Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
その日は、何かがいつもとは違っていた。
2004年初頭。最近の冬木市そのものが異様な雰囲気を纏っていることは、この街に住む一般人たちは知らない。だが、魔術師たちも全員がそれを知っているのかと問われれば、それは否だ。
この街に住む殆どの魔術師はここで何かが起こっているとは分かっていても、それに関わろうとはしない。いや、関わろうとした魔術師は皆殺しにされると言うべきか。関わろうとした人間が皆殺されるが故に、関わろうとしない者だけが残る。
当時、穂群原学園の初等部に通っていた遥もまたこの街の異常に気付いていながらそれに関わろうとしない魔術師のひとりだった。彼は
とはいえ、年相応の精神性ということはそれなりにこの状態には知的好奇心を刺激されるのだが、この件には関わるなと両親から厳命されていたのだ。彼らは何かを知っている様子だったが、それを遥に教えるつもりはないようだった。
異様な街の空気。夜な夜な膨れ上がる法外な量の魔力。――だが、それを上回る怪異が、こと今日に限って遥自身の家から放射されているとはどういうことか。
恐らく、それはどれだけ優秀だろうがただの人間の魔術師には気づけなかったものであっただろう。だが、遥を含めた夜桜は純粋な人間ではなく、
遥の生まれた魔導である夜桜家は、魔術師を名乗っているが『根源』にはさして興味が無い。だが根源に至る試みが成されなかった訳ではない。しかしその研究も
〝夜桜の封印魔術を以て人の血を封じ、意図的な『反転』により『座』に到達することで『根源』へと至る〟。夜桜が言う『座』とは英霊の座ではない。それよりもさらに高位の、英霊たちですらも夢想すら許されない領域のことだ。
その気になればその座に片足を踏み込むことができる遥ですら、その日は恐怖を禁じえなかった。だが、それ以上に巨大な驚愕と困惑が遥の胸中を支配していた。なぜ、その恐怖の原因を自宅から感じるのだろうか、と。
その時点で、遥には分かっていた。このまま帰ってはならない。このまま自宅に踏み込めば、きっと良くないモノを見る。既にそれの原因は家にはなく、残っているのは残滓だけだというのに遥は強く感じていた。
夜桜邸の門前に立つ。遠目に見ているよりもなお強く嫌な気配を感じるが、この時の遥は既に警戒心よりも好奇心の方が勝っていた。思えば、どれだけ愚かだったのだろうかと遥は自省する。
この時、あれを見なければどうなっていたのか。この時、あの光景を見なくて済んだならどれだけ良かっただろうか。遥は19歳になった今でもそれを思い出す度にそう思う。あり得ない『もしも』を夢想してしまう。
ドアノブを握り、捻る。中から漏れ出てきた空気に乗って匂ってきたのは――血臭。反射的にドアを開け―――。
――遥は、地獄を見た。
玄関に広がった赤黒い血液と体液の混合液と、そこに横たわった両親。腹腔からはみ出した臓物は未だ引きずり出されてさして時間が経っていないのか、ぬらぬらと電灯の光を照り返して光っていた。
あまりに予想外の事態に、遥は腰を抜かすことすらも忘れてその場に立ち尽くした。呼吸が止まり、頭が真っ白になって思考が停止する。全く身体が動かないというのに、焦点だけが目の前の光景に合っている。
街に広がっている怪異の正体を知らない遥には、その原因を推測することはできない。いや、仮にそれを知り得ていて、原因を推測できたとしても幼い遥にはどうすることもできなかっただろう。
それは正に災害だった。人災だった。人間たちの手によって引き起こされていながら、人間たちには決して止められないものは人災と言うべきだろう。それがこの家を通過していったのだ。
この街に顕現した、英雄という名の災害たち。遥の眼前に顕れたのは、誉謳う英雄たちの光に生み出された、歴史に埋もれるべき『闇』だった。
「――とまぁ、これが事の顛末だ」
勝手に侵入した遠坂邸のリビング。散乱した家具に座ったキャスターがこれまでの事の顛末を話し終え、遥が頷いた。立香たちは先に聞いていたようで、あまり驚いた様子はない。
