Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
「おお、その身に秘めたる血潮こそまさに圧制の証! さぁ圧制者よ、我が愛を受け取り給え!」
戦場の中を巨漢が駆ける。その顔に張り付いているのは笑みだ。叛逆の具現とも言える彼は圧制たるローマ、そして人ならざる存在である遥に対して叛逆していることに他好感を覚えている。
ローマ兵たちはスパルタクスの進撃を阻まんと武具を構えて応戦するも、相手はサーヴァント。只人である兵士達が敵う筈もない。彼らは最早スパルタクスの眼中にすら入らずに蹴散らされ、絶命していく。
それはまさしく圧制の凱旋。己が肉体そのものを武器とし、存在を掛けて圧制を打ち砕かんとする気高き志だ。尤も、今の彼の行為は成し得たとしても何も生まない、それどころか遍く人類史を最大の圧制に晒してしまうのだが。
幾多の兵士たちの血でその筋骨隆々たる肉体を濡らし、それでもなお飽き足らぬとばかりに残忍な笑みを絶やさないまま進撃を続けるスパルタクス。だが突如としてその進撃を阻まれる。彼に叩き込まれたのは超高威力の炎撃と氷撃。その威力にスパルタクスがたたらを踏んだその時、その隙に付け入るように槍の一閃がスパルタクスに見舞われる。しかし。
「――ぬぅん!!」
「なぁっ……! 自動回復ですって!?」
悲鳴めいた言葉を漏らしながら長槍でスパルタクスの一撃を防ぐエリザベート。しかし完全に衝撃を殺しきることはできず、後退を余儀なくされた。タマモと並んで得物を構え、スパルタクスを睨む。
その視線の先で、エリザベートによって脳天から股下までを切り裂かれたはずのスパルタクスはその傷をまるで無かったかのように回復してしまっていた。確かに脳を砕き、その中の霊核を破壊したにも関わらず、である。
ふたりは知らないことだが、それはスパルタクス唯一の宝具〝
つまりスパルタクスは頭の側にある霊核を破壊されたそのダメージすらも糧として回復してしまった、という訳である。加えて別な世界においての〝聖杯大戦〟なる聖杯戦争と同じように多数騎のサーヴァントの因果線が絡み合うことにより変換効率が暴走している。霊核さえ回復してしまったのはそのためだ。
つまりスパルタクスを倒すには頭と心臓の霊核を同時に破壊してしまうか、一撃の下に回復する暇すらも与えずにスパルタクスの霊基を消し飛ばすしかない。タマモがそう推測を口にすると、エリザベートが金切り声で叫んだ。
「何よ、それ!? そんなの、どうやって斃せってのよ!」
「だから一撃で吹っ飛ばすしかないと言っているでしょうに……」
話を聞いていない相方に呆れの表情を向けつつも、タマモは内心で冷静に状況を分析していた。先に言った通り、スパルタクスを斃すにはその肉体を一撃で消し去るしかない。でなければ宝具による自己再生で回復してしまう。
だがそれと相対するタマモとエリザベートはあまり火力に優れるサーヴァントではない。タマモの呪術もかなりの高威力ではあるものの、スパルタクス相手では余計な回復をさせるだけだろう。
攻撃性能だけを見ればタマモよりもエリザベートの方が優れているが、彼女の宝具は広域殲滅に優れてはいてもサーヴァント1騎を消し去る程の威力はない。できて半身程度。それでは回復されてしまう。
しかし今はそれぞれ単独ではなく、ふたり協力しての戦闘だ。ひとり単独で火力が足りないのだとしても、同時攻撃ならば或いは――、と思案するタマモの耳朶を大地を破砕する異音が打つ。
「おぉ、おお!! アイッ!!」
「ッ!」
エリザベートによって負わされた傷を完全に回復したスパルタクスがふたりに急迫し、手にした
それぞれ左右に散開したタマモとエリザベート。果たしてスパルタクスの狂気の汚泥に塗れた瞳が捉えたのはエリザベートであった。それはある意味で偶然でなく、必然であった。
タマモが神という圧制が仕組んだ運命の被害者であるのに対し、エリザベートは自らの悪行によってその身を悪鬼に堕とした貴族。であれば、それはスパルタクスが打倒するべき圧制だ。彼はそれを本能で悟ったのである。
身を焦がす狂気のままに攻撃を続けるスパルタクスとそれを捌き続けるエリザベート。タマモは呪術を最大出力で行使して火炎弾を放つも、スパルタクスはその傷さえもすぐに治癒させてしまう。
攻撃が効かない相手、と言うよりもダメージを無効化してしまう相手と言うのが正しかろう。力よりも技を旨とするサーヴァントにとって非常にやりづらい相手である。それでも斃せない相手ではない筈だ。そのタマモの目前でエリザベートが吹き散らされる。
「きゃっ……!!」
