Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第5話 剣士、初陣

 これまで特に目的もなく世界各地を回っているうちに、遥は敵意や殺意といったものに慣れているつもりだった。強大な怪異は別な怪異を引き寄せる。宝具を所持するだけでなくその存在そのものが西暦以後では相当な珍種(レア)である遥は、その常道に則るかのように多くの怪異と相対してきた。

 ある時は戯れに村ひとつを壊滅させるような力を持った死徒と交戦し、またある時は悪魔に憑かれて乗っ取られた魔術師と交戦してそれら全てを生き抜いてきた。その潜ってきた修羅場の数が遥の自信の裏付けであり、生半な殺気では動じない胆力の根幹であった。

 しかし、ここで目の前にしている存在はこれまで遥が戦ってきたどれとも異なる、全身の産毛が逆立つほどに強力な殺気を放っていた。死徒の暴虐ですら児戯と鼻で笑いそうなその威圧感は、遥ですらも冷や汗を禁じえないものだ。

 これが英霊。これがサーヴァント。初めて出会ったのが味方である沖田だから忘れていたが、一瞬でも気を抜いて目を逸らせば、その瞬間に首を刈られても何も不思議はないと思わせるその存在感はまさに超常の存在と言うに相応しい。

 

「あれは敵です。マスター、指示を」

「待て。下手に動くと所長が殺られる」

 

 敵が味方を捉えている場合、初めに最も警戒すべきは人質に取られることだ。遥は今までの経験からそれを知っているために、下手に沖田へと指示を出すことができずにいた。しかし、直後に目の前のサーヴァントは意外な行動を取る。

 沖田を一瞥した敵性サーヴァントは彼女がサーヴァントと察知し冷徹な殺意を込めた笑みを送るや、オルガマリーへと付きつけていたデスサイズを離して沖田からの攻撃に備えるかのように構えを取った。

 オルガマリーを人質に取れば優位に立てるというのに、自分からその優位を棄てるような行為だ。それが騎士の行った行為ならともかく、死徒や悪魔と近い化生の気配を纏ったサーヴァントがそれを行ったのは意外だった。

 考えられることとしては、何らかの事情で正常な思考を維持できていないということだろうか。聖杯戦争において、サーヴァントがサーヴァントを斃そうとするのは本能に近い。見た目は普通でも、存在が歪んでいるのかも知れない。

 だが何にせよ、相手が斃さなければならない敵であることに変わりはない。遥は眼前の敵の姿をカルデアで学んだ聖杯戦争の基礎知識と照らし合わせ、瞬時にそれと思われるクラスを弾き出した。

 恐らく、相手の主武装はあの大鎌だろう。隠密には向かない巨大な武具や周囲に乗り物らしきものがないことなどから、相手を四騎士ではないと推定する。そうなると長物を得物としているクラスで当てはまるのは〝ランサー〟だ。

 中々沖田が仕掛けてこないことで自ら攻撃に転じるつもりなのか、ランサーが攻撃態勢に入った。それを迎え撃つように沖田も平晴眼の構えを取る。遥はひとつ息を零すと、沖田に指示を飛ばした。

 

「遠慮は要らない。沖田。お前の力、ここで俺に見せてくれ」

「――承知!」

 

 遥の言葉にそう返事を返すと同時、沖田が地を蹴った。その瞬間、沖田の姿が遥の視界から掻き消え、瞬きする間もなくランサーの眼前に現れる。それはさしものランサーも予想していなかったようで、眼に見えて驚愕を顔に浮かべる。

 日本に伝わるあらゆる武道の足さばきにおいて究極とされる『縮地』。沖田はそれを生前に習得し、サーヴァントとなった後もスキルとして現れるほどにそれは熟練したものになっている。

 だがランサーもそれで終わるようならば英霊になどなっていない。沖田が放った平突きを間一髪で回避したランサーは、牽制として大鎌を振るいつつその勢いを利用して沖田から距離を取った。それでも沖田が逃がす訳はなく、さらに攻撃を加えんと追いかける。

