Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第71話 情愛エタニティ

 ――遥は知らないことだが。とある世界線で行われた第五次聖杯戦争に『魔術師(キャスター)』として召喚されたメディアは持ち前の類稀な魔術の腕前や策略によって有利に事を進めていたものの、最終的にはサーヴァントを奪い無力化したと侮っていた敵マスターから接近戦に持ち込まれて致命傷を負わされ、味方に引き入れたと思っていたアーチャーの裏切りから己がマスターを守って果てたという。

 さらに言えば、遥が夢幻召喚(インストール)した英霊アルトリア・ペンドラゴンの対魔力はAランクである。これは全英霊の中でもトップクラスの高さであり、神代の魔術ですらそれが魔術である以上はアルトリアに傷を付けることは難しい。魔術でアルトリアを傷つけるには、それこそメディアと同等の魔術師でも工房を入念に構築したうえで大量の貯蔵魔力や礼装が必要になる。

 詰まる所、アルトリアという英霊は魔術師相手に圧倒的なアドバンテージを持つ。それは夢幻召喚によって一時的にアルトリアの霊基を獲得した遥も同様だ。よしんばその対魔力を貫通できる魔術を容易できたとして、遥の強さは何もアルトリアの霊基由来のものだけではない。そもそもアルトリアの霊基は遥にとって外付けのオプションのようなものでしかないのだから。

 対してメディアは典型的な魔術師であり、それ以外の攻撃手段を持たない。大人の姿であればAランクの対魔力を超える魔術も或いは使えるのかも知れないが、神代の魔術師としては未熟な少女期(リリィ)の姿ではそれも不可能に等しい。

 故に、その結果は必然であった。元よりアルトリアを夢幻召喚した遥とメディアの間には埋め難い圧倒的な性能差があったのだから。いや、それ以前に近接戦闘を極めて不得手とするメディアは近接戦において神代の英雄にすら匹敵する素の遥に対しても相性が悪い。

 遥の接近を牽制するようにして魔杖を構え、浅い呼吸を繰り返すメディア。見ればその右手は根本から断たれ、しかしその断面は異様に蠢きながら再生しつつあった。いくら致命傷めいた外傷であっても、魔女は霊核を破壊されない限りは無限に再生するのだ。それはつまり、回復中のダメージさえ注意すれば凡そのダメージは無視できるということでもある。

 しかしメディアの表情は余裕のあるそれではなく、まるで天敵に追い詰められたかのようなそれだ。対して数十メートル離れた位置にいる遥は能面のような無表情を貫いたまま、右手に天叢雲剣を、左手にエクスカリバーを握ってメディアとの距離を詰める。

 一度大きく息を吐いてから現代人には理解しようもない神代の言葉で詠唱を紡ぐメディア。そうして彼女の背後の空間に展開したのは無数の複雑怪奇極まる魔法陣。それに収束した魔力が幾条もの閃光となり、遥を襲う。

 1条1条が人間ひとりを屠って余りある魔力砲の雨。だがそれらは遥に着弾する前に不可視の障壁に阻まれたかのように霧散する。それは遥本人の力ではなく、アルトリアの持つ対魔力による作用だ。

 

「……あまり気分が良いものじゃねぇな。他人からの借り物の力で戦うというのは」

 

 遥は魔術師である以前に剣士であると己を規定している。それ故にいくら利用できるものは全て利用すると決めてはいても、借り物の力で相手を追い詰めるというのは己を自己の力のみで戦うことができない弱者としているかのようであまり気持ちの良いものではなかった。

 だが使うことができるものをあえて封じる程、遥はメディアを侮っている訳ではない。私情を切り捨て標的のみに集中し、二刀を構える。その視線の先でメディアは再び魔術を詠唱。遥の周囲に竜牙兵が召喚される。

 それらはその手に持つ剣や槍などの得物を振り上げて遥に襲い掛かるも、彼はエクスカリバーに魔力を充填することで発生させた闇色の刃を一閃。薙ぎ払われた竜牙兵は秘める神秘の差に耐えることができずにその身体を四散させた。

 それでも続けて魔術を行使しようと詠唱を放つメディア。させじと遥はエクスカリバーを上空に放り投げ、空いた左手に収束させた魔力を魔力放出のスキルによって魔力撃として撃ち出し、メディアを吹き飛ばした。その華奢な身体が船室の扉に叩きつけられ、腐食の激しいそれが崩壊してメディアが船室に転がる。

