Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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若干嘔吐描写があるので苦手な方は注意です。


第59話 顕現の時は来たれり、其は魔神を騙る者

「……始まったか」

 

 ネロたちローマ帝国によって大樹都市と呼称された連合ローマ帝国首都。円形に展開された城塞に囲われたその都市の中央にある城の最奥で、連合ローマの宮廷魔術師であるレフ・ライノール・フラウロスが忌々しそうに呟いた。

 レフが外の様子を確認できているのは何も、外にいる何者かと感覚共有を行っているからではない。彼の王に寵愛を受けたと自負する彼はたとえ相手が英霊でも感覚共有をすることはないだろう。聖杯によって自我を失って王の傀儡となった者は別だが。

 レフの周囲には聖杯の効力で空間が歪められたことで都市の外の光景が映し出され、しかし逆にレフの様子が外部に漏れることはない。流石にカルデアの者たちの様子までもを監視することはできないが、軍の様子を見るだけでも十分だ。

 現状、サーヴァントを除く兵力に関しては連合ローマとローマに対した差はない。元々は連合ローマの側に分があったのだが、カルデアが来た後から大きく減り始めたのである。レフはサーヴァントを見下してはいるが、彼らの力に関してはそうとは限らない。だからこそ手駒として利用しているのだ。

 兵力差はなし。加えて連合ローマの正規サーヴァントはもう使い切ってしまった。そう言葉にすると連合ローマの敗北は必至のようにも思えるが、それに反してレフは自らの敗北を一片たりとて考えてはいなかった。

 使い切った。そう、使()()()()()のである。斃されたのではない。そもそも聖杯を有するレフにとって、サーヴァントなどは注ぎ足すことができる戦力に過ぎない。そしてこの場にローマ軍が攻め込んでくることが確定した時点で、レフはそれを迎え撃つための戦力を補充していた。

 レフが腕を一振りするや、その眼前に新たなビジョンが映し出される。それに映っているのは連合ローマ王城の中庭。ロムルスの宝具である大樹が生えているその根本に整然と並んでいるのは黒いサーヴァントの群れ。

 それらは一見するとただのシャドウ・サーヴァントのようにも見えるが、そうではない。それは原理的に言えばカルデアのシステムにあるサーヴァントの影だけを使役する機能に近いか。レフは聖杯でサーヴァントを召喚する際にその霊基情報を聖杯に記録しておき、それを膨大な魔力で複製及び再現することで無数の戦力を生み出したのである。まさに荒業とでも言うべき所業だ。

 それらに知性はない。しかし霊基状態に関しては尋常なサーヴァントと大差ない。普通のシャドウ・サーヴァントのような残骸ではないのである。尤も、レフには態々それに呼称を考えるような趣味もつもりもないが。

 レフが歪に口角を吊り上げ、嗤う。いかな正規のサーヴァントといえど、これだけの物量差を覆すことはできない。戦いとは質ではなく数。更によしんば覆すことができたとしても、今度はロムルスだったものとレフ、もといフラウロスがいる。つまりうまく誘導してやれば疲弊した状態でレフが手ずから叩くことができる。

 完璧な布陣じゃないか! 自らの勝利を確信し、レフが哄笑を迸らせる。しかし慢心してはいない。今もシャドウ・サーヴァントもどきは量産中である。レフが生来持っている詰めの甘さはこの状況にあって、驚くべきことに鳴りを潜めていた。

 それはある意味で遥の存在ゆえだった。あの人モドキは彼の王から向けられるかも知れなかった寵愛を拒んだ。それだけでレフが遥に対して激烈な殺意を向けるには十分過ぎる理由になる。

 そうだ、夜桜遥。あの男だけは赦してはならない。他のカルデアの者たちは適当に殺しても構わないが、あの男だけは別だ。至高の王からの誘いを足蹴にし、あまつさえ中指を立てつつクズなどと言い放ったあの男には相応の罰を下さねばならない。聞けば脳と心臓を同時に潰さなければ死なないというのだから、生け捕りにするには好都合である。

 殺さずに生け捕りにし、縛り付けて何度も四肢を千切り飛ばしてやる。それだけでは足らない。魔術で身体を弄り倒し、意識を残したまま身体だけを操ってやるのも面白いかも知れない。それならばあの男の仲間を何人か生かしたままにしておき、生きたまま人形にしたあの男に殺させるのも一興であろう。

