Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
巨悪によって焼却されんとしている人理を守護する防人たちの本拠地にして絶対防衛線たるカルデア。そのシミュレーションルームは今、常では在り得ない程の緊張感に包まれていた。尤も、それが正しい緊張感ではなく謂わば悪ノリのようなものであるのは状況を見れば一目瞭然なのだが。
いつもと同じように古代ローマの
今、コロッセオの中央に立つ遥の恰好は彼が戦闘用礼装として好んで用いているロングコートでも普段着でもある黒いパーカーでもない。彼が纏うのはまるでアニメの世界で登場するかのような、黒一色に統一された金属質の装甲。一見すると不完全な全身鎧のようにも見えるそれは、しかしただの鎧ではなかった。
その装甲はただ遥に装着されているだけではなく、彼の肉体と融合しているスサノオの霊基と接続・同調することでその神秘を纏っていた。謂わばサーヴァントの一部である霊衣の代替品として機能しているのだ。その様はまさしく科学と魔術の融合を象徴する騎士といった所か。
その経緯を語るにはまず切っ掛けから語らなければなるまい。その切っ掛けとなったのは数日前、遥がレオナルドの工房に
『――〝
『そう。あぁ、だが勘違いしないでくれ。それの基礎設計をしたのは私じゃない。凍結されていたそれを掘り出して完成させたのは私だけどね』
遥にオルテナウスのデータを見せてすぐにレオナルドがそう前置きしたのは、元々のオルテナウスの設計思想と開発経緯が彼女がカルデアという組織の中で最も忌み嫌うもの――デミ・サーヴァント計画にあるからだろう。
10年前に行われ、マシュ以外全ての被検体を死に追いやったという悪魔めいた結果で終わったデミ・サーヴァント計画。だがその発案者である前所長マリスビリー・アニムスフィアは、最初から同計画が十全な形で完遂されるとは考えていなかった。召喚された英霊たちが自らの意志を無視する形で兵器として使われることを許容する筈などないとマリスビリーは分かっていたのだ。
そこで考え出されたのが
だがデミ・サーヴァント計画がマシュ以外全員が死亡というカタチで終わり、そのマシュの中に宿った霊基も完全に沈黙し続けたことでオルテナウスの開発も不要と判断され、しかし万が一の事態のために抹消されずに凍結されたままデータベースの肥やしと化していたのである。
成る程これはレオナルドも自分の発明品とは言いたくないワケだ、とオルテナウスについての情報を閲覧して遥は納得する。英霊であるレオナルドがデミ・サーヴァント計画を嫌っていることは遥も知っている。故に、元はそのために開発されたものを自分の発明と言うのは、レオナルドの英霊たる主義に反するのだ。
『で、何故これを俺に? 確かに俺はデミ・サーヴァントみたいなものだが、別に霊基が覚醒していないワケじゃないんだが』
『だが、霊基の解放はキミの肉体に大きな負担を掛ける。いくらキミが神核を受け継いだことで肉体も大きく変質しているとはいえ、キミが正面戦闘を行う魔術師である以上は見過ごせる負担じゃない。……そこで、オルテナウスだ。コレとコレの理論を応用すれば、力は制限されるが霊基解放に伴う負荷は限りなくゼロにできる』
ローマでの一件で遥は自らに埋め込まれた神核をスサノオから正式に継承し、神の力を〝他人からの借り物〟から〝自ら勝ち取った、自分自身の力〟とすることができたが、しかしそれで全てが解決した訳ではない。何せ神霊の力である。受け継いだ力の限界出力も肉体も未だ神霊の領域にない遥が不用意に使えば、その負荷は相当なものとなろう。
そこでオルテナウスという外的要素に霊基の制御を任せることで幾らかの制限と引き換えにして遥は神霊の霊基を利用することが可能となるのである。流石に十全に扱うのは不可能でも、神霊の力は強力な武器となる。
しかしそれは半ば賭けだ。何せオルテナウスは本来、英霊、それもサーヴァントとして
