Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
ディルムッド・オディナ。〝輝く貌〟の異名を持ち、英雄豪傑揃いのフィオナ騎士団の中でも随一の武勇を誇った彼であるが、その人生は凡そ騎士道精神を全うすることができたとは言い難いものであった。
略奪愛、とでも言えば良いのだろうか。いや、そもそも仮にディルムッド、ひいては彼が精霊から与えられた魅了の黒子がなかったとしてもその結婚に愛などなく、彼自身の本意でもなかったのだから、それは略奪愛ではなかろう。初めから無い愛は奪い様がない。
しかし、結果としてそれは略奪愛とそう変わらない所業であった。彼の主であり、フィオナ騎士団の団長たるフィン・マックールの3番目の妻となる筈だったグラニアを、ディルムッドは奪ってしまったのだから。それがディルムッドの本意ではなく、グラニアによって一方的に掛けられた
だが死後、英霊にまで召し上げられたディルムッドにグラニアとの逃避行への後悔はなかった。初めは本意ではなかった逃避行だったとはいえ、最後の頃にはディルムッドは本当にグラニアを愛するようになっていたのだから。偽りの逃避行だった筈の旅路は、途中から本物に形を変えていたのだ。
それは言い換えればフィンへの忠誠心や友誼よりもグラニアへの愛情を取ったということであり、彼には騎士としての功績や功名よりも人間として望んだ幸せを優先する一面があるということである。
だから、なのだろうか。空間の概念も、時間の流れもない果てにて
他者にその望みを叶えてやると吹き込みながら、その実、そう嘯くその当人こそが誰よりも己の望みを叶えて欲しがっている。或いは当人でさえ認識していないものなのかも知れないが、少なくともディルムッドにはそう聞こえたのだ。
恐らく一度として1人の人間として扱われたことがないのだろう。絶対的な上位者か、それとも命無きただの物としてか、どちらにせよマトモな人間性を有する者にとっては毒でしかない。或いは初めから人間としての幸せを放棄していながら、その果てに破綻した運命に絶望したのか。
何にせよ、その邪悪に満ちた声は他者の救済を謳いながら、その当人でさえ自覚し得ない部分で救いを渇望しているようにディルムッドには聞こえた。その声に、応じる意思を見せてしまったのだ。だからこそ今、ディルムッドは尋常なサーヴァントではなく魔法紳士として在る。
だが、果たして彼と他の魔法紳士を十把一絡げにして良いものなのか。彼以外の魔法紳士、ジル・ド・レェ、ファントム・オブ・ジ・オペラ、そしてエドワード・ティーチまでもが己の欲望を暴走させているのに対して、ディルムッドだけが己の欲望を自制できている。そもそもレディの召喚に応じた理由が彼の利己的な願望ではないのだから、当然と言えば当然だが。
それでも、彼が真っ当な精神状態にあるのかと問われれば、それは違うと言わざるを得ない。むしろ彼が召喚に応じた理由っがレディにあった分、彼はレディによる霊基改変の影響を強く受けた。魔法少女として生き、魔法少女として在ることを望まれ、〝人を救う〟という機能以外を全て削ぎ落された少女を救おうとした彼は、その思いを歪められたことでレディのの望みを叶えるだけの騎士と成り果てた。それこそ、彼女以外の全てを排除してでも彼女に尽くさんとする騎士だ。
皮肉な話である。ディルムッドは彼が内包する騎士よりも人間としての幸福を希求する精神性のためにレディの召喚に応え、結果として〝主に至上の忠義を尽くす〟という、字面だけならば至極騎士らしい性質をもつに至ったのだから。ある種、木乃伊取りが木乃伊になったとも言える。
しかし、霊基を改変されていようと、いなかろうと、ディルムッドの思いは変わらない。報われない少女を救いたいという思いは。むしろ魔法紳士としてレディに仕えるようになってから、その意志はより強くなっている。彼女は彼女の思いが報われて然るべき働きをしたのだから、報われるべきだ、と。尤も、そも思いの方向性が魔法紳士となった影響で致命的に歪んでいるのだが。
故にこそ、ディルムッドは彼の持てる全てを以てレディの敵を排除するだろう。魔法少女、否、魔女としてのレディの望みの果てにあるものが悉くの人類の終焉だと理解していて、それでもなお、彼は人類史に刻まれた英霊としての責務に背を向けることに躊躇いはない。
何一つとして報われることのなかった少女に、せめてひとつでも、その努力への報いを与えることができたのなら、どれだけ良いことか。人類を滅ぼさんとするその行いが悪であることに違いはない。けれど、誰かのためになりたいというその思いは、悪だと言えるのだろうか――?
