Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第39話 逃れ得ぬ過去(きおく)

 遥たちが大海魔を討伐すべく未遠川にて戦っているのと同刻。危険を察知していながら非日常を求めて野次馬根性を発揮したで人々が集合しつつある新都の街の一角で異様な影が蠢いていた。

 滅多に人々が入り込むことはない裏路地の最奥。摩天楼の影が折り重なり一寸先さえも見えないほどの闇の中にあって、明確に認識できるほどの濃密な闇があった。いや、果たしてそれは闇と言って良いものなのか。

 その闇が発しているのは何かに対する強い憎悪に濡れた低い唸り声。それに合わせて聞こえてくる何かがぶつかり合う甲高い音。或いはそれは今にも動き出しそうな身体を無理矢理に抑え込んでいるようですらあった。

 常ならば可視化されるほど強い眼光を放つ眼はまるで電源の切れた機械のようにその威圧を失い、完全に停止しているようですらあった。しかし身体の微細な動きを見ればそれが何か外部からの力によって抑え込まれていることがわかるだろう。

 不意に空を覆う雲が裂け、月光がその闇だったものに降り注ぐ。そうして見えたのは無数の傷を戦化粧として武勇を謳う、アメジストのように優美な色をした全身鎧。しかしその全身は異様な霧によって輪郭が不可視となっている。

 それだけ見えれば最早疑うまでもないであろう。そこにいたのは先のアサシンの作戦によってマスターを失い、消滅する運命にあった筈のバーサーカーであった。だがバーサーカーは動きを停止させてはいるものの、決して消えるような気配はない。

 しかし雁夜はアサシンによって右手ごとマスター権を奪われた後に病院に運び込まれ、現在は集中治療室にて治療を受けている最中である。それはつまり、現在のバーサーカーのマスターは雁夜ではないということだ。

 そもそもとして雁夜には切り離された右手を回収するだけの余力も令呪を回収して再び自らに刻み付けるだけの魔術の素養もない。つまり、バーサーカーの現在のマスターは雁夜ではなく、切り飛ばされた雁夜の右手を回収した何者かであった。

 

「Arrrrrrrrrrrr……」

 

 低くバーサーカーが声、というよりは鳴き声に近い音を漏らす。それは相対した者全てに憎悪によって駆動する機械人形めいた印象を与えていた今までのそれとはどこか雰囲気が異なる、まるで何かを希うかのような声音であった。

 或いはそれは令呪の拘束力によって行動を封じられているが故に狂化が弱まっているからなのかも知れない。『狂戦士(バーサーカー)』として召喚された彼にとって、本来その気配は怨敵のものでしかない。

 バーサーカーが近くに感じているのは生前仕え、そして裏切ってしまった主の気配。けれどそれを感じてはいてもバーサーカーはその気配に近づくことはできない。バーサーカーとして召喚されているが故に対魔力を大幅にランクダウンさせている彼にとって、令呪の効力は如何ともし難いものであった。

 バーサーカーがこのような場所に身を潜めているのは何も衆目から逃れるためだけではない。そもそもバーサーカーとて彼のマスターにとっては使い捨ての道具、消耗品でしかない。よもや消耗品を隠すためだけに厳重に隠しておく者はいまい。故にバーサーカーがこの場にいるのはもっと別な目的のためだ。

 そうしてバーサーカーが路地裏に身を潜めてしばらく、不意に彼の耳朶を空気を裂く甲高い音が貫いた。その発生源である上空を見上げれば、そこにあったのはまさしく〝船〟とでも言うべきものであった。黄金の船体とその底面にはめ込まれた巨大極まるエメラルドが目を惹く。見たこともない宝具。だがそれ故に、バーサーカーは本能的にそれの主を悟った。

 その宝具の真名は〝天翔る王の御座(ヴィマーナ)〟。本来はインド神話において語られる空飛ぶ船であるが、しかしこの聖杯戦争においてはイレギュラーも含めたとしてもインドに由来を持つ英霊は存在しない。であればその宝具を有する英霊に該当する者はひとりしかいまい。

