Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第49話 策略は巡り、戦端が開く

 今から数週間前の話である。今でこそ〝人類最後のマスターたち〟の片割れとして人理修復に臨んでいる遥だが、元は立香とは違いAチームに所属するマスター候補生であった。

 だがAチームといえどキリシュタリア・ヴォーダイムやオフェリア・ファムルソローネらAチーム発足時からの〝クリプター〟と呼称される7人のひとりではなく、最悪サーヴァントなしでも戦うことができる即戦力、言い換えればマリスビリーの本命たるクリプターを守るための人身御供としてオルガマリーによって無理矢理捻じ込まれたのである。つまりはAチームと言っても書類上の話であって、その実態は謂わば〝遊撃隊員〟が遥だった。

 だからという訳ではないが、遥と他のAチームメンバーの間にはあまり交流はなかった。中にはスカンチナビア・ペペロンチーノのように交流を持とうとする者もいたが、遥はあえて交流を持たなかったのである。というのも、遥はクリプター、ひいては彼らを集めたマリスビリーに対してきな臭いものを感じていたのだ。故に避けていた。

 しかしそんな遥でもマシュ以外に自ら話しかけたものがいた。或いはそれは厳重に積み上げられたダムに空いた小さな穴のようなものだったのかも知れないが、遥の方から話しかけたという事実に変わりはない。

 それは遥がカルデアに来て2日ほど経った日のことであった。夜、人気の絶えたカルデアの廊下。図書館で1日中世界の文学作品を読み漁った帰り、遥は見知った背中を見つけたのである。周囲に人影や魔術による監視・盗聴の類はなし。それを確認するや、遥はその背中に声を掛けた。

 

「――なぁ、芥。アンタ、人間じゃないんだろ」

「ッ!?」

 

 単刀直入極まりない遥の問いに、その問いを投げられた女性――芥ヒナコが反射的に振り返り、瞠目した様子を見せる。遥に向けられた射抜くような視線に込められているのは殺気と敵意、そしてそれ以上に疑念であった。問いへの答えはない。しかしその態度こそが何よりも雄弁に、遥に答えを示していた。

 何故遥がそれに気づいたのかと問われれば、彼は明確な答えを返すことができない。強いて言えば、ただの勘だ。遥は人間ではなく、加えて世界を旅しているうちに悪魔や死徒といった類と戦い続けてきたが故に、人外(どうぞく)の臭いには敏感であった。

 芥ヒナコ。植物科(ユミナ)出身の魔術師であり、元々は技術者としてカルデアに所属していたが、レイシフトの適正を見出されたことでAチームに転属させられたということに、表向きはなっている。だがそんな経歴を遥は初めから信じていない。魔術師の社会とは騙し合いが前提の社会。何より『君主(ロード)だったマリスビリーが推薦した』という事実が遥の中でAチームへの不信感として現れているのだ。

 遥を睨むヒナコの視線には、人間の生涯を圧倒的に超えた〝重み〟のようなものがあった。そこに常にAチームに対して見せていた無気力な植物学者としての姿はなく、天敵に相対したかのような獰猛さがあった。

 

「流石は悪名高き二代目魔術師殺し。その手のことは何でもお見通しってワケ?」

「俺としちゃ不本意なんだけどなぁ、その渾名。別に衛宮切嗣と知り合いってのでもねぇし。迷惑千万だな」

 

 あくまでも飄々とした態度を崩さない遥。元からヒナコとて遥がただの殺気で怯むような相手とは思っていないが、まるで煽っているかのような応対に苛立ちを隠しきれず盛大な舌打ちを漏らす。

 ()()()()()。直感的にヒナコは悟る。ヒナコが遥に向けた殺気は今のヒナコに可能な最大限の殺気だった。一般的な魔術師であれば身構えるか卒倒するかのどちらかであっただろう。しかし遥は身構えるどころか警戒する素振りすらなく、けれどヒナコが動いた瞬間に首を飛ばすに十分な準備をしていた。

 本来の姿でのヒナコであれば、首を飛ばされたところで死ぬことはない。だが現状の彼女であれば、首が飛べば致命傷一歩手前にはなるだろう。最悪、頭と胴体を切り分けられたまま封印、などということもあり得る。故にヒナコは手を出さず、遥が満足するまで適当にあしらいつつその内側を分析してやることにした。

 

「……それで、私が人間じゃなかったら何? そんなコト、あなたには関係ないことでしょう? それとも、私を殺しでもするのかしら。どこぞの狂信者どものように」

「はぁ? オイオイ、冷たいねぇ御同輩。そりゃ、アンタが俺を殺しにかかってくるなら俺も反撃するけどさ」

 

