Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第50話 呪いは静かに、剣士を蝕む

「オォォォ……! 捧げよ、その命……捧げよォッ!」

「クッ……何なんです、この人!?」

 

 首都ローマ付近の平原に展開した連合ローマ軍の軍勢、その左翼最奥。そこではタマモがひとり、暴れ狂うサーヴァントと相対していた。いや、相対していると言うよりは、足止めをしていると言った方が正しいかも知れない。そのサーヴァントの視線はタマモへ向けられながら、しかしタマモを見てはいなかった。

 そのサーヴァントが纏うのはどこかネロやカエサルのものと相通じる意匠を有する金と紅の軽装鎧。筋骨隆々たる五体は狂熱により膨張し、紅く濁った瞳に理性の色はない。『狂戦士(バーサーカー)』のサーヴァントであるのは明らかであった。

 タマモはそのサーヴァントの存在を知っていた。直接対面したことはないが、このバーサーカー――カリギュラとは前にアサシンが交戦している。その情報は既に全員に共有され、タマモは初の交戦ながらカリギュラに対して優位に立つことができていた。

 カリギュラ。ローマ帝国第三代皇帝にして、ネロの叔父である男。元は名君として善政を敷き民からも愛されていたが、月の女神に魅入られたことで狂気へと堕ちた悲しき暴君である。

 無論、だからとて敵に情けをかけるようなタマモではない。優位な流れに持ち込むことができているのなら、それを維持したまま戦うのみである。そしてタマモには、それだけの力がある。

 

「ヴアァァァァッ!!」

 

 狂乱の咆哮をあげながら拳を振りかぶるカリギュラ。その拳は元々高いカリギュラの筋力ステータスに加え狂化の後押しを受け、真正面から受ければ大抵のサーヴァントに致命傷を負わせるだけの威力を秘めている。

 カリギュラに特定の武具はない。もとい、カリギュラにとって武具とは自らの肉体に他ならない。狂化により高められた身体能力を以て敵に接近し、打撃を放つ近接格闘(インファイト)。それがカリギュラの戦闘スタイルであった。

 だがどれだけの威力を秘めた拳であろうと、当たらなければただの拳でしかない。バーサーカーであるカリギュラはステータスは高いものの、理性がないためにその動きはあまりに雑で軌道が読みやすい。故にタマモは呪術による視覚強化のみでカリギュラの攻撃の全てを回避していた。

 音の壁を彼方へと追い遣るカリギュラの拳撃。だがタマモはそれを上体を逸らすことで難なく回避した。更に懐から取り出したのは呪符。拳を振り抜いたままのカリギュラの懐に潜り込み、それを押し付ける。

 

「呪相・密天」

 

 短い詠唱。それによって起動した呪術は凄烈な暴風を生み出し、零距離でそれを受けたカリギュラは抵抗することさえできずに吹っ飛ばされる。飛ばされた先は連合兵たちが固まっている個所。うち何人かはカリギュラに潰され、逆巻く突風に挽き潰される。

 カリギュラはそれを一切気に留める素振りもなく立ち上がり、怒りの咆哮をあげる。味方でさえ恐怖を禁じ得ないほどのそれに、しかしタマモは全くの無反応であった。新たに取り出した呪符でもって攻撃を放つ。

 起動したるは呪相・氷天。一瞬にしてタマモの周囲の気温が局地的に零下まで達し、空気中の水分が凝固する。そうして造り出された氷塊は切っ先をカリギュラに向けて撃ち出された。

 絶え間なくカリギュラに向けて降り注ぐ氷塊。初めはそれを拳撃で砕き割ることで防いでいたカリギュラだが、しかし捌ききることができずに氷塊をその身に受けた。鋭利な氷の刃を満身に浴び、カリギュラが鮮血を吹き出す。

 全身に奔る激痛に苦悶の咆哮をあげるカリギュラ。次第に怒りに塗り潰されていくその雄叫びも、タマモを威圧するには至らない。油断なくカリギュラを睨みつけたまま、今まで霊体化させていた()()を実体化させる。

 ()()はタマモが持つ唯一の宝具であった。名は玉藻鎮石。彼女の本体である天照大御神の御神体であり、つまりは三種の神器のひとつである八咫鏡そのものだ。尤も、それが宝具として機能するのは真名解放時であり、平時はタマモの意志で自在に動くだけの鏡である。

 しかし、だからとてこの宝具が真名解放しなければ使えない訳ではない。サーヴァントならではの超回復力によって傷を塞ぎ迫るカリギュラ。だがその拳をタマモは鎮石を盾として受け止めることで防いだ。更にカリギュラに向けて呪符を放り投げる。

 

「炎天よ、奔れ!」

 

 その詠唱と同時にカリギュラに接触した呪符が燃え、カリギュラの身体が火炎に包まれる。全身を包む灼熱に、カリギュラが吠えて暴れ狂うも、炎が消えることはない。

 そこに追撃するように叩き込まれる呪相・密天。逆巻く突風は燃えるカリギュラを上空へと巻き上げ、吹き飛ばした。体勢を整えようともがくカリギュラ。それを迎えるように、タマモが身体に強化の呪を叩き込む。

 落下したカリギュラを強かに打つタマモの蹴撃。だがカリギュラはそれを受ける寸前に胸の前で腕を交差させ、タマモの蹴りの衝撃を殺した。そのまま僅かな衝撃を利用してタマモから距離を取る。

 理性がないながらに危機を察知したが故の判断である。だがタマモが様子見など許す筈もなく、渾身の力で地面を蹴り抜き弾丸の如き速度で飛び出した。それを迎え撃つように構えるカリギュラ。しかしタマモは筋力値で劣るバーサーカー相手に無策で突貫するような馬鹿ではない。

