Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第32話 訣別の炎

「……始まったか」

 

 平時の静寂を失い、戦場と化したアインツベルンの森。その奥地で戦う者たちが放つ魔力の波導を感じ取ったひとりの男が呟いた。

 その男の風体は一言で言えば非常に珍奇であった。赤いフードを目深に被り、胴体は無数の疵が刻まれてくすんだ鈍色のアーマーを着込んでいる。腰には一振りのサバイバルナイフと1艇の拳銃を携えている。手に握っているのはキャレコM950と呼ばれる短機関銃だ。

 携えている武器の類は非常に現代的であるというのに、その恰好はまるで現代の防弾装備と中世の鎧を掛け合わせたかのような非常に異様なものであった。一般人が見れば不審者か仮装(コスプレ)だと思うだろう。そもそも、一般人には決して見付けることはできないのだが。

 男が姿を隠している木が生えているのは、勿論この森に張られた結界の内側である。だというのに男の存在はこの結界の主であるアイリと無理に介入した遥には気づかれていなかった。それはつまり、この男が相当に優秀な魔術師であるか――『暗殺者(アサシン)』のサーヴァントであるかのどちらかしかありえない。

 だが、前者であるというのはあり得ない。確かにその男は魔術師ではあるが、行使する魔術は戦闘を補助する類のものが主だ。アインツベルンの結界を騙すことができるだけの魔術の腕は男にはない。故に、この男が『暗殺者(アサシン)』のサーヴァントであることは疑い様もない事実だった。

 あり得ない事態だった。言峰綺礼によって召喚されたアサシン〝百貌のハサン〟は既に遥とオルタによって駆逐され、聖杯戦争から敗退している。そもそもとして、その男は山の翁(ハサン)に共通する容貌を何ひとつとして備えてはいなかった。

 大聖杯の予備システムが起動する状況ではない状態での2騎目のアサシン。最早この男――アサシンが聖杯戦争における員数外のサーヴァントであることは明白だ。更に言えば、アサシンの標的はこの聖杯戦争における小聖杯たるアイリスフィールである。

 しかしアサシンが冬木市に召喚されてから今まで、アイリを殺すことができなかった。アイリが冬木市に来てからというもの、アイリの隣には常にセイバーがいた。アサシンの気配遮断スキルのランクはA+と高いランクを誇っているが、しかしセイバーに気付かれないままアイリを暗殺することは不可能に近い。加えて森の結界を気配を隠したまま突破することもできなかった。

 よしんばセイバーを欺いてアイリに接近できたとしても、次に待っているのはアヴェンジャーのマスター――夜桜遥だ。アサシンはアイリの暗殺を遂行するうえにおいて、セイバーの次に他のサーヴァントではなく遥を警戒していた。得体の知れないあの魔術師はセイバーにように直感的にアサシンの気配遮断を見破ってくる可能性がある。仮に看破されれば、アサシンに待っているのは死だ。

 だが、ここに来てキャスターとランサーの襲来によってアサシンが警戒するセイバーと遥、さらに遥のサーヴァントであるアヴェンジャーが城から出ていった。城に残っているのはアイリと遥の仲間3名。うちひとりは宝具の投影と弓による超長距離射撃を行っている。この弓兵は要警戒だが、残りふたりは未だ戦闘能力が未知数であるが故に評価不可能。万全を期すなら暗殺作戦は敢行すべきではない。

 しかしこの機会を逃せば、次これほどの機会が来るのはいつになるか分からない。この戦いでランサーとキャスターは敗退する。それは間違いない。となれば残るのはセイバーとアーチャー、ライダー、バーサーカーの4騎となる。セイバーがアイリから離れる機会が訪れることはまずない。

 であれば、この機を逃す訳にはいくまい。多少無理を通してでも標的(ターゲット)を仕留めさえすれば小聖杯は失われ、大聖杯が起動することはなくなる。生前は死んではならなかったが、サーヴァントとなった今では例え死んだとしても標的を仕留められることができれば作戦は遂行となるのだ。何を厭うことがあろうか。

 そうと決まれば行動は迅速に行わなければならない。今も戦闘中とはいえ、彼らはいつまでも戦っている訳ではないのだ。迅速に城へと侵入し、小聖杯を仕留める。そう決断し、ナイフを手にアサシンは立ち上がった。同時に、自嘲的な笑みを漏らす。

 

「また汚れ仕事か……まぁいい。いつものことさ」

 

 まるで自分に言い聞かせるような声音。しかし次の瞬間にアサシンが浮かべていた表情にその声音を連想させる色合いはなく、抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)はただ冷徹な眼光で森の奥を見据えていた。