 メソポタミア文明において語られた叙事詩において原初の王とされる英雄にして人理を裁定する絶対者。此度の聖杯戦争においては『弓兵(アーチャー)』として召喚された大英雄ギルガメッシュ。バーサーカーがその姿を視認したと同時、その傍らに何かが現れた。人間ではない、まるで蟲が蟠っているような何か。それが紅い輝きを帯びる。

 

「……第二の令呪を以て命ずる。バーサーカー。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 令呪による強権を行使したことで蟲の塊の中で紅い輝きが弾けた。そうして魔法の真似事すらも可能とするほどの魔力は無類の強制力を以てバーサーカーの内へと流れ込み、その意識をマスターの命じた通りに改竄する。

 狂化による狂気と闘争本能のために赤熱し、最早全てのものが意味を失ったバーサーカーの視界。その中にあって先にみた光景だけがバーサーカーの瞼に焼き付いて離れない。

 空を駆ける黄金に輝く船にある玉座に座る()()()()。まるで金を溶かし込んだかのような優美にして勇壮極まる髪と確かな意思と絶対的な自信、そして信念を湛えた紅玉の瞳は()()使()()()()()()()()()()。それが今のバーサーカーにとっての現実であり、彼にとってはそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 無論、バーサーカーの抱く認識は令呪によって改竄されたものに他ならない。数瞬前までは正確に認識し、そして記憶していた筈の意識までもマスターの意のままに改変するというのは、令呪がいかに強力な魔術であるかを示す証左であろう。それはそもそもバーサーカーが狂化によって自己認識すらも曖昧であるからなのかも知れないが。

 令呪によって送り込まれた魔力がバーサーカーの持つスキル〝魔力逆流〟によって四肢に充填される。異常なほどの量の魔力を充填された筋肉が負担に耐え切れずに弾け、鮮血が噴き出す。しかしバーサーカーは更に四肢が崩壊するのも構わず、さらに魔力を全身に循環させる。

 

「Aaaaaa――Arrrrrrthurrrrrrrrrr―――!!!」

 

 狂える獣の咆哮が摩天楼に木霊する。天地が鳴動するほどのその咆哮の直後、濃紫の閃光が一直線に黄金の船に向けて駆けた。

 

 

 

 大海魔の放つ魔力によって濃密な霧が満たす未遠川の水面に黄金の閃光が瞬き、その度に大海魔の足が何本も血の飛沫をあげてながら切り離され、宙を舞う。大海魔はそれに抵抗して触手で遥を絡め取らんとするもそうして伸ばした触手は遥に届く前に斬り飛ばされ、遥かに届くことはない。

 まさしく鬼神の如き活躍であった。遥が斬り飛ばした触手の本数は100本を下るまい。それだけの数の触手を斬るだけ戦っていながら遥の息は全く上がっていなかった。異常な体力量である。しかし遥だけではなくセイバーとライダー、エミヤからも攻撃を受けていながら大海魔には一切の損傷がなかった。

 それは何も傷を受けたという過去を帳消しにしているだとか、そういった魔術や魔法のような現象ではない。ただ単純な再生能力が並みはずれているが故に大海魔はいかなる損傷であろうと瞬く間に回復してしまうのだ。恐らく大海魔はその巨体に反して体構造はアメーバなどの原始的な単細胞生物程度のものでしかないのだろう。

 つまりどれだけ遥やセイバーが触手を切り落とそうと完全な無駄ということである。それは精々自衛程度の行為でしかなく、大海魔には何のダメージもない。故に大海魔は遥たちを攻撃はするものの、新都方面への進撃を止めないのだ。

 現状戦力で唯一キャスターを直接攻撃できるエミヤのことは流石に警戒しているらしく、粘液に光る肉の塊から湧き出した無数の眼がエミヤに向けられている。エミヤが放った矢はその眼を以て捉えられ、海魔は常にその矢を防ぎうるだけの肉でキャスターを守っている。

 大海魔と戦う4人は人間という尺度で見れば非常に強力な戦士だ。まさしく一騎当千と言うに相応しいであろう。だが大海魔は人間よりも強力かつ巨大な存在であって、人間の尺度などというものは当てはまらない。いかに屈強な戦士でさえ、大海魔にとっては羽虫にも等しい。

