Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第73話 屍山ホープフル

 気付いた時には、遥は屍の山の頂上に立っていた。空は見渡す限り彼方までぶ厚い鼠色の雲に覆われていて、地平線の限りまで転がっている死体の隙間を縫うようにして血が河のように流れている。その様は、まさしく屍山血河と言うに相応しい。

 その場に転がっている死体は一部は満たされた安らかな笑みを浮かべているものもあるが、そんなものは極一部で殆どが今わの際に絶望に支配されていたかのような苦悶の表情で固まっている。

 年齢、性別、人種、そういったものに何ひとつとして一貫性を見出すことができない、まるで乱雑に人間の死体を積み重ねたかのようなそれだが、それら全ての顔に遥は見覚えがあった。それもその筈だ。そこに転がっている死体は皆、遥の目の前で死んだ人の顔をしていたのだから。

 無論、そんなものが現実の光景である筈がない。それはきっと遥自身が見ている夢だ。とりわけ、夢を見ているという自覚があるのだからそれは明晰夢というものに分類されるだろう。きっと自らの信念を曲げてまで魔女たる子供を手に掛けたことで変に死を意識してしまったが故のことだと思われる。

 そこには遥に殺された人がいた。遥が発見するのが遅れたことで手遅れとなり、手の施しようがないまま死んでしまった人がいた。遥が見つけた時には既に死んでいた人がいた。詰まる所、そこには遥の目の前で起きた死が充満していた。その数は最早、数えることさえも億劫になってくる程だ。

 普通ならば人間はそれだけの数の他者の顔を記憶することなどできまい。記憶容量の問題は勿論のこと、人はそう多くの人の死を背負えるようにはできていない。人間とは忘れる生き物なのだ。特にそれが自らに酷くストレスをかけるような記憶であれば忘れたことにすら気づかないまま忘れてしまうことだろう。

 だが、遥は覚えていることができる。できてしまう。何故なら彼の起源は『不朽』であり、忘却とは即ち記憶が朽ちてしまうことだからだ。夜桜遥という男に忘却という現象は起こり得ない。どんなに些細な死であれ、遥の脳裏から消えることはない。

 更に幸いと言うべきか、或いは不幸にもと言うべきか、遥は他人の死を背負ってでも戦うことができる精神構造をした男であった。他者の死を前にして逃避するのではなく、受け止めることができる男であった。そう言えば聞こえは良いけれど、つまりそれは人の死というものを愚直に見つめすぎてしまうということだ。

 或いはそれは遥に死というものへの憧れが遥の中にあるからなのか、それとも奇妙な使命感があるからなのか。起源という、ある種の存在的根本からして朽ちることのない遥に自然な死というものは怒らない。遥が死ぬには敵に殺されるか、自らで己自身に引導を渡すしかない。

 遥が救えなかった人々の死体が転がっているその夢は、謂わば彼の罪の戯画化(カリカチュア)だ。何の芸もなくただ積み上げただけなのだから、それは戯れというべきであろう。記憶力が良すぎるのも考え物だな、と自嘲的に嗤った時、遥は不意に足元を掴まれた。

 果たして、そこにあったのはオルガマリーのものにも見える死体であった。いや、死体というのは少しおかしいかも知れない。現実のオルガマリーは死体も残らず消し飛ばされているうえ、遥の目の前にあるそれは動いているのだから。

 オルガマリーだけではない。本来は死体が残らないサーヴァントである筈のアリスやメディア、ブーディカのような、人理修復が始まってから今までに犠牲になった者たちの死体までもがそこにはあって、死体であるにも関わらずそれらは動いていた。眼球は既に腐り果てて伽藍洞になった眼窩から涙を流し、肉が裂けて口裂け女のようになった口で声にならない叫びをあげながら、それらは遥に怨念をぶつけてきている。

 

 ――どうして。

 ――どうして助けてくれなかったの?

 ――どうして救ってくれなかったの?

 ――どうしておまえが生きているの?

 ――どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてッ! 私たちを救えなかったおまえが!!