 

 

 

 

 闇夜の森に閃く3条の閃光。眼にも留まらぬ速度でそれらが打ち合わされる度に嵐の如き魔力の暴風が吹き荒れ、周囲を蹂躙する。剣士と槍兵が戦うその一帯はまるでそこだけが重機によって伐採されたかのような有様であった。

 遥とランサーによる戦闘が始まってから既に数分が経過していた。ふたりの戦闘は互いに決定打を決めることも、それどころか互いに相手の攻撃を受けることもない。一進一退の状態が続いていた。

 相手が生半な英霊であれば、遥は固有時制御と縮地、更には剣技によって相手を圧倒していただろう。だがこのランサー――ディルムッド・オディナが相手とあっては不用意に攻め込むことができないのも事実であった。

 通常、槍兵というのは1本の槍を恃みとする騎士である。それは遥の仲間でもあるアルスター最優の騎士であるクー・フーリンがそうであることからも分かるだろう。だがディルムッドはそうではない。ディルムッドは2本の槍を有し、それを同時に恃みとする槍兵なのだ。

 右手に執る槍の真名は〝破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)〟。その槍で触れた対象に流れる魔力を遮断し、無理矢理に魔術などを無効化する効果を持つ対人宝具である。身に纏うロングコートを魔術を掛けることで鎧のように強固なものにしている遥にとっては、自分を丸裸にする宝具も同然だ。

 そして真に脅威であるのは左手に執る〝必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)〟である。この槍で付けられた傷には不治の呪いが掛かり、ディルムッドを斃すか黄槍そのものを破壊しない限り治癒することはない。『不朽』という起源によって脳か心臓を消し飛ばされない限り簡単には死なない遥だが、その起源特性もこの槍の前では無力だ。

 武錬においては遥とディルムッドの間に明確な差はない。それどころか、ディルムッドは知名度の関係上全盛期ほどの力を発揮することができないために、武錬においては僅かながら遥に分があるとも言えた。

 だが赤槍と黄槍の脅威と二槍流という特異極まる戦闘スタイルが遥の思いきりを阻止していた。叢雲に蓄積された記録を引き出すことで前担い手の戦闘経験を引き継ぐことができる遥であるが、それでも二槍流を相手取るのは初めてであった。つまり、戦闘スタイルにおいて遥にとってランサーは完全に未知の存在であった。

 しかし、未知の戦闘スタイルを相手にしているという点はランサーも同じだった。刀はその用途こそ剣と同じであるが、その使い方は大きく異なる。質量で叩き切る剣と、純粋な切れ味と速度で切り裂く刀。その術理が同じであろう筈もない。

 それだけではない。様子見のためか初めは防戦一方であった遥が少しずつ攻撃に転じてきている。遥にとって二槍流などは予想だにしなかった戦い方であった筈なのに、遥は急速にランサーの戦い方を理解してその攻撃への対応を盤石なものとしつつあった。

 さらに一合打ち合う度、遥の剣技の冴えは増してきていた。英霊であり、歴戦の勇士であるランサーですらも瞠目するまでの異常な成長速度。初めは二槍流という奇異な戦法によって趨勢を自身に傾けていたランサーは、ここに来てその有利を失いつつある。

 数合打ち合い、ふたりが距離を取る。そうして再び武器を構え直すと、ふたりは互いの出方を見計るように動きを止めた。

 

「決して侮っていた訳ではないが……まさかここまで早く俺の動きが読まれようとは。貴様の剣、まさしく天才のそれよな。

 ……だが、まだだ。よもやそれが貴様の本気ということはあるまい?」

「当然。そう言うお前こそ、そろそろ様子見は止めたらどうだ?」

 

 挑発めいた声音で放たれた遥の言葉。だがランサーはそれに気を悪くしたような様子はなく、むしろ面白い、とでも言いたげな様子で短い笑声を漏らした。同時にランサーが纏う魔力と気迫が数倍にまで膨れ上がり、遥が苦笑いする。

 今まで全力を出さずに様子見に徹していたのは遥だけではない。ランサーもまた自分の知らない術理によって振るわれる武器がどのようなものであるのかを把握するためにあえて攻め切らず、遥に攻撃をさせているところがあった。つまり、未だランサーは真の力を隠している。

 対する遥もまた全力には程遠いものであった。肉体と魂に同化している分霊と接続する魔術を使って混血の力の一端を使ってはいるが、遥の剣術において剣と同等の意味を持つ固有時制御と縮地を一切使っていなかった。