 羽虫にどれだけ刺されようが人間がそう簡単には死に至らないように、大海魔にどれだけ攻撃しようが簡単にダメージにはならない。実際、どれだけ攻撃しても回復してしまうために遥たちは全くと言って良いほど大海魔にダメージを与えることができていなかった。

 加えて大海魔はこの世界ではなく異界から招来された存在、謂わば異界生命体(フォーリナー)とでも言うべき異形生命である。そのためこの世界の法則が適用されず、神秘の塊となっている。火力だけで言えば戦略爆撃機やら核爆弾で事足りるのだが、実際はそれを使っても消し飛ぶのは冬木市と遥だけで大海魔とサーヴァントは残るだろう。

 そもそも近代兵器など遥たちには使うことすらもできないのだが。長時間戦闘のためか思考回路に割り込むことが多くなった雑念を頭を振って落とし、迫る触手を一息で斬り飛ばす。しかしその触手も瞬く間に再生してしまう。それを見て、遥は最早笑うしかないとばかりに薄い笑みを見せた。

 

「デカいうえに無限再生も可能とか、反則(チート)すぎだろ……」

 

 無限再生が可能という点で言えば遥も同じではあるが、遥と大海魔とでは大きさが異なる。そもそも今の遥が脳や心臓を一撃で潰されれば再生できずに絶命するのに対し、大海魔には脳や心臓に当たる器官はない。十把一絡げに考えるのは間違いというものであろう。

 だがそれでも大海魔が弱点のない存在であるのかと問われればそうではなく、ある種大海魔の心臓とも言えるシャドウ・サーヴァントたるキャスターがそれに当たる。現時点ではキャスターの宝具以外に魔力供給手段がない大海魔はキャスターさえ斃してしまえば存在を維持できなくなり、元の世界に帰るだろう。

 しかしキャスターを狙うと言葉で言うのは簡単だが、実際に遂行するのは困難だ。エミヤが狙撃しても撃った宝具の矢はその神秘を阻むだけの肉の壁で防がれ、ライダーは飛行はできても無数の触手に阻まれて接近すらままならない。遥やセイバーは接近は可能だが登ろうと肉の壁に乗った時には食べられるのが落ちだ。

 それでもそれ以外に方法がないのもまた事実である。大海魔と戦いつつも何とか叢雲やエクスカリバーを使えないか思案していた遥であるが、しかしその努力も虚しく市街地を巻き込まずに使う方法は見つかっていない。

 この世界は特異点であるのだから市街ひとつを消し炭にしようと修復さえ成してしまえば元通りになるのかも知れないが、遥はそれをしたくはなかった。特異点だからと修復した程度で戻るほど人命は簡単なものではない。

 それ以前に人類を救わんとするカルデアが自ら進んで一般人を巻き込んでしまっては大義を見失うというものであろう。遥がそうして攻略策を思案していると、それを遮るように爆音が鳴り響いた。

 唐突な神秘の解放に大気が鳴動し、それを受けた遥が反射的にそちらを振り返った。彼我の距離は精々数百メートル程度。未遠川のさらに下流の上空に浮かんでいたのは、黒く歪んだ魔力に侵された黄金の船。

 

「あれは、アーチャーと……バーサーカー……!」

 

 遥の視線の先では今も無限にすら思えるほどの宝具が黄金の波紋より出で、絶え間なくバーサーカーへと降り注いでいる。だがその宝具の雨はバーサーカーを掠めることもなく全てバーサーカーが握った簒奪宝具によって打ち落とされる。この状況にあって慢心を捨てきれないアーチャーの攻撃は怒れる獣の前にあって全くの無力であった。

 それも当然であろう。アーチャーは無限の財は有してはいても、他の英霊が有するような〝究極の一〟を持たない。恐らくは恃みにする宝具もあるのだろうが、それでもアーチャーには何も極めたものがないのだ。対してバーサーカーはひとつの乱世において無双を誇るにまで至った武人。その差は歴然というものであろう。

