Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第69話 腐乱ヒューマニティー

「ファースト・レディ……?」

 

 支配者たる物語の魔女ことアリスが消滅し、主を喪ったお菓子の城。その玉座の間にて、自らの姉妹の身体をもつ何者かの名乗りを受けて、イリヤが茫然と呟く。その視線の先では魔女――ファースト・レディが不敵な笑みを浮かべていた。

 対して遥はレディが不意打ちを仕掛けてきたとしての対応できるように叢雲を構えながら、胸中を占める強烈な警戒に眉を顰めていた。現時点でレディはイリヤの家族と思しきクロという少女の身体を実質的な人質としている以外に目立った脅威はない。それなのに遥の本能はレディを今のうちに殺しておくべきと叫んでいた。

 しかしクロの身体からレディを引き剥がす方法が見つかるまでは手を出すことはできない。アリスを殺しておいて何を今更という話だが、既にサーヴァントとしても死人であったアリスとは違いクロは生者だ。それを殺すことなど、遥にはできない。

 それぞれの理由で動けないふたりの前で、レディはアリスの身体から現れた宝石を手の中で弄んでいる。まるで遥たちを見下すようなその態度に苛立ちを覚えつつも、遥はレディに問いを投げた。

 

「ファースト・レディ。さっきの口ぶりからして、お前がこの固有結界の主で間違いないようだが……魔法少女を名乗るにしては随分と趣味が悪いようだな」

「あら、何のコトかしら?」

「とぼけるなよ、悪女。これだけ色々とあって、気づかないとでも思ったか」

 

 遥がこの世界に紛れ込んで最初に出会った敵対的な魔法少女であるメイヴや、先程遥が殺した物語の魔女ことアリス。この両者に共通することは自発的な攻撃であれ、固有結界を罠としているのであれ、他の魔法少女の排除を目的としていたということだ。

 それは決してメイヴやアリスだけという訳ではないだろう。加えて、アリスの『貴方もあたしの御伽噺に加えてあげるわ!』という言葉。その言葉からして、他に不特定多数の魔法少女、或いは遥のような迷い人を殺してきたと考えることができる。

 以上のことから考えて、この固有結界は内部に取り込んだ魔法少女を戦わせるための戦場なのだ。戦わなければ生き残れない。その形態はどこか、聖杯戦争にも似ている。唯ひとつ、既に勝者が決まっている出来レースであるという点を除けば。

 メイヴは不明だが、アリスが持っていた〝通常武器での殺傷ができない属性〟は少なくとも魔法少女同士ならば貫通できるということはあるまい。それはイリヤが斃せなかったことが証明している。それは恐らく、万が一にもレディ以外が彼女の目的を果たさないようにするため。つまりこの魔法少女、及び魔女による聖杯戦争擬きは最初からレディが勝者になるように仕組まれているのだ。

 その目的は分からないものの、まず間違いなく碌な目的ではあるまい。魔法少女同士を戦わせ、そうして蓄積された魔力は既にそれなりの量になっている筈だ。或いはその総量は通常の聖杯戦争で大聖杯に蓄えられる魔力総量を超えている可能性もある。尤も、それをレディが回収できているのかは別の話だが。

 

「全てが終わるまで芋っていれば良いものを、態々俺たちの前に姿を晒したのはその宝石を回収されたくなかったから……違うか?」

「面白い想像ね。仮にそうだったとして、貴方たちに魔女たちを斃さない選択肢なんてあるの?」

 

 遥のことを見下し、煽るような声音。しかし、その言葉は紛れもない事実だ。故に否定できず、遥が舌打ちを漏らす。遥やイリヤが望むにしろ望まざるにしろ、それぞれの目的を果たすには魔女を斃すしかない。

 何と腹立たしい話であろうか。遥はこの特異点を消去するため、イリヤは美遊を助け出すため、魔女を斃す以外に道がない。つまりは敵と利害が一致していると言っても過言ではないのである。

