Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第58話 其は英雄にして人間の器なれば

 地中海の中途に突き出たイタリア半島と地中海と大西洋の境、ヘラクレスの柱と呼称される、ジブラルタル海峡に面した岬を戴くイベリア半島は地球儀や世界地図で見るとかなり近くに見えるが、実際はそうではない。現代でさえ、イタリアからスペインまで船で移動するとなると片道で20時間、つまり約1日の時間を必要とする。

 現代でさえそうであるのならこの時代は言わずもがな。いくらネロの操舵が絶叫マシンじみているとはいえ、それは巨大な船体で異常な挙動をしているからであって速度だけを見ればそう速い訳ではない。加えて彼らは連合ローマに見つからないようにするため、そして地上軍とタイミングを合わせるために迂回するような航路を執っている。故に確実にその行軍は日を跨ぐ。

 予め船に積んでおいた食糧から遥たちカルデア料理班がローマで学んだ料理を作り夕食を済ませ、夜間の見張りと休息のローテーションを手早く決定する。身体の疲労回復という点だけで言えばサーヴァントに睡眠の必要性はないが、精神のメンテナンスとしてならば一定の利益はある。

 夜。既に太陽は水平線の下に沈み、空には月と無数の星が輝いている。同じ北半球ではあるが、日本のそれとは違う星空だ。それをマストの下で見上げながら、しかし沖田の目には星空など映ってはいなかった。彼女の目に映っているのは自らの記憶、或いは無であった。

 英霊沖田総司は遥のサーヴァントである。現在、彼と正式に契約している6騎のサーヴァントのうちで最も早くに召喚され、それ故にたった1日2日の差ではあるが遥との付き合いも長い。

 それなのに、沖田は気づけなかった。遥が人ならざるものであり、この人間が生きる世界の中でただひとり人間でないものとして生きていることに苦悩していたことに。遥と契約したサーヴァントの中で沖田だけが、気づけなかった。

 遥の血が齎した縁によって召喚されたタマモは別にしても、アラヤの守護者として多くの時代、数多の戦場を潜ってきたエミヤとアサシンも恐らく遥の正体にはある程度察しが付いていただろう。そして、十中八九オルタもそうだ。だからこそ、オルタは消滅の寸前にあのようなことを言ったのだ。

 皆それぞれがそれぞれの理由から遥の正体と苦悩に近づいている中で、沖田だけが取り残されていた。一番近くにいるような錯覚をしていて、実際は最も遠くにいたのだ。それどころか、遥のことを見てすらいなかったような気さえもしてくる。

 遥は自分のことを頼りにしていると、最期まで共に戦えと言って伝家の名刀を与えることさえもしてくれたのに、自分は正しく遥のことを見ることができていなかった。そんな忸怩たる思いが沖田の胸中を支配する。

 沖田が主に求めることはそう多くない。ただ最後まで戦うことを認めてくれるのなら、それで良いのだ。その点で言えば沖田にとって遥は理想的な主である。彼女が抱える病弱の呪いを知りながら見捨てることなく、それどころか傍に置いてくれるのだから。

 与えられるばかりで、何も返せていない。実情がどうであれ、沖田から見て彼女と遥の関係とはそういうものであった。彼女は遥から与えられたものはすぐに思い出すことができても、自分が遥に与えたと自信を持って言えるものが思い浮かばない。

 せめてひとつだけでも何か返せたと思えたのならば、少しは気が楽だっただろう。だが沖田は時折自信過剰な発言をするのとは裏腹に、剣以外に関しては極めて自己肯定感の低い性格をしている。自分は最期まで戦うことができなかった未熟者だという意識が彼女の根底にはある。

 無力感に沖田が歯噛みする。何が幕末最強の剣士だ、何が遥の剣だ、と。そう自負するばかりで何もできてはいなかったというのに。どれほどそうしていたのか、不意に足音が沖田の耳朶を打った。振り返れば、そこにいたのはネロ。