一見すると無理難題であるようにも思えるが、レオナルドには自信があった。元がデミ・サーヴァント計画というある種の黒歴史のために設計された装備をデミ・サーヴァント、或いはそれに酷似する者を兵器とする目的以外に転用できるのである。であれば美しく仕上げてみせよう。それがレオナルドの思いであった。
『分かった。これには俺も興味があるし、負荷を小さくできるってんなら願ったりだ。頼むよ、レオナルド』
『任せたまえ。最高のパフォーマンスで仕上げてみせるとも』
そんな会話をしたのが数日前の話。そこから一旦完成させたオルテナウスの設計を遥用に見直し、本体まで造ってしまうのだから驚異的な開発速度である。万能の天才の面目躍如といった所だ。
本来オルテナウスは未覚醒の霊基を外的要素によって補強するための強化装置として開発が進められていたものであるが、遥用のオルテナウスは既に覚醒した霊基を安全に使うための制御装置としての意味合いが強い。
しかし元のコンセプトから大幅に外れて開発されたにも関わらず〝安全に内在霊基の力を使う〟という目的には何ら違いがないというのは奇妙な話だろう。尤も、誰にとって安全であるかは全く異なるのだが。
遥用のオルテナウスは彼が近接戦闘を得意としていることもあって防御を霊基との同調による概念的守護に任せて装甲を薄くすることで軽量化を図り、更には遥自信が持つスキルや異能たる固有結界関連の力を阻害しないようになっている。それ故、装備のために戦闘スタイルを変える必要はない。それが遥専用オルテナウス初期型〝桜花零式〟である。
「霊基同調率、60%で維持。システム、オールグリーン……ハード側には異常なし。そっちはどうだい、遥君?」
「問題ない。いつでもいける……と言いたい所なんだが、皆なんでいるんだ?」
そう言って遥が視線を向けたのは先程から妙にそわそわしている様子でオルテナウス姿の遥を見ている、ムニエルを始めとした数名の職員であった。中にはカメラを向けている職員もいて、気恥ずかしさに遥が顔を紅くする。
彼らは何もオペレーターとしてこの場にいる訳ではない。そもそも桜花零式にはカルデアとの通信が切れた時の為に単独でもある程度の機能が使えるようになっている。つまり、オペレーターが必要ないのである。
ムニエルたちから見れば遥の目はバイザーに隠れてしまっているが、彼らからすれば見なくても遥の目が悪戯心ではなく純粋な疑問を湛えているのが分かったのだろう。野次を飛ばす。
「だってよ、強化装甲服なんて男のロマンまっしぐらな装備、見に来ないワケないだろ!? おまえもジャパニメーションとか特撮が好きなら分かる筈だ、この気持ちが!!」
「まぁ、それはそうだけど。……ハァ。怪我しても知らねぇぞ?」
分かってるよ! その声を受けて呆れにも似たため息を吐きながら、遥が腰部装甲のアタッチメントに取り付けられた鞘から叢雲を抜刀する。そうして何度か握りなおして、手袋越しに持つ感覚を身体に覚えさせた。
システムと同期した霊基を介してオルテナウスを操作し、待機状態から稼働状態に移行させる。すると装甲内部から各種装置が駆動する重低音が鳴り始め、バイザー裏のモニターに映る数値が変動を始めた。
オルテナウスと接続した遥の魔術回路から魔力が引き出され、それがオルテナウスを稼働させるための電力に変換される。いくら霊衣の大体とはいえ、オルテナウスは科学の産物。全てが魔力で稼働する訳ではないのだ。
遥の目の前に発生したのは形状からして恐らくはヴラド三世を元にしたと思われるシャドウ・サーヴァント。それを皮切りにして、遥を包囲するように何騎かのシャドウ・サーヴァントが出現する。そんな中で、遥が言った。
「オルテナウス、各部稼働状態、規定値を突破……じゃあそろそろ実機試験を始めますか!」
その声に応えるようにして今まで直立していたシャドウ・ランサーが得物である槍を構え、遥へと突貫する。先日のそれのように弱体化している訳ではない、シャドウ・サーヴァントとしては極めて純正に近い霊基を持つシャドウの挙動は、恐らくただの人間には捉えることは困難であろう。
