Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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前書きにひとつだけ。去年の夏イベは私にとって天啓のようでした(ペレ的な意味で)。


第55話 月下、剣士は己が正体を告白する

 古代ローマ帝国の首都である都市ローマの中心。現状、統治機構だけではなく商業ルートなど国家を維持するためのもの全てを集約した王宮も、夜間ともなれば殆どの人減が眠り静けさを取り戻す。

 だがその中に在って静寂を切り裂くかのような風切り音が鳴っている。音の出所は王宮の中庭、数日前に遥がネロからひとつの光明を与えられたその場所だ。篝火もなくただ月ひとつの光のみが光源と成り得るその場所で、反射光が軌跡を描く。

 それはやもすれば連なった金属がただ光を反射しているだけのようにも見えるだろう。だが実際はそうではない。それはごく細いものが人智を超える速度で振るわれているために残像によってそう見えているのである。

 虚空に向かって振るわれる刃はただ無造作に空を斬っているのではない。確かにそこには何もないものの、少なくとも暗闇の中で刀を振るう剣士――沖田の意識の中では先日の蛮族やレフを元にした仮想敵が蠢いていた。

 一度小さく息を吸い、それを短い気合に変えて吐き出すと同時に神速という表現ですら足りない程の速度で刀を振るう。都合5回の剣撃は仮想敵の四肢と首を寸断し、しかし一息吐く間もなく次の動作に移る。

 或いは無駄を嫌うサーヴァントや魔術師が沖田のそれを見れば、鼻で笑うか激怒していたかも知れない。基本的にサーヴァントとは不変の存在だ。精神面はともかく、肉体的には成長もしなければ劣化もしない。訓練などサーヴァントには何の意味も為さない。

 しかしそれは霊基が十全であった場合の話だ。今の沖田はレオニダス戦で愛刀たる乞食清光を失い、代わりに遥から借り受けた無銘正宗を使っている状態にある。ただ武装を失っただけと侮る勿れ。いくらこれまで使用する中で使用感を掴んでいるとはいえ、慣熟訓練は欠かせない。

 だが正宗を意識の中だけにいる仮想敵に向けて振るいながらも、沖田の意識全てが戦闘訓練に割かれている訳ではなかった。それは沖田の本意ではないのだが、無意識にそうなってしまっている。

 このローマに来てからというもの、訓練をする沖田の隣にはいつもオルタの姿があった。本来は変化しないサーヴァントという存在でありながらオルタはその特異性故か沖田の教えることを吸収し、剣腕を向上させていたのだ。

 その姿が、今はない。オルタは数日前の戦闘にてブーディカが起こした壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)からネロを庇い、その後に匕首による神毒の一撃を受けて消滅した。再会はカルデアに戻ってからということになろう。

 ただいつもはいた筈の存在がいないというだけで感じる多少の違和感。それが沖田の慣熟訓練に集中することを妨げている。自らの内心を客観的に分析しつつ、沖田は自分が思いの他オルタに絆されていることを悟った。

 同じ主を戴く同胞にして、剣術を教えている最中の弟子。実際の所そこにもうひとつ追加し得るものがあるのだが、沖田が自らの気持ちを理解していない以上それらふたつの関係性と比べると希薄と言わざるを得ないだろう。

 そうして一連の動作を終えて、残心。それとほぼ同時に王宮の一部で巨大な魔力が渦巻いたのを沖田は知覚した。沖田自身は元が魔術師ではないため魔力知覚にはあまり優れていないが、それでもはっきりと認識できる程の魔力だ。

 そこで沖田は遥が新しくサーヴァントを召喚する予定と言っていたのを思い出した。であれば先程の魔力はその召喚によるものなのだろうが、それにしては明らかに規模が異常だった。仮にヘラクレスのような大英雄を召喚したとしてもこのようにはなるまい。

 だが、だからと言ってそれは必ず強力なサーヴァントを引き当てたということには繋がらない。現に〝格は高くともそれほど強くはないサーヴァント〟という条件に合致するサーヴァントとして沖田がいるのだから。

 日本では名が知られているために同国で召喚すれば格が高い状態で召喚される。身に付けた剣腕も、『剣士(セイバー)』の適性を持つ英霊の中では一、二を争うだろう。だが近代出身の英霊であるため、他と比べて致命的に身体能力(スペック)が足りていない。それが沖田総司という英霊だ。