 宝具の能力によって自身のステータスを大英雄に匹敵するほどまでに強化することができる遥であるが、遥は力ではなく技を旨とする剣士である。仮に遥が技を磨かずに力だけに頼る剣士であったのなら、遥はとうに死んでいただろう。

 本気を出し始めたランサーに答えるように、遥が固有結界の祝詞の一節を唱える。その瞬間、遥の体内に遥の心象である煉獄が展開され、そこから漏れ出す焔が身を焦がし始めた。だがその熱も、むしろ今は心地よくすら思える。

 全身から焔を吹き出したまま遥は叢雲を構えると、瞑目してひとつ深呼吸を零した。そうして遥が目を開けた瞬間、ランサーはまるで自分の身体が射貫かれたかのような錯覚を覚える。

 

「――加速開始(イグニッション)

 

 直後、まるで爆音のような轟音が鳴り響いた。その一瞬はそれが何の音か分かっていなかったランサーであったが、しかし彼はすぐにその音の正体を知る。その轟音は遥が大地を踏み抜いた音であった。

 そうして振るわれた神速の剣を辛うじてランサーは槍を交差させることで受け止める。続けて刀を払って反撃に転じようとするが遥はそれを許さず、連続して攻撃を繰り出す。

 それらに対して直感的に対応しながら、ランサーが内心で驚嘆する。歴戦の騎士であり聖杯戦争における最速のクラスであるランサーに据えられた彼の眼をして、遥の挙動はその一切を捉えることができなかった。

 あり得ない話ではない。体内を固有結界化することで外界から切り離し、体内時間を倍化する魔術である固有時制御は近接戦において絶大な威力を発揮する。人体の限界を無視さえすれば、固有時制御の加速倍率に限界はない。遥の起源である『不朽』が齎す特殊体質との組み合わせはまさしく最適と言えるだろう。

 だが、固有時制御による自傷を考慮しなくてもよい遥でも痛みを感じない訳ではない。体内に展開した固有結界から漏れ出した焔に全身を焼かれ、さらに限界を超えた速度で駆動する激痛が遥の総身を責め苛む。その痛みに耐えながら遥は叢雲を振るい、ランサーを攻め立てる。

 しかし、ランサーが一方的に攻め立てられるのを良しとする筈がない。神速で繰り出される遥の剣撃を二槍で打ち払いつつランサーが周囲を睨み付ける。そして遥の軌道を突き止めると、そこへ黄槍を突き出した。

 

「そこだッ!」

「―――ッ!?」

 

 突如として繰り出された黄槍。遥はそれに咄嗟に対応して身体を捻って回避しようとするも、完全に回避しきれずに頬の皮を切り裂かれる。遥が舌打ちを漏らすと、ランサーが得意気な笑みで応える。

 先程までランサーには神速で動く遥の姿は見えていなかった。しかしランサーは遥ではなくその動きによって生じる空気の流れなどを読むことで遥がどこに現れるかを察知したのである。まさしく歴戦の武人にのみ許される所業であった。

 頬に触れると、黄槍で斬られた箇所から血が流れていた。やはり遥の予想通り、平時であればすぐに治癒する傷も黄槍によって付けられたものであれば致命傷になり得るらしい。

 指に付いた血を舐めとる。口の中に広がった生暖かく不快な血の味は、まさしく生きている味だった。それを飲み下し、遥は叢雲を構える。そうしてランサーを睨み付けているうち、遥は奇妙な感覚に捕らわれた。

 周囲の音が遠ざかり、風景が色を失っていく。遥の意識の中で重要な意味を持つものは眼前にいる敵のみだ。全神経がランサーに集中され、戦意の高まりに応えるように遥が放つ気配が鋭い刃の如く研ぎ澄まされる。そのギアが上がっていく度、遥の中で何かが変革していく感覚があった。

 遥自身ですら明文化できないその感覚だが、相対するランサーもまた遥の変化を感じ取っていた。初めから分かっていたことだが、改めて認識する。――目の前にいる剣士は、決して尋常な相手ではない。

 何度か空中で叢雲を斬り払い、鞘に納める。そうして柄に手を掛けて腰を落とすと、ランサーが訝し気な表情を浮かべた。それも無理からぬことで、西洋の剣術に居合術は存在しない。だが遥の構えが何かは分からずとも仕掛けるつもりであるのは分かったようで、ランサーが槍を構える。

 

「……本気でいくぞ」

「応とも。来るがいい。貴様の全力、見事このディルムッド・オディナが受けきってみせよう!」

 