「――来たか」
現生人類の総てを滅ぼさんとする堕ちた魔法少女にして人類史に発生した癌細胞、人類悪の幼生たるファースト・レディの統治する雪原と水晶の国。レディの企みを阻止するべくその中心に突入した遥らに投げかけられたのは、とても襲撃者に応戦するために現れたとは思えない程に落ち着き払った声であった。
吹き抜けにすら錯覚する程高い天井に、全てが曇りひとつない水晶で旺盛された部屋。いや、それは廊下、回廊か。ヴェルサイユ宮殿で言う所の鏡の間に近い構造をした回廊に奥で、最奥に続く扉を背にして騎士――ディルムッドは立っていた。
だが、その姿は遥が知るそれとは大きく異なっている。彼が戦ったことがあるディルムッドは装備していなかった軽装鎧と二振りの宝剣を装備していることだけではない。本来は生粋の北欧人らしい白い肌は黒く染まり、美しい黒髪は全て白く変色している。更にその目はまるで血涙でも流しているかのような赤と橙に染まっていた。肌に感じる重圧は既にサーヴァントのそれではなく、第二特異点で交戦した黒化ロムルスのそれに匹敵する。
恐らくディルムッドの
「よう、ディルムッド。ちょっと見ねぇうちに随分とファンキーな
「そちらこそ、なんとも珍妙な鎧ではないか。魔獣の皮や殻を継ぎ接ぎとは……この短い間に、文明を持たぬ野蛮人に感化されたと見える」
ふたりの調子はこの極限状態にありながらまるで戦火の中で冗談を言い合う戦友のような声音で、しかし互いに睨みあうその瞳には隠しきれない敵意と殺意の光がある。身に纏う威圧は今もふたりが不可視の刃で鍔迫り合っているのではないかとすら思える程だ。
そこに互いを受容しようとする意志はない。遥はレディが行おうとしている人類の抹殺を阻止するべく魔女を斃すため。ディルムッドはレディの望みを叶えるため。両者の正義が相反し、互いを悪と断じるのなら、そこに和解などという生易しい結果は生まれ得ない。
戦いは勝った方が正義。よく否定される言葉だが、しかしそれは真理だ。戦いに負けて通すことができる正義などなく、歴史が積み上げてきた正義とは常に勝者が掲げてきた正義である。故に、己の正義を押し通すには相手の信念、正義を潰すしかない。
けれど、今、遥が打倒すべきはディルムッドではない。ディルムッドはあくまでもレディの配下、彼女の意志に乗っ取って動く者であり、真に斃すべきはレディである。それに遥らには来る者全てを相手にしていられるような余裕もないのだ。
「生憎だが、輝く貌。俺たちはおまえに用があるんじゃない。おまえの愛するご主人様に用があるんだよ。だからさ……そこを退けッ!!」
「断る。……と言っても、貴様は通ろうとするのだろう? 故にこちらも、貴様を釘付けにするための策を用意させてもらった」
「……何?」
そう問い返す遥にディルムッドは言葉を返さず、悪意の滲む笑みをひとつ漏らす。直後、その足元から溢れた泥が回廊の半分を覆う程にまで広がり、その液面が沸騰するかのように泡立った。人を超え、精霊の領域にある英霊の魂ですら容易に汚染する聖杯の呪いが具現化した泥だ。
それを、ディルムッドが操っている。或いは扱う権限を与えられているだけなのかも知れないが、それでも既にディルムッドの霊基が元の容を完全に失っていることは想像に難くない。
更に泥はまるで瀑布が逆流するかの如くディルムッドを呑み込みつつ噴きあがる。その雫は雨のように遥らへと降り注ぐが、どれだけ強力であっても呪いの塊でしかない泥の雫は遥が放った煉獄の焔を貫通することができずに殲滅されてしまう。しかし、ディルムッドの狙いは何も泥で遥らを呪い殺すことではない。
噴きあがった呪いの汚泥は数瞬の後に重力に従って床に落ちて、しかし津波のように押し寄せることはなくそのまま水晶の床に溶けるようにして消えていく。だがそれは全く無意味に吹き上げられたのではなく、それが消えて明らかになった変化に遥たちが息を呑んだ。
