Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第38話 蒼銀の騎士王

「こいつは……マジでデカいな……」

 

 川の中からまるで天に己を突き立てんとするかのように聳え立つ異形を見上げながら遥が呟く。その顔には笑みこそ浮かんでいるものの、それはどれだけ愚鈍な人間が見たとしてもその裏にある感情を見透かすことができるものであった。

 畏怖や恐怖ではない。どれだけ巨大であろうが知性すらも持ち得ない相手に恐怖するような精神を遥は持っていなかった。言うなればそれは呆れや感心に近い。この状況でそんな感情を抱くことができるのは、或いは遥の本質が非人間であるからなのだろうか。

 遥たちが見上げる先で惜しげもなくその身体を晒す海魔。それを一言で形容するならば、最も適切な表現は〝怪物〟だろう。或いは〝巨大怪獣〟か。どちらにせよ、それは日常とはかけ離れた位置に存在する怪異であった。

 間近で見たからこそ分かることだが、体長は少なくとも40メートルを越している。粘液に濡れた紫色の体表には眼らしき器官が湧いては消えを繰り返し、より一層不気味さを際立たせている。全身からは毒の瘴気が噴き出している。

 遥たちがいる河川敷側には彼ら以外の姿はないが、対岸である新都側まで見るとかなりの野次馬で溢れかえっていた。魔術師ではない彼らには瘴気越しに海魔を子細に視認することはできないだろうが、朧げな輪郭は見えているだろう。最早神秘の露呈どころの話ではない。

 現代人でありながらその身に秘めた怪異の強さ故に数多の戦場を経験してきた遥であるが、流石にこのような巨大怪獣めいた敵を目の当たりにしたことはなかった。精々悪魔に憑かれたことで異形化した人間を相手にしたことがある程度か。

 だが巨大な敵と相対した経験があるセイバーでもこの海魔の異様は想定外であるらしく、表情には明らかな驚愕が現れていた。その場にいる者たちが半ば呆然とした顔で海魔を見上げる中でいち早く冷静さを取り戻したライダーと遥が言葉を交わす。

 

「で、どうするのだ。何か策はあるのか?」

「今のところは特に見当たらねぇ……ってのが正直なトコだ。俺の叢雲やらセイバーのエクスカリバーなら一撃で吹っ飛ばすこともできるだろうが、下手をすると市街にまで被害が出かねねぇ。せめてデカい船でもあれば盾にできるんだが……」

 

 対城宝具である諸人が求めし救済の聖剣(アマノムラクモノツルギ)約束された勝利の剣(エクスカリバー)はその一撃の下に海魔を吹き飛ばすに事足りる威力を秘めている。それは紛れもない事実だ。

 だが恐らくそれらの宝具を何の用意もなく真名解放した場合、その極光は海魔の巨体を消滅せしめるだけではなくその先にある市街まで焼き払ってしまうだろう。無辜の人々にまで聖杯戦争の被害が出ないように戦っているのに市街を焼き払ってしまえば、それは本末転倒というものだ。

 この場にマシュがいれば対岸で宝具を展開させて受け止めてもらうこともできたのだろうが、それはないものねだりというものだ。ふたつの陣営の協力を呼びかけた立場である遥は実質的にこの同盟関係の指揮官的な立ち位置に収まっている。遥は現在持っている戦力(カード)を組み合わせることで海魔を打倒する他ない。

 今回の戦闘の難点としては運用可能な戦力として動かすことができないサーヴァントが存在するという点だ。海魔は水上にいるため遠距離での攻撃手段を持たず、水の上を動くことができないサーヴァントは動かすことができない。

 顎に手を遣って少しの間黙考し、遥が口を開く。

 

「エミヤ。キャスターを狙撃できるか?」

「無論だ。姿さえ視認できれば、そんなことは造作もない」

 

 そう言いながら、エミヤは右手に愛用の大弓を投影した。遥はエミヤの狙撃の腕前を詳細に把握している訳ではないが、少なくとも飛来する矢に自らが放った矢を当てて相殺できるだけの腕前があることは分かっている。それだけの腕があればキャスターを撃ち抜くには十分だ。

 問題はエミヤが狙撃して命中させることができる状況を作り出せるかということ、そしてそれまでにかかる時間だ。下手に時間をかければ海魔が新都に上陸し、人間を捕食し始める可能性もある。そうなれば人間の魔力を取り込んでしまうため、キャスターを狙撃するだけでは海魔は消滅しなくなる。