 今までの遥の声音とは異なる、低く抑えた声。それに返されるは、魔貌の騎士の闊達な応え。その直後、音もなく遥の姿が掻き消えた。先程のそれとは異なる、全く気配を感じさせないままの踏み込みにランサーが面食らう。しかしランサーの積み上げてきた武錬が齎す第六感は姿が見えずとも殺気を察知し、遥の抜刀術を受け止めて見せた。

 だが遥の剣撃はそれでは終わらない。英霊にすら刀身の輪郭が霞んで見えるほどの剣速と、多くの剣士と相対してきたディルムッドですら舌を巻くほど凄まじい剣技。それらが合わさった遥の剣術はまさしく神業と言うべきものであった。

 戦いの内に成長する、などという生易しいものではない。遥の成長速度はそんな言葉では表しきれないほどに凄まじいものであった。まるで昔は使えた筈のものを取り戻しているかのよう、というのがランサーの印象であり、それは遥の身に起きていることを表すに最も適切な言葉であった。

 ランサーに神刀の斬撃を叩き込む遥の眼がいつもの漆黒から紅玉の如き真紅へと変じていた。それは遥がその身に宿す人外の血が高まっている証であり、彼の肉体と魂に同化した分霊との同調が強まっていることを示すものであった。次第に遥が放つ剣気もまた強まり、それ故か固有結界から焔が噴き出す。

 遥の連撃を紙一重で回避するランサー。遥は焔を左手に収束させると、それをランサーに向けて撃ち放った。剣の回避に専念していたランサーはそれを避けることができず、真正面から焔に呑み込まれる。直後に爆発を起こす焔。ランサーはそれに吹き飛ばされながらも空中で大勢を直して着地した。

 

「これだけ戦ってまだ底が見えんとは……良いがな。その方が心躍るというものだ」

 

 そう言ってより好戦的な笑みを浮かべ、二槍を構え直すランサー。それとは対照的に、全身に煉獄を纏う遥はどこまでも無表情であった。その身体に纏う気炎の如き焔ばかりがその闘争心をランサーに知らしめている。

 ここまでの戦闘で遥とランサーは互いの戦闘スタイルを完全に把握するまでに至っていた。最早変幻自在の二槍流に惑わされることも、視認できないほどの高速移動に翻弄されることもない。そうなれば、ここからは純粋な技量による勝負だ。

 余裕を覗かせた笑みを浮かべてはいても、ランサーは内心で冷や汗を流していた。心躍るとは言ったが、相手の底が見えないというのは同時に恐ろしくもある。それは剣の技量に限った話ではなく、未だに隠している手の内が多すぎるということもあった。

 ただ槍だけを恃みとする騎士であるランサーとは違い、遥の本職は魔術師だ。その手の内は剣だけではなく魔術や他の礼装、異能である固有結界まで多岐に渡り、それらを組み合わせることもできる。戦術の多様性という点においてランサーは遥に敵わない。

 だがその不利を覆してこその騎士だ、とランサーが高揚を隠すこともなく笑みを見せる。対照的に真顔の遥であるが、何も感じていない訳ではなかった。ただ、それを打ち消すだけの激痛が遥を襲っている。

 遥が自己強化に使っている魔術は遥に同化した分霊との接続に掛けた封印を一時的に解除するという単純かつ強力なものだが、その反動は八俣遠呂智に劣らないほどに多大だ。時間経過と遥の感情の高まりに応じて叢雲に宿った記録から戦闘経験を引き出しはするが、他人の、それも人よりも高位である存在の記憶を押し付けられて平気でいられる筈がない。

 その激痛を無理矢理に意識から締め出し、焔を纏う叢雲の切っ先をランサーへと向ける。それとほぼ同時、ランサーが地を蹴った。今度は俺の番だ、とでも言わんばかりに二槍を構え、遥へと突貫する。

 遥の剣速にも全く劣らない速度で繰り出される赤と黄の軌跡。それを迎え撃つ黄金の閃光。眼にも留まらぬ、という言葉すらも不十分に感じられるほどの高速戦闘。一合打ち合う度に放出される嵐のような魔力が周囲の木々を薙ぎ倒し、大地を陥没させる。

 右手だけで叢雲を振るって槍を弾きつつ、左手でロングコート裏から黒鍵の柄を取り出して魔力を込め、ランサーに向けて投擲する。それを弾こうと槍を振るうランサーだが、黒鍵と槍が接触した瞬間に異様なほどに強い力を受けて吹き飛んだ。鉄甲作用である。

 

