Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

74 / 92
第74話 乱戦クライシス

「――ヅ、ゥッ……!!」

 

 相対する数多の改悪サーヴァントたる偽魔法少女の攻撃を受け、呻き声をあげながら遥が後退る。戦闘が始まる前に霊基同調率を上昇させたことで桜花零式の耐久力も上がっているため損傷はないが、確実に装甲には疲労が蓄積している。損傷が発生するのも時間の問題だろう。

 レディが差し向けてきたと思われる偽魔法少女の軍勢と遥が戦闘を開始してから数分。遥は既に何騎かの偽魔法少女を斃しているものの、戦況は趨勢がどちらに傾くという訳でもなく、完全に膠着状態となっていた。数は偽魔法少女の方が多いが、1騎1騎の力は真作に大きく劣る。対して遥は単騎だが、その力は上級サーヴァントにも匹敵する。つまりは〝質より量〟の偽魔法少女と〝量より質〟の遥という訳だ。

 しかし質より量を重視しているとはいえ、あくまでもそれは通常のサーヴァントと比較しての話だ。いくら劣化しているのであろうと元がサーヴァントである以上、決して油断できるような相手ではない。いくらそれぞれが遥よりも弱かろうと、まずそもそもとして只人の次元で測ることができる領域の話ではないのだ。

 遥がよろめいた隙を狙って放たれた銀閃。一見すると正確無比かつ回避不能に見えるそれだが、遥はその突きをよく知っていた。何故ならその刃の担い手は沖田を元にした偽魔法少女であるのだから、本物の沖田と契約し共に戦ってきた遥がその剣術を把握していない筈がない。

 迫る致命の刺突を紙一重の距離で躱し、乞食清光を執る腕を掴む。沖田はその行動から遥が何をしようとしているのか悟り逃れようとするが、遅きに失した。洗練された体術によって沖田の身体を地面に叩きつけ、叢雲で切り裂かんとする。しかし、それを邪魔するかのような銃声。それに反応した遥がそれを防御した隙に沖田が拘束から逃れ、後退する。

 それでも続けて遥に向けて放たれる弾雨。それを放っているのは改造軍服を纏う、長い黒髪が印象的な少女だ。その背後には数えるのも億劫になってくる程の火縄銃が展開されている。それだけならば殆ど真名の手がかりはないが、彼には心当たりがあった。

 ()()()()。安土桃山時代の日本に君臨した戦国武将であり、どこかの世界で行われた聖杯戦争で出会って以来沖田とは奇妙な縁があるらしかった。要はエミヤとクー・フーリンのようなものだろう。史実では信長は男とされている筈だが、遥はもうその程度の事は些事として切り捨てることができるようになっていた。

 連続して放たれる弾丸の雨。それを遥は伝家の封印魔術による形成した障壁で防御しようとして、しかしいかな神代の魔術であろうとサーヴァントが内包する神秘の連撃を受けていつまでも耐えていることができる筈もない。次第に亀裂が入り、壊れていく防壁。そこから何とか逃れようと遥がタイミングを計り、直後、強烈な悪寒に上空を振り仰いだ。

 そうして遥の目が捉えたものはどこか流星のように暗黒の曇天を裂いて飛来する幾条もの火矢。恐らくはこの街のどこかに潜んでいた伏兵が放ったものであろう。遥の予想が正しければそれはただの火矢ではなく魔力で構成されたもの。着弾しなかったとしても構成魔力を無秩序に解放すれば爆発させることができる。

 それに気づいた遥は大きな舌打ちを漏らして防壁を解除、オルテナウスのバーニアを付加しつつ緊急回避を図る。だが防壁の消失とは即ち信長の射撃に対する防御手段を喪うということでもある。装甲に覆われていない部分、そのアンダースーツを貫き、肉に埋まる弾丸。更に脳髄にも突き刺さる。

