Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
「な、何だ!?」
連合ローマ首都である大樹都市、その中央に聳える王城の中でシャドウ・サーヴァント複数体を一刀の下に斬り伏せたネロが異常な地響きと轟音を感じて言葉を漏らす。地震などではない。それは明らかに戦闘によるものだ。
それだけではなく周囲の空間に満ちる
それは紛れもなく遥が何度か相対してきた〝悪魔〟と同じ類の気配であった。それも現代に現れるものとは比べ物にならない程に高位の、しかし真性悪魔と言うにはあまりに
純粋な悪魔ではなく、むしろ変異特異点αで接敵したユスティーツァに酷似した気配に悪魔の要素が混じっていると言うのが正解か。つまりは間違いなく
「行こう、ネロ帝。俺たちには俺たちのやるべきことがある」
「な……捨て置くというのか!? 立香は貴様の相棒なのであろう!?」
ネロの驚愕は尤もであろう。この空間に満ちている邪悪な気配の正体を知らないネロだが、それでも敵が人間や、それどころかサーヴァントすらも軽く超越する存在であることは分かる。それと相棒が相対していると分かっていて救援に向かわないという遥の判断は受け入れがたいものがあった。
しかし遥の判断を理解できない訳ではない。現在この場に遥と契約したサーヴァントはいない。彼らは市街地で残った民衆を守るため、或いは遥の存在を察知して城内に戻ろうとするシャドウ・サーヴァントを殲滅するために各々戦っている。
いくらネロや遥が人間離れした強さを持っているとはいえ、サーヴァント数騎がかりでも斃すのが難しい敵に対してふたりだけが戦列に参加した所で戦況は何も変わるまい。それに斃さなければならない敵はレフだけではない。だが遥が口にした理由はそのどれでもなかった。芸もなく迫ってきたシャドウ・サーヴァント2、3騎を纏めて一刀で切り捨てて、遥が口を開く。
「捨て置く? ハ、嘗めるなよ、ネロ帝。俺の相棒はあんな奴に屈する程ヤワじゃない……!」
レフが強大な敵であることは認めよう。それもそのものではないとはいえ、ビーストに属する存在が強力であることは
遥は立香が強者であることを知っている。身体的には遥より圧倒的に弱かろうと、その精神は遥よりも強い。泣かぬ虚勢よりも泣く優しさを知っている男が弱い筈がない。戦場において心など必要ないと思う者もいるだろうが、そうではないのだ。
たとえ強大な敵であろうと屈することなく、地を這いずることになろうと諦めずに痛打を与えんとする闘志と折れない心。時にそれが勝敗を分けることもある。何より、立香は将である。心の持ちようが占める部分は他よりも大きい。
その言葉を受けて、ネロが豪放に笑う。心の強さ。それはネロが最も好むもののひとつであった。彼らはそれを持ち合わせ、尚且つ互いに全幅の信頼を置いている。その在り方が、ネロにはとても美しいものに見えた。
「わははは!! うむ! やはり其方らは面白い! 今後も我が軍で抱えられぬのが残念だ!」
「そりゃどう、もッ!」
戦場と化した王城の廊下で言葉を交わしながら、遥とネロは殆ど同時に互いのいる方向に向けて愛剣を振るう。だがその刃が切り裂いたのは互いではなく、その背後を狙っていたシャドウ・サーヴァントだ。首を刎ねられた影法師が一瞬で消滅する。
言葉を交わすことさえなく、しかし息を吐かせぬ連携を見せるふたり。それはネロとオルタが共に戦った時のそれとは少し違う。ネロとオルタは〝互いが死んでしまうと困る〟からこその連携であったが、遥とネロはそれぞれが優れた剣士であるが故に〝互いの癖を全て把握している〟ことによる連携であった。
更に接近してきた敵をそこからの返す一刀で絶命せしめ、続けて叢雲の刀身に一瞬で魔力を充填してそれを光の斬撃として放つ。豪奢が装飾を施された廊下が、膨大な魔力の奔流によって蹂躙され、それに呑まれたシャドウ・サーヴァントが残滓すら残すことなく消滅した。
だが一撃で全てを撃滅することができる訳もなく、遥とネロの前には数十騎のシャドウ・サーヴァントが残っていた。その大半が大盾を持っている所を見るに、恐らくレオニダスのシャドウ・サーヴァントが他数騎のシャドウ・サーヴァントを守る形で遥の攻撃を防いだのだろう。