 自らの足元に呪符を叩きつけ、起動させたのは呪相・密天。その術によって戦槌の如き突風が生み出されるのと同時、タマモが跳躍する。指向性をもって解放された颶風は華奢な体躯のタマモを容易に加速させ、その急激な加速にカリギュラは対応が遅れた。

 

「はあっ! タマモちゃんキックを喰らいやがれっ――――!!」

「グゥゥゥウッ!!」

 

 口汚い咆哮と共に放たれるタマモの蹴りがカリギュラの顔面に炸裂する。逆巻く風の加速を全て上乗せした蹴撃はかの一夫多妻去勢拳や太陽面爆発に匹敵する女子力の発露(フレアスカート・バンカーバスター)には及ばないものの、最大の威力を以てカリギュラの顔面を蹴り抜いた。

 妙な音を立てながら吹き飛ぶカリギュラ。見れば、鼻の骨が折れたようでおかしな方向に曲がっていた。タマモの蹴りは以前遥が見ていた特撮ヒーローのそれを見様見真似で再現したものだが、予想以上の手応えにタマモが小さくガッツポーズをする。

 それも一瞬のことで、満足げな笑みは敵を倒すことのみに注力する冷酷なそれへと変わる。その目は油断なくカリギュラに向けられ、獲物を前にした狩手(ハンター)を連想させた。空中に浮く鎮石は常にカリギュラの攻撃からタマモを守るように旋回している。

 今でこそこうして狂戦士(カリギュラ)相手に単騎で戦闘を演じているタマモだが、彼女の本職は呪術師(キャスター)。つまりは後方支援を得意とするサーヴァントなのだ。その彼女がこうして膂力で負ける相手に対して優位に立つことができているのは、ひとえに月の聖杯(ムーンセル)を巡る戦いの記憶が朧げにあるが故だった。その世界で召喚された彼女の記憶を僅かに継いでいるタマモは、同時に戦闘経験さえも自分のものとしたのだ。

 最早文句の付けようがない一方的な戦闘である。タマモとカリギュラは呪術師と皇帝と、本来ならばどちらも戦闘を行うべきではない立場だ。故に戦闘経験と理性の有無という差が決定的な戦力差として表れている。

 だがそれだけの戦力差、そしてその身に負った無数の傷を前にしてもなお、カリギュラの戦意の眼光は少しの衰えも見せてはいなかった。それどころか戦闘が始まった時よりも凄烈な気配を纏ってすらいる。

 

「ォォォォオオオ……!! ネロォォォォォ!!」

「ッ……! もの凄い気迫ですこと。ネロさんへの執念だけでここまで戦うとか、どれだけネロさん好きなんですか、このヒト!?」

 

 一方的にタマモの攻撃を受け続けたカリギュラが負ったダメージは既に霊核にまで及び、下手をすれば霊核が崩壊してもおかしくはない程だ。そんな状態の彼の霊基を維持しているものはただひとつ。狂気的なまでのネロへの執念であった。

 これだけ追い詰められてもなお、カリギュラの意識の内にあるものはネロだけである。今現在相対しているタマモも、カリギュラにとっては精々手強い障害物程度の存在としてしか認識していない。

 タマモだけではない。カリギュラにとっては自らを()び出した召喚者も、連合ローマ帝国も、至極どうでも良いものであった。ただそこにネロがいるのならば、彼はただネロのために動くだけである。たとえ、それが敵対する結果となったのだとしても。

 しかし、誰かの為に戦っているのならタマモも同じだ。彼女は己が仕える主であり今生の弟でもある男のために戦っている。誰かの為に負けられないという意味においてはタマモとカリギュラは等位であった。

 傷だらけの身体を一切認識していないかのような獣の咆哮をあげ、地を蹴るカリギュラ。それを真正面から見据えながら、タマモがひとつ息を呑む。同時にタマモの周囲に顕現したのは無数の呪符。そうしてカリギュラが拳を振り上げた瞬間、タマモを護るように颶風が渦を巻いてカリギュラを押し返した。

 

「――えぇ。では、少し本気を出すことと致しましょう」

 

 まるで宣誓の如き響きを伴った声音。それと同時、タマモは彼女に可能な魔力放出の全てを以て身体強化を行い、カリギュラに肉薄した。

 続けて繰り出される連続蹴り。それをカリギュラは身体を丸め、交差させた腕を盾の代わりにして防御しようとする。だが限界まで強化されたタマモの蹴撃を受け止めることに集中していたカリギュラは、真横から飛来する鎮石の存在に気づかなかった。

 横合いから鎮石の直撃を受け、衝撃を殺しきれずにカリギュラが吹き飛ぶ。更にタマモは間髪入れずに呪相・氷天を行使し、その身体に氷塊を落として地面に叩きつけた。氷塊の下敷きになったカリギュラは身動きがとれずに、しかし氷塊を破壊しようともがく。

 だがそれをタマモが黙ってみている筈もない。それまでタマモを護るように旋回していた鎮石が空中で静止し、タマモが放出する魔力が急激に増加する。掲げるは神宝玉藻鎮石。更にそれを守るように呪符が顕現する。

 

「これで終わりにしましょう。

 ――此処は我が国、神の国、水は潤い、実り豊かな中津国。

 国が(うつほ)に水注ぎ、高天巡り、黄泉巡り、巡り巡りて水天日光。

 我が照らす。豊葦原瑞穂国、八尋の輪に輪をかけて、これぞ九重、天照らす。――〝水天日光天照八野鎮石〟。

 そしてッ……!!」

 

