Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第33話 夢想雪原

 いつの間にか、雪が降っている。立香がそれに気付いたのは気絶から目覚めた式の霊基が大幅に変質していることに気付いた直後であった。

 式の変質はクラスが『暗殺者(アサシン)』から『剣士(セイバー)』に変わっていることだけではない。それ以前にまず霊基そのものの規模が上昇していた。その規模は聖杯を取り込んでいる月下美人に勝るとも劣るまい。それだけ強大化していれば仮契約を結んでいる立香の魔力はただでさえ枯渇しているところ一瞬で底を突きそうなものだが、しかし何故か立香の魔力は一向に尽き切る様子はなかった。

 そもそもとして、この式は通常のサーヴァントの枠に収まる存在なのか。漠然とだが、立香は式が尋常な存在ではないことを感じ取っていた。式は月下美人のような神代の英雄ではないというのにそれと同格の剣技を誇り、更には聖杯もなしに強化されているサーヴァントと同じだけの霊基規模を維持するなど尋常な英霊にできることではない。

 それ以前に他者の固有結界を世界のテクスチャごと強引に引きはがし、そこに別な光景を上書きするなど英霊という存在の範囲でできることなのだろうか。どちらかと言えば、サーヴァントどころか英霊というカテゴリには収まらない筈の存在を無理矢理サーヴァントの枠に納めているという表現の方が正しいようにも思える。

 明らかに異常な変化を前にして当惑する立香たちと、固有結界を強制解除されたことで苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる月下美人。その眼前で式は涼し気な顔をして愛刀〝九字兼定〟を何度か握り直している。その仕草も美しく、男勝りだった以前の式とはかけ離れている。そもそも人格自体が違うのだから仕方のないことではあるのだろう。

 月下美人はマルミアドワーズを構えたまま式の様子を伺っている。複数騎のサーヴァントに対して同時に相手をして圧倒する彼女をして、今の式には底知れないものを感じているらしい。対して式はどこまでも余裕を覗かせた微笑を消さないまま、立香の方を振り返る。

 

「という訳で、マスター? 彼女、斃してしまって構わないのよね?」

「……ああ。頼む、式」

 

 式の眼を真正面から見つめ返す立香の眼。そこに宿っている感情に迷いや恐怖の類は一切なかった。その緑翠色の瞳が湛えているのは覚悟の光。どれだけ辛かろうとも耐えて見せるという覚悟の顕れ。それを見た式の笑みに一瞬だけ陰りが生まれる。

 立香はあくまでも普通の人間だ。遥のように数多の魔術が使える魔術師でも、人ならざる者の血を引く混血である訳ではなく、せいぜいが強力な魔眼を持っている程度。だが立香の眼は少し前まで普通の人間だった筈の人間では絶対にありえないものであった。

 或いは、それが藤丸立香という男なのだろうか。生まれや育ちは普通でも、何か自分の芯のようなものをはっきりと持っている。これだけの極限状況に置かれてもなおそれが折れないのはひとえに彼の精神力が強いということなのだろう。その姿がどこか幹也と重なって見えて、式は思わず笑んだ。

 次いで式は月下美人へと視線を戻した。愛剣のひとつである大剣を構えたまま唐突に変貌した式を睨み付けている。月下美人は式のことを知らないが、どうやら直感的に式が尋常ならざる存在だと見抜いたらしい。さすがの直感の強さである。

 現在表層化している『両儀式』とは厳密に言えば式の別人格とは少し異なる。彼女は根源に接続した式の肉体そのものの人格であり、ある種根源そのものと言える存在である。故に式は全能。わざわざ戦わずともサーヴァント1騎程度なら一瞬にして消し去ることなど造作もない。

 だがそれをしないのは、彼女なりの考えがあってのことであった。大剣を構える月下美人と刀を構える式。その間は一切の無音でありながら、余人には立ち入ることすらも許さない空気を漂わせていた。だがその静寂を破り、魔力放出の暴風が積もった雪を吹き飛ばす。

 

「セアァァァァッ!」

 

