Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
第66話 邂逅ストレンジャー
目が覚めた時、そこは何処とも知れぬ平原の真ん中であった。言葉だけを見ればまるで最近流行りの異世界転生、或いは異世界召喚の冒頭のように現実感のない表現であるが、それが今、遥の置かれた状況を最も端的に表す言葉であった。
眠った訳でも戦っていた訳でもないのに気を失い、次に目が覚めた時には知らない場所にいるなど、人によっては一瞬で恐慌状態に陥るような状況だ。だが遥は慌てることなく半ば機械的に現状の整理をしていく。
数分前にこの平原で目覚めるより前の記憶を辿れば、遥が直前までいたのがカルデアの管制室であったと分かる。彼は最終調整を終えてロールアウトしたオルテナウスの試運転を微小特異点で行うべく、そこでレイシフトの準備を進めていたのだ。
そこまでであればレイシフト予定だった微小特異点に移動しただけのようにも思えるが、それにしてはその場所は様子がおかしい。現状、微小特異点が発生し得るのは第一特異点が発生したフランスと第二特異点が発生したローマだけだが、そこはそのどちらの様子にも当てはまらないのである。加えて空には通常の特異点や微小特異点に観測される円環がない。つまりはこの場所は冬木やオガワハイムのような変異特異点に分類されるということだ。
サーヴァントたちと結ばれた契約の経路は健在であるが、そこから流れていく魔力の行く先がひどく曖昧であるように感じる。それはつまり、この特異点内に遥と契約したサーヴァントがひとりもいないということだ。特異点の座標も分からずサーヴァントもいないなど、考え得る限り最悪の状況ではある。
しかし不幸中の幸いと言えるのは、オルテナウスを含めた装備の全てが遥の手元にあることだろう。仮に身一つで放り出されていたとすれば、遥は特異点内における戦闘行為をそれに伴う反動も込みで計算して行わなければならない所であった。オルテナウスに搭載された武装はデフォルトである加速・姿勢制御用バーニアとオプションである
カルデアとの通信は繋がらないが、遥の存在が消滅しないということは少なくとも観測はできているということだろう。でなければ今頃、遥は意味消失してその存在を完全に消滅させているか起源故にそれもできず虚数空間を永遠に彷徨う羽目になっていただろう。
大きく息を吐いて、立ち上がる。そうして装甲に付着した土を払うと、遥は周囲をぐるりと見まわした。オルテナウスのバイザーですら捉えられない程先にうっすらと奇妙な景色が見えるものの、それを除けば何の変哲もない平和な平原だ。だというのに遥は胸騒ぎめいた感覚を抑えることができなかった。
それは、そう、言うなれば他人の臓腑をその人間の内側から覗き込まされているかのような、そんな異常な感覚だ。言葉にすると矛盾に塗れているようではあるが、遥はそれを実現できるものをひとつだけ知っていた。
「まさか、固有結界……? だとしたら相当な規模だが……」
遥は自らの心象をひとつの異界としてその内側に持つために、他者よりも世界の異常について敏感な特性を持つ。故に彼は感覚的にではあるものの、世界に発生したズレや異界を感じ取ることができるのだ。
しかし本当にこの世界が固有結界であるというのなら、遥は既に敵陣の只中に飛び込んだということになる。それにしては嫌に長閑だが、警戒しておくに越したことはないだろう。平穏なように見えても唐突に遠方から狙撃されるということもあり得る。実際、遥もローマにおいてそういう作戦を執っている。
加えて固有結界を特異点規模にまで広げることができるものを、遥は知っている。聖杯だ。聖杯からの魔力供給さえあれば固有結界を特異点化することも、それだけの規模で維持し続けていることも可能だろう。気になるのは誰が何故そんなことをしたのか――つまりはフーダニットとホワイダニットだが、それは攻略していくうちに判明するだろう。ハウダニットも不明な点が多いが、それも黒幕に口を割らせれば良いだけのことだ。