 真名解放。本来であれば死者すらも蘇生するだけの効力を持つ神宝はその真価こそ発揮することはできないものの、タマモの意志に応えて無限の魔力と生命力の供給を行う結界を()()()()()()()()()展開した。

 出力全開であれば軍勢ひとつを覆うことが可能なそれを自らの周囲にのみ展開したのは、何も手を抜いてのことではない。むしろ軍勢ひとつを強化して余りあるだけの効力を全て自らに回したことで、タマモの霊基は限界を超えて強化されていた。

 空中へ跳躍し、行使するのは炎と氷の呪術。鎮石によって供給された魔力の全てを以て生み出されたのは、それぞれがタマモの身の丈すらも超える大きさを誇る火球と氷球。相反する属性を有する術を手懐け、タマモがカリギュラを睨む。

 超熱量の火球と絶対零度の氷球を前に、しかしようやく拘束から脱したカリギュラは逃げ出すことなく迎え撃つように立つ。逃げるだけの体力が残っていないということもあろう。だがそれ以上に、理性を喪失しても残る皇帝としての意地が、カリギュラから敗走の選択肢を奪っているのである。そうしてカリギュラの前で、高まるタマモの魔力が最高潮を迎え、叫ぶ。

 

「これで……止めですッ!!」

「オオオォォォオオッ!!」

 

 タマモとカリギュラ。ふたりの覇気が鬩ぎ合い、赤と青の軌跡が乱舞する。迫るそれをカリギュラは防ごうとするも、最早死に体の霊基では抗うことすら叶わなかった。タマモが放った呪が大地に突き刺さる。

 大地に咲き乱れる火炎と堅氷の華。燃えては凍り、砕けては燃える。超常の神秘を伴う力の発露を満身に受け、カリギュラが吠える。それは断末魔の咆哮か、或いは己を鼓舞するための声か。

 全ての音を掻き消すほどの轟音の後に訪れた静寂。タマモの呪術によって高く巻き上げられた土煙が晴れた時、カリギュラはそこに立っていた。仕留め損ねたか、と再び呪符を取り出すタマモ。だが直後、カリギュラの身体から金色の粒子が噴きあがる。カリギュラの霊基を形成していた魔力が統制を失い、消失しつつあるのだ。

 それでもなお諦められぬ、とばかりに自らの身体だった魔力光に手を伸ばすカリギュラだが、そうして伸ばした手も光となって消失していき、何も掴むことはない。タマモはそれを黙って見ている。やがて糸が切れたように動かなくなるや、小さく呟く。

 

「おお、ネロ……我が愛しき、妹の子よ。お前は、美し、い……その、輝かしき、運命の礎、となれたのな、ら、余は――」

 

 最後まで言葉は紡がれることなく、僭称皇帝カリギュラが地に倒れる。最早自身の意識を維持するだけの余力も、彼には残っていないのだろう。気づけば既にカリギュラの身体は半ば以上が消え失せ、残る部分も消えかけていた。

 その最期を見届けながら、タマモは思う。恐らくカリギュラは敵ではあったが、決してローマを滅ぼそうとは思っていなかったのだろう。しかし彼は狂戦士であるが故に戦うことしかできず、こうしてタマモに討たれた。その内心がどのようなものか、タマモは知れない。

 それでもカリギュラが何を思い、戦ったのか。その片鱗さえ知れたのなら、タマモにはそれで充分だった。カリギュラに背を向け、立ち去るタマモ。その背後で偽皇帝たる狂戦士が音もなく消えた。

 

 

 

 時は少し遡る。連合ローマ軍本陣左翼にてタマモとカリギュラの戦闘が始まったのと殆ど同刻、本陣中央では遥とカエサルによる一進一退の剣戟が繰り広げられていた。

 一進一退とはいえ、無論剣腕において分があるのは本職の剣士である遥だ。只の現代人であればどんな達人であれカエサルに敗北していたのだろうが、遥は達人を超え英雄の域にある剣技の持ち主。剣士ではない英霊に簡単に敗北する筈もない。故に互角であるのは剣腕によるものではない。

 それはひとえに戦略の問題であった。遥は優れた剣士、魔術師であっても戦略家としては並程度でしかない。基本的にあらゆることが人並み以上にできる遥だが、どの点はさして優れていない。精々驕り高ぶった魔術師の裏を掻いて謀殺してやるくらいか。

 対してカエサルは人類史にその名を燦然と輝かせるほどの戦略家である。紀元前47年におきたゼラの戦いにおける勝利をローマに報告し手紙にあるという〝Vini(来た),vidi(見た),vici(勝った).〟という言葉はカエサルの優れた戦略家としての一面を最もよく表していると言えるだろう。そして、その能力は何も対軍戦だけでのみ発揮されるものではない。

 剣腕で勝る遥との剣戟を演じるうえにおいて、カエサルが執った戦略はただひたすらに〝逃げる〟ことだった。とはいえ、それは遥に背を向けて逃げ出すということではない。カエサルは剣腕で劣るが故に、真正面から戦ずに搦め手に出たのだ。あえて自らは攻め込まず、時に躱し時に太刀筋を変え、ただひたすらに遥の剣を見ている。

 

「テメェ……セイバーらしさの欠片もねぇな……!」

「何とでも言いたまえ。要は勝てば良いのだよ、勝てばな!!」

 

 勝てば良い。その理論に魔術師としての遥は大いに賛成であったが、剣士としての遥は不満を隠せなかった。カエサルの言は即ち、この遥との戦闘においてカエサルはどんな卑怯な手でも使うということなのだから。