 まさに自らの不死性擬きを恃みとした無茶な回避行動である。だが爆発の余波までもを無視することはできず、煽りを受けて遥は吹き飛ばされ街路を転がる。瞬間、止まる掃射と突貫してくる近接戦型サーヴァントたち。それらに向けて、遥が咆哮する。

 

「このッ……! いちいちやることが狡いんだよ!!」

 

 その怒号と共に叢雲とそれを握る腕から魔力を放出することで強引に打ち上げ、迫ってきたサーヴァント――主に槍を扱っていることからランサーだと思われるが、槍以外にも刀や鉾も所持している――の頭部を顎下からの一撃で吹き飛ばした。飛び散る鮮血と肉片。それらが魔力の塵と化して消滅する暇もなく、戦況は動く。

 剣撃の勢いを利用してそのまま立ち上がる遥とそれでもなお肉薄せんとする偽魔法少女。遥がいかに剣聖じみた技量を有しているのであろうとサーヴァントを相手にした多勢に無勢を容易に覆すことができる筈もなく、思い切って攻勢に出ることができない。

 偽魔法少女たちに真の意味での戦闘経験などはない。彼女らはあくまでもその霊基に染み付いた武錬を本能とレディの命令のまま揮っているだけだ。それが1対1なのであれば遥の敵ではないが、集団の圧力を伴って襲っている以上無視できない脅威となる。

 叩きつけるかのように振るわれる乞食清光。それを叢雲で受けた遥はそのまま押し切って刀ごと叩き斬らんとするが、沖田の頭上を飛び越してきた鬼が振り落ろした大剣を回避するために一歩退いてしまった。

 そうしてできた間隙に割り込んできたのは、腰の装備から出刃包丁やメスなど様々な刃物を下げ、両手には大振りのナイフを握った『暗殺者(アサシン)』と思われる少女。遥はその狙いに気付いた咄嗟に身を傾けるも、躱しきれずに喉を浅く斬り裂かれた。

 その傷はどうやら少々頸動脈にまで届いていたようで、傷口から鮮血が流れ出て行く。それほど深い傷ではないため特段気にするような負傷でもないが、それでも急所に敵の攻撃が届いたという事実に遥が冷や汗を流した。

 遥は出血多量によるショックで死ぬことは決してない。それどころか首を刎ねられたとしても死なないのは、ローマにてカエサルと戦闘した際に不本意にも確認済みである。夜桜遥という男は、脳と心臓を同時に失うことがない限り死ぬことはない。

 だがそんな不死にも思える特性があろうと、遥は不死ではない。殺されれば死ぬのだ。そしてこの物量差の前であれば、それはそう難しい話ではない。一瞬でも気を抜けば、その瞬間に遥は死ぬだろう。

 ローマでの最終決戦にてフラウロスにヒュドラの神毒と聖杯の泥を同時に流し込まれた時に感じた激しい死ではなく、まるで少しずつ水で満たされていく密室に閉じ込められたかのような緩やかな死が迫ってきているような感覚が、遥の背筋を撫でる。

 下手に偽魔法少女から離れれば信長からの射撃砲撃が遅い、かと言って無暗に接近すれば近接戦特化型サーヴァントからの袋叩きに遭うことになる。どちらも遥の能力で対処できる範囲に留めることができるよう、適切な距離を見極める必要がある。

 活性化している固有結界から漏れ出す焔を左手に収束させ、魔術によって限界以上に圧縮。それを撃ち出すも、当然ただ撃ち出しただけの火炎弾を英霊ほどの存在が躱すことができない筈もない。だが、遥は何もそれを着弾させることを意図して放ったのではない。

 偽魔法少女の誰にも着弾せずに空を薙いだかのように思われた火炎弾はしかし、遥が右手を握ると同時に抑え込んでいた魔術が解除されたことで爆発めいた圧力を以て外部に溢れ出した。

