Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第7話 宝具解放

 神聖な場所だった筈の境内に剣戟の音が鳴り響く。それは遥のサーヴァントである沖田の刀とシャドウ・サーヴァントであるアーチャーの剣が奏であげる破壊の調べであった。

 得物が打ち合わされる度に飛び散る魔力の火花は華のようにふたりを彩る。数分前に始まった沖田とアーチャーの戦闘は、未だ膠着状態にあった。

 無論、アーチャーの剣技は沖田に匹敵するものではない。もしもそんな剣技を有する英霊であれば、アーチャーではなくセイバーとして召喚されていただろう。アーチャーが振るう剣の冴えは、あくまでも凡人の域を出ないものであった。剣の巧さであれば、恐らく遥が勝る。

 だが、アーチャーは剣技は凡域を過ぎたものではなくとも防戦は得意なようで、沖田の攻撃の悉くを防いでいた。さらにその間隙を縫ってどこかから発生させた剣を沖田に向かって放っている。

 遥は長刀から飛ばした魔力弾でアーチャーが放った〝ファンネルもどき〟を破壊する以外に手を出していないが、既にアーチャーが無限に宝具を発生――否。投影する仕組みに気付き始めていた。恐らく、それは遥以外にはほとんど理解し得ないものであっただろう。

 沖田が放った平突きを、アーチャーが双剣を胸前で交差させて受け止める。そのまま沖田は白刃を閃かせ、その全てをアーチャーが防いだ。最後の一撃で耐えきれなくなった双剣が砕け散るが、距離を取ったアーチャーの手に再び全く同じ双剣が顕現する。

 

「無限に現れる剣……随分と珍妙な魔術を使うのですね、貴方。それに剣を使うアーチャーなど……銃を使うアーチャーは見たことがありますが、それよりも弓兵らしくない」

 

 乞食清光を中段に構えたままに沖田がそう言葉を漏らす。ランサーに対しては無駄口を叩かなかった沖田がアーチャーには口を開いたのは単なる気まぐれか、或いはアーチャーの剣技を賞賛してのことか。

 その言葉をどう受け取ったのかは不明だが、アーチャーはニヒルでありながらどこか自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「世界にはそういうアーチャーもいるということさ。それを意外というのは、君の見識が狭いだけではないのかね?」

「言ってくれますね……」

 

 アーチャーの挑発に苛立ったかのような言葉を返す沖田ではあったが、しかしアーチャーを射抜く視線には一片の曇りもなかった。沖田にとって、このアーチャーは斃すべき敵。それ以上でなければ、それ以下でもない。

 対するアーチャーも侮蔑めいた言葉を言いはしたが、内心では沖田に対する軽蔑はなく、それよりもむしろ畏怖に近い感情がその胸中を占めていた。或いはそれは、沖田がアーチャーの摩耗したうえに汚染された記憶にも鮮明に残る少女と瓜二つであるからかも知れない。

 中段に構えていた乞食清光を地面と水平に構え直す。それと同時に大地を強く踏み込み、地を蹴った。その瞬間にアーチャーの視界から沖田の姿が掻き消え、直後に眼前に現れる。

 縮地によって間合いを詰め、渾身の平突きによって仕留める。ランサーを屠った一撃を、だがアーチャーはまともに受けるような愚は犯さなかった。左手に握った陰剣で刺突の衝撃を後方へと受け流し、すかさず右手の陽剣を沖田に向けて繰り出す。躱しきれなかった沖田の頬の皮が切れ、血が流れる。

 しかし沖田はその程度で怯むような剣士ではない。剣を受け流されたと分かるや、左手で鞘を外してアーチャーの胴を強かに殴りつけた。堪え切れずにアーチャーが数歩後退り、さらにそこへ頭突きを叩き込む。

 

「ぐっ――なんのっ……!」

 

 沖田の連続攻撃に数歩後退したアーチャーであったが、そのまま甘んじて攻撃を受け続けるアーチャーではない。切っ先を沖田と自分自身の間に向けた長剣を虚空に投影すると、後方への跳躍と同時に放つ。