まず遥がすべきことはダニットの推理ではなく、それを行うため、ひいてはこの特異点がどのような世界であるかを知るための情報収集、そして可能であれば戦力に成り得るものと協力を図ることのふたつ。どちらにしてもまずはこの場所から移動しなければなるまい。どこに移動すれば目的を果たすことができるのかは全く不明であるが。
だが取り敢えずは微かに見える建造物らしき影に望みを託し、そちらの方に歩みを進めようとする遥。だがそうして少し進んだ所で、遥は見覚えのあるものが転がっていることに気づいた。黒一色に染め上げられた大型のボディとガソリンと電気、魔力で駆動する複合エンジン――それは遥の愛車が更なる改造を施された大型バイク〝
「そういや、これも管制室にあったな……ありがたい。渡りに船とはこのことか」
オルテナウスの開発に伴い装甲騎兵にもオルテナウスとの連動によって機能するシステムが追加されている。それもオルテナウスの試運転の際にテストすべく管制室に停めてあったのだが、どうやら突発的なレイシフトに巻き込まれてしまったらしい。
だが何であれ装甲騎兵の存在は遥にとって非常にありがたいものであった。何せ特異点はとても広い。ローマの時のように味方も情報網も不足しない状況であれば必要ないが、今は全てをひとりで行わなければならないのだ。装甲騎兵があればその移動時間を大幅に短縮できる。
取り敢えずは草原の中に倒れた車体を起こし、魔術を用いて付着した土や泥を払う。そうしてエンジンを始動させようとした時、遥は遠方から気がかりな音が聞こえてくることに気づいた。よく聞いてみれば、それはそれは人の声や魔力が炸裂する音、即ち、戦闘音であった。
戦闘が起きていると言う事はつまり、そこに人がいるということである。それが果たして味方にできる者は敵側の者かは分からないが、どちらにせよ情報源になることに変わりはない。
「……行ってみるか」
装甲騎兵の座席に座り、エンジンを起動。問題なく動作することとオルテナウスとの同期ができていることを確認し、遥は装甲騎兵のスロットルを全開にしてその車体を走らせた。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは困惑していた。いかに
事の始まりは数時間前まで遡る。先日、最後のクラスカードである『弓兵』ギルガメッシュの黒化英霊を打倒したイリヤたちは平和になった日常を謳歌していたのだが、そこで凛とルヴィアから新たな鏡面界が発生したとの連絡を受けて美遊と共に突入したのだが、その先は鏡面界ではなく全く別世界だったのだ。
それでも何とか元の世界に戻ろうとしたものの美遊は奇妙なモンスターによって連れ去られ、イリヤ自身は現在進行形でその下手人と思わしき
低空を飛行しながら逃げるイリヤと、それを追う少女と雪だるま型の兵隊。恐らくは少女は全速力であれば簡単にイリヤに追いつくことができるのだろうが、イリヤを痛ぶりたいがために態々イリヤを追う形になっているのだ。
『どうするんですか、イリヤさん! このままじゃジリ貧ですよー!』
「分かってる! でも、逃げられないなら戦うしかない!」
そう自分自身を鼓舞するかのような声音でルビーに答えながら、太腿に装着しているホルダーに手を伸ばすイリヤ。そこから取り出したのは長方形のカードであった。それを手に執るステッキの先に押し付けて式句を唱えるや、ステッキが強い輝きを放ちながら形を変えていく。
そうして顕現したのは黄金に輝く刀身を持ち、装飾は少ないながらも美しさと力強さを極限のバランスで両立した聖剣。それを目にした少女が目を剥き、しかしすぐにより邪悪な笑みを深くする。
少女は生前にそれを目撃した訳ではないが、英霊として座に刻まれた者であればその輝きを見紛う筈もない。かの高名なアーサー王の愛剣たるエクスカリバー。何故それを目の前の魔法少女が扱えるのかは分からないものの、少女――メイヴにとってそんなことは些細な問題でしかない。この世界にいる以上、どんな魔法少女であれメイヴに逃す気はなかった。
対するイリヤは
「無駄よ。私は女王メイヴだもの。兵士なんていくらでも生み出せるわ」
今はこの世界の力によって魔法少女として変質しているが、彼女は女王メイヴである。故に彼女が元々持っている兵士召喚能力もこの世界に合うようにアジャストされてはいるが、消えた訳ではない。