 態度とは裏腹にその言葉には嘘の色合いはなく、それどころか奇妙な親近の念すらそこにはあった。初めは何のことか分からなかったヒナコだが、すぐに遥の意図を悟る。つまりは遥もまた、ヒナコと同じく人理(アラヤ)ではなく地球(ガイア)の側に属する存在なのだ。

 厳密に言えば、遥は混血であるからアラヤとガイアの両方に属する者であるのかも知れない。しかし遥の口ぶりからするに、ガイア側の要素が強いのは間違いあるまい。

 遥とヒナコの共通点はそれだけではない。後者は既に久遠にすら等しい時間を積み上げてきた者。前者はこれから久遠にすら等しい時間の中で『不朽』を体現する者。前か後かの違いはあれど、そこに悠久があることに違いはない。

 無論ヒナコにそんなことは知る由もないし、関係のある話でもない。彼女に関知できるのは遥もまた一部とはいえガイア側に属するということだけであり、遥の内心を察するにはそれだけで十分だった。

 

「そう……じゃあなんであなたはカルデアに来たのよ。嫌いなんでしょう? 人間が」

「それはアンタに話すことじゃねぇな。ただ、アンタが別に人理を修復するためにカルデアに来たワケではないように、俺にも目的があるんだよ」

 

 まるでヒナコの正体と過去を知っているかのような口ぶりであった。不穏な気配にさらに警戒を強めるヒナコだが、その反応こそが遥にとっては正解と言われているに等しい。

 遥とて、そればかりは直感で気づいたのではなく多少の推理に基づく推論であった。真祖だろうが死徒だろうが、或いはまた別の吸血種だろうが近縁種である以上はある程度の共通点はある。加えて何より決定的だったのはその名前だ。〝芥ヒナコ〟という名前を全て漢字に変えて並べ替えると雛芥子、つまりは虞美人草を表す言葉になる。要はアナグラムだ。

 無理のある推論であることは遥も自覚している。しかし可能性として零ではない以上、遥はその推論を捨てずにいたのだ。そうしてその低いと考えられていた可能性が見事に正解であった、という訳である。

 しかしこうしてヒナコの正体を暴いてはみたものの、そのままでは対等ではない。それは等価交換ではないうえ、遥の信条にも反する。故に遥はヒナコの戸惑いを完全に無視し、自らの正体を彼女に明かした。ヒナコの戸惑いが呆れに変わる。

 

「……もしかして、あなた馬鹿?」

「む。失礼な奴だな。一応、高校の全国模試では1位以外取ったことないんだけど。まぁ、殆どインチキなんだけどさ。……というのは置いといて。アンタの秘密を暴くだけ暴いて、俺だけ明かさないのは不公平だろ? だから、これで取引としては対等だ」

 

 あくまでも平静のままである遥の声音に、ヒナコが舌打ちを漏らす。種族は違えど、遥がヒナコと似た存在であることはヒナコにも分かる。そして、人間を嫌っていることもだ。

 だというのに、遥はあくまでも真っ直ぐでいようとする。それが正しく真っ直ぐではなく、歪みに歪んでその果てに逆に真っ直ぐになった純真なものではないのだとしてもだ。その在り方がどうしてもヒナコの鼻に付く。

 この男は馬鹿ではない。それはヒナコの中に確かな認識としてあった。むしろその身に課せられた不朽の重みを理解できているだけ聡明と言えるかも知れない。それがたまらなく腹立たしい。この男はヒナコと同じく望まぬ永遠を得ておきながら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あなたはそれを理不尽だとは嘆かないの?」

「俺にその権利はねぇよ。それに、俺は『生きて』と願われ、託された。だったらそれを守り通すのが、親に血肉を与えられた子の役目だろ?」

「……そう」

 

 瞑目し、それだけ呟いてからヒナコは遥に背を向けて離れていく。遥もそれを呼び止めることはせず、ただ自分の部屋に戻るために歩いていく。ふたりの間に会話はなく、故にそれは互いにそれ以上互いを知る必要がないとしていることの証明であった。

 遥とヒナコは分かり合えない。互いに正体を知り、本性を晒していたとしても、それだけだ。そもそもふたりの行動原理に埋めがたい隔絶がある以上、相互理解は絶対に不可能なのだ。

 ヒナコ、もとい虞は2200年以上も持ち続けていた恋慕(しんねん)のために動き、その時の遥は己が信条のためだけに動いていた。その根幹にあるものが相容れないのなら、ふたりに理解の余地などない。たとえ、同じく人ならざる者なのだとしても。

 ただひとつ、互いが抱く理解があるとするのなら。〝敵対すれば躊躇わず、同情することなく、殺し合うだろう〟という予感めいたものだけだった。

 