 ひとまず、戦闘開始直後の趨勢は沖田に傾いていると言っていい。しかし、それで勝利を確信できるかと問われれば、それは否だ。

 サーヴァントと契約したマスターに与えられる、自らのサーヴァントのステータス解析能力。それによって把握できる英霊沖田総司のステータスは、敏捷値を除けばお世辞にも優秀とは言えない。江戸末期という神秘の薄い時代の英霊であるからだろう。

 セイバーの証たる対魔力と騎乗スキルもクラス補正による申し訳程度のものでしかなく、さらに戦闘においてはデメリットしかない『病弱』スキルまでも有している。一瞬でも油断すれば、その瞬間に殺される。

 だが、それを補って余りある剣技がある。いや、こと剣において、沖田総司のそれは最早剣技や剣術などという範疇から逸脱している。勝機があるとすれば、その一点だろう。

 遥はもう一度自らのサーヴァントに信頼の眼差しを投げると、ランサーから解放されてもなお忘我のままに座り込んでいるオルガマリーの腕を掴んだ。

 

「所長。もう大丈夫ですよ。ホラ、立って」

 

 努めて優しくそう声を掛けるも、オルガマリーは沖田とランサーの戦闘に釘付けになったままだ。いつもはカルデア職員の前では気丈に振舞っていたオルガマリーであるが、このような状況になると素が出るらしい。

 遥の本心としては無理に気丈に振舞われるよりは本性を剥き出しにしてくれていた方が付き合い易いのだが、この状況では話は別だ。戦場で腰を抜かせば直接死に繋がる。いくらサーヴァントという危機が去ったとはいえ、ここが戦場であることに変わりはないのだ。

 一度深呼吸をして後で怒られる覚悟を決めると、遥は吸い込んだ空気をそのまま偽りの怒声として吐き出した。

 

「立て、オルガマリー・アニムスフィア! ボサっとしてると、死ぬぞ!」

 

 その怒声に反応し、オルガマリーがびくりと肩を震わせる。そうしてゆっくりと首を巡らせて遥を見たその眼には僅かに怯えがあるようにも見えた。確かに、オルガマリーを睨み付ける遥の顔は隠し切れない怒りが滲んでいるようにも見えよう。尤も、遥自身は激怒している訳ではなく、その表情は半ば意図的に作った部分があった。

 そう。遥にしてみればオルガマリーに対してそれほど怒っているという訳ではない。しかし、戦場であるこの特異点において極度の恐怖を覚えたからといって隙を見せているようでは、いつの間にか死んでいるなどということにもなりかねない。多少憤慨するのも致し方ないことだろう。加えて、敵性サーヴァントに怯えているオルガマリーを宥めているような余裕は、遥にはないし、そもそも宥められる程器用でもない。

 恐怖に足が竦んで、その隙に殺された人を遥は何人も見てきた。故に手の届く場所にいるオルガマリーを助けるためには、遥は多少怯えられても構わない。

 不満そうに鼻を鳴らして、遥が沖田とランサーの戦闘に視線を戻す。今のところ、押しているのは沖田の方だ。ランサーは何度か沖田の斬撃をその身に受けたようでローブに赤黒いシミを作っているが、沖田は攻撃された様子はない。

 苦し紛れにランサーが振るったデスサイズを、沖田は振るわれるよりも先に軌道を見切っていたかのように回避する。直感ではない。それはひとえに沖田が身に付けた心眼に齎されるものであった。

 

「グッ……この、漂流者がっ……!」

「戦闘中に無駄口ですか?」

 

 ランサーが放った呪詛を、沖田が一刀の下に切り伏せる。ランサーを睨み付ける沖田の眼には遥と話していた時のような柔和なものではなく、抜き身の刀のような冷徹極まる闘志であった。

 筋力値において、恐らく沖田はこのランサーには敵わない。さらに沖田が培ってきた膨大な戦闘経験から齎された勘は、ランサーが振るう大鎌が何か〝良くない〟ものであることを見抜いていた。故に沖田は真っ向から受け止めることをせず、全ての攻撃を避けているのだ。