 しかし、道理でもある。カエサルはクラスこそ『剣士(セイバー)』であるが、それは黄金剣の存在が故でありカエサル自身はむしろ後衛でこそ本領を発揮する英霊。剣士の矜持を知り、理解していたとしてもカエサルはそれを利用する側なのだ。

 何にせよ、真に剣士としてカエサルと戦うのは半ば不可能に近い。そう判断した遥はひとつ舌打ちを漏らすと、固有結界を展開するための呪言を一説のみ唱えた。その詠唱によって遥の体内に彼の固有結界である煉獄が展開される。漏れ出した焔は遥の総身を覆い、悪鬼の如き姿にカエサルが瞠目する。しかしすぐに立ち直ると、不敵な笑みを取り戻した。

 

「何だ、それは。こけおどしかね?!」

「そいつは、どうだろうな……!」

 

 何か企んでいるような声音。その瞬間、遥の姿が焔の軌跡を刹那の間のみ残し、カエサルの視界から完全に消え去った。唐突な遥の消失に二度目の驚愕を見せる。直後、カエサルは背中に焔を纏った遥の蹴撃を受けて鞠のように吹き飛んだ。

 以前から遥が時折見せていた空間跳躍にすら見紛うほどの超高速移動。今までのそれは固有時制御と縮地によるものだったが、今度のそれは違う。前回のアルテラとの戦闘の間に極地を会得した遥は半ば自動的にそちらを使っていた。それだけではない。今回の戦闘においても遥は分霊の浸食によって得た魔力放出を行使している。

 つまり極地と固有時制御、そして魔力放出の合わせ技。世界広しと言えど、そんなことができるのは遥だけであろう。少なくとも、尋常な剣技では捉えきれまい。渾身の力で地を蹴り、カエサルに肉薄する遥。

 ――しかし、相手はかのガイウス・ユリウス・カエサルだ。こと知略において、彼は人類史で最上級の力量を有する。そして、知略とは時に両者の間に横たわる力量差すらも覆す。

 

「――そこだッ!!」

「ッ……!!」

 

 カエサルが黄金剣を一閃。虚空を裂くように奔る金色の剣閃は音を後方に置き去りにした遥の動きを完全に捉えていた。遥は咄嗟に右足で全ての運動エネルギーを無理矢理押し込めて後方に跳躍。しかし躱しきれずに腹を浅く斬られる。

 カエサルから距離を取り、起源の効力によって腹の切り傷が修正されるのを確認しながら遥は自身の動きを見切ったカエサルを油断なく見つめていた。対するカエサルはその視線に込められた感情を察し、得意な顔をしている。

 無論、カエサルには遥の動きが全て見えていた訳ではない。それどころか、全く見えていなかった。カエサルは遥の軌道を見切ったのではなく、遥が風を切る音がする位置や衝撃波の発生源、その他遥の動きによって生まれるものを一瞬で把握することで遥の軌道を予測したのだ。

 恐ろしいほどの状況把握力、思考速度、予測能力である。少なくとも遥には到底真似できない所業だ。或いは鍛えれば可能かのかも知れないが、現時点ではできないのなら考えても意味はない。

 そうして遥が次手を思案していると、ひとつカエサルが鼻を鳴らして地面を蹴った。黄金剣の柄を両手で握り、左脇に構える。だが単純な剣技に訴えるならば、それは遥の領分である。左腰の鞘から正宗を抜刀し、二刀を構える。

 草原に轟く剣戟の音色。ふたりの剣士によって奏でられるそれを前に、兵士たちは身じろぎすることすらできない。たとえ隙を見てカエサルを援護したとして、次の瞬間には遥に殺されることが分かっているのだ。

 遥の戦意の高まりに呼応するように煉獄から漏れ出す焔とマグマの量が増え、剣速が増す。その様たるや、まさに焔と斬撃の嵐である。それを至近で浴びていたカエサルは一旦仕切り直しとばかりに距離を取る。

 

「速いな。単純な速力であれば、かのアキレウスやヘルメスに並ぶやも知れん。尤も、そんな英雄など珍しくもないがね」

「随分な余裕だな。それだけ自分の勝機を信じていると?」

「無論だ。どれだけ速かろうが、我が黄金剣に捉えられぬものは無い」

 

 不穏な自信であった。遥にも黄金剣がカエサルの宝具であることは分かるが、その効果の程までは分からない。少なくともアルトリアの約束された勝利の剣(エクスカリバー)や遥の天叢雲剣のように魔力を加速して撃ち出す力はないようだが、それだけが『剣士(セイバー)』の宝具の本質ではないのだ。

 しかし、カエサル自身の技術によるものでもあるまい。カエサルはその肥満的な見た目とは裏腹に筋力ステータスはA、敏捷ステータスはBと高いが、剣技はさしたる技量でもない。故にカエサルが黄金剣に託す自信とは、黄金剣そのものの力だ。

 そして現時点で何も効力が発揮されていない所を見るに、黄金剣は真名解放型の宝具なのだろう。ならば最悪、真名解放させなければ良い。尤も、それだけの時間を稼がせない保証などどこにもないのだが。

 それでも遥は弱気ではなかった。自らの剣に託した自信と言うならば、遥も負けてはいない。むしろその総質量においてはカエサルに勝るだろう。遥にとって天叢雲剣とは文字通り身体の一部。それを誇らないというのは即ち自らの躯体に自信がないのと同じこと。それは剣士としての誇りを放棄するのと同義だ。