まるでおまえの攻撃を防いでやったぞ、とでも言うかのような視線がシャドウ・サーヴァントたちから注がれる。レフの悪意の具現である彼らは自然と遥を狙うように造られている。だがその視線を受けてもなお、遥は嗤う。そうして焔を刀身に纏わせると、同じように火炎を宝剣に宿らせたネロと共に地を蹴った。
「――〝
「――〝
先行するネロが放つのは回避すら許さぬ神速の3連撃。炎を纏う流れ星の如き速度を伴う斬り下ろしから、敵を逃がさない斬り上げ、続けての止めの斬り下ろしによって構成される剣技。
それの後に残った討ち漏らしを、遥の新たな剣技である〝
一瞬の攻防、否、一方的な攻勢の後にはシャドウ・サーヴァントの姿はなく、彼らのいた場所にはネロと遥の剣から燃え移った炎があるばかりだ。そちらを振り返ることなく敵の全滅を確信し、ふたりが拳をぶつけ合う。
「貴様の剣技……ソレは余の真似だな? にしては貴様色に染まりすぎのようだが……」
「仕方ねぇだろ、剣の形、全然違うんだから……それより」
「ああ……それよりも」
言葉を最後まで吐き出すことなく、しかしネロと遥が見るものは全く同じであった。彼らが無数の敵を討ち斃した後に待っていたものは、天井にまで届く程の高さを誇る大扉。他の扉とは大きさや装飾からして違う扉だ。
異なるのは見た目だけではない。その扉の奥からはこれまでの敵とは比較することすら烏滸がましい程の威圧感が放たれている。瘴気とでも言うべきか、何の耐性もない人間が浴びれば一瞬で泡を吹いて倒れているだろう。
物は試しとインカムを起動してみるものの聞こえてくるのはノイズばかりで、立香にもカルデアにも通信が繋がらない。恐らくは周囲に満ちる魔力が邪魔になっているのであろう。故に遥はそれを外し、ロングコートのポケットに仕舞った。そうしてネロと顔を見合わせると、荒々しく強化を施した蹴撃で扉を蹴り開けた。
瞬間、ネロと遥は自らの身体を縛り付けるかのような強大極まる重圧を感じて思わず息を呑んだ。姿ではなく気配だけで分かる。今、彼らの目の前にいる敵はこれまで相対してきた敵とは訳が違う。霊基の規模が違う。玉座に座る、泥の巨人。それは何の動きも見せず、しかしその気配だけでふたりを圧倒していた。
だが不意にその身体が動き、玉座から身体を起こす。ゆっくりと、理性を感じさせない動き。その筈が、そこには確かに神祖と呼ばれる男の荘厳さがあった。されど、泥の巨人は無貌のままである。それを前にして、ネロが呟いた。
「あれが、神祖……」
『――そう。貴様らの国の祖、軍神マルスの血を受けた神の子だよ。尤も、今は見ての通り私の手駒だがね』
突如として響いたのは、この場にはいない筈の怨敵、レフ・ライノールの声。その声を認識してすぐに出所を探ろうとした遥はしかし、その直後に起きた変化を前に驚愕の色を見せた。
まるで泥の巨人と化したロムルスの肌を食い破ってくるかのように浮き出してきたのは、目だ。この世に在る遍く万象を見通しながらその悉くを嘲笑うかのような、紅い目。それがロムルスの全身から生えてきている。おぞましい、それ以外に言葉が見当たらない。
最早目前にいる泥の巨人はロムルスそのものなどではない。それの霊基を残し、宝具を残し、神性を残しているのだとしても、
『それにしても……やはり愚かなものだなァ、人間というものは。彼我の力の差は理解しているだろうに』
「フン。そんなことで引き返すくらいなら、余は皇帝などにはなっておらぬ」
『ハハハ! それはそうだ! ならば屑は屑らしく、早々に死にたまえ!』
最大限の侮蔑の直後、ロムルスの総身から吹き出した膨大な魔力が物理的な圧となってネロと遥を襲った。ロムルスを支配するレフが戦闘命令を下したのだろう。先程までは空恐ろしいまでの無感情なものだったロムルスからの圧が、今は激甚な殺意を滲ませたものに変わっている。
聖杯の呪いを受けて泥の巨人と化した神祖、その
それと相対するネロと遥もまた、愛剣を構えてロムルスを睨む。相手が尋常なサーヴァントであればその時点で視線などから狙いなどをある程度推し量ることもできるが、生憎とロムルスは無貌。全身に生える目玉も不規則に蠢いているときている。これでは相手の狙いを量ることができない。ならばこちらから仕掛けるか。遥がそう考えた直後、一陣の突風がその身体に押し寄せた。
