Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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幕間の章
第63話 past and future


 暗く、光の差さない地下。一定間隔で壁に取り付けられた燭台に立つ蝋燭だけが弱々しく光源として機能する地下工房をマズルフラッシュが光に染め上げ、閉鎖空間の中に銃声が反響する。都合2発の銃弾はたったそれだけでそこの主であった魔術師の命を奪い、物言わぬ死体となった魔術師がその場に倒れ伏した。

 しかし声を発することはなくとも表情だけは今わの際にそれが抱いていた驚愕を何よりも雄弁に物語っていた。信じられない、自分よりも高位の魔術師が銃器を使うなど。そんな表情をしている。基本的に魔術師というものは同族を目前とした時、一も二もなく魔術戦をすると思い込んで近代兵器を持ち出してくるとは考えない。持ち出してきたとしても、自分なら対応できると思っている。その思い上がりを突かれ、魔術師は死んだ。殺されたのだ。

 馬鹿なヤツだ、とその死体を見下ろしながら襲撃者たる遥は嘆息する。ある種一般人よりも文明の先端を注視しておかなければならない魔術師がそれを軽視し、結果として足元を掬われる。何とも滑稽な話だ。だからと言って同情するような思い上がりは、遥にはないが。

 魔術師の命を奪った魔銃であるS&WM500をホルスターに戻し、死体にアンサズのルーンを刻む。それだけで死体が骨さえも粉々にする程度の火力で燃え始めたのを確認し、工房の中を見遣る。

 恐らくは自らの研究内容を纏めたものであろう魔導書が机上に乱雑に置かれ、更には実験道具の類も所狭しと並べられている。それの中から遥は一冊を手に取ると、内容を流し読みしてすぐに渋面を浮かべ、本を閉じた。そうして、やはりか、と呟く。

 この工房、中東某所にある地下工房を根城にしている魔術師が何やら不穏な実験をしているらしいという噂を遥が耳にしたのは数日前のことであった。そしてどうやらその魔術師は子供を誘拐して資料にしているらしい、とも。それからすぐに情報を集め、直感も頼りにしながら調査して見つけたのがこの工房だった。そうしてすぐに自分の研究が露見したと気づいた魔術戦を挑んできた工房の主を射殺し、今に至る。

 閉じた魔導書を元あった場所に再び置く。その内容は吸血衝動のない死徒化の研究。魔術師が己の研究のため人間の寿命を克服すべく死徒化の研究も並行して行うというのはよくある話だ。成功した例もいるにはいる。だがどうやらこの魔術師はそれほど才がある訳でも頭が切れる訳でもないらしく、失敗続きであったようだ。尤も魔導書を見るまでもなく、銃撃に対応できないどころか想定してすらいない時点で分かり切っていたことなのだが。

 他の魔導書の内容も確認し、実験道具と共に焼き払う。一応は協会に追われていた魔術師の研究であるから売ることもできるが、遥の持つ協会とのパイプはあくまでも個人的な交友の範囲だ。その相手であるロード・エルメロイⅡ世はきっとこの内容を見て良い顔はすまい。

 その火が収まったのを認めてから遥は更に地下へと続く階段を降りていく。そうして少しずつ聞こえてきたのは子供の泣き声。彼らを愛している、或いは金の為に売ってしまった親を必死に呼ぶ声。その声に導かれるようにして、遥は子供らが監禁されている牢を見つけた。遥が射殺した魔術師の実験に使われる予定だった子供らだ。

 遥を見る彼らの目に宿るのは一様に不信と絶望。未だ実験には使われていなくとも酷い扱いを受けてきたのだろう。親を呼んで泣いてはいても、助けが来るとは思っていない。そんな目だ。

 

『大丈夫だ。少なくとも俺は君たちを害そうという気はない』

 

 覚えたてのアラビア語でそう言って、正宗を一閃。錆びついていた牢の鍵は破壊に魔術による後押しもすらも必要ない程に弱く、たったそれだけで牢の鍵は壊れてしまった。支えを失った扉が勝手に開いていく。