突如として歪んでしまった聖杯戦争。街がこの惨状になると同時に人が消え、聖杯戦争は一時的に停滞。しかしその停滞もすぐに終わり、セイバーが聖杯戦争を再開した。
キャスターを除く5騎のサーヴァントたちは全てセイバーによって打倒され、得体の知れない『泥』に汚染された状態で蘇った。それのうち1体が遥と沖田が先程交戦したランサーだ。
黒い泥に汚染されて蘇ったサーヴァントたち――謂わば〝
それらがまた厄介らしく、アーチャーはどういう理屈か宝具を生み出す特殊な魔術を使用し、バーサーカーは何度か殺しても瞬時に再生してしまうらしい。さらにバーサーカーは〝狂化〟が付与されたうえに泥に汚染されてもなお衰えぬ武錬を誇るというのだから脅威的だ。
「キャスター。どうにかしてソイツらとの戦闘を避けられないか?」
「バーサーカーは見つかりさえしなけりゃ、まぁ、襲ってはこねぇだろ。だがアーチャー、アイツは無理だ。アイツはセイバーの信奉者でな。〝大空洞〟に近づく輩は片っ端から狙ってきやがる」
何度か狙撃されたことがあるのか、キャスターは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべたまま遥の問いに答える。それが伝播した訳ではないが、遥までもが難しい顔をして顎に手を遣った。
大空洞。キャスターの言葉に出てきたその単語が示す場所のことを、遥はよく知っていた。正式な名前を竜洞というその洞窟は、冬木市の霊地のうちで最高位の霊地である場所だった。その山の上には柳洞寺という寺院が建っている。
最低限のリスクで最大の効果を出すのが戦場の鉄則であるが、それでも避け得ないリスクを無視する訳にはいかない。見つからなければ襲ってこないというバーサーカーは放っておくにしても、待ち伏せを仕掛けてくるアーチャーとはどうあっても戦闘になるだろう。
さらに、最悪の事態だがアーチャーとバーサーカーを同時に相手取ることも考えなければならない。最良の状況だけでなく、最悪の状況も想定していなければいざという時に動くことができなくなってしまう。
戦況は全て自分が思った通りに進むものではないと、遥は世界を放浪していたこの1年で学んでいた。だからこそあらゆる要素を繋ぎ合わせて想定し得る全てを網羅する必要があると遥は考えていた。その想定も、その大半が最悪の状況に偏っているのだが。
「で、残ってる奴らの真名は分かってるのか?」
「アーチャーの野郎とバーサーカーは知らん。だが、セイバーは知っている。ヤツの宝具を見て真名に気付かねぇ英霊は、相当な莫迦かモグリだけだ」
人々に英雄として奉られ、時の果てに存在する英霊の座にまで招かれた者たちは自分が生きていた時代よりも後に英雄となった者についての知識も持ち合わせている。ひとえに英霊の座が時空を超越した領域にあるが故である。
だが、それでもほぼ全ての英雄が一目見ただけで真名に気付く宝具とは一体何なのだろうか。その場にいる全員が無言のままにキャスターを見つめていると、しばらくして口を開いた。
「ブリテンの至宝。王を選定する剣の二振り目……
「
そこまで言って、オルガマリーが言葉を詰まらせる。
『アーサー王伝説』の主人公にして、ブリテンをピクト人やアングロ=サクソン人などから守った王。その名はアーサー・ペンドラゴン。英霊としての格で言えば、最強クラスの英雄だろう。
英雄としては、確かに畏怖すべき存在だ。サーヴァントの強さがその土地での知名度に影響される以上、世界中で英雄視されている英雄はステータスの補正も相当なものだろう。だが、宝具に関して言えば、遥からすれば恐れるに足りない。
「……宝具だけなら、俺がなんとかできるかも知れない」
「ほう? 随分な自信だな。アレを防ぎ切る宝具があると?」
面白い、とでも言いたげな表情でキャスターが遥を見る。しかし遥は口で説明するのではなく、手で腰に帯びた刀、というよりもその鞘を叩くだけに留めた。その行動の意図が図れなかったのか、キャスターが首を傾げる。だがそれも致し方ないことであろう。