 そして、沖田の判断は正しいものであった。ランサーの得物たるこの大鎌の銘は〝ハルペー〟。神話において大英雄ペルセウスが女怪メデゥーサの首を断ち切った神剣そのものであり、このランサー――メデゥーサにとっては己が仇にも等しい武具であった。

 この大鎌で付けられた傷はいかなる奇蹟を以てしても回復することはできない。まさに不死殺しの異名に相応しい魔剣である。沖田も、遥もそれは知らないがふたりともこの大鎌がそういうモノであると見抜いたのは、ひとえに彼らの経験によるものだ。

 

「遅い……!」

 

 白刃が虚空を閃き、ランサーの肩口の肉を抉る。激痛にランサーが悶絶し、傷口から鮮血が迸る。その鮮血は地に落ちるのではなく、噴き出した先にいた沖田へと降りかかった。しかし沖田はそれを拭うこともせず、なおもランサーに剣を振るう。

 総身に鮮血を浴び、それでもなお敵を斬りつけるその姿は修羅の如く。振るわれる一刀一刀その全てが正確無比の斬撃であり、白刃の切っ先は確実にランサーに傷を付ける。次第に漆黒だったローブは赤黒い血液の色へと塗り変わっていく。

 手も足も出ないこの状態に、ランサーが歯噛みする。攻撃力はランサーが上。得物に秘められた神秘もランサーが上。純粋な戦闘力(スペック)だけを参照するならば、ランサーに負ける要素などなかった。

 だが悲しいかな、その身は元の在り様を失い歪められた霊基である。ステータスを上方補正されたのならばともかく、ただ歪められただけの今のランサーに正常な判断など望むべくもない。

 

「シャアァッ!!」

 

 蛇の如き鋭い咆哮をあげ、ランサーの髪が蠢く。沖田へと向けて放たれたそれらの先が集合して生み出されたのは蛇だ。しかしただの蛇と侮るなかれ。それらは英霊の身体の一部であるが故に、只人が喰らえば致命に成り得る。

 不意打ちに近いランサーからの攻撃。だが沖田は冷静だった。初めに迫ってきた2匹の蛇を一刀で切り伏せると、返す一刀で残りの蛇を半ばから切り裂いた。ランサーの放った蛇は全てが無意味に黒い魔力へと霧散する。

 これまで悉く全ての攻撃を防がれ、苛立ったランサーが舌打ちを漏らした。だが攻撃を防がれること以外に、何よりも苛立つことがひとつあった。

 この聖杯戦争に召喚されたランサーたるメデゥーサ。歪められているとはいえ、彼女の眼は十全にその機能を果たしている筈なのだ。視界に納めたものを石化させる、人間たちの尺度で測ればノウブルカラーの宝石級に匹敵する石化の魔眼(キュベレイ)は。

 だが、先程から沖田には一向に石化する兆候がない。ランサーは知らないことだが、沖田の対魔力はEランク程度しかない。本来ならばキュベレイには抗えない筈なのだ。

 

「――フッ」

 

 遠目に見ても分かるほどのランサーの狼狽に、遥がほくそ笑んだ。沖田に対してキュベレイが効果を発揮していないのは、何を隠そう、遥が沖田を魔術で支援しているからなのだ。

 遥の家である夜桜が代々継いできたのは〝封印〟魔術である。これは何も物理的に何かを封印するのではなく、概念的な封印も含まれる。むしろ、夜桜の封印魔術はそういった形のない概念的・事象的な封印を専門とする。

 遥はそれを沖田に対して行使することで、自分が掛けた魔術以外の魔術的支援を受けられないようにする代わりに沖田に対して敵からのバッドステータスが掛からないようにしたのだ。

 ランサーにはそれを知る由もないが、しかし相手のマスターが敵のセイバーに何か支援をし、彼自身も尋常な魔術師、いや、尋常なモノでないことは分かった。となれば先に殺さなければならないのはあのマスターだろうが、それを許すセイバーではないこともランサーには分かっていた。