泥を被る前と変わらない、変質しきったディルムッド。その背後に犇めいているのは人型をした泥の塊だ。その手に握るステッキらしき物体や過去の煌びやかさを思わせる装飾物からするに、レディと同化した魔法少女なのだろう。尤も、とうにその自我は希薄化し、自分が誰であったのかさえ覚えてはいないだろうが。彼女らの胸の裡に残っているのは〝如何なる手段を以てしても人類を救う〟という歪んだ一念のみだ。
それを分かっていながら、遥に同情はない。同情する必要性がないだとか、敵だからだとか、そういう理由ではない。同情よりも強烈な感情が胸中を支配して、弱い感情を悉く掻き消しているのだ。
「さぁ、どうする? 貴様らがどうしても我が主の許へ行くと言うのなら、この少女の命はないと思えよ?」
「ッ――クロッ!?」
呪いの影響で魔剣としての属性を得て静脈血のように黒々とした赤に染まった長剣の先、喉元に剣先を突きつけられた状態で転がっているのは以前はレディの身体として使われていた筈のクロエであった。意識を失っているのはレディに使われていたことによる負担故か、或いは泥の中に収容されていたためか。
その光景を前にして沸騰しそうになった感情に一瞬で冷や水を浴びせて、遥は半ば無理矢理に冷静さを取り戻した。そして飛び出していきそうになったイリヤを片手で制する。それにイリヤは抗議の視線を向けるが、遥の表情を見てそれを引っ込めた。
分かっている。今ここにいるディルムッドも彼自身の正義で動いているということは。しかし、これは。抵抗できない人間を人質にして相手の自由を封じ、あまつさえその人質が年端もいかない子供など。
それだけではない。このディルムッドの行いは遥が知る本来のディルムッドや彼と共に戦った全ての英雄を冒涜する行為だ。一度正常な霊基のディルムッドと戦いそれを乗り越えた者として、今のディルムッドを許容することは遥にはできなかった。
瞑目し、大きく深呼吸をする。それをスイッチとしてそれまで出力を抑えていた魔術回路が全力で稼働し遥の総身を疼痛が奔り抜けるが、その程度は慣れたものだ。叢雲を中段に構える。
「遥様」
「あぁ。クシナダとイリヤは周りのヤツの相手を頼む。ディルムッドの相手は俺がする。恐らく、奴さんの狙いは俺だからな」
遥に言葉に、クシナダとイリヤはそれぞれ首肯を返して得物を構える。クシナダは呪符と直刀を、イリヤはカレイドステッキを。彼女らの視線の先にいる泥の魔法少女らが応戦するように構えたのは、恐らくは防衛本能によるものだろう。
次いでディルムッドの足元に広がる泥からクロエの身体と入れ違いになるようにして迫り出してきたのは彼が右手に取る宝剣と同色の長槍。それを遥が見紛う筈もない。ディルムッドがもつ二振りの宝槍のうち1本、魔力殺しの槍〝
伝承によれば、生前のディルムッドは立ち合いにおいてはより強力な長槍と長剣を、仲間との狩りなどにおいては短槍と短剣を用いたという。であれば生前と同じ装備をもつ今のディルムッドが赤剣と赤槍を使うというのは、少なくとも遥との戦闘を狩りではなく立ち合いとして認めているということだ。だとしても、遥に歓喜などないが。
固有時制御は使えない。壊れた部分を応急処置で塞いだだけの今のオルテナウスでは遥の固有結界が放つ熱量に耐え切ることができず、装着者である遥を巻き込んで炎上、或いは溶解してしまうからだ。故に遥は戦意の高まりに呼応して活性化した固有結界の焔を身に纏わず、全て叢雲の刀身へと収束させた。黄金の刀身が真紅に染まる。
対するディルムッドは右手に魔剣を、左手に魔槍を握り、腰を低く落として独特な構えを取った。長剣と長槍の同時使用という人類史上他に類を見ない戦法故のものだろう。『
遥は変異特異点αで『