神秘の減衰が著しい現在において宝具を宝具として成立させるには、その神秘を如何にして維持するかということが鍵になる。夜桜の宝具はそれを、この鞘――正確に言えばそれの素材として使われている皮で成し得ている。
日本の神代における最も凶悪かつ強大な邪竜の皮を素材としているこの宝具は、あらゆる魔力・神秘の一切を遮断するという強力な特性を備えている。そのため外部には魔力が漏れず、一目では宝具であるかどうかすらも見抜けないようになっているのだ。
しかし、それは最終手段だ。この宝具の真名解放は遥自身に相当な負荷をかける。最悪、自我を崩壊させてしまうほどの強い負荷だ。今ここでその真名を明かしては完全に頼られる。それを避けるため、遥はあえて何も言わなかった。
代わりに咳払いをひとつ漏らし、話題を変えた。
「現状確認はこれで一通り済ませたな。……で、立香、マシュ。マシュに宿った英霊の真名は把握してるのか?」
マシュに英霊が宿った経緯については、既に遥は本人の口から聞き及んでいた。レイシフトが実行される直前、特異点の原因を特定及び排除することと引き換えにカルデアに召喚されていたサーヴァントが霊基と宝具を譲り渡したのだと。
しかし、英霊と融合してデミ・サーヴァント化したのだとしても自身に宿った英霊が何であるか、またその英霊の宝具を知らなければ十全に力を振るうこともできまい。戦略に組み込むのだとしても、組み込みにくくなってしまう。
遥がそう問うと、立香とマシュは揃って表情を曇らせた。それは言葉よりもなお如実に彼らの現状を物語っていた。
「それが……何も分からないんだ。名前も、その……宝具、だっけ? それも使えないみたいで……」
「……はぁ。マトモなマスターなら自分のサーヴァントの
通常、カルデアの召喚システムでマスターとなった魔術師は自身のサーヴァントのステータスや真名、スキルを始めとした全てを把握することができる。聖杯戦争ではステータス限りで相手のものも閲覧できるというが、それはカルデアには関係ない話だ。
しかし、立香は数時間前までカルデアに招かれただけの一般人。魔術師としては超が付くほどの素人だ。そもそも魔術を使ったことのない人間を魔術師と定義するのかは怪しいところだが、マスターである以上は魔術師と言って差し支えないだろう。
一度立香と契約を切って遥と契約し直せば全て把握できるのだろうが、遥はあまり気が進まなかった。恐らくマシュに宿った英霊はマシュを依り代として認めただけでなく、立香を主君と認めたからこそ契約を結んだのだろう。それを無理矢理変えてしまうのは英霊の意思を無視することになってしまう。
遙がひとつため息を吐いて傍らを見れば、何故か沖田までもが気まずそうな顔をしていた。
「どうした?」
「いえ、私も宝具をひとつ失っている身ですので気まずいというか、何といいますか……」
「あぁ、『羽織』のことか。別にいいんじゃねぇの? いずれ出てくるだろうさ」
召喚した直後は遥も気づいていなかったが、沖田はふたつ持っている筈の宝具のうち片方を失っていた。
確かにそれがあれば多少は戦いやすくはなるだろうが、ないならないで戦略の立て様はある。そもそも羽織を着ていなくとも沖田は類稀な剣術で相手を圧倒するのだから、羽織があったところで役割は変わらない。
加えて、いざとなれば絶対命令権である令呪を使って一時的に再現することもできる。恒常的に使えればそれに越したことはないが、なくても再現できるならそれでも問題はあるまい。
問題といえば、マシュや沖田の宝具よりもこれからの方針についてだ。目的地が大空洞であるとは分かっていても、そこに至るまでにアーチャー、場合によってはバーサーカーの妨害がある可能性がある。さらに突入した後、誰がセイバーの相手をするかということも問題だ。
それを考えているうち、不意に遥は自分がこの集まりのリーダーポジションに収まってしまっていることに気付いた。サーヴァントとは基本的に魔術師に従うものであり、その魔術師の中では遥が最も戦闘経験豊富であるため致し方ないことかも知れないが、基本的に面倒くさがりの遥にはそれが不満だった。