「エリザベートさん……!?」
空中へ巻き上げられたエリザベートを追撃しようとするスパルタクス。タマモは咄嗟に身体強化を全開にしてその間に割って入り鎮石で受け止めようとするが、予想よりも強い威力にエリザベートごと更に吹き飛ばされた。
瞬時に耐性を立て直して次なる攻撃に対応しつつ、先の予想が外れた原因に当たりをつけるタマモ。とはいえ、それは考えるまでもなかった。単純に
その原因は言うまでもなくスパルタクスの宝具〝
スパルタクスとは叛逆だ。故に彼はあらゆるモノに叛逆する。逆境。苦境。そんなものだけであるのならばまだ良い。彼が意識的にしろ無意識的にしろ圧制と規定するモノはそれだけに留まらない。例えば物理法則。例えば聖杯のシステム。例えば――人型というカタチ。
「マズいですね」
「何がよ」
「気づいてないんですか? そろそろ
は? と問い返すエリザベートを無視し、タマモはスパルタクスを睨む。タマモの推測は的を射ていた。スパルタクスが宝具によって生産した魔力は最早元の霊基で受け止められるものではない。
故に人型という概念に叛逆する。故に作り変える。今の霊基を以て己が宝具を受け止められないのなら、その生成された魔力でもって己の肉体をそれに合わせて変性させれば良い。スパルタクスにはそれを可能とするだけの
それは紛れもない暴走だ。この結論に至った時点でスパルタクスは尋常な英霊であることを放棄した。全ては彼が規定する圧制への叛逆のため。だが、彼は気づいているのだろうか。己が相対するもの全てを圧制と規定するその思考もまた、圧制であるということに。
恐らく気づいてはいないのだろう。彼はただ己が眼に入ったもの全てに叛逆し、打倒する。ローマを打倒する。その行為そのものが、既に
そう独白するタマモの横で、エリザベートはうんうんと唸っている。
「……つまり、どゆコト?」
「ハァ……つまりですね、あの男は――」
下手に攻撃を加えるだけ強くなるんですよ、と続けられる筈だったタマモの言葉はしかし、口より出るより先に割り込んだ一撃によって阻まれた。けれど今度は吹き飛ばされるようなことはなく、小剣の一撃は鎮石で受け止められた。続けてスパルタクスの胴に呪符を叩きつけて爆炎が炸裂した直後にエリザベートが石突の一撃をスパルタクスに見舞う。
よろめくスパルタクス。その隙に付け入るように叩き込まれるタマモとエリザベートの連撃。しかしスパルタクスはよろめいても倒れるようなことはなく、それどころか恍惚の笑みすら浮かべている。その笑みを浮かべたままスパルタクスは小剣を揮うが、エリザベートがそれを払う。
そうして一旦距離を取って、様子を見る。やはりタマモの推測通りにスパルタクスは宝具で生産した魔力を自己回復と
だがそんな無理な自己強化を続ければ、いつかは限界が来るだろう。ただ戦っているだけなら攻撃して時間を稼ぎ続け、自壊するのを待つという方法もあった。しかし今はそれは不可能だ。周囲にどれだけの被害が出るか分からない。
つまり今スパルタクスを倒そうと思うのなら、自爆するより先に完膚なきまでに霊基を破壊し尽くすしかない。だがそれを可能とする火力を出すにはこのふたりでは宝具、或いはそれに比する攻撃を同時に叩き込むしかない。
今までタマモの話をあまり聞いていなかったエリザベートだがそれは分かったようで、ふたりは無言のままに目を見合わせて頷き合った。同時にスパルタクスが放った薙ぎ払いを跳んで回避し、その勢いのままに顔の両側に回し蹴りを喰らわせる。
脳を震わせる強い衝撃に一瞬のみスパルタクスが行動不能に陥る。その隙にタマモは周囲に大量の呪符を顕現させると、エリザベートが離脱した瞬間を見計らって暴風の呪術を解放した。
下手をすればサーヴァントすらも肉片に変えてしまいそうな程の威力を以て旋転する暴風。スパルタクスは己の身体を大地に固定いていることができずに上空に巻き上げられた。更にタマモは極大の炎球を作り出し、スパルタクスへと放つ。空中にいるが故に、スパルタクスはそれを躱すことができない。しかし。
「なんのォッ!! 我が愛は不滅也!!」
剣闘士、咆哮。地上からの攻撃を避けられない筈のスパルタクスは自らの身体に蓄えられた余剰魔力を指向性を持たせて放出して姿勢制御を行い、小剣で火球を斬り払った。無理な扱い方のせいで小剣は砕けてしまうが、スパルタクス自身は無傷のままである。
思いもよらない方法で火球を防がれたことにタマモは舌打ちを漏らすが、その脳裏では既に次手を決めていた。スパルタクスが落下する地点に呪符を放ち、接触と同時に氷結の呪術を起動させる。大地から生える氷の棘。それがスパルタクスの身体を貫き、固定する。
