Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
魔法少女。それは文字通り魔術を超えた神秘、現代文明では決して再現できない特級の不条理である魔法を自由自在に揮い、世の為人の為に日々強大な悪と戦う少女のことであり、事実としてそれは間違っていない。妙なステッキと契約するのであれ、腹に一物抱えた怪生物の口車に乗せられるのであれ、人々の生活を脅かすモノと戦うというその一点だけは変わらない。
しかし人々が抱くイメージと実際の魔法少女の間にある決定的な差がひとつ。それは実際の魔法少女とは創作の中で語られるそれらのような華やかさは何処にもない、という点だ。彼女らは決して人々の目に触れないまま、誰に感謝される訳でもなく只管に戦い続けるしかない。
何と無慈悲な話であろうか。しかしそれも致し方ないことではあるのだ。いかな魔術では為し得ぬ軌跡を起こす魔法であろうと、それが魔術の延長線上にある以上は大衆の目に触れてしまえば効力を減じるという特性から逃れることはできない。彼女らが戦うということはつまり、人の目に触れないことが最前提となる。
それでも、彼女らは構わなかった。たとえ誰に感謝されずとも、自分たちの行いが、戦いが愛する人々の営みを守っている。笑顔を守っている。その事実だけで彼女らは報われていたのだ。何故なら、それこそが彼女らにとって最大の望みであったのだから。
しかしこの世の理は盛者必衰。いくら魔法という絶大な力と人々のために戦うという正義があるのだとしても、たかがそれだけの要素で絶対の勝利が保障されることはない。彼女らの戦いが大規模になればなる程に、彼女らの行いは隠しきれなくなっていく。誰しもがイリヤたちのように魔術協会や聖堂教会のバックアップがある訳ではないのだ。
そして何の力もない人々にとって、魔法少女だろうが巨悪だろうが超常的な力を持つ脅威であることに違いはない。今自分らの生活と生命を守っているのだとしても、この先も守ってくれるとは限らない。いずれ自分たちに牙を剥くことがないと、どうして言い切ることができようか。
それを薄情だと責める権利は誰にもない。人々が創作の上に存在する魔法少女に感情移入できるのはあくまでも第三者視点、そもそも違う世界という絶対的安全圏から彼女らの立場を知っているからであって、身近で信用のおけない者が絶大な力を揮っているという状況は安心感ではなく不安しか齎すことはない。
故に排斥する。攻撃する。得体の知れない強大な存在から、自らの生命を守るために。大切な人を守るために。力を持つか持たないかという違いはあれど、その行動原理は魔法少女と似通っている。
対して、魔法少女は人々を攻撃することができない。攻撃する手段も自衛する手段もあるのに、今まで自らが歩んできた道程と抱く信念を裏切りたくないがために、彼女らは決して抵抗することをしない。
そうして彼女らは排斥される中で思うのだ。何故、と。自分たちの行いが決して人々に感謝されるものではないとは分かっていても、排斥される理由までもを納得することはできない。だがその思いもいずれは変わっていき、その果てに彼女らはこう思うようになる。
自分たちが斃すべきは人々の生命を脅かす敵などではなかった。自分たちが救うべきは人間そのものなどではなかった。本当に救うべきは、糾すべきは人間の中に潜む悪性。彼女らのように他人を心底から信用することもできず、何も知らないまま排斥しようとする醜さだったのだ、と。
それは絶望ではない。それまでの希望を失い伽藍洞になった魔法少女の心を満たす、妄執という名の希望だ。けれど妄執を果たす前に彼女らは世界から排斥されて、しかしレディの固有結界はそんな魔法少女を掬い上げる。
だがレディの固有結界――〝
最早人間の悪性は如何ともし難い。本来人々を救う側である者にも悪性がある以上、人間全てから悪性を取り除くことは不可能なのだ。だが悪性のせいで悲劇が起きるのなら、魔法少女はこれを救わなければならない。堂々巡りだ。ならば、どうするか。答えはひとつしかあるまい。
