Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第61話 信じる心、相棒だから(下)

 ――何度、殺しただろうか。何度、死んだだろうか。高速で思考を巡らせてサーヴァントたちに指示を飛ばしながら、立香は頭の片隅でそんなことを思った。単一の相手を殺した回数を数えるなど奇妙な話だが、この戦闘に限ってはその思考は正しい。

 レフ・ライノール・フラウロス、もとい魔神フラウロス、もとい魔神大樹フラウロス。この特異点の人理定礎を復元するにあたって最後の敵として立ちはだかったそれは、まさしく不死身であった。正確には不死そのものではなかろうが、限りなくそれに近いものであることは間違いない。

 たとえ聖剣の一撃を以てその幹を両断しようと、魔槍の投擲を以て肉を抉ろうと、その程度の損傷など何の問題でもないかのように次の瞬間には再生してしまうのである。以前の立香であればそれに何故としか思えなかっただろうが、マーリンの許で神秘について多少なりとも学んだ今となってはある程度の見当を付けることができた。

 恐らくはフラウロスを守っているのは概念的守護と魔術的守護、そのどちらもだ。あくまでも推測の域を出ないものの、まず見当を付けることができたという事実自体、立香の脅威的な成長を表していると言えるだろう。

 まず第一に概念的守護。これは〝過去・現在・未来全てのローマを表す〟という概念を持つロムルスの宝具を拡大解釈することで〝ローマが滅びない限り、それを取り込んだ自らもまた不滅である〟という属性を自らに付与しているのだろう。かなり無理のある方法だが、聖杯があるのだから不可能な話ではなかろう。

 次に魔術的守護。現在フラウロスに取り込まれているロムルスの宝具は古代ローマ帝国建国の証である。それが、ローマの大地に根付いている。その根が吸い上げているのは栄養分ではなく地脈の魔力だ。聖杯と地脈の魔力を以て、フラウロスは常に自らの身体を再生している。

 ローマがローマである限り不滅という概念を持ちながら、受けたダメージを放置することなく即時再生し続ける。カルデアを爆破した時のような手抜きではない、周到極まる策だ。現状、フラウロスを斃すには魔神フラウロスとロムルスの霊基を切り離すしかない。

 しかし両者の結びつきを解除する手段がない以上、手立てはロムルスを斃す他ない。いくら取り込まれていると言えど、元は別の存在なのだ。そしてフラウロスはカルデアにはロムルスを斃せないと高を括っている。そこに反撃の糸口がある。

 つまり、今立香たちにできることは遥たちがロムルスを斃すまで耐え抜くことしかない。その事実を認めることは心苦しくはあったが、現実を認めなければ事は前に進まない。重要なのはそこからどう自らの側に流れを持ってくるのかなのだ。自らの側にある戦力を組み合わせ、ただ合算しただけではない結果を出す。それは将たる立香の役目だ。それを、彼は忘れていなかった。

 立香自身は意識していないが、それはとても一般人などという範疇にある精神力ではない。本当に一般人程度の精神力しかないのであれば、立香はフラウロスを目前にした時点でその存在の異質さを受け止めきれずに発狂していただろう。

 それが立香は発狂するどころか正常に意識を保ち、常と変わらない冷静さを保っていることができている。それは立香が元々持つ強さ故か、それともマーリンが施した教育が彼自身でさえ予想していない方法に作用しているためか。定かではないものの、立香にとってはどうでも良い話だ。彼はただ生存のために思考を巡らせ続ける。

 

先輩(マスター)!!」

「……ッ!?」

 

 マシュの声が立香の耳朶を打った直後、フラウロスの紅い目が強烈な輝きを放った。同時に空間を歪ませる程に膨大な魔力が指向性を持った状態で解放され、土煙をあげながら大地を薙ぎ払う。

 それが立香に着弾する直前にマシュが割って入り防衛するが、魔神の凝視の攻撃範囲はマシュの盾で防御できる範囲を超えている。故に立香はカルデアの制服の上に纏う黒いパーカー型の礼装に魔力を流すと、それに記憶されている魔術を呼び出した。

