Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第52話 狂える復讐鬼は慟哭す

「――凄惨なる鏖殺の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)

 

 それは、まさしく凱旋であった。黒衣を纏った復讐の女王は己が分け身たる戦車を駆って戦場を駆け抜け、周囲に死を撒き散らしていく。そこに敵味方の区別はない。女王の凱旋を邪魔する者は、須らく極刑に処されていく。

 凄惨なる鏖殺の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)。聖杯の呪いにより反転したブーディカの持つ第一宝具である。その戦車が発する呪いの霧は巻き込まれた者に不治と死の呪いを付与する力を持ち、ローマに由来する者に対しては特効とでも言うべき効力を発揮する。

 故にローマに生まれ、ローマで育ち、ローマに忠誠を誓う兵士たちに迫り来る死から逃れる術はない。そこに正統か連合かの差異などなく、死の黒霧に呑まれては死んでいく。勇敢にもブーディカを止めようと立ち向かったローマ兵も、一瞬にして死に次いで挽肉へと変えられる。

 或いは彼らに英雄に比する精神力があれば、死の呪いを撥ね退けることができたのかも知れない。だが、悲しいかな彼らはあくまでも人だった。胸の裡に秘める皇帝への忠誠も、ローマの民を守るという決意も、呪いを受けた瞬間に死という深淵に沈んでいく。

 天を突くかのような猛牛の嘶きが大地を響動(どよ)もし、障害物たる兵士たちを物ともせずに恩讐の女王は突き進んでいく。しかしすわ首都へと突入か、というその時、突如として大地から発生した魔力の槍が戦車を引く猛牛を刺し貫いた。

 

「チッ……」

「悪いわね。生憎と、ここは通行止めよ!」

 

 首都ローマに向けて進撃するブーディカを止めたのは果たして、オルタであった。御者台を引いていた猛牛を喪ったことで戦車(チャリオット)は制御を失い、ブーディカは咄嗟に戦車を霊体化させて飛び出す。

 そこへ斬り込んだのはネロである。ブーディカが着地すると同時に愛剣たる原初の火(アエストゥス・エストゥス)を以て斬りかかり、しかしブーディカの盾で受け止められる。その隙にブーディカは手に執る長剣をネロに向けて揮うが、ネロは原初の火を精妙に操ることでそれを防いだ。

 舞い散る火花。鳴り響く剣戟の音。だがブーディカが大きく長剣を振り抜いたその瞬間、唐突にネロがその場から飛び退いた。同時に入ってきたのはオルタである。オルタは長剣を振り抜いた瞬間のブーディカに肉薄すると、横から蹴り飛ばした。

 衝撃を殺しきれずに吹っ飛ぶブーディカ。だがすぐに体勢を整えて速度を殺すと、そのまま長剣を構えた。対してオルタとネロもまた長剣を構え、ブーディカを睨みつけている。互いの緊張が空気さえも張り詰めさせる中、ネロが口を開いた。

 

「ブーディカ……貴様は――」

「何故こんなことを……そう言うつもり、ネロ? そうだよね、アタシも一度はアンタに協力した身だもの」

 

 まるでネロを嘲るような、それでいながらどこか自嘲的な響きを伴った言葉であった。問いを先回りされたネロは口をつぐみ、しかし決して追及するような視線を引っ込めることはしない。

 ネロの疑問は最もだ。元々カウンター・サーヴァントとして召喚されていたブーディカは客将としてネロの旗下にいた。その時のブーディカはローマを恨んではいても、その民にまで危害を加えるような英霊ではなかった。それどころか守ろうとしていたからこそ、ネロに協力していたのだ。

 ところが今はどうだ。ローマから領土と人民を奪い、あまつさえローマそのものを滅ぼそうとしている。以前とはまるで逆のその在り方に、ネロは今の今までどこか敵がブーディカであることを信じられていなかった。だがこうして相対して、実感する。()()()()()()()()()()、と。

 ブーディカが嗤う。ネロを見下すように。復讐に身を窶す我が身を嘆くように。

 

「そんなこと、考えるまでもないでしょう? ……アンタらはアタシたちの国を滅ぼした! 民を殺し、アタシの夫を殺し、娘を凌辱したッ!! それ以外に復讐する理由が必要?!」

 

 突如として感情を爆発させるブーディカ。いや、それは爆発と言うより解放と言った方が良いだろうか。元より復讐者としてのブーディカの本質はローマへの怒り。むしろ今までアルテラやスパルタクスの前で冷静でいられたことの方が奇跡なのである。