 地面に着弾した長剣は、駄目押しとばかりに内包した神秘を炸裂させて大爆発を起こす。宝具が内包した神秘の全てを解き放つことで英霊にも効く爆発を引き起こす、ある意味では最も宝具に対する侮辱とも言える技。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 無限に宝具を使えればそんなことまでできるのか、と遥が驚愕する暇すらもなく、一旦霊体化していたアーチャーが本堂の屋根で実体化した。その手が握っているのはアーチャーの本領である筈の黒い弓。

 

「――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

 その祝詞を唱えるアーチャーの片手に、膨大な魔力が収束する。そうしてそこに現れたのは、刀身が捻れたとても元が剣とは思えない異様な矢であった。それを番え、放つと同時に真名を解き放つ。

 偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)。ケルト神話はアルスター物語群に登場する英雄〝フェルグス・マック・ロイ〟の宝具〝虹霓剣(カラドボルグ)〟にアーチャーが独自の改造を加えた宝具であった。

 真名を解放された虹霓の剣は周囲の空間を巻き込みながら沖田を貫かんと魔力を猛らせながら虚空を奔る。だが、それを横合いから飛んできた黄金に光る魔力の刃が半ばから断ち切った。

 

「俺を忘れてんじゃねぇよ。アーチャー!」

「まさか、宝具だと……! 貴様、伝承保菌者(ゴッズホルダー)か!」

 

 アーチャーとて、遥を忘れていた訳ではない。初めにサーヴァントたちではなく遥を狙ったのも、マスターを倒せばサーヴァントも消えるからではない。ただの人間にしては内包する魔力が尋常ではなく、さらにあのキャスターと似た雰囲気を放っているからでもあった。

 しかしいざサーヴァント戦ともなればただの魔術師が介入できるものではない。よって沖田に標的を変えて攻撃していたのだが、その腰に帯びていた刀が宝具とは思いもしなかった。さらに、それがアーチャーの眼をして()()()()()()()()()ともなれば驚愕もひとしおだろう。

 木っ端な宝具を次々に矢として投影し、遥に対して放つ。サブマシンガンもかくやといった速度で撃ちだされた矢はとても常人では対応しきれるものではない。だが、それが遥の身体を抉ることは叶わなかった。

 遥はアーチャーが宝具を投影したと認識した瞬間、長刀に魔力を込めて斬撃として打ち出していたのだ。神造兵装たる遥の得物が保有するCランク程度の魔力放出スキルの応用である。

 斬撃と宝具の魔力が溶け合い、空中に幾つもの爆炎の華が咲く。その間を縫うようにして、遥はさらに一発の斬撃を飛ばした。それはアーチャーに当たることはなかったが、その足場たる本堂を中央から切り裂いた。

 

「この魔力出力量、とても現代人のものとは……ッ!」

 

 跳躍したアーチャーを狙って遥が撃ちだした斬撃を、アーチャーは盾を投影することで防いだ。アーチャーが知り得る盾の中でも相当に高ランクの盾である。相殺はできたものの、斬撃の威力に耐えきれなかった盾が砕け散った。

 さらに、着地したアーチャーに向けて白刃が繰り出された。着地時の隙を狙った沖田の一撃だ。アーチャーは反射的に双剣を投影してそれを受け止めようとするが、沖田の長刀はその剣を貫いてアーチャーの二の腕に突き刺さった。

 追撃を忌避してふたりから距離を取りつつ、アーチャーは敵への評価を上方修正する。あのセイバーが何者かは知れないが、所詮はこの地に来てから召喚した英霊を使役しているだけの即席コンビと高を括っていた。だが実際戦ってみればこれだ。マスターとサーヴァントの間には確かな信頼関係があり、マスターの戦闘能力も宝具に限れば非常に高い。

 あのマスターの宝具を抜きにした強さは全容が分かっている訳ではないが、魔力出力量だけで言えばアーチャーを大きく上回る。サーヴァントのランクに当てはめても現時点でBランク。これだけ魔力弾を打って息のひとつも上がっていないとなると、実際はそれ以上の可能性が高い。