 

「……すまない」

 

 分かっている。謝罪だけで許されることではないというのは。謝って所で許されることではないといのは。何故なら遥は彼ら彼女らを助けることができなかった。救うことができなかった。遥は別に全ての人の救いを望んではいないが、それでも目の前で零れる命を掬い上げることができなかった。その罪は他の誰でもない、遥自身の罪だ。

 故に遥は謝罪を口にしながらも、彼を自らと同じ領域に引きずり込もうとする死体の手を無理矢理に振り払った。絶望しながら死んでいったものに鞭打つような行為は心苦しくはあるが、彼はまだ()()()()に行く訳にはいかないのだ。

 確かに敵に殺されずとも、遥自身が自害すれば彼はガイアから押し付けられた永遠を放棄することができるだろう。少なくとも今はまだ、脳と心臓を破壊すれば死ぬのだから。或いは放っておけば、それでも死ねなくなるかも知れない。可能性は皆無ではない。

 だが、それは逃避だ。自らが背負うべきものに背を向けて、勝手に終わる卑怯な行為だ。そんなことは許されない。誰が遥に許しても、他ならぬ遥自身が自分自身に逃避を許さない。

 そんなことをした所で救われずに死んだ人々が報われる訳ではない。そんな事は遥が一番よく分かっている。故にそれは単なる彼の自己満足だ。たとえ報われずに死んだのだとしても、それまでの時一瞬一瞬を全力で生きた人々の足跡は決して無駄ではなかったのだと証明したいがための、体の良い言い訳だ。

 それでも遥は、示さねばならない。人の死を無意味として全ての人間の生の意味を〝自らの糧となること〟と定義せんとする敵に対し、無数の生と死の積み重ねでできた人類史は決して無意味なものではないということを。

 だが、それでも死んだ人は救われない。それはそうだ。既に終わったものは救えない。遥がイリヤに何度も言っていることだ。けれど、そもそもとして遥が望んでいるのは死者を救うことではない。

 たとえ報われずに死を迎えたのだとしても、その人生はきっと無為ではない。その全てをたかだか全てに絶望した慮外者のエゴのためだけに無為にする訳にはいかないのだ。故にこそ、遥は他者の死を背負ってでも戦う。

 そしてこの戦いはきっと、人類の積み重ねを無為にしないためだけの戦いではない。人類史に名を刻み、それを未来に繋げるために戦った過去の英雄の在り方を継承し、それを以て閉ざされた未来を切り拓くための旅路なのだ。そして遥はまだ、己の秘める英雄としての資質を開花させるだけのものを継承していない。

 

「だから……まだ、救われて(終わって)なんかやれるか。あのいけ好かない魔女にだろうと、誰にだろうと……」

 

 遥の旅はまだ終わらない。終わらせる訳にはいかない。遥はまだ何も為していない。遥のその思いは何も神の血を持つ者としてのノブレス・オブリージュなどではなく、ただ自らの信念(ワガママ)を貫かんとする英雄の資質によるものだ。そうして言葉を漏らした直後、彼は強烈な痛みを感じて目を抑えた。

 まるで眼球のみを剣か何かで貫かれたかのような、異常な痛みだった。それだけではなく両目の中に焼石でも突っ込まれたかと錯覚する程に目が熱い。それだけの激烈な不快を感じていながら、遥の意識は未だ目覚める素振りすら見せないというのも奇妙な話だった。

 だがいつまでも続く痛みがある筈がない。その原因不明の痛みも脈動するかのような増減を繰り返しながら少しずつ沈静化していく。そうして目を開いてみても、視界には何の変化もない。そもそもとして夢の中で激痛を感じたからとて、現実に何か起きるとも限らないだろう。

 しかし遥には先の痛みが全く無意味な夢の一要素であるようには思えなかった。もしも全く無意味であったのなら、元からこのような夢を見ることもなかっただろう。尤も、その理由までは分かっていないが。

 

「本当に、何だったんだ……」

 

 茫然と呟く遥。しかしそれに答える者などいる筈もなく、その声は虚しく死の世界に溶けていった。上手く言葉にできない、妙な予感めいた感覚だけを残して。

 


 

「――あんな夢を見た後にこんな国に来るとは……不吉なものを感じるな」

「夢?」

 