どこか淫靡な雰囲気さえ漂わせる笑みを浮かべながら指を鳴らすメイヴ。それを合図にするようにして地面から雪のように白い魔力が噴き出し、すぐにそれらは雪だるまとトナカイを模した怪物の姿へと変わった。それを前にして、イリヤが歯噛みする。
メイヴの召喚する軍勢は正しく無尽蔵である。その姿こそケルト兵から雪だるまやトナカイへと変わっているが、戦闘力に大した差はない。恐らく宝具以外では斃すことも難しいだろう。
「ッ、サファイアもいればツヴァイフォームで……」
『ダメですよ、イリヤさん! アレは1回限りのインチキだったんです! まだ貴女の身体にはアレの反動が残っているんですよ!?』
イリヤのステッキであるマジカルルビーの姉妹機にして美遊の相棒たるマジカルサファイアも揃うことで初めて発動可能になる強化形態、ツヴァイフォーム。確かに星の聖剣にすら匹敵する魔力砲を放つことができるその形態であればサーヴァントひとり斃すことも簡単だろう。
しかしツヴァイフォームはその強力さを実現するためにいくつかの反則を行っている。その反動によるダメージは未だイリヤの身体に残っているのだ。もしも再びツヴァイフォームを使おうものなら、命の保証はない。
それはイリヤも承知しているが、今は承知していてもそんなことを口にしてしまう程には辛い状況だということだ。一応は秘策もあるにはあるが、それを使うだけの隙を相手が与えてくれるとも思えない。今イリヤにできることはインクルードによって召喚した宝具を使い、時間を稼ぐことだけだ。
次々と召喚されては襲い来る怪物を聖剣の刃を以て斬り伏せながら逃げるイリヤ。しかし何の策もなく逃げているだけでメイヴから逃れることができる筈もない。そのうちにインクルードの限界時間が訪れ、強制的にクラスカードがステッキから分離した。
「あら、戻っちゃったわね? どうするのかしら、おチビちゃん?」
「まだまだっ!!」
次にイリヤが取り出したのは槍を持った騎士が描かれたクラスカード。即ち、『
そうして現れたのはイリヤの身の丈を優に超える大きさを誇る朱槍。ケルト神話はアルスター物語群の大英雄にして、生前のメイヴが唯一モノにできなかった男であるクー・フーリンの宝具、ゲイ・ボルク。それを目にした瞬間、メイヴの顔から笑みが、消える。
――戦略的な面から見れば、イリヤの判断はこの上なく正しい。インクルードによって召喚される武具のうちでセイバーを除けば最も取り回しが容易であるのはランサーなのだから。『
しかし悲しいかな、それはメイヴの前とあってはこの上ない失策であった。何故なら彼女は女王メイヴであるから。自分のモノにならなかった男の得物を、誰とも知れぬ人間が扱っているのだから。
「へぇ……そう。私の前でそれを使うのね……アナタ、良い度胸してるじゃない」
今までのわざとらしさすら感じさせる弾んだ声音とは一転した、ひどく冷たく低い、殺意に満ち溢れた声音。それを受けたイリヤの背筋が凍る。今までそれなりの場数を踏んできたイリヤだが、〝理性ある相手からの本気の殺意〟というものを経験したことはないのである。
メイヴの身体から膨大な魔力が溢れ、それが彼女の手でひとつに結びついて像を成していく。そうして現れたのは刀身がひどく捻じれた、奇妙な形をした長剣であった。その刀身には既に魔力が充填され、虹色の閃光を放っている。しかしメイヴはそれでもまだ足りないとでも言うかのように更に魔力を込めていく。そうして、それが最大にまで高まった瞬間にメイヴが叫んだ。
「喰らいなさい――〝
真名解放。本来は大地に向かって解放され、大規模な地形破壊を引き起こす虹の螺旋をメイヴは地の底ではなく直接イリヤに向けて解き放った。その刀身のように螺旋を描く、致死の威力を秘めた虹色の閃光がイリヤの命を奪わんと虚空を駆ける。
それを前にして、イリヤがノーダメージでやり過ごすために打つことができる方策は〝逃げる〟以外には存在しない。いくらマジカルステッキが極端に高性能な礼装であるとはいえ、宝具の一撃を受け切ることができるだけの防御力はない。精々、死なない程度に減衰させる程度か。