 その衝撃で玉座から落ちてしまったのか、メディアの視線の先に転がってきたのはイアソン人形の残骸。果たしてメディアの目にその光景はどのように映っているのか。そんなことは遥に関知する所ではなく、よしんば知っていたとしても同情することはない。

 再生したばかりの右手でイアソン人形を掴み、床に落ちた杖を左手に握って立ち上がろうとするメディア。だがそうして立ち上がった次の瞬間、無慈悲な黄金の刃が吸い込まれるようにメディアの左胸に到達、そのまま心臓を真っ向から貫いた。

 茫然と自身の胸を貫く刃を見下ろすメディア。その刃は本来壊せない筈の彼女の霊核を貫き、完全に破壊していた。気管を損傷したのか、或いは消化管を逆流してきたのか、メディアが吐血する。徐々に光を失っていくその瞳が見ているのは、彼女の命を再び終わらせた下手人である遥だ。

 

「解ってるよ、アンタらもレディの被害者だってコトは。だが今は共犯者だ。それに、俺にできるコトは、無理矢理続けられた命をきちんと終わらせてやるくらいしかねぇんだ」

 

 メディアにはレディに召喚されるに際して、あらゆるサーヴァントの召喚システムに共通する性質として座から多くの言語に関する情報を入力されている。故に日本語についても彼女は知っている筈で、しかし遥の言葉は彼女の耳に未知の言語のように響いた。

 何故なら彼女には共犯者である意識も、それどころか被害者である意識すらもないのだ。彼女はレディの手によって霊基を歪められたという記憶も認識もない。今のメディアにとっては今が全てであり、それこそがレディに利用されていることの証左であった。

 だがそれを理解することもないままメディアの身体は魔力の光に還って霧散し、その体内からアリスのそれとは異なる宝石が現れた。夢幻召喚を解除してから遥がそれを回収し、直後、船体が大きく揺れる。

 一瞬敵襲かとも考えた遥だが、それにしてはあまりに揺れが小規模で、彼はすぐにそれがただアルゴー船の船体が崩壊しつつあるだけだと気づいた。元々船の形を保っていることさえ難しい程に腐食していたものを魔術で無理に繕っていたのだ。術者の消滅によってその魔術が失効すれば、船体が壊れていくのも必然である。

 崩れていくアルゴー船。そこから脱出しようとした時、遥は不意に足元に人形が転がっていることに気づいた。メディアばかりに気を取られていたために気付いていなかったが、遥は直感的にその人形が誰を模したものであるかと察して踵を返し、人形を玉座に座らせた。

 神話に曰く、イアソンという英霊は権威や名声といった彼が求め続けたものおおよそ全てを喪い、放浪の果てに朽ち果てたアルゴー船の残骸の下敷きになってその生涯を終えたという。つまり、これはその再現だ。最早中身がなくなっていてただの人形になっているのだとしても、イアソンである以上はアルゴー船と共に終わらせてやるのが情けというものだろう。

 そうしてすぐに脱出し、海面に立ってアルゴー船の崩壊を見ている遥。それは転じて、魔女であったメディアの最期でもある。遥はまたひとつ、誰かの無念を、夢を壊したのだ。たとえ魔女が悪であるのだとしても、その事実が変わる訳ではない。決して晴れない鬱屈とした思いのままアルゴー船の崩壊を見届け、船に戻ろうとする踵を返す遥。だがその瞬間、ノイズに埋め尽くされた通信をオルテナウスが受信した。

 

『……は、る……ん……かい……!?』

「その声……ロマンか!? 受信はできているが、何を言っているか全く分からん!」

 

 唐突に受信したカルデアからの通信。そこから聞こえてきたのはノイズかりで正確には分からないが、恐らくはロマニのものと思われる声。それに遥は言葉を返すが、この様子では遥の言葉も殆どカルデア側には聞こえていないと思われる。

 レイシフト直後は全く繋がらなかった通信が今になって極めて脆弱であっても繋がったのは、タイミングからしてメディアを斃したことが関係しているのだろう。或いは魔女をふたり斃したことで支配権、勢力圏のようなものが遥たちの側に傾いているのだろうか。