 しかし接近して攻撃してこないところを見ると、身体能力はサーヴァントには及ばないのだろう。さらに魔力の塊を飛ばすという攻撃方法を取っている以上、アーチャーがセイバーと接近している間はセイバーまで巻き込むため使用不可。

 一瞬で相手の戦力をそこまで分析すると、アーチャーは夫婦剣を2対投影し空中に放った。アーチャーが放った双剣は猛禽の翼の如き軌道を描いて沖田へと迫る。

 

「こんなものっ……ッ!」

 

 飛来する双剣を弾こうとする沖田。しかし直後のアーチャーの動きを見て、沖田はアーチャーの真意を悟った。

 事前に投げた双剣は本命の攻撃ではなく、沖田の動きを縫うためのものだ。3対目の双剣を投影して走るアーチャーの斬撃と飛来する双剣が沖田に直撃するのは全く同時のタイミング。これこそ、アーチャーがその生涯のうちに完成させた絶技。〝鶴翼三連〟。

 アーチャーの攻撃を避けようと後ろに動けば背後に回った夫婦剣に貫かれ、左右に動いても斬られる。だが、沖田はそれでも諦めていなかった。回避できないのなら、迎撃すればよい。

 白刃と鞘を縦横に閃かせ、一瞬にして飛来する剣を打ち落とした。さらに真正面から振り下ろされたアーチャーの双剣を刀の一本で受け止める。必中不可避の攻撃を防いでのけたのは、さすが新撰組一番隊隊長といったところだろう。

 だが、アーチャーと鍔ぜり合う沖田の表情はそれまでの冷徹なものとは些か異なっていた。

 

(まずい、ですね……そろそろ『病弱』が……)

 

 遠坂邸からここに来るまで主に戦っていたのはマシュだが、それでも沖田が戦っていない訳ではない。マシュが相手にできないような相手に戦っていた沖田には目には見えないダメージが蓄積していた。

 マスターを通じた魔力供給には何の問題もない。むしろ遥という優秀極まるマスターを得たことで、沖田の調子は帝都で戦っていた時とは比べ物にならないほどに良くなっていた。しかしだからといって病弱スキルがなくなってはいない。

 過剰なまでの魔力供給量を得ても、ただ制限時間を引き延ばすだけにしかならない。我が身の不甲斐なさに歯噛みする暇も、だが沖田には無かった。そろそろ病弱が発動してしまうなら、その前に倒すしかない。

 しかし、このアーチャーは剣技こそ凡俗の域を出ないものの防戦は得意なようだった。剣術の天才である沖田総司をして攻め切れないほどの防戦の達人ともなれば、江戸時代でも稀有だった。

 刀にさらに力を込め、アーチャーの剣を弾く。アーチャーの筋力ステータスはDランク。対して沖田の筋力ステータスはCランクだ。アーチャーが全力を出したとしても押し負ける道理はない。

 剣を弾かれてがら空きになった胴に蹴りを入れ、その勢いを利用して僅かに後退する。よろめくアーチャー。まさに必殺の好機であった。

 

「――捕った!」

 

 その好機を逃すまいと沖田が地を蹴り、アーチャーへと肉迫する。回避など望むべくもない距離。だが、それでもアーチャーは未だ生存を諦めてはいなかった。

 アーチャー個人としてはあまり多用したくはない戦法だが、彼の投影魔術によって武器を顕現させられるのは何も手元だけではない。魔力の消費さえ無視すれば、多少の無茶も通る。

 半ばブリッジのような体勢になったアーチャーの視界に映るのは、覆いかぶさるような位置にいる沖田と――自らが投影した宝具群。沖田がそれを察知した時には時すでに遅し。彼らへと切っ先を向けた宝具が落下し、小爆発を起こす。

 宝具が秘めた神秘を半端に解放しただけに過ぎない爆発。しかし、それでも英霊を傷つけるには十分過ぎる威力であった。爆発によって巻き上げられた土煙が膨れ上がり、飛んできた小石が遥を叩く。

 その土煙の中で先に動いたのはアーチャーの方であった。アーチャーは遥に狙い撃ちされると分かっていながら、半壊した柳洞寺の屋根へと昇り、そこから炎の海に沈んだ街の中で暴れる『嵐』を見咎めた。

