせ、出張らせながら狂乱のままに雄叫びをあげる。だが遥はそれに一切の感慨を抱くことも感傷を抱くこともなくエミヤとの感覚共有を切った。わざわざ遥が指示を出さずともオルタとエミヤならばうまくやってくれるだろうという判断である。目下ではセイバーが飛び出していくが、騎士である彼女はオルタが決着を付けるのを邪魔するような無粋な真似はするまい。

 残った者たちは残ったものたちですべきことがある。遥たちは聖杯戦争に参加しているのだ。襲ってくる敵はキャスターのみとは限らない。遥はいつの間にか戦支度を整えていた沖田とタマモに向き直ると、指示を飛ばした。

 

「沖田はアイリさんの警護、タマモは別陣営が来た場合の迎撃をしてくれ。ただの勘だが、多分誰か来る」

「私たちがサーヴァントであると露見した場合はどうするのですか?」

「バレるようなヤワな魔術はかけていないさ。仮にバレたとしたら、そいつは俺より階位の高い魔術師ってこった」

 

 半ば投げ槍のような遥の言葉であったが、それは実質〝絶対にバレない〟と言っているのも同然であった。この聖杯戦争に遥よりも階位が高い魔術師は参加していない。そも、聖杯戦争でなく魔術社会全体として見ても遥は最上位に位置する魔術師のひとりなのだ。その秘術がそう簡単に露見する筈もない。

 そうして城内に戻ろうとして、思い出したように遥が「ああ、そうだ」と言葉を漏らす。

 

「ランサーたちが来た時は俺が相手をする。アイツらは俺が決着をつけるべき相手だからな」

 

 その言葉に沖田とタマモは何か反駁しようと口を開きかけるが、すぐに口を噤んだ。普通、サーヴァントはマスター自身が他の陣営と戦うのを止めようとするだろう。だが遥とその仲間たちに限ってはそうではなかった。

 遥の本職は魔術師だ。そもそも混血というヒトの規格に当てはまらない存在であるうえ、神代から受け継いできた魔術を数多く行使するその実力は超一級であり、むしろ現代で並び立つ魔術師を探す方が難しいだろう。しかしその認識以前に遥には自分が剣士であるという自負があった。

 新撰組である沖田が武士道を奉じているように、遥もまた己の中にある誇りを奉じている。タマモは特に奉じる誇りはないが、遥によく似た男をひとりだけ知っていた。それに加えて彼女らは夜桜遥という男の人柄をよく知っているが故、止めることはしなかった。遥は魔術師として一流であるが、剣士としての腕前も超が付くほどの一流である。秘めたる才能だけを言えば、遥は沖田に並び立つほどであった。

 ふたりからの了承を得た遥が薄く微笑む。口ではあくまでも予測としてしか語っていない遥ではあったが、内心ではランサー陣営の来訪をほぼ確信していた。遥の勘はよく当たるのである。そもそもケイネスは血の気の多い魔術師であることは、遥は倉庫街での戦いで把握している。ケイネスほどに自尊心と自己顕示欲の強い魔術師であれば、工房の地の利を棄てても他陣営に攻め込むのは明白だ。

 だが、既に遥の本命はケイネスではない。ケイネスでは遥の相手にならない。ケイネスの正確や礼装の特性、戦闘スタイルは倉庫街での戦いで記憶済みだ。次に会えば遥が振るう叢雲の刃は過つことなく水銀の刃を全て受け止め、一瞬にしてケイネスの心臓を穿つだろう。魔術師としての技量の差は不明だが、少なくとも武人という点において遥とケイネスの間には大きな実力差が横たわっていた。

 故に、遥が望んでいるのはランサーとの立ち合いであった。マスター自らが敵マスターではなく敵サーヴァントとの戦いを望むというのは些か傲慢かも知れないが、あれほどの武人を前にして立ち合いを望まない剣士はいるまい。何しろフィオナ騎士団の一番槍である。知名度が低い故に身体能力が劣化しているのは否めないが、それでもその武錬が劣化しているということはあるまい。

 沖田が遥の指示通りアイリの護衛に向かい、遥とタマモが迎撃の準備を整える。そうしてしばらく、森の端の方で恩讐の紅蓮が立ち上り始めた頃、遥はもう一度魔術回路の蠕動を感じた。その魔力の波動から新たな侵入者の正体を悟った遥の顔に自然と好戦的な笑みが浮かぶ。その様子を見て、タマモが苦笑する。