 ランサーの総身を悪寒が駆け抜ける。総合的な能力には劣るというのにランサーの攻撃を寄せ付けないセイバー。神代の怪物の魔眼すらも無効化してしまう魔術を行使する魔術師(マスター)。一体何なのだ、こいつらは! と内心だけで血を吐くような言葉を吐く。

 確かに遥がただの現代の魔術師であれば、キュベレイを防ぐなど望むべくもないだろう。だが、遥が行使するのは現代の一般的な魔術ではなく、神代に神霊たちによって確立された、謂わば魔術の原典とも言えるもののひとつである。ただの魔術と同じ尺度が測ってはならない。

 

「くっ……このぉっ!!」

 

 苛立ちに冷静さを欠いたランサーの一撃。沖田はそれを鞘を使って受け流すと、空いた胴に愛刀を突き込んだ。乞食清光の切っ先がランサーの肉を喰らい、血を吸って紅い輝きを放つ。さらに刃を返すと、脇腹を切り裂いた。

 ついに決まった決定的な一撃。けれどそれですぐにランサーが消滅するかと言えばそうではなく、苦し紛れに蛇を沖田に向けて放った。それを沖田は鞘を叩きつけて距離を取り、後方に飛び退いて回避する。

 口の端から血を漏らし、肩で息をするランサー。最早ランサーには逆転など不可能な戦況ではあったが、しかし沖田はすぐには動かなかった。様子見をしているのではない。病弱スキルの発動を警戒してのことだった。

 生前の沖田の体質がスキルとして現れたこのスキルは、後の民衆が抱いたイメージなどによって最早呪いにすら等しいほどの効力を持っている。発動確率はそれほど高くないが、連続で戦えば戦う程に発動しやすくなるのもまた事実。

 なら、あとは時間をかけずに斃すしかない。沖田は呼吸をひとつ零すと、流れるような動作で平晴眼の構えを取った。同時に地を蹴り――次の瞬間には、沖田の姿はランサーの懐にあった。

 

「なっ――!?」

「――これで、終わりです」

 

 そう冷酷に言い放つと、沖田はランサーの心臓に向けて平突きを放った。正確無比なその一撃は、既に必中距離。ランサーはその突きを防御することもできずに心臓に直撃を受け、加州清光が深々とランサーの胸に突き立った。

 真っ向から霊核を貫かれ、ランサーは抵抗することすらも叶わずに即死した。ランサーの五体から力が抜け、沖田の刀が引き抜かれると未だ流れの止まっていなかった血を吹き出しながら骸が頽れる。その瞬間、ランサーの骸が黒い魔力になって霧散する。

 返り血を浴び、虚ろな目で佇むその姿は、恐怖を通り越して清廉ですらあった。刀を振って血を払い、鞘に戻す。そうして深い吐息をひとつ漏らすと、マスターたる遥の許へと舞い戻った。

 不意に沖田とオルガマリーの目が合い、返り血を浴びたままの沖田の姿を見てオルガマリーが短い悲鳴を漏らす。沖田はそれに刹那の間悲しそうな表情を浮かべるが、すぐに表情を戻して遥に向き直った。

 

「ハルさん、やりました。沖田さん大勝利、です」

「……はぁ」

 

 短く遥が呆れの籠ったため息を吐く。そうしておもむろにロングコートのポケットに手を突っ込むと、そこから黒染めのハンカチを取り出した。いつ何が起きても良いように遥が常備しているもののひとつだ。

 一体何の意図があって遥が取り出したのか判じかねている沖田の頬を、遥がハンカチで何度か優しく叩く。そこは丁度ランサーからの返り血がかかっていた部分であった。

 血を拭って赤くなったハンカチを見ながら、洗濯しなきゃなぁ、と呟く遥ではあったがその表情は何処か満足気であった。しかしすぐに呆然とした沖田から見られていることに気付くと、悪戯を咎められた子供のような表情で頬を掻く。

 