 

 

「来てるか、立香?」

「うん。報告通り、連合ローマ軍だね」

 

 王宮中庭にて遥がネロから進むべき道を諭されてから数時間。未だ陽も昇り切っていない早朝。首都ローマを囲う城塞にて急いだ様子の遥に、カルデアからの支給品である改造双眼鏡を下ろしながら立香が答える。

 立香から双眼鏡を受け取って見てみれば、確かにその先には紅と金の装飾が施された防具を身に纏う歩兵や戦車に乗る騎兵から成る軍勢があった。確かに連合ローマ軍である。

 王宮内にその報告が持ち込まれたのが10分前。首都ローマ付近を哨戒していたアサシンによるものであった。サーヴァントは既にそれぞれに配置に付いており、ローマ軍も少しずつ結集しつつある。報告があった際には寝ていた者も多いだろうに動きに迷いがないというのは、ローマ軍がどれだけ戦闘を重ねてきたかを示す証左であろう。

 そんな中で遥の到着が少々遅れてしまったのは、双眼鏡と同じくカルデアからの支給品として受け取ったある装備品の準備に時間がかかってしまったからだった。尤も、その装備はアサシンのためにレオナルドに頼んだもののため遥は持ってきていないのだが。

 

「とりあえず戦闘が始まったら、昨日の会議で決めた通りに。……だが、大丈夫なのか? 最前線だぞ?」

「うん。みんながいるし、オレもそう簡単に死ぬ気はないから。それに……」

 

 そこで立香は言葉を区切り、その後に言葉が続くことはなかった。しかし立香の拳は強く握り締められ、彼の内に秘められた激情の程を示している。果たして普段は温厚な立香をそうさせる激情が何なのか、遥は考えるまでもなく分かった。

 昨日の会議にてカルデアの方針が最前線で戦うように決定した最大の要因は通信で会議に参加したロマニが示した〝レフ・ライノールがいる可能性〟だった。この特異点が人理焼却の首謀者が作り出したものである以上、その手先であるレフがいても可笑しな話ではない。そしてこのローマにいる者の内でレフの顔を知っているのは遥たちカルデア実働部隊のみだ。そのため、彼らは前線にいなければならない。

 レフ・ライノールはカルデアの仇だ。多くのマスター候補生を半死半生の状態に追い遣ったのみならず、スタッフを爆殺した張本人である。立香はその死体が転がる凄惨極まる現場を目の当たりにしたが故に、レフへの激情もまた人一倍強い。ある意味、他人の為にそれだけの激情を抱けるという点は立香の美点であろう。しかし、その美点は時として弱点に成りうるものでもあるのだが。

 もう一度双眼鏡を覗くと、連合ローマ軍は僅かに近づいてきていた。目下のローマ軍はほとんど全員が集合し、迎撃体勢を整えつつある。刻一刻と戦闘の気配が近づく中、立香が話題を変えた。

 

「ねぇ、遥。何か妙じゃない?」

「連合ローマの侵攻路のことか? それは俺も思ったよ。前回といい、今回といい、連中、陸路で来てやがる」

 

 連合ローマの領土であるイベリア半島から首都ローマまでの最短路は陸路ではなく海路である。加えて陸路には途中にブーディカとアルテラの陣営に略取されている領土があるのだ。普通に考えれば、通過できる道理はない。

 だが2度の例を鑑みるに、恐らく勝利の女王軍は連合ローマが攻めてきたのみ戦闘を行っているのだろう。彼らが自分たちではなく首都ローマに向けて侵攻する場合は見逃しているのだ。要は利害の一致である。そう仮定すると、この戦闘の後に待ち受けているものも予想が付く。

 勝利の女王軍がローマに侵攻せんとする連合ローマを見逃しているのは、つまるところその攻撃によってローマ軍が疲弊するのを狙ってのことだ。であれば、その後に間を置かずに攻め入ってくる可能性が高い。それが立香と遥の間にある共通認識だった。

 だからと言って、今回の戦闘に手を抜くことができる訳ではない。来る先端に向けてふたりのマスターが緊張を高めていると、遥の脳裏にエミヤからの念話が飛んできた。

 

『マスター、そろそろ有効射程内だが、どうする?』

『タイミングは任せる。先頭に一発、ドデカいやつをぶちかましてやれ』

 

 その言葉への返答はない。しかし魔力のパスで繋がっている遥には、エミヤが念話の向こうで首肯したのが分かった。次いでエミヤが投影した宝具に込められた魔力の波動が、大気に充満した空間魔力(マナ)を震わせる。