 二刀を同時に揮う構えでは遥が最も得意とする抜刀術は使えないが、何も抜刀術だけが遥の剣術ではない。固有結界〝不朽の業火(エヴァーラスティング・インフェルノ)〟から放出される焔を操り、二刀に纏わせる。普通の刀であればその瞬間に刀身が溶けているところだが、神造兵装と夜桜の魔術の支援を受けた刀はその程度では切れ味を失わない。

 遥が揮う二刀より放たれた紅蓮が虚空を染め上げる。だがカエサルはそれを易々と掻い潜り、遥へと肉薄した。揮われる黄金剣、空を裂く軌跡。遥はそれを左手の正宗を以て弾き、右手の叢雲を突き込む。それは剣術における最上、一種の芸術ででもあるかのような軌跡を描いてカエサルに迫る。しかしそれはあまりに完璧であるが故に、カエサルの前で脆弱を晒した。

 

「甘いな!」

「何っ……!?」

 

 無造作な一閃で以て払われる遥の剣。続けてカエサルは手首を返し返す一刀で遥を切り裂こうとするが、遥はそれを超人的な反射神経で察知し、逆手に持ち替えた正宗で防いだ。更にそのまま黄金剣の刀身の上を滑らせて一太刀浴びせんとするも、カエサルはその前に遥の間合いから脱している。

 何故――、と遥が内心で呟く。今までカエサルは遥の太刀筋だけは先読みではなく見てから対応していた。だが先の防御は見てからでは対応が不可能な程の、遥の尋常でない成長(しんしょく)速度が齎す一刀だったのだ。つまり、カエサルは間違いなく遥の太刀筋を先読みした。それは間違いない。

 理屈(カラクリ)は至極単純。この短い戦闘で、カエサルは遥の太刀筋の癖や秘められた戦闘論理、更には成長速度やそれに伴う太刀筋の変化までもを完璧に読み取ってみせたのである。

 言葉にすれば非常に簡単だが、実際はそう簡単ではない。現生人類がこの世に発生してより数万年、長きに渡る人類史を紐解いても同じことができる者が数人いるかどうか。何せ剣士としては格上の相手と戦いながらその剣術を子細に把握してみせたのである。只の戦略家ではその前に殺されている。

 格上の剣士と相対しながら、その剣士の戦闘論理を読み取って先読みまでしてのける。まさしく知略に長けた大英雄のみに許された所業である。戦闘とは互いの技術によってのみ行われるものではない。その知を生かしてこそ、剣戟は戦闘として成立する。果し合いの基本原理を、今になって遥は再認識させられた。

 とはいえ、だからと言って遥の攻撃全てがカエサルに通じなくなった訳ではない。抜刀術は初手の1回しか使っていないし、黒鍵や魔術爆弾、魔力を込めた宝石のような別の武装もある。

 何より、遥はまだ奥の手を残している。魔力や魔術を一切使わず、第二魔法に属する奇跡を引き起こす剣技〝怒涛八閃〟。これを防御可能な者など、それこそカエサル以上の戦略家を探すより難しい。何故ならそれを防ぐ、否、無効化するにはこの世に存在するあらゆる可能性をたったひとつに限定しなければならないのだから。

 そうして、必殺の手段に訴えようと遥が叢雲と正宗を納刀する。だがその瞬間、遥にとっては最悪の、カエサルにとっては最良のタイミングで、契約の経路(パス)を逆流してくるモノがあった。

 

「――ッ、沖田……!」

 

 遥が最初に契約したサーヴァント。遥が擁する最強の剣にして、最大の不安材料。その彼女が身に秘める『呪い』が起動してしまったのだ。そして、仲間を不可解なまでに大切に思う遥がそれに反応しない筈もなく。

 

「――私は来た」

 

 カエサルが、その隙を見逃す筈もなかった。

 

 

 

 時は再び戻り、数分前。遥とカエサルが連合ローマ軍本陣中央で戦闘を始めたのとほぼ同刻。少しだけ遥よりも早くに会敵を果たしていた沖田は、既に敵将、とは名ばかりの、レフによって放たれた捨て駒であるレオニダスとの交戦を始めていた。

 その身は捨て駒。守るべきものもなく、故に本領を発揮することも叶わない。レオニダスとは〝護る者〟だ。ある意味ではテルモピュライの戦いでペルシア軍と戦ったスパルタ兵の総体とも言える彼は真の意味で盾であり、同時にその盾を執る者なのだ。それが盾の後ろに守るべきものを持たないとしたら。そんなことは考えるまでもない。螺子が1本外れた機械のように、十分に役割を果たし得る筈もない。

 それでもレオニダスは戦う。今の彼を動かしているものはただひとつ。レオニダスの戦士としての誇りであり、スパルタの絶対の法でもある言葉。〝決して撤退するまじ〟。その言葉が望まれぬ戦場の中にあってもレオニダスを突き動かし続ける。

 だが言葉が突き動かすと言うのなら、それは沖田も同じだ。特異点Fから帰還した翌日、遥に誓った『誠』、そして新選組として己に課した『誠』が沖田を動かす。そしてその守るべきものの有無という一点において、沖田とレオニダスの間には埋めがたい隔絶があった。

 自らが抱える、そして沖田自身でさえ正体の分からない思いを抱く主のため、彼女は身体に染み付いた殺戮の武芸を存分に揮う。レオニダスはそれを大盾と槍でのみ受け止めながら、沖田の絶技に舌を巻いた。

 これほどの武練を持つものは、ペルシアにもスパルタにもいなかった? 当然だ。レオニダスは内心だけで過去の自分の発言を訂正する。沖田の武練はレオニダスのそれとは全く方向性が違う。レオニダスのそれが守る力であるのに対し、沖田のそれは殺す力。レオニダスが守るために殺すところ、沖田はただ敵を殺すためにのみ武練を積み上げた。それが守るものを得たら、どうなるか。簡単だ。考えるまでもない。