 マシュのスキルと立香が起動させた魔術によって展開された二重の魔力障壁。それは魔神の攻撃から完璧にふたりを守り切り、その土煙が過ぎ去った後に残るのは崩落した王城の瓦礫と無傷のふたりだ。その周囲に張られた障壁はマシュのスキルによるものどころか魔術によるものでさえ壊れていない。

 立香が起動させたのはただの魔術ではない。遥の技術提供によりレオナルドが完成させた夜桜の魔術の再現。即ち神代の魔術。オリジナルへの影響や技術的限界により意図的に機能縮小(ダウンサイジング)されてはいるものの、その神秘は魔神に勝るとも劣らない。素人が行使できるものとしては破格の防御力だ。

 

「猪口才なッ!!」

「アルトリア! アル!」

 

 立香に凝視の一撃を凌がれたと悟ったフラウロスが再び同じ一撃を放とうとしているのを見て取るや、立香が号令を出した。それだけでふたりのアーサー王は己が契約者(マスター)の意図を汲み取り、即座に実行する。

 エクスカリバーとマルミアドワーズ、二振りの聖剣に収束する漆黒と黄金の魔力。騎士王は聖剣を一閃してそれを撃ち出すと同時、聖剣が纏う風の暴威を指向性を持たせて解き放った。加速された魔力斬撃と風の破砕槌が今にも魔神の権能を解放せんとしていた眼球を潰す。

 そこへ走り込んだのは赤枝の騎士だ。彼は空中に跳びあがるや腰に佩いた光の剣を抜き放ち、己が一度に放出できる魔力の全てをそれに込めた。瞬間、彼の身の丈の数倍の長さにまで黄金の輝きが伸長する。だが騎士は軽々とそれを振るい、黄金の閃光が肉の柱を半ばから断ち切る。続けて幾つか原初のルーンを起動させ、ひとつひとつが低格の宝具を凌駕する攻撃がフラウロスに殺到した。

 だが、()()()()。次の攻撃に移りながら、クー・フーリンが舌打ちを漏らす。彼は対人・対軍・対化生全てにおいて英雄の中でも最強クラスに位置する本物の大英雄だ。その直感が囁いている。これでは足りないと。

 ()()()()()? 降って湧いたその考えを槍兵は即座に放棄する。スキルと宝具の狭間に存在するそれは、確かに強力な一手ではあるもののマスター殺しの一手でもある。立香の魔力量で十全に使おうと思うなら、令呪が最低でも一角、いや、二角必要になる。つまり残りの令呪全てだ。それも無限の魔力ではないのだから、概念的守護に守られている時に使うものではない。

 刹那の内に行われた思考。だがその間にも大英雄3騎によって負わされた傷を完全に修復してのけたフラウロス。その身体に奔る亀裂から、人理全てを嗤うかのような声が這い出てくる。

 

「この期に及んでまだ無様に足掻くか、敗残者共め。王の寵愛を失った貴様らに待つのは終焉のみだと、いい加減理解したらどうだね?」

「煩い……! オレたちはまだ終わってなんかいない。誰かの都合で勝手に終わらされてなんかやるものか! だから――」

 

 ――終わるのはアンタの方だ、フラウロス。不屈とすら思える生存の意思に塗れた声音でそう言う立香の目はまさに抜き身の刃が如く。己の、そして己の仲間の生存のためならばどんな敵でも屠ってしまいそうな威圧がその瞳にはあった。

 正直な所を言えば、立香にとっては()()()()()()()()()()()()。当然だろう。現生人類約70億人、人類史全体で言えばそれ以上にもなる人間全ての命を背負うなど、英雄の精神を持たない立香には不可能な話だ。

 だが、自らが生きてゆくためならば。自分の大切な人々が生きていゆくためならば。敵を斃さなければ生きられないのならば。立香は戦うだろう。全ての障害を乗り越え、踏破し、生存を勝ち取るだろう。