 それを合図として城塞から飛び降りるべく、全身の魔術回路を駆動させる立香と遥。そうして遥は叢雲と正宗を抜刀し、飛び降りる直前に傍らの立香に言葉を投げた。

 

「ウダウダ考えるのも飽きた。どうせ後も戦うなら、最初からクライマックスでいこうぜ?」

 

 

 

「……始まったね」

 

 首都ローマから遠く離れたガリアの城塞。その頂上に位置する部屋で、まるで見てきたかのような口調でブーディカが呟く。いや、見てきたかのよう、ではない。事実、ブーディカは首都ローマ付近で始まった戦闘をこの瞬間にも知覚している。

 『狂戦士(バーサーカー)』であり『復讐者(アヴェンジャー)』でもあるブーディカの第三宝具〝蹂躙蛮軍(アーミー・オブ・ブディカ)〟の真価は配下の召喚や彼らとの感覚共有ではない。遠隔地においても自らの意志で配下を召喚、或いは自陣営のサーヴァントや人間に配下の召喚権を付与するこの宝具は、その副次的効果として自分自身か配下が足を踏み入れた場所にまで()()()()()()()()()()()()()()()

 無論、五感全てを鮮明に広げることはできない。遠隔地での感覚は領土内でも大幅に低下し、敵領土内であれば只人の十分の一にも満たないレベルにまで認識力が低下する。故に一度は身を置いたことがあるローマ王宮内にまで感覚を伸ばして作戦を盗み聞きする、というのは殆ど不可能に近い。配下や仲間がいるのならその限りではないが、そんなことをすれば虎の子であるこの宝具の特性が早々に露呈することになる。それは悪手だ。

 そんな状況下でも、大規模戦闘が始まったことを認識するには十分に過ぎる。数千、数百規模の軍勢が轟かせる鬨の声は大地を震わせ、剣戟の音は虚空に響き渡る。それだけの情報さえあれば、あとはブーディカ自身が補完できる。

 誰に向けて放った訳でもないブーディカの言葉。それに反応を返したのは、部屋の隅で彫像のように静止していたアルテラであった。言葉を返すことはないが、明らかに纏う気配が好戦的なそれへと変わりつつある。それを揶揄うようにブーディカが笑う。

 

「やる気だね、アルテラ? そんなにあの剣士クンと決着を着けたい?」

「……そうだな。確かに私は、これまでになく逸っているらしい」

 

 自身を客観的に見たかのような、あくまでも平静な声音であった。しかしブーディカはその声色の中に、言葉通りの高揚を感じ取っていた。事実、アルテラの様子に変化はないものの、眼光は確かに戦士のそれへと変わっている。

 戦闘王アッティラ。彼女が率いたフン人の大移動は様々な民族の移動を発生させ、栄華を誇っていたローマ帝国の後継国家たるビザンツ帝国の弱体化を招いた。そんな〝文明を脅かす者〟たるアルテラだが、その生前に好敵手と呼べる者はいなかった。アルテラはあまりに強者に過ぎたのである。

 だが、遥はすぐにアルテラに倒されるような剣士ではなかった。アルテラ自身ですら知らなかった神代のものへの耐性がなければ、或いはアルテラは負けていたかも知れない。そういう〝強者〟と相対できたことが、何よりもアルテラを高揚させる。

 前回の戦闘はアルテラにとっては決着ではない。あの幕切れはあくまでも生身とサーヴァントの耐久差、或いは神代への耐性の有無がもたらしたものであって、実力が齎す覆しようのない決着ではないのだ。

 だからこそ、アルテラは遥との決着を望む。単に強者だけを求めるのなら、今の遥よりも強い剣士など座を探せば普通にいるだろう。だが、そうではないのだ。一度でも相対し、けれど決着が着いていないのなら、アルテラには戦う必要がある。今度こそ文句の付けようがない、完全なる勝利を、と。

 ブーディカとて数多の戦士たちを束ねていた身であるから、アルテラの思いも分からない訳ではない。『騎兵(ライダー)』の彼女として同じ立場にいたのなら、アルテラの思いに応えて今すぐ出撃していたかも知れない。しかし今の彼女は『狂戦士(バーサーカー)』としての狂熱を凍てつく憎悪で御する『復讐者(アヴェンジャー)』である。その気質は元よりも冷酷かつ冷静だ。

 

「そう。じゃあ剣士クンの相手はお願いしようかな。あの子、アタシじゃ敵いそうにないし」

「了解した。……だが、何故今すぐ戦いに往かない?」

「あら、ご不満? 一応、これも戦略の内なんだけどなぁ」

 