「隙ありッ……!」

「なんの……!」

 

 吹き飛ばされたことで生まれた隙を突いて遥がランサーに斬りかかる。ランサーはすぐに体勢を立て直し、叢雲を迎え撃つように赤槍を振るうがしかし、遥はそれを先読みしていたかのように動いた。突き出された赤槍を左手で掴み、ランサーがバランスを崩した瞬間に腹に膝を入れる。

 そのまま吹っ飛ばされるランサーであるが、しかし今度は体勢を崩すような愚は犯さなかった。吹っ飛ばされた瞬間にその衝撃を受け流すような体勢を取り、隙を見せないように槍を構えたまま着地する。しかし隙を見せないからとて攻め込まないほど、遥は甘い男ではなかった。

 ランサーが着地するのとほぼ同時、叢雲を構えた遥が地を蹴った。仙術の領域にすら迫る究極の歩法によって遥は音速どころか英霊の認識力すらも超える。それはまさにランサーにとって最悪のタイミングであった。攻撃を察知したランサーは咄嗟に回避行動をとるが、しかし間に合わずに脇腹を浅く切り裂かれる。

 飛び散る紅い飛沫。それがロングコートに降りかかるのも構わず遥は追撃せんと叢雲を振り上げて振り返る。未だランサーは遥の方に背中を向けた状態。まさしく千載一遇の好機(チャンス)。だが遥は叢雲を振り下ろすより早く直感的に悪いものを感じ、後方に飛び退いた。刹那の後、遥がいた場所を二槍の穂先が閃く。

 一旦距離を取り、睨み合うふたり。緊張などという言葉では表すことができないほどの気配の中、遥に視線を投げかけたままランサーが口を開いた。

 

「そういえば、まだ貴殿の名を聞いていなかったな。こんな時に問うのもなんだが、死合う相手の名すら知らぬというのは気分が悪い。聞かせてもらおうか?」

「……セイバーといい、アンタといい、どうして騎士ってのは名乗りに拘るんだか……まぁ、いい。夜桜遥。それが俺の名だ」

 

 遥にも魔術師として、そして剣士として奉じる誇りはある。だがそれはセイバーやランサーが至高とする騎士道はおろか尋常な魔術師が奉じる誇りともかけ離れたものだ。故に遥は騎士道に理解を示すことはあっても共感はできない。それは遥の半ば呆れの混じった声音が雄弁に語っていた。

 それはランサーも分かっているだろう。彼はどこまでいっても騎士の正道を旨とする騎士であり、故にそうでない者はすぐに判る。しかし、ランサーには遥が騎士ではなくとも、己の剣に誇りがあることは分かっていた。ならばそれを否定することはできない。それがランサーの考えであった。

 短い笑声を漏らし、ランサーが好戦的な笑みの中に柔和な笑みを混ぜる。

 

「そうか。――では、遥。俺はお前を今生における最大の好敵手と認め、必ず討ち果たすと誓おう」

「ハッ。面白れぇ。――いくぞ、ランサー。次で決める……!!!」

 

 昂る戦意を隠そうともしない声音でそう言うと同時、遥が纏う焔の勢いが増した。ランサーは戦闘を始める時に見せた猛禽が翼を広げたかのような構えを取り、遥の様子を伺う。

 対する遥は腰のベルトから鞘を外し、叢雲を納刀して腰だめに構えた。腰を落とし、右手を降ろす。ほどんど決まった型を持たない遥の我流剣術だが、それはその数少ない型のひとつであった。セイバー戦においても使おうとしてライダーに阻まれた技でもある。

 互いに相手が決め技に訴えようとしていることを察し、闘志を増幅させる。剣士と槍兵。ふたりの戦士がが放射する闘志が鬩ぎ合い、彼らの意識を加速する。まるで永遠のようにすら思える一瞬。その中で先に動いたのはランサーの方であった。

 鍛え抜かれた強靭な脚が大地を蹴り飛ばし、ランサーの身体を押し遣る。音速すらも遠く追い越したその速さはまさしく最速のクラスであるランサーを名乗るに相応しいものであろう。突き出された破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)の穂先は寸分違わずに遥の心臓へと向けられ、そこへと吸い寄せられるように虚空を駆ける。それはまさしく乾坤一擲。渾身の一撃であった。

 だが次の瞬間、ランサーの表情が凍り付く。その視線の先では既に叢雲の柄に手を掛けた遥が立っていた。ランサーの初動は遥よりも早かったというのに、遥はそれを追い越したのである。正に空間跳躍とでも言うべき速さであった。驚愕するランサーの前で、遥は〝第一の魔剣〟を解放する。