轟音。衝撃。遥がその一撃を察知することができたのは、彼の直感を以てしても奇跡と言う外ないだろう。だが察知できたとしてもそれを受け切ることができる訳ではない。神速を超えた速度を以て放たれたロムルスの一撃を叢雲で受けた遥はしかし、その衝撃を殺すことができずに全身を壁に叩きつけられた。
「ガッ――」
無理矢理に肺から全ての空気を押し出され、遥が喘ぐ。今の衝撃で脊柱が折れたのか、下半身が動かない。それも遥の起源に従って修正されはするものの、それは僅かでも致命的な隙だ。故に遥は壁にできたクレーターから自分を叩きだすと、腕だけで転がりロムルスの攻撃を回避した。
刹那、遥がいた場所にロムルスの樹槍が突き刺さる。その一撃はただでさえ遥が衝突して崩壊寸前であった壁を完全に崩壊させ、その威力に遥が舌を巻く。仮にそれを喰らっていれば遥の身体はその余波だけで粉微塵と化していただろう。回避できたのは僥倖だった。
折れた脊柱が修復して脊髄が機能を取り戻すと同時、遥が体勢を立て直してロムルスから距離を取ろうと飛び退いた。更に固有結界展開の式句を唱え、遥の体内に煉獄が広がる。
(さっきの攻撃、全く動きが見えなかった。加速した俺と同等……いや、純粋な速度はそれ以上か……?)
英霊並の動体視力でさえ追い越す挙動をするという点で言えば遥もできなくはないが、それはあくまでも固有時制御と縮地や極地、魔力放出ありきの話であって素の身体能力はAランクサーヴァントに及ぶか否かといった程度なのである。それでも現代人として見れば異常だが、半神半人として見れば大した話ではない。
対してロムルスは元が半神半人であることに加え、未だ信仰めいた崇拝が厚いこの時代に召喚されたことで限りなく生前に近いステータスを持っていただろう。そこに聖杯による改造を受けているのだから、今のステータスはサーヴァントとしては総合的に見て〝評価規格外〟と言う外ないだろう。
成る程フラウロスも調子に乗るワケだ、と遥が苛立ちも露わに舌打ちを漏らす。少なくともローマに来た頃の遥であれば抵抗もできずに殺されるか、或いは捕まるかのどちらかだっただろう。今の状態で小手先の手段を使い、ようやく追いつけるかどうか。
いくら遥が未だ半神半人としては完成されていないとはいえ、相手が尋常なサーヴァントならば十分であるのだ。それがロムルスは聖杯の呪いを受けているがために、極端な強化がなされているために今の状態では追いつけない。
天叢雲剣を構え直す。この戦闘において考えるべきはロムルスを斃すことそのものではなく、数手打った後の生存だ。勝ち筋を探さなければ勝てないが、それだけを考えていたのでは勝ち筋を見つける前に殺される。今はとにかく、彼我の間にある戦力差を把握しなければならない。
「合わせろ、ネロ帝!」
「言われずとも分かっておる!」
遥は天叢雲剣を、ネロは
しかしネロが合わせたのはタイミングだけである。ネロと遥では剣腕において遥に分がある以上、そこまでネロが合わせることはできない。故にそれを合わせるのは遥だ。ふたりは愛剣の刃に炎を纏わせ、ロムルスに殺到する。
前後二方向からの、全く同じタイミングでの攻撃。左右どちらかに躱そうとも刃から伸長する火炎がそれを許さない。その攻撃はたとえ上位の英霊であれ負傷は免れ得ないだろう。だがそんな攻撃を前にしても、ロムルスは動じなかった。
ロムルスの足元から生えるもう1本の樹槍。ロムルスはそれを左手で泥沼の中から引き抜くと、その流れのまま遥に向けて投げ放った。必然、不意を突かれた遥は防衛行動を執らざるを得なくなる。反射的に叢雲を振るい、投槍をはじく遥。そのために同時攻撃のタイミングはズレ、その隙にロムルスはネロへと攻撃を放った。
ロムルスの足元に蟠っていた泥が三度その形を変え、爆発するように噴きあがる。大英雄さえも反転させる呪いの塊が、ネロへと迫っていく。対するネロにそれを防ぐ手段はなく、それに気づいた遥は考えるより先に駆け出した。
「ネロッ……!