 ブーディカ率いる勝利の女王軍が打倒すべき敵は何もローマ帝国だけではない。彼女らと同じく本来この時代いる筈のない勢力である連合ローマ帝国もまた、彼女らの敵である。ブーディカの憎悪はネロを倒すだけで修まるものではないのである。

 自らの領土内を通過する軍勢を見逃しているのは、つまりは潰し合いを狙ってのことである。どれだけの規模であれローマ・連合ローマ双方の戦力が減るならばそれは彼女にとって有利に働くのだ。

 卑怯な手を使っているという自覚はブーディカにもある。だが今の彼女はそんなことは気にしないし、そういう手段を取らなければ最小勢力である彼女らはこの戦争に勝利できないのである。彼女らは〝勝利の女王軍〟とは言うが、その大半はブーディカの宝具である兵士であって実質的にはブーディカ自身とアルテラ、そしてもうひとりのサーヴァントの計3人のみなのだ。

 

「私とてそれは理解している。だが……」

「だが、何? 確かにアナタは卑怯な手が好きじゃないかも知れないけど、今回ばかりは勘弁してよ。アタシだって好きでこうしてるワケじゃないんだから」

 

 ま、好きじゃないから嫌いってワケじゃないんだケド。内心で下卑た笑みを浮かべつつそう呟くブーディカを、アルテラは無言で見つめている。何も言わないが、恐らくアルテラはブーディカの内心を見抜いているのだろう。

 今は共に戦っているブーディカとアルテラだが、それでも彼女らは真に仲間という訳ではなくどちらかと言えば協力者に近い。ブーディカは復讐のために、アルテラは文明を破壊する本能のために、両ローマを滅ぼそうとしている。そのために協力しているのだ。

 だが両者は完全に対等ではない。元はカルデアへの対抗策として連合ローマに召喚され、しかし従わなかったが故に拘束されていたアルテラを解放したのは誰あろうブーディカなのだ。そのため、アルテラにはブーディカに対してある程度の貸しがある。その貸しのためにアルテラはブーディカに対して強く出ることができないのだ。

 

「納得してくれた、アルテラ? 今はアタシも戦いたいのは山々だけど、我慢してるんだから」

「しかし……」

「――然り。なれば今は忍耐の時であるぞ、戦闘の王よ。全ては更なる叛逆のために」

 

 ブーディカとアルテラの会話に唐突に割り込みながら、しかし一切悪びれる様子のない声音である。それにふたりは呆れ顔をするものの、最早文句を言う気すらないようであった。或いは文句は無意味と悟っているのか。

 城塞の中を地鳴りを響かせながら歩いてきたのは、ひとりの筋肉(おとこ)であった。身長はブーディカやアルテラよりも圧倒的に高く、2メートル以上はある。総身を覆う重厚な筋肉の鎧には数えきれない程の傷跡が刻まれ、男が潜ってきた死線の数を思わせる。しかし顔に浮かんでいるのは笑み。筋骨隆々とした体躯故にどこか歪んだ印象を受ける満面の笑みである。手に執るのは英霊の武具でありながら一切の装飾もなく、さして魔力の気配もない武骨な小剣(グラディウス)だ。

 彼の真名()は『狂戦士(バーサーカー)』スパルタクス。紀元前73年の共和制ローマにて発生した第三次奴隷戦争の指導者である、まさに叛逆という概念の具現とも言える英霊である。その精神は時に苛烈に、時に冷静に、ただ叛逆のみを求める。

 そんな彼が、何故支配者であるブーディカと共にいるのか。それはひとえにブーディカの姿勢とネロの方策が原因であった。ブーディカはあくまでも土地を支配するだけで、人民には一切圧力を加えていないのである。民は異民族支配の恐怖に怯えてはいても、生活を脅かされている訳ではない。人民への害、という点で言えば、むしろ大きいのはブーディカよりもネロだ。

 東国との交易路を首都ローマに集約する、というネロの策は確かに国の孤立化を防いだものの、その代償として連合ローマと勝利の女王軍支配地域への食糧供給が滞るという結果を招いた。戦時においての最善策ではあったが、完璧な策などある筈もない。スパルタクスの目にはそれが〝圧制〟として映ったのである。

 故にスパルタクスにとってブーディカやアルテラは現時点では叛逆者であり、いずれ圧制者となる圧制の萌芽でもある。そういう点で言えば、真にブーディカと対等な協力者は彼のみであろう。皮肉にも変質したカウンター・サーヴァントへの対処法策が新たな敵対サーヴァントを生んでしまったのだ。