 

「――フッ」

 

 『嵐』を見付けたアーチャーが口の端に笑みを覗かせる。だがその笑みはすぐに消え去り、砂煙が晴れて遥たちがアーチャーを再度視認した時には元の真顔に戻っていた。

 沖田の攻撃から逃れるためとはいえ自爆同然の攻撃を仕掛けたアーチャーはやはり無傷とはいかなかったようで、全身のそこかしこから血を流している。しかしそれは沖田も同じ。両者が負ったダメージはほぼ同等であった。

 けれど、それは眼に見えるダメージの話でしかない。沖田がこれまでに負ったダメージは着実に沖田の中へと入り込み、呪いにも似た病を呼び起こそうとしていた。時間はもうほとんど残されていない。

 遥が沖田に回復の魔術を掛けるとほぼ同時、アーチャーが沖田に向けて連続して矢を放つ。沖田の刀では迎撃など望むべくもない高ランク宝具の雨だ。だが、それが沖田に着弾することはない。アーチャーが矢を放ったと分かるや、遥が割って入って矢の全てを魔力弾で呑み込んだのである。

 

「なっ、マスター! 下がっていてください!」

「うるさい……! そろそろキツいんだろ、お前こそ下がっててくれ」

 

 これまでに沖田へと向けたことがない声音で怒鳴る遥。いくらカルデアの召喚システムを利用したとはいえきちんとした状態で召喚しなかった遥は、半ば沖田と直接契約したような形となっている。故に沖田の状態が分かるのだ。

 いや、仮にそうでなくとも遥は同じことをしただろう。沖田とは数時間の付き合いでしかないが、それでも遥にとっては死んでほしくない仲間なのだ。既に死した身を死ぬと表現するのは奇妙な話だが、遥の中では身体がある以上生きているのと同義であった。

 それは既に死んだ身と死を達観している沖田との明確な意識の乖離であった。そうでなくとも、サーヴァントではないただの人間である遥がサーヴァントであるアーチャーの前に出るなど断じて認められるものではなかった。

 しかし、それはひとえに人間の戦闘力ではサーヴァントに追いつくことができないからだ。尋常な人間ではサーヴァントには手も足も出ない。封印指定執行者クラスの戦闘力を誇る遥ですら、アーチャーに真正面から戦闘を挑めば抵抗はできても勝利することはできまい。

 だが、ここに致命的な見落としがある。人間ではサーヴァントに勝てない。なら――。

 

――なら、追いつくようにすればいい。

 

 遥がそう言うと、沖田とアーチャーが同時に目を丸くした。確かに遥の魔術回路の回転速度と魔力出力量はサーヴァントすらも上回るものだ。逆に言えば、それだけでしかない筈なのである。

 

「これは驚いた。君が私に単独で勝つだと? 私は格の低い木っ端な英霊だが、それでもただの青年には負けないという自負はあるのだがね」

「そんなの、やってみなけりゃ分かんねぇだろうが。……ああ、そうか。木っ端な英霊だから、これ以上強くなられると勝てなくなって困る、と?」

 

 遥が挑発をぶつけると、遥を見据えるアーチャーの眉がぴくりと動いた。これほど安い挑発に乗ってしまうのは、汚染で思考能力が鈍っているからか、或いは根は直情的だからかも知れない。何にせよ、その眼は「やってみるがいい」と言っていた。

 その反応を見て、遥が薄い笑みを浮かべる。尊大にも思える挑発をした遥であるが、実際は絶対に勝てるという自信は無かった。

 以前、遥は後見人から〝サーヴァント召喚を可能とする世界、つまり遥が生きている世界では『死徒二十七祖』なる死徒の枠組みは存在しない〟ということを聞いていた。さらにその二十七祖の枠組みには、他ならぬその後見人自身が含まれているのだと。

 それはつまり、強大な死徒であっても英霊に勝てる死徒は少ないということ、英霊は死徒を上回るということだ。強力な死徒に対して使ってきたこの宝具も、英霊相手では効果がないかも知れない。