 だがそれではまだ不十分なのか、通信は途切れ途切れで、聞こえてくる音声もノイズに塗れて何を言っているのかが全く分からない。遥がこの場にいる時点で存在証明はできている、つまりは生存確認はできているのだからそれ以外のことを伝えようとしているのか。或いはただ通信が繋がらず焦っているのか。

 どちらでも遥には構わない。彼は何とか通信を確立させようとしてオルテナウスの設定を弄るなどして、しかしより電波強度の強い通信が届いたことでカルデアとの通信は弾かれてしまった。そのことに慌てる暇もなく、遥の耳朶を声が打つ。

 

『遥さん、急いで戻ってきてくださーい! 敵襲です!』

「なっ……あぁ、クソッ! 次から次へと……!」

 


 

 ――遥との間に繋がっていた通信が途絶する。どちらかから切断したのではなく、何らかの不可抗力的な要因によって無理矢理に切断されたのだ。オペレーターやロマニは再び何とか通信を繋げようとするも、一向に再接続される気配はない。しばらく作業を続けてから、ロマニが溜息を吐いて椅子に深く腰を下ろす。

 桜花零式の最終実機試験を行う筈だった遥が謎の突発的レイシフトに巻き込まれてから()()()。現在、カルデアから観測できている遥の情報は取り敢えずは確かに存在しているということのみであった。それ以外は全く不明、時空の座標すら分からないという始末である。

 たった数秒の通信だったが兎に角健在であることは確認できた。それは良いのだが、置かれた状況が分からないというのは嫌に不安を煽る。通信が途絶している理由すらよく分かっていないままなのだから余計にである。

 何度かシバの角度を変えて遥がいそうな座標を観測しているものの、遥の姿は全く見当たらない。前準備なしでのレイシフトだったため紀元前ではないことは確かだが、紀元後でも人類の歴史は2000年以上続いているのだ。いかなカルデアスとシバであれ、地球上全ての2000年を虱潰しに探し回るには相当な時間がかかる。

 お手上げだ、とばかりに頭を掻き、ため息を吐くロマニ。その横ではリアルタイムに観測結果が表示されるモニタにレオナルドが目を通しているが、表情からして結果は芳しくないらしい。そんなレオナルドにロマニが問いを投げる。

 

「今回の件、原因は何だと思う、レオナルド?」

「さぁね。いかに天才の私でも、手がかりがないのでは考察しようもない。だが……今回、こちら側の設定に不備はなかった。しかし遥くんは微小特異点にレイシフトしていない。特異点Fの時と違って。……突飛な発想かも知れないけど、今回の一件はもしかしたら外部からの干渉によるものかもね」

「外部干渉による強制レイシフトってことかい……!? でも、そんなコトが……」

 

 ロマニの驚愕は尤もだ。現状、カルデアはカルデアスの磁場によって人理焼却から免れている一種の特異点のようなものである。その性質と人類史に発生した7つの特異点の存在により、黒幕からの干渉が免れている状態だと考えられている。

 つまり第一から第七までの特異点が消去されない限り、カルデア側から黒幕への干渉ができない代わりに逆に干渉されることもない。だが今回の一件がレオナルドの想像通りならその安全神話が崩壊するどころか最初から全くの机上の空論だったということになってしまう。

 今回のそれと似た事例としてはレオナルドの言う通り特異点Fが挙げられるが、特異点Fの際はレイシフトの結果初めから狙っていた特異点にレイシフトしたのに対して今回はそうではない。つまり似てはいても根本から問題が異なるのだ。

 だが仮に外部干渉があったとしても課題は残る。カルデアの座標特定だけではない。カルデアスとシバを強制稼働させるためのシステムへの介入やそれをカルデア側に悟らせないための隠蔽作業、更にログにも残さない情報改竄など、今回のそれはあまりに不可能犯罪めいている。

 いや、実の所レオナルドの頭の中にはある仮設が出来上がっているのだが、未だ確証を得ることができず想像の域を脱していない以上、それを語るのは余計に場を混乱させるだけだ。加えてそれが仮に正解であったとしても、打つことができる手があるという訳でもない。

 そうしてロマニとレオナルドが殆ど同時に何度目かのため息を吐いた時、彼らの後方にある管制室の出入り口が開いた。だがその間にも考え事をしていたロマニはそれに気づかず、しかしレオナルドはサーヴァントであるが故にその存在に気付いた。