人間がいる限り、嘆きは終わらない。人間から悪性を取り除くことができないのなら、永久に悲しみが消えることはない。ならば、全ての生命を終わらせよう。ありとあらゆる世界の終焉によって嘆きも悲しみも悉くを終わらせることで、逆説を以て全てを救おう。
――全ての
「ん……」
イリヤが目を覚ます。それまで眠るように意識を失っていたというのに強く残る疲労感のためにもう一度眠りそうになるのを堪えて目を擦り、最初に視界に入ったのは木組みの部屋。どうやら相当に古いらしく、一部がかなり劣化している。だがそれ以外はまるで新品のようで、その様はまさに不出来なパッチワークだ。
周囲にあるのは嫌に新しく見える家具。イリヤが寝かされていたのはどうやらベッドであるらしいが、寝惚けた意識では何故眠っていたのかさえ判然としなくて、しかし思い返そうと記憶を掘り起こしてすぐにそれは出てきた。
既に死した魔法少女たちの怨嗟の声。彼女らが辿った道程と、正義が無自覚なまま邪悪へと堕ちていく記憶。聖杯としての機能の半分を喪ったからだであっても押し寄せてくる妄執の濁流。今は宝石を埋め込まれていない筈なのに思い出すだけでも酷い苦痛で、イリヤを思わず震える身体を抱きしめた。
あまりの苦痛に歯ががちがちと音を鳴らす。身体の震えは止まらなくて、室温に反して体感温度はひどく低い。何より、耐え難い心細さがイリヤの心を責め苛んでいる。そこへ、何者かの足音。
「イリヤ、目が覚めたのか。身体の調子はどうだ? 何か問題があるようなら……」
「ハ、ハルカさんっ……!」
遥の言葉を最後まで聞くこともなく、心細さによる緊張から急に解き放たれたイリヤが遥に抱き着いた。窮地においては群を抜いた精神の強さを見せるイリヤが、まるで親に縋る子のように。
遥は一瞬それに面食らったような表情をずるも、すぐにある程度合点がいったように微笑んでイリヤの頭を撫でる。それは妹を慰める兄のようであり、娘をあやす父親のようでもある。もしもこの場に他の者がいれば、手慣れているという印象を抱いたことだろう。事実として、それは間違っていない。不安に怯える幼子をあやすことは、遥は何度もしてきた。
イリヤが見たものが何であるかは、遥にも大方想像が付く。レディがアリスに埋め込んでいた宝石に集積していたものが魔法少女の魂、その残留物である想念と魔力であるとするならば、その妄執や失墜の記憶も内包していた筈だ。それこそ、数えきれない程に膨大な数の。それを突き込まれ、本能故に肉体がそれを叶えようとするイリヤはその副作用として内包されていた記憶を見せられたというのは想像に難くない。その中には有益な情報も、あるにはあるだろう。
だが遥はそれを聞きだすようなことはしない。イリヤが自ら話すというのであれば止めることはしないが、無理に聞き出すというのは激しいストレスを伴う。それを強いるというのは、遥にはできない。経験上、それが悪手であると知っているのだ。
故にそのまま遥は何も言わずにイリヤが落ち着くまで慰めるだけだ。異世界に迷い込み、相棒とも引き離されてしまった今のイリヤに、頼ることができる相手はルビーと遥だけしかいないのだから。そうでなくとも、遥は今まで彼自身が辿ってきた道程を否定しないために、それ以前に習慣的にイリヤから頼られることを拒まないだろう。
しばらくそうしているうちに少しは落ち着いたようで、若干目の辺りが腫れた様子のイリヤが遥から離れた。遥はあえてそこを突っ込まないことにして、机の上に置いていたものをイリヤに投げ渡す。
「菓子の国から適当に取ってきたものだ。食べておくといい。栄養バランスは最悪だが、少なくとも腹は膨れる」
「うん、ありがと……ハルカさんは食べないの?」
「俺はもう喰った。それに、最悪俺は何も喰わなくても生活できる。……それで、今の状況だが――」