 そんな悪趣味な想像をして、レフが快悦に身をくねらせる。その想像が現実のものとなるのはそう遠い先の話ではない。レフが自ら軍勢を攻め込ませずとも、向こうから虎穴に飛び込んでくるのだ。レフはただそれを迎え撃つための牙を研いでおくだけで良い。

 圧倒的な戦力を以てカルデアの勢力を潰し、この特異点の人理定礎を破壊する。それだけで人理焼却は完遂される。悲願達成を目前として逸る気持ちを抑え、レフが大仰に腕を広げる。

 

「さぁ、来るがいい、カルデアの愚者共よ! そして知るがいい、貴様らの無力さ、無価値さをなァ‼」

 

 レフの哄笑に応えるように、意志無き黒き海が進撃を開始する。人理の守り人を鏖殺するために。人類に死を、終焉を齎すために。それが外まで出て行けば、間違いなくシャドウ・サーヴァントたちは連合兵であれ殺すだろう。レフは彼らに敵味方を判別できるだけの知性を与えていないのだから。それどころか一般人を殺すことも、あるかも知れない。

 だがレフはそんなことは意識の端にも留めていない。それはそうだろう。彼にとって人類などいずれは消えてなくなるものであり、殺されるか否かなどそれが遅いか早いかの話でしかない。それどころか、彼は今すぐにでもこの時代の人理定礎を破壊する気でいた。

 今のレフに侮蔑はあれど、慢心はない。使えるものは全て使って邪魔ものであるカルデアを叩き潰す。確かにそれは彼の行いにしては驚くべき慎重さである。しかしレフはその侮蔑故に見誤っていることに気づかない。遥の強さ、立香の強さ、そして何より、自らの弱点と最大の失策に。気づかないのだ。

 


 

 立香たちカルデア実働部隊β班がローマ軍を率いて攻め入ったのは大樹都市の東側であったが、しかし大樹都市の全ての兵士がその戦場に動員されている訳ではない。当然だろう。彼らが行っているのが戦争である以上、別動隊がいないとも限らないのだから。

 しかし今回東側に攻めてきたローマ軍の規模は決して始めから東側の哨戒に出ていた兵だけでは間に合わないことも確かで、相手側にはほかに大した戦力はないという前提の下、東側以外に残された戦力は最低限であった。

 ひとつの軍隊など要らない、最悪たった1騎のサーヴァントにでも破れてしまいそうな防備。しかしそこを守る彼らに不安などは一片たりとてなかった。それどころか彼らの身体には強壮感が満ちている。

 確かに彼らの人数は少ない。ひとりひとりの戦力は彼らが身命を捧げる皇帝たちの足元にも及ばないだろう。勿論、彼らを倒したという敵の者にも。だが、それが何だと言うのか。彼らは正しい行いを、正義を成しているのだ。ならば自分が倒れても、後に続く者がきっと敵を倒す。そうして連合ローマは勝利するのだと、彼らは強く信じていた。

 何とも皮肉な話である。彼らは連合ローマ、ひいてはそれを治める皇帝や人民のために戦っているというのに、彼らが思う通りに事が進めばローマどころか人類史が滅び、奉じる皇帝も既に真なる悪の手駒となっているのだから。

 仮に現代日本人がそれを知れば、きっと〝知らぬが仏〟という諺を持ち出してきていたことだろうが、生憎とその諺を知っているのは彼らの敵だけだ。彼ら兵士は現実を知らないまま、都合の良い虚構を見せられている。

 もしも彼らが東側の戦列に参加していたのなら、それは立香の心に迷いを齎す原因となっていたことだろう。しかし不幸にもと言うべきか、彼らは西側に残ってしまった。カルデア実働部隊α班が攻め込んでくる、西側に。

 ──()()を指揮官や兵士たちの不注意と言われてしまえば、きっと彼らは否定することができまい。けれど、致し方ない事ではあった。彼らがいるのは平原、それも視界の障害となり得るものがあるのは遥か先、一般的な弓では届かない距離だ。つまり、彼らの中に現代の基準で数キロ先から飛来する攻撃など全く慮外だったのである。

 人知れずその場から遥か遠くで瞬く光。その次の瞬間、防衛部隊の先頭に陣取っていた兵士の頭蓋が大量の血飛沫と共に弾けた。当然生きていられる筈もなく撃ち抜かれた兵士は一瞬で絶命し、何が起きたか分からない周囲の兵士は混乱状態に陥った。

 

「な、何だ今のは⁉」

「俺が知るか! 兎に角、敵襲であるのには違いないだろうが!」

「お前たち、お――」

 