だがそれも束の間のことだ。全身を貫く氷の棘や傷口から流れる鮮血を意に介することもなく、スパルタクスは身体を固定する氷を折ろうと力を籠める。それを視認するや、タマモが叫んだ。
「エリザベートさん!!」
「解ってるっての!!」
エリザベートが槍を突き刺し、それに応えるように槍を中心として魔法陣が広がる。そうしてせり上がってきたのは城の形をしたアンプ。この戦場にエリザベートが現れた時に使った宝具をもう一度起動しようとしているのだ。
更にタマモは彼女の宝具である水天日光天照八野鎮石を起動させ、自分とエリザベートを覆うように結界を展開した。それによってふたりに膨大な魔力が供給され、宝具の威力を底上げする。
一瞬にして組みあがる魔嬢の城。反対側にはタマモが鎮石から供給された魔力の全てを使って炎と氷の呪術を最大出力で展開していた。それはカリギュラを屠った術。並大抵のサーヴァントならば一撃で粉砕する攻撃である。
スパルタクスが氷の棘を砕く。だがその時には既に、ふたりの魔力は最大にまで高まっていた。
「――
「――ハァッ!!」
草原を薙ぐ破壊音波と乱舞する炎と氷。ふたりが放った攻撃は目論見通りにスパルタクスに突き刺さり、草原を暴力で染め上げた。毎秒ごとに炎と氷の柱が代わる代わる突き立ち、怪音波がそれを粉砕していく。その中心にいるのはスパルタクスだ。叛逆の狂戦士が破壊の暴威に晒されていく。
その後に残るのは静寂。タマモとエリザベートは更なる追撃をせんとするも、先の攻撃に全力を注いだが故に魔力切れを起こして攻撃することができない。しかし少しの間の静寂に安堵のため息を吐こうとし――
「フハ、フハハハハ!! ハハハ!! 素晴らしい! これこそ私が叛逆すべき圧制!! 今、我が身は歓喜に震えている!!」
――土煙の中で、異形が蠢いた。
その意味合いで言えば、今の遥は間違いなく竜騎兵であろう。但し、〝竜〟騎兵ではなく〝龍〟騎兵であり、使役するのは外ではなく己の裡に、であるのだが。
宝具〝八俣遠呂智〟。その封印解除状態での効果は神代日本最強の龍神である八岐大蛇の霊を降霊・憑依させ、その魂に合わせて自分自身の肉体を呪術で組み替えることで己を幻想種化するというもの。星の龍を召喚し自らの血の力で乗りこなす力である。
分霊が殆ど融合した影響か、以前はあった筈の暴走の危険性は限りなく低下している。それでも裡から湧き上がる獣性は抑えようもない。その獣性を乗りこなし、自らの力に変える。
「ォォオオオォッ!!」
「グッ……!!」
一発の踏み込みを強化するのは激流の魔力放出。遥の身体を覆うのは煉獄の固有結界から漏れ出した焔やマグマと、洪水の化身たる八岐大蛇の力によってもたらされた激流。相反する筈の属性が、遥の周囲で同居している。
音速すらも軽く追い越したその速度が生み出すエネルギーを余す所なく注ぎ込んだ一刀。それをアルテラは軍神の剣で受けるが、予想を遥かに超えた威力にそのまま吹っ飛ばされた。そこに遥は追撃を行うが、アルテラは即座に対応し、回避してのける。
身を焦がす獣性のままに戦っていながらも理性を失わず、自らの武練を十全に発揮する。その姿は冬木の時のように
己よりも強大な獣を屈服させ、自分の力とする。それは只人ではなく英雄の在り方だ。意図してのことではないが、遥は徐々に彼を生み出したものが設定した
だが、強化されているのは遥だけではない。己の裡から湧き上がってくる正体の分からない感情のまま、アルテラが薄い笑みを浮かべる。
「……フ。ハハハッ……!! なんだ、
愉しい。不気味な笑みを浮かべたままそう言うアルテラの身体で、星の紋章が妖しい光を放つ。それはアルテラを作り出したヴェルバーが植え付けた本能が励起している証。八岐大蛇が遥に与えた神性に反応したのである。
アルテラに刻まれた星の紋章が蠢き、纏う魔力が増加する。それに呼応するようにして遥の中で血が励起し、更に彼の能力を上昇させていく。それはさながら堂々巡りだ。互いが互いに作用し合い、強化される度にその分が上乗せされているのだから。
つまり今、ふたりはそれぞれ限界にまで強化されている。しかしサーヴァントであるアルテラならともかく、遥は生者だ。幻想種化していることも加え、最早遥の素体にかかる負担は計り知れない。彼の起源が『不朽』でなければ自爆していただろう。
無理な強化の影響で魂が軋む。視界にノイズが奔り、余分な情報が排除されて視界が黒く染まっていく。その中で
「