 そしてその怒りを、ネロは糾弾することができない。むしろ、糾弾されるべきはネロの方だ。ローマによるブリタニアの侵略はある意味ではネロの不徳の致すところなのだから。

 ブーディカの憎悪は当然のものだ。彼女は謂わばパックス・ローマ―ナの裏に葬り去られた被害者であり、彼女自身に罪などない。それなのに他者の都合で家族を殺され、全てを奪われて、怒らぬ者などいまい。恨まぬ者などいまい。

 

「アタシはアンタが憎い。この国(ローマ)が憎い! 何も知らないでのうのうと暮らしてる民が憎い!! だから皆壊してやるんだ。ただ殺すだけじゃ足りない。奪って、凌辱して、絶望させて……アタシが味あわされた屈辱を、全部返してやるッ!!」

「ッ……ブーディカ……」

 

 復讐者として内包する憎悪を狂戦士としての狂化によって更に燃え上がらせるブーディカ。最早その眼に『騎兵(ライダー)』であったころの慈愛などなく、完全に憎悪と狂気に塗れていた。

 復讐者であり狂戦士でもあるブーディカは狂戦士のクラススキルである狂化をEXランクで保持している。自らの人間性の全てを剥奪する程の憎悪と怒りを抱きながら、冷静でいられるのはそのためだ。だがそれは薄氷の如き奇跡でもある。一旦激情の抑えが効かなくなれば、彼女は狂化によって後押しされた激情のままに暴れ狂う。

 先程までは確かに理性を残していたブーディカの瞳は、今や完全に激情と狂気に呑まれていた。それを前に、ネロは高らかにローマの誉を謳うことができない。その誉は、ブーディカを始めとしたブリタニアの犠牲を礎に含んでいるのだから。

 ローマという国の栄光が落とした影。それが形を成して現れたのが『復讐者(アヴェンジャー)』ブーディカというサーヴァントなのだ。故にその怒りは正統であり、反論すべき言葉をネロは持たない。しかし、それを下らないと嗤い飛ばす者が、そこにいた。

 

「ハッ――戯言はそこまでかしら。ホント、クソ下らなくて反吐が出るわ」

「何……?」

 

 オルタはブーディカの激情に一切興味がないのか、明後日の方を見ながら下卑た笑みを浮かべている。だがその眼だけはブーディカへと向けられ、狂える復讐者に軽蔑を注いでいた。

 

「どういうつもり……? アンタだって、アヴェンジャーなんだろう?! 本当はこっち側の英霊だろうに!!」

「フン。アンタみたいなのと一緒にするんじゃないわよ。私は復讐心に操られるような人形じゃないわ」

「人形だと……!?」

 

 オルタとブーディカ。同じく復讐者であるふたりは、国体の被害者という意味においては同義の存在であった。片や百年戦争時のフランスの歪みに殺され、片やローマの内包する悪性に殺された。だがそれ以外の点で、ふたりはあまりにも異なっている。

 仮にオルタが第一特異点の彼女のままであれば、オルタはブーディカの憎悪に同調して何も言えなくなっていただろう。しかし今のオルタは第一特異点の彼女とは違う。ただ憎悪によってのみ駆動していた彼女とは違うのだ。

 対してブーディカはローマへの復讐のみを存在理由とするサーヴァント。オルタにとってはまるで以前の自分を見ているようで、ブーディカの存在が我慢ならなかった。故に嗤う。下らない、と。

 更に、今のオルタは直接的な復讐よりも面白いものを知っている。同じく復讐者である己が主の行く末を見届けるためなら、オルタは何でもするだろう。想いを叶えようとは思わない。叶えられるに越したことはないが、仮に遥の邪魔になるのならオルタはそれを秘したままでいるだろう。

 無論、そんなことを長々と口にする訳もない。だがブーディカはオルタの気配から彼女が復讐に固執していないと悟ったのか、一瞬のみ驚愕を顔に浮かべ、次いで嘲るような笑みへと変わった。

 

「何を言うかと思えば、そんなもの、復讐を諦めた負け犬の遠吠えじゃないか」

「何とでも言いなさい。どうせ、後で何も言えなくなるんだから」

 

 最大限の嘲りを込めた声色でそう言いながら、オルタは右手の親指で首を撫で、それを下に向けた。死ね、という言外の宣告である。それを受けたブーディカは舌打ちを漏らし、同じ仕草をして返す。