 

「秘剣――」

 

 刹那と須臾を追い越した抜刀。奔る剣閃。驚愕するランサーの前で、遥は魔剣の名を告げる。

 

「――怒濤八閃」

 

 

 

 

 森が燃えている。木々を燃やす炎はまるで生きているかのようにのたうち回り、悲惨ながらもどこか美しい、まるで一枚の絵画のような光景を造り出していた。

 その中で自身の生みの親であり因縁の相手でもあるキャスター――ジル・ド・レェと対峙しながら、オルタはちらと城の方を一瞥した。キャスターが誘拐してきた子供たちはひとりも欠けることなくセイバーによって保護され、今頃は城に辿り着いているだろう。

 キャスターとしては子供たちをこの場で殺し、その血を媒介とすることで無限に海魔を召喚する気でいたのだろうが、まさにその目論見が外れたという訳である。血や水がなければ召喚できない訳ではないが、媒介がない遅々とした召喚などオルタにとっては脅威ですらない。

 キャスターの魔導書によって召喚された海魔たちはこの世に確かな肉となって顕現するより早くにオルタの憤怒と恩讐の炎によって打ち消される。感情を伺わせぬ顔で無慈悲にキャスターを追い詰めるオルタ。対するキャスターは時折魔力弾を撃ち放って牽制はしているが、その戦い方には戦術の色合いは全くなかった。そこに彼の日のフランス大元帥の面影はない。

 

「何故……何故なのですか、ジャンヌッ! 何故貴女が、他でもない民草に裏切られた貴女が、私でなく奴の側に付くのです!」

 

 信じられない、とでも言いたげな声音でキャスターが叫ぶ。同時にせめてもの抵抗のためか魔導書からから魔力弾を放つが、それはオルタが振るった長剣の一閃によって掻き消される。元より大した威力のない魔力弾である。消すのは簡単であった。

 恐らく、キャスターは未だ信じることができていないのだろう。ジャンヌ・ダルクという存在が自分ではなく別な誰かの味方をするということが。それが聖女ではなく彼自身が望んだ世界に対する復讐者としてのジャンヌ・ダルクであれば猶更だ。

 仮にこの場にいるのがオルタではなく本来のジャンヌ(オリジナル)であればこうして攻め立てることなく、口舌を以てキャスターに本来あるべき姿を説いていたのだろう。だが生憎と言うべきか、オルタはジャンヌのように言葉を以て相手に鉾を修めさせることができるほど器用ではなかった。

 スキル〝精神汚染〟によって元の狂った精神に輪をかけて正常な判断ができなくなっているキャスターであるが、しかし彼でもオルタが自分の理想が具現したものだということは分かっていた。或いは、正常な判断ができなくなっているが故に直感的に悟ったのだろうか。どちらにせよ、キャスターは今までにないほどに現実を直視していた。

 

「ハッ。愚問ね、ジル。サーヴァントがマスターに従うのは当然のコトでしょう?」

 

 嘲るようにそう言い、オルタは手から業火を放つ。それをキャスターはローブの裾を掴み、それに隠れることで炎を防いだ。何か特殊な加工がされているのか、ローブはオルタの炎に晒されていながら燃える様子はない。ローブの後ろから様子を伺うキャスターの眼。その中にまるで怯えたような光を見て、オルタの胸の奥に僅かな幻痛が奔る。

 こうして自らの意思でオルタはキャスターと戦っているが、しかしそれはオルタがキャスターを見限ったということではなかった。この冬木に召喚されたキャスターはオルタの知るジルではないが、それでもジル・ド・レェであることに変わりはないのだ。ある種、最も近しい存在の怯えた眼は堪えるというものである。

 だが、それでもオルタはキャスターへの攻撃の手を止めない。生みの親が非道に走る姿を見ていられない、などという理由ではない。オルタはただ自分ために生みの親であり、嘗て仲間だった筈の男を否定する。例え彼を狂わせたものがたったひとりの聖女(しょうじょ)の幸せを願った純粋な思いだったのだとしても。

 オルタが掌から放出した憤怒の炎はまるで炎を纏った龍の如き獰猛さを以てキャスターを呑み込み、今度こそその総身を燃え上がらせる。だがキャスターの執念も流石のもので、魔導書から術式を呼び出して全身に燃え移った炎を鎮火させた。宝具に近しい炎を鎮火できるのはキャスターの魔導書が紛れもない宝具だからなのだろう。