 爆発に呑まれる偽魔法少女たち。更に爆発は街路や家屋の建材を粉々に打ち砕き、爆発の後に残った灰と煤、砕けた建材の残滓が遥や偽魔法少女の視界を塞いだ。只人よりも圧倒的に優れた視力を持つ彼らですら先を見通すことができない程の濃密な煙だ。故に遥もまた先を見通すことができなくなってしまったものの、これは彼が狙っていた状況でもある。

 煙幕の発生を確認すると共に遥は聴覚神経に強化魔術を叩き込み、極限にまで広がった可聴域が齎す音から敵の動きによって発生していると思われるものだけを聞き分けることで敵の位置を補足。その中から最も近い敵へと飛び掛かるまで1秒もかかっていない。

 そうして遥の目の前に現れたのは、先の鬼種サーヴァントとはまた別の、黄金に輝く片刃の大剣を携えた鬼種サーヴァント。それは遥の接近に気付いてから反射的に対応しようとするも、遅きに失した。遥は極致の他、魔力放出と固有時制御も使っているのだ。視認してからの対応で間に合うのは、それこそ上位に位置するサーヴァントの中でも敏捷に優れた者だけだろう。

 

「遅いぞ、鬼!」

 

 その咆哮と共に振るわれた叢雲の刃が応戦のために振るわれた鬼種の大剣を砕き、そのまま鬼種の首を刎ね飛ばした。噴き出す鮮血と、宙を舞う鬼の首。現界を維持できなくなったそれが消滅するより早く、遥がその身体を踏みつけ、崩壊した石畳に血だまりが広がる。

 しかし遥が音で敵の位置を確認したように、その一瞬で生じた物音によって敵は遥の位置を把握しているだろう。そもそも煙幕自体も拡散して薄れてきているため、目晦ましをしていることができる時間ももう終わりだ。

 次手への遥の判断は早かった。主の絶命によって地面に転がっていた片刃の大剣を蹴り上げ、左手で掴む。そうしてそれがまだサーヴァントを傷つけることができるだけの実態を保っていることを確認すると、残る偽魔法少女のうちで最も近い距離にいた沖田に向けて投げ放った。

 当然、遥へと肉薄しようとしていた沖田はそれを乞食清光で叩き落とそうとするも、遥はそれに先んじて大剣の柄頭(ボンメル)に向けて突きを放った。超神速かつ正確無比な一撃が投げ放たれた剣を加速。バランスを崩すこともなく大剣は沖田の読みを完全に外れ、その頭部を真っ向から刺し貫いた。

 

「本物なら、今のは避けたぞ」

 

 感情の読めない声でそう言い放ち、絶命しつつも未だ消滅しきっていない沖田の亡骸を掴む遥。そうしてその亡骸を強化魔術で硬化させると、信長が放ってきて砲撃に対しての即席の盾とした。

 消滅前の英霊の身体を勝手に使うなど、普通であれば許されないことであろう。しかし相手は元より英霊のデッドコピーである。その出自からしてサーヴァントを虚仮にしている存在を利用することに遥は抵抗などなく、そもそも戦法の清濁などこの状況において考えている余裕はない。

 しかし既に霊核を喪い、更には激しい銃雨に晒されている霊基がそう長い間形を保っていることができる筈もない。偽沖田だった亡骸が遥の手の中で少しずつ現の重みを喪っていく。だがだからとて敵の攻撃が止む訳もなく、固有時制御によって引き延ばされた体感時間の中で遥が思考を巡らせる。

 そうして遂に沖田の霊基が完全に消滅し、全くの無防備になる遥。だが彼は盾としていた偽沖田の霊基が消滅する前に叢雲に魔力を込めておくと、消滅と同時に彼自身が有する激流の魔力放出を伴った斬撃によってその場に間欠泉の如き水柱を形成。その勢いを利用して信長が放つ砲撃の射線を捻じ曲げた。