 それを鼻で笑って返しつつ、オルタはネロに視線を遣る。挑戦的で挑発的なその眼は、とても味方に向けるものではない。だがそれがジャンヌ・オルタという少女であると、既にネロは了解していた。

 オルタはネロに覚悟を問うている。果たして他者の正当な怒りを潰してでも自分の国を守り通していくだけの覚悟があるのか、と。その問いに、ネロは原初の火の切っ先をブーディカに向けることで答えた。

 

「ブーディカ。いかに貴様の怒りが正しいものでも、余は貴様を認めることはできぬ。故に……逆賊ブーディカよ! 余は貴様を打倒する! 打倒し、踏み越え、ローマの明日を切り開く! ローマを背負う皇帝として!」

「アタシたちから明日を奪ったお前が……明日を望むなッ!」

 

 血を吐くような咆哮。同時にブーディカは地を蹴り、ネロへと肉薄した。更にブーディカによって憎悪の魔力を充填された長剣――〝約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)〟の刀身が黒く輝き、巨大な魔力の刃を形成する。

 大上段から振り下ろされたそれを、ネロは原初の火を頭上で真横に構えて受け止めた。衝突の威力がネロの身体を伝って大地に伝播することで足元が蜘蛛の巣状に割れ、全身の関節が悲鳴をあげる。

 端正な美貌を憤怒と憎悪に染め、更に長剣を握る手に力を籠めるブーディカ。だがそこに横槍を入れたのはオルタであった。オルタは横から飛び込んでブーディカを蹴り飛ばすと、空中に顕現させた魔力の槍をブーディカに向けて飛ばした。

 それをブーディカは左腕に装着した盾と右手の長剣で弾くと、長剣から黒い魔力弾を飛ばした。かの反転した騎士王の聖剣と似た意匠を持つその剣はオリジナルほどの力はないものの、似た芸当はできるのである。

 更にそれはただ魔力を収束させたものではない。ブーディカの戦車(チャリオット)と同じように死の呪いを内包したその魔力弾は、生者が喰らえば一息吐く間もなく呪いに全身を犯されてしまうだろう。だがネロは炎を纏う宝剣の一閃を以て自身に迫る魔力弾の全てを叩き落とした。

 ネロの宝剣はただの剣ではなく、嘗て地球に落ちた隕石に含まれていた隕鉄から造られた剣である。その根本は地球のものではないが故に、魔術的には地球の条理にはない現象を引き起こす。例えばそれは魔力を込めるのみでの火炎の発生であり、剣そのものの対魔力でもある。

 尚も死の呪いを放ち続けるブーディカの攻撃を掻い潜り、ブーディカに接近するネロとオルタ。だがそのふたりが同時に放った斬撃を、ブーディカは長剣と盾で受け止めた。レオニダス程ではないにせよ、ブーディカも本来は防御を得意とする英霊。その程度は造作もない。

 対して、ネロは未だ生者である。神秘の濃い時代の人間であるためサーヴァントとも戦えるだけの戦闘力を備えてこそいるものの、戦士ではないために精々渡り合う程度しかできない。それがブーディカのような防御を得意とする英霊相手ならば猶更だ。

 

「このっ……亀みたいに籠ってばかりで……!」

「復讐者の残骸と皇帝の即席コンビ相手に、負ける訳にいくかッ……!!」

 

 激情を込めたその言葉と同時、ブーディカの総身から不可解なまでの膨大な魔力が迸り、ネロとオルタを吹き飛ばした。続けての追撃を長剣で捌きつつ、オルタはブーディカの魔力の出所について悟る。

 ブーディカは聖杯の後押しを受けている。ネロとオルタを同時に相手取ることができるだけの異常なステータスも、無限に蛮族を召喚し続けることができるのも、それが原因だ。

 しかし、理解すると共に疑問も生まれる。この特異点においてローマを犯す勢力はブーディカらだけではなく、連合ローマ帝国も含まれている。そして人理焼却の下手人が背後にいると目されるのは後者だ。だというのに、何故ブーディカが聖杯の後押しを受けているのか。或いはブーディカすらも、下手人にとっては――。

 そこまで推理したオルタの耳朶を、ネロの声が打つ。

 

「黒騎士!!」

「っ……!!」

 