 そして数多の英霊がたったひとつの聖杯によって現界しているという特殊な状況故か、或いは3つの陣営が睨みあっているという昏迷した状況故か、スパルタクスはバーサーカーとしては異常なほどに冷静だった。その冷静さたるや、第三次奴隷戦争を率いた時に匹敵するかも知れない。

 

「スパルタクス……まさか貴様がそんなことを言うとはな。妙なモノでも食べたのか?」

「否。私は何も口にしていないぞ、戦闘の王。私とて忍耐は耐え難い。しかし全ては圧制者を打倒せんがためである。この辛苦を糧に、我は勝利の凱歌を歌わん!」

 

 どこか何かがズレているようなスパルタクスの咆哮を聞きながら、アルテラは内心で驚嘆していた。スパルタクスとは本来、一目散に叛逆のみを希求する英霊である。その彼が叛逆の欲求を抑え、機を伺っているのだ。一体どのように煽動すればそんなことができるのか。

 だが、不可能な話ではない。今のブーディカはこの国に現界したことによる〝ローマ人ではない蛮族を纏め、ローマに叛逆した女王〟という無辜の怪物を持っている。ローマ人でなく、かつ叛逆を希求するスパルタクスを煽動するにはまさに最適な霊基構造なのである。

 その後もアルテラには理解できないような言葉を並べながら、スパルタクスは彼女らの許から離れていく。基本的にスパルタクスが一か所に留まっているということはなく、大体の時間を城塞内を歩き回るかテルマエで過ごしているのだ。呆れ顔でそれを見送るアルテラ。そうしてアルテラがブーディカに向き直った時、ブーディカが口を開いた。

 

「まぁ、もう少し待ってよ、アルテラ。どうせ、すぐにまた出撃するんだから」

 

 

 

 結論から言えば、首都ローマ付近にて発生した戦闘はローマ軍が趨勢を握りつつあった。確かに兵力は立香の言う通り連合の方が上回っている。しかしサーヴァントの数はローマ軍の方が多い。まさに一騎当千、万夫不当の彼らがいれば、多少の戦力差は覆すことができる。

 その点で言えば、遥たちカルデア側の戦略は正しいものであった。弓による狙撃ができるエミヤと新装備――レオナルド製作の〝魔導対物ライフル・亡霊魔銃(イルジオネ・ディアボロ)〟による超長距離射撃が可能なアサシンを後方に配置。支援狙撃を行いつつ残りが最前線で戦い、敵本陣に突入する。それがカルデア側の方針であった。基本的に遥と立香は別行動である。

 とはいえ、後方を疎かにしては味方の減少に繋がる。故に実際のところ敵本陣最奥に迫っているのは単騎突破能力に優れる遥たちで、彼らよりも対軍戦闘に優れる立香たちが味方を守りつつ前線を推し進めていくという役割を担っていた。

 その遥たちが戦う敵本陣最奥はまさしく阿鼻叫喚の一歩手前といった戦況である。多くの兵士が自らを率いる連合の皇帝を守るべく勇敢に突撃し、しかし力及ばずに散っていく。自らの信ずるローマに忠義を尽くして戦い、けれど何も成せぬまま情け容赦もなく死んでいくのである。

 平時であれば人命に最大の敬意を払う遥も、兵士が相手であれば話が別だ。彼ら兵士は程度の差はあれど〝死を覚悟した人間〟である。であればむしろ手心を加えること自体が彼らには最大の嘲りとなろう。

 そして右翼側に展開した連合ローマ軍の軍勢内では沖田が単騎で無数の兵士たちを相手取っていた。彼女が揮う乞食清光の刃が放つ銀閃が虚空を奔る度に鮮血が迸り、紅い華となって沖田を飾る。その姿はまさしく修羅が如く。その沖田を前に、兵士が吠える。

 

「何をしているッ! 相手はたかが女ひとりだぞ!?」

「し、しかし、こいつ……ヒィッ!?」

 

 眼前の兵士を射抜く壬生狼の眼光。それを総身に浴びた兵士は一度自らの首が絶たれる光景を幻視し、そしてそれに怯んだ隙に本当に首を刎ね飛ばされて絶命した。頭と分かたれた身体は頽れるより早くに沖田に蹴り飛ばされ、空中に撥ね上げられる。

 たかが女と侮る勿れ。そもそも武錬に男も女もありはしないが、沖田総司という英霊は英霊のカテゴリの中でも武練に関しては抜きんでている。何しろ江戸という神秘の薄い時代にあって、神代の英雄ですら及ばぬ剣腕を体得した剣客である。並の兵士が敵う相手ではない。

 壬生狼の牙は剣だけではない。強力な剣術を支える体術もまた、沖田は一流であった。特に空間跳躍にすら見紛うばかりの縮地を可能とする脚力とその脚力を以て放たれる蹴撃は、兵士たちに配給された粗悪な盾など一撃で粉砕する。