その詠唱と同時に遥の体内に展開された煉獄が完全に外界から切り離され、その時間流が数倍にまで加速する。平時のように2、3倍の加速ではなく、その加速倍率は5、6倍程度にはなるだろう。その異常な加速に全身の骨が軋むのも構わず、遥は駆けた。
神経伝達の加速により暗くなった視界の中、遥が狙ったのはロムルスではなくネロ。今にも降り注ぐ泥の奔流に呑まれそうになっているネロへと肉薄した遥は減速することさえしないまま、彼女を部屋の壁まで突き飛ばした。
当然、その運動エネルギーをまともに喰らったネロは抵抗することさえできずに吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる。それでも負傷することはなかったが文句のひとつでも言ってやろうとして、しかしネロはソレを見て言いかけていた文句を忘れた。
何も言わずにネロを突き飛ばし、泥が降り注ぐ範囲から離脱させた遥は、しかし自分はその範囲から脱することができずに聖杯と魔神の呪いが混ざり合った泥を満身に浴びてしまっていたのだ。
「ぐ――が、ガァ――ガアァァァァッ!! あああああああッ!?」
総身を焼く呪いの奔流に、遥が苦悶の叫びをあげる。総身に絡みついた呪いの黒泥がまるで生命ででもあるかのように遥の体表で脈動し、魔術回路を通じて体内に入り込んでくる。遥が宿す煉獄はそれを排除するために活性化するものの、黒泥の呪いは残滓でさえ精神が崩れるような苦痛を齎す。
意識が、魂が焼けるように熱い。呪いの効力で身体が崩れていって、それでも煉獄と起源が遥を生かそうと働く。そんな二重苦に苛まれる思考の中で、遥が気づく。この呪いは、何かがおかしい。冬木で浴びた呪いなどとは訳が違う。
死ね、死ねと叫んでその概念を遥に押し付けようとしてくるものに混じって、純粋に遥に苦痛を齎し、精神と身体を蝕んで殺そうとするものがある。それが何度も遥の精神と身体を殺し、その度に起源が再生させる。その苦しみは、慣れている遥でなければとうに発狂していることだろう。
まるで壊れたロボットのようにカタカタと身体を震わせる遥を蹴り倒し、その足で踏みつけるロムルス。ネロは遥をロムルスの暴威から解放せんと切りかかるも、泥の巨人はその斬撃を樹槍で軽々と弾いてしまった。更に空いている左手でその胴に殴打を喰らわせ、ネロが吹っ飛んでいく。その先で壁に叩きつけられ、血を吐いてネロが気絶した。
「ぐぅ――が、あぁ――」
『ハハ、苦しいかね、夜桜遥!! それはそうだろう。何せコイツの泥はただの呪いではない。見る影もない程に劣化してはいるが、ヒュドラの神毒を再現しているのだからな!!』
「な、に――?」
それはレフが遥を苦しめるために用意したこれ以上ない程に悪辣な策であった。今、レフの手にある聖杯は嘗て彼がブーディカの心臓に埋め込んでいたものであり、それ故に彼女の霊基情報もそれには蓄積されている。
そして『
つまりレフは聖杯を回収した後、元々ブーディカを汚染するより先に支配していたロムルスの霊基に対し、聖杯に記録されていた荊軻の匕首、その中でも劣化神毒の霊基を組み込むことで対遥用の決戦兵器としたのだ。
苦悶する遥と、嗤うレフ。その哄笑に応えるようにロムルスは手にした樹槍を無造作に振り下ろすと、遥の腹に突き刺した。何度も、何度も、まるで子供が執拗に虫の死骸を潰していくかのように。
「ぐぁ、あああっ!! フラウ、ロス……貴、様ァッ……!!」
『おや、まだ反抗する気力が残っていたか。では……』
唐突に止まるロムルスの攻勢。その間隙を見逃さずに脱出を試みる遥だが、レフがそれをそう簡単に許す筈もない。再び樹槍が動き出し、穂先が遥の内で円を描く。まるで内臓と泥を攪拌するように。その度に、骨を伝って脳内に直接異音が響く。
激痛。鈍痛。疼痛。苦悶。絶叫。意識はとうに想像を絶する苦痛に染められて、感覚などとうに狂っている。起源が『不朽』でなければ命がいくつあっても足りたものではない。いや、遥が自覚していないだけで彼も死んでは蘇りを繰り返しているのかも知れない。少なくとも精神はそうだ。肉体的な苦痛に加え、ヒュドラの劣化神毒と聖杯の呪いを同時に受けているのだから。
それなのに、何故。ロムルスを通じて遥の惨状を見ているレフが舌打ちをする。固有結界に身体を焼かれ、臓物を原型を留めない程に壊され、劣化神毒と聖杯の呪いに晒されているのだ。常人ならば、それどころか下手な英霊でも発狂するような苦悶の嵐の筈なのだ。それなのに何故、この男の目から叛逆の光が消えない――!?