 だが、それを弁えたうえでもレオニダスは言う。()()()()()()()()()、と。たとえ護るものがなくとも、そこがテルモピュライでなくとも、その身はスパルタの王であり戦士。なれば、弱音などは吐けない。吐ける筈もない。それでは共に戦ったスパルタ兵を侮辱することになってしまう。

 

「戦闘中に考え事、ですか」

 

 舐められたものですね、と沖田の声。しかし言葉の内容とは裏腹にその声音には落胆など一分たりとて存在しなかった。間髪入れずにレオニダスを盾ごと蹴りつけ、あまりの衝撃にレオニダスが何歩か後退る。だがすぐに体勢を立て直し、槍を揮う。しかしその槍は沖田が即座に間合いから離脱したことで虚しく空を斬るばかりだった。

 得物の間合いだけで言えば、沖田よりもレオニダスに分がある。その長さの関係上、長刀では槍の間合いには及ばない。場合によっては槍持ちは刀の間合いの外から一方的に痛ぶることもできる。

 だがそれは一般的な速力に優れる『槍兵(ランサー)』の場合の話だ。レオニダスは『槍兵』の中では例外的に速力があまり高くない。その点だけで言えば、沖田の方が優れている。レオニダスが得物による有利を得られないのもそのためだ。総合的に見れば、縮地によって一瞬で間合いを詰めることができる沖田が有利。それでも沖田が攻め切れないのはレオニダスの盾、そして防御力が原因だ。

 戦況が戦況でありレオニダスは本領が発揮できないとはいえ、彼は盾を生業とする英霊。その盾の裏側に入り込むことは容易ではない。そして刀の突破力は盾の防御力に劣る。要は沖田の刀はレオニダスの盾とは相性が悪く、彼女の武威を以てしても防御を崩すことは難しいのである。

 だが、沖田が最大の恃みとする魔剣であれば、少なくとも邪魔な盾だけは消し飛ばしてしまえる。無明三段突きは接触部に局所的事象崩壊を引き起こす防御不可の剣技なのだから。

 目下最大の問題は、レオニダスにその隙がないことだ。どれだけ攻撃しようが、レオニダスは目に見えて巨大な隙を晒さないのである。無明三段突きを使おうにも、相手が隙を見せないのでは使い様がない。溜めの間に攻撃されては敵わない。

 

「ジャアッ!!」

「ふっ!」

 

 大気を震わせるほどの気合と共に放たれる、レオニダスの槍の一撃。愚直なまでに真っ直ぐなその槍撃を沖田は愛刀で迎撃し、お返しとばかりにレオニダスの胴に向けて銀閃を繰り出した。しかしレオニダスは愚直な槍術とは対照的な精妙極まる盾の操作でそれを受ける。

 一進一退、と言うよりもむしろ膠着状態と言うのが正しかろう。武練と思いで勝る沖田と、刀と盾という得物の差で勝るレオニダス。両者どちらにも勝る点があるために、かえって互角の状況を生んでいる。

 しかし、だからとて勝負を長引かせる訳にもいかない。沖田が抱える病弱の呪いは少しずつ、だが確かな足取りで沖田を蝕んでいる。兵士たちとの戦闘は大きい負担ではなかったが、彼女の病弱スキルは戦っているだけで発生確率が上がる。今ここで血を吐いて倒れても何も不思議はない。

 故に沖田には時間がないのだ。兵士たちと戦っていた時間も含め、戦闘継続時間は既に45分を過ぎている。最早一刻の猶予もない。そこまで己の置かれた状態を把握してから、沖田は自らの懐からあるものを取り出した。

 それは大きくもなく、かと言って小さくもないという手頃な大きさをしたルビーであった。万が一のため、と遥と契約しているサーヴァントにひとつずつ遥から渡されている、彼の魔力が封入されている宝石だ。

 沖田は魔術師ではないが、サーヴァントとして召喚されるにあたり最低限の知識は与えられている。そのため、その宝石が使い方によっては魔力補給以外にも使うことができると知っていた。例えば、目晦ましなど。

 一瞬で作戦を立て、宝石を愛刀ごと握る。多少違和感はあるものの、そんなものは些事だ。沖田が再び構えたことでレオニダスもまた盾を構え、迎撃態勢を取る。沖田が地を蹴り、響く金属音。どちらも攻撃も決まらない、停滞した戦闘。再びそれが続くかに思われたその時、沖田が動いた。

 沖田の斬撃をレオニダスが盾で受け止め、そのまま槍でも攻撃に移行するその瞬間、沖田は刀で払うのではなく後方へと跳んだ。刀を握る右腕で眼を隠す。並行して左手では宝石に無理矢理魔力を流し、同時にレオニダスの眼前を狙ってそれを放り投げた。

 投げ放たれた宝石は転換もへったくれもない膨大な魔力を叩き込まれ、沖田の思惑通りにレオニダスの目の前で崩壊した。内部に込められていた魔力は英雄ですら一瞬は目を潰されるほどの閃光と化して溢れ出す。

 

「ぬうぅぅぅっ!? これはっ……!?」

 

 目晦まし。気づいて盾で視界を隠した時には既に遅く、レオニダスの視界はかなりの部分が欠けてしまっていた。更にはかなり高く盾を上げてしまったことで沖田の姿が見えない。まさしく、沖田が狙っていた隙であった。

