Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
自らの故国のために奮起した連合ローマ兵の間を『
あまりに一方的な戦闘だった。蹂躙と言い換えても良いかも知れない。だがそれも当然のことで、いくら
圧倒的な武威を持つ個による蹂躙。殲滅戦とも言える状況を前に、ローマ軍を率いる将であるネロ・クラウディウスは半ば茫然としていた。戦闘を前にして忘我に陥るなど将として、それ以前に皇帝としてあるまじき行動だが、致し方ないことではある。友軍などいない現在のローマに彼女らに助太刀をする者たちが現れたのだから。
しかし、果たして彼らを友軍として判断して良いものなのか。ネロにはその判断材料と成りえるものがなかった。何せローマにおいてネロに味方する戦力は微々たるものであるのだから。彼女の目の前で敵軍を圧倒する槍兵のような圧倒的な個もるにはいるが、絶対数そのものがまず少ないのだ。仮に槍兵がその槍をネロ達にまで向ければ、ネロ達は瞬く間に全滅するだろう。ネロは聡明であるが故に、誰よりも強くその可能性を感じていた。
味方であれば万軍に比する希望となろう。それは同時に、敵であれば最悪の絶望であることを意味する。見れば、右翼側の部隊が戦っていた勝利の女王の軍もまた槍兵と同じような強力な個に蹂躙されつつあった。
戦況は昏迷を極めている。そんな中で下手に指示を出せば味方を危機に落とすだけだ。そう判断してネロが兵達に向き直ろうとした時、傍らに将校のひとりが歩み寄ってきた。将校はネロの前で恭しく礼を取り、口を開く。
「申し上げます。陛下に謁見を希望する者たちが現れたのですが、いかがされますか?」
「謁見だと? 一体何者だ、其奴は?」
「はっ。何でも、そこで暴れている槍兵の主と仲間とのことですが……」
将校の答えを聞き、ネロが息を呑む。彼女は槍兵が単独で突入してきたとは全く思っていなかったが、よもやその主君が直接接触をしてくるとは思っていなかったのだ。いや、より正確に言うならばその可能性を排除していた。いくら一国の正規軍とはいえ、今や最小勢力になっているネロたちに取り入っても旨味はないのだから。
余談だが。本来、ネロ・クラウディウスという皇帝はこれほど警戒心の強い少女ではない。だが彼女は傲慢でナルシストであっても楽天主義者でもない。彼女が身命を捧げるローマが危機に瀕している現状が彼女をこのようにしているのだ。
逡巡は一瞬だった。ネロは将校に来客を連れてくるように指示し、将校はその指示通りに来客を連れてくる。そうして連れてこられた者たちを見て、ネロが一瞬だけ顔を綻ばせる。というのも、連れてこられた来訪者――立香たちはネロの眼鏡に適うだけの華やかさのようなものを備えていたのだ。
対する立香はネロの前で手慣れた動作で膝を突き、礼を取って見せた。だが内心では表情とは裏腹に冷や汗を大量に流している。それでもそれが一見表に出ていないのは、高校時代に度々演劇部に助太刀として呼ばれていた立香の面目躍如であろう。無論、今にも恥部が見えてしまいそうなネロの恰好についても必死に見て見ぬふりをしている。
そんな立香の演技を見破っているのか否かは余人には分からない。しかしネロは立香が信用に値する人間であると見抜いたらしく、纏っていた剣呑な気配が消える。
「初めまして、ネロ・クラウディウス皇帝陛下。オレは藤丸立香。カルデアという組織に所属する……魔術師、です。多分」
「カルデアに、フジマルリツカ……聞いたことのない組織に聞きなれぬ響きの名だが……何はともあれ、助太刀、大儀である」
その言葉に礼を返しながら、立香は周囲の様子を観察する。先程までは立香たちに多少の猜疑を向けてきていたローマ兵たちだが、今はその猜疑心が少々薄まっているようだった。恐らくはローマ軍よりも強力な武力を有していながら礼を崩さないことが良い方向に働いているのだろう。
一見すると立香の行動は打算的でもあるが、立香自身にそのつもりは一切なかった。立香としてはあくまでもレイシフト時に決めた方針に従っているだけに過ぎない。要はタイミングの問題だ。