「ムカつく……あぁ、ムカつくんだよ、テメェ……!!」
反射行動でただ震えるばかりの手を無理矢理に抑え、遥が槍の穂先を掴む。その接触面からも泥と毒が流れ込んでくるが、構わずに腹の中で蠢く槍の動きを止めようと力を込める。その力は、とても窮地に立たされている人間のそれではない。その火事場の馬鹿力めいたものの源泉は、怒りだ。
遥はレフが嫌いだ。それは彼が敵だと判明するより前、レフがカルデアにいた頃から。だがその憤怒はそこから湧き出しているのではない。そんなものは忘れてしまうくらい遥にとって大切なものから、それは生まれている。
レフが自分を
――レフは立香を、マシュを、サーヴァントたちを、ネロを、カルデアを、殺そうとしている。それは絶対に許容できない。
「それにな……誓ったんだよ、俺の目の前で散った人の死を、無意味なものに、させないって……!!!」
『――!!』
血反吐を吐く。吐瀉物をぶちまける。それでも遥は左手に込めた力を緩めることはしなかった。それどころかロムルスの腕は徐々にその攪拌を遅くしていく。遥の力が少しずつ強くなってきているのだ。
自分の目の前で起きた死を無意味なものにさせない。それは遥が人理修復に臨むうえにおいて至上とする命題であった。人理焼却は人類史を無に帰そうととしている。それどころか何かに利用する気でもいる。それはつまり全ての生と死に対して、自らに利用されること以外の意味を奪ってしまう行為だ。遥には、それが許せない。
だがそれがレフの中で琴線に触れる言葉だったらしく、身体に穂先を埋める槍から流れ込んでくる泥の量が著しく増加する。遥の固有結界ですら浄化が間に合わない程のそれに、遥の視界が白く染まっていく。感覚が遠のいていく。
ロムルスを通じて、レフが何かを言っている。最早レフに遥を生かしたまま苦しめようなどという発想はない。呪いの黒泥を以て呪い殺し、すぐにでもこの不遜な輩を排除しようとしている。辛くて辛くて死んでしまいそうで、それでも死ぬ訳にはいかない。
泥の奔流に押し流されていく自我。崩れていく身体。それでもなお再生する自我と身体。まるでたったひとりで何度も輪廻を繰り返しているかのような体感。それでも遥は思考を止めず、叛逆を諦めなかった。
この状況、ネロは気絶し、サーヴァントたちはシャドウ・サーヴァントの足止めと排除に動き、立香たちはレフの本体と戦っていて救援は望めないという戦況を覆すには力が必要だ。それこそ聖杯の後押しすらも撥ね退ける程の力が。必死にそれを探して、けれど意識は徐々に消えていって、五感は白く変わって、何もなくなっていく。それでも遥は何かを掴もうとして手を伸ばし、意識が途絶えそうになったその時、その手が何かを掴んだ。そして、覚悟する。
――力ならば、此処にある。望んでもいないのに勝手に与えられて、傲慢にも宿主を振り回し続けてきた、呪いにも似た力が。今まで振り回されるばかりだったその力が理想を遂げるために、その障害を踏破するために必要であるならば。愛した人々を守るために不可欠であるならば。
(俺は――もう逃げない。アイツらを守るために必要なら、神の血だろうが神の魂だろうが、何だろうが受け入れてやる。いや……呑み込んでやる!!!)
だから、力を寄越せ。
その覚悟と共に、遥は手にしたものをその身体の内へと、魂の内へと呑み込んだ。
──よく言った。逆境にも抗う不屈。愛した者を守らんとする気概! そのためならば神さえも喰らう傲岸!! それでこそ、オレの神核を継ぐに相応しい!!!
最後に、そんな声が聞こえた。
本来予定していた所まで書くと2万字まで行きそうなので分けることにしました。
……それにしても、レフの目の前でソロモン(仮)をディスったり、死を無意味ではないと言ったり、遥はいくつ魔神柱の地雷を踏んでいくんでしょう。