Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
――どうやら
アインツベルン城の屋上で監視と狙撃をさせていたエミヤから遥がその念話を受け取ったのはランサーを下し、オルタと共にアインツベルン城への帰路へと着いてからしばらく経った頃だった。
侵入者と聞いて最も早く脳裏を過るのはランサーのマスターであったケイネスだが、遥は彼が侵入者の正体ではないことを知っていた。そもそもエミヤの言う罠とは遥が城に張った結界だ。その結界は人間には反応しないようになっている。感知して知らせるまでもなく、入口に控えているタマモが屠ってしまうからだ。
ならばその結界は何に対して反応するのか。言うまでもない。サーヴァントである。遥が城に敷設した結界の術式は以前彼らが拠点としていた部屋に敷設していた術式を強化したものだ。以前のそれは実体化したサーヴァントには反応しないようになっていたが、今回のそれは実体、霊体に関わらずサーヴァントの存在を感知する。
さらに敵性サーヴァントが城内に侵入した場合、結界は内部に侵入したサーヴァントを外へと逃がさないようになっている。まさしく文字通り袋の鼠という訳だ。しかし、この結界はさして強力なものではない。現在確認されている残存サーヴァントにとっては足止めにもならないだろう。それは結界がそもそも彼らを捕縛するために敷設されたものではないからだった。
では、その結界は何のために敷設されたのか。簡単な話だ。この特異点での第四次聖杯戦争の状況をほぼ全て把握している遥たちですら存在を認知していないサーヴァント。すなわち遥が使役するサーヴァントと同様に聖杯戦争の召喚システムとは全く関係の無いもので召喚されたサーヴァントである。
遥としても確信があった訳ではない。だが今までに集めた情報と多少の憶測から推理した結果、僅かながらその可能性が発生したのである。相手がサーヴァントでなければさして警戒しなかったのだが、サーヴァントが相手とあってはどんな英霊であれ油断はできない。魔術師にも遥のような例外はいるが、第四次聖杯戦争にそのレベルの魔術師は参加していない。
侵入してきたサーヴァントのクラスは恐らく『
となれば、やはりこの特異点を解決する最も手っ取り早い方法はアイリの抹殺だ。アサシンもそれが分かっているが故に思い切って城に侵入してきたのだろう。それ自体が自らを追い詰める巨大な罠であることも知らず。遥は結界術式の存在も隠蔽していたのだから、当然と言えば当然だが。――という自分の考えを遥は今になって後悔した。アサシンの正体を知った今となっては、その判断はあまりに迂闊に過ぎたと言えよう。
アインツベルン城において遥たちが作戦会議に使っていたサロン。今、そこにいるのは遥たちアヴェンジャー陣営だけではなかった。遥の座る位置と机を挟んだ反対側。その椅子に拘束され、首に沖田の刃を突きつけられているのは襲撃者たるアサシンに他ならない。彼の標的だったアイリは万が一の事態を回避するべくセイバーを護衛にして別室にいる。故にアサシンに対する尋問は遥の役目であった。
だが、尋問といっても何を言えば良いのか遥はあまりよく分かっていなかった。そうしてしばらく遥が黙っていると、先にアサシンが口を開いた。
「――折角捕えた暗殺者をすぐに殺さないなんて、舐められたものだな。それとも、君は不殺主義者なのか? だとしたら、随分甘い」
まるで遥を莫迦にしているような言葉ではあったが、それとは裏腹に声音には遥に対する侮蔑の色はなかった。遥はそれにすぐに言葉を返すことをせず、視線をアサシンから自身の後方へと移す。そこにいたのは瞑目して壁に背を預けたエミヤだ。
エミヤ自身は隠しているつもりなのかも知れないが、少し前から遥はエミヤの様子がいつものそれとは些か異なることに気付いていた。明らかに狼狽している。それがこのアサシンと相対したことによるものであるのは考えるまでもないであろう。
だが、直接エミヤに問うたところで彼が答えることはあるまい。エミヤが生前のことをあまり話したがらないことは遥も知っている。適当な言葉ではぐらかされて終わりだ。何より、今はそんなことを問うている状況ではない。
故に遥はエミヤの変化を意識から締め出し、アサシンへと向き直った。