面を上げることを許され、立香が礼の姿勢を解く。ふとローマの軍勢の向こうに遥たちの戦闘を見れば、遥が相当に本気を出して戦っているらしく、煉獄の焔が噴きあがっていた。天を裂くばかりに立ち昇ったそれを見て、ネロが立香に問う。
「そちらの軍勢と戦っている者も貴様の仲間のようだな。……それで、貴様の目的は何だ? よもや何の目的もなく我々に接近した訳ではあるまい?」
「え、目的? ……オレ達の目的は陛下にこの戦争に勝利して頂くコト。それでは不足ですか?」
立香に
だからこそ、立香にできることは立香たちの目的を下手に隠し立てせずに伝えることだけだ。そもそも後に暴君と称されるとはいえ紛れもない英雄、それも一国を束ねる皇帝に嘘を吐くなど悪手極まる。故に立香の方策はこの場における最適解であった。
立香の言葉を受けたネロは少しの間吟味するようにして立香を見ていたが、やがて納得したように鷹揚に頷いた。だが彼女も完全に立香のことを信じたのではなく、あくまでも立香の言葉が嘘でないと解っただけなのだろう。それでも立香の言葉を受け入れるというのは、ネロの度量を表しているとも言える。
「それにしても……
「そうですか?」
「うむ。慣れぬ立ち振る舞いなどしているようだが、目を見れば解る。シモンとは大違いだ」
そう言うネロの様子は一見するとそれまでとは何も違いがないように見えるが、立香の目にはどこか悲し気に見えた。しかし立香はその人物についてネロに問うことはしない。ネロの様子を見れば、その人物が既にこの世にいないと察するには十分過ぎる。
シモン・マグスとはネロに仕える宮廷魔術師
立香にそんなことを知る由もなく、また無理に知る気も彼にはない。それをネロに問うたところで、ネロは立香にそれを言うまい。そこまで彼らは仲が良くはない。そもそも出会ってすぐに信用しろなどと言える筈もないのだが。
何はともあれ、これでこの時代における最重要人物兼最優先保護対象との接触は完了した。しかし、次はどうするべきか。――サーヴァントと兵からの声が飛んできたのは、正に立香が思考に耽って警戒を解いた瞬間だった。
「――陛下ッ!!」
「マスター、伏せろッ!!」
え――? と、立香が声を漏らす暇もなく、軍神の剣と海神の刀から放たれた魔力が彼らの付近で炸裂した。
時は少し遡る。その血に秘めたる力の一端を今までにないほど引き出した遥と戦闘状態へと移行させた軍神の剣を執るアルテラの戦闘は苛烈を極めていた。共に原初の神造兵装を有し、それを自在に扱うふたりの剣戟はまさしく剣による死合いの極致とも言えるものである。故に傍から見ればふたりの戦闘は殆ど互角であり――実際は、そうではなかった。
遥の攻撃が殆ど効いていない。戦っているうちにわかったことだが、アルテラは神代を由来とするものに対して異様な耐性を有しているらしい。故に神造兵装の武具としての優位性が意味を為さず、血の力を解放した遥の攻撃もまたその威力を単純な物理的エネルギーに頼る他なくなっているのだ。サーヴァントと戦う上で自らに流れる人外の血の力を使っている遥にとって、アルテラは最悪と言える剣士だった。
それは八俣遠呂智を行使したところで同じだろう。神代における最強の龍神を降霊・憑依させるこの宝具は遥にA+ランク相当の神性を与える。アルテラは神代のものに対して強力な耐性を持っているのだから、それでは同じことだ。
後方に跳んでアルテラから距離を取り、二刀を構える遥。黄金に輝くその眼は真っ直ぐにアルテラを射抜き、急な攻撃にも対応できるように油断はしない。いくら神秘の後押しが期待できないとはいえ、西暦60年まで遡ったことで〝先祖返り〟した遥の筋力値はサーヴァントのランクにしてAに匹敵する。つまり、単純な物理干渉力だけでも戦える。そう判断して戦闘を続行しようとする遥の前で、アルテラが口を開く。
「成る程。生身の人間にしては強いと思っていたが……貴様、