 だが遥が己に向く射線を切ったということは、近接戦闘型サーヴァントもまたフレンドリーファイアの危険性を考慮することなく彼に肉薄することができるということだ。案の定そうして生まれた間隙に大剣を持った鬼種と殺人鬼が遥へと肉薄する。

 遥は即座に体勢を落してからの流れるような二撃にてそれらを封殺し、地を蹴った。音を追い越し、撒き散らされる衝撃波。その接近を感じ取った信長は背後に展開した火縄銃からの砲撃で迎撃するが、遥は神霊の神秘を纏う桜花零式を盾にして強引に距離を詰めていく。

 

「捉えたぞ、ニセモンがッ!!」

「ッ!!」

 

 超神速が齎す絶大な運動エネルギーを乗せた一閃。信長はそれを咄嗟に抜刀したへし切長谷部で防御するも、衝撃まで殺しきることができずに数メートル程吹き飛ばされた。それを隙と見て取り追撃を仕掛ける遥。だがその行く手を、割り込んできた鬼種が阻む。

 交錯する神刀と大剣。打ち鳴らされる甲高い金属音。吹き荒れる魔力。建物の外壁すらも容易に砕く程の暴風が周囲にいた複製カレイドステッキを薙ぎ払い、その圧力でカレイドステッキが圧壊していく。

 その剣戟は一見して互角。しかしその実態は決して互角などではない。そも己の前世にも等しい存在である神霊を受け入れた遥が、サーヴァントを劣化させた英霊擬き、それも元より剣士でもない相手に遅れを取る筈もない。ではあえて遥が剣戟を長引かせている理由とは、何か。

 鬼種の動きが変わる。それはよく相手を見ていないと気づかない程度の差異ではあったが、鬼種の一挙手一投足、それどころか外観的に見える範囲であれば筋肉の動きすら見ていた遥は容易に身抜くことができた。鬼種が動こうとしているのは前方ではなく後方。まるで何かから逃れるようなそれを察知して、遥が叢雲を逆手に持ちその切っ先を背後に突きだした。瞬間、何かを貫く感触。

 

「ガキの見た目をしていれば俺が手出しできないとでも思ったか? 馬鹿が。生憎と、おまえら中身のないニセモンなんぞに掛けてやる情なんざ、一片たりとも持ってねぇんだよ!!」

 

 果たして、叢雲の刃が貫いていたのは先程から鬼種と組んで遥を攻撃していた小さな殺人鬼であった。その左胸に埋まった切っ先は心臓を貫通し、その中に存在する霊核を両断して殺人鬼に与えられた仮初の生命を無情にも終わらせている。

 だが遥はそれだけで終わらせず、叢雲の刀身に込めた魔力を殺人鬼の屍の中で暴発させることで消滅する暇さえ与えずにその身体を四散させた。遥の身に降りかかる鮮血。しかしそれらは遥が、正確には彼の固有結界が放つ超常的な熱量によって接触する前に霧散する。

 消滅した殺人鬼が変じた霊基の残滓すらも足蹴にするかのように、遥が自らの周囲に漂う殺人鬼の残滓を振り払う。神性を顕すその紅い目に宿るのは、抜き身の刃の如き殺意だ。超常の熱を発する彼の身体とは対照的にその視線は絶対零度と形容すべき冷酷を内包している。

 それを前にしても偽魔法少女らは動じない。彼女らはそもそもとして遥を斃すという目的の下に生み出されたものであるから逃げる理由なはく、元となった英霊もその程度で怖気づくような相手ではない。

 残る偽魔法少女は2騎。遠方から攻撃を仕掛けてきた伏兵の存在もあるが、そちらへの対応も現在相対している敵を斃してからではないと不可能だろう。早くイリヤの助力に向かうためにも、この敵は早々に斃さねばならない。

 叢雲を構え、遥が地を蹴る。対する2騎の偽魔法少女らは単騎だけでは先に斃された魔法少女と同じ末路を辿ると本能的に悟ったのか、先程とは異なり多少の連携を見せつつ遥に応戦する。