その祝詞を唱えるや、遥の体内に展開された固有結界の時間流が数倍に加速を始めた。それに伴って固有結界が活性を増し、鱗の隙間から漏れ出す焔がより激しくなる。その焔は一見無秩序でありながらもそうではなく、叢雲の刀身に収束して巨大な刃を作り上げていた。
対するアルテラは執る軍神の剣の刀身を闘争心によって赫と輝かせ、顔には薄い笑みを浮かべている。それは戦闘王アルテラとしての彼女と遊星の使者セファールとしての彼女が同居している証。半ば神代回帰のようなものだ。
アルテラが地を蹴って疾駆すると同時に遥も飛び出す。赤い軌跡を描いて駆けるふたりは間合いの中央で衝突し、衝撃波が草原を薙いだ。一合、二合と打ち合う度に発生するそれが大地を破壊していく。
幻想種化しているうえに体内時間を数倍に加速している遥の動きは並のサーヴァントでは追随することができない。トップクラスのサーヴァントでの対応は困難であろう。その筈が、アルテラは何の苦もなく追随してきている。
刀身を鞭のようにしならせ、あらゆる方向からの攻撃を防ぐアルテラ。その様はさながら剣の結界だ。己が最大の恃みとする剣1本で自らに迫り来る攻撃悉くを弾く剣の結界。遥はそれを越えることができない。
「この……イチかバチかっ……!」
その言葉と同時に煉獄の焔だけでなく激流までもが叢雲の刀身に纏わりつく。そうしてアルテラが揮う軍神の剣と衝突する瞬間に魔力を無秩序に解き放ち、暴虐の激流が周囲を薙いだ。それに遥は吹き飛ばされるが、アルテラの体勢を崩すという目的は果たした。
足を大地に振り落とし、無理にでも体勢を戻す遥。対するアルテラも空中で体勢を整え、既に攻撃態勢に入っている。そのふたりが飛び出したのは全くの同時であった。一度に放出できる魔力の全てを利き足に収束させ、走り出すのと同時に放出する。
幻想種としての脚力を固有時制御と魔力放出、そして極地で後押ししたその身体は音速の壁を遥か彼方に置き去りにしてアルテラに肉薄する。だがその一閃を、アルテラは完璧な動きで往なした。更に遥の腕を掴み、そのまま地面に叩きつける。
そのままアルテラは遥を抑えつけ、逆手に持ち替えた軍神の剣で遥に止めを刺そうとする。しかし遥は身体から噴き出す焔の火力を上げ、それに呑まれるのを忌避したアルテラが反射的に遥から離れる。
自らの火力で一瞬で燃え尽きていく細胞を、起源の力で再生させていく。その苦痛は最早言葉では語り尽くせまい。それは謂わば伝説の不死鳥を真似るかの如き蛮行。とても人間の領域にはない所業を無理に行っているのだから。
その苦痛を気力のみで封殺し、遥は尚も煉獄を稼働させて自分の激情を燃やす。感情を火種とする遥の焔は文字通り無尽蔵だ。感情とは際限なく発生するものであり、それはエネルギーとするには最適なものだ。
その焔が草花に引火し、火災を引き起こす。瞬く間に火の手は広がっていくが、ふたりの剣士はそれを一切意に介さない。遥はその固有結界故に火は効かず、アルテラはその程度では火傷さえしない。
業火に焼かれる苦痛に沈む身体に、不可解なまでの強壮感が満ちる。それは星の外敵の頭脳体たるアルテラと相対したことによる強化が齎すものだ。その反応を示してしまうのは、ある意味で遥が神造兵装と同義の存在だからなのだろう。
互いに愛剣を構え、睨みあう遥とアルテラ。唐突に、その口が開かれる。
「……剣士よ。まだ貴様の名を訊いていなかったな。名乗るがいい」
「夜桜遥。……いや、アンタには
そう言って、遥は己を表すもうひとつの名前を名乗る。それは元から遥にあった名前ではなく、本来は分霊の名だ。しかし分霊が融合してしまった今となっては、最早遥のもうひとつの名と言っても過言ではなかろう。
その名を聞いたアルテラの目が驚愕に見開かれる。彼女は中央アジアから西洋にかけての世界で活動した英霊だが、英霊となった者には座からあらゆる知識が与えられる。その中にその名が含まれていたとしても、何も不思議ではない。その名はそれだけのものなのだ。
大きく息を吐き、激流の魔力を更に巡らせる遥。その身体を中心として焔と激流が渦を巻く。相反する属性が共存しているその様は、まさしく遥そのものと言えるだろう。それらが叢雲でひとつになっていく。
軍神の剣に収束し、旋転する紅い魔力。撃ち出されたそれはまるで空間を抉るかのような轟音をあげながら遥に迫る。遥は大地に手を突き、自分の周囲に激流を起こすことでそれを掻き消した。続けてそれをアルテラに鉄砲水のようにして放つ。それを軍神の剣の一閃で叩き割るアルテラ。その鉄砲水に続けて、遥が飛び込む。
「らアァアッ!!」
「ぬぅっ……!」
互いに渾身の力を込めた一閃。それが衝突するや、吹き出す魔力が炎を薙いだ。そのまま鍔競り合いに移行するふたり。刃と刃の間で火花が散り、腕の関節が軋む。その鬩ぎ合いの内で呻き声を漏らしながら、遥は邪龍に与えられた眼を起動させる。