 落ち着け、と言おうとした兵士たちの指揮官はしかし、その言葉を言い終えるより早くに喉を浅く斬り裂かれたことで発生する機能を失った。それなのに周囲の兵士たちは彼が襲われたことに気づいていない。

 止め処なく流れ出て行く血液。吸い込んだ息は喉に空いた穴から漏れ出て、殆ど肺には届かない。そのまま苦しみながら死ぬかと思われた指揮官は、倒れる直前に何者かによって受け止められた。ようやく誰かが気づいたのだと安心しかけて、視線の先にあった姿を見て息を詰まらせる。

 そこにいたのはひとりの男であった。まるで神祖のような紅い瞳には一切の感情の色がなく、指揮官の身体を掴んでいる手と逆の手には恐らく先程彼の喉を切った時に付いたものと思われる血が付着したナイフを握っている。

 

「悪いな」

「――、―――」

「俺は立香程、優しくないんだ」

 

 その兵士が末期の瞬間に何を言おうとしたのか、遥には分からない。騒がないように喉笛を切っていたし、そうでなくとも遥はきっと何も言わせないまま彼を殺していた。深々と指揮官の眉間に突き刺さったナイフを引き抜くことなく死体と共に地面に投げ捨て、自分やサーヴァントに掛けていた認識阻害の魔術を解除する。

 その時点になってようやく一般兵たちは指揮官が殺されたことに気づいたらしく、遥に殺意と戦意、そして怯えの入り混じった視線を向けた。そのまま攻勢に転じるかに思われた彼らだが、他にも敵――サーヴァントがいることに気づいて足を止める。

 遥が彼らから感じているのは絶対に勝てないという諦めにも似た確信と、それでも後に続く者たちならば勝つと、連合は勝つのだという忠義。つまりは玉砕を厭わない神風のような、愚かな覚悟。

 

「莫迦な奴らだ」

 

 ロングコートの裏から新たに2本、あらかじめエミヤに投影させていたナイフを取り出し、逆手に握る。叢雲は使えないのではなく、使う必要がないのだ。彼ら兵士に、そこまでの力はない。尤も、そのナイフはただのナイフではなく宝具の容を変えて投影されたものだが。

 遥には彼らの気持ちが理解できないし、理解したくもない。確かに自分が死んでも残る人々に希望を託すのは尊い行為だが、それを全員が抱いているなどと、それでは結局誰も残らないではないか。希望は託さなければ、繋がなければ消えてしまうというのに。

 全員が誰かに希望を託して果てようとしているというのは、結局の所誰かがやってくれるという無責任な思いと同義だ。覚悟するべきは自分が、自分たちがやり遂げてみせると、生き抜いて見せるという辛苦だったというのに。ならば素直に口に出せば良いのに、遥が口にするのは少しだけ捻くれた挑発。

 

「命あっての物種だろうに……全員死ぬ気とはな」

 

 剣士としての視点で言うなら、それは決して悪いことではない。死ぬ覚悟で戦う相手を無下にするなどと、そんなことをすれば剣士の名折れだ。しかし人間的な視点で見るなら、玉砕など下の下だ。

 しかし今更になって彼らを説得することなどできまい。だからこそ、殺してしまうことに迷いはない。彼らを殺さなければ、殺されるのは自分たちだ。そんなことは御免である。是が非でも生きようとしているのに、どうして死のうとしている者たちに殺されなくてはならないのか。

 そんなに死にたいなら望み通り殺してやる、という訳ではないが、死にたくないから殺してやる、ということではある。右手には干将を改造した黒いナイフ、左手には莫邪を改造した白いナイフを構え、軍勢を見据える。

 ネロは戦わせない。いくら今は敵であるとはいえ、元々ローマに属していた兵たちをネロに殺させる訳にはいかない。それでも隠れ潜むことは彼女の性分ではないため、結果的に囮のようになってしまっている。

 兵士たちを威圧するように、あえて最近膨れ上がってきた魔力を抑えずに兵士たちぶぶつける遥。沖田やクシナダもプレッシャーを放っている。人間の領域を超えたその気配にたじろいた兵士たちであったが、すぐに持ち直して己を鼓舞するかのように叫んだ。

 

「構わん! かかれェッ‼」

 

 雄オオオォォォッ‼ 咆哮し、遥たちを鏖にせんとする兵士たち。それを返り討ちにしようと遥たちが得物を構え、しかしそれらがぶつかり合う直前、それに横槍を入れるかのような動きがあった。