「御賢察どうも、セファール。お蔭でどれだけアンタに攻撃しても通らないときたモンだ」
飄々と、しかし苛立たし気に遥がそう言うも、アルテラ自身に自覚がないらしく小さく首を傾げた。遥はその様子を訝しむも、アルテラに嘘を吐いている気配はない。それもその筈で、この『地上のアルテラ』にはセファールとしての記憶がないのだ。
遊星ヴェルバーによって作り出された文明の破壊者たるセファールは一万四千年前に存在していた神性やそれを由来とする神性に対して特効能力を持つ。いくら記憶がないとはいえセファールそのものであるアルテラはその特性を色濃く残しているのである。故に神刀を振るう遥はアルテラとは極めて相性が悪い。
アルテラの脅威はそれだけではない。流石フンヌの長として一族を束ね上げ、東ローマ帝国という大帝国をして恐怖した戦闘王であるだけあって、アルテラ自身の戦闘力も非常に高い。剣腕は遥に分があるが、剣のように優れた切れ味がありながら鞭のように変幻自在な武具を自在に操ってみせるアルテラもまた、遥とは違った意味で剣技の極みにいると言えるだろう。
対して涼し気な顔をして軍神の剣を構えるアルテラもまた、内心では遥の武威に驚嘆していた。遥とアルテラが打ち合った回数は少なくとも100を下るまいが、それだけ打ち合って傷ひとつ付かない猛者は彼女の生前にはいなかった。加えて遥の魔力は膨大に過ぎる。彼自身は無意識の行動なのか気づいていないが、遥はひとつひとつの動作に自らの魔力を上乗せ――つまり〝魔力放出〟の強化を上乗せしている。純粋な魔力はアルテラの特防能力の範疇ではないため、遥の思いの他彼の攻撃はアルテラにとってかなりの脅威であった。
遥が一度大きく息を吐き、渾身の力を以て大地を蹴る。その歩法は縮地。仙術の領域にある歩法と超常の膂力は遥の身体を音速の壁よりさらに先に押し遣り、アルテラの視界から遥の姿が消えた。尋常でない速度に瞠目するアルテラ。しかしその程度で後れを取る戦闘王ではない。突如として背後に現れた遥の刃を、アルテラはしなる刃で受けた。
虚空に閃く金と銀、そして赤の剣閃。それらがぶつかり合う度にその余波で周囲の大地が抉れ、蛮族たちが吹き飛ぶ。余人の介入を許さない剣戟。それはある種、剣士による立ち合いの究極のようですらあった。
アルテラが振るう軍神の剣の刃がしなり、遥を切り裂かんと迫る。遥はその軌道を完璧に見切ると、正宗でそれを受け止めた。更に右手に握った叢雲をアルテラに向けて突き出す。アルテラの霊核を狙って奔る刃。だがその刃は異様な歪曲をした軍神の剣に阻まれる。
間髪入れずに軍神の剣が元の姿を取り戻し、その隙に遥が蹴撃を放つ。だがその蹴撃をアルテラは片手で受け止め、そのまま遥を投げ飛ばした。続けて刀身に収束する紅い魔力。アルテラが剣を振るうや、その魔力が深紅の斬撃と化して遥へと飛翔する。
「ッ、クソがッ!!」
悪罵と共に気合を吐き出し、魔力を全身の魔術刻印に流す。そうして起動させた封印魔術が空間を固定し、遥が無理矢理に体勢を立て直した。それと同時に魔力を込められた叢雲の刃が強く輝き、斬撃と共に打ち出される。
中空にて衝突した紅と金の魔力斬撃はどちらが打ち勝つこともなく、溶け合い統制を失って爆散する。遥はその衝撃で飛ばされるもそれで地面に叩きつけられることはなく、着地と同時に駆けだした。
電磁砲より打ち出された砲弾の如き速さでアルテラに肉薄する遥。それを迎え撃つアルテラ。剣士たちの視界にあるのは己が敵手だけで、それ以外は無意味だった。
「オオォォォオオッ!!」
「――――ッ!!」
猛る血の熱を吐き出すように咆哮する遥と、漏れる吐息に全てを込めるアルテラ。いつの間にか遥の全身を覆っていた煉獄の焔は、極限にまで研ぎ澄まされた剣気の具現か。
愉しい。内側から止め処なく湧き出るその思いのままに、遥が獣の如き笑みを浮かべる。夜桜遥という男のこれまでの人生において、アルテラは間違いなく最強の相手である。それほどの剣士を前にして、遥の血はこれまでになく励起していた。