それは〝邪視〟。視界の内にある全てに重圧の呪いを掛けるその眼はアルテラの対魔力で半ば以上減衰されたものの、一瞬のみ動きを止めることに成功した。そうして生まれた隙に遥は左手の手刀をアルテラの腹に突き刺した。内臓の生暖かい感触が遥の手に伝わる。それを意識から排除し、アルテラの体内に焔を放つ。
尋常な火炎を超えた熱量に一瞬でアルテラの内臓が焼け、人の肉が焦げる不快な匂いが遥の鼻腔を突く。生きたまま内臓を焼かれる苦痛に呻くアルテラ。しかし彼女はすぐにそこから復帰すると、逆手に持った軍神の剣を振り落とした。寸での所でそれを回避する遥。アルテラの腹に空いた穴から、千切れた内臓が落ちて魔力に還る。先の一撃が致命的だったのだろう。アルテラが口から多量の血を吐く。
「……ッ!!」
何か意を決したかのような表情を見せ、剣を構えるアルテラ。右手は後ろに引き、左手は前に。腰を落とし、遥を睨む。同時にアルテラを中心として颶風が巻き起こり、その内側での魔力の脈動を遥は知覚する。
恐らく真名解放ではない。しかしそれに匹敵する魔力量である。今のアルテラが無理に使えば自滅してしまうことは想像に難くない。けれどアルテラは自らのダメージを認識するや、躊躇いなく最大の一手に訴えたのだ。
この一撃でアルテラは勝負を決めにきている。そう悟った遥が鞘を分離させ、叢雲を納めた。そうして右手を垂らし、腰を低くする。殆ど決まった型を持たない遥の例外。抜刀術の構え。
ふたりが放射する剣気が鬩ぎ合い、遥の意識がより研ぎ澄まされる。余計な情報が削ぎ落されていく。周囲の音が遠くなり、聞こえてくるのはアルテラが放つ音のみ。景色の中で意味を持つのはアルテラのみだ。
先に地を蹴ったのはアルテラ。だがその直後、その眼が見開かれる。その先にいる遥は既に叢雲の柄に手を掛けていた。初動はアルテラの方が先であったが、遥は単純な速度のみでそれを追い越したのだ。そして、遥が剣技の名を告げる。
「――怒濤、八閃ッ!!!」
揮われる神剣。最早何者にも認識さえ許さない速度で抜刀された一刀がアルテラの頭蓋に向けて振り下ろされる。恐ろしく正確な一刀だ。その一刀ですら並の剣士が一生涯かけたところで到達できない領域にある。
それが、8つ。遥の一刀によって並行世界から呼び込まれた斬撃がアルテラを囲うように現れる。それは神仏に挑戦するかの如き業だ。それでも、敗北を受け入れるアルテラではない。
交錯する黄金と深紅の剣閃。背中合わせになるふたり。そして一瞬の間を置き、アルテラが力なくその場に倒れ伏した。その身体に刻まれた傷は霊核まで至り、完全に両断していた。存在を維持できなくなったアルテラの身体が端から消えていく。
「……見事。此度の戦いはおまえの勝ちだ。だが……だが、次に見えた時は必ず――」
言葉を最後まで紡ぐ前に消滅するアルテラ。その消滅を最後まで見届けてから、遥はその場に崩れ落ちた。己の血でできた血溜まりも、今の遥の意識には一片も留まっていない。まるで壊れた機械人形ででもあるかのようにのたうち回るのは苦悶だ。言うまでもなく、人の身に余る魔剣を行使した代償である。
全身を満たすのはこの世のものとは思えない程の苦痛だ。辛うじて融合しきっていなかった分霊が、先の無理矢理な同調強化によって完全に遥と融合しようとしている。それは自分の裡に他者を受け入れるに等しい行いだ。故にそれには自己崩壊すら引き起こしかねない苦痛が伴う。
脳裏を過る他人にして自分でもある者の記憶。その一片だけでも人間ひとりの人生に匹敵する量の記憶だ。そんなものを突っ込まれて平気でいられる筈もない。流れ込んだくる記憶が魂に焼きつけられる度に自分自身の記憶が消し飛び、起源に従って修復されていく。
「グ――ァア、グ――ヅゥ―――ア」
知らない。こんなものは自分ではない。遥がそう訴えてもその肉体と魂に融合した分霊はお構いなしとばかりに焼き付けてくる。或いはそれは分霊の本意ではないのかも知れないが、宿主を食っていることに変わりはない。
苦痛は止まない。だがその朦朧とする意識の中で、遥は
その身体はそこまで肥大化しても己の内で生産された魔力を受け止めきれず、今にも自爆しようとしている。恐らくはローマを巻き込む形で。それを見て直感で悟る。立香達が首都ローマの中にいる今、それを防ぐことができるのは自分しかいない、と。
ならば立つしかあるまい。そうして、苦悶を押し退けて遥は立つ。
人理を守るため。
ローマを守るため。
何より、愛した人々の未来を護るため。