 恐らくレディは遥の内にある子供を殺すことへの忌避感を見抜いている。だからこそこうして遥の前に姿を晒しても問題がないと考えているのだ。足元を見られている。その事実が、遥の誇りを傷つける。基本的に自己評価の低い遥だが、流石に剣士としての誇りを含めても足元を見られているのは我慢ならなかった。

 遥が隠すこともなく舌打ちをする。レディは遥を遥だから見下しているのではない。それにしてはレディの所作は嫌に自然体すぎて、遥にはどうにもそれが違和感だった。この感覚を、彼は知っている。しかしレディはまだそれが弱く、答えに辿り着けずにいた。

 しかし、何であれレディが態々この場に来て宝石を回収したという事実がその宝石がレディにとって重要なものであるということを示している。遥の予想が正しければ、それは斃した魔法少女から回収・集積した魔力だ。故にレディの隙を見計らって雷撃をぶつけようとして、先にレディが動いた。

 

「それでも……私のモノにならない男は邪魔だから、ちょっと大人しくしていてもらおうかしら」

 

 冷酷極まる声音でレディがそう言い放った直後、彼女の背後にふたつの魔法陣が現れた。魔術、或いは魔法の無詠唱行使である。オルテナウス越しでも強く感じる程の膨大な魔力からして、間違いなく平凡な魔術師であれば10人程度で行う大魔術規模。腐っても魔法少女ということだ。

 そうして一瞬、爆発的な魔力上昇が観測された直後にその場に現れたのは2騎のサーヴァント。片や頭部に多くの髭を蓄え、右手には鉤爪を装着した、いかにも海賊らしい装束のサーヴァント。

 そして、もう1騎。こちらは見覚えのある英霊であった。右手にはあらゆる魔力を断ち切る赤槍を、左手には不治の呪いを与える不死殺しの黄槍を携えた泣き黒子が印象的な槍兵(ランサー)。変異特異点αにおいて遥が唯一正面から打倒したサーヴァントであるディルムッド・オディナ。

 先のレディの言葉からするに、彼らがレディの配下である魔法紳士とやらなのであろう。その標的は、この固有結界にいながらにして魔法紳士とはならない遥の排除、或いは無力化。

 

「さぁ、行きなさい。私の紳士たち。上手く処理できればイイコトしてあげるから」

「……御意」

「おほー! レディたんとイイコト……妄想(ゆめ)が膨らみますなぁ!」

 

 髭面の男は奇妙なテンションでそう言うや否や、どこからか取り出した銃を遥に向けて発砲した。その銃弾を叢雲と長刀で弾きつつ、遥は男と彼の握る銃を注視する。クイーン・アン・ピストル。18世紀にイギリスににて造られた拳銃であり、富裕層から海賊のようなアウトローにまで幅広く愛用されたものだ。

 更に男の髭と髪には導火線と爆竹らしきものが括りつけられているのが見える。クイーン・アン・ピストルに、身体に直接括りつけられた導火線、鉤爪――現代では典型的な海賊の装備とされているもの。それだけの要素があって、真名に気付かない筈もない。近代初期のカリブ海を思うまま荒らしまわり、人々に恐怖を与えた音に聞こえし大海賊。現代における海賊というもののイメージに最も強く影響している英霊。〝エドワード・ティーチ〟。

 通常のクイーン・アン・ピストルは1発を撃つ度に銃弾を込めなければならないが、サーヴァントの武装となったものはその限りではない。魔力で形成した弾丸を連続で撃ち放つエドワード。それを二刀で弾く遥。だがそこへエドワードの射線に入らないように身を低くしながらディルムッドが走り込み、双槍を振るう。

 明らかに遥が不利な2対1。イリヤはそれを援護すべくステッキ形態に変化したルビーを握ろうとして、しかしその直前に背後から腕を掴まれ、そのまま捻り上げられたことで身動きが取れなくなった。見れば、そこにいたのはレディ。

 

『イリヤさん!』

「ホント、結果をイメージするだけで色々できるなんて便利な身体ね、これ。……さて、アナタにはこれから美遊に味わってもらうコトをお試しで受けてもらいましょう」

 