その猛る血は西暦60年の神秘と作用し合い、遥の大英雄にすら比肩するほどの力を与える。その副作用と言えるヒトの血への浸食も、だが今の遥の意識には引っ掛からない。アルテラは挑発するように、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「まだまだだな、異邦の剣士。貴様の武威、よもやこの程度ではあるまい?」
「ハッ! 言ってくれんじゃねぇか、戦闘王さんよォ――――ッ!!!」
剣鬼、絶叫。更にギアを上げるアルテラに食らいつくその動きは魔人の挙動。体内の煉獄から吹き出す焔を巧みに操り、遥は自らの闘争を
遥が執る海神の神刀とアルテラが握る軍神の紅剣が宙を切り裂き、巻き込まれた大気が悲鳴をあげる。ただの妖刀級の刀である無銘正宗もまた夜桜の魔術と遥の魔力放出による後押しを受け無理にこの超常戦闘に追随させられていた。叢雲は担い手の剣気に応えるように、黄金の光と放出する魔力を強める。
遥が踏み抜いた大地が蜘蛛の巣状に割れ、一瞬で圧縮された大気が爆音めいた音を鳴らす。対するアルテラもまた大地を疾駆し、軍神の剣を振りかぶる。接触と同時に吹き出す魔力が草原を吹き飛ばし、衝撃波が大気を
鍔迫り合い、至近距離から互いを睨む剣士。どちらかが押し切らんと力を籠める度に筋線維と骨格が軋みをあげる。その音を聞いた遥は鍔迫り合いから離れ、身体を捻った。捻転する身体が生み出す力の全てを蹴撃に乗せ、遥の脚が強かにアルテラの側頭部を打つ。
蹴撃を防御できずに吹っ飛ぶアルテラ。そのアルテラを追撃するように、遥が叢雲を
蒼穹に打ち上げられる神刀。それをアルテラは最大の隙と見て取り、あまりの魔力で刀身の周囲が歪む紅剣を遥に向けて地を蹴った。万事休す。しかし遥は戦の高揚に顔を歪めたまま、叫んだ。
「
咆哮一喝。宙に打ち上げられていた筈の叢雲は担い手の声に応えて空間を跳躍し、遥の手元に召還された。遥にとって、叢雲が手から離れる程度は隙ですらない。そのまま遥は二刀を胸前で交差させ、アルテラの刺突を防いだ。
いくら遥が叢雲の担い手として選ばれた存在であるとはいえ、今までの遥ならばそんなことはできなかっただろう。それは遥の異様な成長速度の証左であり、何より遥が加速度的に人でないナニカへと近づいていることの証明である。
攻撃が阻まれたことで反撃の気配を感じ取ったアルテラが反射的に飛び退く。いかな超常の存在であるサーヴァントであれ一瞬では詰めることはできない距離だ。故にそこでアルテラは息を整えようとして、直後、驚愕に息を呑んだ。
咄嗟に軍神の剣を構えたアルテラの身体を襲う衝撃。運動エネルギーを過不足なく叩き込んだ一撃に、アルテラの足元が陥没する。半ば奇跡とも言える防御。それを成しえたのは、ひとえにアルテラが持つ〝星の紋章〟の能力故だ。
生半な英雄では一瞬で踏破不可能な距離を、遥は刹那の内に詰めた。アルテラが驚くのも無理もない。アルテラが取った距離は先の縮地を見たうえで届かないと判断した距離でもあったのだから。
アルテラの判断は正しい。故に彼女が見誤ったのは距離ではなく、遥の成長速度――否、
遥がアルテラとの間合いを一瞬で詰めたその歩法の名は〝極地〟。縮地とは似て非なる歩法であり、あらゆる状態において十全に機能する空間跳躍に近しい術理である。だがあくまでも近しいだけであってそのものではない。故にその挙動には運動エネルギーが伴い、遥はそれをアルテラに叩きつけたのだ。
しかし、そんな反則めいた条理がそう容易く通る筈もない。狂悦のままにアルテラとの剣戟を演じていた遥の動きが唐突に停止し、苦悶に顔を歪める。
「――ヅ、ァア――ァ――」
全身を貫く激痛を堪えきれず、遥が身体を折る。その眼は黒と黄金に明滅し、遥が呪いに必死で抗っていることが分かる。付近で蛮族たちと戦っている遥のサーヴァントたちは契約者の危機を感じ取り遥を守ろうとするがしかし遥の視線に貫かれてそれを止めた。