 

「ランサーですか?」

「ああ。おまけにケイネスは別方向から来てる。まさにお誂え向きってトコだ。

 それじゃ、言ってくるよ。あ……タマモ」

 

 自然と何かを言いかけて、しかしすぐに気付いた遥がタマモと言いなおす。タマモはそこに何か奇妙なものを感じたが、それを遥に問う間もなく遥はベランダから身を躍らせて駆け出していた。

 ランサーと遥の距離は約2㎞ほど。何の芸もなく走っているだけではランサーは先にオルタとキャスターを補足し、その戦いに介入していこうとするだろう。彼もまたセイバーと同じく騎士であるから邪魔するようなことはないだろうが、信用しきれないのも道理であった。

 「魔術回路、封印解放(サーキット・オーバーフロー)憑依分霊接続(コネクト)」と呟き、身体を限界にまで押し遣る。刹那の間のみ発狂しそうなほどの苦痛が遥の総身を駆け抜けるが、()()()()解放された人外の血は肉体を超常の領域にまで押し上げた。

 さらに全身の筋肉ひとつひとつに強化魔術を施し、さらに速力をあげる。自動車すらも軽く追い越すほどの速度で走る敵の存在を感知したのか、ランサーの気配が止まった。そうしてすぐ、遥もランサーを見付けて立ち止まる。

 右手に執るのは紅色の長槍〝破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)〟。左手に執るのはその対となる黄色の短槍〝必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)〟。同じケルトの英霊であるためか、全身を覆う戦いやすさを重視した皮装備はクー・フーリンと共通する。髪をオールバックに撫で付け、眼の下では魅惑の泣き黒子が輝いている。同性である遥には効果はないが。

 既に互いの顔を見知っている遥とランサーであるが、ランサーはまさか遥が来るとは思っていなかったらしい。意外そうな顔で遥を出迎えた。

 

「ここはアインツベルンの森だと聞いていたが……まさか貴殿がいるとは」

「アインツベルンは俺の同盟相手なんでな。アヴェンジャーとセイバーは今手が離せない。ンでもって、アンタの相手は俺がすることにした。

 俺との立ち合い、受けないとは言わせねぇぞ? ディルムッド・オディナ」

「ほう、俺の真名を……ならば、受けない訳にもいくまい。それが武人からの挑戦とあっては」

 

 そう言うと、ランサーは二槍を構えた。腰を落とし、両槍を地面と水平に構えて左手を引く。右手の槍は身体の前へ。まるで猛禽が翼を広げた形を模しているかのような独特の構えである。それがランサーが生涯の内に見出した最適の構えなのだろう。

 対する遥は両手で構えた叢雲をこれまでとは異なる体勢で構えた。それはかの天然理心流で言うところの〝平晴眼〟。遥はこれまでただ沖田の戦闘を見ていた訳ではない。遥は同じく剣士である沖田から様々なことを学び取っていたのである。

 平晴眼の構えを取っているとはいえ、遥の剣術は天然理心流ではなく叢雲に宿る先祖の記録から学んだ我流剣術である。だがランサーの眼にはそれが熟練した剣士のように映っていた。ランサーの眼が節穴なのではない。むしろ彼の眼は確かで、それは遥の放つ気迫が猛者のそれであっただけの話である。

 ランサーは熟練の騎士であるが故に、遥の構えや面構えから彼が相当な腕を持つ剣士であることを悟っていた。そして彼自身も〝モラルタ〟と〝ベガルタ〟という剣を振るっていた身だからこそ分かる。――少なくとも剣技において、ディルムッド・オディナは遥に劣る。

 ふたりの間に訪れる静寂。だがふたりにとって、そこでは両者の気迫がぶつかり合って剣戟の音を奏でているも同然であった。そうしてその気迫が視界の中で火花をあげた瞬間、ふたりは互いに裂帛の気合を以て開戦を告げた。

 

「フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ――推して参る!!!」

「いざ――参る」

 

 直後、ふたりの間で火花が散った。




本当は今回で立香たちを決着させる予定だったのですが、遥たちの視点で一万字を越えたので一端ここで区切りました。
それにしても、沖田オルタがすごい遥とキャラ被りしているのですが……

・アルトリア顔
・刀使い
・手や刀から炎が出る etc...

これは召喚できるのでは?
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