 信長の背後に展開された火縄銃が射角を変えて遥に向けて火を吹く。だが、それ自体は遥を仕留めるためのものではない。その弾幕は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに気づいた遥が冷笑を漏らす。

 高密度の集中砲火によって敵の動きを制限し、銃撃手の仲間とぶつかる他ない状況とする戦法。銃の数は少ないが、戦法それ自体は全く同じものを彼は数時間前にも見ている。故に、彼は極めて冷静であった。

 遥に肉薄してくる鬼種の左手に収束する膨大な魔力は、明らかに何らかの宝具を行使しようとしている証だ。だが遥はそれに対する回避行動を見せるどころか叢雲を納刀して抜刀術の構えを取ると、再び地面を蹴って加速。神速を超え、超神速に至る。

 

「〝百花繚乱・我(ボーン・コレ)――」

「遅い!! 〝激浪一閃〟!!」

 

 遥に向けて突き出される鬼の左腕。しかし遥の抜刀術は鬼の宝具よりも一瞬遅くに発動したにも関わらず宝具による強制力が彼に及ぶよりも早くに鬼の手に届き、そのまま突き刺さることもなくその半身を初めからなかったかの如く消し飛ばした。

 激浪一閃。遥、もとい彼の前世(せんぞ)であるスサノオが修得した剣技のひとつであり、斬撃から刺突となっていることを除いて基本的な性質は狂濤一閃と変わらない。ひとつの剣撃に8つの斬撃を収束させ、局所的事象崩壊を引き起こすことで接触点一帯を消滅させるのだ。

 だが霊核ごと半身を消し飛ばされておきながら、鬼種の目から光は消えていなかった。さもありなん。その鬼――酒吞童子は源頼光との闘いにおいて首を切られながらも動いたという逸話の持ち主である。その生命力は尋常ではなく、半身が無くなったとしてもすぐに死ぬことはない。残った右腕を動かし、その手に握った大剣で遥を斬り殺そうと破れかぶれにも思える動作で振るう。

 しかし遥はその起動を見切ると桜花零式の前腕部装甲で受け止め、そのまま叢雲で薙ぎ払って残った半身を寸断。鬼種はそれによって完全に霊基維持に必要な肉体を喪い、一瞬にして霊子に還る。

 そのまま遥は鬼種を斃したことへの達成感を感じることもなく大地を踏み込み、再々加速。残る偽魔法少女である信長を仕留めるために駆ける。今度こそ彼の命を奪うために放たれた弾幕に対して魔力放出の激流をぶつけることで進行方向上の弾丸のみの軌道を逸らし、その間隙に飛び込んでいった。

 咄嗟に対応した信長のへし切長谷部と叢雲の間で散る火花。信長は何とかそのまま鍔迫り合いに持ち込もうとするが、相手が何らかの思惑をもって持ち込もうとする状況に態々応じてやるほど彼は優しくない。刀身に込めた魔力を出力を抑えて放出することで信長の体勢を崩し、がら空きになった胴を袈裟懸けに斬りつける。

 だが信長は体勢を崩された時点で続く遥の攻撃に対する防御を放棄して後方に跳んでいたらしく、叢雲の刃は信長を切り裂いたものの霊核までは届かず、致命傷とはならなかった。それに気づいた遥は即座に追撃を仕掛け、信長はさせじと両手に火縄銃を顕現させて発砲。牽制しつつ反撃に転じようとする。

 いかな神霊の神秘を纏う装甲とはいえ、至近距離で英霊の銃撃を受けて無傷である筈がない。しかし遥は桜花零式の装甲がひしゃげるのも構わず腕の装甲で頭部を守り、鎧の損傷と引き換えにして信長に接近する。