「別に俺は不殺主義者じゃないさ。これでも一応魔術師だからな。殺すべき時は殺す。アンタを殺さずに生かしておいてるのは、アンタにまだ利用価値があるからだ。けど、アンタに話を聞く気がなさそうだったんで、多少手荒だが捕えさせてもらった」
「利用価値、ね。ビジネスライクな付き合いは嫌いじゃないが、君、それは僕が何であるか知ったうえで言っているのか?」
「勿論。アンタが抑止力の顕現……〝
人理焼却が成されて人類史が抹消された後に抑止力が働くというのは何とも異様な話だが、実際に現れているのだから否定することはできまい。恐らくはこの特異点が遥たちの住む世界の正史には存在しない事項、いわば平行世界に近い存在であるが故の特例なのだろう。
元より遥も抑止力の発動を予想していなかった訳ではない。むしろそれを誰よりも現実のものとして考えていたからこそ、この城に罠を張ったのだ。この特異点の状況を考えれば、抑止力が働かないと考える方が難しい。
だが、抑止力の顕現に特異点解決を任せる気など遥にはなかった。それは遥が他人任せを嫌う性分だからであるのも確かだが、何よりそれに任せてしまえばアイリが殺されるのは確実だ。それは看過できない。
しばらくフードの奥から品定めをするような視線を遥に送っていたアサシンだったが、少し経ってから小さく溜息を吐いた。
「分かった。君の話、聞くだけは聞こう」
「それはよかった。俺としても、できればこの城で荒事は起こしたくないからな」
遥がそう言うと、沖田がアサシンの首に向けていた刀を離して納刀した。だが何も完全に警戒を解いたという訳ではなく、いつでも抜刀して首を落とせるようにしてある。オルタとタマモも臨戦態勢だ。警戒していないのはエミヤくらいのものである。
少々威圧的ではあったが、これで遥はアサシンを交渉のテーブルに付かせることができた。遥としてはもっと賢いやり方があったのではないかとも思ってしまうが、遥の話術ではこれが限界だ。敵対している者を穏便に交渉に付かせることができるくらいなら、遥の人生はもっと明るいものであっただろう。
だが、何であれこれでアサシンは敵ではなく交渉相手となった。ここからは、話術があまり上手くないなどと言っていられるような場合ではない。アサシンとの交渉が成立するかどうかは全て遥に掛かっているのだから。
「まず、アンタの名前だ。俺の予想が正しければアンタの真名は〝エミヤ〟。フルネームは〝
「……驚いたな。その通りだ。君は僕のことを知ってるのか?」
「……まぁ、アンタは有名だからな。音に聞こえし〝魔術師殺し〟。まさかこんな場所で会うとは思ってなかったが」
遥の言葉は嘘ではあったが、その内容に嘘はなかった。遥は自分が生きている世界で切嗣と会ったことはないが、その噂は聞いたことがある。魔術師であるが故に魔術師のことを熟知し、最も魔術師らしからぬ方法で魔術師を仕留める暗殺者。大半の魔術師はその名を聞けば愚者と断じて唾棄するのだろうが、遥はそうでなかった。魔術師でありながら魔術師らしからぬ方法で追い詰めるのは遥も同じだ。
だが、このアサシンが抑止の守護者となった切嗣であると気付いたのはそれが理由ではない。遥は以前一度だけエミヤから生前のことを聞いたことがあった。彼の養父についても。加えてアサシンはどこかエミヤに近い雰囲気を放っていた。気づくのも当然というものだろう。
エミヤ曰く、切嗣は身に秘めた思いこそエミヤと同じであったものの死ぬまで世界と契約することはなかったという。しかしこうして守護者として現れたということは、何処かの世界では世界と契約を交わした切嗣がいるということの証左だ。加えてアサシンの方はエミヤと面識がないときている。エミヤとしては複雑な心境だろう。
だが、そんなことは今は関係がない話だ。遥たちがこの特異点を攻略するうえにおいて、アサシンの力は非常に大きな助けとなる。遥がそう考えていると、アサシンが溜息を吐いた。
「知ってるなら、余計分からないな。君は魔術師なんだろう? なら、僕みたいなヤツは唾棄すべき異端なんじゃないのか?」
「ハッ。別に俺はアンタのやり方を否定する気はねぇさ。なんなら、時計塔の幹部連中よりはよっぽど好感が持てる。それにな、アサシン。現代兵器を使う魔術師が自分だけだと思ったら大間違いだぜ?」
そう言って、遥はホルスターから取り出したデザートイーグルを手の中で弄んだ。アサシンは遥が銃を持っているとは思わなかったのか、フードの奥から意外そうな視線を向けてくる。アサシンはサーヴァントであるため感覚的に遥がどれだけ優秀な魔術師か察知できたが故、余計に意外だったのだろう。