イベリア半島。現代においてはスペインの領土としてある土地に聳える城。その中で、連合ローマ帝国の宮廷魔術師、もとい実質的な支配者であるレフ・ライノール・フラウロスは苛立ちを隠せずにいた。
人理焼却の首謀者の配下たる彼の目に映っているのはその場にいる
言うまでもないことであろうが、ブーディカを反転させたのは彼の計略であった。彼女の認識の上ではどこから自分が反転したのか分からないだろうが、ある意味では最初からだ。そもそも今の彼女は元の彼女の霊基とはまるで異なるのだから。反転させた直後に逃亡され、その上アルテラまで持ち逃げされたのは想定外であったが、予定に狂いはない。所詮、彼女は実験台でしかない。
しかし、このままではマズいのも確かだ。あの場に放った連合ローマのサーヴァントが全ていなくなった今、
「ああ、まったく。英霊とはどうしてこうも愚図で矮小で使えない奴らばかりなのだろうな! 貴様もそう思わんかね? ……と、貴様にはもうそんな質問に答える知性もないのだったか」
嘲るようなレフの笑み。しかし無貌に堕ちた泥の巨人は何も言わず、何も思わず、それどころか全く動くこともない。ただ時折狂ったようにケタケタケテケテと嗤うのみだ。その内に元になったサーヴァントにあった巨大な慈愛はなく、ただ虚ろが広がっている。
その様はまさに泥人形。知性はなく、理性もなく、感情もなく、霊基は泥に穢れた。しかしその霊基規模のみが増大している。ステータスは元の比ではなく、トップサーヴァントの大半を凌駕するだろう。
レフが嗤う。果たしてローマを深く愛するネロがこの男の存在を知った時、どのように思うだろうか。想像するだけで抗い難い快楽が全身を満たし、ともすれば絶頂しそうになる。レフ・ライノール・フラウロスという男の変態性を、このローマは十全に満たしていた。
だがその遊戯をカルデアの連中は全て台無しにしてしまう。あの不届き者たちがブーディカを倒してしまう前に聖杯を回収せねばならない。ああまったく面倒だ、とレフが唸る。だが、それはそれで面白みもある。
玉座の間からレフの姿が消失する。首都ローマの戦場まで転移したのだ。残されたのか穢れに穢れた泥の巨人のみ。その無貌が、開く。
「ロォォォォマァァァ……ネェェェェロォォォォ……」
その特性により、ブーディカが投げ放った匕首はその刃に焼き込まれたヒュドラの毒を限りなくオリジナルに近い毒性で再現することができる。故にそれをくらったサーヴァントに死から逃れる術はない。特に、既に死に体のサーヴァントともなれば。
太ももに匕首を受けたオルタは完全消滅こそしていないものの、その身体は全く動く気配がなく末端から消え始めている。もう戦うことなどできまい。宝具行使の代償で匕首は壊れてしまったが、敵を減らすことはできた。本命たるネロを討つことはできなかったものの、怨敵の首を自分の手で落とすことができるのだからそれはそれだ。
「さあ、どうする、ネロ? これでもう頼もしい味方は一緒に戦ってくれないよ?」
「それでも……諦める訳にはいかぬ。余ひとりでも、貴様を打倒する!」
そうこなくっちゃ、とブーディカが嗤う。戦意を失った相手の首をただ落とすだけなどつまらない。戦い、追い詰めて希望を奪ってから殺す。殺す前に召喚した兵士に凌辱させるのも良いかも知れない。
そうやって殺す手段をいくつか考えることができる程、ブーディカには余裕があった。何故ならネロはブーディカには勝てない。生身であるかサーヴァントであるかの違いだけではない。ローマの誉を体現するネロではローマの闇であるブーディカを上回ることができないのだ。
故に最早勝敗は決したも同然であった。共に戦う者たちはそれぞれの理由ですぐにネロの救援に行くことができない。
だが、彼女は知らなかった。彼女を反転させた者にとって、彼女などは所詮使い捨ての駒でしかないということを。
「――盛り上がっている所済まないが、愚図にはここで退場してもらおう」
「えっ――?」
ぞぶり。一瞬それが何の音か理解できなかったネロとブーディカだが、直後にその音が何であるかに気づいた。ネロは己の視界に映るブーディカの姿から。そして、ブーディカは己の胸に奔った激痛から。
ブーディカの胸から覗くのは彼女の心臓を握る、血に塗れた男の手。その手の主であるモスグリーンのシルクハットが特徴的な男――レフ・ライノールは心底つまらなそうにブーディカを見下ろしている。
心臓を抜かれ、血の塊を吐き出すブーディカ。その目が言っている。何故、と。それを愚かだと思うレフだが、同時に憐憫も覚える。他者からその復讐心を利用され、本当に人形に死んでいく
「貴様が……」