 隣で不思議そうな顔をしてそう問うてくるイリヤに何でもねぇよ、と言葉を返して遥は胸中に生まれた些細な不快感を冷徹で圧し潰した。極めて個人的な感情でいちいち冷静さを失っていては、攻略できるものもできなくなってしまう。

 メディアが支配していた、どこか地中海の島々を思わせるような海洋の王国〝大海原と竜の国〟を去った遥とイリヤが次に訪れた国は、まさしくゴーストタウンとでも形容すべき場所であった。街並みはまるで中世から近代への過渡期、産業革命最初期にあるヨーロッパのようでありながら、その全てがひどく朽ち果てている。

 レンガ造りの建物はその至る所に植物の蔦が絡みつき、その驚異的な力によってか崩落していないのが不自然に思えるような罅が刻まれている。空に浮かんでいるのは完全に陽光を遮る黒い雲。更に建物の隙間から未明領域を覆う黒光りするドーム状の障壁が見えた。

 オルテナウスに搭載された索敵機能には未だ何も引っ掛かっていないが、それでも警戒を解くことができる訳ではない。いくらカルデアのそれと同程度の性能があるとはいえ、それに探知されないよう動いてくる敵はいくらでもいる。故い意識を常に戦闘時のそれに近い状態にしながら、遥はまるで彼の身体に隠れるかのようにして立つイリヤに声を掛けた。

 

「……なんか、距離近くねぇか? もしかして、こういうお化け屋敷的なヤツ、苦手?」

「うぅ……だってぇ……」

 

 遥の問いに対して涙目になりながらそう答えるイリヤ。彼女は明確な答えを返した訳ではないが、その様子だけで答えの代わりとするには十分であろう。イリヤ程の年頃の子供が幽霊を怖がるというのは、よくある話だ。それが魔導である場合は話が別だが。

 元来子供好きな遥としては恐怖する子供には付き添ってやらねばらないという思いもあるが、イリヤにくっつかれたままでは敵性体が出現しても対応が遅れてしまう可能性があるのもまた事実。故にどうにか落ち着かせようとして、しかし唐突にセンサが魔力反応を感知したことに気づいて反射的に動いた。

 左腕でイリヤを庇うように引き寄せ、右手で叢雲を抜刀。相手がそれ以上接近してこないように牽制の構えを取るまでに、およそ1秒もかかっていない。そうしてその視線の先にいたのは、白く淡い輝きを放つ人間の骨格に近い容貌をした亡霊であった。

 まさに噂をすればなんとやらといった状況を前にしてやはり涙目でイリヤが震えている。だが遥はそれとは対照的に何か違和感を覚えて探るかのような表情をしていた。何も前触れもなく現れた亡霊だが、遥にはどうしてかその亡霊に悪意や敵意といったものを感じなかった。

 むしろその眼球も何もない眼窩から放射されているのは誰かに助けを求めるかのような、或いは縋るかのような気配。肉体のない亡霊は殆どの場合正常な理性を持たない。故に己の感情を偽ることもなければ、理性がないために負の感情を暴走させてしまうこともある。その点で言えば、その亡霊は異常だった。

 異常であるのはそれだけではない。これはあくまでも遥の推測ではないが、この世界で死亡した魔法少女の魂は魔女の体内にある宝石に回収される。であればここにいる亡霊はその枠より若干外れた存在ということになろう。徐々に近づいてくるそれに、遥が言葉を投げる。

 

「止まれ。止まらないなら、問答無用であの世に逝ってもらうぞ」

 

 感覚の鈍い亡霊ですらも無視し得ない程の殺気を放ちつつ、叢雲を構える遥。彼の言葉は死者をもう一度殺すという聊か矛盾したものではあるが、決して間違いではあるまい。死してなお残留する思念を無理矢理消し去るのだから。

 亡霊はそれを悟ったのか、それ以上遥に近づいてくることはせずその場で進行を止めた。そうして亡霊はしばらく遥の様子を伺うかのような動きを見せて、自ら攻撃しない限りは脅威ではないと判断っしたのかおずおずと彼の顔に向けて手を伸ばした。