しかし遥はその動きを完全に見切ると、繰り出された槍撃を紙一重の距離で回避した。更に左手で柄をはじいて体勢を崩し、踏み込みと同時に脚部バーニアを吹かせて加速。その運動エネルギーを全て乗せた斬撃を以てシャドウ・ランサーの胴を両断する。続けて背後から迫る2騎のシャドウ・サーヴァント。それを遥は直感のみで察知し、身体を捻って振り下ろされた長剣を回避した。そのままバーニアの加速で地面を滑るように動き、そこからの流れるような斬撃で1騎を葬った。
残った1騎は叢雲を振り抜いた格好の遥に向けてまるでマイクのような形状をした長槍――恐らくはエリザベート・バートリーのシャドウ・サーヴァントであろう――を突き出すも、遥はそれを左手首の装甲で弾いて後方に飛び退いた。
彼我の距離はおよそ15メートル程度。常人であは一瞬で詰めることなど不可能だが、サーヴァントであれば問題なく肉薄できる距離だ。故に稼ぐことができる時間もごく僅かだが、遥にとってはそれでも十分である
叢雲を両手で握りなおし、魔力を充填。長槍を構えて突貫してくるシャドウ・サーヴァントに向けて叢雲を斬り上げると同時に充填した魔力を光の斬撃として開放し、無理矢理に槍を弾き飛ばしてシャドウ・サーヴァントに体勢を崩させる。そうやって作った隙に縮地で肉薄すると、一息で首を刎ねた。
そうして一拍。再びシャドウ・サーヴァントが生成されたのを傍目に、遥がふむと唸りながら手首を回すなどしてみせる。初めて使う装備のためにもっと使いにくいものと思っていたが、なかなかどうして使えるものだ、と遥が内心で呟く。
遥用オルテナウスは彼の内包する霊基と同調することで霊衣としての性質を特性を備える機能を持つ他、装甲を構成するパーツを細分化することで遥の動きを阻害しないように設計されている。加えて薄めの装甲になっているうえにオプションとして豊富な武装もあるというのだから、遥としては文句なしである。
次に生み出されたシャドウ・サーヴァントはその見た目から推測するに、恐らくアルテラのシャドウだろう。本来の霊基ではないが故にその強さはオリジナルには遠く及ばないだろうが、反射的に遥の身体に力が籠る。
半ば無意識に唱えられる固有結界展開の呪言。それによって遥の体内で煉獄の固有結界が活性を増し、身体から焔が噴き出す。そのままであれば内部の熱で装甲が溶けてしまうだろうが、無論遥が使うことを前提として開発されたオルテナウスがそれを想定していない筈はない。
固有結界の起動を感知したシステムがオルテナウスの装甲を排熱のために操作し、関節部の装甲が開く。そこから揺らめく焔はまるで気炎が具現化したかの如く。その外にも搭載された排熱機構が一斉に作動する。
遥が使うためのオルテナウスを設計するうえにおいて、レオナルドが最も頭を悩ませたのが〝如何にして遥の固有結界が放つ馬鹿げた熱量を外に逃がすか〟という問題であった。通常の排熱機構では一瞬で耐熱温度を超過し、装甲が溶けてしまう。そこでレオナルドは熱の原因である焔を直接外に逃がすと共に水の属性を持つ遥の魔力を魔術的に水に変換して装甲内部を巡らせ、温水になったそれを再び魔力に戻すという行程を経ることで異常な熱量を何とか適性範囲に抑えている。
そういう意味では桜花零式はギリギリで実用範囲に収まっている欠陥機とも言えるだろう。いかな天才とはいえ物理的にも魔術的にも無理なものは無理なのである。それでもその中で実用化にまで持って行ったことは感服に値する――と言うよりも、レオナルド以外には不可能だっただろう。
愛剣である軍神の剣を構え、地を蹴るシャドウ・サーヴァント。その速度は相当なものだが、一度本物のアルテラと戦って彼女の強さを知る遥としては拍子抜けする程度に鈍重に見えた。
旋転して黒い残留霊基の粒子を吹き出す軍神の剣。遥はその軌道を見切って数合打ち合うと、叢雲の刀身から魔力を放出してシャドウ・サーヴァントを後退らせた。
「やはり