 顔も知らない人類(みんな)のためになど戦えない。けれど顔を知っている人間(だれか)の為にならば戦える。それは浅ましい思いだろうか。いや、否だ。元より立香には人類(みんな)の為の英雄(ヒーロー)になる素質はない。だが、だからこそ彼は人間(だれか)のための(ヒーロー)となる素質があった。その発露を前にして、悪役(フラウロス)は忌々し気に吐き捨てる。

 

「貴様……!!! 夜桜遥も! 貴様も! カルデアのゴミ共も全て王の偉大さを理解できぬ蒙昧がッ!! 生き足掻くなァッ!!」

「いいや、足掻くさ! 足掻いて足掻いて、足掻きぬいて、生きてやる!!!」

「英雄がいなければ足掻くことさえできぬカスが、囀るな!!」

 

 英雄がいなければ足掻くことさえできないカス。あぁ、耳が痛い。フラウロスの放った暴虐の魔力砲を礼装の魔術で防ぎながら、立香が自嘲的に嗤う。フラウロスの言う通り、立香は弱い。遥のように超人的な魔力量や回復能力がある訳でもなく、サーヴァントのように宝具を持つ訳でもない。強力な魔眼はあっても、自分ひとりでは予測した未来を変えることさえできない。聖剣の鞘を宿していても、騎士王がいなければただ生命力が強いだけ。その程度の存在だ。

 だが、それが何だ? 全てのことをたったひとりでできる人類など存在しない。それは半神である遥だろうが、人類史に名を刻んだゴーストライナーたる英霊であろうが同じこと。全てひとりでできてしまう者がいるとすれば、それは全知全能の絶対神だけだ。

 立香は己が弱いことを自覚している。サーヴァントの力を自分の力などと勘違いしていない。だからこそ吠えるのだ。だからこそ手を伸ばすのだ。自分ひとりの手だけでは届かないものにでも、多くの人が手を握り合えばきっと届くと信じているから。

 だからこそ、折れる訳にはいかないのだ。負ける訳にはいかないのだ。粋がっているのではない。たとえどんなに強大な敵であろうと屈さずにいようと努めているだけだ。故に立香はその信念に従い、魔眼殺しの眼鏡に手を掛けながらフラウロスに啖呵を切った。

 

「確かにオレは弱いよ。でもアンタの言う強さを手に入れてしまうくらいなら、オレは弱いままで良い!!」

 

 その咆哮と同時に立香は魔眼殺しを外し、その身に宿した『先視』の魔眼を発動した。普段は水色を湛える立香の瞳が深い青を主とした虹色に変わり、突如として脳の内に異常な量の情報が流入してそれを限界を超えた速度で処理を開始する。

 そうして立香の脳内に映し出されるのは〝このまま何の対策もしなかった場合に最も訪れる確率の高い未来〟だ。このまま行動しなければ立香たちは凝視の熱線に焼かれて死ぬ。それは態々魔眼で予測するまでもないことだ。だが、この魔眼の有用性はそれだけではない。

 『先視』の魔眼が戦略上最も有用である点は未来を測定することそのものではなく、そこに至るまでも過程までもを測定できることにある。方程式に過程がなければ解は出ないのと同じように、未来も過程がなければ存在し得ない。結果を改変するには過程を改変するしかないのだから、戦略上その特性はこの上なく有用である。

 反面、その強力な機能のためにそれは立香に巨大な負担を強いる。魔神柱相手であれば、精々10分以下が限度といった所だろうか。それを超えてしまえば立香の脳は焼き切れ、廃人と化してしまうだろう。つまりこれはそれまでに遥がロムルスを斃すことができるか、或いは立香たちが耐えていることができるかという賭けだ。

 立香の指示の冴えが増す。その様はフラウロスから見れば異様であったことだろう。何せ立香はまるでフラウロスの行動を全て把握しているかのようにサーヴァントたちに指示を出し、攻撃を回避し逆に彼らの攻撃を叩き込んでいくのだから。

 ローマ建国の証である大樹を取り込んだフラウロスは、ローマがローマである限りは死なない。加えて超回復力も有している。だからと言って痛覚がない訳でも、感覚が失せている訳でもないのだ。一方的な攻撃を受ければ、その分痛い。その激痛が、フラウロスに苛立ちを募らせる。