遥の呼吸のリズムが変わる。平時にそれから、戦闘に最適化されたそれへと。同時に五感より入力される情報から不要な部分が削ぎ落されて、代わりに必要な情報がその隙間を埋める。周囲の全てが遠ざかって、しかし敵手たるディルムッドにだけは心音すら聞こえそうな程に感覚が集中する。
「フィオナ騎士団……否。ファースト・レディが一番槍、ディルムッド・オディナ。いざ尋常に――」
「天文台の魔術師にして、日ノ本の蛮神を継ぐ者。夜桜遥――」
「――勝負!!」
「――参る!!」
立ち合いの幕開けを告げる名乗りの応酬。その次の瞬間、遥が動いた。中段の構えから納刀、そして踏み込みまでの全てが完璧な一連の動作に収められた攻撃。剣腕に関しては歴戦の大英雄に匹敵する遥が最も得意とする、超神速の抜刀術である。
オルテナウスの損傷のために固有時制御は使えないものの、遥の剣の冴えは固有時制御を封じられているからとて鈍るものではない。技術のみで仙術の領域に至った歩法である極地と遥自身のスキルである激流の魔力放出が合一することで生み出される雷速を完璧に御した一閃は、黒化したサーヴァントでも一撃で屠り得る威力がある。
狙うは首ではなく霊基そのもの、その最奥に存在する宿業。今まで幾人かの宿業を植え付けられたサーヴァントを切ってきたからか、或いは宿業さえも呪いの汚泥で汚染されているからなのか、遥には漠然とそれを可視のものとして捉えることができていた。
だがディルムッドが大人しく攻撃を受ける筈もない。遥が揮う抜刀術の速さは既に聖杯の汚泥によって黒化した英霊でも完璧には視認できない程にまで達しているが、英雄の強さは何も視覚だけに依るものではない。五感全てを極限にまで研ぎ澄ませ、身体全てで敵手の動きを捕らえるのは戦士の基本技能だ。
視覚で捉えきれないのならば、不足している部分を他の感覚で補えば良い。風を切る音や相手の挙動によって変化した空気の流れを感じ取ることができれば、それも十分に敵の動きを読むための情報となる。
虚空を切り裂く黄金の一閃。聖杯の呪いすらも浄化する焔を宿した神刀の一撃は、しかしその軌道を察知していたディルムッドが構えた赤剣によって受け止められた。間髪入れずに繰り出される赤槍。さしもの遥とてその間合いから離脱することができず右腕の装甲で受けるが、魔獣の皮で応急補修を施した程度の装甲では防ぎきることができず、砕け散ってしまった。
だがそうして生まれた隙は反撃の準備をするには十分で、遥は左手に収束させた焔をディルムッドに向けて解放することでその爆発の圧力を受け、そのまま吹き飛ばされた。咄嗟の判断であったため威力が調整しきれずに錐もみ状態になった所で更に焔を吹かし、体勢を調節。迫る壁を蹴り抜いて再びディルムッドに肉薄する。
それを迎え撃つディルムッドは爆発の直後こそ火傷を負っていたものの、宿業の力と聖杯の泥が齎す無際限の魔力によって全く間を置かずにそれを再生させる。続けての槍の一閃で生まれた風圧にて爆発により巻き上がった泥の飛沫を吹き散らし、遥の剣戟を魔剣で受け流した。
更にディルムッドは追撃の間隙を与えず連続して魔剣と魔槍を繰り出す。剣と槍、使い方も用途も全く異なる武具でありながらディルムッドの連撃には隙がなく、あらゆる動作に無駄や迷いというものが全く存在しない。
遥は何とかそれを撥ね退けて反撃せんとするも、ディルムッドが繰り出す変幻自在の槍撃は遥に反撃の機会を与えようとはしない。遥は持ち前の強力な直感による先読みや筋肉の動きを見ることで連撃を回避しているが、それまでだ。他に例のないディルムッドの攻撃を前にして容易に反撃できる程、遥の適応能力は高くない。躱して、躱して、只管に躱しながらディルムッドの戦闘理論を学習しつつ、同時に脳内で対抗策を構築しようとする。