 眼前に広がるのは黒い魔力を纏う長剣を振り上げているブーディカ。それを認識してからのオルタの動きは速かった。霊体化させていた旗を実体化させ、頭上に掲げて受ける。かなりの威力に左腕の骨が軋みをあげるが、オルタはそれに斟酌することさえなく右手を握り締め、ブーディカの腹に叩きつける。

 そうして僅かに後退した所に斬り込むネロ。続けて繰り出されるのは流れるような、とはとても言えない、けれど互いの高い技量によって妙な噛み合いを見せる連撃。互いの呼吸は知らない。癖も知らない。ただ互いが互いの動きを補完するように動いているだけの、連携とも言えないものである。

 合わせなさい、とは言わない。合わせろ、とは言わない。ふたりの間には特に友誼がある訳でなく、ただ同じ目的の許に動いているだけだ。だが逆にそれだけの関係性が、ふたりから無駄な思考を奪っていた。互いに死んでもらっては困るとは思っている。ネロはただブーディカを倒すため。オルタはネロが死ぬことによる人理定礎崩壊を防ぐため。まさしく即席コンビ。だが技量についてだけは信用している。

 当然、攻撃面にあまり優れていないブーディカはそれを崩すことができない。何せ相手の攻撃を受け止め、反撃せんとしたその瞬間には次の攻撃が来るのだ。或いはふたりの武威を合算してもなお余裕のある大英雄なら易々と反撃できるのかも知れないが、ブーディカにそこまでの武威はない。隙を見つけない限り、ブーディカは反撃できない。

 だが、攻撃を受け止めつつブーディカは反抗の策を練る。ブーディカには荊軻から所有権ごと奪った匕首がある。その刀身に焼き込まれたヒュドラの神毒は、擦過するだけでも相手の命を奪うだろう。最悪、ネロさえ殺すことができれば良い。それだけでこの時代の人理定礎は崩壊し、必然的にローマ帝国も崩壊する。尤もそれは相手の隙に付け入ることができた場合の話であり、一瞬でもそちらに気を取られたブーディカをふたりが見逃す筈もなかった。

 

「天幕よ、落ちよ。――花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!!」

「ヅゥ……!!」

 

 宣告の言葉と共に放たれるネロの剣技。宝剣に込めた魔力が炎を纏う斬撃と化して虚空を奔り、ブーディカに食らいつく。ブーディカは盾で致命傷を防いだものの、炎の余波がブーディカに降りかかった。霊基を焼く炎に、ブーディカが呻く。

 反撃とばかりにブーディカは長剣に漆黒の魔力を纏わせ、それを魔力斬撃として射出した。大地を抉り、疾駆する黒い魔力。だがそれはオルタが地中から多数の魔力槍を果たし、壁とすることで防ぐ。更にそれを消し、間髪入れずに恩讐の炎を弾丸として打ち出した。

 ブーディカはそれを回避しつつ、ネロとオルタに接近していく。オルタは火炎弾でそれを牽制しようとするも、ブーディカは長剣から撃ち出した魔力弾をぶつけ、それを相殺する。続けて肉薄したのはネロ。縦横に揮われ、紅い軌跡を描く原初の火。それを紙一重で躱し、或いは長剣で往なし対応するブーディカ。一瞬の隙を突き、その膝がネロに叩き込まれる。

 

「ぐっ……このッ……!!」

「何っ……!?」

 

 ネロの腹に入ったブーディカの蹴撃。しかしネロは大地を踏みしめてその衝撃を堪え、自身の腹に減り込んだブーディカの脚を掴んだ。その動きからブーディカはネロが何をしようとしているか悟り振り払おうとするが、ネロはそれに抗いあらん限りの力でブーディカを地に叩きつける。

 そこに揮われる、炎を纏う宝剣の一撃。半ば反射的に地面を転がりそれを躱すブーディカだが、宝剣の刃はその長い赤毛を捉えた。腰ほどまであった流麗な髪が背中半ばほどにまで断たれる。だが己を戦士として、そして復讐者として規定しているブーディカには何の感慨もない。それどころか反撃としてブーディカが放った長剣の一閃は、切り離された髪を巻き込み、消滅せしめた。