 裂帛の気合を以て月下美人が地を蹴り、大剣を振り上げて式へと肉迫する。凄まじい魔力の奔流によって押し出された月下美人の身体はまさしく神速。重厚な鎧を纏っていながらにしてそこまでの速度を出すことができるのは流石の騎士王と言うべきであろう。

 その速度から繰り出される斬撃はまさしく致命。いかな全能とはいえ一撃で斬り捨てられてはひとたまりもあるまい、という直感の下に放たれた月下美人の大剣はしかし、式に届くよりも早くに防がれた。月下美人の剣を受け止めたのは担い手の身長よりも巨大な聖盾。すなわち、受け止めたのはマシュであった。

 今までのマシュは月下美人の攻撃を受け止めることができなかった。しかしマシュは一瞬だけ戦闘が止まった瞬間にスキル〝今は脆き雪花の壁〟を発動し、自分を含めた味方の防御力をあげた上で〝魔力防御〟を行使して自らの防御力を底上げしたのだ。これまで咄嗟に思いつかなかった動きが即座に出てくるようになる。それはまさしくマシュの成長の証であった。

 連続して繰り出される大剣の攻撃をマシュは盾を振るって受け止める。その足は今までのように震えてはおらず、眼に宿る決意の光は先よりも強くなっている。加えて自ら『城』を顕現させた影響か、身体に宿る霊基との同調がより強まっている。それが成長なのか或いは一時的なものなのかはマシュ自身にも分からないが、少なくともこの戦闘ではマシュは平時よりも本来のサーヴァントに近い力を発揮できる。

 事実、今のマシュは先程までは受けるだけでよろめいていた攻撃を完全に受けきってみせていた。月下美人はマシュの様子が数十分前のそれとは明らかに異なることを悟ったらしく、どこか懐かしいものを見る眼となっていた。恐らくマシュの戦闘スタイルが彼女の知る騎士のそれと一致しているからだろうが、しかしマシュは彼の騎士本人ではない。様子見をするように、一瞬だけ月下美人の動きが変わる。

 その刹那、閃光の如き蒼い人影が月下美人に向けて斬り込んだ。神速で繰り出されるクー・フーリンの魔槍術。それを月下美人は先のようにセクエンスで捌く。その光景は何も変わらないが、その剣戟から勝機を感じて獰猛に笑んだ。その感覚は打ち合っていないアルトリアにも分かったようで、アルトリアは笑みこそ浮かべないまでもクー・フーリンと同じ勝機を感じ取った。

 固有結界〝騎士の国、終焉の丘(キング・アーサー)〟を強制解除されたことで、月下美人は弱体化していた。とはいえ聖杯を有している以上は脅威的な霊基規模であることに違いはないが、それでも勝機を見出すことすらできない訳ではない。彼らは既に聖杯のバックアップを受けたサーヴァントを打倒した経験もあるのだから。要は、月下美人はその領域にまで()()()

 クー・フーリンが後退すると同時に後ろからアルトリアが斬り込み、ふたりのアーサー王の間で火花が散る。ぶつかり合う聖剣と聖大剣。その間隙に月下美人はセクエンスを叩き込もうとするが、アルトリアはそれの軌道を直感的に察知し、エクスカリバーで先回りして防御してのける。そうしてセクエンスを弾くと、アルトリアは渾身の魔力を聖剣に叩き込んだ。漆黒の魔力が刀身から噴き出し、それを横薙ぎに振るう。

 

「ッ――!」

 

 間一髪のところで後ろに跳んだ月下美人であったが、漆黒の刀身はそう易々と敵を逃すことはない。回避されると分かった途端に魔力の刀身が形を変え、月下美人の鎧を擦過する。いかなアルトリアの魔力出力量であれ擦過する程度では神造兵装の鎧を砕くには至らない。だが今まで押される一方であった相手から趨勢を奪い返しつつあるというのは事実であった。

 固有結界の効果による能力強化が得られなくなったことで月下美人が憎々し気な表情を浮かべる。恐らく月下美人は何度か再度固有結界を展開しようとしているのだろうが、それは式が許さない。宝具の力よりも式の強制力の方が上回っているためだ。

 式の肉体が接続している根源というのは正しくこの世の全てだ。世界の外側に存在するそこには全ての世界の過去や未来などの悉くが記録されている。『両儀式』はその一部であるが故、極めて全能に近い力を持つ。宝具の力を上回る強制力を発揮する程度は造作もない。