叢雲のみを得物としている遥に対し、剣と槍という2本を執るディルムッドは単純に手数の時点で勝っている。一応遥にも聖杯の泥に対して特効性能を持つ煉獄の焔があるが、たとえ泥で汚染された霊基を
加えてディルムッドは以前の戦闘で刀を使った戦闘理論そして遥の剣腕を見てその程を知っているというのも遥の状況を悪くしている。遥は戦いながらディルムッドの癖や特性について学習しなければならないが、ディルムッドにとって遥は既知だ。恐らく鎧の損傷で遥が全力を出せないことにも、ディルムッドは勘づいているだろう。
「……ッ!!」
「ほう。本当によく避ける。まるで、死肉に集る蠅のようだなッ!!」
長槍の横薙ぎを海老反りになって回避した遥に向けて上段から振り下ろされる赤剣。それを直感的に察知した遥は身を捻ることでその斬撃を紙一重で躱しその回転の勢いと激流の魔力放出を乗せた振り上げの一撃を放つ。焔と激流という相反する属性を内包した刃が狂戦士の首に食らいつかんと迫る。
しかし、次の瞬間に遥の腕に伝わったのはディルムッドの首を落とした感覚ではなく、何かに刃が阻まれた抵抗感。見れば、振り抜いた状態のままだった筈の槍が寸での所で叢雲の刃を阻んでいた。遥を嘲るように、ディルムッドが嗤う。
いかなサーヴァントといえど、真っ当な人体の構造をしているのなら先の斬撃を防げない筈だった。しかしディルムッドは攻撃を察知するや迷うことなく無理な出力で魔力放出を行使し手首を血管や腱が捻じ切れるのも構わず一回転させ、宿業と泥の力で再生させて斬撃を防御したのだ。
だが、まだだ。刃に収束させた焔を解き放てば距離を取る時間程度は稼ぐことはできるだろう。刹那の間にそう考えた遥は叢雲に収束させた焔を解放しようとして、しかしそれは叶わなかった。
何の前触れもなく遥の総身を背中側から貫く無数の槍。全く予期できなかった攻撃に動揺する遥だが、その原因はすぐに分かった。攻撃してきたのは敵手たるディルムッド本人ではなく、その足元に広がる泥。そこから伸びた泥の槍が遥を貫いたのである。であればディルムッド自身に攻撃の気配がなかったのも不思議ではない。
傷口から吹き出した鮮血が魔女の騎士の身体を紅く濡らし、四肢と胴を貫通した槍から人類悪そのものにも等しい呪いを内包した泥が流れ込んで遥の意識を焼き焦がす。第二特異点での一件により聖杯の呪いに多少耐性を得た遥でも流石に苦悶を隠しきれずに一瞬完全に硬直。その間隙にディルムッドが放った蹴撃が遥の鳩尾に叩きつけられて、折れた槍が突き刺さったまま遥が吹き飛ぶ。
だが遥がそれで怯む訳もなく、即座に反撃の策を講じる。先の攻撃によってディルムッドの身体に付着した遥の血液には、まだ彼の魔力が残留している。血液含め、魔術師の体液にはかなりの魔力が溶けているのだ。それに無理矢理
「爆ぜろッ!!」
その祝詞と共に左手を握る。するとそれを合図とするかのようにディルムッドと泥槍に付着した遥の血液が爆発を起こして、爆炎が彼らの身体を隠した。一部が体内に埋まった槍までもを爆発して除去したことで魔獣素材を継ぎ接ぎした鎧が遂に完全に壊れ四肢が半ばから千切れ飛び、制動をかけられずにそのまま転がる。
しかし『不朽』である遥は脳と心臓を同時に潰されない限りは無限に再生し続ける。より正しく言えば、起源の効力で悉くが全盛期まで巻き戻され続ける。欠損した手足と臓器が時間を逆再生するかの如き速度で修復されていく。
それでも手足が完全に再生されなければ自由に動くこともできないが、身体の自由が効かないのはディルムッドも同じだ。あくまでも四肢を貫いた槍に付着した血だけが爆発した遥とは異なり、ディルムッドは満身に浴びた返り血を全て爆発されている。煉獄の焔のみで起こされた、悪性特効の性質をもつ爆発だ。少なくとも、肉体は消し炭になっていることは想像に難くない。