 突然現れた謎の少年によって牢が開放された。子供たちの認識からすれば、今の状況はそんな所だった。しばらくはそれの意味する所が分からなかった少年少女はしかし、少し経った頃には状況を理解してそれぞれの反応を見せる。解放されて喜ぶ子供。安心して泣く子供。妙に熱の籠った目で遥を見る子供。そんな子供達を見ながら、遥が自嘲的な笑みを浮かべる。

 果たしてこんなことをして何になるというのか。どれだけ綺麗な言葉で取り繕おうと、遥が誰かを殺したことに変わりはない。遥は己の正義感のために、ひとりの命を奪ったのだ。その命に殺される筈だった無数の命を助けることと引き換えにして。そんなものはただの偽善だ。何かを救ったように見えるだけの、ただの自己満足だ。

 しかしそれは分かっていても目の前にある不幸を見て見ぬ振りができる程、遥は()()()精神性はしていなかった。つまり遥が子供を助けるのは謂わば重い荷物を持つ老人を手助けすることと似ている。たとえその過程で人死にが出ているのだとしても。

 取り敢えずはそんな自虐を棚上げしてこの後のことを思案しようとして、遥は不意にロングコートの裾を引っ張られていることに気づいてそちらを見た。そこにいたのは牢に囚われていた少女のひとり。

 

『ありがとう、お兄さん。助けてくれて』

『やめてくれ。俺は俺がそうしたいから助けただけ。自己満足だ。感謝される謂れはない。自分がしたいようにしたという意味では、俺もあの魔術師(オッサン)と変わらん』

 

 遥のその返事に少女は首を傾げる。幼い少女の感性から見れば礼を言われて渋面を浮かべる遥の反応はとても不思議に見えたのだ。行ったことが行ったことだから、余計に。万が一のことがあれば死ぬかも知れない可能性がある場所に飛び込んでまで誰かを助けて、それで礼を言われるようなことではない、などと。あまりにも不自然だ。

 遥は感謝されたいから助けたのではない。感謝されたいだけであるのならこんなことはせずとも適当なボランティアにでも参加すれば良い。もっと簡単に他者から感謝される方法など、いくらでもある。

 要は遥はあまりに潔癖に過ぎるのだ。彼は基本的に他人に対して過干渉を避けようとしている割に目の前に現れた汚点を許しておけない性質であるのだった。そんな遥に少女は笑う。

 

『……何だよ』

『お兄さん、わたしよりもずっと年上なのに子供っぽーい! でも、うん。お兄さんはわたしのヒーローだよ!』

 

 満面の笑みで少女がそう言った直後、遥の視界が暗転する。記憶の再生が終わり、夢から覚めるのだ。一瞬だけ自らの身体を含む全ての感覚が失せ、すぐに現実の感覚が戻ってくる。そうして感じた冷感に、遥がくしゃみをした。

 目を開けると最初に視界に入ったのは無機質な白い天井。思わず知らない天井と言ってしまいそうになるが、残念ながらと言うべきか遥はその天井を知っていた。遥たち人理修復に臨む者たちの拠点たるカルデア、その医務室の天井である。遥はそこのベッドに上半身裸の状態で寝かされており、身体には計器から伸びたコードが張り付けられている。その様はさながら重病患者のようである。

 しかし医務室にいるとはいえ、遥は別に身体の何処かを悪くした訳ではなかった。まるで点滴のようなコードの束も遥に薬剤を投与しているのではなく、彼の霊基状態を計測するためのものである。遥は第二特異点から帰ってすぐにムニエルら職員によって回収され、殆ど丸一日そこに缶詰め状態となっていた。

 少し首を動かしてみれば、計測結果が表示されているのであろうコンピューターを前にしてロマニとレオナルドが何やら話し合っている。そうして視線を天井に戻し、遥が嘆息した。結果など、見るまでもなく分かっている。魔術師というものは自分の身体のことを把握していないと死活問題なのである。やがて遥が目覚めたことに気づいてロマニが遥の方に向き直った。その顔はどこか思いつめたようで、遥が苦笑する。

 