 兵士たちが守り、それ自体も固く閉ざされていた筈の城門が、地響きをあげながら開いていく。その様がさながら地獄の窯の蓋が開いていくかの如く遥には見えたのは、きっと的外れな直感ではないだろう。

 兵士たちからも困惑の声があがっている。それはそうだろう。彼らにとってはその城門こそが死守すべきものであり、それが何の前触れもなく勝手に開いているのだから。彼らはそれを遥たちの仕業と思い、しかし城門が開き切った先にあったものを見て、自分らの運命と間違いを悟った。

 

「成る程な……あの野郎、いよいよなりふり構っていられなくなったか……‼」

 

 憎々し気に呟く遥の視線の先。そこにあったのは大樹都市の市街地を埋め尽くすかのようなシャドウ・サーヴァントの軍勢だった。

 


 

 首都ローマにおいて行われた作戦会議の時点では立香たちβ班が大樹都市に攻め込むか否かが不透明になっていたのには、ひとつだけ理由があった。それが指揮系統の統制である。現在のローマ軍において、全軍に指示を出せるのは立香のみであるため簡単に離れることができなかったのだ。

 ところが今朝になってそれを解決し得る出来事があった。それが立香たちも遥からの報告でその存在は知っていた『魔術師(キャスター)』のサーヴァント、諸葛亮孔明ことロード・エルメロイⅡ世の合流である。ローマ軍に味方する意志を見せた彼に立香は指揮を任せ、敵本拠地に突入することができるようになったのである。

 無論、それは立香がエルメロイⅡ世に全権を委任するということではない。立香とエルメロイⅡ世の間には情報共有の経路(パス)が開かれ、情報の遣り取りができる手筈になっている。完全に任せることを善しとしなかった立香の判断である。

 それは考え方によっては正しい判断ではあろう。より高度な指揮のできる者に指揮権の一部を委任しつつ、全てを他人任せにする訳ではないのだから。だがそれが正しいといっても、善かったか否かまでは疑問が残る事態となってしまった。

 連合の軍勢を超えて遥たちよりも一足早く大樹都市内部にへと侵入した立香らが目撃したのは、ある種の地獄。都市内部は既にシャドウ・サーヴァントによって埋め尽くされ、道には大勢の人の死体が転がっている、そんな惨状であった。だが、何故そんなことをとは言わない。それに大した理由がないことなど、立香はもう知っている。

 それは謂ってみれば人間が付き纏ってくる羽虫を殺すようなものだ。ただそこにいたから、邪魔だったから。そんな理由で多くの人の命が失われた。ある者は四肢を落とされ、ある者は首を落とされ、またある者は腹を裂かれて。

 そんなものを見せられて平気でいられる程、立香の精神はおかしくはない。何とか王城に侵入して周囲のシャドウ・サーヴァントを一掃するまでは耐えることができたものの、そこで立香は一度胃の中のものを全て吐き戻してしまった。無理もない。ここに来るまでに、立香には相当なストレスがかかっていたのだから。

 故に我慢せず吐けるだけ吐いて、マシュに背中を摩ってもらっていることに礼を言いつつもえずいて、落ち着いてきたのを認めると袖が臭くなることも構わずにパーカーの袖で口を拭った。

 

「問題ねぇか、マスター?」

「あぁ、もう落ち着いた。大丈夫。……それより、何か妙だと思わない、クー・フーリン?」

「やっぱマスターも気づいてたか。敵さん、どうやらオレたちを誘い込んでるらしいな」

 

 どういうことですか? と問うマシュに、赤槍の一閃で片手では数えきれない数のシャドウ・サーヴァントを絶命させる神業を見せつつ、クー・フーリンは立香、そして恐らくはアルとアルトリアも気づいていたであろう内容を口にする。

 この王城に辿り着いてから、いや、辿り着く前から最早数えることも億劫になってくる程のシャドウ・サーヴァントたちを斃しながら進んできた彼らは、何も出鱈目に進んできた訳ではない。できる限り立香の負担を減らすため、敵の密度が低いルートを選んで進んできた。

 だが、それがもしも偶然敵がいなかったのではなく、最初からそうなるように仕組まれていたのなら? 彼らが懸念したのはそれで、そして十中八九それは的を射ている。

 つまりこのまま進んでいけばまず間違いなくレフかロムルス、或いはそのどちらとも相対することになる。それがこの特異点での最終決戦になるだろう。そうして立香がクー・フーリンに視線を向けると、それだけで彼は立香の意図を察しららしく、小さく頷いた。

 