 ヘラクレスのように格が高くその分ステータスも異常に高いサーヴァントか、或いは沖田総司のように格は高くともそれに見合わずステータスの低いサーヴァントか。どちらが召喚されたかは、実際に紹介された時に分かるだろう。そう考えて自室に戻ろうとした沖田の耳朶を、聞き知った声が打つ。

 

「あれ、沖田? まだ休んでなかったのか」

「ハルさん……?」

 

 沖田の予想を裏切るように、沖田のマスターである遥はひとりで現れた。霊体化しているサーヴァントがいるなら同じくサーヴァントである沖田にはそうと知れる筈だが、それさえない。

 ただひとつ些細なことでも違いを挙げるとするならば、髪型の違いか。いつもは項の辺りでひとつに纏められている髪が、何故か同じ辺りで櫛を中心にして一纏めにしていることか。

 それによるものかは分からないが、ここ最近は増大していく一方で気配と共に制御が効かなくなってきていた魔力が完全に遥の支配下にあるかのような感覚が沖田にはあった。戸惑う沖田の前で、遥が言う。

 

「丁度良かった。少し試したいことがあるんで、付き合ってくれないか?」

「付き合うって……模擬戦ですか?」

 

 沖田の問いに遥が無言で頷く。サーヴァント同士ならばともかくマスターがサーヴァントを模擬戦に付き合わせるというのは普通ならば気狂いか何かにしか思われないだろうが、遥の場合は話が別だ。遥がサーヴァントと渡り合いあまつさえ打ち勝つことができるのは今までの戦績が証明している。

 しかし、不可解であった。先程の魔力上昇からして遥がサーヴァントを召喚したのは間違いないというのに、模擬戦をするのは遥本人であるという。では召喚したサーヴァントはいったい何処にいるというのか。

 そんな思考を、沖田は途中で断ち切った。そんなことは考えていても仕方がない。遥がこのタイミングで模擬戦を頼んできたのは間違いなく新たなサーヴァントが関係しているのだろうから、戦ってみれば分かる。

 遥と沖田の間にある距離はおよそ20メートル程。ただの剣士であれば詰めるのに十数歩必要な距離だが、彼らのような超常の領域にいる剣士であれば一瞬で詰めることができる程度の距離だ。どちらが速いかは別としても。

 共に一度深呼吸して意識を戦闘時のそれに切り替え、自己暗示によって肉体を戦闘用のものに組み替える。日本の剣士であれば普遍的に身に着けている戦闘の術だ。そうして闘争に純化された肉体で得物を構える。沖田は平晴眼。遥が我流剣術の通り力を抜いた中段の構えだ。

 

「――いきます」

「来い」

 

 ごく短い遣り取り。その瞬間、大気が弾けた。先に仕掛けたのは沖田だ。音の壁を追い越したその身体は一瞬にして常人の視覚限界を超え、遥に肉薄する。完全に模擬戦の範囲を逸脱した攻撃だ。しかしそのつもりでいかなければ一瞬で終わってしまうと沖田は理解している。

 虚空を貫く銀閃。あまりの速度で剣先の大気が押し出されて真空になる程のそれを、しかし遥は完全に見切って叢雲の刃で受け流す。刃と刃の間で散る火花が、暗闇に沈む庭園を照らす。

 攻撃を受け流されたことで沖田は無理矢理遥の間合いから離脱しようとするが、遥はそれを見逃さない。何も握っていない左手で沖田の腕を掴み、そのまま力任せに投げ飛ばす。そうしてその間に固有時制御の式句を唱え、体内に煉獄が展開されたことで体中から焔が溢れ出す。

 対して投げ飛ばされた沖田は空中で強引に身体を捻って体勢を立て直し、着地と同時に走り出した。そのままでは遥の背中を狙うことになるが、沖田は全身から焔とマグマを発生させている時の遥がどのような状態であるかを知っている。

 貫くような沖田の視線の先で遥の握る叢雲に焔とマグマが収束する。それは今までのように揺らめくこともなく全てが刀身を中心に圧縮され、深紅に輝いている。物理的には有り得ない現象であるが、魔術的には何ら問題はない。

 正宗を袈裟懸けに振り抜く沖田と振り向きざまに叢雲を振るう遥。深紅と銀の剣閃が何度も空中で打ち合い、その度に甲高い金属音が響く。だがそのうちに手応えに違和感を感じて、沖田が遥から距離を取った。