そういながら叢雲を鞘に戻し、腰を落とす。そうして右手を鞘から離して降ろし、左手でオルテナウスから外した鞘を握る。遥独特の抜刀術の構えである。アルテラのシャドウはその構えを知らない筈だが何かを感じ取ったらしく、咆哮をあげながら軍神の剣を振り上げる。
振り下ろされる軍神の剣が黒い軌跡を描く。だが遥はそれが自らに降りかかるより早くにその懐に潜り込み、一瞬で叢雲を抜刀した。純正のサーヴァントですら目視が難しい程の速度で振り抜かれた刃はシャドウ・サーヴァントの霊基を完全に破壊し、その身体が消滅した。
そうして一旦己の状態を把握し、遥が息を漏らす。確かに身体能力の上昇具合は固有結界内で霊基を解放した時程ではないが、身体への負担も小さい。起源による自己修復能力も考慮に入れると、殆ど無視できると言っても良いだろう。遥が他にも色々と確認していると、レオナルドから声が掛かった。
「流石、シャドウ・サーヴァント数騎をぶつけるくらいでは問題にならないね。じゃあ、これはどうかな?」
変にテンションの上がった声音でそう言うなり、手に持っていたタブレット端末を操作するレオナルド。するとシミュレーションルームのメインシステムが仮想敵たるシャドウ・サーヴァントの生成を停止し、シミュレーションルームに静寂が訪れた。
しかし未だ性能試験は終わっていない。実際、シミュレーターもシャドウ・サーヴァントの生成を停止しただけでメインシステムまで止まってはいない。そんな状況に何故か嫌な予感を感じていると、レオナルドが遥の前に立った。それだけで
レオナルドの右手に顕現する奇妙な形状をした杖。左手には所謂〝ロケットパンチ〟など諸々の機能が組み込まれたガントレットを装着し、何故か眼鏡を着用した戦闘状態である。
「ここからは私が相手をしよう! なに、心配することはない。万能の天才は戦闘においても天才さ! それに、自分が作った装備を使う相手と戦う機会なんて滅多にないからね、心が躍るよ!」
「……前から思っていたけど、アンタなかなかにマッドだよな。……あぁ、イイぜ。そこまで言うなら、相手になってもらおうか!」
そう言って叢雲から黄金の斬撃を飛ばす遥と、魔力弾を射出するレオナルド。常軌を逸した魔力を内包するふたつがぶつかり合い、シミュレーションルームを閃光が染めあげた。
結論から言えば遥専用オルテナウスの性能試験は成功という結果に終わった。最後まで残っていた懸念事項であった神霊の霊基への対応と遥の固有結界関係への魔術に対する耐久も流石天才の作品だけあって完璧にこなし、装備そのものの不具合もなかった。
性能試験が終わった後にオルテナウスは一旦オルテナウスはレオナルドによって回収され、最終調整を施してから
その最中調整が終わるまで遥自身には特にするべきことはない。オルテナウスをレオナルドに預けて
遥が手に入れた神霊の力。それを安定して使うためのオルテナウス。それは何も遥が神霊の力を支配できていないというのではなく、行使に代償が伴うという話だ。遥は神霊の力を支配できてはいても、神の階位に達しない肉体では追いつけないのである。オルテナウスはそれを補助するための装備だ
本来は使用者本人が解放する霊基に同調することで装備に霊衣としての概念を付与して負担を極限にまで抑え、接続された魔術回路を通して各種装備を操作する。それがオルテナウスの基本システムだ。使うまでは遥も慣れるまでに時間がかかるかもと思っていたが、そのシステム上自分の身体の一部も同然であるからか思っていたよりも扱いは容易であった。
それだけの仕事をしてくれる仲間に感謝すると同時、遥は自分が情けなくも感じていた。自分が代償もなく力を揮うことができていたのなら、余計な苦労をかけることもなかっただろうに、と。無論それは遥本人の責任ではないしいつかはその反動さえ乗り越えるつもりであるが、それでも責任は感じてしまう。
尤も、それが無用な責任感であることは遥にも分かっている。そんなものを遥に感じさせるために彼らは協力してくれているのではない。故に、それは遥の勝手な思いだ。責任を全く感じないよりは、余程良いだろうけれど。