 その武威を目の前にして、兵士たちは半ば自棄となって沖田に突貫していく。アサシンの超長距離狙撃によって中、小隊長といった指揮官クラスが皆殺しにされ指揮系統が崩壊しているということもあろうが、それ以上に兵士たちにとては沖田はまさしく死の具現なのである。いくら死を覚悟した者たちとはいえ、目の前に死そのものを振りまく者がいれば怯えもする。

 そんな兵士たちを、沖田は情けも容赦もなく愛刀を以て斬り伏せていく。その顔には一切の表情がなく、ただ尋常でなく凄烈な殺気のみがあった。たとえ相手が誰であろうと一切の温情を掛けることなく、己が信じる誠のため只管に剣を揮い続ける。そこに善悪は存在しない。戦場にそんなものはなく、ただ勝利と敗北があるのみだ。

 沖田が乞食清光を一閃する度に兵士がひとり絶命する。吹き出す鮮血は霧となって沖田を覆い、人斬りたる彼女をより人斬りたらしめる。そうして次なる標的を沖田が見定めて刀を振り下ろし、しかしその刃が兵士を抉ることはなかった。それを阻んだのは黄金の大盾。次いで強烈なサーヴァントの気配を感じ、沖田が反射的に距離を取った。

 

「チッ……サーヴァント、ですか」

「如何にも。そういう貴女もサーヴァントですな? いや、凄まじい武威だ。これほどの者はペルシアはおろか我が軍にもおりませなんだ」

 

 そう言う男の声音には敵意や警戒はあるものの、同時にそれらと等しくこれから死合う相手である沖田への敬意があった。その男を前に、沖田は刀を構えつつ様子を見ている。怖気付いているのではない。ただ沖田は男が油断ならぬ相手であると悟っているのだ。

 男は兵士であり、また将でもあった。その肉体は最早、〝鋼の如き〟という表現ですら不十分な程に鍛え抜かれ、手に執る盾は尋常なものでありながら宝具の一撃すらも防ぐ。肉体だけでなく、精神の強度もまた超常のそれ。召喚されてすぐにこの戦場に派遣されたために将としての顔を見せる時間はなかったが、時間さえあればカルデアはより梃子摺ることとなっていただろう。

 英霊の座に招かれた者は時を超え、あらゆる英霊の知識を有するようになる。故に沖田は漠然とだが、その英霊の真名に心当たりがあった。彼の者こそテルモピュライの戦いにて数十万ともされるペルシア軍をたった300人の軍勢を率いて戦い、奮戦した猛将。真名を〝レオニダス1世〟。

 彼のクラスは『槍兵(ランサー)』だが、その本領は凄まじい速力や神域に到達した槍術ではない。レオニダスの英霊たる本領はその盾。その盾は宝具ではなく、何ら力のあるものでもないが、レオニダス自身の実力もあって無類の防御力を誇る。沖田が攻の究極にいる英霊ならば、レオニダスはまさしく護の究極に位置する英霊である。

 仮に相手が木っ端な英霊であれば、沖田も様子見などせずに攻撃を仕掛けていただろう。しかし直感的にその真名を悟ったが故に、攻撃を躊躇った。それは賢明な判断ではあったが、しかし流れを断ってしまったのも事実。

 初めは新たな英霊の登場に面食らっていた連合の兵士たちだったがレオニダスが味方だと了解するや、鬨の声をあげる。しかしそうして飛び出してきた兵士を沖田は一瞥すらくれてやることなく無造作な一閃で斬り伏せ、再び軍勢は足を止める。

 

「……まぁ、いいです。貴方が誰であれ我が眼前に立ち塞がるなら、ハルさんや立香さんの邪魔をするなら、斬り伏せるまで」

「……ッ」

 

 冷酷なまでの殺意によって研ぎ澄まされた声音。それと同時に沖田が纏う剣気が数倍にまで膨れ上がった。それを認めたレオニダスが息を呑む。あれだけの剣技を披露しておきながら、まだ本気ではなかったのか、と。

 何度か虚空を斬り払ってから、沖田は平晴眼の構えを取る。それを迎え撃つようにレオニダスが腰を落とした。盾を身体の前に持っていき、槍を後ろへ。いかなる攻撃をも受け切り反撃に転じる、必勝を期した構えである。その彼らを目前にして、連合ローマ兵たちは何もできない。その瞬間を以て、その領域は文字通り英霊たちの独擅場と化したのである。