直後、アルテラの蹴撃が遥の腹に減り込み、衝撃を殺しきれずに遥が吹っ飛ぶ。そのまま数メートルの距離を滑空した後、土煙をあげて遥が転がる。続けてアルテラは、更に追撃せんと地を蹴った。
容赦なく振り下ろされる紅蓮の刃。しかしそれが遥の身体を切り裂くことはなく、その寸前で遥は叢雲で軍神の剣を押さえた。鬩ぎ合う神造兵装の間で火花が散り、剣士たちの剣気が交錯する。
軍神の剣を握るアルテラの膂力を受け、遥の両腕が悲鳴をあげる。先の反動のせいで同調が弱まり、筋力が低下しているのである。それに気づいた遥は叢雲を傾けてアルテラの斬撃を流すと、そのまま横に跳んで距離を離した。だがアルテラは即座に大地を踏み割り、遥へと突貫する。
「ッ……!」
そう短く息を吐くや、遥は両手で叢雲を逆袈裟に斬りあげた。分霊に浸食され変質した左腕が齎す波頭の魔力が叢雲を後押しし、振り下ろされた軍神の剣を弾き返す。慮外の力を受け、アルテラがたたらを踏んだ。それを隙と見て取り、遥が叢雲を一閃させる。
強力無比にして正確無比なる、それは剣神の領域にすら踏み込んだ一刀であった。生半な英霊であれば回避どころか見切ることすらままならず一刀の下に霊核を両断されていただろう。
だが相手はひとつの部族を束ね上げて大帝国を滅ぼしてのけた〝破壊の大王〟である。半ば回避不可能な体勢で遥の斬撃を視認したアルテラは、しかしその体勢から無理に身体を捻転させて紙一重でそれを回避してのけた。さらにその回転を剣に乗せ、剣撃を返す。虚空を斬り裂く紅色の軌跡。遥は咄嗟に魔術障壁でそれを防御しようとするも、鞭のようにしなる刃はそれを超えて遥に傷を刻んだ。
吹き出す鮮血。明滅する視界。仮に遥が行使したのが夜桜の封印魔術でなければ障壁を叩き割られ、より深い手傷を負っていただろう。神代の魔術であるそれは神造兵装にもある程度抗しうるだけの神秘を持つ。
続けて繰り出される鞭の連撃。それを遥は無傷の右腕だけで叢雲を振るい、辛うじて防ぐ。左腕の傷が完治するまでの時間は軽く見積もっても5秒。戦闘王を相手に生存を勝ち取るには、あまりに長すぎる時間だった。
だがだからといって遥は生存を諦めるような男ではない。遥の総身から立ち昇る戦意の焔はより火力を増し、黄金の刀身はその速度を上げていく。そうして左腕が完治すると、遥は渾身の力で叢雲を振るってアルテラを押し返した。しかしアルテラは慌てることなく地面に剣を突き立てて衝撃に抗い、その剣先を遥に突き付ける。
「――解せんな、異邦の剣士。貴様、自らの力に枷を填めているな?」
「……!!」
アルテラの言葉を受け、遥が息を呑む。明らかに心当たりがある反応であった。しかしアルテラはそれに落胆の色を見せることはなく、むしろ予想通りとでも言わんばかりの面持ちで遥を見ている。
確かに遥は自らの力、というよりは血が齎す力に制限を掛けている。抑止力を誤魔化すためではない。その血を現代で完全解放した場合、本来は抑止力が発動するのだが
それでも遥が制限を掛けているのは、そうしなければ現代の神秘の薄さが苦痛でしかないからだ。遥に混じる人外の血は本来、神代の神秘の上に存立するものだ。それを尋常でない方法で残した夜桜、もとい叢雲の呪いに寄らずとも現代で存立不可ではないが、苦痛は避け得ない。
しかし――と遥の脳裏に一筋の光明が奔る。
冗談ではない、それでは人間の枠から外れてしまう――と言うのは簡単だ。だがひとつの世界を蹂躙してのけた戦闘王を相手に力量を
一度瞑目した遥が大きく息を吐く。中段に構えていた神刀を構えを解いてから、今度は剣先を後ろに向けて構えた。全身の魔術回路は限界に近い速度で駆動し、遥の全身に魔力を送り出す。そうして見開かれた眼は先と同じ黄金に輝いていた。
その遥を前に、アルテラが獰猛に嗤う。身体に刻まれた星の紋章が疼く。それはアルテラに宿る二重の本能――戦士としての
アルテラは真名解放をする気でいる。しかし虎の子である〝
対する遥もまた、神刀に魔力を注ぎ込む。赫と輝く神刀。だが、今までと何かが違う。それを認めた遥は、ごく自然に神刀へと語りかけた。
(なんだ、不足か?)