それを果たそうと思うのなら、遥はそれに見合った働きをするしかない。元より戦わないつもりなど全くないが、遥が誰かから受けた施しに報いる手段など戦うことしかないのだから。そう考えて気合を入れなおす遥。そうして本来であれば外の景色が見える筈の、しかし今はシャッターが下りてしまって外が見えなくなっている廊下に差し掛かった時、遥はそこに見知った姿を見つけた。
いくら神霊とはいえ日本の存在とはとても思えない長い銀髪に、紅色の宝石のような瞳。服は召喚時の巫女服ではなくカルデアの生活に合わせて現代風に変えており、白と赤のコントラストが彼女の美しさを際立たせている。ローマにて遥が召喚した神霊サーヴァント、『
「……クシナダ? どうしたんだ、こんな所で?」
「遥様! 申し訳ありません、お先に気付かず……」
「いや、謝らないでくれ。別に気にしてないし。てか、気にするようなコトでもないだろ、それは?」
確かにマスターとサーヴァントの関係性は主従関係ではあるものの、遥はあまりそういう関係が得意ではなかった。彼はその性格上、サーヴァントに対して一般的な魔術師のように接することもできない。故にクシナダに下手に出られることに、遥は申し訳なさを感じていた。
しかしクシナダの、遥に対する過剰に思える程腰の低い接し方は全て意識している訳ではない完全な素である。遥はスサノオの神核を継承したが故に考えるまでもなくそれを知っている筈なのに、自分に対してすらも知らない素振りをした。いくら自分が生まれる以前の記憶がある状態に慣れていないとはいえそれは最悪なことに思えて、遥が苦虫を噛み潰したかのような表情をする。だがすぐに表情を切り替えた。
「それで、何してたんだ? ここ、窓くらいしかないし、それもシャッター降りちまってるんだけど……」
「外を見ていたワケではないのです。あ、いえ、最初は外が見れたらと思っていたのは確かですが……少し、貴方のことを考えていました」
「俺の……?」
よもやそんな答えが返ってくるとは思っていなかったのか、虚を衝かれたかのような返事をする遥。そんな遥の前でクシナダは優しく嫋やかな笑みを浮かべる。その笑みに妙な既視感を覚えて、遥がこめかみの辺りを抑えた。遥はその笑顔を知っている。正確には、遥と同化した霊基が覚えている。
霊基解放に伴う反動はともかく制御はできるようになっているため郷愁めいたその感覚に流されることはないが、以前であれば或いは霊基の齎す感覚に流されていたかも知れない。
クシナダに対して何と言ったら良いか分からずに押し黙る遥。以前の状態ならばいざ知らず、神核と同時に記憶も受け継いだ今、遥はクシナダとの距離を測りかねていた。果たしてマスターとして彼女と接するべきか、それとも曲がりなりにもスサノオの神核を継ぐ者として接するべきか。遥はそんなことを考えているうち、ふと胸中に生まれた疑問を口にした。
「なぁ、クシナダは……俺のことを誰として見ているんだ?」
今の遥は『夜桜遥』であると同時に『建速須佐之男命』でもある。流石に完全にその存在を内包しているとは言い難いものの、遥の構成要素として多くを示していることは間違いないのだ。
そしてクシナダは遥のサーヴァントであると同時にスサノオの妻でもある。ふたつの関係性の両方と関連付けることができる、ある種の両義的存在である今の遥がクシナダにとってどういった相手であるのかが、遥には分からなかった。
確かに遥をスサノオと同一のものとして見ることは間違いではない。けれど遥はガイアによってスサノオに限りなく近い存在として造られた人形で、真にスサノオの転生体ではないのだ。故にその神核を継いでも遥の中では自らとスサノオはあくまでも別人であった。