 後退した直後に攻め込もうとする月下美人だが、しかし直感的に危機感を覚えてその場から飛び退いた。直後に月下美人がいた場所に巻き起こったのは赤と緑の螺旋。藤乃が持つ歪曲の魔眼の作用である。固有結界を展開していた時は脅威ではなかったが、今となってはそれは月下美人にとってある種式よりも脅威であった。

 藤乃の歪曲の魔眼は対象の強度に関わらず全てを歪曲させて破壊するという特性を持つ魔眼である。無毀なる湖光(アロンダイト)のように決して折れないという特性を持っている武具であればその作用を無視できる可能性もあるが、少なくとも月下美人の武具でそのような特性を有するのは盾くらいのものだ。故に藤乃の攻撃に巻き込まれれば月下美人に成す術はない。

 連続で繰り出される歪曲の魔眼を月下美人は全て直感のみで回避する。それだけなら固有結界を展開していた時と変わらないが、その回避の精度は些か落ちているようであった。避け続けるうち、巻き込まれた鎧の端々が欠け落ちていく。このままでは不味い、と藤乃を睨み付ける月下美人。だが彼女が藤乃への攻撃に転じるに先んじて攻撃を仕掛けた者がいた。式である。

 月下美人が振るう大剣の連撃を式は顔色ひとつ変えずに1本の刀で受け流し、さらにはその間隙に逆に攻撃を叩き込んでいる。加えて宝具ですらない刀での攻撃であるというのにその攻撃は鎧の加護を貫通し、確実に月下美人にダメージを与えていた。

 

「あら。さっきまでの威勢はどうしたのかしら、騎士王さん?」

「貴様ッ……」

 

 月下美人と互角以上の剣戟を繰り広げながら余裕の笑みを浮かべて挑発を投げる式。平時の月下美人であればそれを流せたのであろうが、歪曲召喚による精神変化とこの状況がそうさせなかった。挑発に乗った月下美人の顔が怒りと焦りに歪む。

 或いはそれは荒耶の無理矢理な召喚による歪みだけに齎されたものではなく、月下美人の直感が齎したものであるのかも知れない。いくら召喚の際に霊基を歪められたとはいえ、彼女の直感は未来予知に匹敵する。その直感が叫んでいるのだ。この怪物には絶対に勝てない、と。

 『両儀式』はそもそもが全能であるため、サーヴァントとして定義されているステータスは全く意味を為さない。その気になれば如何様にでも自身の戦闘能力をあげることができる。式が月下美人と互角以上の剣戟を演じていられるのも、式自身の身体能力と剣技を向上させているからだ。

 ふたりの間に吹き荒れる怒濤の如き剣風。だがそれでは埒が明かないとでも思ったのか、月下美人は剣戟を止めて鍔迫り合いへと移行させた。式もまたそれに付き合い、月下美人と至近距離から睨み合う。

 余裕を覗かせるたおやかな笑みを浮かべる式と、顔を苦悶に歪める月下美人。ふたりの表情はあまりに対照的で、故にそれらはふたりの趨勢をそのまま表していた。長い間立香たちを苦しめていた月下美人は式の前にあって、初めて互角の戦いを強いられていた。

 内包した聖杯から齎される膨大な魔力を両腕へと叩き込み、さらに全力で解放することで月下美人は己の筋力を限界にまで強化している。その筋力値は全サーヴァントの中でも最強格であることは間違いないだろう。しかしそれでも式の笑みは崩れない。

 歯噛みする月下美人。式はそんな彼女の様子に頓着することすらもなく大剣から刀を離し、刀を振るった。完全に不意を突かれた形となった月下美人は咄嗟に盾で頭を護ったことで首を刎ねられることは回避したが、正面から攻撃を喰らったことで吹き飛ばされる。

 衝撃を相殺できずに月下美人が大地を滑る。月下美人はすぐにそれを止めようと魔力放出で身体を固定しようとするが、そこに弾丸の如き速度でアルトリアとクー・フーリンが突っ込む。全く同時に振るわれる剣と槍。それを盾で受けようとして、予想外の威力に月下美人が再び転がる。

 

(この威力……〝強化〟か……!)