 味方側の戦力として計上できるのは水の上を行動することができる()()セイバー、飛行する戦車を駆るライダーと遠距離から狙撃することができるエミヤの4人がまず確実だ。他には竜種を召喚・使役できるオルタが飛行戦力として運用できるのかも知れないが、それも厳しいだろう。ワイバーンの敏捷性など高が知れている。

 加えて沖田やタマモは海上にいる敵には完全な無力だ。或いはタマモならば炎天などで後方支援に回すことができるのかも知れないが、完全な近接戦闘型の戦闘スタイルである沖田は大海魔に対しては無力だ。だからといってこの戦闘で完全に運用できない戦力という訳ではない。敵は何も大海魔だけという訳ではないのだから。

 現在顕現している大海魔の核となっているキャスターは大聖杯より湧き出たシャドウ・サーヴァントの1騎だ。それが示すところはつまり、下手をすれば現在出現している大海魔と同規模の海魔が際限なく増え続ける可能性があるということである。そうなってしまっては対処のしようがない。

 そうして遥は一瞬で考えを纏めると、仲間たちの方に向き直って指示を飛ばした。

 

「沖田とオルタはアサシンと合流してシャドウ・サーヴァントの殲滅を頼む。姉さんはアイリさんと桜、ウェイバーの護衛。残りは大海魔の掃討に当たる。それでいいか?」

 

 その遥の指示に異論を差し挟む者はいなかった。一瞬だけ沖田とオルタのふたりは不服そうな表情を見せたものの、自分たちでは大海魔の相手をすることができないと分かっているのだろう。それにシャドウ・サーヴァントの殲滅は重要な任務だ。それこそ、大海魔の掃討よりも。

 アサシンとの合流を命じられた沖田とオルタがその場から離脱したのを確認し、遥が大海魔へと向き直る。今のままでは遥もアイリやウェイバーと同じくサーヴァントの戦いを後方から見守ることに終始することになる。だが、遥にはこの状況の中にあっても共に戦い得る手段があった。

 瞑目し、最早唱えすぎて魂にまで染みついた呪言を遥が紡ぎ、己が肉体に同化した分霊との接続を呼び起こす。同時にこの世のものとは思えないほどの苦痛が遥の総身を駆け抜けるが、そんなものは遥にとっては慣れたものだ。

 いつもなればそれで終わりだ。しかし遥はそこでは終わらせず、分霊と接続した魔術回路に施した小規模な封印を僅かに外した。いわば〝安全弁〟とでもいうべきそれを外したことで魔力と情報が反乱しかけ、遥が苦痛に顔を歪める。それでもすぐに統制を取り戻すと大きくひとつ息を吐いてから目を開けた。

 平時は夜空のような黒色をしている遥の眼が紅く染まっている。身体から放出される魔力は人間どころか一般的なサーヴァントのそれを凌駕している。まさしく超常という言葉で形容するのが正しい存在であった。

 魔力だけではない。封印の多くを自ら外した遥の放つ気配は既に人間のそれを大きく逸脱していた。抑止の守護者として多くの敵と相対してきたエミヤはそこから遥の血に混じるという人外の正体に気付いたらしく、その表情を驚愕に染めた。

 

「マスター、君は……」

 

 そこまで言いながら、エミヤはその先を口にすることなく口を噤んだ。遥が今まで外さなかった封印を解いてまでこの戦いに臨むということは彼なりの決意があってのことなのだろう。ならばエミヤが遥に問おうとしたことはあまりに野暮というものであった。

 遥の血に混じっている人外の要素は現代においては非常に稀有だ。その血を引く人間はこの世界において遥たったひとりと言っても過言ではないだろう。それはつまり、その視点で世界を見ている者が遥たったひとりであると言ってもいい。

 一般的な魔術師の精神構造をしている者ならばそれを胸を張って周囲に誇示するのであろうが、生憎遥はそういう性格ではない。或いはそれすらも人外の血によるものなのかも知れないが、それでも遥はただ独りで孤独な世界を生きてきたのだろう。

 人間的な感性を持っていながら、人間とはかけ離れた精神構造を持つという歪な魔術師。遥とはまさしくそういう魔術師であった。だからこそアーチャーは遥を人になりきれない愚者と評したのだろう。彼は遥と同族だからこそ、その違いが鼻に突くのだ。