 しかし、周囲は全て火の海だ。そこを満たすのはオルタ自身が放った炎であるが故に彼女自身には脅威ではないが、キャスターにとっては最悪の状況である。既にこの戦場はオルタによって支配され、キャスターがイニシアチブを握ることは万に一つもあり得ない。キャスターの攻撃手段は全て奪われたも同然であった。

 キャスターが放つ魔力弾を剣で掻き消しつつ、オルタは少しずつキャスターとの距離を詰めていく。その眼に覚悟の色合いがあることにようやく気付いたのか、キャスターが目を剥き、髪を掻き毟る。

 

「おのれェ……おのれおのれおのれェッ!!! あの匹夫めがッ!! 我が願望の成就を阻むだけでは飽き足らず、聖処女まで誑かすかッ!!

 目を覚ますのです、ジャンヌ! 貴女には貴女を裏切った民草と神に鉄槌を下す権利がある! いえ、そうしなければならないのですよ!」

「そうね。……そうなのかも知れないわね」

 

 どこまで行っても純粋に聖女であるジャンヌとは違い、オルタの本質は復讐者だ。オルタは元よりそういう存在として生み出されたのだから、彼女がどう足掻こうがその事実だけは変わらない。

 オルタ自身、そうすることができればどれだけ楽なことか、と思わない訳ではない。身の内で燻る恩讐のままに復讐に走ったのなら何も考えずに済む。自分が聖女の贋作であることも忘れて、ただ甘美な復讐の内に浸っていることができる。

 しかし、それではオルタはジルによって生み出された時と何も変わらない。オルレアンで虐殺の限りを尽くした竜の魔女は何も考えないままに、復讐することが正しいのだと思っていた。けれどそれは人間の生き方ではない。自分で考えず、言われたままに行動するのでは人形と何も変わらない。

 だが、今のオルタには確固たる自我がある。皮肉なことにオルタは自身の復讐を否定した相手の下に召喚された時、初めて自我というものを得たのだ。折角人形から人間になったというのにすることが何も変わらないのでは損というものだろう。

 そもそもオルタは既に復讐よりも美しいものも、面白いものも知っている。今ジルの手を取って昔のオルタに戻ってしまえば、遥は迷いながらもオルタに刃を突き立てるだろう。それではいけない。それでは遥の煉獄の果てにあるものを共に見れなくなる。

 そう独り言ち、だから、と呟く。

 

「だから……私の為に死になさい。ジル。それが私の決定よ」

 

 静かな声でそう言い放つと同時、オルタは剣を構えて地を蹴った。それが何を意味するのかをたちどころに悟ったキャスターは魔導書から魔力弾を放つが、オルタはそれらを左手に握った旗を縦横に振るって掻き消した。

 直後、ぞぶりという音を立ててオルタの剣が何かを抉った。オルタは剣を振りぬいた姿勢で地面を見つめたまま、顔をあげようとしない。顔を挙げずとも彼女は自分が何を斬ったのかを分かっていた。鮮血が飛び散り、オルタの身体を濡らす。

 キャスターに刻まれた傷はキャスターの胴体の左肩口から右脇腹にかけて一直線に奔り、胴体をほぼ両断していた。助かり様もない致命傷。だが霊核を破壊されていないためか即死はしなかったようで、キャスターは力なくよろめいた後に燃える木を背もたれにして倒れ込んだ。

 森を焼く憤怒の炎がキャスターに燃え移り、少しずつその身体を炎で包んでいく。オルタは顔を挙げてその傍らまで歩み寄ると、小さく言葉を投げた。

 

「ごめんなさい、ジル。……さよなら」

 

 

 

 

「……見事」

 

 一瞬の交錯だった。互いに渾身の一撃を放ったふたりの勝負は遥に軍配が上がり、遥の魔剣を受けたランサーが全身から血を流しながら倒れる。ランサーの身体に刻まれた切り傷は8つ。まさしく魔剣の名の通りの技だが、真に驚くべきはその傷が()()()()()()()()()()という点だろう。

 遥の、と言うよりも叢雲の前担い手が習得した魔剣〝怒濤八閃〟。これは抜刀術による神速の剣技というばかりではなくその剣技のみで並列世界から全く同時の斬撃を呼び込む、つまり多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を引き起こすという魔剣であった。ある意味、嘗て名も無き剣士が修めた魔剣の上位互換と言えるかも知れない。

 要は第二魔法どころか魔力すらも一切用いずに技術のみで魔法の領域にある力を振るう剣技である。そんな剣を真正面から受けてただの負傷だけで済む筈もなく、ランサーの霊核は叢雲に両断され、完全に破壊されていた。存在を維持できず、ランサーの屈強な肉体が魔力の光と化して消滅する。