「そう。我らが至高の王に仕える72の魔神が一柱、レフ・ライノール・フラウロス!! とまあ、自己紹介はそこそこにして――」
死ね。冷酷なまでの宣告と共に放たれる魔力撃。それが秘める魔力量は尋常な人間のそれではなく、それどころか幻想種すらも優に超える。英雄ではあっても英霊ではないネロにそれを防ぐ術はない。それでも宝剣で相殺しようとするネロの前に、割り込む影があった。
レフが放った魔力撃を刀の一閃で切り裂いたのは沖田であった。少し前までは蛮族相手に戦っていた沖田だが、オルタの危機を察知した遥からネロの救援に向かうように指示を受けたのである。それが功を奏したのだ。
連続でレフが放つ魔力撃を沖田は正宗で斬り伏せていく。本来の得物である乞食清光はレオニダスとの戦闘で折れてしまったが、真に一流の剣士は得物を選ばない。加えて先の戦闘だけで沖田は正宗の使い方を完全に把握していた。しかしレフの攻撃の間隙に放った刺突は、レフが展開した防護障壁に阻まれる。
「おやおや、誰かと思えば女ひとり助けられなかった
「煩い。疾く往ね」
抜き身の刃が如き殺意が込められた言葉の直後、レフが展開していた障壁が音を立てて砕けた。それは予想外であったのかレフが舌打ちを漏らし、後方に跳ぶ。だが沖田が逃がす筈もなく、足元に転がっていたブーディカを蹴り飛ばしつつレフに追随する。
そうしてその場に残されたのはネロと消滅が始まっているアヴェンジャーふたり。ブーディカがそのような状態になってしまったためか、先程まで際限なく湧き出し続けていた蛮族たちはひとり残らず消え去ってしまっている。
蛮族たちが消えて露わとなったのは惨たらしいまでの戦場の爪痕。そしてその中で敵を倒したと思しきタマモとエリザベートが目の前で立ち昇る土煙を睨んでいる。戦場の跡はまさしく死山血河。その光景に釘付けになるネロの足元で、ブーディカが呻く。
「う……なん、で……もう少し、だったのに……あの男さえ……あの男さえ、いなければッ……!」
もう判然としない視界の中でブーディカが睨むのは沖田を相手に余裕の立ち回りをするレフだ。しかし皮肉な話である。レフがいなければ復讐は成功する以前に、まずブーディカが反転することもなかったのだから。
事ここに至り、ブーディカは全てを思い出した。そもそもブーディカが反転したのはカウンター・サーヴァントを駒として利用するというレフの実験の結果だ。そのためにブーディカはレフに囚われ、聖杯を埋め込まれてその呪いを受けた。つまり、最初からレフの傀儡でしかなかったのだ、彼女は。
自分自身の根幹だった筈のものが、そもそも他人から仕向けられたものだった。それを知ってしまった心の何と虚しいことか。用済みとなればすぐに捨てられる身。捨てられてしまった身。
しかし、だからとて諦められない。諦められる筈がない。それでも剣を握る手には力が入らず、その剣もすぐに消えてしまった。それでもなお何かに縋ろうとするブーディカの耳朶を、轟音が打つ。
それは異形だった。最早人の形は留めておらず、辛うじて肉の間に埋もれた顔だけで元々が人間だったと解る。その様はさながら巨大なスライムとでも言うべきか。急速な修復はその代償として、スパルタクスから正常なカタチを奪ったのである。
それでもスパルタクスの内にある魔力は勢いを減じず、遂には彼自身の身体をも破壊して外に溢れ出そうとしていた。しかしスパルタクスはそれに抗わず、むしろ圧制を破壊するための一手として使おうとしている。その口腔に収束する魔力は、首都ローマを全て灰燼に帰して余りある。
「やれッ、スパルタクス!! ローマを……壊してやれッ!!」
直後、放たれる
しかしすわ直撃かと思われたその時、ブーディカらは大圧制の光の先に小さな影を見た。それは閃光と比べれば小さな影。しかしその眼い諦念の光はなく、それどころか圧制を迎え討つ叛逆の意志に満ちている。
掲げるは星が生み出した最後の希望。聖剣、聖槍といったあらゆる神造兵装が敗れ去った後にでも燦然と輝く、希望の具現だ。それは担い手の魔力はろか周囲の
その担い手たる剣士――遥は極光の下で、迫り来る圧制を真っ向から見据えている。アルテラによって刻まれた傷は未だ治りきっておらず、魔術回路の酷使の反動で傷が開いて血が流れてしまっている。
「其は星の神剣。人を救い、
だがそれがどうしたというのか。マシュでは間に合わずとも、自分なら間に合う。そうでなければ全てが終わってしまう。ならば自分がやるしかない。遥は何の迷いもなくそれを選択できる男だった。
総身を貫く激痛。断線しそうになる意識。それらを全て彼方へと押し遣り、遥が叫ぶ――!