 鎌首を擡げた疑問を奥底に押し込め、代わりに心象世界から取り出した黒塗りの弓を強く握り締めた。そうして射撃地点を定めて移動しようとした時、先にライダーが動いた。

 

「よし、では一番槍は余が貰った! 頼むぞ、ゼウスの仔らよ!」

 

 その言葉が放たれると同時に神牛が嘶き、雷鳴が大気を震わせる。ライダーの飛行宝具たる神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)が虚空を踏みしめる轟音と共に浮き上がり、見る間に遠ざかっていく。行く先は無論、大海魔の下だ。

 それを川岸から見ながら遥がひとつ溜息を吐く。それとほぼ同時、遥はロングコートの裾を何者かに引っ張られていることに気付いた。見れば、不安げな感情を宿した瞳で桜が遥を見上げている。それは桜が遥に見せた初めての感情らしい感情であった。

 桜は恐らくあの大海魔がどれだけ強大な存在か分かっているのだろう。全く神秘を知らない一般人でさえ脅威を感じ、野次馬根性を発揮して集っているのだから、魔術師としての優れた素養を持つ桜がその脅威に気付かない筈はない。故に桜は不安なのだろう。遥が生きて戻ってくるか否かが。

 その様子を見て遥は苦笑すると、桜の前にしゃがみ込んで視線を合わせた。そうして頭を撫で、大丈夫と言い聞かせる。何の根拠もない言葉だが桜はそこから遥の決意が変わることはないと悟ったのか、遥から離れてタマモにくっつく。

 

「行きましょう、ハルカ」

「……あぁ。分かってる。いこうか、セイバー」

 

 それだけ言葉を交わすと、セイバーは先に川へと突っ込んでいった。湖の乙女の加護を受けている彼女にとってはどれほどの水であっても動きを阻害する要因には成り得ないらしく、地上と同じような速さで駆けていく。

 それに続いて遥も川に足を踏み入れる。セイバーと違って湖の乙女の加護はおろか何の加護も受けていない遥であるが、しかしその足は沈むことなく確かに水面に両足で立っている。その光景に遥の背後でアイリとウェイバーが驚愕の声を漏らした。

 水面に立つという完全に物理法則を無視した状態になっていながら、遥には一切魔術を使った気配がなかった。それはつまり遥が水面に立つことがある種の物理法則と同等の次元で成り立っているということに他ならない。セイバーが有する加護と同じように。

 不意に立ち眩みを感じ、遥が水上でよろめく。セイバーの加護が彼女本来の力ではない、ある種後付け的なものであるのに対し、遥のそれは彼自身の内から湧き出てくるものだ。だが人よりも高位に位置する存在の力であるために遥の半分を構成する人の部分が悲鳴をあげているのだ。

 絶え間なく身体があげる悲鳴を封殺するために封印魔術で無理矢理に神経の機能の一部を封印する。多少リスクは高い手段ではあるが、それは遥が狙った効果を発揮して苦痛が嘘のように消失した。そうして、叢雲を抜刀して切っ先を大海魔の脳天へと向けた。

 

「――行くぞ、ゲソ野郎」

 

 その声はひどく冷たく、遥の常の声音とはかけ離れていた。

 

 

 

 

 無機質な印象を受けるカルデアの部屋に紙を捲る小さな音が響く。その音の出所は立香が読んでいる本――〝よく解る魔術 ルーン魔術編〟と印刷された本であった。遥に纏められたそれは大層な題名なだけあって相当に分かり易く、魔術師としては素人の立香でもすぐに理解できていた。或いはそれは立香の呑み込みが早いということもあるかも知れない。

 遥が纏めた魔導書、というよりも魔術の解説書はルーン魔術だけではない。錬金術やカバラ、降霊術、転換魔術、宝石魔術などその種類は多岐に渡る。さすがに遥の虎の子たる伝家の封印魔術までは含まれていないが、しかし立香に渡していないだけで準備している様子はあった。魔術師が秘術を明かすというのは普通あり得ないことだが、今はそれだけの異常事態ということなのだろう。

 遥が立香にそれらを渡したのは何も立香にそれを習得させるつもりだからではない。習得するか否かは立香次第だが、知識を付けておけば敵が魔術を使ってきたとしても対応できる。遥はいち早く立香が有する指揮官としての才を見抜いたが故、それを生かすための知識を立香に与えようとしているのだ。魔術を使えるか使えないかは問題ではない。知識さえあればその後に続く実戦経験への対応の幅が広がる。