 

「ネロさん……」

「交代の時間だ。まったく。遥のヤツめ、皇帝までも見張りに組み込むなど……寛大な余でなければ刎刑に処されてもおかしくないぞ?」

 

 まあ刎刑にした所で死なぬらしいがな、と言って笑いながら沖田の隣に座るネロ。あまり笑えない冗談である。そのうえ、今の沖田には余計に笑えなかった。その様子に気づいたのか、ネロが沖田に話すように促す。

 奇しくもそれは首都ローマの王宮において遥がネロに内心と己の正体を語った時と同じ構図であった。それは遥と沖田の性格の相似が齎したものか、ネロの人望が生み出した自然な流れか。沖田にとってはどうでも良い話だった。

 ただネロに促されるまま、内心に蟠ったものをネロに吐き出していく沖田。そこにネロは口を挟むことはない。沖田もまた返事を求めてはいなかった。それは本当に、悩んでいる人間の心情だ。誰かに自分のことを知って欲しい。知ってもらって安心したい。そんな、人間であれば英雄であろうとそうでなかろうと持っているものだ。

 しばらく黙って沖田の話を聞いていたネロだが沖田の話が一段落したと分かるや、ゆっくりと口を開いた。まるで彼女もまた独白するように、或いは何かを羨むように。それは彼女が沖田の前で初めて見せた表情であった。

 

「……遥は果報者だな。これほど忠義を尽くしてくれる者がいるとは」

「ネロさんは違うんですか?」

「余にも忠義してくれる者はいる。だが……理解しようとしてくれる者はおらぬ」

 

 ネロ・クラウディウスは皇帝である。だが彼女が皇帝となったのは母親である小アグリッピナの計略による所が大きい。アグリッピナは自分が権力を得るための道具として、実娘であるネロを利用したのだ。

 だから、殺した。自分の皇帝としての権力をアグリッピナが悪用してローマ帝国がアグリッピナの欲望を満たすためのものとならないように。アグリッピナだけではない。ネロは時に自分の血縁や臣下すら、ローマを守るために処刑した。

 それは正しくローマを守るための行為であった。しかし何も知らない周囲の人間は、いや、事情を知っていた者たちでさえ彼女の姿を見て言ったのだ。非道な皇帝、血も涙もない圧制者だと。今回の一件で連合側に与した者にはそういう者が多い。

 ではネロの側に残った者たちはネロの思いを理解しているのかと言えば、そうではない。それはある種、ネロの高すぎるカリスマ性の弊害であった。彼らはネロを妄信してはいるが、彼女の内心を慮ることはない。彼らが見ているのは〝皇帝としてのネロ〟であって〝ひとりの人間としてのネロ〟ではないのだから。

 ネロはローマを、そこに住まう民を愛している。けれどその愛を民が理解することはない。ネロの愛は彼女の意志に関わらず一方的で、受け止められることはない。アーサー王が〝孤独にして孤高の在り方を選んだ王〟、イスカンダルが〝人の粋たる王〟であるならば、ネロは〝孤独であることを運命づけられた王〟なのだ。英霊であるが故にネロの最期を知る沖田には、そこに彼女の死の原因を見た気がした。

 そんな在り方であるネロには遥が羨ましく見える。理解しようとしてくれる人がいないネロにとっては、ひとりでも理解しようと苦しんでくれる人がいる遥が、ひどく。

 

「沖田。人間が誰かを理解したいと思うのは当然のことだ。だがそれは誰に対しても抱くものではない。ならば何が人をそうするのか、分かるか?」

「……いえ」

()()。人が人を理解したいと思うのは、愛故なのだ」

 

 人間が相手を理解したいと思うのは、愛があればこそ。それは民衆を愛し、皇帝としては愛されながら人間としては愛されることがないネロだからこその言葉であった。何故なら、彼女は人として愛されないために理解されないのだから。