 自分が死なないのは分かっている。それでもこの思い上がったカス共に鉄槌を下さなければならない。だが普通の攻撃は通じず、恐らく奥の手である〝焼却式フラウロス〟もとい〝滅却式フラウロス〟も先読みされてしまうだろう。そうして何かないかと探して、フラウロスはそれを見つけた。

 聖杯の呪いによって泥の巨人と化したロムルスに埋め込んだ自らの分体、子機から送られてきた情報。それにフラウロスは醜悪な肉の下に埋もれた顔を下卑た笑みに染め、虚空に投射した。泥の巨人によって内臓を抉られ、劣化神毒によって肉体と精神を引き裂かれ、聖杯の泥に沈む遥の姿を。その目は光を失って虚空を見つめたまま、一切動くことはない。その光景を前にサーヴァントたちの表情が変わったのを見て取り、フラウロスが再び声に喜色を滲ませた。

 

「ヒハ、ヒャハハハハハ!! 見たまえよ、藤丸立香!! 無様だろう? 滑稽だろう? これが貴様が信じた男の末期の姿だ!! 愚かにも我が王の威光に従わなかった結果がこれだ!!」

 

 遥の死を確信し、フラウロスが嗤う。見た所まだ息はあるようだが、そんなことは些末事だ。いくら神毒が見る影もない程に劣化したものしか調達できなかったとはいえ、それに聖杯の泥まで加えているのだ。いかに呪いが通じずとも、その余波だけで精神死に至るには十分過ぎる。

 そしてその死にざまを立香たちに見せることでフラウロスは思い知らせようとしていた。人間の矮小さ、愚昧さを。所詮は人間など、いくらその規格を脱しようと自分たちに敵う筈などないのだと。

 だがこの時点になってもフラウロスは完全に見誤っていた。藤丸立香という男の善性、そして強さを。魔神としての在り方に誇りを持ち拘泥するフラウロスには、立香の持つ人間の強さが分からない。

 

「――無様? 滑稽? あぁ、笑わせないでくれよ、フラウロス。遥が、オレの相棒が、その程度で死ぬとでも?」

「何……?」

 

 虚勢? 気狂い? 否。そのどちらでもない。立香はあくまでも平静で、それ故にその声には確かな信頼と信用があった。遥はこの程度では死なないのだと。この状況すら覆してみせるのだと。

 何故。フラウロスの胸中が疑問で埋め尽くされる。何故そこまで信用できるのか。何故そこまで信頼できるのか。何故そこまで自らの弱さを認められないのか。最早嘲りすらも忘れたフラウロスの前で、立香が叫ぶ。

 

「だから、立て! 夜桜遥! オレの相棒! 運命に勝つと言った君の覚悟は、こんな所で終わるものじゃないだろうッ!!」

 

 腹の底から絞り出したかのような、重い咆哮がローマの空を貫く。――その直後、邪悪を祓う焔の魔力が王城から噴きあがった。

 


 

 生と死。始まりと終わり。誕生と終焉。それが刹那すら追い越した須臾の内に無限に繰り返される。肉体が死に、生き返り、精神が死に、生き返り、全てが朽ち果ててそれでも再生する。一回の拍動にすら満たぬ時間さえもまるで永遠のように感じられる中で、たったひとりで輪廻を巡る。

 想像を絶する苦痛だ。その苦痛の程たるや、先程まで感じていた、いや今でも感じている筈の劣化神毒と聖杯の呪いによる苦痛を忘れてしまう程である。たかだか未熟な半神如きがふたつの神核を持つ神を喰らうとはそういうことだ。

 神話に曰く、初めこそイザナギから大海原の統治を任されていたスサノオは後に黄泉の国を統治する神になったという。つまりスサノオは〝海神〟と〝冥府神〟というふたつの側面を持つ神であり、遥の内に宿る分霊はガイアの計略によってそのふたつを同時に有する神核だったのだ。それを喰らおうというのだから、それ相応の苦痛が伴うのは当然だ。