『――』
(そうか。なら、持っていけ……!!)
無論、叢雲は何も言わない。ただ何となく遥がそんな気がしただけだ。けれどそれは遥の幻聴などではなく、確かに神刀はその輝きを増した。同時に遥から引きずり出される魔力が倍増しになる。
記憶の中から呼び起こすのは先の感覚。一瞬で空間を跳んだあの感覚だ。それを身体に投影し、構えを修正する。その瞬間、遥は己の位階をひとつ踏み越えた。
僅かな距離を隔て、神剣の暴威が渦を巻く。黄金と紅蓮の颶風が鬩ぎ合うその光景は、まさしく神話の具現である。そしてそれが最高点にまで至った時、剣士が地を蹴った。虚空を奔る金と紅の軌跡。それが衝突する寸前、ふたりは同時に叫んだ。
「〝
「――ハアァァァァッ!!!」
ぶつかり合う軍神の剣と海神の刀。それらはどちらが競り合うということはなく、行き場を失った神の魔力がその場で爆ぜた。
暗闇に身を潜ませながら、暗殺者――荊軻はただひたすらに機を伺っていた。脱出のではない。アサシンのサーヴァントである彼女が狙っているのはただひとつ。この街を支配する女王暗殺の機である。
今、ローマ帝国の存続を脅かす勢力は何も連合ローマ帝国だけではない。彼ら連合ローマが支配する領域とネロ率いるローマ帝国が支配する領域――現状、首都ローマ以東のみだが――を北側から抑えつけるようにしてブリタニアとガリアを支配する勢力がいる。それは勢力としての名を名乗ってはいないが、ネロ曰く〝勝利の女王軍〟――即ち、ブーディカが率いる勢力である。
荊軻は今までローマ帝国の客将として連合ローマの皇帝を3人ほど暗殺してきた。しかし混戦の隙を狙ったこれまでの暗殺と違い、今回の暗殺は直接敵の本拠地に侵入してのもの。成功するかは五分といったところだ。果たして丁が出るか半が出るかは荊軻にも分からない。
実のところ、荊軻はブーディカと一度だけ顔を合わせたことがあった。荊軻がローマに客将として迎えられたすぐ後の話である。その頃のブーディカはローマに恨みを持ってはいたが、その恨みを御して人民を守る善良な英霊だった筈なのだ。
だが今の彼女はどうだ。彼女の故郷であるブリタニアはともかく、少なくとも此処ガリアのローマ市民は常に困窮に喘ぎ、いつ終わるとも知れぬ異民族支配の恐怖に怯えている。彼女の配下が宝具により生み出される意思無き傀儡であるが故に略奪や強姦、虐殺が起きていないのがせめてもの救いだろう。
あくまでもローマの一客将でしかない荊軻には、何故彼女と同じ
ガリアに築かれた砦、その中でも最も大きい部屋の隅で荊軻は気配を断ったまま、暗殺の機を狙っている。その眼前で黒衣の女王は半ば呆れの混じったため息を零した。
「アルテラが相打ち……ね。あっちの剣士と違って気絶しなかったのが幸いだけど……カルデア、か。ただの人間と侮ってたけど、これは中々面倒な相手だなぁ」
カルデア。知らない名前だった。しかしブーディカの敵であるなら必然的にどちらかのローマの戦力であるのだろう。今アルテラが戦っている場所を考えるなら、ネロの側である可能性が高い。そう脳内で結論付けつつ、荊軻はブーディカへと接近する。
その中で音もなく荊軻が取り出したのは匕首。中国において古代から暗殺によく用いられた暗器である。その刃の形は極めて殺人に特化したものとなっており、荊軻のそれはより殺傷力を高めるために毒を焼き入れてもいる。触れさえすれば英霊であれ致命は免れ得まい。
隠し持っていた暗器を、未だ間合いに入らないうちから取り出す。仮にその場に同業者がいれば即座に切り捨てられるほど、その行動は迂闊に過ぎる。しかし、荊軻だけは例外だ。彼女は〝抑制〟と〝プランニング〟という保有スキルにより、暗殺を実行するその瞬間まで対象に気づかれることはない。