 対して突然にその解答を投げ渡された沖田は戸惑っていた。しかし戸惑う思いとは裏腹に、冷静な部分はその解答で納得している。確かに愛がなければ沖田は遥の真実に気づいていなかったことに苦悩せず、貰った分を返そうともしなかっただろう。

 だが、それだけではない。沖田が遥に愛という感情を抱いているのであれば、それはどんな愛なのか。それの正体に、沖田は少しずつ気づき始めていた。遥と一緒にいると胸が高鳴るのも、触れられると安心するのも、頼られると嬉しいのも、全てそれで説明が付く。

 生前は抱くことがなかった感情。それを前にして沖田が戸惑うのは、沖田が英霊としては例外的に〝人間として完成しないまま死んだ英雄〟だからなのだろう。そんな沖田に、ネロは告げる。

 

「沖田。其方のそれは……愛。すなわち、恋である! ……遥への、な」

「ハルさんへの、恋……」

 

 茫然とした声音で沖田が呟く。ネロに断言された後でも沖田には未だ明確な実感はない。けれど何故かその言葉は沖田の胸中に簡単に落ちていき、その奥深くに収まった。いや、収まったというのは聊かおかしいか。その感情は元からそこにあって、ネロの言葉によってようやく自覚したのだ。

 自分の感情を自覚できないなど情けない、とは思わない。そもそも沖田は生前、誰かに恋情を抱くことなどなかったのだから。確かに周りは男ばかりではあったものの、彼らは皆家族のようなもので、そういった感情を抱くことはなかった。

 つまり、それは沖田にとって初めての感情であった。分からなかったのも仕方がない。同時に沖田はその感情が話に聞いていた程に綺麗なものでも、ロマンティックなものでもないことを悟る。だって、こんなにも苦しい。胸が詰まる、などというものではない。まるで胸の奥に泥が堆積したかのような息苦しさである。

 恋だ何だと浮かれることができるのは、きっと現実を見ていないか、そうでなければ余程頭の中がお花畑なのだろうと沖田は思う。そもそも沖田はサーヴァント、つまりは死者だ。生者である遥にそんな感情を抱いて良い筈がない。そんな沖田の内因を見抜いたかのように、ネロが笑った。

 

「其方は難しく考えすぎだ。英霊、サーヴァントがどういうものかは、余も遥から聞いた。だが、それが何だ? 人間が誰かを想う理由に、生死など関係あるまい」

 

 それはある意味で、ネロの在り方そのものであった。遥から英霊とは如何なるものであるか聞いたネロには、自分が死後それになることが何となく分かっている。だが、だからといって己の在り方を変えることは、ネロには正しいようには思えなかった。

 生きているのであれ、死んでいるのであれ、そこに自分の意識があるのならばそれは紛れもない自分だ。動く身体があって、自分の魂があるのならば、それは己以外の何者でもないのだ。であれば、無理に在り方を変える必要はない。

 仮にそれを己をあくまでもサーヴァントたらんと律する戦士の類が聞けば呆れるか怒るかしていただろう。だがネロはそう断じる。何故なら、彼女は戦士ではなく皇帝であるが故に。

 まあ後は自分で考えるが良い、と沖田の肩を叩いてからネロは立ち上がり、船首の辺りで監視を始めた。そうして沖田は自分の感情をどう整理したら良いか分からないまま、船室に戻っていく。そこで初めに視界に入ったのは件の人物である遥。いつでも起きることができるよう、鞘込めの神刀を抱えて座ったまま眠っている。

 元々の黒から神性を顕す深紅に染まった目は長い睫毛の生えた目蓋に隠されて見えない。そういう状態で見ると、本当に女性的な顔立ちをしている。沖田やアルトリア、ネロと同系統の顔立ちを少しだけ精悍にした、そんな顔だ。試しにそんな顔の頬を抓ってみて、確かに寝ていることを確信する。当然だ。いつでも起きることができるようにしているとはいえ、それは敵襲があった時の話。そうでない時にまで些細なことで起きてしまえば、貴重な時間を無駄にしてしまう。故に、沖田はその耳元で小さく呟いた。