 解説書を読んで知識を蓄えるという行為はある意味、学校教育において参考書を読む行為と似ている。数か月前までは高校生として散々それを繰り返してきた立香だが、彼はそれがあまり嫌いではなかった。むしろ好きと言っていい。確かに知識を付けたという感覚は立香にとって一種の快楽に近い感覚であった。実際立香の呑み込みは驚くほど速く、遥も1週間でできれば重畳と考えていた魔術回路の起動をたった数日で習得している。

 しかしいくら立香にとって勉強が苦にならないとは言ってもそれには限度がある。マットレスに座り壁に背中を預けて解説書を読んでいた立香であるが、唐突に溜息を吐いて読んでいたページに栞を挟むと、解説書を枕の上において伸びをした。

 立香たちが変異特異点βの修復を成し遂げてから数日。月下美人との戦いで魔術回路に大きな負担を掛けたことで身体にまで影響をきたしてしまった立香は検査結果こそ異状はないものの、念のため数日間の休息を命じられたのだ。或いは謹慎というべきか。どちらにせよ、この数日の間立香はサーヴァントたちとの会話や読書、ゲーム以外に特にすることなく過ごしていた。

 手持ぶたさに弄る頭髪の一部は白く変わっており、指先も僅かに褐色に変色している。それはひとえに量が少ないうえに未熟な魔術回路に無理な負荷を掛けた結果であった。レオナルド曰く、普通に変色したのならまだしも魔術回路の過負荷による変色は彼にもどうすることもできないらしい。加えてカルデアの医療機器でもどうにもならない以上、手の施しようはない。

 つまりは立香に起きた変化は進行することはあっても一生治ることはない。それでもいい、と立香は考えていた。元より人理修復を何の代償もなしに生き抜くことができるとは思っていない。そう簡単に割り切れるだけの冷静さと言えるものを立香は最初から有していた。

 

「あー……遥が作った料理……食べたいなぁ……」

 

 そう呟きながら立香がベッドに寝転がる。その言葉は半ば無意識に漏れたものであったが、それだけに立香の内心を正確に表していた。一応はカルデアには遥やエミヤ、タマモ以外にも料理を作れる者はいる。無論、立香もある程度ならば作ることができた。

 だが作ることができるとは言ってもレベルが全く違うのだ。これまで18年と少しの人生しか生きていない立香だが、彼は既にこれからの人生でも遥が作った料理以上に美味い料理に出会うことはないと確信していた。それはカルデア職員も同じようで、中には人理修復が終わった後も料理人として残って欲しいと言う者もいる始末である。

 溜息と共にその思いを吐き出し、思考を切り替える。長時間に及ぶ激戦の末立香の身体に影響を与えた変異特異点βでの戦闘だが、しかしそれは完全に立香にとって損になるものではなかった。その戦闘を立香なりに分析し、確かに得たものもあった。

 遥は以前自らの指揮能力から一度に使役できる英霊の数は多くて6騎が限度だと言っていたが、立香の場合は魔力量的に最大で6騎が限度だ。それも戦闘継続時間を1時間から2時間ほどと仮定した場合である。今回のような超長時間戦闘ではさらに少なくなる。

 それが立香の限界であるが、逆に言えばこの範囲内であれば立香は自分のポテンシャルを最大限に近い状態で発揮できるということでもある。立香ひとりをマスターとして人理修復をしているのならともかく、遥たちと共に戦うならば連携という点においてそれは長所となる。

 現在、立香が契約しているサーヴァントの数は4騎。一度の戦闘で使役できるサーヴァントの数まではあと2騎分の余裕がある。尤も、今日のうちに新たに1騎を召喚する予定でいるためそれを除けば残り1騎。それ以上召喚した場合は一部をカルデアに留めておくことになる。

 そのサーヴァントと共に初めて修復することになる次なる特異点も、実のところ既に座標が特定されている。紀元60年のローマ帝国。その頃の古代ローマ帝国を治めていた皇帝の名前は〝ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス〟であると立香は習っていた。