 ふたりの戦闘の余波によって周囲の森は破壊し尽くされ、大地は掘り返されて鬱蒼としていた森の原型は完全に失われていた。戦闘が終わり、静けさが支配する森。その中で唐突に遥が膝から崩れ落ち、叢雲を地面に突く。その眼は紅く明滅し、心臓が異様なまでに早鐘を打つ。苦悶が現れた口からは呻き声が漏れていた。

 まるで頭蓋の内から何かが頭蓋骨を破って出てこようとしているかのような激痛に加えて魂そのものに何かが焼きつけられるかのような不快感。遥の身に起きている異変は叢雲の真名解放をした際に彼に起きたものと全く同一であった。それどころかその痛みは以前のものよりも強いかも知れない。

 叢雲の真名解放が遥に同化している分霊との同調を強めるだけであるのに対し、怒濤八閃は同調を強めるだけでなく叢雲に宿った記録の最奥に位置する奥義を引き出すのである。規模は真名解放には劣るが、しかし遥に掛かる負担の強大さは計り知れない。

 遥が経験したことがない筈の記憶が彼の魂に叩きつけられ、その度に遥の中から彼自身の記憶に罅が入る。だが遥の起源である『不朽』によって損傷した筈の記憶は無限に再生され、遥の内から消えることはない。ただ増えるばかりの記憶。それに魂が悲鳴をあげない筈もなく、只人であれば死に至るほどの苦痛が遥を襲う。

 ランサーと戦っている時よりも一瞬が長く引き伸ばされ、遥が苦悶に呻く。しかししばらくしてその苦痛が収まってきた頃、遥の視界の端に見知った靴が映った。オルタのものである。

 

「オルタ……」

「何してんのよ。らしくないわね」

 

 呆れたような声音。しかしいつものオルタであれば見せないような笑みを見せながらオルタが遥に手を差し伸べる。遥はその手を取って何とか立ち上がると、何か違和感を覚えてオルタの顔を見つめた。

 オルタが浮かべている笑みはいつも彼女が浮かべているような勝気で不敵なものではなく、どこか自嘲的で弱気なものであった。らしくない、という点だけで言えばそれは遥よりもむしろオルタに向けられて然るべき言葉であろう。

 だが流石に見つめられていては恥ずかしいのか、オルタは顔を赤くして目を背ける。それでも真面目な表情をしていた遥だったが今の状態では立っているのも辛いのか、背中を木に預ける。

 

「……斃したのか、キャスターを」

「ええ。……あーあ、これで死んでもジルに顔向けできなくなっちゃった。ホント、私のマスターちゃんはどうしてくれるのかしらね?」

「それは……すまない」

 

 例え手を下したのはオルタ自身だったのだとしても、その決断をさせてしまったのは遥だ。そうでなくとも遥はオルタのマスターなのである。何であれ、サーヴァントがしたことの責任はマスターが持たなければならない。

 オルタが生みの親であるジルに対して剣を向ける原因を作ったのは元はと言えば遥だ。或いは斃す以外に別の道もあったのかも知れないというのに、遥はそれをせずにキャスターを打倒することを選んだ。そもそもが連続児童誘拐殺人犯であるキャスターは遥とは絶望的なまでの相性が悪いが、オルタはそうではないのだから。

 オルタとしては半ば冗談のつもりで言ったのだが、遥は本気で悩んでいる様子であった。そんな遥にオルタは微笑すると、口を開く。

 

「別にいいわよ。ジルを斃すって決めたのは私なんだし。でも、そうね。アンタは私のマスターなんだから――」

 

 そこまで言って一端言葉を区切るオルタ。その直後、遥は強い力で身体を引っ張られて前のめりによろけた。遥も相当に力が強いが、オルタの筋力値はA。自己強化を行っていない遥では抗うことができる筈もない。

 唐突に引っ張られたことで遥がオルタに対して抗議しようとして、その直前で息を呑んだ。遥の鼻腔をくすぐるのは男である遥にはない少女特有の不思議と惹かれる香り。頬の辺りを流麗な銀髪が撫でて、吐息が遥の耳にかかる。遥の顔の横にはオルタの顔があった。

 今までに経験したこともないような距離に遥が顔から火を吹くが如く赤面する。オルタはそんな遥の反応が面白いのか悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、遥の耳元で囁いた。

 

「――責任、取りなさいよ?」




つ、次こそは立香側視点書くから……
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