 

「……どうやら私、貴方のことが好きみたいです。ハルさん」

 

 その言葉が届くことはない。けれど、沖田にとってはそれだけで十分だった。

 


 

「さて、王の話――は後にして、今日も授業を始めようか」

 

 沖田とネロが船上で会話していたのとほぼ同刻。ひとつの軍勢を隠し得るだけの山間部に構えたキャンプで眠りに就いていた立香の意識はしかし、心地よい微睡の中にはいなかった。

 立香がいるのは彼が高校生活の3年間を過ごした校舎の、3年生だった頃に使っていた教室。とはいえ、その教室は本物ではない。それは立香の夢の中に彼ならざる者の手によって殆ど完璧に再現されたものであった。

 一応再現とはいえ学校であるためか、立香の服装はカルデアの制服などの礼装ではなく、学校の校舎と同じく彼の記憶から再現された黒い詰襟。そしてこのような場所を作り出した張本人たるマーリンはいつものローブ姿ではなく、何故か一般社会ではオーソドックスなスーツ姿である。しかしマーリンの容姿と手にする魔杖故に、それはどうしても教師のコスプレ感が拭えない。

 

「む。何かなその目は。授業と言えば学校。学校と言えば先生と生徒! いやぁ、一回やってみたかったんだ、こういうの!」

「はぁ……」

 

 妙にテンションの高いマーリンに立香は特に何も返さなかった。ツッコミを放棄したとも言う。立香はボケとツッコミの両方に対応できるタイプではあるものの、今はマーリンのノリに付いていけるような精神状態ではない。

 立香とて、それがマーリンなりに立香を和ませようとしてくれていることは分かっている。しかしマーリンは人間は好きでも彼自身は人でなしと称される通り人間とはどこか感性がズレている。とはいえ立香もそれは理解しているから、さして問題である訳ではない。

 大魔術師マーリンによる、立香への授業。それは今日だけではなく、全て遠き理想郷(アヴァロン)によって縁が繋がったあの夜から今日にわたって続けられてきた。授業の内容は主に魔術を含む神秘や、兵法について。そこに()()()()()()()()()()()()

 藤丸立香に王としての素養はない。彼の感性は少々割り切りが良すぎるとはいえ、あくまでも現代の一般人のそれでしかない。王たり得る要素はどこにもない。ではマーリンは己の講義を通して立香を何に育てあげようとしているのか。

 答えは単純。()()()()()()()()()〟である。マーリンはその伝承からキング・メイカーとして見られることが多いがそれは彼の持つ〝英雄作成〟を由来としている。別に〝王作成〟ではないのだ。ならば対象に入力する知識をそちらに絞れば知の英雄を育てることも可能だ。

 幸いにして立香には王の資質はなくとも指揮官としての才ならばある。それは素人でありながらも今までサーヴァントの指揮ができていたことが証明している。ならばそれを伸ばし、知の英雄として完成させる。

 それだけでは足りない。カルデアのマスターは立香だけではないのだ。立香を知の英雄として完成させるならば、遥も何らかの形で英雄として完成させなければならない。バランスを取るならば〝武の英雄〟か。初めてマーリンが行った授業でそう告げた時、立香は疑問を呈している。

 

『オレたちを英雄に……? でも、遥とは縁が繋がってませんよね?』

『そうだね。一応、君を介して縁はあるとも言えるから無理矢理現れるのはできなくもないんだけど……彼を育てるのは私じゃない。実は次の(第三)特異点にそのための協力者(サーヴァント)を召喚していてね。彼に教えを受けた者たちは皆、もれなく英雄になっている。特に、それが彼のような半人であればね』

 