 見れば、剣戟の度に常軌を逸した熱量に晒されたためか刀身の一部が溶けだす寸前にまで赤熱していた。だが尋常な刀身であれば刃毀れして然るべき状態でありながら、正宗は全くその形状を変えていない。明らかに異常な現象であった。

 沖田はその原因を知っているものの、よもやこれほどとは思っていなかった。夜桜に継承されてきた概念凍結の封印魔術は、固有結界という最上の神秘を由来とする超常の熱からでさえ刃を守るだけの効力を備えているのであろう。

 だが凄まじいのはその魔術だけではない。それに守られている無銘正宗。その格は沖田の愛刀である加州清光はおろか、誓いの羽織の力で顕現する菊一文字則宗よりも高いだろう。レオニダスとの戦闘において正宗が羽織の効力を半ばまでしか受け付けなかったのはそのためだ。

 沖田自身が英霊である以前に格の高い剣士であるため何の問題もなく扱えているが、常人が下手に振るえば刀の格に負けて何かしらの反動を受けてもおかしくはない。それほどまでに、正宗は強力だ。それを改めて認識すると同時に、沖田は己のマスターの剣士としての評価を上方修正する。

 実際に使ってみて理解した正宗の位階の高さ。だがそれでも神刀である天叢雲剣には及ぶまい。人の手によって造られるものの極点にある正宗と、地球の手によって造られるものの極みにある叢雲。それを遥は時に同時に扱っていた。自在に、まるで己が肉体の延長ででもあるかのように。

 ――仮にこの場で遥と相対しているのが沖田ではなく遥の正体に半ば気づいているエミヤや気づいていながら黙っているタマモであれば、召喚したサーヴァントが姿を見せない事、そして遥の異常な強化というふたつの謎について解答を出していたことだろう。

 だが悲しいかな、沖田にはタマモのように神代を生きた経験も、衛宮のような人理に仇名すものとの豊富な戦闘経験もない。故に気づけない。肥大化しながらも遥の意のままに蠢く魔力が、既に人のそれではないということに。

 

 ――物は試しとやってみたが、これはそんな軽い気持ちでやるべきじゃなかったな……!!

 

 沖田と切り結びながら内心でそう呟く遥。傍から見ればただ異常な強化がなされているだけのようにも見える遥だが、無論それには代償がある。魔術の原則は等価交換。であれば、無茶な強化には無理な反動があて然るべきなのである。

 果たして、その代償とは己自身。より正確に言えば、彼の肉体だ。遥を強化しているものは確かに遥の内側にある()()に作用して遥との同調率を上げ、更に遥そのものの力も増大させている。だが本来、それは遥が使うべきものではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その齟齬が、遥に絶大な負担を強いているのだ。

 古来より日本では女性は生命力の源泉と言われており、櫛は呪力を持つとされていた。つまり遥を強化しているもの――彼が髪に巻き込む形で装着している櫛とは、彼がつい先程召喚したサーヴァントが変じたものであった。真名は言うまでもあるまい。

 キャスターそのものでもあるそれを自在に扱えるのは、遥ではない。しかし遥もソレであって、かつソレではない身。負担を無視すれば使えないことはない。そして遥は基本的に自らの戦力と成り得るものは一度試してみる男だ。故に起きたを相手にして使ってみたのだが、それは様々な意味で遥の予想を超えていた。

 全身を襲う苦痛。そして、それを塗り潰してしまうかのような高揚感。恐らく無理に分霊だけではなく自らまで強化している弊害であろう。キャスターが変じた櫛からは何か物言いたげな雰囲気が伝わってくるが、まだ戻す気は遥にはない。

 伝承に曰く、彼女は自ら櫛に変じたのではなく、変えられたのだという。たとえそれが彼女の同意の下に行われたものだとしても、彼女自身の力によるものではない以上その伝承を昇華した宝具もまたそのようになる。

 

「ぐ……おおぉッ!!」

 

 魂そのものに掛かる過負荷を咆哮と共に意識から追い出し、地を蹴って飛び出す遥。肉体の限界を超えた膂力を引き出したことで筋線維が何本か千切れる音が、骨格を伝わって脳に響く。その直後に起源に従って修正されるに伴って発生した、まるで臓腑をかき混ぜるかのような生々しい音も。