イリヤが食事、というよりも軽食をしている間に簡潔に状況説明をしていく遥。今彼らがいるのはお菓子の国ではなくまた別の、一面に海が広がり島が点々としている海洋主体の領域。魔法紳士ふたりの撤退を確認した後に遥は気絶したイリヤも装甲騎兵に乗せて平原を越え、この領域を発見したのだ。
彼らが乗っている船はその海岸に打ち上げられていたものを遥が魔術で可能な限り修復したものだが、彼はあくまでも元から船に施されていた朽ちかけの術式を修繕したに過ぎない。恐らくは元々この国を支配する魔女と戦おうとした魔法少女のものだったのだろう。
初め操舵は遥が自身の持つ水を操る異能で何とかするつもりだったのだが、どうやらルビーにはデフォルトで操舵機能が搭載されているらしく、ルビーに任せている状態にある。目的地は特になし。当然だ。遥らは敵が何処にいるかも分かっていないのだから。
だが、この海が何らかの魔女の支配する領域である以上は魔女との接敵は避けられまい。加えてレディもまた魔女が内包する宝石の回収を狙っているのだから、本人か魔法紳士が来ることはまず間違いない。故に遥は可能な限り早く魔女に接敵し、短期決戦を行う必要がある。遥がそう言うと、おずおずといった調子でイリヤが質問を返した。
「ねぇ、ハルカさん……魔女って必ず斃さないといけないのかな?」
「助けられないのか……そう考えているなら、その期待は捨てておけ。ヤツらはもうどうあっても救えない。そうだな……たとえばゾンビゲームでは、ゾンビに噛まれた仲間は治せないことが多いだろ? 苦悩葛藤しつつも結局そのまま射殺だ。つまりはそういうコトだ。終わったモノは救えないんだよ」
遥のたとえはまるで魔術師らしくないものではあるけれど、それ故にイリヤにもイメージしやすく彼女は遥の弁に反論することができなかった。魔女がどういった存在であるかは、既にイリヤも何となくではあるが分かっている。要はあれはサーヴァントの死体を宿業の力で無理矢理動かしているに過ぎないモノ。つまりはサーヴァントのゾンビとでも言うべきものだ。
そして現実とはそう優しく甘いものではない。ゲームなどでは死んだ人間をコマンドひとつで蘇生魔法や蘇生道具を使って完全な形で生き返らせることができるけれど、現実にそんなことをできる筈がない。よしんばできたとして、きっとそこにあるのはその人の形をした別のナニカだ。それはまさにゾンビとしか言いようがないだろう。
それこそ魔法であれば死者の完全な蘇生も叶うだろうが、魔法とはそうおいそれと使うことができるものではない。そもそも魔女とは元はサーヴァント、死者だ。既に死者として完結している存在をもう一度殺し、それを傀儡としたものを救おうと最終的に再び死が訪れることに違いはない。いや、そもそもとして魔女を動かしているのはその英霊本人とはとても言い難い程に歪み果てている。それを救って、後に残るものはきっと何もない。それはイリヤにも理解できている。理解できてはいるが、感情では納得したくないのだ。魔女に残されたレディの支配から逃れる方法が、再び死ぬこと以外にないなど。悲しすぎるよ、と呟くイリヤに遥は努めて優しく語り掛ける。
「確かに死しか救いがないなんて悲しすぎる。それは俺にも分かる。だがな、
皆幸せに生きることができて、皆救われる優しい世界。そんなものが本当にあるのならどれだけ良いことか。それは謂わば桃源郷、或いは
ある意味で、元から世界は皆が幸せになることがないように出来ているとも言える。抑止力が幸福の席から零れるべき人間を選定するまでもなく、世界には自然に幸福の席から零れてしまう人間がいる。魔女となってしまったサーヴァントはそういう存在とも言えるのだ。幸福の席から零れ落ちて、それでもなお周囲を不幸にしてでもしがみつこうとしている。故に、叩き落とさねばならない。そうしなければ全てが不幸になるが故に。