遥は己と魔術師であり剣士でもあると自認してはいたが、だからといって通常は彼らが嫌うような戦術を否定するような男ではなかった。それは遥の生来の性格故というのもあるが、何より多くの魔術師と戦ってきた経験が遥にその結論を与えたのだ。魔術師という生き物は基本的に近代兵器を蔑視する。そのためそれらに対する防御を怠るのだ。
暗殺上等というのはおおよそ魔術師らしからぬ戦闘論理ではあるが、彼らからしてみれば無理に魔術だけに拘泥するよりは余程利口なやり方ではある。むしろ現代兵器の脅威を正しく認識せずに侮っている魔術師が間抜けなだけなのだ。
遥の言葉からアサシンは遥が話のできる魔術師だと認めたのか、遥はアサシンから向けられる視線に含まれた感情が少しだけ好意的なものに変わった。或いは遥の気質が彼の嫌うそれではないと分かったのか。どちらにせよ、それは遥にとって明確な進展であった。
脱線しつつあった話題をひとつ咳払いをして戻し、さらに遥は話を続けた。
「次。アンタの目的はこの聖杯戦争によって起こるだろう人類滅亡の回避。そのために小聖杯であるアイリさんを抹殺しようとしたんだろ?」
遥の問いにアサシンが無言で首肯する。何気ない問い、これまでのことと現在の状況を整理すれば問うまでもなく分かりそうなものだが、遥にとってはそれは重要な問いであった。これで遥の推理が真実に符合していることが確定した。
やはりこの特異点の原因となったのは大聖杯そのものではなく、アイリ自身だ。正当な第四次聖杯戦争が行われた世界であるエミヤが生きた時間軸において、アイリは〝小聖杯〟ではなくあくまでも〝小聖杯の担い手〟でしかない。要は
正史──編纂事象/汎人類史における切嗣がアインツベルンに雇われたのはアイリが聖杯の担い手としてアインツベルンの理想には届かない、つまりは不完全な存在であったが故だ。アインツベルンが求める完璧な小聖杯の完成はアイリと切嗣の子供であるという〝イリヤスフィール・フォン・アインツベルン〟まで待つことになる。
だが、この特異点においてはそうではない。この世界では正史よりもアインツベルンが優秀だったため、アイリの時点で既に聖杯として完成されてしまったのだ。そのため単身でもある程度の自衛ができ、よって切嗣を雇う必要性もなくなった。
それだけではない。アイリは完成された小聖杯たるホムンクルス。その魔術師としての素養は切嗣とは比べるまでもなくアイリの方が優れている。従えているセイバーの
仮に遥たちカルデアや抑止力の介入もないままこの第四次聖杯戦争が進んだ場合、間違いなく勝ち残るのはセイバー陣営かアーチャー陣営だ。どちらにせよ、大聖杯の完成は避けられない。そのため抑止力はアサシンを派遣し、そのアサシンは最も手っ取り早い手段としてアイリの暗殺を選択した。
その選択を間違いだと言う権利は遥にはない。エミヤからアイリを殺して欲しくはないと言われなければ、その手段も考慮に入れていた筈だ。だがアイリを殺さないと決めた今になって、アサシンに殺させる訳にはいかない。分の悪い掛けかも知れないが、そのための交渉だ。
「アサシン。もしも……もしもだ。アイリさんを殺さずに事を済ませる方法があると言ったら……どうする?」
「……それは、彼女を殺すよりも容易に済む方法なのか?」
「いや、全然全く」
悪びれもせず首を横に振る遥。それはまさしく即答であったが、それは逆に言えば遥の中で今後のビジョンが明確に定まっているということでもあった。だからこそ、それが難しい道であるとも分かっている。
この問いこそ遥がこの交渉において最も重要と考えていた問いであり、最大の賭けであった。アサシンが完全なアラヤの走狗となっていればにべもなく断られることは間違いない。そうでなくとも、断られる可能性は高い。遥としては半ば駄目元であった。
しばし逡巡し、アサシンが溜息を吐く。
「君は、君の計画が失敗した時に失われるかも知れない命よりもあのホムンクルス1機の命の方が重いとでも思っているのか? 彼女の命にそれだけの価値があると?」
「ンな訳あるか。人間だろうと、ホムンクルスだろうと、命そのものに貴賤はねぇ。価値は等価だ。だが……自分が死んでほしくない奴を死なせないようにして何が悪い。それが『人間』ってモンじゃないのか?