いかに魔法紳士が尋常なサーヴァントの枠から外れた存在であるといえど、不浄を祓う爆撃を受けたのだから多少はダメージを受けているだろう。生体としての肉を持つ生命には在り得ない再生速度のために激烈な不快感が遥を襲い、彼の身体が急速に元の形を取り戻していく。そうして僅かな瞬きの間に手足の自由が利くようになると床に落ちた叢雲を回収しようとして、遥は
「……あぁ、分かっちゃいたさ。だが実際に見ると、ウンザリとさせられる」
言いながら再び叢雲を構える遥の視線の先。そこにあったのは肉塊であった。脳はなく、心臓もなく、しかし生きている。それどころかその肉塊は凄まじい速度で身体の各組織を再構築していく。内臓が形を取り戻し、全身で筋原線維束が伸び、束ねられて筋線維束になり、筋肉としての機能を復旧させる。それだけではなく元通りになった手の先から溢れた泥が魔剣と魔槍を再生させた。
遥から遅れること、およそ数百分の一秒程度。四肢だけではなく全身が消し炭にされた筈のディルムッドは遥のそれを大きく上回る再生速度で全身を修復し、更には消し飛んだ筈の装備までもが悉く元通りとなってしまった。つまり、実質的に全くのノーダメージである。
それを前にして遥が苛立ちを隠そうともせずに舌打ちを漏らし、ディルムッドはそんな遥を嘲り嗤う。普通なら戦闘不能となるダメージでも瞬時に回復するという点で両者は全く同じでありながら、その再生能力は圧倒的にディルムッドの方が強い。遥は体組織を再生させるだけであるが、ディルムッドは蓄積した不可視のダメージまでもを完全に再生させることができるのだから。
「この程度か。えぇと、先の貴様は何と言ったのだったか。……あぁ、そうそう。我が主に用があるからおまえは退けと言ったのか。――クフ。ハハ。ハハハハハハッ!! 弱い、弱い弱い! 達者なのは口だけのようだなぁ!!」
「この……ナメたことを言ってくれたな、泥人形!! 後で吠え面かくんじゃあねぇぞッ!!」
そう叫びながら、遥が左手でアンダースーツの右肩部を掴む。そうして一息に引っ張ると、度重なる損傷や遥の焔で相当に痛んでいたためかスーツは背中と腹に空いた穴から亀裂が入るようにして容易に千切れた。
そのまま放り投げられて、千切れたスーツの上半身部が床に落ちる。女性と見紛うばかりの顔立ちとは裏腹に露わになった彼の身体はとても筋肉質で、まさに筋肉の鎧とでも言うべき有様であった。尋常ならざる再生力のために古傷らしきものは見当たらないものの、その威圧感は紛れもなく歴戦の戦士のそれである。
それだけではなく、その身体には両肩口から胸部を通り下半身に向けて、薄く痣のような紅い紋様が浮かんでいる。勿論それは元から彼の身体にあるものではなく、彼と同化したスサノオの親核と生来もつ神性の血が励起しつつある証。オルテナウスの機能で抑え込んでいたものが、それが破壊されたことで枷を失くし、闘気の高まりに呼応して活性化を始めたのである。
同時に神性の上昇に応じて叢雲が輝きを強め、遥の魂に掛ける重圧が増す。未だ神の領域に至らぬ身体で無理に神核の力を引き出そうとしているのだから、その跳ね返りがあるのは当然の事だろう。
しかし遥はそれを振り払って、手放しかけた精神の手綱をより強く握る。そして呼び起こすのはファントムと戦った時の感覚。余計な情動や思考の悉くが失せ、研ぎ澄まされた精神が万象を見通すかのようなそれを、今の身体に重ねる。
瞬間、ディルムッドが眉根を寄せる。恐らく遥の変化を感じ取ったのだろう。嘲笑を表情から消し、魔剣、魔槍を構える。必ず主の邪魔をする慮外者を斃し、主の願望を叶える。その思いを受けてか、武具が禍々しい魔力を纏った。
人理を守る
人理崩壊まで、残り―――。
[サーヴァントマテリアル(一部)]
ディルムッド・オディナ[オルタナティブ]
クラス:バーサーカー
属性:混沌・悪・地
ちょっとアンケを設置いたしますので、解答して頂ければ幸いです。