「進むんだな?」

「そうだね。撤退するにしても安全に戻れるワケじゃないし……何より、いずれ斃さなきゃいけない敵だから」

 

 そう答える立香の声音には、揺るがない覚悟があった。即ちレフ・ライノールをここで斃すという覚悟。それを受けたマシュは顔を曇らせつつも、立香のそれに応じるように彼女もまた覚悟を決めた。

 レフ・ライノールはオルガマリーだけではなく立香や遥を除いたマスター候補生たち、多くのスタッフの仇である。それ以前に敵首魁の手先であるのなら、生かしておく理由はない。立香はそれを、冷静に了解していた。

 立香と契約したサーヴァントたちはその覚悟に何も口を挟むことはなく、しかし後押しするようにしてよりシャドウ・サーヴァントへの攻撃の手を強める。より無慈悲に、より苛烈に。意思無き獣の群れを灰燼に帰していく。

 彼らは何も、立香が誰かを殺す覚悟をすることを歓迎している訳ではない。しかし彼らは英雄だ。ひとりの人間が考えて考えて、考え抜いた果てに決めたことに態々口を出すような野暮な真似はしない。

 何よりも、立香の行いは悪ではない。自分本位の理由で誰かを斃そうとしているのではなく、結果的には誰かを守ろうとしての行いである。それを外ならぬ英雄が否定できる筈がない。

 まさしく破竹の勢いとでも言うべき攻勢で王城の中を突き進んでいく立香たち。やがてその先に現れたのはひとつの巨大な扉であった。それをアルトリアが聖剣から放った魔力撃で破壊し、次いで立香の右手に刻まれた令呪が鋭い輝きを帯びる。

 

「第一の令呪を以て『槍兵(ランサー)』クー・フーリンに命ず」

「応――」

 

 低く抑えたクー・フーリンの声。だがそれには隠しきれない闘争心と殺意があった。同時にその身体から膨大な魔力が噴き出し、魔力の暴風となって吹き荒れる。その中に在って、クー・フーリンは真っ直ぐに前を見据えていた。

 彼の身体を覆う青い戦装束の下で魔力の光が灯る。それは彼の身体に直接刻まれたルーン文字が起動した証。身体強化、それ以上に、身体保護と再生。全身に過剰に満たされた魔力から霊基を保護するための防壁。

 更に魔力を過剰供給された魔槍が赤黒い魔力を漏らし、その形を変えていく。美しい深紅は血に塗れたかのような禍々しい輝きに変わり、穂先の根本からは無数の棘が生える。まるで魔槍の元となった海獣クリードの獣性をそのまま槍と化したかのような、魔槍の中の魔槍。

 

「全力を以て、敵を討てッ‼」

「――任せなァ‼ 〝抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)〟‼」

 

 解放される真名。同時に投擲された槍は一瞬にして亜光速にすら迫る速度に到達し、発生した衝撃波が王城の一部を崩壊させる。マシュが守っていてくれていなければ立香の全身が砕けていただろう。

 抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)。クー・フーリンが今回の霊基再臨によって新たに得た宝具であり、他の使い方と違い魔槍が秘める因果逆転の呪いを一切解放しない。その代わりに解放するのは海獣クリードの真髄である死の呪い。時に不死さえ殺す魔槍の全力投擲である。

 だがそんな一撃に代償が伴わない筈もなく、真名解放によってクー・フーリンの霊基は最悪、崩壊してしまう。そのためのルーン魔術による身体再生。まさしく元よりも生前に近づいた中間体だからこその宝具であった。

 命中すれば不死存在さえも殺し得る魔槍の一撃。神速を以て放たれたそれがクー・フーリンの手元に戻ってきて、手に収まると同時に元の姿に立ち戻る。魔槍によって巻き上げられた土煙の奥を立香たちは油断なく見つめ、その先を見たクー・フーリンが苛立ちも露わに舌打ちを漏らした。次いで、嘲るような声がする。

 

「出会っていきなり攻撃とは……随分なご挨拶じゃあないか、藤丸立香」

「レフ・ライノールッ……!」

 

 土煙の向こう側から現れたのは誰あろう、カルデアの技術顧問であり、同時に爆破テロの主犯であったレフ・ライノールであった。クー・フーリンの宝具を受けたというのにその肉体に傷はなく、纏うモスグリーンのスーツにも欠損はない。まさしく彼が人外の存在だと物語るかのように。

 恐らくそれは槍を喰らってから再生したという訳ではあるまい。彼は聖杯を有しているのだから、その膨大な魔力でもって宝具の一撃を防いでしまうことなど造作もないのだろう。