しかし逃げることはもうできない。さりとて死ぬ訳にも絶対にいかない。故にイリヤはインクルードを解除すると、自身が一度に出力し得る全ての魔力を障壁に回した。そうして襲い来るである激痛に備えて覚悟を決め――しかし、虹の螺旋がイリヤを呑み込むことはなかった。
代わりにイリヤが感じたのは何か途轍もないエネルギーがぶつかり合った轟音と衝撃波。それに吹き飛ばされて転がった先で恐る恐る目を開けてみれば、イリヤを呑み込む筈だった虹の螺旋は彼女の後ろ側から放たれたと見られる黄金の奔流によって阻まれていた。
やがてどちらの極光も消えて、妙な静寂がその場に訪れた。そうしてイリヤは自身を助けてくれた人がいるであろう方向を見て、視界に映ったものの姿に一時だけ己の目を疑った。
一言で言えば、それは〝仮面の騎士〟であった。よく見ればそれは仮面ではなく大型のバイザーであることが分かるが、その人物が背後に侍らせるバイクが余計に仮面の騎士めいた印象を抱かせる。纏う機械的な鎧と手にした黄金に輝く日本刀がアンバランスだが、それらが元々関係のない武装であるのならアンバランスであることにも一定の説明を付けることができるだろう。そんな奇妙な風貌の人物が、イリヤを助けた恩人であった。その傍らに控えるバイクはさながら現代の騎馬といった所か。
互いに得物を握りながら、睨みあうだけで何もしない騎士とメイヴ。だが唐突に騎士が纏う鎧が変形して焔を吹き出したかと思うと、魔法少女となって向上している筈のイリヤの動体視力でさえ捉えきれない程の速度でメイヴに肉薄した。そのまま繰り出される拳がメイヴの魔力障壁を
そのまま戦闘に移行する騎士とメイヴ、そしてそれを前にしてどうしたら良いか分からずに茫然とするイリヤ。しかし自分にも何かできないかとイリヤが思案していると、いつものおどけた調子の抜け落ちた声音でルビーが呟いた。
『この反応、まさか……あの騎士さん、サーヴァントじゃありません! ちょっとおかしいですけど、生身の人間ですよ!』
「えっ……!?」
イリヤは魔術師ではないが、今までの経験からサーヴァントとは、英霊とはどういうものであるのかということを嫌という程に思い知らされている。そして、本物のサーヴァントが黒化英霊とは全く違うのだということも。だからこそ、英霊でもない生者がサーヴァントと渡り合うことについての異常性も彼女は理解していた。
神速かつ正確無比な攻撃でメイヴを攻め立てていく騎士。その攻撃は全てメイヴによって防がれてしまっているものの、それは彼女の幸運値があまりにも騎士と比べて高いが故の芸当であった。
メイヴは元々女王であって戦士ではない。いくら今は魔法少女としての属性を得ているとはいえ、本物の戦士に勝てる道理はあるまい。しかしメイヴは淫靡である以前に聡明な女王である。彼女は騎士と打ち合う間に〝
「私の邪魔をしてくれた時は殺してしまおうかとも思ったけれど、なかなか見所のある勇士じゃない。気に入ったわ! アナタ、私のモノにならない?」
「断る。平然と
即答だった。その答えを受けて今まで余裕の笑みを浮かべていたメイヴはその笑みを崩し、機嫌の悪さを隠そうともしない憮然とした表情を浮かべる。しかしそれを目にしても騎士は大した反応を返さない。それでもその会話を聞いていたイリヤには、騎士が何故自分を助けてくれたのか分かったような気がした。
つまりは騎士はイリヤのことを知っているから助けたのではなく、ただ子供が襲われているからという単純な理由でイリヤを助けたのだ。その事実はイリヤにとって自分だから助けたというものよりも好ましいものに思えて、彼女の中で騎士への信頼が醸成される。
しかしそんなことは騎士とメイヴには関係がない。そしてメイヴにとって、自分に傅く気がないという時点で、騎士は気に喰わない相手であった。女性として完璧な肉体を持つメイヴは、そこに在るだけで大抵の男を魅了する。メイヴは彼女自身でそれを自覚し、己の武器としているためにそれが通用しない相手に対して極めて相性が悪いのだ。
「次は俺の方から問わせてもらおう。アンタは女王メイヴで相違ないな?」
「そう……と言いたい所だけど、少し違うわ。特別に名乗ってあげるから、よーく聞きなさい?