 しうして信長ではなく火縄銃に向けて叢雲を一閃。その銃身を半ばから断ち切ると、信長が次の火縄銃を顕現させるまでの間、全くの無防備となっている間隙に地を蹴ってその懐に潜り込んだ。両者の距離は最早零に等しく、信長には遥の攻撃を対処し得るための方策など残されていない。つまり、詰みだ。

 

「これで……終わりだッ!!」

 

 勝利を確信した訳ではない。けれど剣士としての本能か、この戦場での最後の敵にそう言い放って。

 

 

 

「――えぇ、そうね。終わりよ。ただし、アナタがね」

 

 

 

「なッ――ッ!?」

 

 叢雲の刃が信長の身体を両断する寸前に彼の耳朶を打った、邪悪ながらどこか空虚な声。振り返って直接姿を見た訳ではないが、遥がその声を、気配を間違える筈がない。そこにいたのはファースト・レディであった。

 しかし、何故。遥はこの場にいる敵のみに集中してはいたが、だからと言ってそれ以外を無視していたのではない。彼は戦闘をしつつも警戒を厳にして索敵を行っていた。それなのにレディの接近に気付けなかったということは即ち、レディは今この瞬間に現れたということに他ならない。或いは当の伏兵自体がレディで、遥の索敵範囲外から監視していたとも考えられる。尤も、そんなことは今問題ではないが。

 当初意図していた通りに神刀の一撃で信長の首を落として絶命させると、遥は間髪入れずに振り切ってレディへの対応を開始しようとして、しかしそこにあった物量差の前に息を呑んだ。

 果たして、レディの背後にあったものは数えることも億劫になる程の刀剣であった。それも有象無象の無名刀剣だけではなく、その中には幻想大剣(バルムンク)偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)などの宝具もある。極めつけはレディの弓に番えられた王剣〝勝利すべき黄金の剣(カリバーン)〟だ。

 事ここに至り、遥は理解した。レディ――ひいては彼女に乗っ取られてるクロエの肉体にエミヤに近いものを感じていたのは、決して間違いではなかったのだ。その肉体は何らかの理由でエミヤのクラスカードを内包し、文字通り彼の力を借りてその異能を行使することができるのだ。

 加えてクロエが持つ小聖杯としての権能は魔力さえあればあらゆる無理を押し通すことができる。無数の魔法少女を贄として集めた無尽蔵に近い魔力を有するレディとはまさに最良の組み合わせと言って良いだろう。

 消滅する前の信長の亡骸を魔術で空間に固定し、それを蹴って肉薄する。そのプランを遥は即座に破棄した。それでは間に合わない。いや、この物量差とタイミングではどうあっても間に合わない。

 そうして遂に撃ち放たれる剣群。その密度は全て神刀で叩き落とすことはおろか、間に潜り込むことさえもできない程だ。遥の命を奪わんと、彼を一瞬にして挽肉へと変えて余りある程の剣群が殺到する。それでも尚、彼の目に諦観の色合いはなかった。代わりにその目にあるのは決意、否、執念の色。

 遥はまだ立ち止まる訳にはいかないのだ。死ぬ訳にはいかないのだ。彼はまだ自らの望みを叶えていないのだから。故にその〝飢え〟とでも言うべき渇望と生来の負けん気の強さが彼の執念と覚悟をより強固なものとしている。

 意識が赤熱する。思考が白熱する。文字通り万事休すと言うべきこの状況において、遥はまだ抵抗しようと足掻いていた。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことにも気づかないほどに。

 

「ハッ、まだ死んでやれるかよ……! 人理を焼却しやがった黒幕をブン殴ってやるまではよォ―――ッ!!」

 

 咆哮めいた、執念を込めた啖呵。その瞬間、遥の令呪が彼の意志を無視して勝手に弾け、溢れ出した膨大な魔力が閃光となって彼の視界を奪った。だが令呪の解放によって行動を封じられたにも関わらず、彼の肉体を刺し貫く筈だった剣群はひとつとして彼に届いていない。