 先の冷酷さを感じさせない異様な無邪気さでそう言い放った次の瞬間、宝石を持ったレディの手がイリヤの体内に突き込まれた。いや、正確には体内ではなく霊基の内部。『魔術師(キャスター)』イリヤスフィールの根底である。

 同時にイリヤの意識を襲ったのは強烈な不快感と、魂の中にまで入り込んでくるかのような暴力的な魔力、そして自意識を全て洗い流すには十分過ぎる思いの塊。あまりに凶悪なそれを受けて、イリヤが身体を跳ねさせる。

 

 ――世界を、人類を救わなければならない。救いたい。救わなければ助けなければ何故なら愛しているからアイしているならスクえジンルイアイのモトにスクエスクエスクエスクエスクエスクエアイシテイルカラアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイドウシテオマエハイキテイルズルイズルイカラダカラダヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセソレガナイトスクエナイ――

 

 少女の魂を焼く狂った思いの奔流。イリヤはそれを何とか意識下から排除しようとするも、それは決して敵わない。何故なら彼女の起源は『聖杯』であり、いくらクロが分離したことでその機能の大半が失われているとはいえ注がれた願いを叶えようとする方向性に変わりはないからだ。

 地獄から這い上がろうとする亡者の叫びが如き願いとそれを叶えようとする本能、させまいとする理性がイリヤの内で相争い、苦悶の声となって漏れる。その目に映るのは数々の魔法少女の悲嘆と絶望。苦悶するイリヤを、レディは恍惚とした表情で見下ろす。

 

「アハッ……やっと良い表情になったわね、イリヤスフィール? アナタの身体を素体にするのも良さそうだけれど……クロエの分離したアナタでは聖杯として不完全だものね。美遊より良い顔はするけれど、あくまで予備にしかならないわ」

「っ――ああぁ――あっ――予、備――?」

 

 レディの口から洩れた不穏な単語。そもそも聖杯であるイリヤや美遊を活用すると言うのではなく、素体とするとはいったいどういうことなのか。そんな疑問がイリヤの脳裏を掠めるが、それらは意識を焦がす怨嗟の濁流に呑まれて消えていく。

 その様子を横目に捉えていた遥は何とかディルムッドとエドワードの攻撃を退けて助け出そうとするも、双雄の猛攻はそれを許さない。どちらか片方だけなら退けることもできようが、2騎の連携を前にしては最新の半神も防戦一方であった。

 そんな遥を嘲笑うかのようにレディは彼を一瞥すると、宝石をイリヤの身体から取り出す際に彼女の魔力を一気に引きずり出した。死なない程度には魔力が残っていても急激な魔力減少によるショック症状でイリヤが気絶する。そうして脱力した身体を、レディが雑に足元に落した。

 

「イリヤ! ――レディ、貴様ッ!!」

「おぉっと! レディたんの邪魔はさせないでござる!!」

 

 まるで悪しきオタクのイメージそのままのようなふざけた口調でありながら、放たれる弾丸は正確無比。遥の動きを妨害しつつもディルムッドの邪魔にならない射線を選んで攻撃を仕掛けてくる。恐らくオタク的な口調は半ば演技あのであろう。

 遥にとって凡その魔術師のような〝天才の振りをした莫迦〟は相手にしやすいものだが、エドワードのような〝莫迦の振りをした切れ者〟は苦手な手合いであった。戦いながら相手の二手三手先を読む。それも、今の状態では遥はふたり同時に、対してディルムッドとエドワードは連携して遥の動きを封じれば良い。

 遥の側にあるアドバンテージは既にディルムッドの使う特殊な槍術を知っていることと、エドワードの放つ弾丸では高い物理防御力と神霊の神秘を有する桜花零式の装甲は貫けないということのふたつ。逆に言えば、それだけだ。

 対してディルムッドとエドワードはふたりがかりで遥と戦っているのだから、片方が遥を無力化してもう一方が遥を攻撃すれば良い。遥も防戦に徹しているから耐えることができているが、下手に攻勢に出れば殺される。