 沖田はそれに気づかない。気づけない。気づく要素がそもそも存在しない。沖田は心眼を持ってはいるが、遥の自傷と修正は刹那に行われるために動きに現れない。表に出ないのなら、あくまでも己の感覚に依存する心眼で見抜くことは不可能だ。相手がアルトリアやアルのような直感持ちであれば話は別だが。

 共に神速で駆け、正確無比の斬撃を放つふたり。それぞれの刃が狙っているのは互いの首であり、手加減のない一撃は当たればそれだけで相手を絶命させるには十分であると一目で分かる。

 一歩間違えば仲間の、或いは主の命を奪いかねないというのは模擬戦と言うには聊か過剰過ぎるだろう。だがふたりは下手に手を抜こうものなら相手に殺されてしまうと理解しているし、何より本気でなければ面白くない。

 

「やっぱり、強いな……!!」

「ハルさんこそ……!!」

 

 互いを賞賛する言葉を吐きながらも続けられる剣戟。ふたりの攻防によって王宮の中庭は既に半ば崩壊しかけているが、彼らにそんなことを気にしている様子はない。ただ目の前の相手よりも一歩でも先へ行こうとしている。

 そう。さらに先へ。もっと先へ。己が剣腕を全開にしながらも遥は高速で思考を巡らせ、沖田の行動を先読みする。天然理心流の理論や沖田の癖、更に周囲の環境。それらを総合し、沖田にとっての最適解を推理する。

 それは相手がサーヴァントという不変の存在だからこそできる方策だ。何故なら学習以外の理由でサーヴァントが変わることはなく、自分の動きから相手が何を学習するかさえ分かってしまえば、最善手を推理するのは容易だ。

 対して沖田はそれができない。遥はその身に宿す特性故に沖田だけではなく同化している分霊からも学習する。そのため相手をしている沖田から見れば、遥の剣筋は異様な変化、異常な成長をしているように見える。

 だが冷や汗を流しているのは沖田ではなく遥の方だ。正確な予測、異常な速度での成長、そして圧倒的な身体能力(スペック)()()()()()()()()()()()()。足りぬ実力を予測で補い、やっと遥は互角に沖田と戦うことができる。キャスターが変化した櫛のブーストを受けてもなお、だ。

 それを遥は愉しいとは思えど、嘆くことはない。剣士として沖田は遥よりも格上だが、遥はそれに追随できている。剣腕だけで戦っているのではすぐに終わっていただろうが、そこに魔術や頭脳を総合することで互角に戦い、そして事によっては勝利することもできる。それが、たまらなく嬉しい。それはきっと剣士の性だ。

 自分よりも強い相手にあらゆる手練手管を以て喰らいつき、追いつき、そして追い越す。戦いの中で自分が強くなっていくのを実感する。それは歓喜となって遥の身体を満たし、分霊との同調を高めていく。

 思考が巡る。剣速は同等だ。技術が足りていないのは分かっている。そこに推理を加えてようやく同格なのだ。ならば沖田よりも弱い今の自分が沖田を超えるためにひつようなものは何か。遥はその思考に、一瞬で答えを出した。

 身体から洩れる焔が遥の左手に収束して作り出したのは一振りの焔の刀。それを二刀流の要領で叢雲を引くタイミングに合わせて差し挟む。生成から抜刀までが刹那に行われたそれを沖田が察知する術はなく、反射的に身体を捻って回避する。だが遥の前にあって、その隙は致命的だ。すかさず叢雲を振るおうとする遥。しかしその直前に、予期していなかった声が中庭に響く。

 

「ちょっと待った! ストップ! ストップですっ!」

「タマモさん!?」

「姉さん!?」

 

 突如として割って入ったタマモの声で我に返るふたり。同時に遥の固有結界が沈静化し、身体から洩れている焔が消失した。左手の焔の刀が立ち消え、叢雲の刀身が元の黄金に戻る。そこに慌てた様子で近づくタマモ。その姿を見て、遥が失敗を悟る。

 いくら本人たちは模擬戦のつもりであっても、ふたりのそれは傍から見れば完全に本気の殺し合いであった。尤も本人たちも寸止めをする以外は常の殺し合いと同じ心持だったため仕方ないことではあるのだが。

 しかしタマモが焦っているのはそれだけが理由ではないらしかった。その理由を少し考えて、すぐに遥はそれを悟る。そうしておもむろに髪に巻き込んでいた櫛を外した。遥の、男性にしては艶やかな長い髪が夜風に流れる。

 