「自分の仲間が血塗れなのは、あんまり気分がよくない。それだけだよ」

「――」

 

 どこか恥ずかしそうな遥の態度に、沖田は遥についてある種悟りめいたものを覚えた。

 きっと、遥は多くの修羅場を潜ってきたのだろう。その数は新撰組であった沖田には遠く及ばないだろうが、その内容はもしかしたら新撰組が行ってきた数々の戦闘にそう劣るものではないことくらいは分かる。

 多くの修羅場を経験し、多くの人々の死を見てきてなお、遥は誰かが傷つくことを厭うのだ。傷つくこと自体は否定しないが、あまり傷ついて欲しくはない。『人斬り』として数多の敵を殺し、生死に達観した沖田とは対極的な答えだ。

 その在り方に羨望を覚えると同時、どこか危うさも感じる。果たして遥が言う『仲間』の範疇には遥自身は含まれているのだろうかと。誰かが傷つくことを嫌う人間は、得てして自分が傷つくことは厭わない。

 それぞれに別な思いに捉われて何も言い出せなくなった遥と沖田。その横で、ようやくいつもの虚勢と自信を取り戻したオルガマリーが咳払いをした。

 

「……それで、夜桜。なんであなただけがここにいるのかしら? 他のメンバーは? カルデアはどうなっているの?」

 

 一気にまくし立てるように問いをぶつけるオルガマリーに対して面倒くさそうな表情を浮かべる遥。しばし逡巡した後、遥はそれを全てロマニに押し付けようと通信装置を起動させた。

 通信装置から何度かコール音が鳴り、通信が繋がった。

 

『こちらカルデア。遥君、どうしたんだい?』

「報告だ。さっきこちらの聖杯戦争に召喚されていたランサーと交戦した。あと……生存者がいた」

『なんだって!? 本当かい!?』

 

 生存者の発見。それに驚くロマニはまるで、危篤状態になっている候補生以外の爆発に巻き込まれた者は全員死んでいると思っていたとでも言いたげだがそれも無理からぬことであろう。

 立香や遥が装着している通信装置は、それそのものがカルデアへの発信機のようなものだ。通信は繋がらなくともそれがふたりの位置座標をカルデア、ひいてはトリスメギストスにモニタリングされるからこそ彼らは意味消失を免れている。

 それが、発信機の反応もなく、そもそもコフィンに防御されないままに爆発に巻き込まれて生きていたものがいるとは思わないだろう。しかしオルガマリーはそれが気に食わなかったのか、或いは自分の席にロマニが座っていることが気に食わなかったのか、遥の腕を引っ掴むと通信装置に怒鳴りつけた。

 

「ちょっと、どうして貴方がそこに座ってるの、ロマニ!?」

『うわぁ!? しょ、所長? 生きていらしたんですか?』

「随分な物言いね。……それで、そっちはどうなっているのかしら?」

 

 オルガマリーを完全に死人扱いしているロマニに対してオルガマリーは一瞬青筋を立てたが、ここで怒鳴っても仕方がないと自分自身を諫めると努めて冷静にロマニに状況説明を要求した。その問いにロマニは一瞬言葉を詰まらせるも、遥に対してしたものと全く同じ説明をする。

 中でもオルガマリーがショックを受けたのは、最も信頼していたレフ・ライノールの生死が不明であったことだった。しかしすぐに自分の立場を思い出したのか、危篤状態のマスター候補生たちを凍結保存することを命じる。

 本人の同意なしで凍結保存を実行に移すというのは本来ならば違法行為だが、確かに本人の意思が確認できない状態では同意云々と言っても詮無きことだ。オルガマリーの判断は正しいだろう。少なくともコフィンにさえ入れていれば死ぬことはない。

 だがオルガマリーは恐らく人命さえ保護していれば後にいくらでも言い訳ができるからと考えているのだろう。随分と後ろ向きな判断理由であるが、ここにそれを非難できる者はいない。

 後は言いたいことを全て言うと、オルガマリーは半ば放り投げるようにして遥の腕を離した。その行動に微妙な笑みを浮かべつつ、遥はさらに話を続ける。

 