 だが遥はそう冷静に判断を下すと共にバーサーカーの異常にも気付いていた。いくらバーサーカーが狂化によって理性を失っているとはいえ、明らかにバーサーカーの攻撃が苛烈に過ぎる。身に秘めた全ての武錬を解き放ってアーチャーを追い詰めるその姿は獣と言うよりもむしろ、怨敵を目前にした復讐者のようですらあった。

 以前見た時よりも苛烈にアーチャーを攻め立てるバーサーカーの姿が記録映像で見たアルトリアと戦闘するオルレアンに召喚されたランスロットのそれと重なる。それだけで遥はバーサーカーがアーチャーをアルトリアと誤認させられていることを悟った。

 それは何も不可能な話ではない。他のサーヴァントのように理性と自己認識を確固たるものにしているならばともかく、バーサーカーは狂化によって理性を失っている。理性を失っている英霊の認識力と記憶を改竄するなど、令呪の魔力の前では赤子の手をひねるようなものだ。

 何にせよ、慢心を捨てきれないままではアーチャーは間違いなくバーサーカーに敗北する。だが遥にはアーチャーを助ける気もなければ、またその余裕もなかった。そもそも、遥は自分を殺すと言った相手を助けるほどお人好しでも酔狂でもない。遥は何の感慨もなくアーチャーの敗北を受け入れると、大海魔に注意を戻した。

 無数の触手を伸ばし、我が物顔で未遠川を占拠する大海魔。触手を斬り飛ばしながら水上を駆ける遥の視線の先で、セイバーが触手に絡め取られた。

 

「ぐっ……このっ……!」

「セイバー!」

 

 遥が叢雲の刀身に魔力を込めて振るい、黄金の魔力斬撃が飛翔する。それはセイバーの四肢を絡め取った触手に向けて一直線に、進路上に存在する全ての触手を寸断しながら駆けた。

 なおも大海魔は周囲をうろつく羽虫を拘束せんと触手を伸ばすも、それらは黄金の軌跡が閃く度に細切れに裁断されて肉片が宙を舞う。しかし触手の間を掻い潜って本体へと届いた斬撃は奥にいるキャスターまで届くことなく消えてしまう。

 大海魔は攻撃力という点においては少なくとも遥たちに劣る。いかな異界の生物とはいえ、その内に秘めた神秘の総量は神造兵装や英霊に及ぶものではない。故に真に脅威であるのはその図体が齎す防御力と恐ろしいほどの生命力であった。

 触手を斬り飛ばしても瞬時に再生し、脳天に向けて魔力斬撃を飛ばしても抉る間にも回復するため見た目よりも分厚い肉壁となってそれを阻む。それを貫くことができるとすれば、やはり真名解放クラスの火力しかあるまい。

 或いは遥の固有結界に隔離さえすれば消滅させることができるのかも知れないが、それには時間がかかるうえに大海魔が消滅する前に遥が潰されて終わるだろう。そもそも遥としては固有結界は虎の子として温存しておきたいものであった。固有結界を使うには早すぎる。

 

「あぁ、クソが。本当に面倒くせぇ……!」

 

 隠し切れない怒りの言葉を吐き出すと同時に叢雲を振るい、さらに触手を斬り飛ばす。そうしてそれに続けて再生しようとする触手に向けて煉獄の焔を放つと、その触手が激しく燃え始めた。やはり遥の焔の作用は通用するらしい。海魔が異界の邪神をその由来とするためであろう。

 まるでヘラクレスに首を焼かれて再生能力を失ったヒュドラのように遥の焔によって再生を阻まれている海魔の触手に飛び乗り、さらに跳躍する。その動きだけで大海魔は遥の意図を悟ったらしく、多くの触手を遥に向けて伸ばしてきた。

 迫る無数の触手。足元の触手もまた遥を振るい落とさんと激しくのたうち回るも、遥は巧みな身体捌きでバランスを取ることで触手のうえに身体を固定していた。続けて固有結界から引き出した焔を叢雲の刀身に纏わせ、迫ってきた触手の全てを切断する。