 視界が白い。五感が全て失せて、知覚できるのは自らの魂に吹き付けてくる暴風の如き概念の氾濫だけだ。今まで封印して抑え続けてきたものが今、完全に融合しようとしている。それを喰らってしまおうというのだから、その内側にあるもの全てが流れ込んでくるのは当然だ。

 スサノオの記憶が、感情が、その全てが遥の魂を押し流してしまいそうな勢いで流れ込んでくる。遥がそれを受け入れる、否、呑み込んでしまう覚悟を見せた今、スサノオも自重する気はないのだろう。なら、遥はそれに応えるだけだ。

 肉体が死と再生を繰り返す。その度にそれらが半神としてのものから全く別のものへと変質していく。全身の感覚がない。身体が無限に輪廻を繰り返しているためだろうか、視界が燃える。どれだけ精神を強く保っていても流されてしまいそうな死の風の中で、遥は有り得ない幻を見た。

 屈強な大男だった。風貌は遥と瓜二つだが、放つ存在感は比べるまでもなくその男の方が大きい。纏うのは全身が黒で統一された戦装束。遥はその姿の人物を見たことがない。けれど、織っていた。あれこそがスサノオ。日本神話に語られる蛮神にして、誰よりも人間らしい神。遥の前世にすら等しい存在。それがまるで遥を迎え入れるように、手を広げて立っている。それを認めると同時に、どこからか声が聞こえた。

 

 ――無様? 滑稽? あぁ、笑わせないでくれよ、フラウロス。遥が、オレの相棒が、その程度で死ぬとでも?

 

「――立、香」

 

 その声を聞いて、遥の身体に熱が戻る。その熱は遥の全身を満たして、彼に己の輪郭を自覚させた。自然と、足が前に出る。死の風を切り裂いて、前へ前へと進んでいく。吠えて、吠えて、走る。

 その先にいるのはスサノオだ。スサノオはこれから遥がしようとしていることを分かっているだろうに、迎え入れるかのような態度を崩さない。それどころか微笑んですらいる。それが、腹立たしい。

 遥の魂を消し飛ばそうと吹き付けている死の風を押し退けて、走る。我武者羅に、ただ只管に。その身体に実体はない筈なのに、息が上がる。何度も飛ばされそうになって、それでも食らいついて走る。その耳を、再び立香の声が打つ。

 

 ――だから、立て! 夜桜遥! オレの相棒! 運命に勝つと言った君の覚悟は、こんな所で終わるものじゃないだろうッ!!

 

 その声を力に変えて、遥は飛び出すように最後の一歩を踏み出した。愚直に、何の芸もなく右手を引き絞る。それが示す事実を目の前にいるスサノオは理解していて、しかし抵抗することさえもなくそれを受け入れた。

 次いで、暴風の中でもはっきりと肉の避ける音がする。見れば、遥が放った手刀がスサノオの戦装束を貫き、その厚い胸板に埋まっていた。貫かれたスサノオは口から血を流しながら、満足そうな目で遥を見ている。

 それで良い。掠れた声でスサノオが呟く。ガイアの端末として遥に埋め込まれたスサノオはガイアの目的全てを理解していて、しかし納得してはいなかった。当然だ。いかな神霊であれ、自分の子孫にして生まれ変わりでもある者をただの道具に成り下がらせることを許容するものか。

 だからこそ、この時を待っていたのだ。遥が人間(『夜桜遥』)としての在り方を保ったまま(スサノオ)を喰らう覚悟を決めた、この時を。スサノオの胸に埋まった手で遥が握っているのはスサノオの神核だ。遥はそれを握りつぶすように力を込め――――その瞬間、遥の感覚が悉く焔に染め上げられた。いや、感覚だけではない。遥の肉体そのものが、燃えるかのように焔を放っている。

 

『な――にィッ!? 貴様、まだ息が――ッ!?』

 

 驚愕に染まるフラウロスの声。恐らく彼は遥の肉体は生きていてもその精神は既に死んでいるものと思い込んでいたのだろう。それが今、目を覚ました。それだけではなく遍く悪を祓う焔で玉座の間を満たしている。