勿論『
完全に矛盾した、論理ではなく感情から来る遥の言葉。だが遥の予想に反してそれにアサシンがすぐに真っ向から反論することはなかった。半ば驚きを含んだ眼で遥がアサシンを見る。フードに隠れて顔は見えないが、アサシンは迷っているようにも見えた。
人間であれホムンクルスであれ、1個の命である以上はその価値は等価である。それはアサシンの信条にも合致するものであった。だからこそ、これまでアサシンは命の数で殺す方を決めてきた。大を生かすために小を切り捨てる。人類が生きるためにはそれが真理なのだと割り切って、彼はこれまで大切な人すらも切り捨ててきた。
だというのに、今になってその思いが揺らいでいる。この冬木に召喚され、アイリを見てからというもの、アサシンは異様な思いに捕らわれていた。できることなら、その可能性があるなら、アイリを殺さずにいたい、と。どれだけ茨の道であろうと結果が同じなら、そちらの方を取っても構わないだろう、と。
あり得ない、と割り切っていた筈の可能性が今、目の前にある。それを前にして難しいから、と簡単に切って捨てるほど、アサシンは全てを諦めてはいなかった。しばらくしてから、アサシンが口を開く。
「……分かった。可能性がゼロではないなら、僕は君に協力する。しばらくは君の駒でいよう。
けど、忘れるな。僕はあくまで抑止の守護者。君の計画が失敗すると決まった時、僕は彼女を殺す」
「あぁ。それでいい。俺が絶対に殺させない」
そう言い、遥は席から立ってアサシンの目前に立つ。そうして差し出した遥の手を、アサシンが握り返した。それは握手ではあるが、決して友好を示すためのものではない。ふたりの間に結ばれたのは仮契約だ。遥の魔術回路に繋がった
その姿を、沖田とオルタが複雑な感情の籠った眼で見ていた。
「随分アイリスフィールに肩入れしているようだな、遥?」
まるで揶揄うような声音でエミヤが遥にそう問うたのは共に翌日の朝食の準備をしている時だった。パン以外の献立は牛肉の蒸し煮とジャガイモのスープ。どちらもアインツベルン本家があるドイツの家庭料理であり、世界を旅している間に遥が習得した料理でもある。
余談だが。特に目的もないままに世界を放浪していただけの遥の旅であったが、遥の趣味のひとつである料理という点では遥にとってその旅は非常に有益であった。なにしろ世界中の郷土料理を数多く習得できたのだから。料理のレパートリーにおいて遥の右に出る料理人は世界を探してもそういまい。
エミヤの声音は揶揄うようではあったが、しかしその実純粋な疑問を孕んでいた。それはそうだろう。遥とアイリが出会ってから精々1日ほどしか経っていないのだ。それだけの時間で遥のような基本的に魔術師嫌いの人間が心を許し、それどころか入れ込むというのは些か不自然である。
準備を進めながらちらと遥がエミヤを一瞥する。
「変なコトを言うなぁ。初めにアイリさんを殺さないで欲しいって言ったのはエミヤじゃねぇか」
「それはそうだ。だが、アサシンと話していた時の君の様子はそれだけではないような気がしたが?」
召喚されてから今まで共に戦ってきたエミヤは遥が魔術師らしからぬ人間性をしていることを分かっていた。それは何も悪い方向にズレているのではなく、むしろ好感を持つことができる。そもそも遥の性格が一般的な魔術師のそれであればサーヴァントやホムンクルスを同列に扱うことはするまい。
確かに遥は優しい。それが時として自らを犠牲にする自己犠牲めいたものとなることも特異点Fで戦ったエミヤは知っている。だがアサシンとの交渉で必死にアイリを殺させないようにしていた遥の声音に含まれた感情はエミヤでも見たことが無いものであった。
とはいえ、遥がアイリに肩入れする理由が憧れだとか恋慕だとか、そういった感情に起因するものでないことはエミヤも分かっていた。だからこそ、余計に判らない。遥のそれは〝仲間だから〟の一言で済ませることができるほど簡単なものではないような気がしたからだ。
しばし逡巡した後、使っていた調理器具を洗いながら遥が答える。
「……さっきも言ってたけどさ、ある意味俺とアイリさんは同族みたいなものなんだよ。だからあえて肩入れする理由を言うなら、仲間意識、同族意識かも知れねぇ」
「同族……君もホムンクルスだと? しかし……」
「いや、俺はホムンクルスじゃない。けど、目的のために
まるでそれを何でもないことのように、笑みすら見せながら遥が言う。だがエミヤにはその笑みがどこか恐ろしいものであるように見えた。それはいつもの遥の笑みではない。そこに含まれた感情は決して笑みを齎す筈のものではない。