 鮭跳びの術を以てしての、雷速の槍撃。赤薔薇の長槍と黄薔薇の短槍による変幻自在の槍術。だがそれと一度相対している遥はそれの起動を見切り、二刀を以て逸らした。更にがら空きになった胴に蹴りを入れ、同時に脚部バーニアを吹かせてディルムッドを蹴り飛ばす。

 

「堕ちたな、フィオナ騎士団の一番槍。本来守るべきものに背を向け、只管に我欲を満たす畜生となったか。今や『輝く貌』の名声、地に堕ちたと知れ!!」

 

 騎士として奉じるべき道も誇りも全て打ち棄てて我欲のまま、本来英霊が守護するべき人理に牙を剥くディルムッドを詰る遥。その言葉には今までの彼にはない完全な半神だけが持つ凄みのようなものがあった。

 しかしそれを受けてもディルムッドの表情に変化はない。レディによって何らかの精神操作を受けているのか、それとも自らの意志によって騎士道を棄て、そんな自分を一切恥じていないのか。どちらにせよ、遥の知るディルムッドはここにはいない。いるのは自らの責務に背を向け、我欲のために無辜の民を食い物にする外道のみ。

 であれば遥は負ける訳にはいかない。我欲のためにもっと美しい、価値あるものを殺すような輩に屈するなど、剣士の名折れだ。それ以前にカルデア所属のマスターとして見過ごせる行いではない。だがそれを許さない者が、ディルムッドの他にもうひとり。

 

「ハッ、無駄無駄ァ!! 他の連中なんか知らねぇ。ただ我欲のまま襲い、犯し、奪い、喰らう! それが魔法紳士(オレたち)なんだからよォッ!!」

「外道が……!」

「海賊にゃ誉め言葉だなァ!!」

 

 遥の罵倒を一蹴し、エドワードはピストルの射撃にて遥の動きを牽制しつつ肉薄してくる。その逆側からはディルムッドが双槍を構えて駆け出し、遥の退路を塞ぐ。左右に逃げてもディルムッドの槍の間合いからは逃れられない。避けられない。本来なら。

 高空への跳躍と同時に桜花零式の脚部と背部のバーニアを最大出力で吹かし、一瞬のみ槍の間合いから離脱。叢雲に魔力を込め、限定解放による黄金の魔力斬撃を下方に向けて撃ち出した。ディルムッドとエドワードはそれに対応して制動をかけるも、床面への着弾によって発生した爆発めいた衝撃で否応なく怯まされる。

 そこへ斬り込むのは空中を蹴り、加速した遥。蹴り込んだのは魔力の足場ではなく、魔術によって空間を固定化した足場である。その速度たるや音速を超え、英霊ですら視認が困難な程だ。だがエドワードはその天才的な頭脳によって瞬時に遥の挙動を予測し、鉤爪での一撃を遥ではなく叢雲にぶつけることで斬撃を逸らして回避した。

 舌打ちを漏らす遥。そこへ走り込むディルムッド。繰り出された赤槍の一撃はまさに迅雷の如く。遥はそれを左手に執る長刀を振るって逸らすも、接触した瞬間に赤槍の機能によってただの刀へと戻った長刀は槍撃を流す結果だけを残して蓄積したダメージのために半ばから砕けてしまった。

 

「なッ――」

 

 ディルムッドの愛槍たる破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)は神秘殺しの槍。穂先に接触したものの魔力を断ち、神秘を剥ぎ取る力を持つ。尋常なサーヴァントの武具であれば防ぎようもあったのだろうが、あくまでも超常存在の武具としての属性を後付けされているだけの長刀は接触の瞬間にその神秘を貫通され、刀故の脆さと蓄積したダメージのために折れてしまったのだ。

 だが敵の接近時にその程度のことで怯む遥ではない。折れたなら折れたでやりようはあるとばかりにブレーキグリップを限界まで握り込み、内部に仕込まれた加熱装置が作動。一瞬で鋼が溶解する寸前の温度にまで達した刃をディルムッドに突き立てた。