 

 内心でそう合点し、月下美人が立香を一瞥する。ただ魔力切れに喘いでいるだけのものと思っていたが、どうやらそれでも戦場を観察しているだけの冷静さは残っていたらしい。或いは魔力切れで意識が朦朧としていてもそれだけ頭が切れるとも言える。

 事実、少し前までは立香の魔力は枯渇寸前で、礼装に組み込まれた魔術を使っている余裕などなかった。だが本来は『獣』と『冠位(グランド)』だけが持つスキル〝単独顕現〟を有する式が前に出て戦い、短期間ながらそれ以外を後ろに下げたために若干ながら魔術を使う余裕が出てきたのである。

 だが、それでも立香の魔力が尽き欠けていることに変わりはない。意識は混濁し、四肢の末端の感覚が消え失せている。一瞬でも気を抜けば気絶して倒れてしまってもおかしくない状況で立香を立ち上がらせているのは、ひとえに彼の精神力と意地だった。

 いくら自分が辛くても、まだサーヴァントたちが戦っている。マシュが立っている。ならば自分は立っていなければならない。立香は今のところ礼装がなければ魔術も使えないような素人魔術師だが、マスターとしての心構えや覚悟であれば爆破で重症を負ったAチームたちよりも強かった。

 立香が不意に視線を落とすと、足元で自分を見上げるフォウと目が合った。オルレアンに引き続き、この謎小動物は立香たちのレイシフトに同行していたのである。まるで立香を心配しているようなその視線に、立香は虚勢を張って笑みを見せる。

 

「フォウ……」

「心配してくれてるのか? ……ありがとう。でも、オレは大丈夫だから。このくらい、なんてことない……!」

 

 嘘だ、とフォウは思った。カルデアに来る以前も常に死線を潜ってきた遥とは違い、立香はあくまでも一般人だった青年。全身の魔術回路が蠕動し、あまつさえ限界状態で魔術回路を駆動させるほどの激痛など経験している筈もない。普通であれば泣き出していてもおかしくないレベルだ。

 だが、立香を立たせているのが劣等感や強迫観念ではないこともフォウには分かっていた。仮にそれらであればフォウの意思に反してフォウの身体は急速に成長している筈である。故に立香の五体を駆動させる根源が純粋に強靭な意志力であることは明白だった。

 強い。半ば無意識にフォウはそう思った。いや、或いはこれから強くなると言うべきか。それは何も肉体的や魔術的にではなく、一個人の在り方として立香は強い。例え周りの者と違って戦えずとも、立香にはそれを補って余りある彼だけの強さがある。それは仮に立香が真の意味での魔術師や戦士になったところで変わりはするまい。

 意識は朦朧としていても、立香の眼は確かな光を湛えてサーヴァントたちを見つめていた。先程までは苦戦を強いられていたサーヴァントたちだが、式が月下美人の固有結界を強制解除したことで形勢は逆転しつつある。それでも油断できる状況ではないが。一瞬でも気を抜けばその瞬間に斬り殺される。

 神造兵装である〝永劫なる無辺の鎧(ウィガール)〟を纏っている月下美人に対しては攻撃の威力も大幅に減衰されてしまうが、それも何度も攻撃を加えれば済む話だ。塵も積もれば山となる、である。実際それは不可能な話ではなく、少しずつ月下美人は追い詰められつつあった。

 4騎のサーヴァントによる流れるような連続攻撃。時折距離を取った月下美人が反撃を仕掛けようとするが、それは先んじて行動した藤乃の魔眼によって阻まれ、その隙に再び攻撃を仕掛ける。式の活躍によって、戦闘の趨勢は立香たちの側に傾きつつある。

 

「やあぁぁぁぁッ!!」

「グッ……!」

 

 空中に跳びあがり、マシュが大盾を月下美人へと振り下ろす。月下美人はそれを盾に格納された約束された勝利の剣(エクスカリバー)を引き抜いて受け止めようとするが、しかし背後からアルトリアが迫ったことで注意が逸れた。