 その一閃を回避する中でそれを見たネロの胸中に一抹の憐憫めいた感情が生まれる。今のブーディカは完全に女であることを、それ以前に真っ当な人間だったことを捨てている。その復讐も元はブリタニアを想う心から来るものであった筈が、今の彼女にはプラスダグス王の妻であった頃の思いも、ふたりの娘への愛情も、全て狂化と恩讐に呑まれて消え去っている。残っているのはローマへの復讐心唯ひとつ。その在り様はオルタが言うように、復讐心に操られる人形というのが正しかろう。

 

「憐れだと思う? アタシが。だったら、やっぱりアタシはアンタを、アンタに少しでも協力したアタシ自身を許せない。アタシをこんな風にしたのは、誰だと思ってるんだッ!!」

「ぐぅっ……!」

 

 怒号を共に放たれる長剣の一閃。憤怒の魔力に塗れたその一撃の衝撃をネロは殺しきれずに後退した。その隙にブーディカは追撃せんとするが、そこに割って入ったオルタがそれを阻んだ。

 鍔競り合うオルタとブーディカ。両者の筋力ステータスは共にAであり、一見すると互角であるようにも見える。しかし、サーヴァントの戦闘というのは何も身体能力やステータスでのみ勝敗が決まるものではない。

 オルタの魔力源が契約者(マスター)である遥であるのに対して、ブーディカの魔力源は恐らく聖杯。いくら遥の魔術回路が人間の域にあるものではないにしても、聖杯には及ばない。故に純粋な力勝負において、分があるのはブーディカの方であった。

 ブーディカにとってはそのままでも押し切ることができる鍔競り合い。だがこの戦闘はオルタとブーディカの一騎打ちではなく、ネロが割って入ってこない筈はない。故にブーディカは方針を変えた。

 オルタとの鍔競り合いを中断し、ブーディカが後方に跳ぶ。同時に空中に顕現させたのは、先のオルタの攻撃によって半壊した戦車である。すぐにそれに気づいて回避するオルタだが、ブーディカの攻撃はそれでは終わらなかった。

 空中に差し出されたブーディカの手が握り込まれる。それが合図であったのか、半壊した戦車はその宝具としての在り方を完全に放棄した。瞬間、制御を失った神秘爆発という形で現れる。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)である。

 

「なッ……皇帝!!」

 

 宝具というのはサーヴァントの生命線であり、その英霊の象徴でもある。故にエミヤのように無限に宝具を投影できるような英霊でもない限り、壊れた幻想は使わない。それが常識だ。常識の筈だった。

 だがブーディカは半壊した戦車を最早使い物にならないと判断すると何の躊躇いもなく神秘の爆弾と化さしめたのである。サーヴァントであるが故に常道を知るオルタと何も知らないネロにとって、それは完全な不意打ちであった。

 だがオルタも流石の執念で爆炎からネロを庇うように前に出ると、そのまま地面にネロを押し倒した。オルタよりも身長の低いネロはそれで身体の大半を守られるが、代わりにオルタは背中に極大の熱量を受けてしまう。そして爆発が収まった後に現れたオルタは、凄惨な姿となっていた。

 爆発の威力で全身の鎧はその大半が砕け、背中などは火傷で肉が見えている。最早サーヴァントと言えど死んでいないのが不思議な程の致命傷であった。爆風で巻き上げられた土煙の中で、ネロはオルタに驚愕も露わな目を向ける。

 

「何よ、その目は……別に、アンタ、の為じゃ、ないわ。アン、タに、死なれると……遥が困る、のよ……」

 

 言いながら、オルタは端から魔力に還っていく身体を執念だけで留めながら剣を杖の代わりにして立ち上がる。しかし。

 

「マズッ――」

 

 焼けた太ももに奔る、火傷のものではない痛み。見れば、土煙の中から飛来した小型のナイフのような武具――匕首が突き刺さっていた。それを見て、ネロはそれが何であるかに気づく。それは荊軻の匕首。宇宙最強の毒であるヒュドラの毒が焼き込まれた、一刺一殺の暗器――!!