「それで、ロマン、あっちと連絡は付いたのか?」

『うん、丁度さっきね。……全部説明しようとすると結構長くなるんだけど、聞くかい?』

「あぁ。報告は大事だからな。報連相のひとつだし」

 

 遥がそう答えると、遥からは見えないがロマニはひとつ頷きを返して報告を始めた。

 本来なら遥と沖田がランサーを補足するより先にカルデアの探知システムならばランサーを補足していた筈がそれができなかったのは、その直前に立香とマシュに連絡が付いたかららしかった。さらに遥たちがランサーとの交戦を開始したのとほぼ同時にふたりはランサーと同じく歪められたライダーと交戦を開始した。

 平時の彼らなら戦闘能力がなくそのまま殺されていただろうが、レイシフト直前にカルデアで召喚されていた英霊から力を託され、人間と英霊の融合体――デミ・サーヴァントと化していたマシュの奮戦、さらに途中で介入してきたキャスター――どうやらこの特異点の聖杯戦争のサーヴァントで唯一残ったまともなサーヴァントらしい――の協力もあって勝利したらしい。

 その報告の中で遥が注目していたのは、マシュのことであった。人間の肉体にサーヴァントの霊核を宿した存在など、ただ英霊から力を託されたからと簡単に説明できるものとも思えない。しかしすぐに遥は合点した。それはマシュと初めて出会った時から感じ続けていた違和感の正体にも通ずるものであった。

 魔術によって造られたホムンクルスかデザイナーベビーと思しき感覚と、英霊を宿しても問題のない身体。何のことはない。マシュは最初からそのように設計(デザイン)されていたのだろう。まさに狂気の所業である。世界中を巡っている間に遥は国家によって作り出された魔術使いの傭兵と何度か出会ったが、それでも簡単に受け入れることはできなかった。

 しかし、そのお蔭で彼らが戦う力を得たのもまた事実。遥は一旦怒りを棚上げすることにして、平静を保った。

 

「それで、合流場所はさっき話した通りで?」

『うん。立香君たちはもう向かってるよ』

「そうか。じゃあ、俺たちも向かう」

 

 それだけ言い、遥はカルデアとの通信を切った。そうして沖田とオルガマリーに行動の方針を伝えると、遠坂邸への道を歩き始めた。

 

 

 

 炎の海に沈んだ街の中にあって、そこにあった遠坂邸は殆ど遥の記憶にある通りの姿を保っていた。さすがは歴史ある魔術師の邸宅()()()というべきだろうか。結界などにいくらか綻びがあるものの、建物自体は整備すればまだ使えるほどの状態であった。

 そして、その邸宅を前にして対面する人間たちとサーヴァント。片方は遥と沖田、オルガマリー。方や遥と同じくカルデアに残った最後のマスターである藤丸立香とデミ・サーヴァントとなったマシュ、さらにロマニの話にあったキャスターと思しきサーヴァント。

 『魔術師(キャスター)』のクラスというと、遥は勝手に近接戦闘が不得手そうな魔術師の姿を想像していたのだが、そのキャスターは魔術師というよりもどこか武人めいた雰囲気と体躯であった。もしかしたら、キャスターとして召喚されることの方が珍しいのかも知れない。

 遥は何故か緊張した様子で直立している立香に向き直ると、口を開いた。

 

「なんかお互いに色々あったみてぇだが、とりあえずは無事でよかったよ。……えっと、殆ど初対面だし名乗っておこうか。俺は夜桜遥。一応、お前の同僚ってことになる。よろしく」

「オレは藤丸立香です。よろしくお願いします、遥さん」

 

 遥にまで敬意を払っている様子の立香に苦笑し、遥が手を差し出した。

 

「敬語は使わなくていい。どうせ歳も1歳程度しか変わんねぇんだから、立香」

「そっか。じゃあ、そうするよ、遥」

 

 笑みを交わして立香が遥の手を握る。ここに、カルデアの残存戦力の全てが揃った。

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