遥が椅子から立ち上がり、机に置いていたバイザーを装着する。そうなるともう遥の目は完全に隠れてしまって、彼がどう思っているのかを窺い知ることは難しい。
「イリヤ。魔女が出てきても、イリヤは前に出るな。ヤツらは俺が斃す。元々アレを殺せるのは俺だけらしいからな。イリヤが無駄に傷つく必要はないんだ」
それだけ言って遥は船室から出て行く。イリヤは反射的にその後を追おうとするも、完全に回復している訳ではないらしくベッドから立ち上がって走ろうとした時点で足に力が入らずに倒れてしまった。遥が前線から遠ざけようとするまでもなく、少なくとも次の戦闘まではイリヤは戦うことができない。その事実にイリヤが歯噛みした時、彼女の耳朶をルビーの声が打った。
『えまーじぇんしー! えまーじぇんしーですよー!』
遥たちが船に接近する敵性体の存在に気付いたのと殆ど同刻。そこから数キロ離れた座標にある巨大な帆船の上ではひとりの少女が自らが放った船の行く先を見つめながら優美な笑みを浮かべていた。その美しい薄紫色の髪と白いローブは、いかにも王侯貴族の類らしい高貴さがありながら、しかし笑顔には隠しきれぬ邪悪がある。
視線の先で航行する船はただの帆船ではなく、その甲板には所狭しと竜牙兵が並び、更に先行するようにしてワイバーンが飛行している。船体には接触した船の装甲を腐食させる魔術が施された、まさに全体が凶器である兵器とでも言うべき船だ。
続けて少女――レディが召喚したサーヴァントの1騎である『海原の魔女』こと〝メディア・リリィ〟は足元に並べたボトルシップを手に取り、それをえい、という可愛らしい掛け声と共に空中に放り投げる。すると瓶の内側に施されていた空間拡張の魔術が解除され、解放された船が巨大な波を起こしながら海上に着水した。その甲板には、やはり竜牙兵とワイバーンが満載されている。
その様は現代で言う所の空母、或いは特攻のようでもある。予め襲撃してくる相手を圧倒的な戦力を放って叩き、あわよくば撃破、そうでなくとも疲弊させておくことで撃退を容易にしておく。それが海原の魔女たるメディアの戦法であった。
海原の魔女メディア、と言うよりも彼女の元となった純正なメディア・リリィは
だが一般的な魔術師よりも神代のそれに近しい存在である魔法少女らはメディアとて油断できる相手ではなかった。故に攻撃系の魔術を大して使わず召喚系の魔術を多用した戦法を執った。どんな相手でも疲弊させれば斃すのは容易であろう、と。
最近は襲撃してくる魔法少女もめっきりと減ってこの戦法を使うのも久しぶりではあるが、その分攻撃用魔術ボトルシップも必要以上に量産することができた。場合によってはそれだけで斃すこともできるだろう。
取り敢えずは3隻、無事に出航した事を確認してからメディアは上機嫌に鼻歌などを歌いながら船首部の壁から降り、船室に戻っていく。彼女の体重でさえ踏みしめる度に今にも壊れそうな音を立てる、最早彼女の魔術によってのみ帆船としての形を保っているそれ。腐食しきった船室のドアを開けると、そこにあったのは玉座とぬいぐるみであった。
元々は豪奢な装飾が施されていたのであろう玉座はその装飾の殆どを喪い、今や酸化しにくい金だけが当時の華美を思わせる。だがそれよりも酷いのはそのぬいぐるみだ。初めは元になった人物をそのままデフォルメした筈の見た目は見る影もなく、布地は黒ずみ果てて片眼が取れ、毛髪は1本たとりて残ってはおらず至る所で裂傷から綿がはみ出ている。朽ちた玉座に壊れた人形が座っているその様は、どこかダークファンタジーのようですらあった。
しかしメディアはそれを一切意に介していないかのように持ちあげ、抱きしめて頬ずりをする。しかし人形はそれに応える訳もなく、ただメディアのなすがままにされるだけだ。果たしてメディアの意識の中ではその光景がどう見えているかは、余人には分からない。だがメディアはまるで夢見る少女のような面持ちで、イアソンさま、と呼びかける。
「イアソンさま、新しい魔法少女が現れました。これでまた貴方の国を造るための材料を手に入れることができます」