 土煙の中、それを投げ放った簒奪者の声が、響く。

 

「〝我は悪逆でなく、女王なれば(クイーン・オブ・ヴィクトリア)〟」

 

 

 

「オルタ……!!」

 

 アルテラとの剣戟を演じる中で、遥は経路(パス)を通じて確かにオルタの身に起きた異変を感じ取っていた。消滅した訳ではない。しかし死に体であることに違いはなく、先程からオルタに続く経路の存在が不確かなものになりつつある。

 次第に弱くなっていくオルタの反応に反比例するように伝わってくるのは、強烈な苦痛。契約を通じてもなおはっきりと、それも微弱な経路でも全く問題なく伝わってくるとなると相当なものだ。それこそ、死ぬ程の苦痛であろう。

 だが、悲しいかな今の遥にはそちらに意識を割くことは許されていない。目の前に宿敵が、星の外敵をその残滓さえも許さない遥の血が、遥にそれをさせない。人外の血は極限まで励起し、深紅であった筈の目は黄金に変わり、全身に人のものならざる魔力が満ちている。煉獄の固有結界は常に焔とマグマを吹き出し、遥を内側から焼いていた。

 遥とアルテラの剣戟はやはり一進一退。神刀を用いた遥の剣術は鞭のように撓る軍神の剣を使う変幻自在の剣術に対して分が悪く、加えてアルテラの有する神代に対する耐性は相性的有利をアルテラに与えている。それを互角に持ってきているのは、ひとえに遥の剣腕と異常なまでの防御力である。

 遥にとって、叢雲の呪いと起源の表層化は同義である。元より『不朽』とは叢雲の呪いによって元の起源が変質した結果であり、それは半ば人間の身体で神代から続く血を受け入れることができるようにするためのもの。であれば、血の浸食と共に起源の効力が強まるのは当然だ。それらは元を同じくするのだから。

 だが、それは人の域を超えた力だ。戦えば戦うだけ遥からは『人間』が削ぎ落され、元から少ない人間性は更に少なくなっていく。秒読みで浸食されていく感覚の中で自分の中の『人間』を必死で繋ぎ止めながら、遥は戦っていた。

 あまりの速度に刀身の周囲が歪んで見える程のアルテラの紅い斬撃。それを遥は叢雲で受けるが、殺しきれなかった衝撃に顔を顰める。初めから分かり切っていたことだが、アルテラは本気で遥を殺しにきている。

 今の遥は人間の領域から見れば不死に近しくも見えるかも知れないが、英霊の領域から見れば少し丈夫な程度でしかない。何せ脳と心臓を潰せば死ぬのである。只人にとっては至難の業だが、英霊になる程の武人たちは最悪、一撃で成し得てしまうだろう。アルテラもそのひとりだ。

 死と隣り合わせの命。薄氷を踏むかのような剣戟。そんな状況の中でどうしようもなく興奮する自分がいることも遥は自覚していた。それは分霊の影響ではない、遥本人の気性が故である。

 倒さなければならない、という使命感の裏に戦闘を愉しむ狂喜がある。闘志と使命に燃える激情の中に、隠しきれない笑みがある。それは到底只人の精神では有り得ない在り方。人間と人外の二重存在であるからこその状態。

 

「強い。……あぁ、強いな、お前は。だからこそ、手ずから倒す価値がある!!」

「そうかよ!!」

 

 神速の剣戟。黄金と深紅の剣閃がふたりの剣士の間でぶつかり合い、その度に吹き出す魔力が衝撃波となって周囲を響動もし、大地が崩壊する。そこには誰も寄り付かない。近づいたが最後、巻き込まれることが分かっているのだ。

 大地を踏み割り、遥が放つ一閃。アルテラはそれを無理に受け止めることはせず、その威力を利用して後方に跳び、遥から距離を取った。遥は固有結界から洩れる焔を操りそこに攻撃を加えるが、アルテラはそれを身体を逸らすだけで回避した。

 続けて軍神の剣に収束する魔力。あらゆる星の剣の雛形たるそれに秘められた神秘は下手な宝具すら凌駕する。そうして放出された魔力斬撃は致死の威力を内包し、遥に迫る。だが遥の対応は早かった。

 軍神の剣が遍く星の剣の雛形であるのなら、遥の天叢雲剣は神造兵装、或いは神話礼装という概念の最終形、一種の到達点である。その格は軍神の剣に勝るとも劣らない。遥はそれに魔力を充填し、同じく斬撃として放出することでアルテラの攻撃を相殺した。

 一瞬のうちに溶け合い、しかし相容れぬが故に爆発する魔力。同時に遥は叢雲を構え、地を蹴った。消失する遥の姿。次の瞬間には遥は爆炎を越え、その姿はアルテラの目前にあった。

 それはさしものアルテラも予想ができなかったようで、瞠目した様子を見せた。それはそうだろう。以前アルテラと戦った際の遥は極地は使えず、縮地のみであった。そのためアルテラは遥が極地を習得したことを知らないのだ。