 そうして遥は切り落とした触手を飛び移って大海魔の中枢に接近しようとするがしかし、それを察知した海魔は自らその触手を根本から捻じ切ることでそれに対処した。さしもの遥とてそれには対応できず、空中に投げ出される。

 空中に投げ出されたがために自由の利かなくなった遥を捉えようと大海魔の触手が伸びる。だがそれが遥へと届く前に遥の目の前に白刃が閃き、背中が何かに叩きつけられた。同時に遥の耳朶を打つ野太い声。

 

「おう、危ないところであったなぁ」

「ライダー……! すまない、助かった」

 

 遥を助けたライダーはなおも諦めずに伸ばされる大海魔の触手をキュプリオトの剣で斬り払うと一時撤退とばかりに大海魔から距離を取った。取り敢えず身に迫り続けていた脅威が去ったことで遥の緊張が緩み、遥が大きな溜息を吐いて寝転がる。

 だが脱力はしていても完全に気を抜くことはなく、戦車(チャリオット)に寝転がりながらも遥は自分の状態を分析していた。計4騎のサーヴァントの戦闘のための魔力を賄いながら遥自身も戦っているが、魔力量にはまだかなりの余裕がある。そもそも遥の魔力はカルデアのバックアップがある限りは実質的に殆ど無尽蔵と言ってもいい。こういう時ばかりは遥は自分の血が有難かった。

 しかし魔力に問題はなくとも身体の問題はある。人の領分を越えた人外の力を行使していることで遥の人間の部分が悲鳴をあげている。元より遥に人間の部分などあまりないのだが、それでも無視できるものではない。その人間の領域までもを分霊に同調させていることで、遥は少しずつ混血ですらなくなっていく。有り体に言えば自分の血に〝浸食〟されているのだ。

 その浸食もある程度なら魔術で何とかなるが、度を越してしまえば遥の魔術でも止められない。遥の血に含まれる人外の要素はどんな魔術よりも巨大な神秘を有する。夜桜伝来の魔術で抑え込むことができているのさえ奇跡のようなものなのだ。つまりは、遥の戦闘継続可能時間は残り少ない。

 

「なぁ、ライダー。アンタの宝具で何か決定打になりそうな奴はあるか?」

「……ないな。余が真に恃みとする宝具も相性が悪い。せいぜい足止めが関の山といったところか」

 

 ライダーの言う真の恃みとは遥どころか彼のマスターであるウェイバーにすら未だ明かしていない宝具〝王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)〟のことである。ライダーの臣下たちを召喚してその総魔力を動員し、固有結界を展開するこの宝具は非常に強力だ。あくまでも対人と対軍相手では。

 どれだけ多くの軍勢を召喚しようと、ひとつひとつの戦力が余程強力でもない限りは大海魔を斃すことはできない。そもそもとしてライダーが招来した英霊たちはEランク相当の単独行動スキルと自前の魔力だけで行動しているのだから、どれだけ強力な宝具を持っていようと発動は不可能だ。

 ライダーが言う足止めというのも数分が限度だ。王の軍勢はライダーひとりの魔力で発動しているのではなく、彼の軍勢全員によって支えられている。つまりライダーは健在でも兵士たちが斃されてしまえば自動で解除される。それではどれだけ持ちこたえようと数分が限度というものである。

 セイバーによって触手を断ち切られ、アーチャーの投影宝具による壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)によって肉を抉られる大海魔の悲鳴が轟く。ほとんど同時、そんな中でも聞こえるほど派手な溜息を遥が吐いた。乱暴に頭を掻き、舌打ちをする。

 

「……仕方ねぇ。一か八か、賭けに出るか」

「ほう。賭けとな?」

 

 遥はライダーの言葉に頷くと、簡潔にその内容を伝えた。遥によって語られたその賭けにライダーは一瞬だけ驚愕の声を漏らすが、その表情は声とは裏腹にひどく英雄然とした勇猛なものであった。

 遥が提案した賭けはひどく単純で、それ故にこれ以上ないというほどに危険なものであった。賭けに勝つことができる確率はごく僅か。少しでも機を見誤れば無駄死にする可能性もある。むしろその方が確立が高い。