「どうした? 何か言いにくい結果でも出たか、ロマン? まぁどうせ霊基状態が完全に人間じゃなくなってるとか、そういう所だろうけどさ」

「……ご名答だよ、遥くん。キミの身体は人間というよりもクー・フーリンのような半神に近い状態になっている。霊的存在の核を宿しているという意味ではマシュやアイリさんに似ているかもだけど……キミのそれは、デミ・サーヴァントとはワケが違う」

 

 それはそうだろう、と遥が頷く。マシュたちデミ・サーヴァントが英霊の霊核を宿しその力を揮いながらも肉体はあくまで人間やホムンクルスのそれであるのに対し、遥は神核を宿し肉体もそれの影響で変質している。

 そういう意味では遥はデミ・サーヴァントの究極系と言えなくもない。人ならざる霊的存在の核をその身に宿して肉体をそれに対応できるように変質させつつも、本人の精神を失わずにいるのだから。

 だがそれは同時に遥が人間の望む兵器の完成形である、ということでもある。元々デミ・サーヴァントとは人間が英霊の力を安全に兵器として扱うために考え出されたものだ。それの究極形ということは、つまり兵器の完成形と同義なのである。そう前置きして、ロマニが話を続ける。

 

「キミの肉体は魔術師にとっては格好の研究資料だ。何せ現代において神性を持つ魔術師なんて、キミだけだろうからね。……封印指定にされるんじゃないのか?」

「心配してくれるなんて、嬉しいねぇ」

「当然だろう。友人なんだから」

 

 おどけた調子で返したというのに真面目にそう言われ、遥が気恥ずかしさに少しだけ顔を紅くする。遥自身立香に対してかなり恥ずかしいことを言った身の上であるが、あれは戦闘中のスイッチがはいった状態だからこそ言えたことであって普段なら決して言わない。

 ここでロマニが〝人間ではなくなったこと〟について遥に問わないのは、遥がそうなったことは彼の覚悟の下にあることであると確信しているからだろう。それはロマニの遥に対する信頼の証であったが、だからこそその選択が裏目に出てしまうことが嫌だった。

 計器のコードを外し、ベッドの傍らに折りたたまれていた服を着る遥。誰かが着替えを持ってきていてくれたのか、いつものロングコートではなく白いシャツと黒い上着姿である。

 

「心配いらねぇよ。俺は封印指定にはならない。虎の威を借る狐みたいで気に入らねぇが、後見人が後見人だからな」

「後見人……? 誰だい、それは?」

「宝石翁……第二魔法『並行世界の運営』の使い手、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ」

 

 突然出てきたビッグネームにロマニが目を丸くする。宝石翁ことキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグと言えば魔術世界では知らない者はいない第二魔法の使い手であり、時計塔においては君主(ロード)よりも強い権力を持つとされる。

 成る程確かにそのような人物が後見人なのであれば君主らも迂闊に手出しはできまい。研究資料欲しさに遥を封印指定にして、ゼルレッチに目を付けられてしまえばどうなるか知れたものではない。

 しかし何故そんな男が遥の後見人などしているのか。実際の所、遥もそれはよく分かっていないのだ。大方神霊の血絡みであることは推測できているものの、どこからその情報を仕入れたのかは全く不明である。そもそもとして別世界の()()()()()()()()()()()()()()()はある意味で遥の同類の後見をしているというのだから、不思議な事でもない。遥としてはその権力を盾にするのは気に喰わなかったが、利用できるものは全て利用する気ではいた。だから心配する必要はない、と言って医務室から出てこうとする遥だが、その前に足を止める。

 

「あ、そうそう。レオナルド、ちょっと頼みがあるんだけど、良いか?」

「何かな? 何でも言ってみたまえ。面白いコトなら協力は惜しまないよ?」

「面白いかどうかは分からないけど……俺から立香に一方的に魔力を供給する経路を繋ぐ礼装を作れないか?」

「ほう? それは何故?」

 

 レオナルドに問われ、遥が答える。遥がその礼装の必要性を感じたのはローマでクー・フーリンの霊基再臨を行いその〝変身〟スキルを知った時だった。そのスキルは確かに強力ではあるが、あまりに魔力消費が激しすぎるのだ。