 それが遥に伝えられていないのは、遥に現在の特異点の修復に集中してもらいたいというロマニの意向がある。立香も変異特異点βにて身体に異常をきたしてしまったため良い機会であるとして、こうして休暇を与えられているのだ。とはいえ、立香自身は行動を些か制限されてしまっていたため非常に手持ち無沙汰にしているのだが。

 一体どれほどの時間を天井を見つめたまま過ごしていたか。不意に立香の耳朶をドアをノックする音が響いた。ベッドから立ち上がって乱れた着衣を直してからドアを開けると、そこにいたのはマシュであった。マシュはひとつ礼をしてから口を開く。

 

「こんにちは、先輩。英霊召喚システムの準備ができたそうなので、一緒に行きましょう」

「了解。……あぁ、でもちょっと待ってて。部屋を片付けたら行くから」

 

 そう言ってから立香は一旦部屋に戻ると、ベッドの上などに投げ出されていた魔術解説書や遥から借りていた携帯ゲーム機などを纏めて机のうえに置いた。高校卒業後の男性の部屋としては平均以上には片付いている立香の部屋ではあるが、しかしそれでも多少散らかるのは否めない。

 再度部屋が散らかっていないか確認して部屋から出てマシュと合流し、ふたりは英霊召喚システムが敷設されている部屋に向かっていく。マシュに付いてきたらしいフォウが立香の頭に乗ってきたが、立香は特に咎め立てしなかった。

 ふたりの間で交わされているのは他愛のない、どこにでもありそうな普通の会話。主にマシュからの問いに立香が答える形ではあったが、それは立香にとっても現状を考えずに済む時間であった。立香は嘗ての己の生活に思いを馳せ、マシュからの問いに答える。

 立香にとっては至って普通のことであっても、マシュにとってそれは本などで読んだだけの全く未知の世界であった。マシュはカルデアで生まれ育ったが故に外の世界を知らないのである。立香はそれが分かっているからこそ、自らがマシュに問いを投げることはしなかった。

 だが問いとは無限に存在せず、果てがあるものである。半ば自然な流れでふたりの話題は立香の身体のことへと向かっていた。

 

「ところで、先輩……御身体の方はもう大丈夫なんですか?」

「うん。魔力はもう十分回復したし、魔術回路ももう問題ないよ」

 

 変異特異点βから戻ってきた直後は魔力が殆ど枯渇し、魔術回路もかなり酷使した影響で焼き切れる寸前であったがどちらも少し休めば元に戻るものである。特に前者はカルデアからの供給分があるため回復が早い。

 検査結果上においても立香の身体には何ら異常はなく、特異点攻略前とほとんど同じに戻っている。異なっている点を挙げるとすればやはり変色してしまった末端と毛髪だけであろう。

 回復をアピールするかのようにわざとらしく腕を動かす立香にマシュはまだ何かを言おうとしたが、しかしその口から言葉が滑り出ることはなかった。立香は一度平気と言ったのならその言葉を曲げることはない。それはカルデアでマシュが最もよく分かっていることだ。

 どこか気まずくなってしまった空気。まるでそれをなんとかしろとでも言うかのようにフォウが立香の頭を叩くと、それに応えて立香は何とか明るい話題を絞り出した。

 

「そういえばさ、マシュって料理はできるの?」

「料理……ですか? お恥ずかしながら、私、一度もしたことがなくて……先輩はどうですか?」

「オレ? オレは多少はできるけど、遥とかエミヤみたいに凝ったのはできないよ。せいぜいカレーとかうどんくらいが関の山かな」

「ウドン……日本の伝統料理ですね。写真は見たことはありますが……」

 

 どうやらうどんの現物を見たことが無いらしいマシュであったが、それも致し方ないことであろう。マシュは立香や遥のように外からカルデアから来たのではなくカルデアで生まれ育ったのだから。加えてカルデアに日本人はサーヴァントを除けば立香と遥しかいないのだから、見たことがないのが当然だ。

 そもそもマシュはカルデアから外に出たことがないのである。レイシフトによって特異点に赴くまでマシュはこのカルデアという狭い世界の中で16年を暮らしてきたのだ。カルデアに来るまでは至って普通の生活を送ってきた立香にとってそれは想像すら及ばない領域にあるものであった。

 その話を聞いて大半の人間が抱くのはマシュへの憐憫や同情であろう。だが立香はそれらの感情が全く無意味であるどころかマシュ・キリエライトという少女を貶めるものであることを知っていた。同情などは結局、自分が善人であると錯覚するためのものでしかない。それよりも立香が強く思ったのは願望に近い感情であった。