大部屋にはブーディカと荊軻のふたりだけ。ブーディカの
「それにしても……暗殺だなんて、アタシも嘗められたものだね、荊軻?」
「な――」
直後の荊軻の動きは正に神業とでも言うべきものであった。軌跡と言い換えても良い。抜剣からのタイムラグが殆どなかったブーディカの一閃を荊軻は匕首で受け、しかし間髪入れずに放たれた蹴りを腹に受けて吹き飛んだ。壁を突き抜け、荊軻が廊下の壁に叩きつけられる。
胃を蹴り抜かれたためか、荊軻が廊下に吐瀉を撒き散らす。いくらサーヴァントとて、元が人間である以上反射反応は避け得ない。その荊軻に、ブーディカは堕ちたる騎士王の聖剣と似た意匠の長剣を突き付けた。
これで、詰み。中華の大英雄相手に暗殺を失敗させた暗殺者はまたしても相手を殺すことができなかった。それも始皇帝につけたかすり傷ほどの傷も付けることができずに。それでも荊軻の目から意志の光は消えない。それを嘲るように、冷やかすように、ブーディカが短く嗤う。
「なんで……って言いたげな目だね、荊軻。でも当然の結果だよ、コレは。アタシの宝具の力をアナタは見誤った。ただ、それだけ」
「見誤っただと……?」
そう問いを返す荊軻にブーディカはすぐには答えを返さず、指を鳴らした。それに呼応してその場に蛮族がふたり現れ、荊軻を拘束する。させじと抵抗する荊軻だが、蛮族たちの力は思いのほか強く、荊軻は完全に動きを封じられた形となった。
ライダーではなく『
だが、それでは不足だとブーディカは言う。荊軻たちの予想は決して間違いではないが、足りないのだ。ブーディカが恃みとする宝具は、決してその程度のものではない。
「まぁ、アナタにはそれを知る必要性も、意味もないんだけどさ」
「貴様……!!」
荊軻を嘲笑うようなブーディカの声音。その直後、彼女を拘束した蛮族たちが彼女を引き倒し、その背に彼女の匕首を突き立てた。そしてその刀身に焼き入れた毒がその体内に侵入し、荊軻の意識を焼き焦がす。
「ぐ、あ、ぐっ、あぁ――あああぁぁぁぁぁっ!? あああああああああ――――ッ!?」
暗殺者、絶叫。古代中国にて風流人として知られた暗殺者はその名残を全く感じさせないほどに悶え苦しむ。充血した目は眼球が飛び出さんばかりに見開かれて回転し、口からは絶え間なくあぶくを吹き出している。
苦しい、苦しいくるしいクルシイ耐えられない死にたいしにたいいっそ殺せ殺してくれ――声ならぬ声で荊軻はそう希うも、ブーディカは一向に手を下す様子はなく薄い笑みを浮かべて荊軻を見下ろしている。
荊軻の匕首に仕込まれた毒はただの致死毒ではない。生前の彼女が始皇帝を暗殺するために遥か西方から来た商人から購入したそれは、人類史上最強の大英雄が打倒した九頭蛇が持っていた神毒である。流石に何倍にも希釈されてはいるが、直接体内に付き込まれればどんな英雄であれ自死を選ぶだろう。それを耐えきれる者など、大英雄を超える精神力を持つ、人類に可能な忍耐の最奥へ至った者だけだろう。尤も、精神が耐えきれたとしても肉体の死は避け得ないのだが。
無論、そんな忍耐力が一介の暗殺者にある筈もない。ヒュドラの神毒を受けた荊軻の精神はその神威に耐え切れずに一瞬で引き裂かれ、無意味な断片と化していた。
光の消えた目で虚空を見つめ、弛緩し死へと向かう身体で倒れ伏す荊軻。その背から引き抜いた匕首を同じく荊軻から奪った地図で包んでから仕舞うと、ブーディカは荊軻の首に長剣を据えた。
「アナタの大切な匕首はアタシが貰っておくわ。サヨナラ、暗殺者さん」
振り下ろされる長剣。それは一切過たずに荊軻の首へと吸い込まれ、廊下に紅い華が咲いた。
型月世界では荊軻の匕首に仕込まれているのはヒュドラの毒なのだそうで。