 

「手詰まり、かなぁ……向こうの状況が把握できない以上、せめてひとりでも戦力を増やせれば良いんだけど……」

「――そうですか。ではその役目、私にお任せいただけないでしょうか?」

 

 唐突に投げかけられた鈴を転がすような声。それの主に気付いていなかったロマニは一瞬椅子から転げ落ちそうな程に驚愕するも、すぐに精神をゆるふわ医療班チーフのそれから真面目な所長代理としてのそれに戻した。

 果たして、そこにいたのは遥がローマにて召喚したサーヴァントであり、遥の前世とも言えるスサノオの妻である『魔術師(キャスター)』クシナダヒメであった。容姿は温和な少女のそれであるもののその気配には神霊特有の圧力があり、ロマニが思わず居住まいを正す。

 しかし神性故の圧力を除けばクシナダの気性は神霊という存在の中では異質なものだと言えよう。天津神のような上位者ではなく殆ど人間と同様に暮らしていた国津神だからなのか、或いは本人の気質の問題なのか、神霊という上位存在でありながらロマニらに対する態度も聊か腰が低めなきらいがあった。

 

「私にお任せを……とは言うけど、具体的にはどうする気だい? 遥くんの座標が分からなければサーヴァントを送ることも……」

「他の方であればそうでしょう。しかし私の霊基には遥様……正確には遥様の魂と引き合うという性質があります。それを利用すれば、或いは」

 

 無謀だ。口には出さずとも、それがレオナルドの考えだった。いくらクシナダの霊基に遥と引き合うという性質があるのだとしても、目標である遥の座標が定まっていない以上絶対に辿り着くという保証はない。クシナダのそれは謂わば、潮の流れだけを頼りにボトルメールを狙った地域の狙った人間に届けると言っているに等しい。

 しかし他に打つことができる方策がないというのもまた事実。加えてカルデアの召喚システムにより契約を結んだサーヴァントは消滅したとしても霊基を再構築できるのだから、失敗して意味消失しても引き戻せるが、それもマスターである遥がカルデアに帰還してからになる。

 成功する確率は完全に未知数。そのうえ、試行可能回数は1回のみ。あまりにも分の悪い賭けだ。普通ならば行ってはならない程に、それはあまりに不確定要素が多すぎる。だがその手段以外に頼ることができないのもまた確かで、最終的にロマニはクシナダに向けて頭を下げた。

 

「済まない。危険な賭けだとは分かっているけど……遥くんを頼む。彼の力になってあげて欲しい」

「あ、頭を上げてください! ロマニさんが謝るようなコトではありませんし……何より、貴方が却下したとしても私は独断で行動したでしょう。私は、今度こそあの方と共に在ると決めたのですから」

「おや、お熱いねぇ。それは、あれかな? 永遠の愛というヤツかな?」

 

 冷やかすようなレオナルドの声音。しかしクシナダはそれに顔を紅くするようなことも変に取り繕おうとすることもせず、ただ一度彼女(かれ)に向けて微笑みを返してからではまた後程、と言って管制室から去っていく。

 歴史には語られざる事実というものが必ずある。後世に生きる人間たちは伝えられた歴史をこそ真実を思い込むが、そこに語られる者たちは歴史を生きたのではなく彼らなりの〝今〟を生きていたのだ。故に歴史は全てではなく、クシナダにとってもまたそれは同様である。

 日本神話と呼称される物語群においてスサノオとクシナダはそう後の方まで登場する神霊ではない。三貴神の一角であるにも関わらず性別すら不明なツクヨミに比べればまだ良いかも知れないが、それでもスサノオは大国主とスセリビメの駆け落ち以降は殆ど登場せず、クシナダに至っては八岐大蛇絡みの逸話以外では登場しない始末である。

 故にふたりの()()について、現代人は何も知らない。それどころか歴史に語られていない以上は英霊たちですら知っている者は限られるだろう。少なくともカルデアではクシナダ以外には遥とタマモしかそれについては知るまい。自己犠牲めいたクシナダの覚悟はそれを由来とするものであった。

 管制室を後にしてレイシフトルームへと向かっていくクシナダ。だがそうして歩いている途中で、クシナダはとある人物の姿を見つけて立ち止まった。その人物――タマモは複雑な感情が籠った目でクシナダを見ている。

 