だからこそ、クシナダからスサノオと同じような目で見られることが遥にはどうしても後ろめたいことであるように思えるのだ。不快なのではない。自分には果たして誰かから愛される価値があるのか。それに遥は胸を張って是と返すことができない。そんな男が、誰かから愛される資格などある筈もない。であれば神核を継いだだけで愛を向けられている自分は、とんでもない詐欺師だろう。遥のそんな内心を見透かしたかのように、クシナダが微笑する。
「遥様は、ご自分がお嫌いですか?」
「嫌いって程でもない。じゃなきゃ敵に向かってあんな堂々と啖呵切れないだろ? でも……好きではないかな」
そう言って自嘲的に遥は笑う。彼の言葉は決して嘘でも何でもなく、彼自身の心を正確に表していた。遥は自分自身のことが嫌いではないけれど、好きでもない。その嫌いではないという理由も、〝自分が嫌いでは契約してくれているサーヴァントへの背信になる〟というもので、本質がどうであるかは彼自身ですらも分からないのかも知れない。
自分を嫌いではない理由に他人を含めるなど、人としては在り得ない行いであるのかも知れない。けれど確かな実体を持っているとはいえ〝人間なしでは存在できない〟という性質を持つ神霊の要素を有している以上、仕方のないことではあるのだ。
それに、これでも今までよりは
詰まる所、夜桜遥というのは極めて自己愛と自己肯定感の薄い男であった。子供を食い物にするような悪徳魔術師を嫌い、人類史を焼却した黒幕を嫌悪し、而してそれと敵対する自分を正義とは思っていない。彼が今までの戦いで己を正義だと確信できたのは、精々変異特異点αで間桐邸から桜を助け出した時くらいだろう。
「俺は誰かを愛することはできても、きっと誰かからの愛を信じ切れない。……いや、もしかしたら俺は愛というものそのものを信じ切れていないのかもな」
お前はどこまでいっても独りだ。たとえ誰と絆を結ぼうと、誰を愛そうと誰から愛されようと、そんなものはまやかしでしかないんだよ――遥の脳裏にアンリマユから突きつけられた一言が蘇る。遥には、その一言を否定できるだけの材料がない。そもそもの話、エミヤによると反英霊アンリマユとは元々無色の存在であり、被った殻の人格を模倣することで形成する。であれば、あれは正しく遥の本心だったのだろう。負の側面の、という前提はあるが。
遥は今まで自分自身を守るために親からの愛すら記憶の底に沈めていた身の上である。そんな男が継いだ
クシナダから向けられる感情を信じることができないのも、つまりはそういうことだ。そんなことを口に出して、失望されても仕方のないことであるとは遥も分かっている。彼は糾弾されるのを待つかのように目を伏せて、しかしクシナダが糾弾することはなかった。
「それが私が貴方を誰として見ているのか問うた理由、ですか……えぇ、では私はこう答えましょう。どんな名、どんな姿であろうと……私は『貴方』を愛している、と」
「……!!」
それは、遥が予想だにしていない答えであった。彼が夜桜遥であろうと、スサノオであろうと、そんなことに意味はない。クシナダが愛しているのはその名などではなく、中身、在り様なのだから。名前も姿も、大した意味を持たない。
その言葉が遥を真っ直ぐに貫いて、まるで心臓を直接鷲掴みにされたかのような衝撃を与えた。彼の心が覆う何層もの鎧をすり抜けて、クシナダの感情を遥の心に叩きつける。
クシナダが遥の手を取って、その手を自らの胸の前で握る。そっと、大事なものを握り締めるかのように。その感覚が、熱が、遥に目の前の少女から目を離すことを許さない。まるで世界そのものが遠くなったかのような感覚の中で、クシナダだけが意味を持っていた。そうしてクシナダは遥に、彼の魂に、消えない
「たとえ貴方が私の愛を信じ切れないのであろうと、他の誰かが貴方を愛しているのであろうと、私は再び貴方の愛を勝ち得てみせましょう。
何度、輪廻を巡ろうと――私が愛しているのは、貴方だけなのですから」
綺麗な色恋はぐだマシュに任せて、遥にはゆっくりと真綿で締め上げられるかのような色恋を味わってもらいましょう(愉悦)。オルテナウスを装着した遥のステータスやプリヤコラボ特異点編予告は活動報告に投稿致しますので、興味のある方はどうぞ。