人形は答えない。ただボロボロの身体のまま、重力に従って四肢と頭を動かすだけだ。治癒魔術を得手とするメディアであれば直すこともできるだろうにそれをしないのは、きっと彼女の目には、耳にはそれが元のイアソンとして在るように感じられているからなのだろう。
余人から見ればそれは壊れ、朽ち果てた人形でしかないけれど、メディアの意識の中ではそれはまだイアソンとしてある。イアソンとして動き、イアソンとして話し、ずっとメディアの望むイアソンとして振舞っている。海原の魔女は現実ではなく、彼女が望む夢の中で駆動している。
魔女は純正のサーヴァントではなく、レディが埋め込んだ宿業の力によって死にながらにして動かされている、言わばアンデッドだ。その人格が元と同一である筈がない。魔女たちは今の姿となる際に何らかの霊基の歪みを抱えることになってしまったのだ。メディアの場合、それが精神疾患めいた欠落。
メディアには健在なものとして見えているのは何もイアソンだけではない。彼女が乗っている朽ち果てた船、在りし日の威光の悉くを喪ったアルゴー船もまた、メディアの目には彼女の知るそれと同一に見えている。
どれほどそうしていたのか、メディアは再びイアソンを玉座に座らせる。少しだけ待っていてくださいね、と言って微笑みながら船室から出ようとして、しかしその直前に轟音と衝撃が船を襲った。窓から外を見れば、船体程も直径のある深紫色の魔力の奔流が船を掠めていた。今となっては最早別物と化しているとはいえ、一応が英霊であるメディアがそれを見紛う筈がない。それは、聖剣の光だ。
しかし聖剣の一撃はアルゴー船そのものを襲うことはなく、ただメディアの魔術で保護された船体にダメージを与えるだけで消えていく。尤も、仮に呑み込んだ所でメディアは再生するだけであるためそれは今回に限っては正しい判断だったのだが。
慌てて船室から飛び出し、攻撃船を放った方を見遣るメディア。だがその視線の先にメディアの放った船の影はなく、海上にはその残骸と思しき木片が浮いている。更にその間を縫うようにして
「そんな……魔法少女じゃ、ない……!?」
時は少し遡る。アルゴー船から少し離れた位置にある船の上でメディアが放った攻撃船を初めに見つけたのはルビーであった。急いで船首部に駆け付け、遥もルビーの指す方をバイザーの望遠機能を使って見遣る。すると確かにそこには敵性体を満載した船があった。その数、およそ3隻。
恐らく桜花零式のセンサが反応していないのは単純に索敵範囲外だからだろう。遥らの乗る船から敵攻撃船まではかなりの距離がある。見えているのは、あくまでも海上であるが故に遮蔽物がないからだ。
だがこのままでは間違いなく接敵することになるだろう。いくら竜牙兵とワイバーンという低格の敵といえど、数が多ければ脅威とも成り得る。しかし事前に接近を察知しておいて手を打たない程、遥は莫迦ではない。相手が魔法少女だけだと侮ったな、と呟いて縁に手を掛ける。
『何をするつもりですか、遥さん!?』
「何って……迎撃だろ。『
それだけ言ってから縁を飛び越え、空中に身を躍らせる遥。下が海であるという状況を見れば、気が狂ったかとも思うだろう。遥の着水と同時に巻き起こる水しぶき。だが遥の姿は海中に没することなく、その足は大地を踏みしめるのと同様に海面をしっかと踏んでいた。
元より遥は神核を受け継ぐ前であってもガイアによる改造の影響でその力の一端を異能として扱うことができた。水の上に立つというのはその〝水を操る〟という異能の応用であり、以前は反動のあったそれを今は反動を無視できる程度で使えるようになるまで遥は成長していた。
それだけでは終わらない。海面に着水した遥はいつものように叢雲を抜刀するのではあく、ルビーを通してイリヤから借りたままの『剣士』のクラスカードを取り出した。そしてそれを頭上に掲げ、魔力を通す。使い方はイリヤが気を失っている間にルビーから聞き及んでいる。そうして己の魔力によってクラスカードが完全起動したことを感じ取り、遥が式句を唱えた。