「
解放される星の息吹。黄金の閃光。それは圧制の閃光と真っ向から衝突し、鬩ぎ合う。その衝突で発生する衝撃で押し返されそうになる身体を、遥は魔力放出によって無理矢理にその場に固定した。凄まじい圧力と人ならざる力の行使に晒されることによる激甚な苦痛が遥の総身に満ちる。
それでも。それでもやらねばならない。遥は更に神剣に魔力を込め、それに応えた神剣が極光の出力を上げる。圧制の閃光はそれに耐えることができずに徐々に押し返され、遂には両断されてしまった。
そして星の息吹に呑まれる寸前、スパルタクスはその隙間からそれを見た。遥の目。強大なる圧制者の血を内包していながら、それはどうしようもない叛逆の意志に溢れていた。では、それと相対する自分は何なのか。考えるまでもない。スパルタクスは叛逆者でありながら、いつの間にか無関係の者まで巻き込む大圧制者と化していたのだ。
「私は、何を……」
光が巨人を飲み込み、その呟きは誰にも届くこともないままにスパルタクスの霊基は粉々に砕け散った。今度こそ修復もできない程、完膚なきまでに。圧制と化した叛逆はローマの大地から去った。
やがて極光の柱も消え去り、それが齎した破壊の跡が白日の下に晒される。極光が薙いだ草原は抉れるどころか赤熱し、ひどい所では気化している個所もある。これが神造兵装。本来は星の外敵に向けて振るわれるべき力。
それを解放した遥は肩で息をしつつ、明らかな自分の変化に愕然としていた。確かに、宝具行使の反動として行動不能になる程の苦痛はある。それでも、以前より弱い。それは明らかに遥が人間でなくなっている証拠だ。
それでも叢雲を杖の代わりにして、未だ消滅に抗い続けるオルタの許に行こうとする遥。しかし唐突にその背後から拍手が聞こえてきた。賞賛ではない。嘲りを込めたかのような拍手である。
「いやはや、
「レフ……いや、フラウロス!! テメェ……!!」
目の前に現れたレフの姿にも遥は一切動じず、それどころか動かない身体を無理矢理にでも動かしてレフを斬ろうとするがそこに追い付いた沖田がそれを制止してふたりの間に入った。正宗を構え、レフを牽制する。
今までの短い戦闘の中で、沖田はレフが自分ひとりでは倒せない敵であると既に悟っていた。口惜しいことではあるが、まずそもそもレフは英霊よりも格が高い。英霊としては大した力を持たない沖田では傷を付けることはできても倒しきることは不可能だ。
満身創痍の状態から未だ復帰していない遥と決定打を持たない沖田を前に、しかしレフはしばらくの間何もしないで遥を見つめていた。やがてその手が遥に差し出される。何のことか分からず目を見開くふたりに、レフが言う。
「一度だけチャンスをやろう、夜桜遥。貴様は我が王の理想に最も近い。故に我が王は貴様に興味を持っておられる。……そこでだ。我らの眷属となれ。そうすれば我々は共に極点に立つ栄誉を与える用意がある」
「――――」
あまりに突飛な問いであった。開いた口が塞がらないとはまさしくこういうことを言うのだろう。しかしレフはまるで人を堕落に誘う悪魔のような、いや、正しく悪魔の笑みを浮かべている。
だがその衝撃に反し、遥の思考回路は異常な程冷たく凪いでいる。レフ、もとい彼の主である黒幕は彼の理想に遥が最も近いが故に遥に興味を持っているという。それこそ、仲間に引き入れても良いと思う程に。それが示すところはつまり、黒幕には人理焼却のその後に真の目的があるということだ。遥の予想通りに。
ならば、カマをかけて更に情報を引き出すか。レフはそれを狙うことができるだけの小物であると、遥は既に了解していた。しかし遥は肝心な時に限って理性でなく感情に従う男だ。沸騰する感情のまま、遥がレフに向けて中指を立てる。
「俺につまらん質問をするな。失せろ」
「ッ……フン。その選択、後で後悔することだな!!」
捨て台詞めいたその言葉を残し、レフが虚空に溶けるようにして消えていく。遥は逃がすまいと煉獄の焔を放つが、レフはそれより早くにその場から消え去っていて焔は何もない空中を焼くのみに終わる。
レフは仕留められなかったがしかし、後で殺すことに変わりはないとそれを割り切った。遥がするべきことは他にもある。ようやく少し歩ける程にまで苦痛から解放された遥が歩み寄ったのは地面に倒れ伏すオルタ。
その身体は完全に消滅してこそいないものの、最早向こう側が透けて見える程にまでその存在を薄れさせていた。しかしヒュドラの神毒を受けていながらこれだけの間消滅に抗っていられるというのはかなりの精神力である。
傷つき、透けるオルタを抱き起こす遥。同時に弱々しくもオルタの目が開かれ、金の瞳が覗く。
「……遅い、わよ」
「……悪い」
「ふっ……まぁいいわ。先に戻ってるから……勝手に死んだら、許さないわ」
遥が頷く。オルタは未だ消えぬ神毒の激痛に抗いながら少しだけ身体を起こし、遥の頬に口づけを落とした。そして直後にオルタを構成していた魔力が完全に統制を失い、魔力の光となって消滅する。その近くでブーディカもまたネロに看取られながら消えた。
カルデアのサーヴァントは消滅してもその霊基はカルデアへと戻り、マスターの帰還に際して再度構築される。それでもそこに一度、消滅という死にも等しい現象が伴うことに違いはない。
オルタの残滓を握り締め、遥が立つ。ここに、多大なる犠牲を出した戦闘が終わった。