 それでも、遥は戦う。ここで遥か沖田が殺されれば、きっとアーチャーは残った方も殺す。それは断じて許容できない。

 

「マスター……」

 

 憂いと不安の入り混じった1対の瞳が遥を見つめる。それに気づいた遥は苦笑を浮かべ、その桃色がかった白髪を優しく撫でた。ほぼ無意識の行動。考えなしの行為であった。しかしそれで何かを感じたのか、沖田の視線が信任を帯びたものへと変わる。

 余談だが、英霊沖田総司の願いは『最後まで戦い抜くこと』である。それに照らすならば、遥の行動は沖田を見限ったようにも見えるかも知れないがそれは違う。いわば、それは遥の〝覚悟〟を示す行動であったのだ。

 ただ守られるだけではない。たとえ短い付き合いだとしても、共に戦うという覚悟。ただ遥がそれを示す行為が戦うことであっただけ。潜在的には高いコミュニケーション能力を活かせない遥だからこそ、そういう形になってしまう。

 

「いくぞ、アーチャー」

 

 それだけ言うと、遥は長刀を鞘に納めた。腰のベルトに鞘を固定していた金具を外し、鞘を付けたまま虚空を一閃。鞘の先についていた覆いが外れ、そこにあった刃が露出する。そうして、遥はその刃を自分に向くように掲げた。

 何をするつもりか、と沖田とアーチャーが怪訝な眼差しを向けたのも束の間、遥はその刃を一息で自身の鳩尾の辺りに突き刺した。刃が抉った傷口から滲んだ血は重力を無視して鞘を昇っていき、やがてそこに巻かれた皮に到達する。

 その瞬間、まるで脈動するかのような衝撃を伴って周囲に魔力の嵐が吹き荒れた。それは遥の血、夜桜の血に含まれた人外の血に反応した宝具が起動した合図。

 

「其は総てを喰らう龍神。我が身を喰らえ――!」

 

 宝具完全起動のための祝詞を遥が紡ぎ、それに応えた神獣の皮が更なる魔力を放出する。驚愕の面持ちで遥を見ていたアーチャーだが、不意にその魔力に違和感を感じて思考を巡らせた。

 人間の体内魔力(オド)ではない。かといって体外魔力(マナ)でもない。アーチャーが感じてきた魔力のどれとも異なる、()()()()()()()()()()()であった。

 しかしそれにアーチャーが気付く間もなく、さらに魔力が膨れ上がった。それは遥の体内にも入り込んでいき、魔術回路を蹂躙する。並みの魔術師であれば一瞬で魔術回路が焼き切れてしまうほどの魔力。何度も構築し直したからこそ、遥はそれに耐えることができた。

 吹き荒れる魔力は更なる膨張を見せ、そして、それが最高にまで高まった時、遥が宝具の真名を解き放った。

 

 

「顕現せよ――八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)!!!」

 

 

 

 大空洞。またの名を龍洞という円蔵山に空いた洞窟は、冬木市の霊脈の根幹である。故に冬木市に住む魔術師たちはそこを魔術的に利用するために長年に渡って改造を施してきた。天然の洞窟でありながら、同時に魔術師たちの複合工房でもあるのだ。

 その複合工房の最奥。道中に現れる敵性体たちを蹴散らしながら進んだ立香たちは、そこにあってものを見て息を呑んだ。

 最奥にある巨大な空洞の中央に屹立する小さな山。紫色の燐光を散らすそこから放出される禍々しい魔力は、魔術回路を使ったことのない立香ですらも鳥肌を禁じえないほどのものであった。

 これこそが聖杯戦争の中核たる万能の願望器にして超抜級の魔力炉心たる大聖杯。それを目の前にして、立香は無意識に息を呑んだ。自分が明らかに後戻りできない領域にまで踏み込んだのを自覚すると同時、彼の冷静な部分が違和感を告げる。

 ここまでの道中、立香はカルデアに記録されている聖杯戦争の記録についてオルガマリーから聞き及んでいた。それによると、2004年に行われた聖杯戦争はセイバーとそのマスターが勝利し、聖杯を獲得したとあるという。