「――
瞬間、吹き荒れる魔力の暴風。その風に巻き上げられた海水がヴェールのように遥の姿を覆い隠す。いや、それは完全に自然発生的なものではなく遥の作為的な部分もあるのかも知れない。その様はどこか、特撮などの変身シーンのようでもある。
やがて内側から破裂するようにして水のヴェールが弾け、遥の姿が露わになる。その姿はそれまでのオルテナウスを纏った科学の騎士といったものではなく、黒騎士とでも形容できるものであった。鎧の形状はアルトリアのそれを男性用にしたかのようで、顔には細身の黒いバイザーを装着している。手に執る剣は聖剣エクスカリバーそのものではなく、黒く魔に堕ちたそれに近い。俗に言うセイバー・オルタの姿だ。
初めて使用したそれに感覚を馴染ませるようにして少し身体を動かす遥。本来夢幻召喚というものはステータスまで英霊に引っ張られるものだろうが、遥の場合は英霊よりも高位の存在を宿しているためかステータスは遥自身のそれに固定されているらしい。
それを確認してから遥は船から離れた位置にまで移動し、敵攻撃船を一度に視界に捉える。そうして聖剣を一度空中に放ってから持ち替え、剣先を背後へ。腰を落とし、聖剣に魔力を叩き込む。
「卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め―――!」
その祝詞に応えるようにして聖剣が遠慮もなく遥の魔術回路から魔力を引きずり出し、喰らった魔力を闇の奔流として束ねあげる。それだけでは飽き足らず聖剣が周囲のマナを全て吸い上げて、辺り一帯のマナが一時的な枯渇状態へと陥った。
対して聖剣はその暴威を一切抑制することなく全て収束、及び加速し、その刀身から生み出される星の息吹は黄金の極光ではなく闇の暴威として現出する。それが最大出力にまで達した瞬間、遥が叫んだ。
「
真名解放。斬り上げるような動作で撃ち出された星の息吹はまさに邪竜の咆哮のようですらある。海面はそれの秘める膨大な熱量のために一瞬で蒸発し、水蒸気の白い靄が立ち込める。闇の息吹はそれだけでは止まらずに敵船3隻を海の藻屑と化さしめ、母船の横を掠めていった。
目的である敵攻撃船の破壊を確認し、聖剣の解放を停止。間髪入れずに遥は脚部に強化魔術を施し、異能とアルトリアの霊基によって齎された妖精の加護を以て海上を駆けだした。敵母船からは魔術砲が飛来するが、その全てを聖剣の一刀を以て斬り裂いて接近していく。
そうして見えてきた船の有様は最早船としての形を保っていることすらも不自然な程に腐食していて、その幽霊船すら生易しい様はいっそ不気味ですらあった。できれば足を踏み入れたくない気持ちを抑えて跳躍し、甲板に侵入。同時に放たれた魔力砲をエクスカリバーの魔力斬撃で相殺する。
果たしてそこにいたのはおおよそ腐食が進み、至る所に虫がたかり苔が生えている船には似つかわしくない可憐な少女。手に執る杖には月の意匠がある。その端整な顔にあるのは遥に対する激烈な敵意と殺意。
「私とイアソンさまのアルゴー船に土足で上がり込むなんて……何者ですか、貴方は!」
「俺が何者か……か。そんなコト、答える義理はない。だが、あえて答えるなら……通りすがりの魔術師だ。覚えておけ!」
吐き捨てるように遥がそう言い放つと同時、メディアが魔術砲を放つ。それを叢雲の抜刀からの一閃を以て迎え撃ち、遥は神剣と聖剣を構えて駆け出した。
ルビーのエマージェンシーがひらがなになっているのは別に変換忘れではありませんので悪しからず。ところで、大人メディアでも近接戦では現代の魔術師に敗北するのにリリィが近接職に勝てる確率などあるのでしょうか。
『物語の魔女』だとか『海原の魔女』のような名前はその英霊そのものではなく魔女としての名前とでもお考え下さい。英霊剣豪における地獄の名前的な。