 いかな泥の巨人であれ、そんなものを真正面から受けてはたまったものではない。反射的にフラウロスはロムルスに遥から距離を取らせて、すぐに己の失策を悟った。これでは遥を自由にしたも同然ではないか、と。だが、それに気づいた時には既に遅かった。

 玉座の間を満たす浄化の焔。それは無差別に悉くを燃やしているように見えるが、そうではない。事実、気絶しているネロには焔が降りかかっていない。煉獄の暴虐が襲うのは、悪に浸食された巨人だけだ。全身を焼く焔に表情を歪める巨人。対して遥は焔の嵐の中央で決意を叫ぶ。

 

「あぁ――立つさ、立香。お前が俺を相棒だと信じてくれるなら、何度だって――――!!」

 

 瞬間、玉座の間を満たしていた焔が爆発するようにして霧散する。そうして露わになったのは、痛々しい遥の姿。ロムルスによって抉られた内臓は未だ治りきっておらず、傷口からは挽肉のようになった内臓が零れている。加えて流し込まれた神毒のためか、四肢の末端が溶けて崩れていた。

 だがそんな遥の姿を前にしてもフラウロスが遥を嘲ることはなかった。魔神であるが故に魔力事象に関しては超常的なまでの探知力を持っている彼だからこそ、分かる。目の前に立っている男は、先のそれとは明らかに何かが異なっている。

 気配が違う。魔力量が違う。存在規模(スケール)が違う。それだけ違えば最早別のモノと成り果てていてもおかしくはないというのに、遥が『夜桜遥』としての在り方を失った様子はない。それどころかその瞳に宿る光は先程よりも強くなっていた。

 在り得ない。戦慄するフラウロスの前で、遥は更にその姿を変えていく。ロムルスの槍撃を受けて激しく損耗していたロングコートが虚空に溶けるようにして消え、代わりに現れたのは陣羽織にも似た戦装束。フラウロスは知らないことだが、それは遥の精神世界にてスサノオが纏っていたものと似ていた。

 それから露出した褐色の肌に浮かぶのは血のように紅い紋様。半神の大半に共通して現れる、人間の肉体が神の血に影響されていることを示すもの。それが腕や顔だけではなく全身に現れている。

 裡に宿る神霊を喰らい、人の血を以てそれを取り込んだ者。それはいつの日かネロが語った〝神の血を人の(かいな)で支配する〟という在り方を遥なりの形で実現した結果。遥は今まで逃げていた神の血と向き合い、それを喰らったことで純粋な人間でも神でもない存在へと己を昇華したのだ。その在り方は現人神というものに近いか。

 これで、第一歩。歩まずに逃げていた英雄としての道。そのスタートラインに、遥は今ようやく立ったのだ。

 

「来い、天叢雲剣」

 

 その短い命令に応え、床に投げ出されていた天叢雲剣が独りでに動き出し主たる遥の手に収まる。続けて、遥が厳かに唱えた。

 

「第二拘束、完全解除」

 

 星が生み出した最後の希望たる〝天叢雲剣〟に施された三重の拘束。その第二拘束の解放条件は〝神霊スサノオの完全支配〟である。それを達成したことで、叢雲は遥に完全に屈服したのだ。

 見た目は何も変わらない。しかしそれが数瞬前のそれとは異なることは誰の目から見ても明らかであった。秘めたる神秘を更に解放したことで、それはそれまで以上の格へと至ったのである。

 だが、そんなものを手に入れた所で遥が遥であることに違いはない。故に遥が生来持つ異能には神核を喰ったことなどは何の影響も与えることはない。遥は大きく息を吸い込むと、呪言と共にそれを吐き出した。

 

 

My body is the flame(我が躰は焔). My soul is the ash(我が心は灰).