そも戦闘経験の量と言うなら、この場において最も戦闘に立つべきはマシュだ。いくら元が人間であろうと、サーヴァントになった以上戦いは避けられない。今のマシュでは、恐らく本気で戦えば遥でも斃せる。
「……結局、建物に引き籠っているだけじゃ何も決まらねぇか。対策なんざ動いてから立てりゃいい、とも言うしな」
「お? なんだ、攻め込むのかい? いいねぇ。ウダウダ考え事だけしてるよりはそっちの方が好きだぜ、オレは」
「デスクワーカータイプのクラスとは思えねぇ台詞だな。……じゃあ、あと少し休憩したらここを出よう。それと、マシュ。ここから先、戦闘では前に出てもらう」
遥の言葉に、マシュは疑問に思った様子もなく素直に頷いた。マシュ自身、自分に戦闘経験が足りていないことが分かっているのだろう。沖田は言わずもがな百戦錬磨の新撰組であるし、キャスターもどこかの英雄だ。しかし、マシュは英霊と融合しただけの少女なのだ。
遥としては、本心を言えばある種妹のような存在を頻繁に戦闘に出すのは心苦しくはあったが、しかし遥が培ってきた戦闘経験から来る判断は至って冷酷にマシュが経験を積むことを推奨していた。
いざとなれば遥が『変身』か『反転』して模擬戦をすることもできるが、それでは
「あと、言うまでもないが立香にはマシュのマスターとして動いてもらうぞ。キャスターには立香とマシュのサポートに回ってもらいたいんだけど、いいか?」
「おう。だがいいのかい? マスターとして新米なのは坊主も同じだろうに」
「俺はいいんだよ。俺ぁ、後ろで指示出すよりは並んで戦う方が性に合ってる」
先程の戦闘で遥が素直に後ろに下がって見ていたのは、サーヴァントというものが如何なるものか、そして沖田の戦闘力はどれほどのものかを見計るためである。敵を知り、己を知れば百戦危うからずとも言うほど、戦力の確認は大事だ。
そしてある程度戦力の確認ができた以上、遥が出ても構わないと遥は考えていた。そもそも指示するだけなど、遥の性に合っていないのである。それに、超常の存在となった人間と肩を並べて戦うなど、中々に心躍るものではないか。
だが遥のそんな密かな興奮を秘めた言葉も、サーヴァントである沖田にとっては聞き捨てならないことであったようで「ダメです!」と遥を咎めるように言った。
「ハルさんはマスターなんですから、後ろに下がっていて下さい。サーヴァントである私と違って、マスターは代えが利かないんですよ? それとも、私が信用なりませんか?」
「いや、別にそういうワケじゃ……」
明らかに不満そうに頬を膨らませる沖田にどう言ったものか分からず、遥が言葉を詰まらせる。これは従者心というものか、それとも乙女心というものか。どちらにせよ、遥には分からないものだ。後者は特に。
口には出さないが、今の沖田の発言には遥にとって聞き捨てならないものが含まれていた。沖田の言う通り人間であるマスターと違って、サーヴァントは仮に消滅しても再召喚ができる。
だが、それでも遥は目の前で消滅されることは我慢ならなかった。敵が目の前で死ぬのはいい。遥もこれまで、死徒や悪魔をその手で屠ってきた。けれど、無辜の人々や仲間が死ぬのはどうにも耐えられない。
どう言ったものか遥が悩んでいると、不意に立香が笑みを覗かせていることに気付いた。
「……なんだよ」
「なんだか仲がいいなって思ってさ」
常に相手の言葉の裏を探ってしまう癖のある遥だが、だからこそ立香の言葉に裏がないことが分かってしまい、恥ずかしくなって顔を背けた。少ないとはいえ何名かの友人を自認する遥だが、真っ向から言われると何だか不思議な心持だった。
自分自身の感情を切り替えるため、遥が何度か咳払いを漏らす。それでも気恥ずかしさは完全に消えるものではなく、紅い顔のまま口を開いた。
「そろそろ出るぞ。各自、準備しといてくれ」
遠坂邸からの道程は、さして過酷なものでもなかった。火の海に沈む街の中で出没する