魔術師の家系がより優秀な後継者を得るために胎児のうちに魔術的な改造を加えることは何も珍しい話ではない。むしろよくある話だ。流石にイリヤスフィール以上に手を加えられた例は知らないが、エミヤはそういう例を何度か見てきた。
エミヤも考えなかった訳ではない。遥の異常なまでの戦闘能力と魔術適性はただ単純に生まれただけ、というのでは説明が付かない。何よりも、遥に同化しているらしい何者かの分霊は決してただの人間では耐えられないだろう。エミヤはそれが何者か知らないが、ただの人間では同調する以前に同化した時点で死んでいるだろう。
考えてみれば、遥は
「
こんな言葉を知ってるか、エミヤ。『人間は泣きながら生まれてくる。これはどうしようもないことだ。だが、死ぬ時に泣くか笑うかは本人次第』だってな。ホムンクルスは基本的に泣いて生まれてはこねぇが……だからって死ぬ時に泣かなければならない理由にはならねぇ」
エミヤもどこかで聞いたことがある言葉だった。恐らく特撮の台詞であった筈だ。特撮好きの遥らしい言葉であったが、それは不思議とエミヤの胸に重くのしかかってきた。
死ぬ時に泣くか笑うかは本人次第。果たして今までエミヤの前で死んでいった人々はどんな表情をしていただろうか。生前は笑いながら死んでいった人を見たこともあるような気がするが、少なくとも守護者となった後は見ていない。
だが、それらを差し置いてエミヤの胸中を占めるのは養父であった衛宮切嗣が死んだ時の顔だった。生涯を通して何も成せなかった男が最期に見せた安心した微笑。恐らく、あのアサシンとなった切嗣は終ぞ見せることがなかったであろう表情。
少しの間その思いに捕らわれていたエミヤだったが、すぐに頭を振ってその考えを頭の隅に追い遣った。今はそんなことを考えても何にもならない。話しながらも遥は作業を進めていて、今夜のうちに済ませておくべきことはそろそろ終わろうとしていた。
そもそもエミヤがここにいる理由も遥の手伝いをしながらそのレシピを習得するためだったのだ。彼にとっては非常に悔しいことだが、料理に関してエミヤは遥に及ばない。元より、遥を越える料理の腕を持つ料理人をエミヤは知らない。──彼らが互いに互いを格上の料理人だと思っている事も、彼ら自身が知る由もまた、ない。
止まった話題を変えるべく、エミヤは使った調理器具を片付ける己がマスターに問いを投げた。
「それで、明日はどうするんだ、遥? 方針は決まっているのか?」
「一応。……間桐邸に行くぞ」
何気ない声音で遥がそう答えると同時、エミヤの総身に緊張が奔った。〝間桐邸に行く〟とは何も交渉などをするために行くのではない。遥が言うそれは間桐邸に襲撃を掛けるという意味と全く同義であった。
それはすなわち、遠坂桜――もとい間桐桜を助け出し、間桐の怪翁たる間桐臓硯を抹殺するということに他ならない。エミヤが遥に頼んだ『桜を助け出す』という事項において、このふたつはセットだ。よしんば桜を助け出すことができたとしても、臓硯を殺さないことには真の意味で桜を助けたことにはならない。
だが、そうだとしてもエミヤには作戦を遂行し切る自信があった。最早桜を助け出すことに迷いはない。今まで守護者として大勢の人々を殺してきたからといって、ひとりを助けてはいけない理由にはならない。守護者の使命を遂行するのも、桜を助けるのも、全ては自分の正義を貫いた結果だ。なら、何も恥じることはない。
この特異点を攻略しようとだけ思うのなら、この特異点にいる桜を助け出すことに何の意味もない。仮に特異点で誰かを助け出したとしても本来の世界線には何の影響もないのだから。単純に言えばただの自己満足でしかない。それでも全く意味のないことではないだろう。行動の意味は後から付いて来るものだ。
間桐邸を襲撃するということは高い確立でバーサーカーと遭遇するだろうが、エミヤはその点の心配はしていなかった。よしんば遭遇したとして、その際の対策も遥は考えているのだろう。遥はそういう男だと考えられるほど、エミヤは遥のことを信頼していた。
「すまない、遥。オレの我儘に付き合わせてしまって。……だが、力を貸してくれるか?」
「答えるまでもねぇ。仲間の我儘くらい付き合うさ」
振り返った遥が拳を突き出す。一瞬、エミヤはそれが何を意味しているのか分からなかったが、すぐに合点がいって自らの拳を遥のそれにぶつけた。