 だがそれが遥の顔に翳される寸前、遠方から何か巨大な魔力の爆発が発生した。それによって発生した強烈な魔力の波動が、イリヤと遥の魔術回路に不快な衝撃を齎す。またそれによるものかは不明だが、先程まではその場にいた亡霊の姿も消えてしまっていた。

 

「な、何今の!? いつの間にかユーレイさんもいなくなってるし!?」

「戦闘……だが、この世界に俺たち以外に魔女と敵対するヤツなんて、いるワケが……」

 

 少なくとも今までの領域では遥たち以外に戦闘を行う者は魔女とその配下、魔法紳士以外にはいなかった。であれば今回のそれも魔女かその配下によるものなのかも知れないが、それにしては遥らの周囲では何も起こっていない。

 しかしこの街の中どこかで戦闘が起きていることだけは疑い様のない事実だ。現に今でも戦闘によるものと思しきマナの振動が続いている。果たしてその現場に向かうべきか否かと遥は思案して、しかしその直後に直感的に殺気を感じて咄嗟に叢雲を振るった。

 宵闇を切り裂く黄金の軌跡。人間の反応限界を圧倒的に超えた速度で振るわれたそれが中空で遥を狙って振り下ろされた刃とぶつかり合い、火花を散らした。それでも襲撃者は器用にその接触点を支点として体勢を変え、何度も剣撃を仕掛けてくる。だが遥はその間隙に手首部のプロト・バンカーボルトを撃ち放ち、襲撃者は彼の思惑通りに距離を取った。

 そうして明らかになった襲撃者の姿は果たして、小柄な少女のそれであった。その手に握るのは身の丈を大きく超える大剣。和服を着ているもののその前面はかなり開けており、見えてはいけない部分を最低限の装備で覆っている。その頭部に生えている角からして、恐らくは鬼種であろう。

 それだけではない。桜花零式のセンサは愚直にも自らの務めを果たし、遥たちを取り囲むように大量の魔力反応が出現していることを主に告げる。流石にその全てがサーヴァントである訳ではないが、それでも多数であることに違いはない。更にそれらの敵意は全てイリヤではなく遥のみに注がれているように見えた。

 

「成る程、少しずつ話が見えてきた。……だが、分からねぇな。レディは何故俺をここまで目の仇にする……?」

 

 確かに遥、もとい彼の得物である天叢雲剣はレディが魔女に埋め込んだ宿業を貫通して彼女らを殺すことができる武具である。しかしそれはあくまでも魔女に対してのみであり、レディに対しても特効性能を発揮するとは限らない。

 であれば、また何か別の理由か。或いは遥がレディの固有結界の内部にいながら魔法紳士とやらにならないことが関係しているのかも知れないが、あまりにも手掛かりがないために何を推測しても無為な妄想に過ぎない。

 しかし、この状態においても確かなことがひとつ。根拠がないというのであればその()()も推測と似たようなものだが、彼は直感でそれが正しいものと確信していた。

 

「イリヤ。こいつらの狙いは俺だ。だから、こいつらの相手は俺に任せて先に行け」

「えっ? でも、わたしじゃ魔女は……」

「いや、恐らく敵の狙いは魔女だ。俺もすぐに行く! だから……」

 

 先に行け。遥はそれを言葉にはしなかったものの、イリヤは彼の意図を悟って首を縦に振った。確かにイリヤに魔女や魔法紳士を斃すことはできないが、少なくとも魔女から宝石を回収しようとする、或いは回収した魔法紳士を足止めすることはできる。

 しかし、それならばこの場をイリヤに任せて遥がそちらに向かう方が正解と考える者がいるかも知れない。けれど今彼と相対しているサーヴァントは彼を狙っているのだ。下手に相手を増やせば、どうなるか分からない。

 魔法少女(カレイドライナー)の姿に転身し、その力で空へと舞いあがるイリヤ。遥の予想通りサーヴァントらはそちらへと意識を向けることはなく、彼ののみ殺気の視線を向けている。一般人ならばそれだけでショック死するようなそれを目にして、しかし遥は怯むことなく敵軍を睨みつけている。サーヴァントは10騎余りだが、それ以外の敵――どこかルビーに似た意匠を持つ黒いステッキを含めれば相当な数だ。