 実際、第二特異点攻略における最終決戦においては立香単身の魔力供給では発動さえままならず、令呪2角の魔力を全て回しても魔槍の真名解放を加味して数秒しか保たなかった。仮に魔槍を使わずとも精々保って数分といった所か。

 しかし令呪は切り札だ。そう何度も使えるものではなく、また使うべきでもない。そこでスキル発動時のみ遥から立香に魔力を供給することで変身を維持しようというのだ。それでも数分しか変身していられないだろうが。

 

「理由は分かったけど……わざわざ礼装作る必要あるかな? 経路なんて普通に作れない?」

「それはそうかもだが……魔術師同士の回路の繋ぎ方を考えてもみろよ。俺らには男同士で乳繰り合う趣味はないって」

「それもそっか。了解。次のレイシフトまでには作っておくよ」

 

 レオナルドのその返事に頷きを返し、遥が医務室から出て行く。その場にのこされたのはロマニとレオナルドのふたり。ちらとレオナルドがロマニに視線を遣ると、案の定ロマニは思いつめた様子であった。

 それは何も遥が完全に人間ではなくなったことに対してではない。実の所、ロマニとレオナルドは遥がいずれそうなることを分かっていた。というのも、カルデアの観測機器には遥の身体が叢雲の真名解放時に神霊のそれに近いものになっていたデータが残っていたのだ。

 故に、ロマニが思いつめている理由はもっと別なことが原因だった。いや、知っていて黙っていたことも大問題なのだが、それ以上にロマニの胸中を占めるものがある。やがてまるで独り言のようにロマニが言葉を漏らした。

 

「友人……友人だってさ。よく言えたものだよ、ボクも」

「……キミと〝あの男〟は違う。キミはロマニ・アーキマンだ。遥くんがそれを分からないようなヤツだと思っているのかい、キミは?」

「それでもだよ。彼はボクなんだ。だから――」

 

 そこで一旦言葉を区切り、ロマニは一拍置いてから再び言葉を吐き出す。懺悔をするように、告解するように、己の罪を。

 

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 


 

 虚空を裂くように軌跡を描く黄金の剣閃。それが振るわれる度に刃は過たずに襲い来るシャドウ・サーヴァントの首を叩き切り、黒い亡霊の群れは徐々にその数を減らしていく。しかし一定時間ごとにシャドウ・サーヴァントは再生産され、全滅することはない。

 まるで地獄のような光景だが、そこは特異点ではなくカルデアのシミュレーションルーム、そしてシャドウ・サーヴァントの軍を相手に只管に刀を振るっているのは遥であった。排出されるシャドウ・サーヴァントは通常よりも弱く設定され、その気になれば平均的な魔術師でも斃せる程度にはなっている。

 当然その程度では訓練にさえならないが、遥が行っているのは戦闘訓練ではない。言ってみればそれは慣熟訓練であった。ローマの一見で遥の肉体は色々と急に変わり過ぎた。固有結界内ではその特性もあって十全に戦うことができていたが、それ以外ではそう簡単にもいくまい。故に感覚を合わせるために身体を動かしているのだ。

 真後ろから振り下ろされた長剣の一撃を直感だけで回避し、魔術で強化した裏拳で一瞥することさえもなく頭部を破壊。並行して右手に握った叢雲で無造作にシャドウ・サーヴァントを薙ぎ払う。それだけで通常よりも弱く設定されたシャドウ・サーヴァントが何騎か消滅した。

 遥自身は特に意識していた訳ではないが、彼の戦闘スタイルは以前の日本刀による斬り合い一辺倒のものからそこに肉弾戦(インファイト)スタイルを加えたものになっていた。恐らくは神核を取り込んだ影響だろう。無意識にそちらのスタイルを取り込んでいるのだ。

 更にホルスターから引き抜いたデザートイーグルに魔力放出による強化を加え、発砲。流石に元が神秘も何もない銃であるから殺すことはできなかったが、大きくのけぞったシャドウ・サーヴァントの足を払って倒れた所で心臓部を踏み潰して霊核を破壊する。そうやって戦いながら、遥は余裕のある頭の片隅で戦闘とは全く別のことを考えていた。