 これまでならば二方向から同時に迫られたところで月下美人は難なく迎撃することができていただろう。だがこれまでの戦闘で彼女に蓄積していたダメージなどによって、今回はその反応が遅れた。半端に軌道を変えられた大盾と聖剣が月下美人を叩く。

 辛うじてマシュたちによる攻撃を捌きながら、月下美人が自らの状況を分析する。未だに致命傷と成り得る手傷は負っていないが、蓄積したダメージは無視できないほどになっている。聖杯と直結しているため回復速度も相当に速いのだが、その接続も先程から安定しない。恐らく固有結界が解除された際にこちらのパスにも介入されていたのだろう。以前ほどの回復速度は見込めない。

 マルミアドワーズの柄を握りしめる。荒耶によって歪められたうえで召喚された月下美人は何故この戦いに勝たなければならないのかを知らない。ただ戦って勝たなければならない、という絶対命令だけが霊基に染みついている。しかし今の彼女を突き動かしているのはそれだけではなかった。元よりアルトリア・ペンドラゴンという人間は負けず嫌いである。それはどんな状態であれ変わらない。敗北が見える今、その性質は彼女を強く動かしていた。

 次第に苛烈さを増していくマシュたちの攻撃。それの前に、月下美人の中から真の虎の子を解放する躊躇いは既に消え去っていた。ここで躊躇ってしまえばマシュたちの得物はいずれ鎧を越えて月下美人の身体を抉るだろう。それはいけない。負けてはならない。簡単に負けを受け入れるほど、月下美人の心は変質してはいなかった。

 唐突に轟、と吹き荒れる魔力の嵐。それを受けきれずに吹き飛ばされたマシュたちは再び月下美人の方を向いた瞬間に驚愕に息を呑んだ。マルミアドワーズの刀身が黄金に輝いている。それを大上段に掲げ、月下美人がマシュたちを睨み付ける。

 刀身を赫奕と輝かせ、天を突くように掲げられたそれは神殺しの大英雄の愛剣。聖剣でありながら聖剣の領域を超え、神剣の域に手を掛けたもの。最強の大英雄のために鍛冶神が鍛えた紛れもない神造兵装。月下美人はそれに聖杯から供給される魔力の全てを叩き込み、彼女の全力を以て解放せんとしていた。

 マルミアドワーズの刀身から立ち上る黄金の光が空を裂く。その魔力量と熱量は約束された勝利の剣(エクスカリバー)の比ではあるまい。巻き込まれればサーヴァント数騎程度消し飛ばしてしまうことは想像に難くない。その超熱量を掲げたまま、月下美人が言う。

 

「今の私には戦う理由はない。何故戦っているのかも判然としない。だが、それでも死合う以上は勝ちは譲れない……!

 唸りをあげよ、星の聖剣……!!!」

 

 そう月下美人が口上を述べたと同時、マルミアドワーズから放たれる極光が更なる高まりを見せた。最早生半な盾の宝具では拮抗することさえ難しいほどの魔力。まさしく星の息吹として振るわれるに相応しい超出力であった。

 月下美人は身体能力こそアルトリアを大きく上回るが、竜種の因子を継いだ心臓の魔力出力量と魔力生産量は全く同一であった。故にその聖剣の一撃を支えているのは聖杯の魔力。月下美人は自らの現界を維持するために回していた魔力までも聖剣に叩き込んでいた。

 例え防御態勢に入ったところで消し飛ばされるのは必至。しかし聖剣解放までの隙に攻撃を仕掛けようとしたところで先に真名解放されて呑み込まれるのがオチだ。この状況を容易に打開できるであろう式は裏の見えない笑みを浮かべたまま動こうとしない。

 だがそんな状況下で臆さずに月下美人の前に出た者がいた。マシュである。マシュは内心で湧き出し続ける恐怖を押さえつけて盾を構えると、背後の立香に向けて口を開いた。

 

「……私の宝具ならあれを防げます。マスター、指示を!」

「マシュ……ああ、頼む。アレを防いで、皆を守ってくれ」

 

 自分の宝具なら聖剣を防げるとは言うが、立香にはマシュが恐怖を捨て去ることができていないことが分かっていた。後ろに控えているだけの立香でも恐怖を禁じえないのだから、それを今から受けようとしているマシュが恐怖しない筈がない。