 遥が一度大きく深呼吸をして、魔術回路の回転率を急激に引き上げる。それに伴って身体中で激痛が奔るが、そんなものは些細なことだ。更に体内で煉獄の固有結界を活性化させ、それを感知した桜花零式の装甲が変形。各部関節から超常の熱量を宿した焔が噴き出す。

 それだけでは終わらず、遥は魔術回路を通じてオルテナウスのメインシステムに干渉すると自身の内在霊基との同調率を引き上げた。それによって彼自身のステータスは上昇したものの、同時に肉体と魂にかかる負荷も倍増しになる。それでも遥はそれを感じさせない立ち振る舞いでいの一番に突っ込んできた剣士――恐らくアルテラであろうそれの一撃をいなし、間髪入れずにその背中に肘鉄を叩き込んで地に叩き伏せた。その心臓に叢雲を突き刺して霊核を破壊し、アルテラの霊基が消滅。その中にあったステッキも壊れる。

 違う。遥が内心で呟く。あんなものはアルテラではない。あれは確かにアルテラの肉体を持ち、アルテラの宝具を持ち、アルテラの剣腕を宿していたのかも知れないが、それだけだ。あのアルテラには、それらを扱うための()()がない。記憶や心、誇りといったアルテラを『アルテラ』たらしめるものが全て欠けている。贋作なのだ。それもエミヤの投影品のように中身までもを再現した極めて真作に近い贋作ではなく、意図的に中身を再現されていない下劣な贋作。

 遥が大きな舌打ちを漏らす。装甲から洩れる焔がその勢いを増す。それはまるで気炎ででもあるかのように立ち昇り、サーヴァント――もとい、レディの造り出した偽魔法少女が後退った。

 

「いざ――参る……!!」

 

 バイザーの奥で、真紅の瞳がより強い輝きを放った。

 


 

 それを一目見た時、まるで洋画によくあるようなパニック映画のようだとイリヤは思った。或いは彼女の趣味に倣うのなら某ゾンビ化ウイルスのパンデミックを描いたゲームや正体不明の怪生物と戦いを繰り広げる人間たちを描いたアニメに登場するワンシーンに近いかも知れない。

 謎のサーヴァント軍団の相手を遥に任せ、直前に発生した爆発の現場に向かったイリヤが見たものは朽ち果てた洋館であった。それもただ朽ち果てているだけではなくその外壁には戦闘の余波によるものであろう大穴が空き、屋敷全体を覆うように烏賊や蛸を醜悪にしたかのような軟体生物が所狭しと張り付いているときている。

 しかしその軟体怪生物らはあくまでも張り付きつつ接近してくる対象を攻撃するだけのようで、未だ様子を見ているだけのイリヤを攻撃する気配はない。ならば大穴から突入できないかと考えたが、そのためには上空を飛んでいる亡霊を排除する必要がある。

 そうしてどちらの方法を執るべきかと考えて、その途中ではたとイリヤは別の方策を思いついた。太腿に巻かれたベルトに取りつけられたカードケースに手を伸ばし、そこから『剣士(セイバー)』のクラスカードを取り出した。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 イリヤが詠唱を飛ばし、応えたクラスカードが術式を展開。彼女の足元に広がった魔法陣から閃光の如き魔力の奔流が噴き出してその身体を覆い、数瞬の後にそれを斬り裂くようにしてイリヤが再び姿を現した。

 その姿は先程までの魔法少女(カレイドライナー)としてのそれではなく、白百合の如き純白のバトルドレスをその身に纏っていた。髪はそのまま流すのではなく後頭部の辺りで束ねてポニーテールに。手に執る剣は聖剣エクスカリバー。その雄姿はアルトリアそのものではなく、俗にセイバー・リリィと呼称される霊基のそれに近い。

 続けてイリヤはエクスカリバーと化したルビーから供給される魔力を己の魔術回路を通じて刀身に叩き込んでいく。そうして巻き起こる閃光と突風はまるで聖剣が悲鳴をあげているかのようだ。それを構え、振るうと同時に解放。蟠る怪生物や塀ごと屋敷の外壁を吹き飛ばした。