「行くんですか、クシナダ。遥さんの所に」

「ええ、勿論ですわ、お義姉様。誓いを果たすために、私はあの方と共に在らねばならないのです」

「そう。……それにしても、やっぱり私に対する態度が硬いですねぇ。そんなに私のコト、嫌いですか?」

 

 苦笑めいた表情で放たれたタマモの問いに、クシナダは言葉を返さない。ただ憮然とした表情のままでタマモの瞳を見返すだけだ。それは傍から見れば無視のようでもあるけれど、タマモにとっては何よりも雄弁にクシナダの答えを物語っているものであった。

 反英霊たる玉藻の前は天照大御神の分け御霊ではあるが、アマテラス本人ではない。聊か異なる部分もあるが、その関係はスサノオと遥のそれにも似ている。それはクシナダも分かってはいるが、どうにも彼女にはタマモへの悪印象が拭えなかった。

 それを根に持ちすぎだとか、分別がないだとかと言ってクシナダを責める権利は誰にもない。それだけのことを玉藻の前(アマテラス)はしでかしたのだから。もう話は終わりだとばかりにクシナダは歩を進め、しかしタマモの横を通り過ぎるその一瞬に口を開いた。

 

玉藻の前(あなた)が本当の意味で天照大御神(あの方)ではないことは分かっています。しかし、私は……遥様のように簡単にあの方と貴女を別人と割り切ることはできません。

 

 

 だって天照大御神(あなた)が――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 


 

 一度戦況をリセットすべく敵から間合いを取り、大きく息を吐いて呼吸を整えるイリヤ。その姿は常の魔法少女(カレイドライナー)としてのそれではなく、動きやすさを最優先にしたケルトの蒼い戦装束を纏い、因果逆転の呪いを内包する槍を携えている。『槍兵(ランサー)』のクラスカードを夢幻召喚しているのだ。

 そして彼女の視線の先十数メートル先にいるのはお菓子の国でもイリヤらを襲ってきた黒髭ことエドワード・ティーチと彼の宝具によって召喚された配下の低級霊が数十騎。イリヤは知らないことだが、その低級霊は本来彼の船の上でしか召喚できない筈のものであった。

 エドワードたちががイリヤの乗る船に攻め入ってきたのは今から数分前、遥が魔女を斃すために出て行ってから少し経った後のことであった。遥ではなくイリヤを狙ったのは単純に遥よりもイリヤの方が弱いと踏んだからだろう。或いは先の戦闘で遥の危険性を見たのか。

 だがエドワードにとって誤算だったのはクラスカードが何も英霊の宝具を召喚するだけのものではなかったということだ。夢幻召喚はその根本を置換魔術とするため劣化するのは否めないが、クー・フーリンのような大英雄の力であれば劣化していてもある程度互角に持ち込むことはできる。

 それでもイリヤの行為は単なる時間稼ぎにしかならない。いくら英霊の力を借り受けることができるとはいえ、それはあくまでも借り物でしかない。与えられただけの力は、自ら積み上げた力の前に敗れ去るが定めだ。趨勢がイリヤに傾くことは決してない。

 それ故にエドワードは余裕の笑みを絶やさない。すぐには攻め込まず相手の不安を煽ろうとする様は、まるで狩の最中に獲物を弄ぶ肉食獣ででもあるかのようだ。対するイリヤはこの一対多の状況をどう打破するべきか思案している。

 

「ホラホラ、サッサと諦めたらどうですかなぁ? 痛い目に遭うのは嫌でござろう? それにチミをここでコロコロするとあの男から宝石を奪うのが面倒になるの」

「ッ、この人……!!」

 

 エドワードは平素の口調こそひと昔前におけるステレオタイプのオタクのようであるが、その言葉の内容はあまりに邪悪であった。彼の言わんとすることはつまり、イリヤを人質として遥を脅し、彼が回収した宝石を奪おうとしているということだ。遥ではなくイリヤを狙ったのもそれを意図してのことだろう。

 最低限の労力で最大限の効果を出すと言えば聞こえは良いが、その実エドワードのしている行為は略奪に他ならない。海賊らしいと言えば海賊らしいが、イリヤの感性においては到底受け入れることができる行為ではない。