 ――そしてその場から少し離れ、敵陣中央奥。そこでは共に本陣に突入した遥とネロが沖田と同じように敵将たるサーヴァントと相対していた。遥はネロを庇うようにして立ち、敵将たるサーヴァントに叢雲を向けている。

 その状況にあって余裕のある笑みを浮かべままでいるのは、恰幅の良い男であった。軍服にも似た紅と黄の服を纏い、頭には月桂樹の冠を被っている。手に執る黄金の長剣が放つ気配は宝剣のそれ。恐らくクラスは『剣士(セイバー)』であろう。

 

「……美しいな。まさしく姫君とそれを守る騎士だ。尤も、姫君と言うには随分お転婆のようだがね」

「余裕そうだな、独裁官(ディクタトル)。それは、嘗められてるってコトで良いのか?」

「いやはや、滅相もない。我が真名を一目で看破するような手合いに、油断などできるものか」

 

 言葉の内容とは裏腹に、男の声音にはまるで遥を煽っているかのような響きがあった。さりとて男は遥を見下している訳でもない。それは分かっていても抑えられない苛立ちに、遥が舌打ちを漏らす。

 男が言う通り、遥はその真名を一目で見抜いていた。そもそもの話として、連合ローマにおいて皇帝と成りうる英霊において黄金の宝剣を保有し得る者などひとりしかいない。共和制ローマにてその類稀なる弁舌でもってのし上がり、終身独裁官となって後の帝政ローマの礎を築いた男。本来は自らの武勇ではなく知略と策略で真価を発揮する、謂わば知の大英雄。〝ガイウス・ユリウス・カエサル〟。

 知将として名を馳せたカエサルだが、武勇については詳しく伝わっている訳ではない。しかしそれは彼が弱いことを示す証左ではない。むしろ未知数であるが故に、容易に勝つことができる相手ではない。

 

「下がっててくれ、ネロ。こいつの相手は俺がやる」

「何!? 貴様ひとりに任せられるものか! 余も……」

「いいから。皇帝は皇帝らしく、後ろでふんぞり返ってればいいさ」

 

 遥の言葉は一見、ネロを小馬鹿にしているようであったがその中には確かにネロの身を案じる思いがあった。反駁しようしたネロだがそれに気づくや、遥の言う通りに後ろに下がる。連合ローマ兵たちは遠巻きに見るばかりで、怯えて攻撃することはない。

 そうしてカエサルと相対すると、遥は一度大きく深呼吸をしてから分霊との同調を開始するための祝詞を唱えた。それによって魔術回路の封印が解け、解放された回路が分霊と接続される。

 分霊との接続によって遥の肉体に秘められた人外の血が励起し、瞳が漆黒から紅玉の如き深紅へと変わる。それだけではなくその気配は超常のそれに、放出する魔力は数倍にまで増加する。その変貌を前にして、カエサルが眉を顰める。

 

「この魔力、精霊か……? いや、違うな。それより高位の、しかも純正に近いものときたものだ。成る程。それでは英霊と()り合おうというのも頷ける」

 

 そうしてひとりで何事か納得すると、カエサルは自ら抑え込んでいた霊基を解き放った。元から相当な規模の霊基を抑え込んでいたようで、カエサルの威圧感が増す。それだけではなく先程まではなかった籠手が左手に顕現する。大英雄カエサル、その全力という訳である。

 対する遥は叢雲を左腰の鞘に戻し、左手を垂らして腰を落とした。殆ど型のない遥の我流剣術の中における数少ない型。遥が最も得意とする縮地からの抜刀術に至る構えである。

 遥とカエサルの間で鬩ぎ合う両者の剣気。それは何ら物理的な力のない筈なのにも関わらず不可視の壁を作り上げ、兵士たちはそれを踏み越えることができない。そしてその剣気が極限にまで高まった時、遥が宣戦した。

 

「いざ……参る」




 料理が得意で刀使い、それも抜刀術が得意なうえに人間でなく悪属性特効持ち……かなりの共通項ですね。誰と誰かは言うまでもないでしょう。

以前申しましたオリジナル特異点について、ちょっとした予告みたいなものを活動報告に載せましたので、よければ。

では、ちらっと出てきた新装備の設定をば。

亡霊魔銃(イルジオネ・ディアボロ)

 遥の依頼を受け、レオナルドが遥の〝バレットМ82A1〟を改造して造った対物ライフル。レオナルド曰く〝魔導対物ライフル〟。有効射程3500~4000メートルとかいうバケモノ。遥とアサシンの兼用。エミヤが銃弾の形に改造して投影した宝具を使えばサーヴァント相手にでもある程度通用するうえ、使用者がアサシンなら対人狙撃で国際法を無視してダムダム弾すら使う悪辣ぶり。
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