 マーリンが遥に接触していないのは偶然ではなく意図的なことだ。遥のような半神半人を育てるのであれば、自分よりも適した人物がいる。そう判断したマーリンは次なる特異点に〝彼〟を召喚した。その特異点に巣食うギリシャの英雄を触媒に、ギリシャ神話随一の英雄作成者(ヒーロー・メイカー)を。

 人間を英雄にするならばマーリンの右に出る者はいないが、半神半人を英雄に育て上げるならばマーリンはスカサハや〝彼〟に一歩譲るだろう。何せ経験がない。できないこともないが、万全を期するならば慣れている者に任せた方が良い。

 修行の途中で遥君でも死にかけるだろうし殺されかけるだろうけどまあ些細なことだよね、と人外思考全開なマーリンだが、その考えが全くもって的外れでもないのだから恐ろしい。この時点で次の特異点で遥が何度か死にかけるのは確定したようなものである。

 そんなことは全く知らないまま、立香はマーリンの授業を受けている。恐らく立香ならば遥が死にかけることを知っても遥はそう簡単には死なないという信頼と仕方がないという割り切りから了承するだろうが、念のためだ。

 さて、と言って場の空気を切り替えるマーリン。今は過去の回想に浸っている場合ではない。この数日に渡って立香に仕込んでいた兵法を今夜中に完成させなければならない。一応夢の中ならば一夜を数日分の体感時間に引き延ばすこともマーリンにとっては容易なことだが、限度はある。

 

「まずは昨日までに教えた知識の確認から始めよう。私が教えていたのは、何だったかな?」

「軍隊を運用する兵法、です」

「その通り。では、その内容は?」

 

 マーリンに問われ、立香は彼から学んだ内容を復唱する。そこに記憶違いや解釈違いはない。マーリンから教えられた内容、一般人にはおおよそ理解し難いだろうそれを、立香はたった1日で噛み砕き、受け入れ、自分の力としていた。

 皮肉な話である。相手を殺すことを覚悟はできてもそれを明確な『悪』として認識できる少年が、よもやより効率よく相手を殺す術を見出す才に長けているなど。だがより効率よく相手を殺すことは、転じて味方の犠牲を減らすことでもある。

 生き残るためには戦うしかない。戦うことは何も必ず殺すことに直結する訳ではないが、立香のサーヴァントならともかく彼の直接的な支配下にはない兵士に極力敵兵を殺させないなどは不可能だ。敵も味方も死んでほしくないと思うなら、立香はそれ相応の策を立てるしかない。

 マーリンはただ教え、導くだけだ。その結果〝生かす〟ための策を執るか〝殺す〟ための策を執るかは立香次第である。尤も、力を手に入れた所で立香が人間であることを放棄しないという確信があるからこそマーリンはこうして力を貸しているのだが。

 全てはこの人理修復をハッピーエンドに導くため。立香が人間でありながら人間であることを捨ててしまえば、それはハッピーエンドではない。マーリンは立香を導く。知の英雄に仕立てることもする。だが人の在り方は損なわせない。それが、マーリンが立香を育てるうえで己に課した制約であった。

 

「じゃあ今日の内容だけど……立香君。軍隊の士気を高めるのに最も有効なものは何か、知っているかい?」

「煽動……ですか?」

「正解だ。ただ煽動というのは少し表現が悪いかな。〝自分たちにある正義を示すこと〟。これが兵士の士気を高めるために一番手っ取り早い方法さ」

 

 今回の戦争の場合、敵の首であるレフはともかく彼の側に味方する兵士たちは悪である訳ではない。彼らは連合ローマ帝国にこそ正義と道理があると考えたからこそ、連合ローマに与しているのである。

 つまりはこの戦争は正義と正義の戦いなのであるが、それは何もこの戦争だけではない。人類史における戦争など結局はそのようなものだ。親玉の思惑の善悪はともかくとして、戦う人間は自分たちこそが正義だと思っている。