 それでもマシュは恐怖を乗り越え、脅威に立ち向かおうとしている。ならばそれを共に乗り越えるのがマスターというものだろう。聖剣の一撃を防ぎうる宝具を持つのがマシュだけだから、ではない。マシュだからこそ立香は己が命運を預けられる。

 魔術回路と令呪を接続する。令呪は魔術回路とは別個の独立した魔術だが、完全に独立運用しかできない訳ではない。立香は令呪に彼自身に残った最後の魔力を乗せることでマシュを限界まで後押しせんとしていた。

 令呪の一角が紅い輝きを帯びる。

 

「――回路(スイッチ)装填(オン)。令呪を以て、我が盾に命ず。宝具で聖剣の一撃を防いでくれ、マシュ!!!」

 

 二角目の令呪が弾ける。同時に膨大な魔力の奔流が立香の魔術回路を蹂躙し、全身に奔る鈍痛に立香が顔を顰めた。立香の未熟な魔術回路では通常、令呪ほどの膨大な魔力は御しきれない。しかし行使された令呪はカルデアからのバックアップを受け、十全にその機能を発揮した。

 立香とマシュの間に結ばれた経路(パス)を通し、令呪の魔力が流れ込む。それだけではない。冬木の時にも感じた、魔力の経路(パス)を通して立香の心と直結しているような感覚がマシュを包む。立香の思いがマシュへと流れ、マシュは瞑目して息を深く吐いた。

 眼前で屹立するのは極光の柱。恐らく今までのように人理の礎(ロード・カルデアス)で受けるだけではそれを防御することは叶うまい。そもそも、マシュの盾は外敵からの攻撃を防ぐものではなく、その内にあるものを護るための物。故に意識を向けるべきは極光ではない。自らの背後にいる、自分を信じて託してくれている者たちだ。

 呼び起こすのは以前に宝具を使った時の感覚。その時は殆ど無意識に顕現させた『城』を、再び顕現させる。そうしてマシュが瞑目しているうち、月下美人が叫んだ。

 

「常勝の剣、我が手に勝利を……!!

 ――常勝の剣よ、神をも墜とせ(マルミアドワーズ)ッ!!!」

 

 真名解放。振り下ろした大剣から解き放たれた極光の奔流はまさしく魔竜の咆哮が如き暴威を以て大地を()く。降りしきる雪は大地に届くよりも早くに昇華し、降り積もった白は一瞬にして消え去った。

 星の外敵に向けて振るわれる息吹。比類なき光の嵐。全てを呑み込み溶解せしめる暴虐を前にして、しかしマシュは臆さずに迫る極光を見据えていた。未だに恐怖は拭えていない。けれど、ここでマシュが退けば皆が死んでしまう。極光を受け止めることよりも、それは何より怖いことだった。

 故にマシュは盾を構える。全身に満ちる魔力は宝具の解放に十分なほどに充填されている。魔力のパスを通じて伝わってきた立香の心に応え、マシュは覚悟を決めて眼を開いた。

 意識は外ではなく内へ。マシュの盾は未だ完全な形を成してはいないが、それでもその盾はマシュの心に一片の曇りもない限り、白亜の城の正門は崩れない。もう一度深呼吸をして迫る極光を見据え、恐怖を打ち消すようにマシュが吼えた。

 

「やらせない……! 先輩(マスター)は、皆さんは……私が護るッ!!!

 ――顕現せよ、白亜の城。宝具、断片展開!!!」

 

 決意と覚悟を以て放たれたマシュの咆哮。その瞬間、マシュを中心として魔力の暴風が吹き荒れた。その暴風の中、マシュの背後から光が沸き上がる。それは一瞬にして白亜の城の偉容を成す。未だマシュの盾が完全でない故にその城も所々が欠けているが、それでも殆ど完成に近いのは確かだった。

 直後、極光の奔流がマシュの聖盾と衝突した。進路を阻まれた極光は白亜の城に阻まれてマシュの後ろにいる立香たちには届かないが、しかしマシュの腕には強烈な圧力がかかり、肌を巨大な熱量が焼く。間近に迫る『死』の感覚に、再びマシュの心を恐怖が鎌首をもたげる。