 しかしこのままでは遥が戻ってくるより早くにエドワードに捕まって利用されてしまう可能性がある。一応この状況を打開できる手はあるにはるのだが、いくら敵とはいえイリヤの目にエドワードは普通の人間とそう変わらない存在であるように見えていた。

 それでも斃せなければならないというのなら、終わらせなければならないというのなら、やるしかない。そう覚悟を決めてイリヤが朱槍を構え、しかしエドワードはそれを前にしても笑みを崩さない。

 

「戦う覚悟を決めたことは褒めてあげるデスよ? ――だがなぁ、戦場で迷えば死あるのみだぜッ!!」

 

 エドワードがそう言い放った次の瞬間、イリヤの背後に湧き上がる巨大な人影。エドワードの宝具によって召喚された彼の配下である。粗悪な曲刀(カトラス)を振り上げるそれの害意を感じ取ったイリヤは身を守るため反射的に槍を振るってそれを蹴散らすが、それはエドワードの狙いでもあった。

 イリヤが槍を振るうタイミングを見計らって駆け出していたエドワード。低級霊を蹴散らしたイリヤはそのままの勢いで槍を横薙ぎに振るうも、エドワードはそれを先読みしていたかのように鉤爪でその槍撃を受け止めた。間髪入れずに脇腹に叩き込まれた蹴撃によって吹き飛ばされ、そのダメージで強制的に夢幻召喚を解除されてしまう。

 容赦のない蹴撃の痛みに苦悶するイリヤ。魔法少女(カレイドライナー)に転身していなければ間違いなく肋骨が粉砕されていただろう。そんなイリヤを舐めるような視線で見ながら、エドワードは曲刀を手で弄んでいる。

 

「レディにはできるだけ傷つけるなって言われてるけどよォ……所詮人質だ、腕の1本や2本、捥いだって構いやしねぇよなッ!」

 

 殺意と敵意、害意の混じるその咆哮を放つと同時に、曲刀を構えてエドワードが駆け出す。それを視認したイリヤは何とかその間合いから脱しようとするも、痛みで反応が遅れてしまったがために間に合わない。

 万事休すか。それをイリヤが何の抵抗もなく受け入れる筈もなく、ステッキに魔力を収束させる。だがその魔力が魔力弾として放たれる寸前、横合いから突っ込んできた閃光が轟音と共にエドワードを吹き飛ばした。

 黒光りする金属質の装甲に、内部の機関部が駆動する音。手に取る刀はその刀身に神聖な黄金の輝きを宿している。まさしく科学と神秘の融合たるその姿は、遥のものに他ならない。だがその姿を見ても、イリヤの胸中に安堵は生まれなかった。

 遥の姿に何もおかしい所はない。纏うオルテナウスも、手に取る天叢雲剣も、イリヤの知るそれと全く同一だ。しかしその気配が違う。今までイリヤの前では優し気な気配を纏っていた遥が、今は強烈な怒りのプレッシャーを放っていた。

 

「ハルカさん……?」

「……下がっていろ、イリヤ。ヤツの相手は俺がする」

 

 遥と出会ってからさしたる時間を過ごしていないイリヤは聞いたことがないような、怒りを堪えた低い声。その威圧はイリヤに向けられたものではないにも関わらず二の句を継ぐことができず、ステッキを強く握り押し黙った。

 イリヤの方からエドワードらの方へ向き直り、エドワードや彼が召喚した配下を睨みつける遥。バイザー越しの視線であるからその目は見えない筈だがエドワードはその視線に込められた感情を悟って獰猛に嗤った。

 睨みあう遥とエドワード。その表情は片や笑みであり、片や怒りを隠す気のない真顔。しばらくそのまま睨みあったままで、しかし唐突に一瞬だけ遥が笑みを見せた。大凡笑みを齎すとは思えない感情を内包した、空虚な笑みを。

 

「随分と盛大なお出迎えじゃねぇか、黒髭。丁度良い。俺は今、この上なく機嫌が悪いんだ。だからさ……憂さ晴らしに付き合えよ。今度こそ、その息の根を止めてやる……!!」

「ハッ。いいぜェ、かかってこいよ。ぶっ殺してやるからよォ!!」

 

 互いに殺意を隠さずに咆哮し、駆け出す遥とエドワード。その間でぶつかり合った天叢雲剣と曲刀が、火花を散らした。




 しれっと言及しましたが、この世界観における月読命は男性の設定ですので悪しからず。
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