 大海魔から距離を取って旋回していた戦車がその進行方向を大海魔へと向けた。さらに戦車に寝転がっていた遥はその御車台の端に片足を掛け、叢雲を構える。続けて遥は全身の魔術回路を限界まで励起させると、生み出される魔力の全てを叢雲へと注ぎ込んだ。

 担い手の意思を受け、叢雲がその刀身を赫と輝かせる。大海魔はその輝きに何かただならぬものを感じたのか遥を戦車ごと叩き落とそうと触手を伸ばすが、それらはライダーのキュプリオトの剣や神牛の蹄によって蹴散らされる。

 眼下に見えるのは大海魔の脳天。一瞥するだけで怖気がするほど醜悪なそれを前に、遥が大きく息を吐いた。その時、遥がしようとしていることを察したのかエミヤが念話を飛ばしてくる。

 

『まさか……何をする気だ、マスター!!!』

『言わなくても分かってるだろ? ――大丈夫。賭け()()勝つさ』

 

 遥はそれだけ言うとエミヤの制止を振り切り、戦車の御車台から身を躍らせた。そのまま重力に従って大海魔に向けて落ちていく遥の身体。これ幸いとばかりに大海魔は脳天に巨大な顎を生み出し、さらには性懲りもなく触手を伸ばしてくる。

 遥は迫ってくるそれらの動きを完全に見切ると、魔術回路に流れる魔力を全身に刻まれている魔術刻印に通した。起動させたのは夜桜家伝来の封印魔術。それによって周囲の空間を固定化し、空中に展開した魔法陣を蹴って回避する。

 続けて閃く黄金の剣閃。遥に向けて伸ばされた触手は全て遥の身体を掠めることもなく半ばから断ち切られ、悪臭を放つ体液が空中にぶちまけられる。だが海魔の体液は遥に降り注ぐより先に遥が身体から放出する焔によって蒸発せしめられる。

 魔術によって体勢を調整しつつ、掌を叢雲の切っ先に据える。その眼が見据えるのは大海魔の脳天、その中心。さらに遥が放出する黄金に可視化されるほどの魔力が嵐の如き暴風を巻き起こし、その魔力は刀身に収束して巨大な刀の形を取った。そうして遥は半ば無意識のうちに口上を口にする。

 

「其は星の聖剣。人を救い、(せかい)を救う、救済の剣―――!!!」

 

 その口上に応えるように神剣が更に輝きを増し、光の大剣の密度が増す。魔術回路に限界以上の魔力が流れることで全身の至る所から悲鳴があがるが、遥はその激痛を無理矢理に意識から締め出した。痛みには慣れている。

 そのうえで遥はさらに叢雲に魔力を流していく。締め出してもその堰を乗り越えて漏れ出してくる激痛が遥の意識を白く染め上げる。さらには遥の遺伝子までもが叢雲に同調し、圧倒的な情報量の前に魂が軋みをあげた。

 流れ込んでくる記憶と経験によって罅割れる遥の記憶と自我。しかしそうして吹き飛んだ『夜桜遥』は彼の起源である『不朽』の効力によって形を取り戻し、元の場所に収まった。内部から圧迫してくるものに対処するべく、遥の魂が僅かに歪む。

 分霊との同調が一時的に限界を超えることで遥の自我から不要(ひつよう)なものが消え、代わりに必要(ふよう)なものが入り込んでくる。思考と感性が最適化され、知らなかった筈の知識が一瞬にして熟知した内容へと変わる。それは遥にとって〝人間からの逸脱〟に等しい。

 眼前の大海魔は自ら飛び込んでくる獲物を歓待せんとばかりにその口を広げた。しかしその獲物は金色の流星となり、大海魔を屠り得る牙を既に研ぎ終えていた。

 

 

「―――〝諸人が求めし救済の聖剣(アマノムラクモノツルギ)〟!!!」

 

 

 刺突と共に解放される黄金の極光。それは瞬く間に大海魔を一息で呑み込むほどの光の柱としてその場に顕現し、大海魔は断末魔の叫びすらあげる暇も与えられずにそれに呑み込まれた。