「遥さん。貴方……召喚したんですか、彼女を」

「俺の意志じゃねぇよ。強いて言えば……そうだな、星の意志だ」

 

 そう言いながら、遥は手にした櫛に魔力を込めた。瞬間、櫛がサーヴァントであっても目が眩むほどの閃光を放ちながらその形を解けさせていく。物体から人型へ。宝具から英霊、否、神霊へ。その在り様を変じさせる。

 そうして現れたのはひとりの少女であった。変色しただけの遥のそれとは違った純正たる銀髪を伸ばした、神霊であるのに巫女服を纏う、そんなちぐはぐな在り様を同居させていながら違和感を抱かせない、そんな少女だ。

 そんな少女とタマモの視線が交錯する。それは決して友好的な視線ではない。むしろ親の仇に向けるような敵意の滲む――タマモの視線はむしろ申し訳なさが滲む――視線を向け合っていた。しばらくして、タマモが口を開く。

 

「――櫛名田比売(クシナダヒメ)……」

「えぇ。櫛名田比売でございます。お久しぶりですわ、お義姉様」

「お、お義姉様!?」

「反応する所そこなのか、沖田……」

 

 妙な所に反応する沖田とそれにツッコミを入れる遥を一切意に介さず、タマモとキャスター、もとい櫛名田比売――クシナダは睨みあっている。その視線の意味を、遥は知らない筈なのに織っていた。

 クシナダはタマモに対して良い感情を持っていない。タマモ自身に恨みはないが、その本体である天照大御神には恨みがあるが故に、その分体であるタマモに対しても好意的に接することができないのだ。

 遥にもその気持ちが分からない訳ではない。未だ完全な融合はしていないとはいえ、殆ど分霊は遥と融合状態にある。そのためか、遥には分霊が保有する記憶の殆どを自らのものとして認識することができている。できてしまっている。故にクシナダが天照を嫌う理由が分かる。

 召喚した事実はもう変えようがないが、正直な所、遥はふたりの仲を取り持つ自信が全くなかった。なにせ彼自身他者との仲が上手く取り持てなかったからこそ学生時代は友達が碌にいなかったのだから。遥がそんなことを考えていると、不意にクシナダの視線が遥に向いた。

 

「それはそうと……遥様!!」

「は、はいっ!?」

「遥様……(わたくし)、言いましたよね!? 私の宝具形態を試しても、無茶はしないようにして下さいと! それなのにあんな無茶をして……」

 

 唐突に遥を叱りつけるクシナダ。だがそれも致し方ないことであろう。彼女が櫛になっている間、つまり自らの意志で動けない間、遥は自らの苦痛を完全に無視して高揚に任せて戦っていたのだから。

 クシナダの都合だけを考えるならば。どれだけ遥が無茶な真似をしようとそれで彼女の知る『彼』に遥が戻る(ちかづく)のならば何も言う必要はない。むしろ積極的に使わせるだろう。だが彼女がそうしないのは、遥がそうなることを望んでいないからだ。『彼』であるから愛しはするが。遥を叱っているのも彼を想うが故のものなのである。

 それが解っているからこそ、遥は何も言い返すことができず、また言い返す気もなかった。ただ今後の人理修復のことを考えて、確実にその想いを裏切ってしまうことを申し訳なく思うばかりである。

 召喚されたばかりであるというのに距離の近いクシナダと、それを何の疑問もなく受け入れている遥。言葉にすればそれだけであるというのに、どうしてか沖田は胸が締め付けられるかのような思いであった。

 沖田はその感情の源泉を知らない。サンプルがないために、自分ひとりではその正体に気づけない。ただその感情が純粋なままあらねばならない主従の関係の上には邪魔でしかないことは漠然と分かっている。

 故に沈める。サーヴァントとしての、剣士としての忠誠心の下にその得体の知れない感情を沈めて、圧殺しようとする。けれどそれは不気味な程に根強く沖田の心に根を張って、消えてはくれない。

 その隣で沖田の様子を見ていたタマモは、沖田自身でさえ気づいていないその感情の正体に気づいている。だが何も言わない。ただ遥が随分と罪作りな男だと思うばかりである。

 遥は幼い頃に両親を喪い、無意識的にその記憶を封じている。そのために遥には〝誰かに愛された記憶〟がないに等しく、その所為で彼は〝自分が誰かに愛されることはない〟と思い込んでいる。そのために遥は誰かからの好意に気づけない。

 