 しかしアルテラの身体は感情とは裏腹に正確に動き、遥の一刀を防御した。それは遊星ヴェルバーの使者たる彼女のスキル〝星の紋章〟の効果である。このスキルは直感スキルとしての側面を持つが故に、アルテラは直感で遥の攻撃を察知したのだ。

 続けて遥が無数の剣戟を放つも、アルテラはそれを全て軍神の剣で払い遥に刺突を繰り出す。遥はそれを回避しようとするも、躱しきれずに脇腹を切り裂かれた。直後に距離を取る。そうして露出した脇腹を見て、アルテラが呟く。

 

「おまえ……! そうか。そういうことか」

「アンタの言うそういうことが何かは知らねぇが……ホラ、俺、英霊じゃねぇし。こういうアドバンテージがないとやってられないのよ」

 

 飄々と、しかしどこか悲し気にそう言う遥。その最中にも遥の傷は秒読みで塞がっていき、遂には完全に元に戻ってしまった。起源の効力による超修復、もとい復元である。聊か反則めいているが、サーヴァントの修復力も似たようなものだろう。

 ふたりの間に武具の差はほとんどないと言って良い。剣腕やその他の能力を総合しても、遥とアルテラの戦闘力はほぼ互角だろう。遥がアルテラに勝利するためには、何か追加の一手が必要だ。

 その一手が遥にはある。天叢雲剣と同じく夜桜に伝わる宝具である鞘。その真名解放。神代最強の龍神〝八岐大蛇〟の霊を憑依させることで自己強化を行うこの宝具であれば、アルテラに対してもある程度有効だろう。アルテラの特性故に神性の後押しこそないものの、純粋なステータスはAランクサーヴァントに匹敵するのだから。

 問題はどのようにして真名解放する隙を作るか、ということだ。真名解放自体は一瞬で済むが、その一瞬でさえアルテラにとっては付け入るには十分過ぎる隙だろう。そのため、少なくともアルテラが一歩で詰めることができないだけの間合いを取る必要がある。

 そうして遥はベルトから鞘を外すと、まるで二刀流でもするかのように叢雲と鞘を構えた。その鞘の先では覆いが外され、ヒヒイロカネの刃が露出している。更に全身に巡らせた魔力が波濤となって遥の全身に満ちる。

 それとほぼ同時に地を蹴り、遥に肉薄するアルテラ。その振り下ろした剣を、遥は叢雲と鞘を交差させて受け止めた。そのままアルテラを上空に弾く。だがそれで後退するようなアルテラではない。打ち上げられた状態で体勢を立て直し、遥と剣戟を行う。

 周囲を薙ぐ魔力。飛び散る火花。目にも留まらぬ、という表現ですら不足なほどの神速の打ち合いである。そのうちに遥は鞘のみで軍神の剣を受け、すかさずその露出した腹に強化と魔力放出によって威力を底上げした拳を打ち込んだ。その衝撃はアルテラの内臓にまで至り、一部が壊れたのかアルテラが血を吐いた。それでも遥は攻撃の手を緩めることはない。刀身に込めた魔力が巨大な刃となって溢れ出す。アルテラは寸でのところでそれを軍神の剣で防ぐも、空中であるが故に踏ん張りが効かずに吹っ飛ばされた。

 

「今……!」

 

 遥の決断は早かった。左手に持っていた鞘を逆手に持ち替え、胸板に突き刺す。そうして漏れた鮮血は鞘の外装である邪龍の皮に吸い込まれ、宝具としての側面が起動した。

 脈動し、膨大な魔力が鞘から暴風となって吹き荒れる。その中心で、遥が叫んだ。

 

「第一拘束解除。其は全てを喰らう邪龍。我が身を喰らえ!!

 ――八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)!!」

 

 真名解放。鞘の効力によって高位次元から招来された龍神の魂が遥に憑依し、その魂に合わせて呪術によって遥の肉体が変化する。肌が黒緑色に変化、鱗が浮き上がる。その内部の体構造は人間のそれから幻想種のそれに。服飾までもが変化し、その臀部からは竜種の尾が伸びている。鱗の隙間からは固有結界の焔が噴き出している。

 そして、その頭上には神話を再現するかのような群雲。

 

――オオォォォォォォッ!!

 

 悪龍咆哮。戦闘はまだ、終わらない。




そろそろブーディカ・オルタのステータス公開してもよろしいですかね……?
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