 だがその恐怖にマシュが身を委ねることはなかった。己を鼓舞するように咆哮をあげ、恐怖を心の彼方に押し遣る。マシュの盾は彼女の心を現す守り。故に恐怖を押し遣ったマシュの心を現し、白亜の城は更なる堅牢な護りを発揮した。

 白亜の城が一際強い輝きを放つ。それと同時、盾と鬩ぎ合っていた極光が遂に押し負けた。白亜の城の護りの前に屈した極光はそれまでそれを束ね上げていた秩序を失い、彼方へと押し流される。

 

「なっ……ッ!」

 

 まさかここに来てマシュの盾が殆ど完全な城を顕現させるとは思わなかったのか、或いは単純にマルミアドワーズが防ぎ切られるとは思っていなかったのか、月下美人の顔が驚愕に染まる。直後、その身体は押し返された極光に吞まれた。

 戦闘が始まって以来初めての明確な隙。それに真っ先に反応したのは式であった。式は月下美人が極光に呑み込まれてすぐに地を蹴ると、刀を逆手に持ち替えた。その眼は蒼く輝き、月下美人を睨み付けている。

 式に視えているのはモノの『死』。全てに存在する綻び。それを余程特殊なものではない限りは式は見誤ることはない。そうして式が刀を一閃するや、月下美人が纏う鎧が粉微塵に砕け散った。鎧に存在した死の線を斬ったのである。

 これで月下美人を護るものはなくなった。しかし月下美人はそれ以上攻撃をさせまいと式に向けて大剣を振るう。けれど全身血濡れになるほどダメージを受けた月下美人では式を捉えることができず、式は後方へと跳んで回避した。直後、月下美人の背筋を撫でる悪寒。それに気付いた時には、既に対応は遅きに失していた。

 月下美人の視界の端に映ったのは呪いの朱槍と青い槍兵。宝具解放の独特な構えを取った槍兵は立香が行使した三角目の令呪の後押しを受け、今にも宝具を解放せんとしていた。

 

「その心臓、貰い受ける――!! 刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!!」

 

 穿つは心臓。狙いは必中。真名を解き放たれた朱槍は担い手の指示の通り、寸分違わずに月下美人の心臓を貫いた。月下美人が十全の状態であればそれを受けることはなかったのだろうが、ダメージを受けていたことで反応が遅れた。霊核を貫かれたことで月下美人の身体から力が抜ける。

 激戦を繰り広げた相手でも終わってしまえば絶命するのは一瞬だ。霊核を砕かれた月下美人の身体が青い魔力光と化して消滅する。そうして現れた聖杯をクー・フーリンが回収すると、式は上書きしていた世界のテクスチャを元に戻した。周囲の景色が無限に広がる雪原からオガワハイムへと立ち戻る。

 クー・フーリンが回収した聖杯をマシュに渡し、マシュがその聖杯を盾の格納スペースに収納する。別な方に視線を遣れば、式の姿と人格が戦闘途中のそれから元のそれに戻っていた。本人には気絶した後からの記憶がないようで、藤乃から聞かされている自分の様子に首を捻っている。

 それをどこか呆然とした面持ちで見ている立香の背をアルトリアが軽く叩いた。

 

「よくやった、マスター。貴様はまだ未熟だが、評価するには値する。褒めてやろう」

「アルトリア……オレは何もしてないよ。ただ、後ろで見ていただけだ」

 

 立香が自嘲的にそう言うと、アルトリアが揶揄うような笑みを見せた。

 

「フン。謙遜するのも良いがな、王からの賛辞は素直に受け取っておくのが吉というものだぞ?」

「そっか。……なら、そうしておこうかな。――あれ……?」

「リツカ……? ……リツカッ!?」

 

 唐突に世界が傾く。それが自分が倒れているからだと立香が気付いたのは、彼の身体が地面に激突する寸前でアルトリアに抱き留められた時だった。咄嗟に大丈夫、と言おうとするが、身体が動かない。それどころか異常に強い眠気までもが立香へと襲い掛かる。アルトリアやマシュが何かを言っているが、それすらも今の立香には聞こえていなかった。