――
「は……?
明らかに困惑した声音。騎士はイリヤに背を向ける形であるためにその表情を窺い知ることはできないが、恐らく声音と同様に困惑した表情をしているのだろう。無理もない。イリヤも魔法少女を名乗って、もとい名乗らされてはいるものの、未だに自分が魔法少女なのか分からなくなる時がある。
しかしメイヴが言っていることは嘘ではない。それが分かっているからこそ騎士は莫迦なことを、とは言わない。そもそも固有結界内部で外部世界の常識を語った所で栓無きこと。固有結界にはその世界だけの法則が付き物なのである。
再び騎士の鎧が音を立てて変形し、関節部から吹き出した焔が揺らめく。それが宣戦の合図だと悟ったメイヴは召喚したままのカラドボルグを構え、しかしその瞬間に
神速で虚空を駆ける黄金の軌跡。だがそれがメイヴに肉薄する寸前、間に割り込んだ何者かがそれを阻んだ。ぶつかり合う刀と
それを一言で形容するなら人形、或いは小人か。身長はひどく小さく、ともすれば人間の子供よりも小さかろう。人間大であれば鋭く見えるような目つきや禍々しい身体の紋様――恐らくルーン文字と見られる――もデフォルメされたかのように丸く、可愛らしい。だが見る者が見れば一目でそれがサーヴァントに匹敵する脅威であることが分かるだろう。或いはメイヴよりも厄介かも知れない。
「そろそろ頃合だろうと来てみれば……メイヴ。お前さん、随分と面倒なヤツに絡まれてるみてぇだな」
「クーちゃん! 来てくれたのね! なんてグッドタイミング! 流石は私の
「守護獣……?」
サーヴァントのようなものか? と騎士が呟く。彼は知らないのだ。この世界、この固有結界が本来ならば魔法少女、或いはその素質を持つ英霊のみを集める〝魔法少女の煉獄〟とでも言うべき世界であることを。集められた魔法少女には必ず守護獣と呼称される使い魔がいることを。
しかし騎士は本来この世界にはいてはならない異物であればこそ、この世界の法則とも言える固有結界の特性を無視することができる。そのひとつがメイヴが持つ筈の魔力障壁の無効化である。尤も、体内に別の固有結界を持つ騎士に対して外部の固有結界が法則を強制することができるのかも疑問だが。逆もまた然り。謂わば対消滅のようなものだ。
メイヴに〝クーちゃん〟と呼ばれた異形、正式名称を〝ミニクーちゃん〟というそれは見た目の可愛らしさに対して不釣り合いとも思える冴えを見せる頭脳でそれらに辿り着くと、相方に指示を出した。
「離脱するぞ、メイヴ。今のテメェにゃコイツの相手は荷が勝ちすぎる。相性最悪な相手と準備もなしでやり合うなんざ、アホのすることだ」
「嫌! いくらクーちゃの指示でも、あの男は――」
「うるせぇチー鱈ぶつけんぞ」
駄々をこねるメイヴの言葉をたった一言のみで封殺しながら、ミニクーちゃんは何らかの魔術、或いは魔法――無論魔術世界で言う所のそれとは違うのだろうが――を起動してメイヴごとどこかへ転移する。その直前に騎士に向けた視線に含まれていたものは同情であろうか。
メイヴとその守護獣であるミニクーちゃんが去ったことで平穏が戻る平原。しかしその大地は至る所が陥没していたり草が完全に炭化している箇所があるなど、この場で起きた戦闘の激しさを物語っている。
しかし、何はともあれ戦闘は終わったのだ。騎士も大きくため息を吐いて剣呑な気配を解き、得物である日本刀を鞘に戻す。そんな騎士に近づいていくと、イリヤは礼と共に頭を下げた。
「あの、助けてくれて、ありがとうございました!」
「え? あぁ、俺がやりたくてやったことだ。気にするな」
そう言いながら騎士は顔の大半を覆っていたバイザーを上げ、露わになった目を見てイリヤが息を呑んだ。顔の造作がセイバーに似ている事は大した驚愕ではない。イリヤが何より驚いたのは、その目だ。