 いつかマシュと共に立香が見てきた世界やまだ見たことのない世界を見てみたい、という。しかし立香はそれを口にすることはなかった。代わりに口にしたのは取り留めもない、他愛のない会話。そうしているうちにふたりは召喚システムが設置されている部屋に到着した。中には既にマシュの盾が設置されており、壁の不思議な文様には魔力の輝きが宿っている。立香はパーカーのポケットから聖晶石を3つ取り出すと、手慣れた動きでそれを盾に並べた。

 

「さ、始めようか」

 

 立香がそう言うと、マシュがシステムの主電源を入れた。マシュの盾を基点として敷設された召喚陣に魔力が流れ込み、最大出力で稼働を始めた電力を魔力に変換する装置が低く唸りをあげる。

 変異特異点βではかなりの数のサーヴァントと遭遇したため、今の立香はその分多くの英霊を召喚できる状態にある。例えばコノートの女王メイヴやトロイア戦争の大英雄にして九偉人のひとりたるヘクトールが強力な英霊だが、立香は特に誰かを欲している訳ではなかった。共に戦ってくれる英霊であるなら立香にとっては感謝しかない。

 盾の前に立香が立ったことでシステムがマスターの存在とその魔術回路を認証し、僅かに盾が光を帯びた。英霊召喚システム〝フェイト〟。魔術と科学において最先端を往くカルデアの技術の粋を結集して作成されたシステムが動き始めたのだ。術式に魔力が通されたことでマシュの盾から英霊召喚の召喚陣が浮かび上がる。

 それを確認すると立香は右手を身体の前に掲げ、全身の魔術回路を駆動させ始めた。前回の召喚とは異なり、今回はマシュがシステムを起動させたため自ら式句を紡ぐ必要はない。立香から流れ込む魔力に反応したシステムが勝手に術式を動かし、盾を中心にして魔力の暴風が吹き荒れる。

 術式の進行と魔力の高まりに呼応した3つの聖晶石が砕け、内部に秘められていたエーテルが召喚陣の上で三重の円環を成した。さらに回転するエーテルが異様な高まりを見せたことで虹色に輝くエーテルが漏れ出し、立香の魔術回路から引っ張られる魔力が倍増しになる。だが最早その程度の異物感など立香にとっては慣れたものだ。

 今までのカルデアでの英霊召喚の例から虹色のエーテルが漏れ出した時は相当に高位の英霊が呼び出されると立香は知っていた。だが誰が来るのかを立香が考える前に魔力とエーテルの突風が一際強まり、膨れ上がった光が立香とマシュの視界を塗り潰した。それも一瞬のことで、次にふたりの視界が正常に戻った時には既に立香の召喚に応じた英霊がふたりの眼前に立っていた。その姿を見て立香が息を呑む。

 身長は立香よりも10センチメートルほど低い。まるで金を溶かし込んだかのように流麗な金髪が未だ残る風に吹かれてそよぎ、その下のある翡翠色の瞳は真っ直ぐに立香を射抜いている。全身を覆う蒼銀の鎧には精霊文字が刻まれ、それが人よりも高位の存在によって鋳造されたものであることを知らしめている。何より視線を引くのは携えた大剣だ。刀身が黄金に輝く大剣は膨大な魔力だけではないただならぬ何かを放っていた。

 立香はその姿を見たことがあった。忘れる筈もない。変異特異点βに存在したオガワハイムの最上階にて荒耶によって霊基を歪曲され、月下美人として召喚された英霊。真名―――〝アルトリア・ペンドラゴン〟。

 

「サーヴァント・セイバー。召喚に応じ参上しました。

 至らぬ我が身ではありますが、どうか、我が剣を貴方を共に」




「小林ぃぃぃぃぃぃぃッ!!」って書いた方が良いんですかね……?
 以前に行ったアンケを参考に月下美人、もとい反転前アルトリアは〝アル〟と呼称することにします。ステータスは活動報告の方にありますので、気になる方はどうぞ。ちなみにアルはアルトリアのひとりですが、アル≠SNセイバーなので悪しからず。

 本編に全く関係ない設定を考えましたので、一応載せます。

夜桜 遥
得意教科:理系教科全般
得意なゲームジャンル:音ゲー、格ゲー
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