 実は貴方たちの親玉は人類を滅しようとしている、だとかロムルスは既に操られていて彼の意志はどこにもない、だとか言った所で、きっと聞き入れるまい。兵士たちの中で皇帝というものは半ば偶像化することは、立香もローマ軍を見ていて分かった。

 マーリンは言う。今、ローマ軍を率いているのは立香だ。ならばローマ兵たちに正義を示すのは立香の役目である。他ならぬ総督である立香が彼らに自分らの正義を示し、士気を高めてやらねばならない。だがそれは彼らに死ねと、殺せと言っているようなものだ。

 だからこそ策を立てなければならない。肝要なのはバランスだ。士気を高くして戦わせたのだとして、その結果が殺戮であったのなら意味がない。かと言って士気が低くては負けてしまう。それを御するのが指揮官、つまりは立香の役目だ。

 

「……難しいですね」

「そうだね。とても難しい。君も分かってるだろうけど、戦うということは基本的には誰かを殺すことだ。いくら相手は真相を知らないのだとしても、殺すしかない。人類史を救ううえでの必要犠牲だと割り切るしかない」

 

 感情を伺わせない声音でマーリンが言い放ち、立香が歯噛みする。そんなことは分かっている。既に受け入れている。受け入れているからこそ、どうにかしてその犠牲を減らそうとしている。人類史を守るために人間が犠牲になるなんて、あまりに悲しすぎる。

 人類愛などではない。藤丸立香はあくまでもただの人間でしかなく、そんな人間にとっては全人類への愛など重すぎるのである。故にそうまでして立香が犠牲を減らそうとしているのは、ただのエゴだ。

 誰にだって生きていて欲しい――そんな綺麗事は言わない。立香の考えの内において、そんなことを口にするのは本気で言っているのなら余程の聖人か狂人、そうでないのならただの口から出任せ、つまりは己を綺麗に見せたいだけの卑怯者だ。

 立香は聖人や狂人ではない。しかし卑怯者にはなりたくない。故に自分を偽ることもしない。立香が人に死んで欲しくないのは、立香自身のためだ。誰でも、目の前で人に死んで欲しくはないだろう。背負う罪を減らせるのなら減らしたいだろう。それは、立香とて変わりない。

 嗚呼――何というエゴイズム。何という非道か。自分が死んだように生きていたくはないから敵にも生きて欲しいなどと。だかそこで〝自分が死にたくないから敵には鏖になってもらう〟とならないのが立香の善性の表れであろう。殺させる覚悟はある。殺す覚悟も、既に決めた。だが、だからと言って平気で殺せる訳ではない。できればそんなことにはなって欲しくないというのが立香の本音であった。

 人理修復は殺すための戦いではなく生きるための闘いなのだ。ならばその〝生〟の数を多く望んでも良いじゃないか。他でもない、自分のために。立香自身にとっては恐ろしく我儘に思える思いに、マーリンは肯定を返した。

 

「それで良いんだ、立香君。大抵の英雄はね、そんなことは言わない。大義名分の下に殺しを正当化するからね。それも悪くはない。だが、君は人間だ。殺しを厭うその心を、どうか忘れないで欲しい」

 

 マーリンの言葉に立香が頷く。立香がなるべき知の英雄は正しく英雄ではない。英雄に比する知略を有し、而して人の在り様を捨てない者。人のままで英雄の知略を揮う者。それに至るべく、今は学ぶのだ。――全ては、生きるために。

 




 遥は、あれですね。〝寝ている間に耳元で愛を囁かれる系男子2019代表〟ですね。……何のこっちゃ。
 というか、第三特異点では遥と立香は何回死にかけるんでしょう……あまり大したことではないので言ってしまいますが、現時点で遥は少なくとも2回、立香は1回死にかける予定なんですよね……こりゃ命が幾つあっても足りませんわ。

 中間体クー・フーリンのステータスを活動報告に投稿致しますので、興味がある方はどうぞ。
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