 しかし剣群を防いでいるのは令呪解放によって発生した魔力の突風ではない。その程度のもので防ぐことができる物量であるのなら、遥は彼自身で防御できていただろう。ならば、何が。その答えはすぐに彼の前に現れた。

 令呪三角分の魔力が吹き荒れるこの場にあってもなお美しく棚引く長い銀髪に、彼女の象徴でもある紅白の巫女服。その前面の空間に配置された呪符から展開された多重結界が剣群を受け止め、それを構成する魔力の統制を強引に無力化し、吸収している。それは〝呪層・黒天洞〟。しかし、使っているのはタマモではない。

 やがてレディが投影した剣弾の掃射が止み、令呪から溢れた魔力も霧散する。そうして闖入者は遥の方を振り返ると、数瞬前まで致死の剣弾を凌いでいたとは思えない程にたおやかな笑みでを遥に投げた。

 

「間一髪でしたね。ご無事ですか、遥様?」

「なっ……クシナダ!? 何故ここに……!?」

 

 現在遥がいるレディの固有結界は基本的にレディが目を付けた者以外が入ることができない。その法則にに従わず入り込んだ遥自身もカルデアとの連絡ができないことから契約サーヴァントの召喚は不可能であった筈なのだ。

 その筈が今、クシナダは確かにここにいる。遥が召喚したクシナダとは別存在という訳ではなく、カルデアの召喚システムによって再現された影という訳でもなく、確かに遥が契約したクシナダとして彼女はその場にいた。

 それはさしものレディとて想定外の事態であったようで、先程までの余裕の笑みは隠しきれない苛立ちに取って代わられていた。彼女にとっては遥の侵入に続いて二度目のイレギュラーなのだから、苛立つのも無理はあるまい。

 

「説明……したいのは山々ですが、まずは敵を退けましょう。あの方を斃せば良いのですね?」

「あぁ。だが、ヤツは俺の協力者の姉妹を乗っ取っているだけだ。斃すにはヤツ自身を引っぺがさなきゃならねぇ」

「協力者……また、女性ですか」

 

 ぼやくように呟くクシナダ。それは偶然にも遥の耳に届くことはなく――などという都合の良いことが起こるようなことはなく、人智を超えた領域にある遥の聴力はクシナダの言葉を確かに聞き取っていた。しかし事実であるから反論することもできず、苦笑いを浮かべる。尤も、遥とイリヤにクシナダが心配するような感情や事態が起こることは万に一つも在り得ないが。

 仲間と出会うことができた安心感からか妙な遣り取りをするふたりの前で、レディは渋面を浮かべつつも思考を切り替え、クロエの肉体の力を使って転移を行使。魔法紳士の1騎である『暗殺者(アサシン)』ファントム・オブ・ジ・オペラを呼び寄せた。これで2対2。数的に有利だった筈のレディは今に至り、その優位を完全に失ったのである。

 レディとファントムに応戦すべく、共に並び立つ遥とクシナダ。そうしてクシナダは今まで霊体化させていた得物のひとつである直刀を実体化して抜き放った。宝具でこそないものの、ヒヒイロカネでできたその刀身は朧に、だが美しく緋色に輝いている。

 

「遥様。あの少女は私にお任せください。私の巫術であれば、彼女の霊体を身体から引き剥がせるかも知れません」

「解った。じゃああのみょうちきりんな仮面の野郎の相手は俺がしよう。……サーヴァントにこう言うのも変な話だが、死ぬなよ、クシナダ」

「遥様も。ご武運を」

 

 その言葉に遥は答えを返さず、代わりに不敵な笑みで応えた。言われるまでもない、とでも言うかのように。それは遥のクシナダへの信頼の証であり、その遣り取りを合図とするかのようにふたりは全く同時に地を蹴った。




 クシナダがキャスターなのに直刀を持ち出しましたが、キャスターなのに聖剣を使うグランドクソ野郎もいることですし、無問題ですよね?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。