 立香を嘲るかのように歪に口の端を曲げるレフ。そのレフを、立香は真っ向から睨み据えている。人の領域を逸脱した気配を前にして臆することなく、眼には抜き身の刃が如き敵意が宿っている。

 レフが背にしているのは都市の外からでも見えていた大樹。ローマ建国の証である、ロムルスの樹槍が真の姿を現したものだ。それはまるで天を覆うかのように枝葉を広げ、中庭には殆ど陽の光が差していない。

 

「……終わりだ、レフ。これ以上、ローマをアンタの好きにはさせない」

「終わりィ? ヒハ、ヒハハハハ! あぁ、まったく可笑しいことを言う! 終わらせたいのはこちらだよ、カルデアのマスター。貴様らクズが余計なことをしてくれたお蔭で、私は神殿に帰ることができなかったのだからな!」

「そりゃどうも。どうだい、見下していたクズに足元を掬われた気分は? 最高だろう?」

 

 立香らしからぬ挑発であった。それは何も彼の性格の変化という訳ではなく、ただ遥の真似をしているだけである。レフと遥の性格の相性は最悪なのだから、彼を煽るには遥の真似が最適だ。案の定、レフは立香の視線の先で青筋を立てている。

 しかし、神殿か。半ばレフを無視する形で立香の中に在る冷静な部分が思考する。恐らくそれがレフの主――いや、もうその正体にマスターふたりは気づいているから言ってしまうが、()()()()()()()の居場所なのだろう。

 その真実に最初に気づいたのは勿論、遥である。彼はレフが特異点Fで名乗った〝フラウロス〟という単語とレフが放つ悪魔に酷似した気配から早々に首領の正体を見抜き、立香にだけそれを語っていたのである。レオナルドなど一部の仲間も気づいていただろうに言わなかったのは何故かまでは分からないが。

 見下していた立香に煽られ、怒りに震えるレフ。だが不意にその怒りが哄笑へと変わった。まるで狂ったかのように、レフが嗤う。それに嫌なものを感じた立香がアルトリアとアルに指令を飛ばし、ふたりが駆ける。だがふたつの聖剣による攻撃を、レフは聖杯の後押しを受けた魔力撃によって弾き返してしまった。

 

「良いだろう……特別に貴様らにはこの私が手ずから教えてやる! 貴様らの無力さ、我が王の偉大さを! 念入りになァ‼」

 

 そう言うと同時に、レフはあろうことか聖杯を持った腕を大樹の幹に突き込んだ。ロムルスの宝具である筈のそれは、しかしレフのことを容易く受け入れ、そして次の瞬間にレフの身体が崩れるようにして大樹の中に溶けた。

 それでも響くレフの哄笑。それが大きくなっていくにつれて、大樹が根本から黒く染まっていく。枝葉の区別なく、まるで樹というカンバスに黒い絵の具をぶちまけたかのように、黒く、黒く。それに伴って肌に感じる魔力量も増大していく。

 そうして、立香は悟る。都市の中央に屹立するこの大樹は連合に人々の心を繋ぎ止めておくためのものでも、ましてやもうロムルスの宝具ですらなかったのだと。謂わばそれは奥の手。レフがカルデアを潰すために用意した秘策であったのだと。

 だが、それが何だというのか。元よりレフを斃すのが困難であることなど百も承知。それに、斃さなければ生き残れない。ならば斃す。人類のためなどではなく、自分や仲間の明日を(まも)るために。

 そんな思いを抱く立香の目の前で、大樹を覆っていた黒が剥がれ落ちていく。そうして現れたのは、目。大樹の容はそのままに、縦横に奔った亀裂から無数の紅い目が覗いている。樹だけではない。今やこの都市を囲う城塞にまでその目玉は現れていた。これが、レフの真体。否、それすらも上回る、究極の姿――‼

 

「フハ、ハハハハ‼ 称えるがいい! 我が名はフラウロス! 七十二の魔神が序列六十四、魔神フラウロスであるッ‼」

 

 

 魔神柱、浸食。

 

 

 ――魔神大樹、顕現。

 




魔神大樹フラウロス

 ロムルスの霊基を支配したレフが彼の宝具である〝すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)〟と〝すべては我が愛に通ずる(モレス・ネチェサーリエ)〟を取り込み、変化した姿。詳しいことはまだ言えないが、ロムルスが消滅しない限りゲーム的に言えば『毎ターンHP全回復』と『無限ガッツ』という解除不可能バフが続く。

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