 

(ヒーロー……わたしのヒーロー、か)

 

 医務室で眠ってしまった時に見た過去の記憶。カルデアに来る前に中東を訪れた際魔術師の工房から助け出したうちのひとりが遥にそう言ったのだ。わたしのヒーロー、と。

 確かに助け出された子供から見れば遥はヒーローのようなものにも見えたのだろう。公衆の正義という観点から見ても人ひとりを殺しているとはいえ遥の方に正義があると言う。何せその魔術師を殺さなければより多くの命が失われていたのだから。

 だが、もしもあの魔術師に家族がいて、良き父、良き夫であったのなら? 万に一つもありえない可能性だが、そうだったと仮定しよう。その場合、その家族から見れば遥はヒーローどころか家族を殺した悪鬼でしかない。

 一見すると正義めいた行いであったとしても、別な側面から見れば悪になってしまう。ならば正義とは、そしてそれを執行するヒーローとは何だというのか。英雄とは何だというのか。絶対的正義がないということはとうに分かっているが、そう考えるとどこまでも果てのない問いであるようにも思える。

 まるで絶対的な正義のようにも見える人間が犯す悪がある。絶対悪のような怪物が気紛れに行う正義がある。それはどんなヒーローが登場する話でも語られていることだ。ならばヒーローとは純粋な正義ではなく悪を内包しながらそちらに堕ちずに己の信じる正義を貫くことができる者のことを言うのだろうか。そんなことを考えながら最後に湧いたシャドウ・サーヴァントの首を飛ばした。

 

「難しいな……」

 

 果たしてその呟きは何に対して漏らしたものだったのか。予め設定していた稼働時間が過ぎたことでシステムが自動停止してローマの闘技場を再現していた部屋が元の無機質なそれに立ち戻る。

 そうして叢雲を納刀し、適当に投影したタオルで汗を拭ってからシミュレーションルームを出て行く。あまり長い時間の戦闘ではなかったが、それだけでも今の身体の感覚は大体分かっていた。

 常に装着している腕時計型の端末を見れば、まだ食事の準備までにはそれなりの時間があった。これならば一度自室に戻って色々と自由なことをする余裕もあるだろう。そんなことを考えながら廊下を歩いていると、遥は自分の部屋の前に誰かがいることに気づいた。

 肩口程にまで伸ばされた銀髪と金色の瞳。そして遥が冬木で買った黒を基調とした服を纏うのは間違いなくオルタである。遥がメディカルチェックを受けている間に再召喚されていたオルタは、何故か遥の部屋の前でもじもじとしたまま入る気配を見せない。

 

「……何してんだ、オルタ?」

「なっ!? は、遥!? アンタ、部屋にいたんじゃなかったの!?」

「いや、俺はシミュレーションルームにいたんだけど……なんだ、そんなに俺に会いたかったのか?」

 

 完全にオルタを揶揄う気満々の表情でそうオルタに問う遥。彼は決して本気でそんなことを思ってオルタに問うているのではなく、単純にその問いでオルタが慌てるところを見たいという悪戯心の発露であった。

 しかし遥の予想に反してオルタはしばらく何か言い返そうと手をわたわたとさせていたが、少ししてから顔を紅くして俯いてしまった。それが示す所が分からない遥ではなく、どうやら図星らしいと気づいて彼も顔を紅くしてしまう。

 互いに何を言って良いか分からずに押し黙るオルタと遥。その微妙な空気を打破するために思考を巡らせる遥だが、生憎とそういう空気に今まで巻き込まれたことのない遥では気の利いた発言をすることは不可能であった。遥は時折軽薄そうに見える言動をするが、根は真面目なのである。しかしオルタの様子を見ているうち、遥は思わず笑ってしまった。

 

「な、何よ!」

「いや何、少し安心してな。いくら再召喚された霊基とはいえ、あの毒を喰らっておかしくなっていたらどうしようかと思ってたが……あぁ、本当に良かった」

 