(それを解決し得るのがクシナダ……さんであるというのは、皮肉でしかないですね……)

 

 自分では解決してやれないと思っている訳ではない。けれどそれでは足りないのだ。冷酷に、残忍に彼らを迫害し続けてきた天照の転生体であるタマモに、今更本当の家族のように在ることは許されない。所謂ごっこ遊びにしかなり得ない。そんな思いを無視して、タマモが話題を変える。

 

「それはそうと……何故クシナダさんが召喚されたんでしょう。見た所、依り代を使っている訳ではないようですが……カルデアの召喚システムでは、神霊の召喚は……」

 

 タマモの言う通り、カルデアの召喚システムでは神霊の召喚は不可能だ。そもそもカルデアの召喚システムの元となっている聖杯戦争の召喚システムにおいても神霊は降霊できない。ならばその機能縮小版(ダウンサイジング)であるところのカルデアでできないのは当然であろう。

 だが何事にも例外はある。その例外にあたる事象が今回発生した。依り代もないままに神霊がサーヴァントとして顕現する、という考え方によっては物理法則どころか神秘の原則にすら反した事象である。

 仮に彼らが〝黙示録の獣が顕現し得る聖杯戦争〟の存在を知っていたのなら、その聖杯戦争に起きたことからクシナダが召喚された理由についても推測することができただろう。だが特異点にならない並行世界のことを彼らが知っている筈もない。故にその場でクシナダが召喚された理由を知っているのは彼女自身と遥だけであった。

 

「言っただろ? 星の意志だって。……どうやら、抑止力が働いたらしい。それも、星の」

「星の……?」

 

 魔術世界においては抑止力とだけ呼称されることの多い現象は、より厳密に言えば2種類に大別される。ひとつが人類の無意識集合体、生きねばならないという祈りの総体である〝アラヤ〟、そして星が己の存続のために働かせる〝ガイア〟である。

 どんな世界においても一般的であるのはアラヤの方だ。現在の地球は人類が滅亡すると生命として終わってしまう謂わば共生関係にあり、その人類の危機は大抵アラヤが対処できてしまうためガイアの働く余地がないのである。

 しかしガイアにとっては星の命運を握る霊長は何も人間でなくても良い。人理焼却という〝人類がいなくなるためアラヤが働かなくなる異常事態〟においてもガイアが働かないと目されていたのはそのためだ。

 だがその予想に反し、今こうしてガイアが動いた。それはつまり〝星の命運を覆し得る危機〟が迫っていること、そして遥がガイアが後押しするだけの何らかの理由があるということである。

 そして抑止力の後押しによって召喚されたのがクシナダであるという事実。日本のみに限定するにしても他に数多の神霊がいる中で、クシナダという〝建速須佐之男命の妻である〟ということくらいしか記述のない神霊が選ばれた、理由。ここで来てそれに気づかない者はいまい。

 思えば、今まで手掛かりは多過ぎる程にあったのだ。遥の保有する〝天叢雲剣〟と〝八岐大蛇〟という宝具。タマモ、もとい天照との間にある血の縁。神代の存在にしか扱えない筈の第五真説要素を扱える特異体質。水の上を魔術なしで歩く、つまりは水を操るという異能。

 だがそれが示す事実をタマモ以外が半信半疑で信じ切れていなかったのは、それが在り得ないからだ。血云々の問題ではなく、現代においてそれが『表層』に存在するには多くの問題がある。そのため、その可能性を信じ切れていなかった。

 それでもクシナダが召喚され、そして彼女が変身した櫛を扱うことができるとあっては、最早疑うことなどできまい。未だひとりだけ気づいていなかった沖田の顔が驚愕に染まり、タマモが口を開く。

 

「遥さん。貴方は、やっぱり……」

「……あぁ、そうだ。俺はただの人間じゃない。神霊〝建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)〟の血を受け継ぐ一族の末裔にして、彼の魂を持つ()()()()()()偽英雄……半神半人だ」

 

 人理修復という、人間による人間の未来を取り戻す旅。彼はそこに紛れ込んだ〝異物〟であった。




 別に書いている小説が完結できそうだからってこの小説をひと月も放っておいた作者がいるってマ? ……私のことですね。申し訳ございません。
 55話目にしてようやく遥の正体晒し回。いかがでしたでしょうか。……え、知ってた? ……そうですか。
 キャスター、もといクシナダのステータスについては活動報告に投稿させて頂きます。
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