 そして、特異点とは歪んだ歴史だ。それを正そうと思うのなら、このまま立香たちがセイバーを倒せば歴史の歪みは決定的なものになってしまうのではなかろうか。或いは聖杯を破壊か回収しさえすれば問題ないのか、それともキャスターが勝ち残っても不都合はないのか。

 降って湧いた疑問に立香の意識が呑まれそうになる。しかし、それを遮る声があった。

 

「――ほう。ようやく来たか」

 

 唐突に聞こえてきた声に一同が大聖杯を格納した小山の頂を見遣る。空洞の入口からそれなりに離れてはいるが、その姿は不思議とはっきりと見て取ることができた。或いはそれは、その英霊――セイバーが放射する威圧感故か。

 セイバーの声と姿が立香が予想していた男性のものとは違い、明らかに少女のものであったことには驚いたが、そんな性別などは些末な問題でしかない。今確かに、藤丸立香という青年は命の危機というものを間近に感じていた。間違いなく、こいつはこの特異点において最強の英霊だとすぐに本能が察知した。

 敵性サーヴァントを確認したことでマシュとキャスターが立香とオルガマリーの前に出る。盾役(タンク)のマシュが前衛。キャスターが後衛。一般的な戦術に則った、至極真っ当な配置である。

 セイバーが立香たちと同じ大地に降り立つ。その所作ひとつで、額から冷や汗が流れた。

 

「まさか貴様までいるとはな、アイルランドの光の御子。だが、それ以上に……」

 

 そこで一旦言葉を区切ったセイバー。バイザー越しのその視線が、キャスターからマシュ、正確に言えばその盾へと移った。そうして一瞬だけこのセイバーには似つかわしくない郷愁めいた表情を浮かべ、しかし次の瞬間には元の鉄面皮へと立ち戻る。

 そうしてセイバーが得物たる漆黒に堕ちた聖剣を構えると、明らかに周囲に満ちる魔力の密度が増した。セイバーが戦闘状態へと移行したのである。まさに最優のクラス(セイバー)に相応しい、途方もない魔力放出量だった。

 聖剣の切っ先が指し示すのはマシュ。漆黒の聖剣の刀身からは闇色に染まった魔力が絶えず噴き出しており、担い手であるセイバーの呵責無さを如実に物語っていた。

 

「構えるがいい、盾の娘。貴様がその盾の担い手たるに相応しいか、このアルトリア・ペンドラゴンが見定めてやろう!」

 

 

 

「な――これは……!」

 

 たった今目の前で起こったことが信じられず、アーチャーが弓を構えたまま驚愕の声を漏らした。それを見て、遥が嗤う。

 宝具〝八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)〟。その名の通り、夜桜の宝具のひとつである鞘を触媒として日本の神代における最強の獣〝八岐大蛇〟、またの名を〝伊吹大明神〟を顕現させる宝具である。

 だが、この場に八岐大蛇そのものは顕現していない。神獣に区分されるこの獣を解放すれば、いかな遥の魔力量であろうと数分顕現させて暴れさせただけで枯渇してしまうからである。故に、遥は己の肉体を媒介として八岐大蛇を召喚、及び憑依させたのである。

 元は背中の半ばまでの長さだった一本結びの髪は腰ほどまでに伸び、顔の右半分には龍の鱗のような文様が奔っている。否、それは紛うことなき鱗であった。右目は人間のものから、爬虫類を思わせるものへと変貌している。

 普通の人間であれば、八岐大蛇の霊を憑依させた時点で怒り狂った霊に呪殺されるか、肉体の変化に身体が付いて行けずに死亡してしまうだろう。だが、遥はそうはならない。伝家の魔術で幾重にも封印を施しているうえ、いかな最強の邪竜とはいえ自身を打倒した者の残滓を持つ者に逆らうようなことはするまい。

 鳩尾から鞘を抜き、さらに長刀を抜刀した。黄金に輝く刀身を赫と輝かせる、神造兵装。そして鞘の真名。アーチャーはたちどころに、その長刀の真名を悟った。

 

「さあ。第二ラウンドだ、アーチャー」

 

 それだけ言って、遥は地を蹴った。




もはや刀の真名を隠す気がない件について。
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