 そんな状況の中でありながら、不思議と立香は自分の状態を正しく把握していた。それは或いは意識が混濁している所為で変に冷静であるからかも知れない。何であれ、立香にとっては些末な事であった。魔力切れによる意識混濁にはどうあっても抗えない。

 そんなことを考えているうちにも立香の意識は少しずつ遠のいていく。その心地よさすら感じる眠気に抗うことなく、立香の意識は闇に落ちた。

 

 

 

「ん……? あれ、オレ……」

 

 立香が眼を覚ます。そうして初めに視界に入ってきたのは変異特異点にて拠点にしていた廃ビルの古ぼけたコンクリートの天井ではなく、染みひとつない純白の天井であった。聞こえてくる規則的な音は心電図の音声だろうか。次第に明瞭になっていく意識の中で、立香はここが何処かを思い出す。カルデアの医務室だ。

 何故立香が医務室に運び込まれているのか。それは考えるまでもなかった。特異点での戦闘の直後に意識を失った立香はカルデアに引き戻されるや否やスタッフたちによってコフィンから引きずり出され、医務室に運ばれたのである。

 ただの魔力切れで大袈裟とも思うが、それも致し方ないことであろう。最悪のケースを考えれば魔力切れはしばしば死に直結する。遥のように貯蔵魔力量が多い魔術師ならともかく、立香は魔術師としては未熟極まる。魔力切れが原因で死ぬ確立もその分高い。

 未だ完全には回復しきっていないのか、意識がはっきりしない。そうして呆然と天井を見上げたままでいると、不意に聞き覚えのある声が立香の耳朶を打った。見れば、ロマニがいつになく真面目な表情で立香を見ていた。だが手には団子が握られており、ロマニらしいどこか抜けた印象を受ける。

 

「おや。目が覚めたんだね、立香君。よかった」

「ドクター……オレ、どれくらい寝てました? それに、マシュたちは?」

「マシュを含めた君のサーヴァントたちは自室待機中さ。医務室にいてもよかったんだけど、万が一の時は治療の妨げになるかも知れないから、念のためね。

 あと、現状についてだけど……」

 

 それからロマニが語る話を、立香は黙って聞いていた。実際立香が気絶していた時間はそれほど長くはなく、月下美人との戦いからは半日ほどしか経過していない。その間に変異特異点βの修復は確認され、正常に戻っている。総じて立香たちの任務遂行には何も問題はない。あるとすれば、それは立香本人の身体だ。

 内カメラを起動させたタブレット端末をロマニから受け取り、立香が自分の姿を見る。以前は漆黒一色だった毛髪の一部が白く変色していた。それだけではなく、端末を持つ手の末端も褐色に変わっている。ひとえに無理に魔術回路を使ったが故の影響であった。

 立香は遥のように強力な魔術師ではなく、超が付くほどの素人である。未だ礼装の補助がなければ魔術を使えないどころか、魔術回路の開発そのものも殆どできていない。そんな状態で回路を酷使したのだから、早期にその影響を受けても不思議な話ではない。立香は彼自身でも不思議なほど、冷静にその事実を受け入れていた。

 そもそも魔術回路を酷使した代償は既に遥から聞き及んでいたことだ。立香はそのうえで自らがマスターとして戦うことを決意したのだから、その結果とそれに付随した責任は全て自分へと返ってくるべきものと立香は考えていた。苦笑しながら立香がそう言うと、ロマニは困ったように頭を掻いた。そうして部屋に備え付けられたコーヒーサーバーで2つのコップにコーヒーを注ぐと、片方を立香に渡す。

 

「今まで頑固なのは遥君だけかと思ってたけど、立香君も頑固だったとは……まあ、いいや。それもキミたちの良い所だからね。

 何はともあれ……おかえり、立香君」

 

 そう言いながら、ロマニがコップを立香に向けて差し出した。立香は恥ずかしそうな笑みを見せると、自分のコップを軽くぶつけて乾杯して小さく言葉を返した。

 

「うん。ただいま、ドクター」




変異特異点β〝太極具現死界ゲヘナ〟修復完了(Order Complete)。月下美人のステータスは活動報告にあげる予定です。
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