 

『はぇー……大胆ですねぇ、イリヤさん。士郎さんにもこのくらい大胆なコトすればイイのに』

「今はお兄ちゃんは関係ないでしょ!? いいからいくよ、ルビー!」

 

 こんな時にまでおどけた調子で主を揶揄おうとするルビーを窘めつつ、イリヤは建物の崩落によって巻き上がった煙を越えて屋敷に侵入しようとする。だがその途中で、イリヤは異様な音を聞き咎めて足を止めた。

 それは例えるならば極めて粘性の高い液体に何か長い棒のようなものを突っ込んで思い切り掻き混ぜたかのような音だ。それに混じって聞こえてくるのはおおよそ二人分の吐息。しかしそれらは同じ調子ではなく、片や高揚を抑えきれないといった様子、そして片や今にも死んでしまいそうな喘鳴。

 それだけの情報があって、その先で何が起きているのか分からない程イリヤは鈍感でもなければ呑気でもない。むしろ下手に感受性や想像力があるだけにその先の光景が想像できて、彼女は一瞬恐怖に身を竦ませそうになった。けれどここで怖がって逃げ出してしまえば、より事態を悪くしてしまう可能性もある。故に決意で恐怖を追い出して、イリヤはエクスカリバーを覆う風の鞘〝風王結界(インヴィジブル・エア)〟を解き放つことで視界を遮る煙を払った。

 吹き飛び、空気中に拡散する粉塵。そうして露わになったのは、一言で表すのならば殺人現場。出目金のように突き出た眼球が特徴的な眼球が特徴的なローブの男が身体中に血糊を付けて、目を血走らせながら恍惚の表情で宝石を掲げている。その足元には脱力し胸から血を流して紫髪の少女が倒れていた。魔女であるから死んではいないだろうが、それでも宝石が取られていることに違いはない。

 いくら覚悟を極めていたとはいえ年端もいかない少女の精神にそれは流石に堪えて、イリヤが唾液を呑み下した。その瞬間、男の視線がイリヤへと向けられる。狂気に試合されたその双眸に、イリヤ、もとい彼女に宿る霊基が本能的な嫌悪感を示した。

 

「おぉ――ジャンヌ! ジャンヌジャンヌ、ジャァァァァンヌゥゥゥゥゥッ!!!」

「なっ……何なの、この人!?」

 

 明らかに狂乱しているらしい男の異様な振る舞いに狼狽を見せるイリヤ。だが男の痴態のある種仕方のないことではあるのだ。その男――フランス百年戦争において元帥として聖女と共に戦い、而して聖女の死後に悪鬼へと堕ちた〝ジル・ド・レェ〟は魔法紳士ではなく通常の霊基であろうともアルトリアをジャンヌと誤認する。それは両者のの顔立ちだけではなく、魂が似ているが故のことだ。

 しかしそんな状態であろうとアルトリアの霊基を借り受けただけのイリヤを誤解する程歪んではいない筈だったのだ。それが誤認するようになってしまったのは、レディの手による霊基改変とこの固有結界が原因だ。内部に入り込んだ男性の潜在欲求を魔法少女への願望に捻じ曲げた形で増幅するこの固有結界の作用が思わぬ形で発揮され、今のジルは全ての魔法少女をジャンヌを誤認するようになっている。

 それでも魔女の宝石を回収するというレディの命令を守るだけの知性が残っているというのは、果たしてイリヤにとって幸か不幸か。尤も、イリヤにはジルの事情などは知る由もないため彼女の目には〝錯乱している奇異なサーヴァント〟としてしか映っていないが。

 

「兎に角、これ以上レディに宝石は回収させない! 戦うよ、ルビー!!」

『イエス、マイ・マスター!! このヘンタイさんをギッタギタのボッコボコにしてやりましょう!』

 

 ルビーが強気な言葉を放ち、イリヤが地を蹴る。ここに、死せる書架の国第二の戦端が開かれた。




『ここは俺に任せて先に行け!』……遂に死亡フラグが!
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