 

「むっ――!」

 

 それにはさしもの迷いを棄てたディルムッドとて動揺したらしく、反射的に後方に跳んで距離を取った。その傷口から零れる鮮血と焦げた内臓。だがそのダメージも見る間に回復していく。アリスと同じものが埋め込まれているのか、或いは単純に治癒魔術が掛けられているのか。

 後は任せたわ、と言って転移魔術で去っていくレディ。遥としては逃がす訳にはいかないのだが、配下のサーヴァントがそれを許さない。両者の間合いは十数メートル程離れ、初めの状態に戻ったかのようにも見えるが、遥の刀は1本折れてしまっている。間違いなく、先よりも不利だ。

 遥が無理をして霊基を全解放すれば斃してしまうこともできなくはないかも知れないが、その可能性も一応はあるという程度には低く、できたとしても最悪活動不可能になる可能性もある。だがそうして攻めあぐねていた時、ルビーが言葉と共にあるものを投げた。

 

『遥さん、これを!!』

 

 ルビーが投げたものは分からないものの、援護させまいと銃弾を放つエドワード。しかし遥はそれを掻い潜ってルビーの投げた物を掴むと、それを折れた刀身に這わせた。

 瞬間、閃光を放ちながらそれが伸長する。本来日本刀だった筈の刀身は肉厚の両刃へと変わり、バイクのハンドルそのままだった柄はそれらしい形に変わる。そうして現れたのは、英霊アルトリアの宝具である聖剣エクスカリバーだ。

 先程ルビーが遥に投げ渡したものはイリヤの持つ『剣士(セイバー)』のクラスカードだったのである。先の戦闘でイリヤがクラスカードを使う場面を目撃していた彼はそれを受け取るやルビーの意図を察して迷いなくそれを己の刀に使用し、エクスカリバーを召喚したのだ。

 アルトリア本人を知る身としては彼女に無断でその得物を使うことは申し訳なくもあるが、生存のために打つことができる手を態々封じる程遥は莫迦ではない。西洋剣の扱いも、日本刀程ではないにせよそれなりには自信があった。

 だが、今優先すべきは敵を斃すことではなく、撃退すること。遥に攻め込ませまいとピストルを撃つエドワードの攻撃で右手の叢雲で弾きつつ、腰を落として構えを取り、左手のエクスカリバーに全力で魔力を叩き込む。

 唸りをあげる星の聖剣。宝具解放の予兆を感知した桜花零式のメインシステムが足部をその場に固定し、これから襲い来るであろう衝撃に備えて遥が左腕を限界まで強化する。その時点で遥の思惑に気付いたディルムッドが制動をかけて回避行動を執るも、もう遅い。

 

「済まないが使わせてもらうぞ、アルトリア!

 ――約束された(エクス)――――勝利の剣(カリバー)ッ!!」

 

 真名解放。解き放たれた星の息吹は容赦なく射線上の全てを呑み込み、城の外壁を破壊して蒼穹へと消えていく。回避行動を執っていたディルムッドとエドワードはしかし、極光を回避しきることができずにそれぞれ左半身と右半身を蒸発させた。

 だが遥の方も無傷とはいかない。限界まで強化した筈の左手はオルテナウスの装甲こそ損傷はなくともその中身である腕の骨が反動によってくまなく砕け散り、握っていたエクスカリバーが床に落ちて折れた刀とカードに戻った。

 本来片手では扱えない筈の宝具を片手で扱うことができる程度の出力に抑え、その上に限界まで腕を強化していながらこの反動。より威力の高い叢雲ではそもそもできないためエクスカリバーを使ったが、それでもこれだ。改めて神造兵装が規格外の宝具なのだと思い知る。

 それでも止めを刺そうと遥は桜花零式のバーニアを吹かせて両雄に斬りかかるが、その直前にふたりが霊体化したことでその刃は空を斬った。恐らくふたりは半身を喪っても死んではいないのだろうが、その状態では不利と判断したのだろう。脅威が去ったことで緊張が解けて思わず遥はその場に座り込みそうになるが、寸前に堪えて踏みとどまった。