むしろそういった『雑魚敵』が数多く出没することで、徐々にマシュの戦闘力も上がっているようであった。異様なまでの上達は、融合した英霊から技術を継承している証だろう。同じように他者から技術を継承している遥だからこそ、それが手に取るように分かった。
そのお蔭か、時折現れるデーモンなども弱い個体であれば相手取ることができるまでに成長していた。さらに、驚くべきものがあるのはマシュだけではなく立香もそうだ。数時間前まで一般人でしかなかった彼だが、マシュに出す指示は戦略家としての才覚を感じさせるものであった。
そうしてしばらく歩いていると、遥にとっては慣れ親しんだ建物が見えてきた。穂群原学園の高等部と初等部の校舎だ。本来は同時に視界に収めることはできないが、他の建物がほぼ全て倒壊したことで同時に見えるようになっていた。
荒れ果てた母校を見て複雑な思いに捉われる暇もなく、一行は先に進んでいく。そうして円蔵山の中腹、柳洞寺の境内に差し掛かった時、キャスターが警告を飛ばした。
「気を付けろよ。そろそろアーチャーの野郎が攻撃してくる頃合い……っと、噂をすりゃあ早速攻撃してきやがった!!」
キャスターがそう言った直後、一行の背後で膨大な魔力が一気に膨れ上がった。それは魔術回路を使ったことのない立香にも分かったらしく、驚愕した面持ちで振り返る。
果たして、真っ先にアーチャーが狙った標的は――遥であった。威力、距離、弾速。全てが常人には回避も迎撃も望むべくもないほど強力な射であった。だが、それでも遥にとっては十分すぎる間合いであった。
サーヴァントたちが反応するよりも早くに長刀の柄を握り、第一拘束を解放。さらに筋力を強化しつつ抜刀の勢いを利用して飛んできた矢の軌道を歪め、遥に弾かれた矢が柳洞寺の山門を貫いて本堂に突き刺さる。ここまでコンマ1秒以下の交錯だった。
「不意打ちたぁ、いい度胸だな。信奉者さんよ」
「生憎と、しがない弓兵なものでね。……それと、信奉者になった覚えはない」
矢が飛んできた方向から迫ってくる魔力の反応に向けて静かな怒りを込めた言葉を放つ遥。それに言葉を返したのは、たった今どこかからこの場に現れたひとりの男であった。
白い髪と褐色の肌。身長は遥よりも少し高いくらいだが、胴体を覆っている黒いアーマーから伸びる腕がこの男がどれほどの修練を積んできたかを物語っていた。さらに、弓兵を名乗りながら手に持っているのは黒と白の双剣だった。
視線をちらと先程飛んできた矢に向けてみれば、本堂に刺さっていた矢もまた剣の名残を残す矢、それも宝具属性を帯びた武具であった。しかしアーチャーにそれを回収しに行く素振りはない。まるで使い捨てとでも言うかのようだ。
弓兵でありながら剣を用い、またその剣を矢にすることができる英雄。心当たりはなかった。だが、それよりも遥にとっては真っ先に自分を狙ってきたことが重要であった。
「立香。所長たちを連れて先に大空洞に行ってろ。ここは俺と沖田が引き受ける」
「そんな、ふたりだけでなんて……」
「いいから! これは俺が売られた喧嘩だ。なら……俺たちが買うのが礼儀ってモンだろ?」
未だ何かを言おうとして、しかし立香は言葉を詰まらせた。立香の視線の先にあったのは遥の顔。一目では男性とは分からないほど線の細い顔を、このうえない戦意に彩った戦士の表情であった。
立香と遥の付き合いはさして長くはないが、そうなった遥が意思を曲げようとしないことは立香にも分かった。遥は色々と考えているようにも見えるが、その本質は意外と単純で短絡的なところがあった。
刹那の逡巡の後に、立香は頷きを返してオルガマリーやマシュ、キャスターを連れて走って行く。アーチャーは全員をここで倒すつもりなのか立香たちを逃がすまいと双剣を投擲するが、それの軌道に割り込んだ沖田が双剣を叩き落とした。
どうあっても遥たちは逃がす気はないと分かったのか、アーチャーが舌打ちを漏らす。苛立ちを隠そうとしないアーチャーの様子に遥は僅かに口角を上げると、挑発とも取れる言葉を放った。
「アーチャー。……さあ、お前の罪を数えろ」
ここに、戦端が開かれた。
遥「一度言ってみたかった」