 当然、叢雲から放たれた極光の柱は大海魔の奥底にてその心臓の代わりを果たしていたシャドウ・キャスターにまで届く。彼が信じていた神が与える祝福の光にも似た輝きに、理性なき魔術師が呻き声をあげながら手を伸ばす。

 それがセイバーの有する星の聖剣より放たれたものであれば極光が彼の身体を消し炭にするまでにまだ幾ばくかの猶予があっただろう。だが実際に放たれたのは星の聖剣ではなく、星の意思(ガイア)の具現たる神の剣。その熱量は星の聖剣の比ではない。

 大海魔の頭を潰した極光はすぐにキャスターまでもを呑み込み、今度こそその意思と身体を完全に粉砕した。キャスターが視認した祝福の光は彼に救いどころか悟りも後悔も抱かせることを許さず、その身体の一切を灰すらも残さずに彼方へと葬り去った。

 巨大な質量とエネルギーをぶつけられたことで河面で巨大な波が発生し、それは津波の如き偉容を以て川岸に届く。それでも幸いというべきか一般人たちは遥の極光を見た時点で逃げ出しており、アイリたちはタマモが黒天洞で守っている。周囲に被害はない。

 

―――故に、最も被害が大きいのは遥自身だった。

 

「――ァ――グゥ――ァアァ――アァ――!」

 

 まるで首を絞めつけられた鵞鳥のような声を漏らして河面で遥がのたうち回る。最早痛みに対する慣れなどというものは意味を為していなかった。強烈な不快感が魂を犯し、世界に存在を否定されるかの如き苦痛が総身に居座る。

 確かに遥は賭けには勝った。だが遥に返ってくるものは掛け金に見合った報酬などではなく、『不朽』であるが故の苦痛だ。それを覚悟したうえで遥は賭けに出たのだが、だからといって返ってきたものに耐えきれることとは話が違う。

 遥の眼が真紅に明滅する。知らない筈の記憶が脳裏で確かな実感を以て展開される。それは決して自己の変革ではなく、他者からの浸食だ。何か()()()()()()()()()()()()がその在り様を無視して遥とさらなる同化を果たそうとしている。

 その様子を見て余人は言うだろう。何故それが分かっていたそうしたのか、と。何故する必要があったのか、と。だが遥にとってそれは最悪の愚問だ。遥にとってそれは自分がしなくてはならないことで、自分の代わりにできる者がいなかった。ただ、それだけ。

 

――知らない……! 知らない知らない知らない! こんなの、『俺』じゃない……!

 

 幾つもの山と河を跨いでもなお余りある巨体を有する邪竜との戦闘も、日本人らしからぬ銀髪の女との睦み合いも、最愛の姉と吐き気がするほど嫌いだった兄からの裏切りも、遥の記憶ではない。

 それなのに、勝手に脳裏で再生されるそれらは異様なほどの実感を伴って遥の自我を叩く。他人の記憶が魂を押し割り、勝手に流れ込んでくる。或いは遥はそれを受け入れた方が楽なのかも知れない。しかし遥にはそれを受け入れることができなかった。できる訳がなかった。

 何故ならその記憶は何であれその記憶の主の家族に関わることであったからに他ならない。そこに込められたものが憎悪であれ、怒りであれ、愛であれ。幼い時分に家族を失っているが故に知らないものを他人から受け渡されたもので知るなど断じて容認できるものではない。

 付近で主を失った黄金の船が落水し、巨大な波が遥を押し流す。その波によって運よく河川敷まで流された遥にエミヤやタマモたちが駆け寄ってくるが、遥には彼らに反応を返すだけの余裕がなかった。しかしタマモの顔が視界に入った瞬間だけ、遥の口から言葉が漏れる。

 

「やっ、たよ……」

 

 その言葉を最後に、遥の意識は闇に堕ちた。




 小林生存ルート。
 人間と巨大怪獣の戦い方が分からず、この話を書いているうちにZero編最終話の全部と次章第1話の前半が書きあがるという。次章予告を活動報告に投稿しますので、楽しみにしていただければ幸いです。
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