 遥もまたオルタと同じくヒュドラの毒を受けた身――遥の場合はそれに聖杯の泥も加わっているが――だからこそ分かる。あの毒は劣化していても英霊の精神を壊しかねない程度には強力な毒だ。流石他のヒュドラという名を持つ雑多な幻想種とは一線を画す本物のヒュドラの毒を由来とする毒である。

 遥のオルタの精神あが無事であることを信じていなかった訳ではない。しかし心のどこかに心配している自分がいたことも、遥は自覚していた。それはきっと不信ではなく仲間を大切に思うが故のものであろうが。

 それはあくまでもサーヴァントを使い魔として見ようとするきらいがある魔術師の中では異端な反応だろうが、人としては正しい反応だろう。だがそれはオルタとしては想定していなかった反応であるらしく、余計に顔を紅くする。

 遥は自らが敵と定めた相手には極めて辛辣かつ苛烈だが、仲間や庇護するべき相手などには優しい一面を見せる。彼は自分に近づいてくる相手を腕を広げて愛さずにはいられないのだ。普段はそれを見せようとしないものの、時に全く隠そうとしない。今のように。

 自室のドアを開け、中に入ろうとする遥。彼としてはオルタもそのまま入ってくるだろうという予想だったが、しかし遥は不意に裾を引っ張られて足を止めた。見れば、俯いたオルタが服の裾を掴んでいる。

 

「アンタも……無事でよかったわ」

「当たり前だ。約束しただろ?」

 

 遥が言う約束とは第二特異点でオルタが消滅する前に言った〝勝手に死んだら許さない〟という言葉だ。遥はそれを受け入れたのだから、勝手に死ぬことなどできる筈もないであろう。

 遥はその起源故にそう簡単に死ぬことができる身体ではないが、決して死なない身体ではない。実際、最終決戦ではスサノオの神核を継承して能力が底上げされなければあの時点で聖杯の泥とヒュドラの毒に負けて死んでいただろう。

 その身体の性質のためになかなか死というものの接近を感じなくなってしまっている遥だが、その時は本当に死を間近に感じたものだった。だからこそ今まで背を向けてきたものに目を向けることができたのだが。

 裾を掴んでいたオルタの手が離れ、代わりに遥の腰に彼女の腕が回される。普段なら素っ頓狂な声を漏らして狼狽える遥であろうが、今だけは黙ってそれを受け入れた。

 その腕を通じて感じる温度に、遥は自らの極めて個人的な欲求を自覚する。ジャンヌ・ダルク[オルタ]という英霊は聖杯を手にしたジル・ド・レェの願いによって生み出された存在であるが故に、誕生の時点で英霊として定義されている。彼女は誕生しながらにして死んでいるのだ。

 オルタには生前と言えるものがない。生まれた時から復讐者として定義されていて、その復讐心も彼女とは関係がない所を由来としている。いや、その復讐というものもジルが願ったものであって、彼女だけの復讐に相手を殺し尽くす必要などないのだ。

 この願いがただの我儘だと、押し付けなのだと遥は理解している。理解しているが、それで放棄するべきものでもなかろう。オルタが理不尽に生命を奪われたジャンヌ・ダルクには復讐の権利があるという人々のイメージの具現であるのなら、オルタにはその生命を全うする権利がある。自らの幸せを求める権利がある。聖女を嘲笑ないながら処刑した悪逆を、逆に嘲笑してやることができる程には。ならば。ならば――

 

 ――いつか、オルタに世界を見せてやりたい。

 

 それが、遥の極めて個人的で身勝手な、願いだった。

 




 さて、次回の話が少し書けているので次回予告的なものを。

 第二特異点から帰還して数日後のこと。最終決戦において自らの霊基を完全開放した遥が霊基解放の反動を受けたことを知ったレオナルドは、遥にとある装備の使用を提案する。それは過去の遺物。カルデアの暗部たる〝デミ・サーヴァント計画〟が生み出した、魔術の禁忌を犯した兵器であった――。

次回『evol and love』

 原作では2部から登場するアレが登場します。因みに『evol』は某チャオ♪な宇宙人ではありません。
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