 それを認めるや、間髪入れずに沖田が大地を蹴り抜いた。あまりの力に大地が悲鳴をあげるが如く轟音が鳴り響き、沖田の身体は音の壁を超えて不可視の領域に至る。1歩目で音を超え、2歩目で更に間合いを詰め、3歩目は既に必中不可避の域にいる沖田の絶技。それが今、放たれようとしていた。

 

「無明――三段突き!!」

 

 突き込まれる白刃。一の太刀から三の太刀まで全てを内包した一撃がレオニダスの盾を局所的事象崩壊によって消し飛ばした。瞬間、無防備になるレオニダス。

 ()った――――沖田が確信する。

 だが。

 

「まだまだァァァァァァァッ!!!」

 

 咆哮一喝。何とレオニダスは盾を失くしたと察知した瞬間、一切迷わずに槍を頭上に放り投げて両手を眼前で合わせ、あろうことか加州清光を挟んで止めてしまったのである。いくら沖田の魔剣と言えど、ただの刀を使っている以上側面に攻撃力があろう筈もない。

 白刃取り――!? 有り得ない光景に沖田が瞠目する。そして、それはレオニダスにとっては最大の隙であった。刀ごと沖田を地面に叩きつけ、同時に刀から嫌な音が鳴る。まさか、と思って沖田が刀を見遣れば、彼女の愛刀たる乞食清光は半ばから折れてしまっていた。

 日本刀は非常に脆い武器だ。遥の礼装である天叢雲剣のように『不朽』の属性を持っていたり、正宗のように魔術によって弱点をカバーされているならともかく、ただの刀では弱い衝撃を受けても簡単に折れてしまう。乞食清光のように。

 更に悪いことに、沖田を襲ったのはそれだけではなかった。沖田の意志に反して手足から力が抜け、口から血塊を吐き出す。沖田が最も懸念した事項。『病弱』の発動が最悪のタイミングで起きてしまったのだ。

 

「残念でしたな。盾の喪失に気づくのが少し遅れていれば、負けていたのは私の方でした」

 

 それは賞賛でありながら、半ば皮肉のようですらあった。沖田はそれに更に皮肉を返そうとするも、病弱の呪いはその気力すらも沖田から奪っていく。空中に放り投げた槍をレオニダスが掴み、逆手に持ち替える。

 仮に沖田の相手がレオニダスではなく騎士道に沿って行動する騎士であれば、沖田が回復するまで待ったのだろう。だが相手はテルモピュライを戦った戦士。そんな慈悲など与えていては死ぬのは自分の方だったのだ。そんな人間に、回復を待つ思考などあろう筈もない。

 動け――動け動け動け動け!! 死を前にして引き延ばされた認識時間の中で、沖田が叫ぶ。しかし病弱から回復しない身体ではまともに動くことすら叶わず、レオニダスの槍は今か今かと振り下ろされる時を待っている。だがその時、沖田の脳内に声が響いた。

 

 ――令呪を以て、我が剣に命ず。

 

 沖田は知らない。本来なら、以前までの遥なら、()()()()()()()()()()()()()()ということを。沖田が知らぬ間に、或いは遥自身すら気づかないうちに、遥は越えてはならない一線を踏み越えていたのだ。

 天に向けられた沖田の目に映ったのは、空中を飛来する細長い何か。それを視認した時、言葉が続く。

 

 

 ――死ぬな。戦え。俺と共に、最期まで!!

 

 

「ぬうっ!?」

 

 果たしてレオニダスの槍は何も抉ることはなく、穂先は地面に突き刺さった。まさに瞬間移動めいた沖田の消失にレオニダスは驚愕して周囲を見回し、そして前方に沖田の存在を認めて息を呑んだ。

 纏っているのはそれまでの和服だけではなく、袖口にだんだら模様があしらわれた浅葱色の羽織。手に執る長刀の銘は〝無銘正宗〟――否、羽織を一時的に取り戻した今、その刀は〝菊一文字則宗〟となった。尤も、刀としての位階は正宗の方が高いため厳密に言えばどちらでもないのだが。

 現状の霊基強度では不可能な筈の魔力出力量。それを可能としたのは、ひとえに令呪の力だ。マスターとサーヴァントの同意の下に行使された令呪は、時に魔法にすら匹敵する不条理をも可能とする。それは正規のものより弱いカルデアの令呪でも変わらない。特にそれが、沖田の願いと合致するものであるなら、それは沖田に一時のみ聖杯すら凌駕する効力を発揮する。

 沖田の願いは『最後まで戦い抜くこと』。そして遥の命じた令呪はふたつ。『死ぬな』、『自分と共に最期まで戦え』と。それは遥でも意図していなかった偶然の一致だった。

 沖田の胸の裡にあるのは感謝と歓喜。それを噛みしめるように、沖田が一言のみ呟く。

 

「……勿論です。最期まで、貴方と共に」

 

 柔らかな笑みだった。おおよそ殺意や剣気とは無縁の、何か別の感情を伺わせる笑みだ。しかしその笑みはレオニダスの方に向き直った時には跡形もなく消え失せ、元の殺意に研ぎ澄まされた表情となっていた。

 直後、沖田の姿がレオニダスの視界から消え去った。咄嗟にレオニダスは斬撃を受け止めるように槍を構えるが、衝撃に耐え切れずにそのまま吹っ飛んでしまう。令呪だけでは不自然なほどのステータス上昇。それは沖田の宝具である〝誓いの羽織〟の効果であった。

 吹っ飛ばされ、転がるレオニダス。槍を地面に突き立てて止まった彼の顔面に容赦なく叩き込まれる膝蹴り。盾を喪ったレオニダスと、令呪による強化(ブースト)を得て宝具を一時的に取り戻した沖田。最早、両者の差は火を見るよりも明らかだった。