イリヤと、或いは彼女の母親やメイドと似た紅い目。唯一クロエ――クロのように褐色に染まった肌を除けば、彼女らとその騎士はよく似ていた。容貌ではなく、その色合いや気配が、だ。
イリヤは一般人として育てられてはいるが、元々が小聖杯としての機能を備えた半ホムンクルスであるため魔力事象に関して高い知覚能力を持つ。故に彼女のその感覚は理屈を完全に欠いていながらも限りなく的確であった。
それだけではない。魔力などは一切関係がないものの、イリヤは目の前の騎士と初対面であるにも関わらず必要以上に安心していた。いくらイリヤが呑気で、相手も敵意を向けてきていないとしても異常な程に。騎士にはそういう〝幼子を安心させる雰囲気〟とでも言うべきものがあった。意図的なものではない。それは彼の来歴が彼に与えた、一種のスキルだ。
「……で、だ。さっきの女王サマが魔法少女がどうのとか言ってたが……そのみょうちきりんな格好といい、喋るステッキといい、君も魔法少女なのか?」
「はい、一応、魔法少女やってます。やらされてます……」
「そうか……魔法、ね……」
自身の顎に手を遣って、ふむ、と唸る騎士。さもありなん。魔法少女というのは創作のネタとしては極々ありふれたものだが、実際はそう簡単に名乗ることができないものだ。何せ魔法など、使うことができる者は限られている。
加えてメイヴには魔法どころか魔術の逸話もない。確かに彼女が生きていた時代であれば現代では魔術とされている大抵の術は魔法だったのだろうが、よもやそれで〝魔法使い〟ではなく〝魔法少女〟などと。
そんなことを考えている騎士の様子からイリヤは、どうやら騎士が魔術師であるらしいことと自分と大して時代が違わない人間であることを察する。だがそんなことよりもイリヤには知りたいことがあった。
「あのっ! お兄さん、名前は何ていうんですかっ!?」
「俺? 俺は夜桜遥。君は?」
「わたし、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン! イリヤって呼んで!」
相手の名前を知ることは人とコミュニケーションを取るうえでの第一歩である。騎士――遥と違って高いコミュニケーション能力を持つイリヤは考えるまでもなくそれを実行し、かつ相手に不快感を与えないだけの素養があった。
しかし、アインツベルン、そう、アインツベルンである。遥はエミヤから彼の世界にいたアイリと切嗣の子供について聞いたことがあったのだが、それが彼女なのだろう。尤も、色々とエミヤが生きていた世界とは違うようだが。
とはいえ、そんなことは今関係のある話ではない。そもそも遥がイリヤを助けたのも、無論第一の理由はメイヴに襲撃されているイリヤを見過ごせなかったからだが、そこにイリヤを情報源としようとする打算があったことは否定できない。しかし事ここに至り、ふたりの間にはひとつだけ共通の認識があった。
「で、訊くまでもないと思うが……イリヤ、この世界についてのことは……」
「……全然分かんない」
アハハハ、と渇いた笑みを漏らすふたり。片や魔法少女。片や科学と魔術の融合たる騎士。何もかも違う彼らの、ただひとつの共通点。それは――
「俺ら、完全に迷子だな……」
遥の呟きが、虚しく草原に溶けた。
子供相手だと若干態度が柔らかくなる遥くん。この話を書いている間に意外と遥とアタランテの共通点が多いことに気づいた件。
ㅤ本文中では明言していませんが、イリヤたちプリヤ組の時間軸はアニメ版zwei Herz!とdreiの間に設定しています。また、原作イベントとはクラスカードの扱いを変えていますので悪しからず。原作イベントでは出来なかった