 遥がお菓子の国に突入してから戦ったのは何も、魔法紳士だけではない。アリスにその配下である怪物にと、彼の戦闘継続時間は相当なものだ。加えて桜花零式を稼働させるための電力の元になっている魔力も遥自身が供給しているのだ。いくらカルデアからの魔力供給と元々の膨大な魔力総量があるとはいえ、立ち眩みする程度には消耗する。

 さしもの遥とて無視できない程の魔力消費。加えて砕けた左腕は起源の効力によって異様な音と極めて不快な蠕動を繰り返しながら再生しつつある。それらの齎す脱力感めいた不快感を魔術で無理矢理に排除して、遥は未だ意識を失っているイリヤとその傍らにいるルビーに歩み寄る。

 

「ルビー、イリヤの容態は?」

『命に別状はありません。どうやら急激な魔力低下によるショック症状で気絶してるだけみたいです。しかし……』

 

 不自然な所で言葉を区切ったルビー。その先を遥は問うことをしなかった。そんなことは問うまでもなく分かっている。ルビーが心配しているのは魔力量や身体的な問題ではなく、精神、心の方だ。

 消滅したアリスの霊基から現れ、レディが回収してイリヤの霊基に突っ込んだ宝石。恐らくその正体はアリスが斃し、亡霊となった魔法少女の魔力と彼女らの根源欲求。即ち、人類を、誰かを救いたいという願い。謂わばあの宝石は願望を叶える力を失くしただけの小聖杯のようなものだ。霊核を断ち切られたアリスから出てきたということは、それはまず間違いなく霊核とは無関係と見て良い。

 では、何故レディは魔法少女にそんなものを仕込んでいるのか。それはイリヤに行った行為からして聖杯を使うためと見て間違いない。だがそれは純粋に願望機としての機能を欲しているのではあるまい。それはイリヤに素体と言っていたことからも明らかだ。

 そしてイリヤは彼女自身の意志がどうあれ起源が『聖杯』である以上は聖杯としての属性から逃れることはできない。無数の魔法少女の集積体である宝石を埋め込まれれば、身体は本能的にそれを汲み上げて叶えようとするだろう。先の襲撃でもそうだった筈だ。果たしてその時、彼女は何を見たのか。

 志半ばにして無念の内に斃され、それでもなお残る人類を救わんとする願望、愛。だが亡霊と化してまで残る願望が純粋なものである筈がない。自意識を喪ってまで魂にこびりついて、無念と溶け合って捻じれに捻じれ、歪みに歪んだ()()()()()()()()()。それは幼い精神にとっては、きっと猛毒だ。

 遥は半神であっても聖杯ではない。故にその苦痛を肩代わりしてやることはできない。遥にできることは戦うことだけだ。だが戦うことしかできずとも、戦うことで為せることはある。

 眠るイリヤの頭をひと撫でしてから街の外で待機状態にしていた装甲騎兵に指令を飛ばし、城に向かわせる。そうして到着を待っていると、ルビーが遥に問いを投げた。

 

『遥さんは……これからどうするつもりなんですか?』

「決まってる。全ての魔女を斃す。勿論ファースト・レディもだ。ヤツを斃して、その野望も、この固有結界も、全て破壊する……!!」

 

 総てを救うなど、遥には不可能だ。レディに利用された魔法少女や、ましてやレディまで救うことなど遥にはできない。終わったもの、救われないまま朽ち果てたものは救えない。だからこそ、今在るものだけはせめて守ってみせよう。

 戦うことしかできない男には――それだけしか、許されていないのだから。

 




 魔女ならたとえロリだろうが斃す覚悟を決めた遥くん。魔女絶対殺すマン。
 既にお分かりかと思いますが、一応補足しておきますと『英霊剣豪≒魔女』という感じです。ファースト・レディ版英霊剣豪が魔女とでもお考え下さい。

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