 最後に沖田はレオニダスの胸板を踏みつけると、抵抗される前にその首を断った。その一撃でレオニダスは完全に絶命し、霊基は魔力光となって還る。同時に沖田を後押ししていた令呪の効力も切れ、羽織が消滅し菊一文字は正宗に戻る。

 戦闘が終わり、沖田は何度か正宗を握り直してみる。初めて握った筈なのに、非常に良く手に馴染む。果たしてそれは沖田の万能性故か、はたまた別の理由か。沖田にとってはどうでも良いことだった。

 

「ハルさん……」

 

 呟く声は誰にも届くことなく、虚空に溶けていった。

 

 

 

「まったく。世話が焼ける」

 

 自らの命令による令呪二角の消滅と沖田の勝利を確認し、遥がそう呟く。まるで厄介がるような言葉とは対照的にその声音はあくまでも穏やかで、遥が沖田の勝利に安心していることが分かる。しかし、その足元には穏やかならざる光景があった。

 そこにいたのはカエサルだった。その身体は左肩口から右脇腹にかけて深々と傷が刻まれて鮮血が噴き出しているのみならず、サーヴァントとして終わりを迎えたことで金色の魔力光となって消え始めていた。だが何より目を引くのはそれではなく、表情。カエサルの顔は何か信じられないものを見たかのような表情で固まっていた。

 それも当然だ。何故なら、カエサルは一度遥の首を断っている。彼の宝具、初撃必中の〝黄の死(クロケア・モース)〟は確かに遥の首を断った筈なのだ。たとえ幸運判定に失敗して次手を打つことができなかったのだとしても、遥を殺すにはそれで充分だった筈だ。それが何故、生きているばかりか致命傷まで負わせてくる――!?

 

「何故……そう言いたげだな、カエサル。そんなの、俺が聞きたいくらいだ。まさか呪いがここまで進んでるとは、俺も思わなかった」

 

 そう忌々し気に言う遥の顔は造作や髪の長さ、肌の色こそ今までと同じであるものの、全く違うものであるような印象を受ける。何故なら以前までは白くまだらが入った黒だった遥の髪は全てが白く変わり、瞳の色は紅から戻らなくなっているのだから。髪留めがなくなって長い髪が全て流れていることなど些細な変化でしかない。

 一言断っておくのなら、遥は決して不死ではない。しかし尋常な命を持つ者でもない。ただ遥は『不朽』であるだけなのだ。遥が〝叢雲の呪い〟と呼称する天叢雲剣の概念上書き能力。遥が生まれる前から彼を犯す呪いが、遂に完成しようとしている。それは遥の意志ではない。

 今の遥は脳か心臓のどちらか片方さえ残っていれば再生する。遥を殺したくば、両方を一撃の下に消し飛ばすのが最善だ。他にも一瞬で炭化させれば死ぬし、圧し潰しても死ぬ。遥は不死ではなく、極端に死ににくいだけなのだから。

 原理は至極単純だ。遥の起源である『不朽』は即ち朽ちないこと。その概念の前では肉体の欠損でさえ劣化と定義される。故に遥の肉体は欠損した場合、死ぬより先に修正されてしまうのだ。その度に人間でなくなりながら。

 些か反則のようにも思えるが、魔術師の中には自分と全く同じ構造をした人形を自分が死ねば起動するように設定し半ば不死状態となった者までいるのだ。そういう類と比べれば、遥の耐久力など大したものではない。しかしカエサルはその真相を知ると、嘲るように言った。

 

「成る程。確かに、それはまさしく呪いだな。まったく……そのような業、人の身には余るものであろうに……」

 

 その言葉を最後に、大英雄カエサルはその存在を無へと帰した。それを遥が無言で見送ったのとほぼ同時、連合ローマ軍の中から悲鳴があがった。遥がカエサルを倒したことによるものではない。何事か、とネロが連合の軍勢に問う。その時、首都ローマの城塞で狙撃に徹している筈のエミヤから念話が飛んできた。

 

『マスター! 大至急、首都に戻れ!』

『何があった?!』

『襲撃だ! 勝利の女王軍の手勢が首都内に()()した!』

 

 

 

 ブーディカの宝具による首都ローマへの奇襲が始まったのと同じ頃、それより少し離れた場所で膨大な魔力が渦を巻いていた。無論、それだけの魔力的現象が自然発生する訳もない。それは聖杯が起こした現象であった。

 曰く、人理焼却の首謀者が特異点を形成するためにその時代に送り込んだ聖杯はカウンターとなるサーヴァントを召喚する。だがブーディカが反転及び変質し、スパルタクスがブーディカ側に付いた今、聖杯はそのふたりの分を補填するサーヴァントの召喚を決定した。

 誰の目にも付かない森の中、英霊召喚の儀式は無人のままで粛々と進んでいく。吹き出す魔力が木々を薙ぎ倒し、英霊が顕現するための場所を形作る。そこに浮き上がった魔法陣はふたつ。しばらくしてエーテルが閃光と化して溢れ出し、ふたりの人影――否、ひとりの人影と奇妙な出で立ちをした英霊が出現した。

 

「問おう。アナタが私のマネ……って、誰もいないじゃない! どーいうコトよ!」

「ふむ。召喚されて早々に戦場の匂いがするとは……この呂布奉先、滾ってきましたぞ! ヒヒン!!」




ちょっとタグ編集をして、『未実装英霊』を消しました。まあ厳密に言えば英霊ではありませんが……時期的に察してください。
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