 I have burned my existence(血潮を火種に業火と成し、)and made my soul with ash(灰を集めて人と成す).」

 

『ぬぅっ……!? 貴様……!!』

 

 詠唱と共に迸る煉獄の焔。遥の身体から放出された魔力はまるで世界そのものを歪めるかのような重圧を以て泥の巨人に押し寄せ、フラウロスはそれだけで遥が何を行使しようとしているかを悟った。

 アレはマズい。アレだけは使わせてはならない。魔力知覚ではなく魔神の本能でそれを悟り、フラウロスはロムルスを走らせた。並のサーヴァントを圧倒的に超える超常存在がその身体が崩れるのも構わず焔の嵐の中を駆ける。

 先の戦闘ではその一撃にしてやられた遥だが、今の遥は先の彼とは違う。身体能力(ステータス)は泥の巨人に大きく劣ることは分かっている。ならば、己が武威を以てその差を覆すまでのこと。未だ極致に至らぬ武威でも、理性なき人形の攻撃をいなす程度ならば十分だ。

 何度も、何度も力任せに振るわれる樹槍を叢雲で以て受け流す。正面から受け止めることしない。そんなことをすれば吹き飛ばされ、詠唱を中断させられてしまう。故に、隙を狙うのではなく作ることでそこに攻撃を叩き込んでいく。

 

 

Unaware of death(ただの一度も死することなく). Nor aware of trust(ただの一度も理解されない).

 Stood pain with consistent flame(神子は永久に独り). My soul loses the meaning(焔の丘で穢れを濯ぐ).」

 

 

 振り下ろされた樹槍に対し叢雲を一閃。切り裂くためではなく威力と衝撃を殺すための一刀。それは遥の思惑通りに豪槍の衝撃を床面へと流し、遥の足元が蜘蛛の巣状に陥没した。

 続けて周囲の焔を左手に纏わせ、泥の巨人の胸板に拳撃を見舞う。よろめくロムルス。そこへ今度は回し蹴りの要領で側面から蹴撃を叩き込み、遥はロムルスを数メートルのみ後退させた。サーヴァントであれば一瞬で詰めることができる距離。だが一瞬の隙でも、遥にとっては叛逆の一手と成り得る。

 

 

Yet,my hands never hold anything(故に、この生命に意味はなく).」

 

 

 『故に、我が手は決して何も掴まない』。かの錬鉄の英霊と共通するその一節は、彼らの共通点故のもの。彼らは誰かの手を掴むのではなく、手を取り合って前に進む人々の礎となることを選んだ者。だからこそ、その手は剣を執ることができるのだ。大切なものを守るために。

 短く息を吐く。自らの異能を解放するための詠唱は残り一節。体内で活性を増したそれの熱を吐き出すように。叢雲を握りなおし、音速すら追い越して突貫してきた巨人の槍撃を避けて魔力放出を乗せた刺突を叩き込む。間髪入れずに鞘を脳天に振り下ろし、巨人を地に叩き伏せた。更にその巨体を蹴り飛ばし、遥は万感の思いと共に最後の一節を唱える。

 

 

So as I lament(この躰は)―――〝EVERLASTING INFERNO〟(不朽の業火で出来ていた).」

 

 

 完成する詠唱。それに伴う異能の完全解放。焔の魔力が世界を反転させ、起動したるは魔術理論〝世界卵〟。自らの心の在り様によって現実を上書きする大魔術。遥が神を喰らったことで異界常識としての格を高めた禁呪。

 ――顕現する焔の丘。(そら)は全て何処からか発生した噴煙によって覆われ、大地からは常に焔とマグマが噴き出している。以前はそれだけだったが、今は天蓋を隠す噴煙から雷さえも落ちてきている。

 それはまさしく死の世界。ありとあらゆる命を拒絶し、その罪を焼き祓う煉獄。その中で、この世界の主にして唯一存在を許された命は高らかに、己の覚悟を謳う。もう二度と迷わないように、己に刻み付けながら。

 

「俺は、もう逃げない。この異能(ちから)も、神の血も、完全に俺のモノだッ!!

 いくぞ、魔神。散々俺()()を虚仮にしたツケ、その命で払ってもらおうか――!!」

 




アスクレピオスら医療人系サーヴァントと冥界関係者サーヴァント、宗教人サーヴァントの3陣営で『死者を死後の世界から現世に戻すこと』について議論する話を見たいのは決して私だけではない筈。
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